Ⅷ その他の記載内容に関連する監査人の責任
2020年11月6日に監査基準の改訂が企業会計審議会より公表された。改訂の内容は、以下のとおりである(監査基準の改訂について一)。
従来、監査人は監査した財務諸表を含む開示書類のうち当該財務諸表と監査報告書とを除いた部分の記載内容(以下、「その他の記載内容(下記1参照)」という)を通読し、監査した財務諸表との重要な相違を識別する手続を行っていたが、今後の「財務諸表以外の情報の開示のさらなる充実が期待され、当該情報に対する監査人の役割の明確化、及び監査報告書における情報提供の充実を図ることの必要性が高まっている。そこで、以下の改訂が行われた。
・「その他の記載内容」について、監査人の手続を明確にする。
・監査報告書に「その他の記載内容」について、記載する。
また、監査基準の改訂を受けて、2021年1月14日に日本公認会計士協会より、監査基準委員会報告書720「その他の記載内容に関連する監査人の責任(以下、「監基報720」という)」の改正が行われた。
1 監基報720の対象
(1) 会社法及び金融商品取引法
会社法及び金融商品取引法関係の書類で、監基報720の対象となる書類は、監査報告書が発行される以下の書類である(日本公認会計士協会「監査基準委員会報告書720「その他の記載内容に関連する監査人の責任」の適用を踏まえた会社法監査等のスケジュールの検討について」、監査基準委員会研究報告第6号「監査報告書に係るQ&A」Q1-8)。
一方、監査報告書が新たに発行されない以下の書類については、監基報720の対象とならない。
- 有価証券届出書/組込様式(第二号の二様式)(※2)
- 有価証券届出書/組込様式(第二号の三様式)(※2)
(※1) 監査対象項目(連結財務諸表、財務諸表、注記)及び監査報告書以外の情報が監基報720の対象となる(「その他の記載内容」に該当する)。
(※2) 目論見書については、対応する有価証券届出書に準じて判断する。
(2) 統合報告書等
統合報告書等における監基報720の対象となるかどうかは、以下のとおりである(日本公認会計士協会「「その他の記載内容」に関する監査人の作業内容及び範囲に関する留意事項」Ⅱ1)。
〔統合報告書のパターン〕
統合報告書等に財務諸表及び監査報告書が含まれていない場合
〔その他の記載内容の対象となるかどうか〕
統合報告書等に財務諸表及びその監査報告書が含まれていない又は添付されていないため、統合報告書等の記述は、「その他の記載内容」に該当しないと考えらえる。
〔統合報告書のパターン〕
統合報告書等に財務諸表及び任意監査の監査報告書が含まれる場合
〔その他の記載内容の対象となるかどうか〕
統合報告書等に含まれる情報のうち財務諸表とその監査報告書を除く部分は「その他の記載内容」に該当すると考えられる。
(3) 英文アニュアルレポート等
統合報告書等における監基報720の対象となるかどうかは、以下のとおりである(日本公認会計士協会「「その他の記載内容」に関する監査人の作業内容及び範囲に関する留意事項」Ⅱ2)。
〔英文アニュアルレポートのパターン〕
英文アニュアルレポート等に財務諸表及び任意監査の監査報告書が含まれる場合
〔その他の記載内容の対象となるかどうか〕
財務諸表及びその監査報告書以外の内容は、通常、「その他の記載内容」に該当すると考えられる。
〔英文アニュアルレポートのパターン〕
有価証券報告書等を直訳して作成される場合
〔その他の記載内容の対象となるかどうか〕
日本語の監査報告書を直訳し、任意に公表する場合、新たな監査報告書を発行したことにはならない。
そのため、英語等に直訳された有価証券報告書等のうち監査報告書と監査報告書が対象とする財務諸表を除く部分は、「その他の記載内容」に該当しないと考えられる。
⇒ この場合でも、翻訳に誤りがないかについての検討を実施すること、直訳された有価証券報告書等にその他の記載内容が含まれるかのような誤解を与えないように、有価証券報告書等の全体及び監査報告書について、日本語で発行された監査報告書の英語等への直訳である旨を付記すること等の対応が考えられる。
2 監基報720の改正内容
監基報720の改正により改正されていない点もある。そこで、以下では、従来の監基報720から改正されていない点と主な改正点を解説する。
(1) 改正されていない点
① 監査人は、「その他の記載内容」について意見を表明するものではない。
② 監査人は、「その他の記載内容」を通読し、監査した財務諸表との重要な相違を識別しなければならない。
(2) 主な改正点
① 監査人は、「その他の記載内容」と監査の過程で得た知識との間に重要な相違があるかどうかを検討する(監基報720.13(2))。
② 監査人は、「その他の記載内容」を通読する過程において、財務諸表又は監査人が監査の過程で得た知識に関連しないその他の記載内容について、重要な誤りがあると思われる兆候に注意を払う(監基報720.14)。
③ 監査報告書の「監査上の主要な検討事項(追記情報がある場合は、追記情報)」の下に、「その他の記載内容」という見出しを付した区分を設け、「その他の記載内容」に関して記載する。
3 監査報告書
監基報720を適用した監査報告書の事例は、以下のとおりである。また、日本公認会計士協会の「監査・保証実務委員会実務指針第85号「監査報告書の文例」」に文例が記載されているため、参照いただきたい。
【事例1】三菱UFJ証券ホールディングス(株) 有価証券報告書/連結(決算日:2021年3月31日)
(省略)
その他の記載内容
その他の記載内容は、有価証券報告書に含まれる情報のうち、連結財務諸表及び財務諸表並びにこれらの監査報告書以外の情報である。経営者の責任は、その他の記載内容を作成し開示することにある。また、監査等委員会の責任は、その他の記載内容の報告プロセスの整備及び運用における取締役の職務の執行を監視することにある。
当監査法人の連結財務諸表に対する監査意見の対象にはその他の記載内容は含まれておらず、当監査法人はその他の記載内容に対して意見を表明するものではない。
連結財務諸表監査における当監査法人の責任は、その他の記載内容を通読し、通読の過程において、その他の記載内容と連結財務諸表又は当監査法人が監査の過程で得た知識との間に重要な相違があるかどうか検討すること、また、そのような重要な相違以外にその他の記載内容に重要な誤りの兆候があるかどうか注意を払うことにある。
当監査法人は、実施した作業に基づき、その他の記載内容に重要な誤りがあると判断した場合には、その事実を報告することが求められている。
その他の記載内容に関して、当監査法人が報告すべき事項はない。
(省略)
【事例2】(株)三菱UFJフィナンシャル・グループ 計算書類/個別(決算日:2021年3月31日)
(省略)
その他の記載内容
その他の記載内容は、事業報告及びその附属明細書である。経営者の責任は、その他の記載内容を作成し開示することにある。また、監査委員会の責任は、その他の記載内容の報告プロセスの整備及び運用における執行役及び取締役の職務の執行を監視することにある。
当監査法人の計算書類等に対する監査意見の対象にはその他の記載内容は含まれておらず、当監査法人はその他の記載内容に対して意見を表明するものではない。
計算書類等の監査における当監査法人の責任は、その他の記載内容を通読し、通読の過程において、その他の記載内容と計算書類等又は当監査法人が監査の過程で得た知識との間に重要な相違があるかどうか検討すること、また、そのような重要な相違以外にその他の記載内容に重要な誤りの兆候があるかどうか注意を払うことにある。
当監査法人は、実施した作業に基づき、その他の記載内容に重要な誤りがあると判断した場合には、その事実を報告することが求められている。
その他の記載内容に関して、当監査法人が報告すべき事項はない。
(省略)
4 会社の留意点
監基報720は監査人が守るべきルールであるが、会社の決算においても留意すべき点がある。そして、計算書類と有価証券報告書の場合で、留意すべき点が異なる。
〔計算書類〕
今までの実務上、「その他の記載内容」である「事業報告及び事業報告に係る付属明細書」について、監査報告書日より後に監査人に提出しているケースもあったと考えられる。
しかし、「事業報告及び事業報告に係る付属明細書」は、計算書類と同時期に作成されるものであり、監査報告書日以前に監査人に提出することが通常であり、かつ、監基報720も監査報告日以前に手続を完了できるように監査報告日以前に入手することを前提としている。
そのため、今まで「事業報告及び事業報告に係る付属明細書」の監査人への提出が早くなかった会社については、監査報告書日から逆算して、「事業報告及び事業報告に係る付属明細書」を監査人にいつ提出するか、監査人と協議する必要がある。状況によっては、監査報告書日を後ろにずらすなどの対応が求められる可能性もある。
〔有価証券報告書〕
今までの実務上、「その他の記載内容」について監査報告書日以前に監査人に提出していると考えらえるため、特段、留意すべき点はないと考えられる。
5 適用時期
監査基準の改定及び監基報720の改正は、原則、2022年3月31日以後終了する事業年度から適用する。ただし、2021年3月31日以後終了する事業年度から早期適用することができる。
(了)
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