▼ ステップ3 ▼
取引価格の決定
「ステップ2で履行義務、すなわち会計単位が決まったら、今度は測定の番だね。」
「えーと、ステップ3では、取引価格を決定するんでしたね。」
桜井は再び表に目を戻した。
◆取引価格は財又はサービスに係る対価の金額
「取引価格は、顧客への財又はサービスの移転と交換に企業が権利を得ると見込む対価の金額のことを言うんだ。この時、第三者のために回収する金額、例えば消費税等は除くことになるんだよ。」
「なるほど。設例では、取引価格は1,750,000円となりますね。」
[設例](再掲)
- 当社は機械の販売及び据付と当該機械に関するメンテナンス・サービス(5年)を含んだ契約を結んだ。
- 当該契約は、IFRS第15号の契約の要件を全て満たす。
- 機械は特別な仕様ではなく、他の顧客に転売可能である。
- 機械は当社独自の技術を使用しており、据付サービスのみを他社から調達することはできない。
- メンテナンス・サービスは他社から容易に調達可能である。
- 契約価格は1,750,000円である。
- 機械の販売及び据付とメンテナンス・サービスの独立販売価格は、それぞれ1,500,000円と500,000円である。
- 顧客は機械の据付確認をもって、支払義務が生じる。
- 機械の据付確認後のメンテナンス・サービスの解約はできない。
◆変動対価が含まれている場合は見積りで取引価格を算定する
「そうだね。設例では固定対価となっているけど、実務の中では変動対価が含まれている契約もあるよね。」
「そうですね。その場合は、取引価格はどうなるんですか?」
「契約に変動対価が含まれている場合は、その対価の金額を見積もらなければならないんだ。」
「へぇ。見積りが必要になるんですね。」
◆変動対価の見積りには制限がある
「それから、変動対価の見積りを算定しても、全てが取引価格に含まれるわけではないことに注意が必要だね。」
「え?どうしてですか?」
桜井は首を傾げた。
「見積もられた変動対価のうち、認識した収益の累計額の重大な戻入れが生じない可能性が非常に高い範囲でのみ、取引価格に含めなければならないという規定があるからだよ。」
「なるほど。見積りなので、後々重大な戻入れが生じる可能性があるんですね。そのために制限の規定が設けられているんですね。納得しました。」
◆取引価格に重要な金融要素が含まれている場合は調整が必要
「それから、取引価格の算定時に重大な金融要素が含まれている場合には、その影響について取引価格を調整することになるんだ。これも、日本基準にはない規定だね。」
「『重大な金融要素』って、確か前回の金融商品のときにも出てきた言葉ですね。確か、重大な利息が含まれているかどうか、という話だと記憶していますけど。」
◆重要な金融要素とは利息のこと
「そうだね。財又はサービスが移転された時期と支払の時期が異なることにより、契約で約束された対価に貨幣の時間的価値が含まれている場合が考えられるよね。その場合は、貨幣の時間的価値の影響額を取引価格から調整する必要があるんだ。」
「なるほど。支払サイトが遅い場合、支払額の中に利息分が含まれているから、それを調整して利息収益を認識する必要があるんですね。」
◆対価を前払いした場合にも重要な金融要素が含まれている可能性がある
「そうだね。それから、この規定は後払いだけでなく、顧客が対価を前払いした時にも適用されるんだよ。」
「へぇ。前払いのケースも考えないといけないんですね。」
◆重要な金融要素の調整には実務上の便法が設けられている
そこで桜井は思ったことを口に出した。
「でも、例え重大な金融要素と限定されていても、一つ一つの取引に金融要素の調整をするのは大変そうですね。」
「うん、そうなんだ。だからIFRSでもそこは考慮されていて、実務上の便法が設けられているんだよ。」
「そうなんですか?」
「契約開始時において、約束した財又はサービスを顧客に移転する時点と顧客がその財又はサービスに対して支払を行う時点との間の期間が1年以内となると見込んでいる場合は、約束した対価から重大な金融要素の影響を調整する必要はないんだよ。」
「へぇ。それはありがたい規定ですね!」
▼ ステップ4 ▼
取引価格の履行義務への配分
「取引価格が決まったら、その取引価額をそれぞれの履行義務へ配分するという、ステップ4に移るんだ。」
「なるほど。設例のケースだと、契約の中には「機械の販売」と「メンテナンス・サービス」という2つの履行義務がありますね。」
伊崎は頷いた。
◆取引価格は履行義務の独立販売価格の比で按分
「取引価格は、それぞれの履行義務の独立販売価格(standalone selling price)の比で按分することになるんだよ。」
「独立販売価格って何ですか?」
「独立販売価格は、その財又はサービスを単独で販売した時の価格だよ。」
「なるほど。独立を単独と読み直せばいいんですね。」
◆独立販売価格が観察可能ではない場合は見積る
「この独立販売価格はもちろん観察可能なものであることが望ましいんだけど、中には難しいものもあるよね?」
「たしかにそうですね。その場合は、どうやって独立販売価格を決めるんですか?」
「これも見積りによって算定することになるんだ。基準では、調整後市場評価アプローチ、予想コストに適切なマージンを加算するアプローチ、残余アプローチといった手法があると書かれているんだ。」
そう言うと、伊崎は桜井が分かりやすいように、ホワイトボードに3つのアプローチを書き並べた。
【独立販売価格の見積方法】
- 調整後市場評価アプローチ
- 予想コスト + マージンアプローチ
- 残余アプローチ
「へぇ。いろんな見積りの方法があるんですね。」
「では、設例に戻ってみよう。」
[設例](再掲)
- 当社は機械の販売及び据付と当該機械に関するメンテナンス・サービス(5年)を含んだ契約を結んだ。
- 当該契約は、IFRS第15号の契約の要件を全て満たす。
- 機械は特別な仕様ではなく、他の顧客に転売可能である。
- 機械は当社独自の技術を使用しており、据付サービスのみを他社から調達することはできない。
- メンテナンス・サービスは他社から容易に調達可能である。
- 契約価格は1,750,000円である。
- 機械の販売及び据付とメンテナンス・サービスの独立販売価格は、それぞれ1,500,000円と500,000円である。
- 顧客は機械の据付確認をもって、支払義務が生じる。
- 機械の据付確認後のメンテナンス・サービスの解約はできない。
「はい。えーと、機械の販売及び据付とメンテナンス・サービスの独立販売価格は、それぞれ1,500,000円と500,000円となっているから、取引価格1,750,000を各履行義務に配分する計算式は、
[機械・据付]
1,750,000×{1,500,000/(1,500,000+500,000)}=1,312,500
[メンテナンス・サービス]
1,750,000×{500,000/(1,500,000+500,000)}=437,500
となり、機械・据付が含まれる履行義務に1,312,500円、メンテナンス・サービスに437,500円を配分することになるんですね。」
「うん、その通りだよ。」
「ここは、だいたい理解できたと思います。」
桜井の言葉を聞いて、伊崎は満足そうに頷いた。