契約資産と契約負債
- IFRS第15号のポイント
- 収益認識の5ステップ
- 契約資産と契約負債
- 開示
そこで、伊崎は手をポンと打って言った。
「そうそう、契約資産と契約負債のことを教えておかないとね。」
桜井は、なんとなく聞き覚えがあるその言葉について記憶を辿った。
「契約資産って、確かこの間教えていただいた金融商品の減損の部分で出てきた言葉ですね。」
「そうだったよね。日本基準にはない科目だからはじめは面食らうと思うけど、もうちょっと辛抱してね。」
伊崎は申し訳なさそうに言った。
「はい。」と、桜井はドキドキしながら伊崎の説明に構えた。
◆契約資産
「まず、契約資産の説明から行くね。」
伊崎は再びペンを手にして、仕訳を書きながら言葉を続けた。
「顧客が対価を支払うか、支払期日到来前に、財又はサービスを移転して履行義務を充足した場合、企業は顧客から対価を受け取る権利を獲得し、契約資産を有することになるんだ。」
「はぁ。」
桜井は伊崎の言うことがイマイチ理解できず、生返事を返した。
「具体例があった方が分かりやすいよね。せっかくだから、今まで使ってきた設例を用いて説明しよう。ただ、一部条件を変更するね。」
「はい、分かりました。」
[設 例]
- 当社は機械の販売及び据付と当該機械に関するメンテナンスサービス(5年)を含んだ契約を結んだ。
- 据付サービスは他社から調達可能であり、機械の納入と据付サービスは別個の履行義務と判断された。
- 機械の納入と据付サービスの各履行義務への取引価格の配分額は、1,112,500円及び200,000円である。
- 機械は契約で仕様が定められており、機械の支配が契約で合意された仕様に従って顧客に移転されたことが企業が客観的に判断できる。
- 顧客は機械の据付確認をもって、支払義務が生じる。
- 機械の据付確認後のメンテナンス・サービスの解約はできない。
「変更点は、機械の納入と据付サービスが別個の履行義務だという点と、企業は機械が契約で合意された仕様に従っているという証拠を得ることができて、機械の支配の移転を企業が客観的に判断できる、という条件が付いたことだよ。
2つ目の条件はちょっと特殊かもしれないけど、契約資産を理解するための設例だと思って聞いてね。」
この条件がどう絡んでくるのか分からないまま、桜井は黙って頷いた。
[機械納入時]
(※) 勘定科目名は上記に限られない。
「これは、設例のケースで言うと機械を顧客に納入した段階の仕訳だよ。また据付が終わっておらず、顧客からの検収も行われていない場合だけど、機械の納入という履行義務が完了されたタイミングだね。」
「え、ここで仕訳が必要になるんですか。」
桜井は驚いた様子で伊崎にたずねた。
「この設例では、「機械の納入」という履行義務を完了したことで、機械の据付や検収を待たず、機械の支配が顧客に移転したと考えられるからなんだ。」
「ああ、なるほど。あのややこしい追加条件がここで利いてくるんですね。」
伊崎は苦笑して答えた。
「まぁ、そういうことだね。そして、顧客が据付完了を確認し、検収した時点で、こう仕訳を切ることになるんだよ。」
[顧客検収時]
(※) 勘定科目名は上記に限られない。
「なるほど。結果として、借方に債権、貸方に売上高という、いつもの科目が残ることになるんですね。」
桜井の言葉に伊崎は頷いた。
◆契約資産と債権は対価を受け取る条件の有無で区別
「ここで「契約資産」と「債権」という2つの勘定科目が出てきているんだけど、この契約資産と債権は、時の経過以外で『対価を受け取る条件が無条件か否か』で区別されるんだよ。」
「対価を受け取る条件ですか?」
伊崎の説明に、桜井は首を傾げた。
「そう。履行義務を充足したけど、時の経過以外に対価を受け取るために何らかの条件が必要な場合は、『契約資産』を計上する。機械を納入した時点だと、まだ据付が終わってないよね?」
「ええ。支払義務の確定は機械の据付が終わって、顧客がそれを確認してからですから、まだ対価を受け取る権利が確定していないってことですね。」
伊崎は桜井の答えににっこりして頷いた。
「機械納入という履行義務は充足したんだけど、まだ支払が確定するまでにやらなきゃいけないことがあるから、『条件付き』となるんだ。だから『契約資産』を計上するというわけだよ。」
「なるほど。据付確認後は、支払を受ける権利が確定し、支払期日までの時の経過を待てばいいだけですから、『対価を受け取る条件が無条件』になるんですね。」
「その通り。対価を受け取る権利が無条件だから、顧客が据付確認したタイミングで『債権』として計上するんだ。」
「へぇ。IFRSでは、『契約資産』と『営業債権』を区別して管理する必要があるんですね。」
桜井は溜息を吐きながら言った。
「面倒だけど、そうなるね。」
◆契約負債
「では、契約負債は契約資産の逆パターンと考えていいんですか?」
「そうだよ。財又はサービスの移転という履行義務の充足前に顧客が支払いをした場合や、企業が履行義務を履行する前に企業が無条件の対価に対する権利を有していて、その支払期日が到来した場合は、契約負債を計上するんだ。」
「へぇ。」
そう言うと、桜井もペンを手に取って、仕訳を書き始めた。
「・・・ということは、顧客が財又はサービスを移転する前に前払いしたときには、
[前払時]
(※) 勘定科目名は上記に限られない。
となるんですね。」
「その通りだよ。」
桜井はさらに続けて、ペンを走らせた。
「そして、財又はサービスを移転し、履行義務を充足した時点で次の仕訳が出てくるんですね。」
[履行義務充足時]
(※) 勘定科目名は上記に限られない。
「そうだね。」と相槌を打って、伊崎は桜井に先を促した。ところが、桜井が困惑した表情で伊崎を見た。
「ただ、2つ目にある履行義務を充足する前に企業が無条件の対価に対する権利を有していて、その支払期日が到来した場合って、よく分からなくて・・・」
「うん、確かに分かりにくいよね。せっかくだから、設例にあるメンテナンス・サービスが機械据付時に支払を受ける場合の仕訳を考えてみよう。」
伊崎は安心させるよう桜井に微笑みかけた。
「えーと、設例では、機械を据付時に機械の販売及び据付とメンテナンス・サービスの合計金額に対する顧客の支払義務が確定するんですよね。」
[設例(再掲)]
- 当社は機械の販売及び据付と当該機械に関するメンテナンスサービス(5年)を含んだ契約を結んだ。
- 据付サービスは他社から調達可能であり、機械の納入と据付サービスは別個の履行義務と判断された。
- 機械の納入と据付サービスの各履行義務への取引価格の配分額は、1,112,500円及び200,000円である。
- 機械は契約で仕様が定められており、機械の支配が契約で合意された仕様に従って顧客に移転されたことが企業が客観的に判断できる。
- 顧客は機械の据付確認をもって、支払義務が生じる。
- 機械の据付確認後のメンテナンス・サービスの解約はできない。
「そうだね。だから、機械の据付確認時点で、メンテナンス・サービスは提供していないにもかかわらず、支払義務は確定しているわけだよね?」
「なるほど!だから、機械据付後、顧客が検収した時点でこう仕訳を切ることになるんですね。」
[機械据付時]
(※) 勘定科目名は上記に限られない。
「そうだね。実際に顧客から支払を受けた時の仕訳がこうだね。」
[対価受取時]
(※) 説明の便宜上、営業債権を履行義務毎に分けて記載している。
「なるほど。そして毎月メンテナンス・サービスに係る収益を認識するときは、次の仕訳になるんですね。」
[毎月]
(※) 勘定科目名は上記に限られない。
「うん、その理解で大丈夫だよ。だいたいイメージがついたみたいだね。」
「はい。」と桜井はほっとした表情で答えた。
◆契約資産と債権は明確に区別できるように情報開示が必要
「それから、契約資産と契約負債は必ずしもこの用語を使用する必要はないんだけど、財務諸表利用者が契約資産と債権を明確に区別できるように、十分な情報を開示しなければならないってことも留意が必要だよ。」
「なるほど。分かりました。」
開示
- IFRS第15号のポイント
- 収益認識の5ステップ
- 契約資産と契約負債
- 開示
「では、最後の開示内容についてだね。ここは主な開示の内容を紹介するね。」
「はい。そう言えば、収益に関する開示も多くなるという話を聞いたことがあります。」
「そうなんだ。IFRSでは、大きく3つの項目、
- 顧客との契約
- IFRS第15号を適用するにあたり行った重要な判断
- 顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産
に関して開示することになるんだよ。それぞれの内容はこんな感じだよ。」
そう言うと伊崎は、再びホワイトボードに向き直った。
【IFRS第15号 主な開示事項】
〇 顧客との契約
- 顧客との契約から認識した収益の内訳
- 顧客との契約から生じた債権、契約資産及び契約負債の期首残高及び期末残高、期首現在の契約負債残高に含まれていた当報告期間に認識した収益、当報告期間に過去の期間に充足した履行義務から認識した収益等
- 顧客との契約における履行義務に関する情報
- 残存履行義務に配分した取引価格等
- 債権又は契約資産について認識した減損損失
〇 IFRS第15号を適用するにあたり行った重要な判断
- 履行義務の充足の時期
- 取引価格及び履行義務への配分額
〇 顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産
- 顧客との契約の獲得又は履行のために発生したコストの金額を算定する際の判断
- 各報告期間に係る償却の決定に使用している方法
「へぇ。」
桜井はずらっと書かれた項目を確認しながら、内容の多さに口をぽかんと開けた。
「たしか、藤原君がまとめてくれた一覧があったはずだから、後でメールしておくね。どういった項目を注記することになるのか、一度目を通しておくといいよ。」
「ありがとうございます・・・」
藤原の名前を聞いて少しモヤっとした気持ちになりつつも、桜井はお礼を言った。