公開日: 2017/02/02 (掲載号:No.204)
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ストーリーで学ぶIFRS入門 【第13話】「日本でも話題の収益認識(IFRS第15号)」

筆者: 関根 智美

 

契約資産と契約負債

  • IFRS第15号のポイント
  • 収益認識の5ステップ
  • 契約資産と契約負債
  • 開示

 

そこで、伊崎は手をポンと打って言った。
「そうそう、契約資産と契約負債のことを教えておかないとね。」

桜井は、なんとなく聞き覚えがあるその言葉について記憶を辿った。
「契約資産って、確かこの間教えていただいた金融商品の減損の部分で出てきた言葉ですね。」

「そうだったよね。日本基準にはない科目だからはじめは面食らうと思うけど、もうちょっと辛抱してね。」
伊崎は申し訳なさそうに言った。

「はい。」と、桜井はドキドキしながら伊崎の説明に構えた。

契約資産

「まず、契約資産の説明から行くね。」
伊崎は再びペンを手にして、仕訳を書きながら言葉を続けた。

「顧客が対価を支払うか、支払期日到来前に、財又はサービスを移転して履行義務を充足した場合、企業は顧客から対価を受け取る権利を獲得し、契約資産を有することになるんだ。」

「はぁ。」
桜井は伊崎の言うことがイマイチ理解できず、生返事を返した。

「具体例があった方が分かりやすいよね。せっかくだから、今まで使ってきた設例を用いて説明しよう。ただ、一部条件を変更するね。」

「はい、分かりました。」

[設 例]

  • 当社は機械の販売及び据付と当該機械に関するメンテナンスサービス(5年)を含んだ契約を結んだ。
  • 据付サービスは他社から調達可能であり、機械の納入と据付サービスは別個の履行義務と判断された。
  • 機械の納入と据付サービスの各履行義務への取引価格の配分額は、1,112,500円及び200,000円である。
  • 機械は契約で仕様が定められており、機械の支配が契約で合意された仕様に従って顧客に移転されたことが企業が客観的に判断できる。
  • 顧客は機械の据付確認をもって、支払義務が生じる。
  • 機械の据付確認後のメンテナンス・サービスの解約はできない。

「変更点は、機械の納入と据付サービスが別個の履行義務だという点と、企業は機械が契約で合意された仕様に従っているという証拠を得ることができて、機械の支配の移転を企業が客観的に判断できる、という条件が付いたことだよ。
2つ目の条件はちょっと特殊かもしれないけど、契約資産を理解するための設例だと思って聞いてね。」
この条件がどう絡んでくるのか分からないまま、桜井は黙って頷いた。

[機械納入時]

(※) 勘定科目名は上記に限られない。

「これは、設例のケースで言うと機械を顧客に納入した段階の仕訳だよ。また据付が終わっておらず、顧客からの検収も行われていない場合だけど、機械の納入という履行義務が完了されたタイミングだね。」

「え、ここで仕訳が必要になるんですか。」
桜井は驚いた様子で伊崎にたずねた。

「この設例では、「機械の納入」という履行義務を完了したことで、機械の据付や検収を待たず、機械の支配が顧客に移転したと考えられるからなんだ。」

「ああ、なるほど。あのややこしい追加条件がここで利いてくるんですね。」
伊崎は苦笑して答えた。

「まぁ、そういうことだね。そして、顧客が据付完了を確認し、検収した時点で、こう仕訳を切ることになるんだよ。」

[顧客検収時]

(※) 勘定科目名は上記に限られない。

「なるほど。結果として、借方に債権、貸方に売上高という、いつもの科目が残ることになるんですね。」
桜井の言葉に伊崎は頷いた。

契約資産と債権は対価を受け取る条件の有無で区別

「ここで「契約資産」と「債権」という2つの勘定科目が出てきているんだけど、この契約資産と債権は、時の経過以外で『対価を受け取る条件が無条件か否か』で区別されるんだよ。」

「対価を受け取る条件ですか?」
伊崎の説明に、桜井は首を傾げた。

「そう。履行義務を充足したけど、時の経過以外に対価を受け取るために何らかの条件が必要な場合は、『契約資産』を計上する。機械を納入した時点だと、まだ据付が終わってないよね?」

「ええ。支払義務の確定は機械の据付が終わって、顧客がそれを確認してからですから、まだ対価を受け取る権利が確定していないってことですね。」
伊崎は桜井の答えににっこりして頷いた。

「機械納入という履行義務は充足したんだけど、まだ支払が確定するまでにやらなきゃいけないことがあるから、『条件付き』となるんだ。だから『契約資産』を計上するというわけだよ。」

「なるほど。据付確認後は、支払を受ける権利が確定し、支払期日までの時の経過を待てばいいだけですから、『対価を受け取る条件が無条件』になるんですね。」

「その通り。対価を受け取る権利が無条件だから、顧客が据付確認したタイミングで『債権』として計上するんだ。」

「へぇ。IFRSでは、『契約資産』と『営業債権』を区別して管理する必要があるんですね。」
桜井は溜息を吐きながら言った。

「面倒だけど、そうなるね。」

契約負債

「では、契約負債は契約資産の逆パターンと考えていいんですか?」

「そうだよ。財又はサービスの移転という履行義務の充足前に顧客が支払いをした場合や、企業が履行義務を履行する前に企業が無条件の対価に対する権利を有していて、その支払期日が到来した場合は、契約負債を計上するんだ。」

「へぇ。」
そう言うと、桜井もペンを手に取って、仕訳を書き始めた。

「・・・ということは、顧客が財又はサービスを移転する前に前払いしたときには、

[前払時]

(※) 勘定科目名は上記に限られない。

となるんですね。」

「その通りだよ。」
桜井はさらに続けて、ペンを走らせた。

「そして、財又はサービスを移転し、履行義務を充足した時点で次の仕訳が出てくるんですね。」

[履行義務充足時]

(※) 勘定科目名は上記に限られない。

「そうだね。」と相槌を打って、伊崎は桜井に先を促した。ところが、桜井が困惑した表情で伊崎を見た。

「ただ、2つ目にある履行義務を充足する前に企業が無条件の対価に対する権利を有していて、その支払期日が到来した場合って、よく分からなくて・・・」

「うん、確かに分かりにくいよね。せっかくだから、設例にあるメンテナンス・サービスが機械据付時に支払を受ける場合の仕訳を考えてみよう。」
伊崎は安心させるよう桜井に微笑みかけた。

「えーと、設例では、機械を据付時に機械の販売及び据付とメンテナンス・サービスの合計金額に対する顧客の支払義務が確定するんですよね。」

[設例(再掲)]

  • 当社は機械の販売及び据付と当該機械に関するメンテナンスサービス(5年)を含んだ契約を結んだ。
  • 据付サービスは他社から調達可能であり、機械の納入と据付サービスは別個の履行義務と判断された。
  • 機械の納入と据付サービスの各履行義務への取引価格の配分額は、1,112,500円及び200,000円である。
  • 機械は契約で仕様が定められており、機械の支配が契約で合意された仕様に従って顧客に移転されたことが企業が客観的に判断できる。
  • 顧客は機械の据付確認をもって、支払義務が生じる。
  • 機械の据付確認後のメンテナンス・サービスの解約はできない。

「そうだね。だから、機械の据付確認時点で、メンテナンス・サービスは提供していないにもかかわらず、支払義務は確定しているわけだよね?」

「なるほど!だから、機械据付後、顧客が検収した時点でこう仕訳を切ることになるんですね。」

[機械据付時]

(※) 勘定科目名は上記に限られない。

「そうだね。実際に顧客から支払を受けた時の仕訳がこうだね。」

[対価受取時]

(※) 説明の便宜上、営業債権を履行義務毎に分けて記載している。

「なるほど。そして毎月メンテナンス・サービスに係る収益を認識するときは、次の仕訳になるんですね。」

[毎月]

(※) 勘定科目名は上記に限られない。

「うん、その理解で大丈夫だよ。だいたいイメージがついたみたいだね。」

「はい。」と桜井はほっとした表情で答えた。

契約資産と債権は明確に区別できるように情報開示が必要

「それから、契約資産と契約負債は必ずしもこの用語を使用する必要はないんだけど、財務諸表利用者が契約資産と債権を明確に区別できるように、十分な情報を開示しなければならないってことも留意が必要だよ。」

「なるほど。分かりました。」

 

開示

  • IFRS第15号のポイント
  • 収益認識の5ステップ
  • 契約資産と契約負債
  • 開示

 

「では、最後の開示内容についてだね。ここは主な開示の内容を紹介するね。」

「はい。そう言えば、収益に関する開示も多くなるという話を聞いたことがあります。」

「そうなんだ。IFRSでは、大きく3つの項目、

  • 顧客との契約
  • IFRS第15号を適用するにあたり行った重要な判断
  • 顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産

に関して開示することになるんだよ。それぞれの内容はこんな感じだよ。」
そう言うと伊崎は、再びホワイトボードに向き直った。

【IFRS第15号 主な開示事項】

〇 顧客との契約

  • 顧客との契約から認識した収益の内訳
  • 顧客との契約から生じた債権、契約資産及び契約負債の期首残高及び期末残高、期首現在の契約負債残高に含まれていた当報告期間に認識した収益、当報告期間に過去の期間に充足した履行義務から認識した収益等
  • 顧客との契約における履行義務に関する情報
  • 残存履行義務に配分した取引価格等
  • 債権又は契約資産について認識した減損損失

〇 IFRS第15号を適用するにあたり行った重要な判断

  • 履行義務の充足の時期
  • 取引価格及び履行義務への配分額

〇 顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産

  • 顧客との契約の獲得又は履行のために発生したコストの金額を算定する際の判断
  • 各報告期間に係る償却の決定に使用している方法

「へぇ。」
桜井はずらっと書かれた項目を確認しながら、内容の多さに口をぽかんと開けた。

「たしか、藤原君がまとめてくれた一覧があったはずだから、後でメールしておくね。どういった項目を注記することになるのか、一度目を通しておくといいよ。」

「ありがとうございます・・・」
藤原の名前を聞いて少しモヤっとした気持ちになりつつも、桜井はお礼を言った。

ストーリーで学ぶ
IFRS入門

【第13話】

「日本でも話題の収益認識(IFRS第15号)」

仰星監査法人
公認会計士 関根 智美

 

連載の目次はこちら

● ○ プロローグ ○ ●

とある中規模上場メーカーのリフレッシュルームの一角で、1人の女性が男性に詰め寄っていた。と言っても、艶っぽい雰囲気は皆無だ。男性の方は両手を顔の横に挙げ、「降参」のポーズを取っている。

「どういうこと?あの2人、全然変わってないじゃない。」
30代半ばの女性、橋本は同じ経理部の同僚である伊崎に言った。

事の発端は経理部内の若手2人、藤原と桜井が険悪ムードになったことから始まる。去年の夏にIFRSを導入することが決まったことを受けて、先輩である藤原が後輩の桜井にIFRSについて教えることになった。そこまでは良かったのだが、意識の高い藤原が次第に受身になっていく桜井の勉強態度に我慢できなくなり、ちょっとした諍いがあったようなのだ。

だが、そのせいで10名程度しかいない、こぢんまりとした経理部内の雰囲気を悪化させていることに、当人たちは気づいていない。

そこで、橋本と伊崎がそれぞれに話をして和解させようと試みたのが先月。しかし、2月に入っても2人の仲は元に戻っていなかった。

「えー、僕はちゃんと仕事したよ?ほら、桜井君の方を見てごらん。」
伊崎は、いつもと変わらずゆったり笑みを浮かべながら答える。橋本はリフレッシュルームの入口から経理部のシマをちらりと見た。

桜井は相変わらず右隣の藤原を一瞥もせずPCに集中していた。だが、表情は先月と比べると心なしか晴れやかに見える。

「ほら、ちょっと明るくなっているでしょ?」
伊崎は得意げに言う。橋本もしぶしぶ認めた。

「確かにそう見えるわね。伊崎さん、一体何を桜井君に言ったの?」
橋本は不思議そうに尋ねた。

「簡単だよ。『仲直りしなくていいよ』って。」

「はぁ?」
橋本のこめかみが痙攣しているのは気のせいじゃないな、と伊崎は冷静な目で観察した。

「藤原君の方を見ていると、どうやら橋本さんは直球勝負したんでしょ?」
橋本は図星を指されて言葉に詰まった。橋本は気まずさを紛らわせるために再び経理部の方に視線を移した。桜井の隣に座る藤原は、眉間に皺を寄せて仕事に没頭している。

「あれじゃ、冬眠明けの低血圧の熊にしか見えないよ。」
伊崎はわざとらしく溜め息をついた。

「悪かったわよ。ちょっと頭ごなしに言ったかもしれないわね・・・」
橋本は素直に自分のやり方がまずかったことを認めた。伊崎はふわりと笑って、橋本の頭をポンと叩く。

「ま、種は蒔いておいたから、ひとまずこれで様子を見ていこう。」

「よいしょっ。」
掛け声をあげて、桜井は請求書の束を机に置いた。

「圧巻だな。ここから探し出すのかー」
ミーティングルームの長机には、所狭しと資料の束が山積みにされている。監査対応の事前準備のため、指定された取引の証憑類に付箋を貼っていくのが今日の主な作業だ。藤原と気まずい状態が続いている桜井にとっては、別室の作業は息抜きになって正直嬉しい。

桜井が一覧表を元に請求書に付箋を貼っていると、ノックする音が聞こえた。桜井がドアの方を振り向くと、伊崎が部屋へ入ってきた。

「今、いいかな?これ、財務から来たよ。」
そう言うと、紙の束が入ったクリアファイルを桜井に手渡した。

「得意先への確認状ですね。では、明日、会計士さんが来た時に渡しておきます。」
桜井は用紙をパラパラ捲りながら、ざっと中身を確認する。一方の伊崎は、手近にあった椅子に腰かけると部屋を見渡した。資料のファイルから付箋がチラホラ飛び出しているのが見える。

「これ、全部一人でやるの、大変でしょ?」

「そうですね。でも、地味な作業は好きなので、案外平気です。」
桜井も少し離れた席に座り、休憩を取ることにした。伊崎と雑談を軽く交わし、話の区切りがついたところで、桜井は少し勇気を出して切り出した。

「あのー、伊崎さん・・・つかぬことを伺いますが・・・」

「何だい?」

「先月、IFRSを教えてくださるって話をしたと思うんですけど。」

「ああ、そう言えばそうだったね。」
伊崎は、顎に指を置いて思い出す仕草をした。

「それで、できればIFRSの収益認識の基準について教えてほしいんです。」
藤原がIFRSを教えてくれていた時は藤原が勉強する機会を率先して作ってくれていたため、桜井はそれに従えばよかったのだが、伊崎は自分からは決してIFRSのことを口にしないことに桜井は気づいていた。

「それはいいけど。どうして知りたいと思ったの?」
伊崎は、机に片肘をついて桜井の方を見た。桜井は、ちょっと緊張しながらも説明した。

「日本基準でも収益認識の会計基準が話題になっているし、今、監査対応で売上や仕入れの資料を用意していたんですけど、IFRSが導入されたらどう変わっていくのかな、って疑問に思って・・・」

「なるほど。確かに日本でもIFRS第15号を踏まえた収益認識に関する包括的な会計基準の開発が検討されているから、IFRS第15号を勉強することはその理解に役立つね。それに、前回も収益認識については藤原君から教えてもらってないって言っていたもんね。」

「はい、お願いしてもいいですか?」

「もちろんだよ。もともと僕が藤原君の代わりに教えるって言ったんだしね。ちょうどここにはホワイトボードもあるし、講義するにはピッタリだね。」
伊崎はいたずらっぽく笑うと、2人はホワイトボードの近くに席を移動した。

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連載目次

筆者紹介

関根 智美

(せきね・ともみ)

公認会計士

神戸大学経営学部卒業
2005年公認会計士2次試験合格
2006年より大手監査法人勤務後、語学留学及び専業主婦を経て、
2015年仰星監査法人に入所。法定監査を中心に様々な業種の会計監査業務に従事する。
2017年10月退所。

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