〔平成30年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第3回】 「「所得拡大促進税制の見直し」及び 「中小企業向け租税特別措置の適用制限」」 公認会計士・税理士 新名 貴則 平成29年度税制改正における改正事項を中心として、平成30年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。【第2回】は、研究開発税制の見直し、及び特定資産の買換え特例の見直しと適用期限延長について解説した。 【第3回】は、所得拡大促進税制の見直し、及び、中小企業向け租税特別措置の適用制限について、平成30年3月期決算申告において留意すべき点を解説する。 1 所得拡大促進税制の見直し 所得拡大促進税制とは、青色申告書を提出している法人が給与等支給額を一定以上増加させた場合に、その増加額の一定割合について税額控除が認められる制度である。ただし、当期の法人税額の10%(中小企業者等については20%)が控除限度額となる。 当該税制を適用するためには、給与等支給額の増加に関する3要件を全て満たす必要があるが、このうち平均給与等支給額の要件が、平成29年度税制改正により見直されている。 ▷改正のポイント ① 要件の見直し 平成29年度税制改正前は、当事業年度の平均給与等支給額が、前事業年度の平均給与等支給額以上であることが要件であった。これが改正により、中小企業者等以外の法人については、前事業年度と比較して2%以上増加していることが必要とされた。ただし、控除税額が上乗せされる。 中小企業者等については改正後も変更はないが、平均給与等支給額が前事業年度と比較して2%以上増加している場合は、控除税額が上乗せされることになった。 この改正は平成29年4月1日以後に開始する事業年度から適用されるため、平成30年3月期には適用されることになる。 【所得拡大促進税制の適用要件】 (※1) 3月決算法人の場合は平成25年3月期が該当する。 (※2) 平成29年3月期の4%から引き上げられているが、29年度改正による引上げではなく当初から予定されていたもの。 ② 控除税額の上乗せ ◆中小企業者等以外の法人 給与等支給額が基準年度と比較して増加している金額のうち、「前事業年度と比較して増加している金額までの部分」について、控除税額を2%上乗せする。 【控除税額のイメージ】 ◆中小企業者等 平均給与等支給額が前事業年度以上ではあるが、増加率が2%未満である場合は、控除税額の上乗せは適用されない。 【控除税額のイメージ】 平均給与等支給額が前事業年度と比較して2%以上増加している場合は、給与等支給額が基準年度と比較して増加している金額のうち、「前事業年度と比較して増加している金額までの部分」について、税額控除を12%上乗せする。 【控除税額のイメージ】 平成30年度税制改正において所得拡大促進税制の見直しが再度行われているので、平成31年3月期からは適用要件等が変更になる。 2 中小企業向け租税特別措置の適用制限(平成32年3月期から) 実態としては大企業であるのに、資本金1億円以下にすることで中小企業向けの税制特例を適用しようとするケースが見られる。このようなケースを防止するため、平成29年度税制改正により、前3事業年度の平均所得が年15億円を超える事業年度においては、法人税関係の中小企業向け租税特別措置の適用が停止される。 適用停止の対象となるのは、租税特別措置法による中小企業向け特例措置である。同じ中小企業向け特例措置であっても、法人税法によるものは適用停止とはならない点に注意が必要である。 ただし、平成31年4月1日以後に開始する事業年度から適用されるため、平成30年3月期の決算申告においては適用されない。 (了)
相続空き家の特例 [一問一答] 【第31回】 (最終回) 「一部の対象譲渡について 「相続空き家の特例」を適用しないで申告した場合」 -相続空き家の特例を適用しないで申告した場合- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、父親が相続開始の日まで単独で居住の用に供していた家屋(昭和56年5月31日以前に建築)及びその敷地200㎡を、昨年3月に父親の相続により取得し、その家屋を取り壊して更地にし、昨年10月にその一部である100㎡を4,000万円で売却しました。その家屋は相続の時から取壊しの時まで空き家で、その敷地も相続の時から譲渡の時まで未利用の土地でした。 「相続空き家の特例(措法35③)」は、1人の相続人ごとに1回しかその適用を受けることができないことから、まずは、昨年分の譲渡所得については同特例を適用しないで申告をし、その後の残地100㎡の売却が4,000万円未満の場合は、昨年分の申告に関して同特例を適用させて更正の請求をしようと考えています。 適用上の問題がないか教えてください。 A Xは、昨年分の申告に関して更正の請求書を提出しても、「相続空き家の特例」の適用を受けることができません。 ●○●○解説○●○● 租税特別措置法第35条第12項の規定では、確定申告書の提出がなかった場合又は確定申告書に所定の事項の記載若しくは所定の書類を提出しなかったことについて、税務署長がやむを得ない事情があると認めるときは、確定申告書に記載すべきであった事項を記載した書類及び添付すべきであった書類を提出すれば、同法第35第1項の規定を適用することができるとされています。 しかしながら、被相続人居住用家屋の敷地等の一部の対象譲渡(以下「当初対象譲渡」という)をした場合において、その個人の選択により、「当初対象譲渡」について「相続空き家の特例(措法35③)」を適用しないで確定申告書を提出したときは、例えば、その後においてその個人が行った被相続人居住用家屋又は被相続人居住用家屋の敷地等の一部の対象譲渡について同特例の適用を受けないときであっても、その個人が更正の請求をし、又は修正申告を提出するときにおいて、「当初対象譲渡」について「相続空き家の特例」の適用を受けることができないとされています(措通35-18(対象譲渡について措置法第35条第3項の規定を適用しないで申告した場合))。 なお、その後において残地の譲渡が、相続の開始があった日から同日以後3年を経過する日の属する12月31日までの間に行うことができなかったときや、貸付けなどをして残地の譲渡が要件を満たさないこととなったときも同様です。 したがって、本事例の場合、昨年分の申告に関して同特例を適用させて更正の請求をしても、「相続空き家の特例」の適用を受けることができません。 (連載了)
組織再編税制の歴史的変遷と制度趣旨 【第24回】 公認会計士 佐藤 信祐 (《第2章》 平成13年度税制改正) (16) 特定資産に係る譲渡等損失額の損金不算入 『平成13年版改正税法のすべて』221頁(大蔵財務協会、平成13年)では、特定資産に係る譲渡等損失額の損金不算入が創設された趣旨について、 と解説されている。 このように、前回、解説した未処理欠損金額の引継ぎ等に係る制限と同じ趣旨により設けられた制度であることから、ほぼ同じ内容となっている。すなわち、「支配関係が生じてから5年」「みなし共同事業要件」「時価純資産超過額」といった概念が重要になる。 なお、条文構成として、法人税法62条の7第1項が吸収型再編、第2項が特定資産譲渡等損失額の計算方法、第3項が新設型再編となっている。このうち、第3項であるが、「特定資本関係(筆者注;現行法では「支配関係」に名称変更)がある被合併法人等(被合併法人、分割法人及び現物出資法人をいう。以下この項において同じ。)と他の被合併法人等との間で法人を設立する特定適格合併等が行われた場合」と規定されている。 すなわち、単独新設分割を行った場合には、他の被合併法人等が存在しないことから、特定資産に係る譲渡等損失額の損金不算入の適用対象から除外されるという点にご留意されたい。 (17) 租税回避行為の防止 『平成13年版改正税法のすべて』243-244頁では、法人税法132条の2に包括的租税回避防止規定が導入された趣旨について、以下のように記載されている。 すなわち、一般的には、組織再編税制が比較的新しい制度であることから、多種多様な租税回避行為が行われると考えられるため、それを防止するために設けられた制度であるとされており、この点について、特段の争いはない。 争いがある点は、経済合理性基準で判断するのか、制度濫用基準で判断するのかという点であるが、ヤフー・IDCF事件(平成28年2月29日最高裁判決:TAINSコードZ888-1983、1984)が公表される前は、経済合理性基準で判断すると考えていた税務専門家がほとんどであったと思われる。 しかし、経済合理性基準で判断したとしても、制度濫用基準で判断したとしても、例示されている4つの内容について結論が変わるとは思えない。「相手先法人の税額控除枠や各種実績率を利用する目的で、組織再編成を行う」ことはほとんど考えにくく、「株式の譲渡損を計上したり、株式の評価を下げるために、分割等を行う」というのは、包括的租税回避防止規定によらず、株式の評価における事実認定の問題である。 そのため、実際には、「繰越欠損金や含み損のある会社を買収し、その繰越欠損金や含み損を利用するために組織再編成を行う。」「複数の組織再編成を段階的に組み合わせることなどにより、課税を受けることなく、実質的な法人の資産譲渡や株主の株式譲渡を行う。」という点が問題となろう。 この点につき、ヤフー事件が公表される前に『組織再編における包括的租税回避防止規定の実務』(中央経済社)を上梓し、当時は、経済合理性基準で分析を行ったが、制度濫用基準で分析したとしても、すべて同じ結論になったと思われる。さらに、ヤフー事件の最高裁判所調査官解説(※)でも、「制度濫用基準の考え方を基礎としつつも、その実質において、経済合理性基準に係る上記の通説的見解の考え方(筆者注;経済合理性基準のことをいう。)を取り込んだものと評価することができるように思われる。」と指摘されている。 (※) 徳地淳・林史高「判解」ジュリスト1497号85-86頁(平成28年)。 いずれにしても、「組織再編成を利用する複雑、かつ、巧妙な租税回避行為」を想定して包括的租税回避防止規定が導入されたという点は理解しておく必要があると思われる。 (18) 総括 【第9回】から今回にかけて、『平成13年版改正税法のすべて』に規定されている法人税法の主要な内容についての解説を行った。気が付かれた読者も多いと思われるが、『平成13年版改正税法のすべて』『企業組織再編成に係る税制についての講演録集』を読み込んだとしても、税制適格要件、被合併法人等における譲渡損益の計算、株主課税、資本の部、繰越欠損金といった制度の根幹に係る部分についての制度趣旨は理解できるものの、個別項目の制度趣旨についてはそれほど明確に記載されていない。本来であれば、有価証券の譲渡損益の計算や外貨建資産等の換算についても触れたかったが、これらの文献において、制度の内容の説明はされているものの、その趣旨までは説明されていなかった。 「会社分割・合併等の企業組織再編成に係る税制の基本的考え方」では、 と記載されており、『平成13年版改正税法のすべて』163頁以下に記載されている「個別制度における組織再編成に係る取扱い」における制度趣旨は、ほぼこれで説明できることが理由であると思われる。 その意味では、『平成13年版改正税法のすべて』が公表された時点の制度趣旨を理解するためには、【第3回】から【第7回】までで解説した内容を理解することが最も重要になると思われる。そして、平成13年当時における財務省、国税庁、経済界、税務専門家の見解を確認することにより、当時の議論とその後の税制改正の経緯を探っていくことができると思われる。 また、ヤフー・IDCF事件では、税制適格要件及びみなし共同事業要件の制度趣旨についても争われており、この論点については、平成13年当時から現在までで大きな改正がないことから、財務省主税局で組織再編税制の立案に携わった朝長英樹氏の鑑定意見書を分析する必要性はあろう。むろん、退官した後に、かつ、裁判における一方の当事者のために書かれた鑑定意見書であることから、当時のピュアな財務省主税局の見解とは異なる可能性もある点に留意しながら分析する必要がある。 * * * 次回以降では、『平成13年版改正税法のすべて』で解説されている法人税法以外の解説を行い、それが終わった段階で、①朝長英樹氏の鑑定意見書のうち、『平成13年版改正税法のすべて』と比較できる内容について検討を行い、その後に、②平成13年当時における財務省、国税庁、経済界、税務専門家の見解について検討を行う予定である。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第33回】 「右山事件」 ~最判平成17年2月1日(集民216号279頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
理由付記の不備をめぐる事例研究 【第41回】 「寄附金(債権放棄)」 ~子会社再建支援のための債権放棄が寄附金に該当すると判断した理由は?~ 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 今回は、青色申告法人X社に対して行われた「子会社再建支援のための債権放棄は寄附金に該当すること」を理由とする法人税更正処分の理由付記の十分性が争われた東京地裁平成27年2月24日判決(税資265号順号12606。以下「本判決」という)を素材とする。 1 更正通知書に記載された更正の理由(本件理由付記) (注) 素材とした本判決の判決文から読み取ることができる理由付記の一部を筆者が加工している。 2 本件理由付記から読み取ることができる関係図 3 本判決の判断 本判決は、大要次のとおり、理由付記に不備はないと判断した。 (1) 求められる理由付記の程度 (2) 理由付記の十分性 4 検討 (1) 関係法令等の確認 本件更正処分の関係法令等を簡単に確認しておく(詳細は、本連載【第11回】「寄附金と貸倒損失」参照)。 貸倒損失について、法人税基本通達9-6-1(4)は、「債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その金銭債権の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し書面により明らかにされた債務免除額」は、貸倒損失として損金の額に算入する旨定めている。 損金算入が制限される寄附金について、法人が支出した寄附金とは、金銭その他の資産や経済的な利益の贈与又は無償の供与であり、いわば事業関連性の有無を問わず、対価を伴わない支出であると解されている(法法37⑦)。 また、直接的・個別的な対価を伴わない支出で、かつ、形式上、寄附金の額から除かれる広告宣伝費等の費用に該当しないものであっても、その支出を行うことにより、①対価的意義を有するものと認められる経済的利益の供与を受けている場合、又は②営利法人としてこれを受けることなくその支出相当額の利益を手離すことを首肯するに足りる何らかの合理的な経済目的等がある場合には、寄附金の額に含まれないと解されている。 子会社等の整理・再建に際し、相当の理由(経済的合理性)がある場合のその子会社等に対する債権放棄は寄附金ではなく、そのまま損金の額に算入される旨を明らかにした通達もある(法人税基本通達9-4-1、9-4-2)。 (2) 求められる理由付記の程度 本件更正処分は、X社が、100%子会社であるD(株)を支援するために、平成22年3月26日の臨時取締役会の決議に基づき、D(株)に対する不動産賃貸又は役務提供に係る収入等に係る債権等について、平成21年4月に遡ってD(株)に請求しないこと(債権放棄すること)として、それぞれ収入等に計上していない、というX社の帳簿書類の記載又はその前提たる事実を、処分の前提事実としている。その上で、この債権放棄が法人税法37条の寄附金に当たるものであるとの法的評価を加えることにより、損金不算入となる金額を所得金額に加算するものである。したがって、帳簿書類の記載自体を否認することなしに更正をする場合に該当すると考える。 すると、理由付記の程度としては、更正通知書記載の更正の理由が、そのような更正をした根拠について帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示するものでないとしても、更正の根拠を更正処分庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由付記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り、法の要求する更正理由の付記として欠けるところはないことになる(最高裁昭和60年4月23日第三小法廷判決・民集39巻3号850頁等参照)。 (3) 理由付記の十分性 次のとおり、本件理由付記は、法の求める理由付記として十分なものではないと考える。 本件理由付記は、処分の前提事実として、X社が、100%子会社であるD(株)を支援するために、上記臨時取締役会の決議に基づき、D(株)に対する不動産賃貸又は役務提供に係る収入等に係る債権を平成21年4月に遡って請求しない(債権放棄する)として、それぞれ収入等に計上していないことを記載している。その上で、この債権放棄について、D(株)に対して当事業年度を通じて上記収入に係る不動産の賃貸又は役務の提供を行っていることから、当該収入に係る債権は確定しており、当該決議によりこの債権を放棄したものと認められるから、売上計上漏れと判断したことを記載している。 また、上記債権放棄は、D(株)の倒産を防止するためにやむを得ず行われたものではなく、当該債権放棄を行うことに相当な理由があるとは認められないから、法人税法37条7項の寄附金に該当することを記載している。 本件理由付記には、このほかに寄附金と判断するに至った具体的ないし個別的な事実の記載はない。もっとも、X社において、D(株)が倒産の危機にあることを示す資料やD(株)を再建するための計画に基づいて債権放棄を行ったことを示す資料を作成・保管していないことを前提とするならば、本件理由付記のようにやや消極的な処分理由の記載となることにも、やむを得ない面がある。 しかしながら、課税庁は、本件に係る訴訟において、次のとおり主張している。 そして、課税庁は、子会社等を再建する場合の損失負担等が経済合理性を有しているか否かを判断する場合には、次に掲げるaからgのような点に照らして、総合的に検討することが妥当であり、また、当該損失負担等に経済合理性があるというためには、支援者の主観的な動機や目的があることのみでは足りず、前提となる客観的な事実があり、その目的に応じた計画や金額等においても経済合理性が認められるものでなければならない、と主張している。これは、国税庁のタックスアンサー「No.5280 子会社等を整理・再建する場合の損失負担等に係る質疑応答事例等」におおむね沿った主張である。 その上で、課税庁は、上記bの点について、D(株)が、実質的には債務超過の状態になく、また、事業継続に支障をきたすほど資金繰りがひっ迫していたということができない以上、倒産の危機にあったとは認められないと主張している。その根拠として、課税庁は、要旨次の点を指摘している。 上記①ないし③に掲げたD(株)の実質的な資産状況及び支払能力、X社からD(株)への資金融通の常態化などに鑑みれば、D(株)は、事業継続に支障を来すほどに資金繰りがひっ迫していたとは認め難い、というのである。 これらの主張を読むと、本件更正処分において、D(株)に対する債権放棄は、D(株)の倒産を防止するためにやむを得ず行われたものではなく、当該債権放棄を行うことに相当な理由があるとは認められないと判断した具体的な事実を理解することができる。逆にいえば、本件理由付記は、処分の根拠となる事実や判断過程を省略して記載していることが浮き彫りとなる。 本件理由付記程度の記載で十分であるとすると、課税庁が、処分時に確固たる事実を把握しないまま、恣意的ないし主観的に、上記の判断をすることが事実上許されてしまうのではないか、という懸念も生じる(なお、債権放棄を行うことの相当の理由など一義的な判断が難しい場面においては、判断者の主観に左右されやすいことに留意)。 実際に、課税庁が、原処分時にどこまでの事実を把握し、処分理由として考慮していたかなどの観点から更なる検討を行う余地もあるが、差し当たり、本件理由付記は、少なくとも更正処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するという理由付記の趣旨と必ずしも適合しないという評価も成り立つであろう。よって、本件理由付記は、法の求める理由付記として十分なものではないと考える。 なお、債権放棄の損金算入を否認するような処分に係る理由付記に関連して、①法令のみならず関連する通達(本件では法人税基本通達9-4-2等)までも理由付記に記載しなければならないのか、②理由付記の趣旨目的と守秘義務(国家公務員法100条、国税通則法126条)との間でどのような調整を図るべきか、という議論がある(本連載【第38回】参照)。 上記①に関して、X社は、本件理由付記は、法人税基本通達9-4-2の文言の一部を抜き出して記載したものにすぎないため、単に根拠法条を示すだけの場合と同様に、処分の相手方において、その適用の基礎となった事実関係を知ることができず、不服申立ての便宜という理由付記制度の趣旨を損なうものである旨主張している。これに対して、本判決は、次のとおり、X社の上記主張を排斥している。 また、X社は、法人税基本通達9-4-2における「相当な理由」の有無については、検討されるべき各要件を総合して判断されるものである以上、各要件に該当するか否かについての評価がその判断過程に存在しなければならないのに、本件更正通知書には、その判断過程が一切記載されていない以上、判断過程が省略することなしに記載されているということはできない旨主張している。本判決は、次のとおり法人税基本通達9-4-2が法令ではないことのみを強調して、これを斥けている。 * * * 次回は、「得意先からの特別拡売費の負担依頼を受けて行った売上値引が寄附金に該当すること」を理由とする法人税更正処分の理由付記の事例を取り上げる。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第69回】 亀田製菓株式会社 「独立調査委員会調査報告書(平成29年12月14日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【独立調査委員会の概要】 【亀田製菓株式会社の概要】 亀田製菓株式会社(以下「亀田製菓」と略称する)は、昭和32(1957)年設立。菓子の製造販売事業を中核事業とする。傘下に13社の連結子会社を有する。連結売上高98,206百万円、経常利益7,122百万円、従業員数3,152名(数字はいずれも平成29年3月期)。本店所在地は新潟県新潟市。東京証券取引所1部上場。 今回、不適切な会計処理が発覚したTHAI KAMEDA CO LTD(以下「TKD」と略称する)は、1990年1月設立、平成21(2009)年2月に亀田製菓が子会社化した、菓子の製造販売会社である。2017年3月期の売上高は433,242千タイバーツ(約15億円)であり、亀田製菓グループ売上高の1%強となっている。 【調査報告書の概要】 1 調査に至る経緯 2017年8月、亀田製菓常勤監査役である荒木徹氏(報告書上はK01。以下「荒木常勤監査役」と略称する)は、TKDの財務諸表を確認したところ、棚卸資産残高が売上高に比して過大であると考え、TKD副社長に棚卸資産の実在性について確認するように求めるとともに、TKDに往訪予定であった常務執行役員管理本部長である小林章氏(報告書上はK03。以下「小林常務執行役員」と略称する)に対して、TKD棚卸資産の現地確認を依頼した。 TKD副社長、小林常務執行役員とも、TKDの棚卸資産の実在庫が貸借対照表残高より過少であることを確認し、亀田製菓代表取締役会長及び代表取締役社長に報告を行い、亀田製菓経理部長及び監査部長が実地棚卸作業を含む棚卸資産の精査を行うこととした。 その結果、平成29年9月末時点において約6億5,000万円の棚卸資産の過大計上の可能性が判明したため、社内調査を進める一方、独立調査委員会を設置して、本件不正会計処理に関する調査の客観性及び信頼性を高めるとともに、事態の全容把握とその根本的な原因を解明し、実効性の高い再発防止策を策定することとした。 2 不正行為の概要 本件不正会計処理の具体的な方法は、「棚卸資産を実態よりも過大計上することによって、売上原価を減少させ、利益を水増しする」方法である。 (1) TKD経理部長によるエクセルシートの改竄 TKDにおいては、2007年より業務管理システムが導入されていたものの、棚卸資産については、TKD経理部において、別途エクセルシートによって原価計算及び棚卸資産残高の集計を行う運用がなされていた。 こうした運用は、亀田製菓が子会社化した2009年以後も続けられ、エクセルシートをTKD経理部長(報告書上はK20)が改竄することにより、容易に棚卸資産のかさ上げができる体制となっていた。 (2) 棚卸資産を過大計上した動機 TKD経理部長が調査委員会によるヒアリングにおいて、2011年5月、当時のTKD社長(報告書上はK13)に対する実績説明において、「もっと赤字を少なくしたい」というTKD社長の言葉に対し、「在庫量を増やすしかない」と説明したところ、「これ以上赤字を出したくない」と返答があったことから、これを黙示的な指示と受け取ったと説明した。 そして、TKD経理部長は不正の動機として、TKDが赤字決算を続けると亀田製菓がTKDを閉鎖することになるからと説明している。 (3) TKD現社長による不作為 TKD現社長である滝田裕充氏(報告書上はK15。以下「滝田TKD社長」と略称する)は、その在任中、少なくとも4回の取締役会でTKDの棚卸資産の量が議題に上がったが、TKD経理部長から聞いた理由を説明するに留まり、それ以上の調査を行わせなかった。また、海外事業部からのメールに対して、製品在庫の過大さに問題意識を持つ返信を行いながら、実際には副社長以下に調査を指示することはなかった。 そのうえ滝田TKD社長は、社内調査開始後、TKD経理部長から不正会計処理の事実を伝えられながら、その事実を数週間にわたり亀田製菓に報告していないことから、調査委員会は、「社長自身の保身とも解され得る行為」であり、対応として「不適切であったと言わざるを得ない」と断じている。 (4) TKDにおける実地棚卸の実施状況 調査委員会は、TKDの実地棚卸について、以下のように問題点を指摘している。 また、前述のとおり、TKDにおける棚卸資産管理は経理部がエクセルシートを作成して行っていたが、現場で管理されている在庫リストと会計帳簿作成の基礎となる在庫リストとの突合は行われていなかった。 その結果、調査委員会は、「現場での在庫数値の把握が不十分」であり、また、「現場での在庫数量の管理と経理部における在庫数量の管理が物理的にも切り離されていたこと」から、棚卸資産の正確な把握がそもそも困難であったと結論づけている。 3 不正会計処理の発生原因 独立調査委員会は、不正会計処理の発生原因を大きく4つに分けて指摘している。なかでも、TKDにおけるガバナンス及び内部統制については、厳しい指摘が並んでいる。 本件不正会計処理が長く続けられてきたことに対し、調査委員会は、TKDの歴代マネジメント(社長)が、「数値的な異常性については明確な数値上の根拠をもって検討を行い、経理部に対する牽制を利かせていれば、本件不正会計処理はより早期に発見されていたはずである」にもかかわらず、その対応ぶりは、「経営者として本来持ち合わせるべき高い意識と執行能力が不足していたことを示していると言わざるを得ない」と強い口調で断罪している。 亀田製菓の海外事業部にしても、監査部にしても、TKDの棚卸資産が過大であることには気づいておりながら、会計知識の乏しさゆえにこれを指摘することができなかったのは、その能力不足もさることながら、関係部署の連携もなかったというのが、調査委員会の結論である。 4 再発防止策の提言 独立調査委員会による再発防止策の提言は、発生原因に対応した形で、次のようにまとめられている。 調査委員会は、再発防止策の最優先課題として、「TKDにおけるガバナンス及び内部統制構築のための諸方策」を挙げ、その実行がなければ、第2項から第4項の対応を行ったとしても不十分であると言明している。 まず、経営者については、「経営全般に目を行き届かせ適切に経営課題を認識しようとする意識と、認識した経営課題に適切に対応する執行能力は不可欠である」としたうえで、TKDのマネジメント(社長)について、「海外の現地法人を運営する経営者が有するべき資質の基準を、TKDの現状を踏まえて改めて検討した上で明確化し、そのような資質を持つ人材を登用すべきである」と強調している。 また、TKD経理業務に対するチェック体制として、亀田製菓からTKD経理責任者を派遣するか、亀田製菓経理部門が一定の頻度でTKDの経理処理をチェックできる体制を構築することを提言している。上場会社の海外子会社においてこうしたチェック体制がないこと自体そもそも疑問であるのだが、チェック体制がなかった以上、早急にそうした体制を構築することは、確かに火急の課題であろう。なお、後述する亀田製菓による再発防止策では、「会計知識を有する適任者をTKDに派遣する」ことが明言されている。 【調査報告書の特徴】 本文69ページに及ぶ詳細な報告書には、2009年6月(2010年3月期第1四半期決算)までさかのぼって調査した棚卸資産の訂正数字が別紙として添附されており、独立調査委員会が、調査期間を延長せざるを得なかったのも肯ける。また、首謀者でタイ人のTKD経理部長の調査委員会によるヒアリングに対する受け答えが変遷し、揺れ動いている様子が、調査報告書から伝わってくる。 とはいえ、連結売上高の1%強の売上高しかない海外子会社の長年の不正会計処理が、亀田製菓に与えた影響は大きかった。 1 常勤監査役が副社長・経理部長を歴任していた海外子会社における不正 最初にTKDの棚卸資産の過大に警鐘を鳴らした荒木常勤監査役は、2010年4月から2013年1月まで、TKDの副社長であり、そのうち、2012年4月までは経理部長を兼ねていた。荒木常勤監査役は調査委員会によるヒアリングを4回にわたって受けているのだが、当時の部下であるTKD経理部長による棚卸資産の過大計上による粉飾決算について、荒木常勤監査役が調査委員会の調査に対してどのような発言をしたのか、報告書からは一切読み取れなかった。 しかし、報告書の別紙として添附された「比較損益表」によれば、棚卸資産の過大計上は、荒木常勤監査役がTKD副社長として着任する前から行われており、副社長在任時においても約1,000万タイバーツが過大であったことがわかる。当時のレート(1THB=2.75円)で計算すると約2,750万円であるため、発覚時の6億5,000万円に比べれば20分の1以下の粉飾であるが、荒木監査役がTKD副社長在任時に、実地棚卸マニュアルの策定や業務ルールの確立などを行っていれば、その時点で、是正できたのではないかと思われる。 2 独立調査委員会委員長の突然の交代 10月31日のリリースでは、独立調査委員会委員長は社外監査役・独立役員である湯原孝雄氏(報告書上はK08監査役。以下、「湯原社外監査役」と略称する)の就任が伝えられていた。しかし、11月3日に開催された第1回独立調査委員会において、委員より、湯原社外監査役が調査対象期間中にTKDを視察していた事実の指摘があり、当委員会による調査の客観性及び信頼性に対して疑義が呈せられる可能性を排除するため、湯原社外監査役は委員長及び委員の職を自発的に退任したということである。 この2016年8月のTKD視察には、荒木常勤監査役も同行しており、そこでTKD経理部長との面談が行われ、在庫についてやりとりがあったことが報告書にも記載されているが、そもそも海外視察の目的はカンボジア子会社の交渉中の合弁事業であり、TKD視察は現地従業員の激励が目的であり、視察期間も1日であったことから、監査役による往査ではなく、視察であると説明している。 同行した荒木常勤監査役が元部下であったTKD経理部長に対してどのような質問を行い、どのような回答を得たかは詳らかではないが、独立調査委員会に参加できないようなやりとりがあったのかもしれないというのは、うがち過ぎた見方だろうか。 3 亀田製菓による再発防止策 調査報告書と同日に公表された「再発防止策に関するお知らせ」に掲げられた再発防止策は次のとおりであり、独立調査委員会の再発防止策の提言に「全役職員のコンプライアンス意識の徹底」を加えたものとなっている。 また、再発防止策の末尾には、関係者の処分等として、TKD代表取締役社長の辞任と、亀田製菓代表取締役会長及び代表取締役社長のそれぞれが報酬月額の30%を3ヶ月間にわたって減額することが公表された。また、従業員については、それぞれの社内規程に基づき厳正な処分を行うとしている。 4 報告書公表と同時に発表された人事異動 同じく、調査報告書と同日に公表された「人事異動に関するお知らせ」では、以下のとおり、執行役員人事及び部長職人事が公表されている。 常務執行役員から降格した2人の執行役員については、本件不正会計処理に関する責任を取らせた人事であろうと推察できる。また、これまで部長職を派遣していたTKDの社長職に、執行役員を充てることを決めたのは、亀田製菓が公表した再発防止策の最初に掲げられた「経営者としての意識と執行能力を持った人材の採用・登用」の一環と考えることが可能であろう。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第23回】 「2018年3月期要注意!株式併合の注記はここで間違う」 公認会計士 石王丸 周夫 1 今回の事例 計算書類のドラフトにはうっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例23-1】 1株当たり情報の注記で、株式併合の記述を有価証券報告書から丸写ししてしまっている。 【事例23-1】は連結注記表の1株当たり情報の注記です。1ヶ所だけ間違いがあるのですが、どこだかわかりますか? ヒントを出しましょう。下半分の注書き文章の中にあります。1文字だけ間違っていますよ。 2 有価証券報告書ならこれでよいが・・・ では、答えを見てみましょう。 上に示したとおり、注書き文章の中の「前連結会計年度」を「当連結会計年度」とするのが正解です。以下で解説しますが、有価証券報告書では「前連結会計年度」でよいのですが、会社法計算書類では「当連結会計年度」とします。 これは有価証券報告書の注記文章を「丸写しして手直しを忘れる」といううっかりミスなのですが、ちょっと難しかったかもしれません。そもそもこの注記の意味が理解できていないと間違いに気がつかないからです。 3 今回は株式併合 以前からこの連載を読んでいただいている読者の方は、ここまで読んだところで、この話はすでに読んだことがあると思いませんでしたか?実はこの事例、本連載【第8回】で取り上げた【事例8-1】とほとんど同じなのです。 では、どこが違うのかというと、【事例8-1】では株式分割時の注記でしたが、今回の【事例23-1】は株式併合時の注記となっているのです。 株式分割というのは、たとえば1株を10株に分けるというように、株式を割って株数を増やすことでした。株式分割が行われると、1株当たり純資産額や1株当たり当期純利益が変わってきます。1株を10株に分割した場合は、1株当たり純資産額や1株当たり当期純利益は10分の1になります。 株式併合というのは、この逆です。10株を1株にまとめるというように、株式をくくって株数を減らすのです。その結果、1株当たり純資産額や1株当たり当期純利益が変わってきます。10株を1株に併合した場合、1株当たり純資産額や1株当たり当期純利益は10倍になります。 この株式併合を行う上場会社が最近よく見られます。背景にあるのは、全国証券取引所が進めてきた株式の売買単位の統一です。したがって、2018年3月期決算では、【事例23-1】のようなミスが散見される可能性があり、今回取り上げてみました。 4 売買単位統一と株式併合はどう関係しているのか 全国証券取引所による株式の売買単位の統一は、2007年にスタートしました。このプロジェクトは、上場会社の株式の売買単位、すなわち単元株数を、最終的に「1単元=100株」に統一することを目標としています。それまで8種類もあった売買単位を1つにまとめることから、段階的に実行されてきましたが、2015年12月に、最終的に「1単元=100株」に移行する期限を2018年10月1日と決めています。 それを決めた時点において、上場会社の単元株数は、すでに100株か1000株かのいずれかに集約されていましたので、あとは最終期限までに1000株の会社が100株に移行するのみというわけです(日本取引所のウェブサイトによると、2017年10月1日を効力発生日として単元株式数を変更し、同時に株式併合を実施した会社は、357社あります)。 1単元を1000株から100株に変更する場合、株式の投資単位の水準というのも考慮しなければなりません。投資単位というのは、1単元の株式の「購入金額」のことです。つまり、最低いくらあればその株を買えるのかという金額です。投資単位は「株価×単元株式数」によって求められ、東京証券取引所では、望ましい投資単位として「5万円以上50万円未満」という水準を明示しています。 たとえば、「1単元=1000株」のA社の株価が200円とします。その場合、A社の株を購入するために最低限必要な金額、すなわち投資単位は200,000円です。これは上記の望ましい水準の範囲に入っています(下図の①の段階)。 では、A社が「1単元=100株」に移行したらどうなるのでしょうか。株価が変わらないとすれば、投資単位は20,000円に下がります。その結果、望ましい投資単位の水準を下回ってしまうことになるのです(下図の②の段階)。 ここで株式併合が出てきます。株式併合は株価に影響を与えます。たとえば、10株を1株に併合すると、理論上、株価は10倍になります。単元株数の変更を行う場合、このことを利用して、投資単位の水準を調節することができるのです。 上の例で、A社が「1単元=100株」に変更すると投資単位が20,000円に下がってしまいましたから、株式併合によって株価を10倍にして、投資単位を引き上げるのです 上図の③のとおり、10株を1株に併合することにより、株価が10倍の2,000円となり、投資単位は「2,000円×100株」で200,000円となるため、望ましい水準の範囲に収まります。 実際には、下図のように②と③を同時に行うことになります。 5 有価証券報告書との違い ここまでの説明をふまえて、【事例23-1】がなぜ誤りなのかという話に戻りましょう。そのためには、会社法計算書類の開示ではなく、有価証券報告書の開示について考えるのが早道です。 有価証券報告書では当期の1株当たり情報に加えて、前期の1株当たり情報を比較情報として掲載します。当期中に株式併合が行われた場合、1株当たり情報は単純に前期のそれと比較することはできませんので、前期分について調整計算を行います。すなわち、前期の期首に株式併合が行われたと仮定して、前期の1株当たり情報を算定しなおします。そして、その結果を前期数値(比較情報)として載せるのです。 一方、会社法計算書類は有価証券報告書と違って単年度開示です。前期の数字は載りません。したがって、前連結会計年度の期首に株式併合が行われたと仮定するのではなく、当連結会計年度の期首に株式併合が行われたと仮定するのです。したがって、「当連結会計年度の期首に」株式併合が行われたと記載するのが正解になります。 つまり、【事例23-1】の事例は、有価証券報告書の注記としては正しい記載ですが、それを会社法計算書類に丸写ししたので間違いになったということなのです。 6 関連するミス事例 【事例23-1】に関連して、次のようなミスがあることも紹介しておきます。 【事例23-2】 連結注記表で記載した文言をそのまま個別注記表で使用したことによるミス 連結注記表の注記をコピペして数字を置き換えただけでは、個別注記表の注記にはならないことに注意しましょう。「連結会計年度」を「事業年度」に書き換えなければいけません。この書き換えミスは株式併合の注記に限らず、非常によく見られます。本連載の【第5回】で解説しましたので、ぜひご参照ください。 なお、今回の事例は、いずれもコピペを原因とするミスでしたので、その防止法としては、「コピペを禁止する」のが最も確実な方法です。しかしながら、定型的な注記文章を効率的に作成する場合、コピペは欠かせません。 したがって、コピペを禁止せずに、「コピペに際して加筆修正すべき部分がどこなのかを意識しながら注記を作成する」というのが、実務的な落としどころとなるでしょう。 〈今回のまとめ〉 株式併合が行われた場合は、有価証券報告書と会社法計算書類で注記文章が異なることを覚えておきましょう。 (了)
税理士のための 〈リスクを回避する〉 顧問契約・委託契約Q&A 【第6回】 「節税と租税回避の境界が微妙な案を提案する場合の注意義務」 弁護士・税理士 米倉 裕樹 弁護士・ 関西大学法科大学院教授 元氏 成保 弁護士・税理士 橋森 正樹 Q 税理士には、顧問契約を締結している顧客の税務申告について、そもそも顧客のためにいわゆる節税を講ずる法的義務があるのか。 また、「節税」と一口にいっても、あらゆる方法があると思われるが、後に税務当局から否認されるリスクのあるような提案をする際には、どのような点に注意すべきか。 A 1 そもそも税理士に節税義務があるのか 税理士は、顧客と締結した委任契約に基づき、顧客に対し、善管注意義務を負うことは、これまでの連載において何度も説明されているが、この善管注意義務には、そもそも顧客のために、いわゆる節税を講ずる義務が含まれているのか。 かつては、 とし、当該事案の顧客と税理士との関係に鑑みれば、 と判示した裁判例(岐阜地裁大垣支部昭和61年11月28日判決)があった。 これによると、(あくまでも当該事案についてではあるが)いわゆる節税は税理士の法的義務ではなく、単なるサービスであると考えられていた。 ところが、その後、次のとおり、裁判所は、税理士にいわゆる節税義務を肯定する判断を次々と示している(引用中、「原告」を「納税者」とするなど、適宜置き換えている)。 ① 東京高裁平成7年6月19日判決 相続人の修正申告に当たっては、相続税の納付がいつ必要であるかを説明し、その納付が可能であるかどうかを確認し、これができない場合には、延納許可申請の手続をするかどうかについて納税者の意思を確認する義務があるというべきである。このような納付についての指導、助言を行うことは、本件の事情のもとにおいては、単なるサービスというものではなく、相続税の確定申告に伴う付随義務であり、この懈怠については債務不履行責任を負うものと解するのが相当である。 ② 東京地裁平成9年10月24日判決 税理士は、税務の専門家として、納税義務者から税理士業務を依頼された場合には、税理士業務を特定の方法で遂行することを指定されたとき、特定の税理士業務のみを独立して指定して依頼されたとき、又は納税義務者にとってより有利な途を選択することに何らかの困難、弊害が伴うときなど、特別の事情があるときでない限り、租税関係法令に適合した範囲内で依頼者にとってより有利な税理士業務の方法を選択すべき義務があるというべきである。 ③ 東京地裁平成10年9月18日判決 納税者が当面の相続税の額をできる限り少なくしてもらいたいとの希望を持っていることも承知していたのであるから、対価を得て税務事務を行う税理士としては、納税者が遺産分割協議をする際の資料ないし選択肢の1つとして、・・・配偶者控除をできる限り多く使えるような遺産分割協議の方法はどうであるかについて、遺産分割協議書案の提示又はそれに代わる助言をすべき職務上の義務があったといえる。 このような近時の裁判例の傾向からすれば、もちろん、最終的には個別事案での個々の判断ではあるものの、税理士には、特段の事情のない限り、顧客にとってより有利な方法、つまり、節税を講ずる義務があると考えられる。 2 節税と租税回避との境界が微妙な案を提案する場合に留意すべき点は何か 以上のとおり、一般に、税理士にはいわゆる節税義務があるといえるが、一口に「節税」といっても様々な方法が考えられるところ、例えば、後に税務当局から否認されるリスクがあるような方法を提案する場合、どのような点に留意すべきであろうか。 ところで、一般に、「節税」は租税法規が予定しているところに従って税負担の減少を図る行為であるのに対し、「租税回避」は租税法規が予定していない異常ないし変則的な法形式を用いて税負担の減少を図る行為といわれており(金子宏『租税法(第22版)』127頁参照)、両者は異なるものと解されている。 もっとも、実務上、節税と租税回避との境界が微妙な事案も少なくないと思われ、前述のとおり、しかも税理士には節税義務が課せられていると考えるべきであるから、このようなケースに遭遇することは当然想定されよう。 この点、参考になると思われる裁判例として、相続税対策としていわゆるDESを実施することを提案したところ、その際にDESを選択した場合には債務消滅益が生ずることを説明しなかったことについて、税理士法人に損害賠償責任を認めた裁判例(東京地裁平成28年5月30日判決)がある。 この事案は、顧客X社の顧問税理士であった税理士法人Yが、X社の代表者であったAの相続税対策として、AのX社に対する多額の貸付債権をX社に現物出資してAにX社の株式を割り当てる、いわゆるDESを提案したところ、AがそのDESを実行したが、その後、当該DESによってX社に多額の債務消滅益が発生しX社において多額の法人税の納付を余儀なくされたとして、Aの相続人がYを訴えたというものである。 なお、平成18年度税制改正以降、現物出資型のDESにおいては、債務者に債務消滅益が発生するリスクがあることは税務の常識に属する事項となっていたものである。 これに対し、裁判所は、 とし、Yの説明義務違反を認めた。 この事案は、そもそも相続税対策を提案する際に、その方法に伴う税務処理を正しく理解していなかったというものであり、この点の税理士の落ち度は明らかといえ、裁判所の判断も当然といえよう。ただ、この裁判例の判示から読み取れることは、税理士が顧客に対して税負担を減少させる方法を提案する際には、それによるメリットのみならず、デメリット(リスク)も顧客に説明する義務があるということであり、この点が税理士に求められる法的義務といえる。 そうすると、節税というか、租税回避というかはさておき、後に税務当局から否認されるリスクがあるような方法を提案する場合には、当該方法の税法上の根拠及び税務処理を正確に理解し、それを顧客に説明することはもちろんのこと、税務当局とのいわゆる見解の相違により否認されるリスクがあるという点についても十分に説明することが求められるといえる。その上で、顧客が納得した上で当該方法を採用すべきである。 また、それにとどまらず、このような説明を実施するにあたっては、後に紛争となった場合に備えて、当該説明を実施し、その上で顧客が承諾したことを示すエビデンス(例えば、説明書を作成し、それに顧客から承諾したことにつき署名をもらうなど)を残しておくべきである。 そのほか、顧問契約を締結している顧客に対する日々の税務相談においても、前述のような節税を講ずる義務があると考えられることから、例えば、顧問契約書に次のような条項を入れておくことも1つの方法であるといえる。 もっとも、上記第2項のような免責条項を設けたとしても、あらゆる不利益ないし損害につき税理士が免責されるとは限らない点については留意されたい。 (了)
税理士が知っておきたい [認知症]と相続問題 〔Q&A編〕 【第24回】 (最終回) 「税理士自身が認知症になったら?」 -事務所の事業承継- クレド法律事務所 駒澤大学法科大学院非常勤講師 弁護士 栗田 祐太郎 【設問21】 私の父は税理士です。有資格者は父ひとり、他に事務スタッフ数人という体制で、長年、税理士事務所を営んできました。私も事務スタッフの一人として勤務しています。 父は75歳となる現在も現役で仕事をしていますが、もともと経理ソフトの操作等は苦手であり、顧問先の会計処理のほとんどは事務スタッフに任せる状態となっています。また父は、ここ数年で物忘れの頻度も増え、本人も不安に感じる場面があるようです。 仕事上、会社の事業承継の相談を受ける機会が多いのですが、そのたびに、私たち自身の事務所の将来のことも考えておく必要があると強く感じています。 税理士事務所において有資格者が認知症となった場合の影響はどのようなものでしょうか。 また、事務所の事業承継について、どのような準備をしたら良いでしょうか。 1 税理士自身が認知症となる可能性も十分にある 本連載の最終回にあたり、税理士本人の判断能力が減退した場合の対応、及び、そのような事態への備えについて解説したい。 日本税理士会連合会が平成26年4月に実施した「第6回 税理士実態調査」によれば、平成26年時点で、60歳代以上の税理士が実に53.8%と過半数を占める状況にあるとの調査結果が発表された。 これは、税務署等の国税当局を定年退職した後に税理士登録を行う、いわゆるOB税理士による影響もあるが、社会の高齢化に伴い、税理士をはじめとした士業自身の高齢化による影響もあるものと思われる。 税理士自身の高齢化がさらに進み、場合によっては認知能力が減退するような事態となった場合には、次のような諸問題が発生する可能性がある。 【税理士自身が認知症となることにより発生する問題】 実際に、筆者が過去に相談を受けた中にも、高齢の税理士による税務過誤の事案が複数存在した。これらはいずれも、税理士において最新の税務知識をフォローできておらず、税務申告に誤りがあったとして、後日に依頼者のもとに高額の過少申告加算税等が賦課されたという事案であった。 このようなケースでは、税理士は依頼者から、本来であれば支払わずに済んだはずの加算税等に相当する金銭の支払いや、該当期間の顧問料等の返還を求められることになる。 2 税理士事務所の事業承継 すでに事務所内に経験豊富な有資格者がいる場合はともかく、【設問21】のように、有資格者が事務所に1人しかない場合には、事態はより深刻である。なぜならば、何の前触れもなく、ある日突然に所長である有資格者が病に倒れてしまえば、その日から、税理士事務所は文字どおり立ち行かなくなってしまうからである。 そのまま職場復帰できなかった場合はもちろんのこと、長期療養を余儀なくされる場合でも、事務所の賃料やスタッフの給料支払等、事務所維持にかかるキャッシュフローを稼ぐことすら困難となってしまう。 したがって、所長税理士がある程度以上の年齢になっている場合には、そう遠くはない将来に備えた、円滑で納得性の高い“第一線の退き方”を計画しておく必要がある。これが、税理士事務所の事業承継の問題である。 税理士事務所の事業承継の類型としては、大まかに言うと、 の2つに分けられる。 そして、合併・売却の相手先としては、 といった選択肢が存在する。 事業承継に関する準備・検討事項も、おおむねQ&A編【第5回】で触れた一般企業の事業承継に関するものと基本的には同様である(そこで紹介した中小企業庁の次のウェブサイトはぜひ参照いただきたい)。 以下では、特に税理士事務所の事業承継にポイントを絞って説明する。 なお、税理士事務所の事業承継に関しては、例えば、黒木貞彦著『トラブルに学ぶ税理士事務所の事業承継-基本的取組みから第三者承継まで』(清文社、平成25年7月刊)等の書籍も出版されている。この分野はまだ参考となる文献も少ないため、あわせてご参照いただきたい。 ▷注意点その1 事業承継の検討に必要な基礎的資料を準備する 士業の事務所で所長が気にかけるのは、多くの場合、年度の売上げや必要経費といった大まかな数字だけであり、それ以上突っ込んだ事務所経営上の数字やデータには無頓着であるケースも多い。 しかし、事務所の事業承継を本格的に検討するにあたっては、各期の決算書はもちろん、顧客名簿(顧問料や顧客ごとの売上データ、各種顧客情報の記載を含む)や資産台帳、勤務する事務スタッフの大まかな経歴や待遇、支出されている経費の費目・内訳、締結している各種契約書の整理等、数値化・データ化できるものはなるべく数字に落とし、書面化し、『見える化』しておくべきである。 要は、一般企業のM&Aにおけるデュー・デリジェンスにおいて必要となるような関連書類は、すべて準備しておく必要があるということである。 このような資料は、事務所を譲渡する側にとっては適切な譲渡対価を決定するための不可欠の資料として必要となり、また、買主候補の側でも事務所の合併・買収を検討する際に必須のものといえる。 ▷注意点その2 事業承継の具体的方法と合併・売却先を慎重に選定する 税理士事務所をはじめとした士業にとって「最大の資産」は、長年にわたり開拓してきた顧客・顧問先である。 よって、士業の事業承継は、この顧客をいかに円滑に合併先・売却先に引き継ぐかということが最大のポイントとなる。すなわち事業承継を発端として顧客が離れてしまうようでは、その事業承継は失敗ともいえるのである。 この点、「合併」(統合)による承継方法をとる場合は、所長が引退する側の事務所にとって、外面的な継続性は維持される。しかし、合併後において、事務所の名称をどうするか、具体的な経営事項の決定をどうするか、所長が引退するタイミングや方法をどうするか等をめぐり、当事者間に深刻な対立が生じるリスクもある。 他方、事務所の「売却」による承継方法としては、売却する側は対価を受け取る代わりに完全に事務所経営からは離脱することになる点で、シンプルで分かりやすい。しかし、顧客・顧問先からすれば、事務所内承継であればまだしも、場合によっては見ず知らずの事務所への契約の切替えを提案されるという形となる。そのため、顧客に不満・不信を抱かれ、契約を打ち切られるリスクが増加する。 以上のようなメリット・デメリットを念頭に置き、何が承継当事者にとっても顧客にとってもベストであるのかを慎重に検討する必要がある。 ▷注意点その3 譲渡・合併後に起こり得るトラブルにも対応し得る「契約書」を作成・締結する 一般企業のM&Aであれば、しっかりとした契約書と専門家の関与のもとでの慎重な手続を経て準備・締結に至るのが通常である。税理士事務所の事業承継においても、場合によってはその対価として数千万円単位の金銭が動いてもおかしくはない。 そこで、事後的なトラブルをできるだけ回避し、確実な事業承継を実現するよう、法律的に見て必要十分な内容を備えた契約書及びその関連書類を作成すべきである。 特に決めておきたいのは、 などの点である。 ▷注意点その4 税務上の処理を慎重に検討する 税理士は、税務の専門家とはいえ、自身の事務所運営については税務面の検討がおろそかとなるケースも多いと思われる。 事務所の合併・売却等にあたっては、当事者間で合併・譲渡の対価の授受をするとして、いわゆる“のれん代”が士業の事務所においても観念される余地があるのか、また、その適切な対価の金額をどのような算定方法をもって算出するのか、そして授受された対価をどのような内容で申告・納税するのか等、税務上の検討を要する事項は多い。 そのためには、売主側・買主側の当事者間で十分検討するだけでなく、税理士事務所の事業承継につき実務経験を有する専門家の助言を受けることも検討すべきであろう。 ▷注意点その5 顧問先はもちろん、事務所全体への説明・コミュニケーションも重視する 税理士事務所は、当然のことながら、有資格者がトップに座り、事務所の看板となっている。しかし、実際の実務においては、事務所に勤務する事務スタッフなしでは成り立たない。このように有資格者と事務スタッフが、いわば有機的な一体として活動しているのが税理士事務所といえる。 事務所の事業承継は、有資格者だけの問題ではなく、事務スタッフの人生設計にも大きな影響を与えることになる。そこで、税理士事務所の事業承継では、事務スタッフの承継・待遇について、具体的にどうしていくかを売主・買主双方で予め検討しておく必要がある。 そして、然るべき段階において、承継についての詳細を事務スタッフに対してもアナウンスする必要があり、その時期や内容、具体的な方法についても予め検討しておく必要がある。 ▷注意点その6 早め早めの承継準備を! 税理士をはじめとした士業は、仕事柄、他人の相続や事業承継については頻繁に相談を受けるものの、自身が高齢となって以降の事務所経営のことや、事業承継のことはほとんど念頭にないということも多い。まさに、“紺屋の白袴”である。 士業は、依頼者・顧問先との関係でサービス提供の継続性・安定性というものが何よりも大切であるし、高齢となれば、突然に病を得て長期の療養を余儀なくされる可能性もある。 そこで、一般的な企業の退職年齢である60~65歳を迎えた頃、あるいはこれを超えた頃には、自身が築いた事務所と顧客の事業承継について徐々に準備・検討を進めていくということで丁度良いと思われる。 本連載において再三繰り返してきたように、認知症や事業承継への対策は、「何かあってから」では遅い。何かあったときに備えて、普段より準備を整えていくことが得策である。 (連載了)
AIで 士業は変わるか? 【第1回】 「ITイノベーションがもたらす専門職の役割の変化」 PwCあらた有限責任監査法人 PwCあらた基礎研究所 所長 公認会計士 山口 峰男 Ⅰ はじめに 皆様がお読みになっているこの税務・会計Web情報誌の名称にある「プロフェッション」は、「専門職」を意味する言葉です。人工知能(AI)の活用される今日の情報社会は、同時に知識社会でもあります。監査及び会計の専門家としての公認会計士を含むあらゆる専門職は、社会において知識の管理・活用を任されている「門番(gatekeeper)」と説明されることがあります。 人間は生きていくために必要なあらゆる知識を自分ひとりで頭に詰め込み、活用することはできません。このため、社会は「専門家」と呼ばれる人々に個々の専門領域における知識の管理を任せ、その役割に見合ったある種の特別な地位(たとえば公認会計士という資格)を与えます。 本稿では、時代を超えて必要となる「社会の中で専門知識を行き渡らせ、活用する仕組み」との観点から、社会における門番との専門職の伝統的な役割を念頭に、今後AIを中心とした情報技術(IT)におけるイノベーション、技術革新によりどんな点が変わるのか、また、変わらないのかについて、これから実務の世界に入られようとしている若い世代の方々に、お考えいただくうえでの視点をご提供したいと考えています。また、実務家の方々にもお考えいただくヒントとなればと思います。 なお、ここで記述した見解はあくまでも筆者個人のものであり、所属する組織とは関係がないことを申し添えます。 Ⅱ ITイノベーションにより変わる役割 飛躍的な進歩を遂げたITの活用により、「印刷を基盤とした産業社会」は「テクノロジーを基盤とした情報社会」へと変貌を遂げつつあり、知識の生産や流通のあり方が大きく変わっています。 新しい社会では、知識の門番たる専門家の役割も大きく変わります。 まず、仕事はこと細かなタスクに細分化されます。単独で会計から税務まで、また営利企業から非営利組織、個人まであらゆる専門分野をカバーする、“スーパーマンのような会計士”像は、今日ではほぼ考えられなくなりました。 次に、他の人々に任せることができるものは委託されることとなり、またその一部はより高度に進化した機械により置き換えられます。会計事務所や職業的な専門家団体では、ビッグデータの分析にITを活用するための検討を以前から進めてきています。 さらに、こうしたなかで、知識を生産、流通する新たな手法が生まれます。これまで職業として専門職に携わってきた人も、その中で新たな役割を見出すようになることが求められ、伝統的な手法を引きずっていくとすれば社会の要請にそぐわないこともありうると思います。 たとえば、監査の分野においても、これまでのような母集団から一部を抽出する、試査を前提としたアプローチに限定されず、母集団の全件調査が視野に入ってきています。また、監査の実施時期についても従来のような企業の決算期を繁忙期とし多くの手続を集中して行う考え方に代わり、期中から個別取引を日々監視し検証していく継続監査(continuous auditing)が研究、試行されています。 これらの変化はITイノベーションによって支えられるもので、その恩恵であるデータ分析の高度化は、これからが正念場です。特に監査の領域ではそれを実施する会計士のみによって成り立っているわけではなく、規制動向をも含めた外部環境により大きな影響を受けますので、監査基準の改訂などの対応も求められることとなります。 Ⅲ ITイノベーションによっても変わらない役割 こうした変化にもかかわらず、「社会の中で知識をどのように活用していくか?」「人は社会の中でどのようにして専門知識を伝達しているのか?」との問いは、技術が発展し時代が変われども普遍的なテーマであり、変わることはありません。 すべての専門家は、こうした問いに対する解決策を提供する者として存在します。 ITイノベーションの結果として性能が進化した機械は、思考力をもっていないとしても非常に高いパフォーマンスを備えています。こうした中で「あらゆるタスクを、人間の専門家と同じレベルで行えるようになるだろうか?」「必ず人間が行われなければならないタスクがあるだろうか?」が問題となります。「技術的失業」の可能性という問題です。 監査や会計の知識を具体的に社会でどのように利用していくのか、また、分野ごとに細分化され深度をもつ専門知識や新たな知見についてどのように専門家以外の人々(たとえば被監査企業や投資家等)との間でコミュニケーションしたらよいのかについて、機械が有効な答えを提供するのは難しいと考えられます。 ここに人としてのプロフェッションの意義が認められると考えています。 つまり、『いかにして高性能の機械を活用し、社会に役立つ専門知識や知見を還元していくのか』は、人間のみが解決できる高度な問いであると思います。 すなわち、会計や監査分野において最終的に行う人の判断を正確かつ迅速に行うため、データ分析の専門家としてもITイノベーションの成果を主体的に利用していくことが求められます。 Ⅳ 次の世代に向かって もっとも、人間による問題解決を遂行するためには、機械についてあるいは技術や理論的背景についてもよく知っていなければなりません。 筆者は現在、監査法人の研究機関において、「次世代における会計及び監査」というテーマに取り組み、最近では特にデータサイエンスからの知見について、昨年日本初のデータサイエンス学部を設立した滋賀大学との基礎研究にも注力しています。 今日「AI」という言葉が用いられる場合、統計的機械学習を指していることが多いと思われますが、それらを支える理論的な裏付けは公認会計士試験の選択科目でもある統計学であり、高校数学の知識です。さらにそれらを支えるのは、各科目の試験を通じて公認会計士試験でも試される論理的思考力です。 ITイノベーションの結果としてますます複雑化している資本市場において、公認会計士も新しい動きに対応できるよう、門番として従来からの会計学の領域にとどまらず、さらに広い視野で研鑽していくことが求められています。 (了)