《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第9回】 「どう準備する? 社長の退職金戦略」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 経営者のみなさんは、ご自身の退職金をどのように準備されているでしょうか。 〇生命保険と予定利率 生命保険を使って準備しているという方も多いかもしれません。ただ保険に関していえば、ここ20年程度は予定利率が非常に低いので、支払った保険料の割には思ったような金額が準備できないということもありえます。 「予定利率」というのは、預金でいうところの金利です。保険には保障の部分と運用の部分がありますが、みなさんが期待する退職金としての保険の活用方法は、退職のタイミングで解約しその返戻金を退職金に充てるというものだと思います。この返戻金の成長率を示すのが予定利率なので、予定利率が低ければ、資産はあまり増えないということになります。 筆者がいろいろなところにお話を聞くと、毎月の保険料がいくらなのかは把握しているけれど、何歳時点で解約返戻金がピークに達して、いくら受け取れるのかまではっきり把握していない、という方が少なくありません。解約返戻金は解約のタイミングで金額が変動するので、計画性を持って利用することが重要です。 〇小規模企業共済と請求事由 小規模企業共済に加入しているという方もいるでしょう。こちらは掛金が全額所得控除になるので、節税という意味合いで税理士の先生から紹介されたというお話もよく聞きます。 小規模企業共済の掛金は月7万円が上限です。年間84万円ものお金を個人の所得から差し引けるのでその節税効果は絶大です。 では、いついくらの資金が受け取れるのでしょうか。小規模企業共済で受け取れる共済金は、請求事由により以下の4種類に分かれています。それぞれの事由により、同じ期間掛金を拠出したとしても受け取れる金額が異なります。 (※) 解約手当金は、払い込んだ掛金を下回ることもあると解説されています。 では、共済金が実際いくら受け取れるのかを小規模企業共済の案内サイトからご紹介しましょう。以下は掛金が月1万円、納付期間が20年の場合(掛金合計240万円)の例です。 〈共済金の受取額(掛金月1万円、納付期間20年の場合)〉 請求事由により、金額がずいぶん異なることがわかります。なお、小規模企業共済の基本的な予定利率は現状1%であると公表されています。 共済金は、金額によって選択肢が異なりますが、原則として一括受取、年金受取、あるいは併用が選べます。一括受取の場合は退職所得控除が、年金受取の場合は公的年金等控除が適用されます。 〇iDeCoと企業型DCの比較 他にも確定拠出年金を活用する方法もあります。確定拠出年金には個人型(iDeCo)と企業型(企業型DC)があり、今回は社長個人としてどちらを利用した方のメリットが大きいのかを解説します。 まず、厚生年金に加入している社長であれば、iDeCoの掛金は月23,000円、企業型DCの掛金は月55,000円を上限として拠出が可能です。もちろん企業型DCは会社の退職金制度として導入するので、従業員への拠出も必須ですが、今回は社長だけにフォーカスを当ててお伝えします。 拠出可能年齢は、iDeCoは65歳まで、企業型DCは70歳までを設定できます。就業規則の変更等が必要となるため、実際に企業型DCを70歳まで拠出可能とする会社は少ないようですが、法律上は最大70歳まで掛金が拠出できます。 iDeCoの掛金は、個人で拠出し所得控除としますが、企業型DCの掛金は会社が拠出します。その際、その掛金は全額損金計上ができ、なおかつ社会保険料算定対象ではないので、その分効率良く会社から社長本人への資金移転が可能です。 退職金をいくら作れるのかという点にポイントを絞れば、企業型DCの方が効率良く資金を作れることになります。ただし、企業型DCを導入する際には、金融機関に支払う費用がかかるので、相見積もりを取り検討されることをお勧めします。 〇確定拠出年金の特徴 会社から社長個人へ拠出された掛金は、社長本人から見ても所得とみなされないので、所得税の対象ではありませんし、同時に社会保険料の対象ではありません。 また万が一、社長が自己破産といったことになったとしても、確定拠出年金の資金は差し押さえ対象とならず保全されます。これは60歳までなにがあっても引き出せないお金、すなわち公的年金と同等の意味合いを持っているからです。 小規模企業共済と異なり、確定拠出年金では加入者自らが運用を行います。仮に3%運用が可能であれば、月々55,000円の掛金を20年間積み立てることによって約1,800万円もの退職金が準備できます。5%運用であれば、約2,200万円です。「たられば」の話だと思われるかもしれませんが、金融庁のレポートによれば、世界中の株式や債券に分散して積立投資を行った場合、過去の実績では平均4~6%の運用利回りであったと発表されています。 〇小規模企業共済と確定拠出年金の併用 いずれにしても、だれにとっても老後資金は必要なものなので、有効な方法があれば取り入れ早めに準備をすることが大切です。特に、公の仕組みである小規模企業共済と確定拠出年金については、優先順位を上げて検討されるとよいでしょう。 実は小規模企業共済と確定拠出年金を併用すると受取りの際もメリットが得られます。どちらも一括で受け取ると退職所得控除が利用可能ですが、先に確定拠出年金を受け取り、少なくとも5年時間を空けて共済金を受け取ると、退職所得控除をそれぞれ相殺されることなく利用が可能です。 例えば、2つの制度を40歳から65歳までの25年間活用したとしましょう。それぞれの制度の加入期間は25年ずつ、すなわち退職所得控除は1,150万円ずつ適用されます。しかし65歳で2つの退職金を同時に受け取ると、片方の退職所得控除は消滅してしまうので、利用できる控除額は1,150万円となります。しかし先に確定拠出年金を受け取り、70歳で共済金を受け取ると、65歳時点での退職所得控除が1,150万円、70歳時点での退職所得控除が1,150万円それぞれ利用でき、合計2,300万円までは非課税で受け取ることが可能になるのです。 * * * このように退職金を作る場合には、それぞれの制度の特徴を理解したうえで計画的に取り組まれるのが得策です。複数の制度をまたいだ情報は少ないかと思いますが、ご参考にしていただければ幸いです。 (了)
《速報解説》 国税庁、令和6年能登半島地震の関連情報まとめた特設ページを開設 ~延長・猶予等制度に加え酒税・印紙税・自動車関係の救済措置も紹介~ Profession Journal編集部 令和6年1月1日に発生した令和6年能登半島地震を受け、既報のとおり国税庁は同月5日に石川県及び富山県に納税地のある個人・法人を対象とした国税の申告期限・納付期限の延長方針を示していたが、同ページで予告された通り1月12日付の官報にて正式に告示(富山県及び石川県における国税に関する申告期限等を延長する件(国税庁一))が公布されたことを受け、今回の地震で被害を受けた場合の税制上の措置(手続)等をまとめた特設ページを同日、国税庁ホームページ内に開設した。 特設ページでは、上記の国税の申告期限等の延長に関する情報(地域指定の対象地域以外の場合含む)に加え、納税者(個人・法人)への申告書等用紙の発送状況(見合わせ等)について説明しているほか、被災者向け支援情報として、雑損控除の方法や災害減免法に定める税金の軽減免除の方法、災害を受けたときの納税猶予制度等についての周知を図っている。 その他、今回の被災地域が酒処であることを踏まえ、販売のために所持していた酒類が地震により被災(容器の破損により酒類が流出)した場合の救済措置や、印紙税、自動車重量税関係の情報も織り込まれている。 (了)
《速報解説》 子育て世帯等に対する住宅借入金等特別控除及び住宅リフォーム税制の拡充 ~令和6年度税制改正大綱~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 令和5年12月22日に閣議決定された令和6年度税制改正大綱では、子育て世帯に関係する改正事項がいくつか示されている。本稿では、その中から「子育て世帯等に対する住宅借入金等特別控除の拡充」と「子育て世帯等に対する住宅リフォーム税制の拡充」について取り上げる。 なお、どちらの措置も、急激な住宅価格の上昇を踏まえ令和6年に先行的に拡充を行うが、扶養控除等の見直しと併せて令和7年度税制改正に向けた議論の中で再度検討されると言及されている。 以下、解説を行う。 【1】 住宅借入金等特別控除の拡充 (1) 借入限度額の令和5年ベースの維持 新築・買取再販住宅に係る住宅借入金等特別控除は、令和6年に居住を開始した場合には、令和5年に居住を開始した場合と比べ、借入限度額が引き下げられる。引き下げられる金額は、認定住宅で500万円、特定エネルギー消費性能向上住宅(ZEH水準省エネ住宅)とエネルギー消費性能向上住宅(省エネ基準適合住宅)でそれぞれ1,000万円である(措法41⑪)。 大綱では、子育て特例対象個人に限り、令和5年と同額の借入限度額を維持することが示された。ただし、令和6年限りの措置とされている。 なお、子育て特例対象個人とは、19歳未満の扶養親族を有する者又は自身もしくは配偶者のいずれかが39歳以下の者をいう(以下同様)。 〈現行:令和6年・7年居住開始分〉 〈大綱:令和6年居住開始分に限る〉 (注1) 所得税額から控除しきれない額については、現行制度と同じ控除限度額の範囲内で住民税から控除する。 (注2) 東日本大震災の被災者向け措置についても、同様に子育て特例対象個人の借入限度額の上乗せ措置が講じられる(令和6年居住開始分に限り、借入限度額5,000万円)。 (2) 床面積要件の緩和 子育て世帯においては、駅近等の利便性がより重要視されること等を踏まえ、新築住宅の床面積要件を合計所得金額1,000万円以下の者に限り40㎡に緩和することが示された。面積要件の緩和も令和6年限りの措置とされている。 (注) 東日本大震災の被災者向け措置についても、面積要件が緩和される。 【2】 住宅リフォーム税制の拡充 既存住宅に係る特定の改修工事をした場合の所得税額の特別控除(工事費用相当額の10%を税額控除する特例措置)について、耐震・バリアフリー・省エネ・三世代同居・長期優良住宅化リフォームの改修工事に関する特例措置を令和7年12月31日まで2年延長することと、子育て特例対象個人が行う一定の子育て対応改修工事を新たに特例措置の対象とすることが示された。 なお、新たに追加される一定の子育て対応改修工事に関する特例措置は、令和6年限りとされている。 (注1) ( )内の金額は、太陽光発電設備を設置する場合 (注2) 省エネ改修工事の対象設備の一部に改正あり (注3) 対象工事の限度超過分及びその他増改築等工事についても一定の範囲まで5%の税額控除 (注4) その年分の合計所得金額が2,000万円を超える場合には、適用不可 ◆対象となる子育て対応改修工事 下記工事のうち、標準的な工事費用相当額が50万円を超えること等一定の要件を満たすもの。 (了)
2024年1月11日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.551を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.131- 「歳出改革と国民負担の微妙な関係」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 新年早々、年末の予算編成での少子化対策の財源議論を通じて、歳出改革と国民負担について考えるところがあったので、述べてみたい。 * * * 問題意識の出発点は、昨年6月に3.6兆円規模の少子化対策を閣議決定(こども未来戦略方針)した際、岸田総理が「実質的な追加負担を求めない」と強調したことである。 その後11月末に、「実質的な追加負担なし」というのは「社会保障にかかる国民負担率で判断する」と説明した。国民所得を分母に、社会保障の負担を分子とした割合で判断するという趣旨は、今年の春闘で民間企業の賃上げによる所得増が予想され分母が増えるので、医療や介護の保険料が多少上がっても、負担率は抑えられるということである。 民間企業が行う賃上げを前どりして「追加負担なし」とするのは違和感があるが、その後の国会答弁でも、「賃上げと歳出改革によって、国民負担の軽減効果を生じさせ、その範囲内で支援金制度を構築することにより、実質的な追加負担は生じない」と説明した。 その後12月11日に草案が公表され、同月22日決定された「こども未来戦略」では、この辺りがより明確になった。 2028年度までに3.6兆円の安定財源を確保して行う。その内訳は、歳出改革で1.1兆円、支援金の創設で1兆円、規定予算の活用で1.5兆円とする。 具体的には、歳出改革による公費節減と賃上げによって実質的な社会保険負担軽減の効果を生じさせ、その範囲内で、2026年度から段階的に2028年度にかけて、健康保険料に上乗せする形で徴収をする「支援金制度」を構築し、2028年度に1兆円程度の規模を目指す。 新たに設けられる支援金制度は、企業や個人から健康保険料に上乗せして1兆円規模の負担を求めるが、それに伴う負担増(個人でいえば、毎月1人500円程度の増)を相殺する歳出改革、具体的には社会保障の支出抑制を行うことによって実質的な国民の負担増はないようにする、という説明だ。 一方、歳出改革の中身はどうか。「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)における医療・介護制度等の改革を実現することを中心に取り組」むとされ、6年ぶりに医療と介護報酬を同時改定する2024年度予算では、相当規模の歳出改革が期待された。 財務省は、診療所の経営状況が良好なことを受け、診療報酬本体(医師や看護師の人件費等)についてマイナス改定を求めたが、日本医師会や政治家が反対し、0.88%のプラス改定となった。また、予定していた介護保険の利用者負担(2割負担)の範囲の見直し(拡大)は、とん挫した。 この結果、歳出改革による保険料負担の軽減は約3,300億円となったが、一方で新たに負担増となる医療や介護の現場で働く人の賃上げなどに必要な約3,400億円については実質的な負担には含めないとして、「実質的な追加負担なし」と説明された。これに対しマスコミは、「ごまかし」「詭弁」との評価を下した。 このような経緯を経て、2024年度予算案の社会保障費は37.7兆円と前年度に比べて約8,500億円増え、少子化対策として「こども・子育て支援特例公債」という名目のつなぎ国債が2,200億円程度発行されることとなった。生まれてくる子供のための施策を彼ら(子ども世代)が負担するというパラドックスが生じたのである。 では来年度以降、どのような歳出改革が予定されているのだろうか。 昨年暮れに決定された「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」では、全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋における医療・介護制度等の改革となる「能力に応じた全世代の支え合い」として、次のことが掲げられている。 金融資産や金融所得を勘案するには、金融資産や金融所得の正確な把握が必要であり、預貯金口座にマイナンバーを付番することが不可欠となる。しかし、口座付番に国民の合意を得ることは容易ではない。そうなると、これらの歳出改革は絵に描いた餅になりかねない。その場合は、つなぎ国債のはずの「こども・子育て支援特例公債」が赤字国債になる。 * * * 歳出改革は、無駄な歳出を抑えるということだが、国民負担が消えてなくなるわけではない。その本質は、「ゆとりのある者に追加負担をしてもらう」ということで、そこに歳出改革の難しさがある。 (了)
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第127回】 「消費税法判例解析講座(その4)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 ヘ 消費税法30条7項は仕入税額控除の適用要件か(承前) 上記の点は、東京地裁平成11年3月30日判決(訟月46巻2号899頁)(※1)からも判然とする。 (※1) 判例評釈として、西山由美・税務事例32巻9号1頁(2000)、畑山茂樹・税務事例31巻7号20頁(1999)、高正臣・税通57巻2号90頁(2002)など参照。 同地裁は、次のように説示する。 ト 仕入税額控除の実質的権利性 しばしば、消費税法は仕入税額控除を権利として規定していないと論じられる。 例えば、西山由美教授は、「日本の消費税法では、仕入税額控除をそもそも権利として位置づけていないために、請求権の行使時期に関する規定はない。確定申告に関する規定(消費税法45条1項)において、事業者は課税期間中に国内で行った課税資産の譲渡等に係る課税標準の合計額(課税標準額)に対する消費税額と、当該課税期間中に国内で行った課税仕入れに係る支払対価の金額に108分の6.3を乗じた金額(同法30条1項)を記載することが定められているのみである。」とされる(※2)。 (※2) 西山由美「消費課税におけるインボイスの機能と課題:EU域内の共通ルールと欧州司法裁判所判例を素材として」法学新報123巻11=12号127頁(2017)。 また、仕入税額控除があくまでも税額控除とされていて、課税標準は売上であることからすれば、現在の消費税は売上税としての性質を有するものであるとの議論が展開されているように思われる。 例えば、金子友裕教授は、日本の消費税を、賦課課税かそれとも取引高税かという見地から捉えた場合、最高裁平成16年12月20日第二小法廷判決(集民215号1005頁)に付された滝井繁男裁判官の反対意見が、仕入税額控除を「単なる申告手続上の特典ではない」と位置付けていることを反対解釈し、「我が国の消費税法は、仕入税額控除を『単なる申告手続き上の特典』のように位置付けていることになり、取引高税(aモデル)に恩典的な仕入税額控除を含めたものとして捉えている」と論じられる(※3)。 (※3) 金子友裕「消費税法における仕入税額控除の考察」税法学585号3頁(2021)。 また、今村隆教授は、「仕入税額控除を税額控除のbenefitにとどめている。そうすると、共通対応課税仕入れに区分することにより、仕入税額控除が一部遮断されるとしてもあくまでもbenefitの問題にとどま〔る〕」とされる(※4)。かように、仕入税額控除が権利として規定されていないことや、税額控除に置かれている点には十分な関心を寄せるべきであろう。 (※4) 今村隆・ジュリスト1563号134頁(2021)。 しかしながら、そのような消費税法の構造が認められるとしても、そうであるからといって、仕入税額控除に関して、税制改革法の理念が消費税法に承継されていないとみるべきなのであろうか。再説するが、税制改革法10条2項では、「消費税は、事業者による商品の販売、役務の提供等の各段階において課税し、経済に対する中立性を確保するため、課税の累積を排除する方式によるもの〔下線筆者〕」とする考え方が掲げられているのである。 消費税法上の仕入税額控除が否認要件として位置付けられるとする卑見を前提とすれば、一定の要件が充足されない限り仕入税額控除は否認されないという建付けであることになる。 別言すれば、原則と例外の関係に当てはめると、仕入税額控除の適用は原則であり、例外的に一定の否認要件が充足されると同控除が受けられなくなるという構造である。帳簿・請求書等が不保存でない限り、事業者は仕入税額控除を受けることができると考えるべきなのではなかろうか(なお、ここにいう帳簿・請求書等の不保存の中には、帳簿・請求書等が法定要件を充足していないことをも包摂される。)。 この点は、帳簿書類等の不存在についての主張・立証責任が課税庁側に負わされているという点からも判然とするのである。このように考えると、仕入税額控除の否認には一定のハードルが用意されているというべきである。 もっとも、平成9年度税制改正以前には、「帳簿又は請求書等」の保存がない場合に仕入税額控除の適用がないとされていた消費税法30条7項は、同年の税制改正において、「帳簿及び請求書等」の保存がない場合に仕入税額控除の適用がない旨に改正された。すなわち、帳簿だけの不保存では足りず、請求書等の不保存についても課税庁側は主張・立証をしなければならなくなったのである。一般的に、そのような理解はされていないようであるが、文理に忠実に解釈すれば、仕入税額控除の否認要件が厳しいものとなったとみることができるのである。このように考えると、必ずしも仕入税額控除の否認のハードルが緩和されたとだけみるのは正解とはいえまい。 あくまでも、平成9年度税制改正前は、帳簿「又は」請求書等の保存がないとの主張立証に成功すれば、課税庁側は仕入税額控除の適用を否認することができたのであるが、同年度改正によって、帳簿「及び」請求書等の両方の不存在の主張立証に成功しなければ、仕入税額控除の適用を否認することができなくなったのである(そのことを考慮に入れる必要があると思われるが、この点については、別に論稿を用意することとしたい。)。 チ 本件事案における「保存」 このように、帳簿書類等の保存に係る主張立証については課税当局側に課されていることからすれば、課税庁は、帳簿書類等が存在しないことに対する主張立証責任を負っているということになる。しかし「存在しない」ことの証明とは、いわば「悪魔の証明」であるといってもよい。物が存在しないという点についての証明は事実上不可能であるといってもよいからである。 そこで、この規定を意味のあるものとするには、かかる主張立証活動について一定の緩和が用意されるべきであるということにもなろう。このままの主張立証責任の分配論では、そもそも証拠との距離が遠い税務当局側に保存がないこと、すなわち悪魔の証明に係る責任を課すこととなり、あまりにも均衡を欠くともいえるからである。 その主張立証責任を緩和するためには、例えば、消費税法30条7項にいう帳簿・請求書等の「保存」という概念の意味内容に、帳簿・請求書等の「提出」を読み込ませることとなれば、「保存」のないことに対する主張立証責任が過度に重すぎるという問題は一応解決できるし、このように解せば、悪魔の証明問題も解決することができることになる。 しかしながら、「保存」という概念に「提出」なる意味を読み込ませることは、文理解釈上無理があるといわざるを得ない。そこで、本連載の始めに確認した最高裁平成16年12月16日第一小法廷判決(以下「最高裁平成16年判決」ともいう。)もそのような安易な解釈論に導かれることを避け、「保存」の意味を、あくまでも日本語として通常理解し得る「保存」の意味の範囲内において解釈を展開しているのである。すなわち、「保存」の状態論に持ち込んでいるといってもよいと思われる。 最高裁平成16年判決は、消費税法30条7項の「保存」について、如何なる状態で「保存」することを指すのかという点から議論を展開し、「税務職員による検査に当たって適時にこれを提示することが可能なように態勢を整えて保存」することを説示したのである。「保存」にもさまざまな態様による保存があり得る中、消費税法が予定している「保存」については、適宜にこれを提出できる「状態での保存」と読み込むことによって、証拠との距離の遠い課税庁にも主張立証を可能なものとして「保存」の意義を解釈したとみることができるのではなかろうか。 このような考察の上で最高裁平成16年判決を再読すると、同最高裁は、「法62条に基づく税務職員による検査に当たって適時にこれを提示することが可能なように態勢を整えて保存していなかった場合は、法30条7項にいう『事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合』に当た〔る〕」こととなり、その場合には仕入税額控除が否認されることになる。税務当局がかかる立証活動に成功すると仕入税額控除は否認されることになるのであるが、他方で、「事業者が災害その他やむを得ない事情により当該保存をすることができなかったことを証明」することができれば、仕入税額控除が否認されることを障害することになると説示していると解することができるのではなかろうか。 (了)
令和5年分 確定申告実務の留意点 【第2回】 「令和5年入居の場合の住宅借入金等特別控除」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 ここ数年にわたり、新型コロナウイルス感染症への対応も含め、住宅借入金等特別控除に関する改正や新たな措置が相次いだ。そこで連載第2回は、令和5年中に居住を開始した場合に適用される住宅借入金等特別控除についてまとめることとする。 【1】 制度の概要(令和5年居住開始分) 個人が、国内において、居住用家屋の新築や取得をして、令和5年内に居住の用に供した場合、適用される住宅借入金等特別控除の概要は次のとおりである(措法41)。 (注1) 所得税から控除しきれない場合には、翌年の住民税から控除される(上限9.75万円)。 (注2) 令和5年分の確定申告に関係はないが、令和6年以降に新築の建築確認を受けた家屋を、令和6年又は7年に居住の用に供する場合には、省エネ基準を満たさない住宅(上表の「その他」)は、住宅借入金等特別控除の対象外となる。ただし、令和5年12月31日までに新築の建築確認を受けていて、令和6年又は7年に居住の用に供する場合には、省エネ基準を満たさない住宅であっても制度の適用対象となる(借入限度額2,000万円、控除期間10年、控除率0.7%)。 【2】 用語の定義 本制度の適用に際し、理解しておくべき用語の定義は次のとおりである。 (※1) 日本住宅性能表示基準における断熱等性能等級5以上かつ一次エネルギー消費量等級6以上の性能を有する家屋、建設住宅性能評価書の写し又は住宅省エネルギー性能評価書のいずれかで証明できる。 (※2) 日本住宅性能表示基準における断熱等性能等級4以上かつ一次エネルギー消費量等級4以上の性能を有する家屋、建設住宅性能評価書の写し又は住宅省エネルギー性能評価書のいずれかで証明できる。 制度の適用を受けるための手続や証明書の申請先等の詳細については、国土交通省の「住宅ローン減税Q&A」を参考にされたい。 【3】 適用要件 令和5年内に居住を開始した場合の住宅借入金等特別控除の適用要件をまとめると、次のとおりである(措法41、措令26、42の2の2、措規18の21)。 (※3) 建築確認を令和5年末までに受けた新築住宅でその床面積が40㎡以上50㎡未満の場合には、合計所得金額が1,000万円以下であれば制度の適用を受けることができる。 【4】 おわりに 住宅借入金等特別控除の適用には、住宅の環境性能等に応じて要件が詳細に決められており、かつ、確定申告書に添付が求められる書類も様々である。取得等する住宅の状況に合わせて、事前に書類を準備しておく必要がある。 なお、「新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律」による、住宅借入金等特別控除についての各種対応(契約期限の延長及び居住開始期限の延長、床面積用件の緩和)と、令和3年度税制改正による特例措置は、期限の到来をもって終了されている。 * * * 次回(第3回)は、確定申告実務に関する留意点をQ&A方式で解説する予定である。 (了)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第22回】 「国税通則法60条(~63条)・64条」 -附帯税(1) 延滞税と利子税- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法60条(延滞税)・64条(利子税) 1 附帯税の意義と種類 附帯税とは、「国税のうち延滞税、利子税、過少申告加算税、無申告加算税、不納付加算税及び重加算税」(税通2条4号)をいい、これらの租税は国税通則法第6章(60条~69条)に規定されている。 附帯税も国税(税通2条1号)ではあるが、講学上は、本来的な意味での租税すなわち「国家が財政需要を充たすために議会制定法に基づく一方的義務として課す無償の金銭的給付」(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【9】。大嶋訴訟・最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁、旭川市国民健康保険条例事件・最大判平成18年3月1日民集60巻2号587頁のほか、谷口教授と学ぶ「税法基本判例」第1回も参照)ではない。この点に着目して、本来の意味での租税は附帯税に対して「本税」と呼ばれる(なお、本税を「実質税」、附帯税を「形式税」という用語法については中川一郎=清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所・加除式[1989年追録第5号加除済])I3頁[波多野弘執筆]参照)。なお、附帯税は講学上は本税と区別されるが、本税の額を計算の基礎として本税に附帯して課される金銭的負担であるので、実定税法上は、本税である税目に含めることとされている(税通60条4項、64条3項、69条。例えば所税45条1項2号・3号、法税38条1項柱書括弧書・同項3号参照。ただし、異なる用語法として例えば税通60条1項3号括弧書、法税55条4項1号参照)。 本税と附帯税とは、また、各附帯税相互間は、一般論としては、目的の点で区別される。すなわち、本税の目的は財政需要を充たすという資金調達目的であるのに対して、附帯税の目的はこれとは異なり、延滞税と利子税の目的は負担調整目的であり、加算税の目的は制裁目的である。延滞税による負担調整は、本税の納税義務に係る履行遅滞に対する損害賠償であり、利子税による負担調整は、本税につき納付又は申告に係る本来の期限は経過しているが税法上履行遅滞とされない期間に応じた金利分の調整であり、加算税による制裁は、納税申告義務違反及び源泉徴収・特別徴収に係る徴収納付義務違反に対する行政上の制裁である。もっとも、以上の区別は、歴史的にみると、また、個別具体的にみると、相対的なものであることを忘れてはならない(この点について詳しくは中川=清永編・前掲書I1-I8~16頁[波多野執筆]、志場喜徳郎ほか編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)696-703頁、武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)3313-3322頁等参照)。 今回は延滞税と利子税を取り上げ、加算税は次回から取り上げることにする。 2 延滞税の意義と趣旨・目的 延滞税は、納税者が本税である国税の全部又は一部を法定納期限内に納付しない場合に、その未納に係る期間(延滞税の計算期間)に応じ、その未納に係る税額(延滞税の計算基礎税額)に対して課される附帯税であり(税通60条1項・2項)、その納税義務は、本税の納税義務につき法定納期限の経過の時すなわち履行遅滞が生じた時に成立すると同時に確定する(税通15条3項7号。延滞税の納税義務の成立時期については、明文の定めはないが、志場ほか編・前掲書711頁、武田監修・前掲書3331頁、清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)198頁参照。なお、異なる見解として金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)888頁のほか大阪高判昭和39年7月7日行集15巻7号1307頁も参照)。 延滞税の趣旨・目的について、延滞税不発生事件・最判平成26年12月12日訟月61巻5号1073頁(以下「平成26年最判」という)は、「延滞税は、納付の遅延に対する民事罰の性質を有し、期限内に申告及び納付をした者との間の負担の公平を図るとともに期限内の納付を促すことを目的とするものである」と判示しているが、この判示の内容それ自体については、異論はなかろう(志場ほか編・前掲書711頁、武田監修・前掲書3327頁、金子・前掲書898頁等参照)。 ただ、平成26年最判は、延滞税が「納付の遅延に対する民事罰」すなわち履行遅滞に基づく損害賠償(遅延賠償)たる遅延利息の性質を有することを認めつつも、その一方で、「法60条1項等において延滞税の発生につき納税者の帰責事由が必要とされていない」と判示しているが、この判示については、慎重な検討が必要であるように思われる(以下の検討については、谷口教授と学ぶ「税法基本判例」第30回参照)。この点については、平成26年最判において小貫芳宣裁判官が次の意見(下線筆者)を述べていることが注目される。 小貫裁判官の意見はこのように延滞税の発生要件の欠缺を問題にし「解釈により不文の消極要件を作ることにもな」り「延滞税の発生要件を定めた法60条1項2号にただし書きを加えるような機能を果たすことになる」(千葉勝美裁判官の補足意見。下線筆者)が、そのような「不文の消極要件」ないし「ただし書き」は、上記引用意見中の最初の下線部の説示内容からすると、納税者の帰責事由の欠如を延滞税の発生要件に係る適用除外要件とするものであると解される。 確かに、「本件の多数意見による処理は、極めて例外的でかつ延滞税不発生となるのが明らかな場合にされるものである点で、全体的な影響が少なくて済む」(千葉裁判官補足意見)が故に、平成26年最判の判断は司法判断としては妥当なものと考えることはできよう(筆者としては小貫裁判官の意見をより妥当なものと考えるところであるが)。しかし、租税立法が「タックスポリシーの受け皿」であるだけでなく「法律問題の解決のための受け皿」でもあること(金子宏『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)416頁[初出・1978年])を考慮すると、租税立法者が、平成26年最判によって「明らかに課税上の衡平に反する」と判断された課税上の不当な「帰結」を、延滞税の課税要件の中で斟酌し、もって平成28年度税制改正において、減額更正後に増額更正等がされた場合に係る延滞税の計算期間を見直したこと(税通61条2項の新設による「延滞税負担の適正化」)は、適切な立法的対応であったといえよう。 その計算期間の見直しは、「厳然として存在した法定納期限内の納税の事実」(小貫裁判官意見)を直視・尊重し、その納税に係る期間を延滞税の計算期間から控除し(税通61条2項1号)、かつ、「増額更正等により納付すべき税額については、更正の請求という納税者の意思に基づく減額更正によって未納付の状態が作出された結果発生したものであるとの考え」(財務省「平成28年度税制改正の解説」870頁)に基づき納税者の帰責事由の観点を勘案し、その減額更正がされた日から1年間を限度とする期間は延滞税の計算期間から控除しない(同項2号括弧書)こととするものである(利子税について税通64条3項、過少申告加算税について同65条4項2号も参照)。 なお、平成26年最判は延滞税を「納付の遅延に対する民事罰」として性質決定したが(金子・前掲書898頁も同旨)、それは、延滞税が単なる損害賠償にとどまらず「延滞を続ける納税者への制裁との意味」(野一色直人『国税通則法の基本』(税務研究会出版局・2020年)74頁)をもつことを考慮したからであると解される。そのことは、延滞税が加算税と同じく必要経費不算入(所税45条1項2号・3号)・損金不算入(法税55条4項1号)とされていることからも、読み取ることができる(損害賠償金の必要経費不算入及び損金算入については前掲拙著【320】参照)。 3 利子税の意義と趣旨・目的 利子税は、本税につき納付又は申告に係る本来の期限は経過しているが個別実定税法が本税の納税義務に係る履行遅滞とはせず本来の期限の延長を認める場合に、その延長に係る期間(利子税の計算期間)に応じ、その延長に係る税額(利子税の計算基礎税額)に対して課される附帯税である(税通64条1項。「延納若しくは物納又は納税申告書の提出期限の延長」に関する個別実定税法の規定(所税131条3項、136条、相税52条、53条、法税75条7項、75条の2第8項等)については志場ほか編・前掲著777-787頁、武田監修・前掲書3491-3498頁参照)。利子税の納税義務は、本税に係る本来の納期限又は申告期限の経過の時に成立すると同時に確定する(税通15条3項7号。利子税の納税義務の成立時期についても、延滞税の場合と同じく、明文の定めはないが、清永・前掲書198頁参照。なお、異なる見解として金子・前掲書888頁のほか前掲大阪高判も参照)。 利子税の趣旨・目的について、東京高判昭和43年12月10日税資58号786頁は、「延滞利子税は右の当然納入すべきであつた本税を延滞したことによる利子で、刑罰に当らないことはもとより、いわゆる行政罰にも当らない。」と判示し、本来の期限の延期に応じた金利分の調整を目的とする附帯税であることを明らかにしている。 もっとも、沿革的には、昭和40年の法人税法全文改正前は、法人税の納税申告書の提出期限の延長については延滞税が課されることとされていたが、同改正に伴う国税通則法の改正(昭和40年3月31日法律第36号)によってその延長期間中も利子税が課されることとなり、利子税から遅延利息の性質が取り除かれ金利分の調整措置として純化された(税通64条2項も参照)。なお、利子税の性質について「約定利息」(金子・前掲書902頁、武田監修・前掲書3506頁、野一色・前掲書76頁)といわれることがある。それは、本来の納期限又は申告期限の延長が納税者の申請という意思表示に基づくものであることや利子税が延滞税と異なり遅延利息の性質をもたないことを考慮して「約定利息」というのであろうが、利子税の割合が法定されている以上、正確には、「法定利息」の性質をもつというべきである。 (了)
〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第13回】 「国税通則法第63条の延滞税の取消しの主張は認容されるか」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 大阪国税不服審判所平成26年9月5日裁決 (1) 事実関係の概要 (2) 請求人の主張の概要 (3) 延滞税及び人為災害通達の法令解釈 (4) 審判所の判断の概要・請求人の主張の排斥 2 法令解釈の出所 上記1(3)の法令解釈は、前半は東京地裁平成21年11月13日判決(TAINSコード:Z777-2143)を、後半は大阪国税不服審判所平成16年11月18日裁決を参考に組み立てられているようである。 本件に限らず、延滞税の処分の取消しを求める審査請求事件が稀に発生するが、延滞税は時の経過と法定納期限までに完納されていないという事実に基づいて、特別の手続を要することなく法律上当然に発生するものであるから、延滞税を通知する行為は、その賦課決定でもなく納税の請求手続でもなく、単にその納付義務が存在する旨の観念の通知にすぎず、これを行政処分に当たるということはできないものとされている(福岡地裁平成5年10月28日判決(TAINSコード:Z199-7215)など)。 したがって、延滞税の処分の取消しを求める審査請求事件については、処分の不存在として却下(いわゆる門前払い)になる可能性が高い。 なお、本稿において取り上げた裁決に係る審査請求事件は、督促処分という不利益処分の取消しを求めており、却下ではなく棄却(実質審理を経て原処分を取り消す理由はないと判断された)となったようである。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第34回】 「令和6年度税制改正大綱を受けて行われた 消費税経理通達等の改正の概要とポイント」 税理士 石川 幸恵 【Q】 令和5年12月27日付けで、国税庁より「『消費税法等の施行に伴う法人税の取扱いについて』等の一部改正について(法令解釈通達)」等が公表されました。改正の概要と実務におけるポイントを教えてください。 〔ポイント〕 (1) 今般の「消費税法等の施行に伴う法人税の取扱いについて」(以下「消費税経理通達」といいます)等の一部改正は、令和6年度税制改正大綱(令和5年12月22日閣議決定)を受けて行われたものです。消費税経理通達関係Q&A(令和3年2月)の改訂版も併せて公表されました。 (2) 税抜経理方式で経理した場合、適格請求書等の交付を受けていない課税仕入れは税務上、仮払消費税等の額はないことになります(28年改正法附則52、53によるいわゆる8割・5割控除の経過措置期間中は仕入税額相当額の8割、5割を仮払消費税等の額とします)が、消費税経理通達の改正で、簡易課税又はいわゆる2割特例(28年改正法附則51の2①)の適用を受ける事業者(以下「簡易課税制度適用者等」といいます)は、適格請求書等の交付を受けていない課税仕入れについても支払対価の額の110分の10(軽減対象課税資産の譲渡等に係るものである場合には108分の8)を仮払消費税等の額とする処理が認められることを明確にしています。 (3) 消費税経理通達関係Q&Aでは簡易課税制度適用者等が免税事業者から取得した建物について支払対価の額の110分の10を仮払消費税等の額として経理した場合の法人税法における損金経理に言及しており、注目すべきポイントと考えられます。 * * * 【A】 (1) 改正の背景 ① 税抜経理方式の税務上の取扱い 適格請求書等の交付を受けていない課税仕入れについては、税務上、次の仕訳例のように取り扱う必要があります。 (例) 適格請求書発行事業者以外の者に税込み110,000円(標準税率適用)の材料代を支払った場合の仕訳(8割控除の経過措置あり) ② 簡易課税制度適用者等の事務処理負担 簡易課税制度適用者等は仕入税額控除額の計算にあたり、適格請求書等の交付を受けたか否かを区分する必要がありません。しかしながら、税抜経理方式を適用する場合には、上記①のような処理をするために適格請求書等の確認が必要となり、事務処理負担が増加してしまいます。そのため、令和6年度税制改正大綱で経理処理の見直しに言及していました。 なお、令和6年度税制改正大綱での見直しについては下記拙稿もご参照ください。 (2) 改正の概要 ① 簡易課税制度適用者等の事務処理に関する負担軽減措置 簡易課税制度適用者等で税抜経理方式により経理している事業者は、継続適用を条件として、すべての課税仕入れについて課税仕入れに係る支払対価の額に110分の10(軽減税率の対象となるものは108分の8)を乗じて算出した金額を仮払消費税等の額とする経理処理も認められるとされました(消費税経理通達1の2、消費税経理通達関係Q&A問1-2)。 ② 税込経理方式への変更も可 上記の負担軽減措置を講じてもなお税抜経理方式には一定の事務処理負担が発生すると考えられることから、簡易課税制度適用者等がインボイス制度導入を契機として税込経理方式に変更することは法人税法上、特に問題とならないとしています(消費税経理通達関係Q&A問1-2)。 ③ 8割控除・5割控除の経過措置の適用を受ける課税仕入れの経理処理に関し、すべての事業者に対する負担軽減措置 8割控除、5割控除の経過措置は令和5年10月1日から令和11年9月30日までの間に2段階に分けて切り替わります。しかしながら、段階的にシステム改修を行うことの事務負担に配慮する観点から、経過措置期間終了後の原則となる取扱いを先取りして、適格請求書等の交付を受けていない課税仕入れにつき仮払消費税等の額と取引の対価の額を区分しないで経理(下記仕訳例)したときは、仮払消費税等の額はないものとして法人税の所得金額の計算を行うことも認められるとされました(経過的取扱い(3))。 (例) 適格請求書発行事業者以外の者に税込み110,000円(標準税率適用)の材料代を支払った場合の仕訳(経過的取扱い(3)による場合) 実務上の注意点として、8割控除・5割控除の経過措置を受けるためには帳簿の記載が必要(インボイスQ&A問113)ですから、課税対象外取引と同様に取り扱うことはできません。また、申告書に経過措置の対象額を計上するため、集計できるようにしておく必要があります。 (3) 法人税での取扱い 法人税の課税所得金額の計算上、次のような影響があります。 ① 簡易課税制度適用者等と原則課税の適用を受ける事業者の違い 11,000,000円の建物を取得し(消費税経理通達関係Q&A問3)、次のような仕訳をした場合、簡易課税制度適用者等は税務上、この仕訳も認められます。 この仕訳が認められるか否かの大きな違いは取得価額の扱いです。原則課税適用者が上記の仕訳をした場合には法人税法上、別表調整が必要となります。 課税売上割合が80%未満となり、控除対象外消費税額等の損金算入限度額の計算が必要な場合も仮払消費税等の額として経理した金額に基づいて損金算入限度額を計算(法令139の4③、④)することができます(消費税経理通達関係Q&A問5。問5は上記と異なる金額で解説しています)。 ② 8割・5割控除の経過措置期間中に免税事業者からの課税仕入れにつき仮払消費税等の額を区分しない場合 原則課税適用者か簡易課税制度適用者等かに関係なく、経過措置の適用期間であっても仮払消費税等の額を区分せず上記のような仕訳を行い、13,200,000円を取得価額として減価償却費を計算することも認められます。この場合、別表調整は不要です(消費税経理通達関係Q&A問10) (了)