ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第26回】 「新入社員に対するハラスメントにおける注意点」 弁護士 柳田 忍 【Question】 新入社員が入社し、4月から勤務していますが、新入社員の1人から、指導担当からパワハラを受けていると相談を受けました。そこで、当該指導担当の部下数人に対してヒアリングを行ったところ、皆「当該指導担当からパワハラを受けたことはないし、当該指導担当が他の社員にパワハラをしているところを見たこともない」と回答したのですが、そのうち1人の社員が「自分は指導担当の言動をパワハラだと思ったことはないが、新入社員であればパワハラだと思うかもしれない」と述べました。 ある言動について、一般社員との関係ではパワハラにならないが、新入社員との関係ではパワハラになるということはあるのでしょうか。 【Answer】 同じ言動をしたとしても、相手によってパワハラに該当するか否かの判断が変わる可能性があります。 パワハラやセクハラの判断に際しては、「新入社員」などの労働者の属性も考慮されるため、業務や職場環境に不慣れで社会人生活に対して不安を抱えているであろう新入社員への言動については、よりハラスメントであると評価されやすいという側面があると考えられます。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 ハラスメントの定義と新入社員 上記の質問について、まず、ハラスメントの定義上、新入社員であること等の労働者の属性を考慮することが想定されているかどうかというアプローチで検討する。 (1) パワハラについて パワハラについては、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(パワハラ指針・令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)において、以下のとおり定義されている(赤字・下線は筆者による)。 まず、②については、「労働者の属性」が考慮要素とされていることから、新入社員であるといった属性も考慮されると思われる。 ③の「平均的な労働者」については、これがおよそ一般の平均的な労働者を指すのか、類似の属性を有する労働者の中における「平均的」な労働者を指すのかという点が問題となり得る。 この点、上記のとおり、パワハラ指針が「平均的な労働者」を「社会一般の労働者」と言い換えていること、また、厚生労働省の労働政策審議会雇用環境・均等分科会において、パワハラ指針作成等に向けて議論がなされる中で、「パワハラの定義について、労働者の平均的な感じ方といったものをベースにしまして、多くの人が明らかにパワハラではないかという案件に限定しないと、業務上の必要な指導がパワハラと受けとめられる可能性がある」といった指摘がなされていることに照らすと(同分科会議事録(第8回・平成30年10月17日))、およそ一般の平均的な労働者を指すことが想定されているものと思われる。 もっとも、同分科会においては、平均的な労働者の感じ方と一緒に被害者の認識も考慮すべきであるといった主張もなされており(同分科会議事録(第11回・平成30年11月19日及び第12回・同年12月7日))、また、令和元年5月28日付の参議院厚生労働委員会の「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律案に対する附帯決議」において、「パワーハラスメントの判断に際しては、『平均的な労働者の感じ方』を基準としつつ、『労働者の主観』にも配慮すること」とされていることから、③の判断に当たっても労働者の主観が考慮されるものと解するべきである。 よって、③の判断に当たっても、新入社員であるという属性は、労働者の主観として考慮されるものと思われる。 (2) セクハラについて 職場におけるセクハラとは、「職場」において行われる「労働者」の意に反する「性的な言動」に対する労働者の対応によりその労働者が労働条件について不利益を受けたり(対価型)、「性的な言動」により就業環境が害されたりする(環境型)ことであり「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」(平成18年10月11日雇児発第1011002号)においては、以下のように考えられている(下線は筆者による)。 上記のパワハラの定義に関する議論に照らすと、セクハラにおける「平均的な女性労働者」や「平均的な男性労働者」についても、およそ社会一般の平均的な女性労働者や男性労働者が想定されていると思われるが、上記のとおり「労働者の主観を重視しつつも」と明記されていることから、新入社員である属性は「労働者の主観」として考慮されるものと思われる。 もっとも、ある言動について性的な不快感を覚えるかどうかは平均的な新入社員とおよそ一般の平均的な女性労働者・男性労働者とでさほど差はないと思われることから、新入社員という属性がセクハラ該当性の判断に対して与える影響は大きくはないであろう。 2 新入社員に対するハラスメントと裁判例 次に、裁判例をベースに上記質問を検討する。 新入社員Aが、連日の長時間労働や、上司Y2からのパワハラにより精神障害を発症し、自殺するに至ったとして、遺族が会社Y1及び上司Y2に対して損害賠償を求めて訴訟を提起したケースにおいて、裁判所は以下のとおり損害賠償請求を認容した(岡山県貨物運送事件(仙台高判平成26年6月27日・労判1100号26頁))。 上記の判断に照らすと、裁判例においても、ハラスメントの判断に際して新入社員という属性が考慮されていると考えられる。 また、上記裁判例の判断に照らすと、ハラスメントの観点から新入社員との関係で気をつけるべき点は以下のとおりであるといえる。 3 まとめ 「新入社員に対しては、一般社員に対するよりも優しく接しなければならないのではないか」と漠然と感じている方は多いだろうが、本稿においては、ハラスメントの判断の際に新入社員であることが考慮されることを法的な見地から説明したものである。上記を参考に、新入社員とのコミュニケーションは慎重に行うべきであろう。 (了)
《編集部レポート》 近畿税理士会と日本政策金融公庫が 創業分野における連携支援スキーム「HOPE」を構築 ~コロナ禍に立ち向かう創業者や創業後間もない事業者を連携支援~ Profession Journal 編集部 2022年5月9日(月)、近畿税理士会と日本政策金融公庫は、「中小企業等支援に関する覚書」を締結し、創業分野における連携支援スキーム「HOPE」を構築した。 「HOPE」は、コロナ禍に立ち向かう「創業者」や「創業後間もない事業者」への支援をより一層強化していくための連携支援スキームで、近畿税理士会と日本政策金融公庫が近畿2府4県における創業分野での連携をさらに促進することで中小企業・小規模事業者の経営課題を解決し、事業の継続・成長を支援していくことが目的。 具体的な支援内容は、近畿税理士会においては創業に関する相談窓口(注)の設置、電話やウェブによる税金相談、個人事業者のための記帳申告指導など、日本政策金融公庫においては融資、創業計画書の作成支援、外部専門家への取次ぎなどとなっている。 (注) 近畿税理士会の「創業に関する相談窓口」は、2022年5月11日(水)より開設。 近畿税理士会館で行われた「中小企業等支援に関する覚書」締結式には、近畿税理士会から7名、日本政策金融公庫から4名が出席。近畿税理士会・杉田宗久会長と日本政策金融公庫国民生活事業本部南近畿地区統轄・三田祥弘氏による代表者挨拶の後、「中小企業等支援に関する覚書」の交換が行われた。 近畿税理士会会長 杉田宗久氏(写真左から2人目) 近畿税理士会副会長 永橋利志氏(写真左) 日本政策金融公庫国民生活事業本部南近畿地区統轄 三田祥弘氏(写真右から2人目) 日本政策金融公庫国民生活事業本部北近畿地区統轄 森田太郎氏(写真右) (了)
《速報解説》 大阪国税局より米国永住権の放棄により米国出国税が課された場合の 有価証券の取得費について文書回答事例が示される 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 国税庁ホームページに、令和4年4月22日付で次の文書回答事例が公表された。 以下、本文書回答事例のポイントを解説する。 (1) 事前照会の内容 日本国籍を有し米国の永住権も有していた甲は、米国の永住権を放棄するに際し、所有する資産について時価で譲渡したものとみなして所得税に相当する税(以下「米国出国税」という)を課されることとなる。 甲は、米国出国税を課された後に、日本の居住者として有価証券等を譲渡する予定である。このとき、甲の有価証券等の譲渡に係る事業所得、譲渡所得又は雑所得(以下「譲渡所得等」という)の計算における取得費は、米国出国税の課税上、譲渡されたものとみなされた有価証券等の時価の金額(以下「米国出国税時価額」という)となるのか。 (2) 外国転出時課税の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例 ある国で国外転出時に未実現のキャピタルゲインに課税され、転出先の国でキャピタルゲインが実現した際にも課税されると、同一のキャピタルゲインに対して二重に課税されることになる。 そこで、日本への転入者(居住者)が、外国転出時課税の規定の適用を受けた有価証券等を譲渡した場合には、外国転出時課税の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例として、譲渡所得等の計算における取得費を国外転出元の国で課税された時の時価にアップすることにより、二重課税を調整することとされている(所法60の4①)。 〈外国転出時課税の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例〉 (3) 外国転出時課税の規定とは (2)の外国転出時課税の規定とは、国外転出(国内に住所及び居所を有しないこととなることをいう)に相当する事由、国籍その他これに類するものを有しないこととなること等の一定の事由がある場合に、所得税法第60条の2第1項から第3項に規定される「国外転出時課税の特例」に相当する当該外国の法令の規定により、その有している有価証券等又は未決済信用取引等若しくは未決済デリバティブ取引の譲渡又は決裁があったものとみなして外国所得税を課することとされている場合における当該外国の法令の規定をいう(所法60の4③、所令170の3②)。 〈外国転出時課税の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例の適用要件〉 (4) 本件への当てはめ 本事例について、外国転出時課税の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例の適用があるというためには、次の①と②のいずれにも該当する必要がある。 米国永住権と米国出国税の規定について検討を加えた結果、上記①と②のいずれにも該当することから、本事例は外国転出時課税の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例の対象となり、甲は米国出国税時価額を取得費として譲渡所得等の金額を計算することになると回答されている。 (了)
《速報解説》 会計士協会、研究報告として「グループ通算制度と実務上の留意点」を取りまとめる ~税務実務の参考となるよう制度の改正趣旨含め、実務上の留意点等を示す~ 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 日本公認会計士協会から、2022年4月14日開催の常務理事会の承認を受けて、2022年4月27日に『租税調査会研究報告第38号「グループ通算制度と実務上の留意点」』(以下「本研究報告」という)が公表された。 本研究報告は、日本公認会計士協会の会員がグループ通算制度の税務実務を行う際の参考となるよう連結納税制度からグループ通算制度への移行の背景も踏まえ、実務上の留意点等などを取りまとめて報告したものである。 まず、本研究報告では、その取りまとめの視点として次の事項を挙げている。 【本研究報告の取りまとめの視点】 本稿では、本研究報告に関し、①その情報の位置づけと特徴、②その情報のうち、実務家が注目すべき点について、端的に解説したい。 -本研究報告の位置づけと特徴- 日本公認会計士協会の各委員会で公表している業務実施に係る研究報告は、それ自体に規範性はないものの、基本となる報告書等の理解を促進し適切な適用を支援するためのもの(例えば、概念的枠組み、Q&A、適用に当たっての留意点の解説、ツールやチェックリスト等の例示など)とそれ以外(公表時点における特定のテーマについての論点整理や現状分析など)に大別される。 本研究報告は「法人税法上のグループ通算制度の適用における実務上の問題点について調査研究されたい。」という諮問に対して租税調査会が行った研究報告であるため、同じく日本公認会計士協会から公表される実務において規範となる「実務指針」とも異なるため、最終的に実務を拘束するようなルールや判断基準を示すものではない。 また、租税調査会は、税務実務に関する研究報告を対象とするため、「通算税効果額の授受に関する会計上の留意点について」(46頁)を除いて、会計処理(通算税効果額に係る会計仕訳や税効果会計の取扱い等)については記載されていない。 -実務家が注目すべき点- グループ通算制度の概要と改正の背景・趣旨については、内閣府税制調査会、財務省、国税庁の公表資料に基づいてまとめられている。そして、それらを踏まえて実務上の留意点を述べている。 1 通算子法人株式の取扱い(投資簿価修正と通算法人の株式の評価損益)(19~25頁) 本研究報告では、通算子法人株式の取扱い(投資簿価修正と通算法人の株式の評価損益)について、連結納税制度の問題点を含めたその改正の趣旨を次の事例を使って数値で示している。 【事例:連結納税制度とグループ通算制度における投資簿価修正についての設例】 通算子法人株式の取扱い(投資簿価修正と通算法人の株式の評価損益)の改正の背景・趣旨についての計算例による説明は他の公表資料・解説書等を含めてなかなか見かけないため、それを理解する上で大変有意義なものとなっている。 2 修更正に関する疑問点及び注意点等(40~41頁) 本研究報告では、修更正に関する疑問点及び注意点等について意見を述べているが、それをまとめると次のとおりとなる。 連結納税制度の見直しの趣旨・目的は事務負担の軽減と修更正の遮断措置の導入の2つにあるが、グループ通算制度になると本当に事務負担が減るのか、修更正の遮断措置は複雑すぎるのではないか、という疑問や不安を持つ企業や専門家が多い。 その点について、租税調査会の意見が述べられているのは興味深い。 3 グループ内の税金精算(45~48頁) 本研究報告では、どちらかというと税務より会計に係る論点である通算税効果額について意見を述べているが、それらをまとめると次のとおりとなる。 上記のとおり、通算税効果額について、グループ内で税金精算が行われることが一般的であると考えること、事務負担の増加が想定されること、通算親法人を通じて精算されることが予想されることが述べられている。また、税務調査で修更正があった場合の通算税効果額についてのコメントも添えられている。さらに、試験研究費の支出が全くない法人で税額控除が可能となる点を不合理と考えて、通算税効果額の精算によりその不合理を解消することが望ましいとしているのは興味深い。 4 グループ通算制度における租税回避規定の構造(52~53頁) 最後に、グループ通算制度における租税回避規定の構造についても本研究報告は意見を述べているので、ご参照いただきたい(52~53頁)。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2022年5月6日(金)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.468を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.112- 「米国の超富裕層課税が示唆するもの」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 米国バイデン大統領は、今年3月に米予算教書の中で、「超富裕層課税」を提案した(※)。米国の場合、議会に立法権限・予算策定権があるので、この提案が実現するかどうかは今後の議会の動向次第ということになる。 (※) Budget of the United States Government, Fiscal Year 2023 概要は以下のとおりである。 最大の注目点は、未実現資産(株式等)を時価評価してその益に課税するという点である。「2021年に米国のTop 700の富裕層の資産は1兆ドル以上増加したが、実現・未実現の総所得に対しては、わずか8%の税しか負担していない。これは、教員や消防士の税負担の半分以下である」(ホワイトハウス ファクトシート)ことが導入の理由となっている。 * * * なぜそのようなことが起きるのだろうか。 フランスの経済学者ピケティが言うように、資本収益率(r)が経済成長率(g)を上回る結果、資本を多く持つ富裕層は、所得税が課せられても、再投資によって富を雪だるま式に増やしていく。 資産が毎年5%の収益(資産所得)を生み出すとして、そこに40%の所得税をかけた場合、税引き後の投資収益率は「5% ×(1-0.4)=3%」となり、資産そのものは増え続けるのである。 一方勤労所得の方は経済成長並みの伸びなので、双方の格差はますます拡大する。 実例を挙げれば、米国有数の金持ちであるバフェット氏の資産は、自身の投資会社バークシャー・ハサウェイの株式である。同社は配当は一切支払わず、投資利益は有望会社に再投資されるので、株式価値は上がり富は増え続けるが、保有している限り「所得」は実現していないので、課税されない。 これを「是正」するには、いまだ実現していない富に課税することが必要だ、というのがバイデン大統領提案である。富・資産の値上がり(含み益)に対して課税できないことは、所得税のアキレス腱と呼ばれてきたが、富・資産を時価評価して課税すれば対応できるというわけだ。 * * * これは極端に所得・資産格差のある米国特有の考え方なのか、それともr>gの世界への対応として先進諸国にも受け入れられる考え方なのか。 わが国では、資産性所得課税が議論になっているが、それだけでは格差への対応は十分ではないという米国流の考え方は、今後わが国の税制議論に少なからず影響を与えるであろう。 (了)
〔令和4年度税制改正における〕 少額減価償却資産の取得価額の損金算入制度等の見直し 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 令和4年度税制改正では、課税の適正化の観点から、少額減価償却資産の取得価額の損金算入制度等について改正が行われた。本稿では、その背景を含め、改正内容について解説する。 1 改正前の制度の概要 改正の対象となった制度としては下記(1)から(3)の3種類となる。 (1) 少額の減価償却資産の取得価額の損金算入制度(法令133) 事業の用に供した減価償却資産で、使用可能期間が1年未満であるもの又は取得価額が10万円未満であるものにつき、事業供用年度において損金経理をしたときは、その損金経理をした金額は、損金の額に算入される。 (2) 一括償却資産の損金算入制度(法令133の2) 減価償却資産で取得価額が20万円未満であるものを事業供用し、その全部又は特定の一部を一括したもの(一括償却資産)の取得価額の合計額(一括償却対象額)をその事業年度以後の各事業年度の費用の額とする方法を選定したときは、損金の額に算入する金額は、損金経理をした金額のうち、次に掲げる算式で計算された金額に達するまでの金額とされる。 (3) 中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入制度(措法67の5) 中小企業者等が事業供用した減価償却資産で、その取得価額が30万円未満であるもの(少額減価償却資産)を有する場合に、その取得価額相当額を事業供用年度に損金経理をしたときは、その損金経理をした金額は、損金の額に算入される(ただし、年300万円が限度とされる)。 2 改正の背景 当期の利益を圧縮する目的として、自ら行う事業で使用しない少額な資産を大量に取得し、その取得した資産を貸付けの用に供することにより、上記制度を適用して当期の損金に算入し、賃貸料・売却益を当期以後の複数年度の益金に算入することとする損金と益金の計上時期の相違を利用した節税スキーム(※)が見受けられ、近年増加傾向にあった(具体的には、建設用足場、ドローン、LED照明などの資産が用いられていたようである)。 (※) 税務上、売買取引とならないリース契約(オペレーティングリース契約)を締結し、リース賃貸料における回収額と貸付期間終了後の資産の売却益とを合わせた額が、資産の取得価額と同額程度となるスキーム。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 3 改正内容 (1) 概要 上記制度の対象となる資産から貸付け(主要な事業として行われるものを除く)の用に供した資産が除外される(中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例は、適用期限が2年延長され、令和6年3月31日までとされる)。 改正の対象となった取引は、上記改正の背景に記載した通り、自社で使用しない少額な資産を大量に取得し、これを貸し付けるスキームであったため、適用対象資産から貸付けの用に供した資産が除外されることとなった。 (2) 主要な事業として行われる貸付け ただし、他者への貸付けを本業とする場合に改正内容が及ばないようにするため、主要な事業として貸付けが行われる場合が除外されている点に留意が必要である。 次に掲げる貸付けは、主要な事業として行われる貸付けに該当するとされる(法規27の17 ①)。 (※1) 「特定関係」とは、次のいずれかの関係をいう。 ア 一の者が法人の事業の経営に参加し、事業を実質的に支配し、又は株式若しくは出資を有する場合における当該一の者と法人との間の関係(当事者間の関係) イ 一の者との間に当事者間の関係がある法人相互の関係 ウ その他これらに準ずる関係 (※2) 「経営資源」とは、事業の用に供される設備(その貸付けの用に供する資産を除く)、事業に関する従業者の有する技能又は知識(租税に関するものを除く)その他これらに準ずるものをいう。 なお、資産の貸付け後に譲渡人(※3)その他の者が当該資産を買い取り、又は当該資産を第三者に買い取らせることをあっせんする旨の契約が締結されている場合(※4)における当該貸付けは、主要な事業として行われる貸付けに該当しないものとされる(法規27の17②)。 (※3) 「譲渡人」とは、当該内国法人に対して当該資産を譲渡した者をいう。 (※4) 当該貸付けの対価の額及び当該資産の買取りの対価の額の合計額が、当該内国法人の当該資産の取得価額のおおむね90%に相当する金額を超える場合に限る。 ちなみに、主要な事業として行われる貸付けに該当する貸付けの具体例は主に次のとおりである。 (3) 適用時期 上記の改正内容は、令和4年4月1日以後に取得等するものから適用されている。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例41】 「ゴルフ場の運営会社に営業権を譲渡した場合の寄附金該当性」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、中部地方のとある地方都市において、精密機械の製造・販売業を営む株式会社Aにおいて総務課長を務めております。わが社が製造販売している精密機械は、かつてはわが国の製品が全世界を席巻していましたが、2000年代以降、研究開発活動にいくら注力しても中国等の新興国の安価で高性能な製品に後れを取って、毎年のようにマーケットシェアを落としています。そのため、わが社は何とか利益を確保しようと度重なるリストラを行い、これ以上の人員削減は限界という域にまで達していますが、近年では営業利益を辛うじて確保するのがやっとという有様です。 わが社もかつては比較的余裕があり、取引銀行のアドバイスに基づく余剰資金の効率的な運用の一環で、ゴルフ場の経営(運営は子会社B社)を行っていました。ゴルフ場の経営は先代社長の趣味という側面もありましたが、プロゴルフトーナメントも開催される名門コースとして高い評価を受けていたことも事実です。 しかし、経営状況が悪化する中で、バランスシートの全面的な見直しを求められたことから、わが社の象徴的な存在であったこのゴルフ場も手放すこととなりました。その方法としては、わが社が新設分割の方法により子会社Cを設立し、当該C社にゴルフ場の運営に必要な全財産を譲渡した上で、東海地方で多数のゴルフ場を経営するD株式会社にC社の株式を時価20億円で譲渡するという手法を用いています。 また、当該ゴルフ場の譲渡に伴い、わが社はこれまでゴルフ場の運営を委託していたB社に対し、営業権の対価として10億円を支払いました。株式の譲渡価格及び営業権の価格は、いずれも外部の専門家に評価を依頼して算定してもらった金額であり、恣意性は全くありません。 〇 ゴルフ場の譲渡に関する取引図 ところが先日受けた税務調査で、B社に対する営業権の譲渡及びその対価の支払いにつき、国税局の調査官から問題があるとの指摘を受けました。すなわち、B社が保有するゴルフ場の営業権なるものは存在せず、その対価の支払いには根拠がないため、B社に対する寄附金であるとのことです。わが社としては、外部の専門家に依頼して評価してもらった営業権であるため、経済的価値があると判断し、その対価を支払ったもので、調査官の指摘を承服することはできません。法人税法上はどのように解するのが妥当なのか、教えてください。 【A】 譲渡したゴルフ場につき営業権が生じていたかどうか、またそれが生じていた場合にその評価額をどうするかについては、当該ゴルフ場の損益の状況、将来生み出すと見込まれるキャッシュフローの状況、営業活動の状況、ゴルフ場に係る事業用資産の状況、事業運営の状況といった事項を総合的に勘案して判断すべきもので、外部の専門家が評価を担当したからといって、必ずしも当該評価額をそのまま法人税法上も妥当な価額であるとして容認するわけにはいかないものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 低額譲渡と適正所得算出説 法人税法第22条第2項は、資産の無償譲渡、役務の提供その他の無償取引に係る収益も益金に算入する旨を定めている。したがって、資産の無償譲渡の場合にはその時価相当額が、無利息融資の場合には通常の利息相当額が益金に算入されることとなる(※1)。ここでいう「無償」とは、一般に、単に対価がないケースばかりでなく、通常の対価(時価と考えられる)よりも低い対価で取引を行ったケース(低額譲渡)も該当する(※2)と解されている。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)346頁。 (※2) 法人税法第22条第2項の条文上は明らかではないが、同法第22条の2第4項では益金の額に算入すべき金額を「通常得べき対価の額に相当する金額」としている。 低額譲渡の場合、実際の取引価額のみならず、通常の対価と実際の取引価額との差額についても、譲渡者において益金に算入することとなる(適正所得算出説、最高裁平成7年12月19日判決・民集49巻10号3121頁)。 これを具体的な例(Eが取得原価50、時価100の資産をFに対して50で譲渡する)で示すと以下の通りで、Eが計上すべき益金は、取引価額50に加え時価と取引価額との差額50(=100-50)の合計100となる。 〇 低額譲渡の図 また、上記の例では、資産を譲渡したEが益金100を計上すると同時に、その取得原価50が売上原価となり損金に算入され、かつ、時価と取引価額との差額50がFに対する贈与(経済的価値の移転)となり、寄附金として損金に算入される(一般の寄附金の損金算入限度額の適用を受ける、法法37①⑦、法令73①一)。 もっとも、適正所得算出説の立場からは、寄附金の金額につき損金算入限度額の規定がある故に、法人の置かれた状況(限度額の余裕枠の有無)により損金算入・不算入額に差異が生じるという不合理があるので、国内取引に関しても移転価格税制に類似する制度によってこの不合理を解消すべきという主張もあることに留意すべきであろう(※3)。 (※3) 金子前掲(※1)348-349頁。 (2) 低額譲受と受贈益 一方、譲受人であるFにおいては、時価と取引価額との差額50を受贈益として益金に算入されることとなる。これは、無償の経済的価値の流入が広く益金に含まれると解すべきという立場に基づく理解(※4)であるが、問題は、この取扱いを法人税法の条文上どのように読み取るのかという点である。すなわち、法人税法第22条第2項は「益金の額に算入すべき金額は、(中略)無償による資産の譲受けその他の取引で」となっており、有償取引と考えられる低額譲受が「無償による資産の譲受け」に該当するのか疑念が生じ得るのである。 (※4) 金子前掲(※1)347頁。 裁判例(東京高裁平成28年4月21日判決・税資266号順号12848)では、低額譲受の場合であっても「譲受けの時点において、資産の適正な価額相当額の経済的価値の実現が認められることは無償譲受けの場合と同様であるから、この価値を収益としてその額を益金の額に算入すべきである」としており、この裁判例は法人税法第22条第2項の規定のうち「その他の取引」に低額譲受が該当し、譲受人において受贈益を計上するという立場を採っていると解されている(※5)。 (※5) 渡辺徹也『スタンダード法人税法(第2版)』(弘文堂・2019年)85頁。 (3) 営業権の対価の寄附金該当性が争われた裁判例 次に、本件と同様に、ゴルフ場の譲渡に伴い営業権の対価を支払った場合の寄附金該当性が争われた裁判例(名古屋地裁平成27年3月5日判決・税資265号順号12620、TAINSコード:Z265-12620)があるので、以下で確認していきたい。 ① 事案の概要 本件は、第1に、ゴルフ場、スポーツ施設の設計、施工及びその経営等を目的として昭和61年7月18日に設立された原告A株式会社が、平成20年4月1日から平成21年3月31日までの事業年度の法人税及び平成20年4月1日から平成21年3月31日までの課税期間の消費税・地方消費税についてそれぞれ確定申告をしたところ、鈴鹿税務署長から、これら確定申告には原告で生コンクリートの製造・販売等を目的として昭和59年11月28日に設立された株式会社Bに対する寄附金を営業権の対価であるなどとして過剰に損金算入した違法があることなどを理由として、平成23年5月24日付けで、法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分並びに消費税等の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたため、これらの処分の各取消しを求めた抗告訴訟である。 また、第2に、原告株式会社Bが、平成22年3月期の法人税について確定申告をしたところ、鈴鹿税務署長から、原告A株式会社から受けた寄附金に係る受贈益の計上漏れがあることなどを理由として、平成23年5月24日付けで、法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたため、これらの処分の各取消しを求めた抗告訴訟である。 原告Aは平成16年4月1日付の契約(平成16年契約)により、Bに対してゴルフ場の施設や設備を賃貸し、その運営を委託した。契約日以後Eに譲渡されるまで、ゴルフ場の利用料金等はBの売上として計上され、ゴルフ場の維持管理に必要な費用もBが支出した。 その後原告Aは当該ゴルフ場をゴルフ場の所有・運営を事業目的とするEに譲渡することとした。その際Aは、平成20年10月1日付で新設分割により子会社Fを設立して、当該子会社Fにゴルフ場に係る土地や事業用資産を譲渡するとともに、Eに対してF社株式を20億5,000万円で譲渡した。これに伴い、原告Aはゴルフ場の営業権の対価として、Bに対し14億2,000万円を支払った。 ② 事案の争点 原告Aが平成20年9月1日付け契約に基づいて原告Bに支払った本件金員(合計13億5,912万6,250円で、平成20年9月1日付け契約の中で授受の対象とされた14億2,000万円から本件営業用動産の対価に相当する6,087万3,750円を控除したもの)が法人税法第37条第7項所定の寄附金に該当するか、あるいは、本件ゴルフ場の営業権その他原告Bが有していた経済的利益に対する対価として合理性を有するものであるか、というものである。 ③ 裁判所の判断 〈平成16年契約に基づきAからBへ営業権が譲渡されていたか〉 〈平成16年契約以後Bがゴルフ場を運営したことにより営業権が生じたか〉 なお、本件は納税者側が控訴せず確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 通常のM&A実務においては、譲渡の対象となる資産や株式の評価は、取引当事者が適正な時価を求めて、第三者の専門家によるファイナンスの理論に基づくDCF法等を用いて理論的かつ厳密に行われる。本件におけるEによるDCF法がどれほどの精緻な手法によってなされたかは、判決文からだけでは判断がつかないが、営業状況が芳しくなく収益性が乏しいゴルフ場の場合、そこで用いられる事業用資産の価値を上回る営業権を主張することは非常に困難であろう。 そもそも、市場価格のない譲渡資産の評価額は、原則として独立の第三者によるものを用いるべきで、取引当事者であるEによる評価額は、通常採用すべきではない。したがって、本件において営業権が認められなかったことは、妥当な判断と思われる。 ただし、裁判所の営業権の評価に関する判断・認定にはやや疑問が残る。すなわち、Eが採用した、DCF法によって評価したゴルフ場の評価額に関し、「『のれん概算額』として5億3,100万円の記載」があることを指摘しているが、判決文からは、それが適切な価額といえるのかどうかについて十分検討したということを読み取ることは困難である。営業状況が芳しくないことから営業権(のれん)が生じる余地がないと決めつけているようにもみえるが、当該金額の妥当性は法人税の課税標準算定の際の基礎となる重要な情報であるため、もう少し丁寧な判断をすべきであると裁判所に求めたいところである。もっともそれは、裁判官のような法律の専門家に、DCF法のようなファイナンスの専門的な知識を求めることとなるため、いささか酷ということであろうか。 (4) 本件へのあてはめ 譲渡したゴルフ場につき営業権が生じていたかどうか、またそれが生じていた場合にその評価額をどうするかについては、当該ゴルフ場の損益の状況、将来当該ゴルフ場が生み出すと見込まれるキャッシュフローの状況、営業活動の状況、ゴルフ場に係る事業用資産の状況、事業運営の状況といった事項を総合的に勘案して判断すべきもので、外部の専門家が評価を担当したからといって、必ずしも当該評価額をそのまま法人税法上も妥当な価額であるとして容認するわけにはいかないものと考えられる。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第18回】 「多国間を移動する会社役員の居住地はどのように判定されるのか」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 「永遠の旅人」(※1)と呼ばれる会社役員の居住地はどのように判定するのでしょうか。 (※1) 1年の間に居住地を数ヶ国にわたって転々と移動する者(英:Perpetual Traveler, Permanent Traveler)をいう(国税庁タックスアンサーNo.2012)。 〔A〕 納税義務者の「住所」とは、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきもので、生活の本拠たる実体の有無は、滞在日数、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の居所、資産の所在等を総合的に考慮して判断するとされています。 ●●●〔解説〕●●● 1 居住者の意義 (1) 居住者と所得の範囲 所得税法は、所得税の納税義務者を個人とした上で、我が国国内における住所の有無と居住期間の長短等に応じ、以下の【表1】のように「居住者」と「非居住者」に区分し、前者は、国内・国外区別なく全ての所得に対して納税義務を負う(無制限納税義務者という)のに対し、後者は国内源泉所得のみ納税義務を負う(制限納税義務者という)。 【表1】 居住者と非居住者の課税所得の範囲と課税方式 (注1) 「居住者」とは、国内に住所を有し又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいう(所法2①三)。 (注2) 「非永住者」とは、居住者のうち、日本の国籍を有しておらず、かつ、過去10年以内において、国内に住所又は居所を有していた期間の合計が5年以下の個人をいう(所法2①四)。 (注3) 「非居住者」とは、居住者以外の個人をいう(所法2①五)。 (注4) 国外源泉所得のうち国内払いのもの又は国内に送金されたものが該当する。 (注5) 非居住者に課税される国内源泉所得については次回以降で検討する。 (2) 住所の意義 上記【表1】のとおり、個人が「居住者」であるか、「非居住者」に該当するかにより、課税される所得の範囲が異なるので、当該個人の「住所」の判定が重要である。過去の裁判例(※2)では、居住者の意義につき、所得税法2条1項3号は、「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」を「居住者」とし、同法5条1項は、居住者の所得税の納付義務を定めるところ、同法2条1項3号にいう「住所」とは、「生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である。」と判示している。 (※2) 最高裁平成23年2月18日第二小法廷判決(平成20年(行ヒ)第139号・TAINSコード:Z261-11619)参照。 ここでいう、「客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否か」は、滞在日数、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の居所、資産の所在等を総合的に考慮して判断することになる。以下では、多国間を移動する会社役員の住所が何処かについて争われた最近の裁判例から、「住所」の判断基準について検討する。 2 過去の裁判例 《役員住所判定事件》(※3) (※3) (第一審)東京地裁令和元年5月30日判決 TAINSコード:Z269-13280 (控訴審)東京高裁令和元年11月27日判決 TAINSコード:Z269-13345 (1) 事案の概要 日本国籍を有するX(原告・被控訴人)は、各種ラジエーター等の製造販売等を営む内国法人A社及びB社の代表取締役である。A社及びB社の関連会社として、日本法人2社のほか、C社(インドネシア)、D社(米国)、E社(シンガポール)及びF社(中国)があり、Xはこれらの会社の役員として、年間を通じて当該国その他に滞在していた。各年の具体的な国別の滞在状況は、下記【表2】のとおりである。Xは日本滞在時には、日本居宅で生活をし、米国ではコンドミニアム、シンガポールでは賃借住宅において生活していた。 Xは、平成21年分から平成24年分(以下「本件各年分」という)について、いずれも確定申告期限までに所得税の申告をしなかったところ、所轄税務署長から、所得税法2条1項3号の「居住者」に該当するとして期限後申告を勧奨されたため、本件各年分の所得税について期限後申告を行った上で、平成23年及び平成24年分の所得税について更正の請求をしたが、所轄税務署長から、いずれも更正をすべき理由がない旨の通知処分等を受けたため、Xが通知処分等の取消しを求めた。 【表2】 Xの各国における滞在日数 (2) 裁判所の判断 東京地裁は、次のように事実認定し、Xの生活の本拠が日本にあったことを積極的に基礎付けるものとはいえないと判示して、Xは所得税法上の「居住者」に該当しないと結論付けた。本件の控訴審である東京高裁も、原審を維持し、本件は確定している。 ① 滞在日数及び住居について 【表2】のとおり、Xが滞在していた各国のうち、定住できる態勢の整っていた日本、米国及びシンガポールのうち、本件各年分の日本とシンガポールの滞在日数には大きな差はない。ただし、シンガポールを起点としたインドネシア、中国の滞在日数を考慮すると、Xの生活の本拠が日本国内にあったことを積極的に基礎付けることはできない。すなわち、シンガポールをハブとする他国への短期渡航はシンガポール滞在と実質的に同一視するほうが経済社会の実態に適合する。 ② Xの職業について 海外法人に係る経営判断は専らXが行っており、日本法人A社等は、Xの弟がXに代わり経営判断を行っていた。XがA社等のために行っていた業務は、経営会議(月1回)や株主総会・取締役会(年2~3回)に出席するほか、重要な意思決定がされる場合に相談を受けるという程度のものであり、A社等のために行っていた業務は年間13~17%の日数にすぎなかった。 これに対し、海外関連法人の営業活動や工場の管理等の業務のため、Xは、年間の66~75%程度の期間は、諸外国に滞在して業務を行っていた。このうち米国における滞在日数や日本から渡航することもあった中国の滞在日数の半数を除いても、年間の約4割の日数においてシンガポール又は同国を起点として渡航したインドネシアや中国等に滞在していたことになるから、Xの職業活動(※4)は、シンガポールを本拠として行われていたと評価することができる。 (※4) 本件類似の最近の判決(東京地判令和3年11月25日)では、「生活に最も関係が深い場所か否かを判断するに当たり、種々の活動の中で経済的活動だけを中心的判断要素として検討すべき理由はない」「かえって、原告が治療等のために本件病院の近くにある本件住宅に滞在していたこと(筆者注:原告の日本国内の滞在日数は1年の3分の2以上であった)は、本件住宅が原告の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活のために重要な拠点であったことを基礎づける事情であるといえる」として、本判決と異なる結論とした(詳細は、T&Amaster No.917(2022.2.7)40~41頁参照)。 ③ 生計を一にする配偶者その他の親族の居所について Xは、妻らの生活の本拠は海外に移さず、日本居宅のままとし、Xが帰国した時に休暇も兼ねて妻らと過ごすという方法を選択したものということができる。生計を一にする妻らが国内に居住していたことは、Xの生活の本拠が日本国内にあったことを積極的に基礎付けるものではない。 ④ 資産の所在について Xは、日本国内において、株式のほか、日本居宅の共有持分権、自動車及び多額の預貯金等を有しており、Xが所有する資産の多くは日本に所在していたものと認められるが、シンガポールにおいても1,700万円以上の預貯金を有しており、当面生活するための十分な資産を有していた。 ⑤ その他の事情について 海外に赴任する者が手続上の便宜のために日本国内に住民登録を残しておくことは不自然といえず、また、世界各地を頻繁に行き来し、一時帰国数も少なくない者であれば、医療水準や保険制度の整備状況などを鑑み、一時帰国時に日本の病院等に通院等することが不自然とはいえず、入通院した年の日本滞在日数も諸外国での滞在日数と比べて突出して長期の滞在とはいえない(※5)。 (※5) 本件において、家族の居所や資産の所在のほか、Xが日本の住民票を維持して各国に滞在する際にも転出届を提出しなかったこと、本件各年を通じ、日本の健康保険組合に加入し続け、毎年人間ドックを受診し、平成24年には日本の病院に入通院したこと(それゆえ同年の国内滞在か他の年より多くなっている)等は、日本国内に「住所」があると推認できる要素の1つということができる。すなわち、「住所」の判定において、複数ある判断要素の中で何を重視するかで結論が変わり得るということであり、品川芳宣筑波大学名誉教授は、「どちらかといえば、本判決の裁判官にとっては、Xの『住所』がシンガポールにあったという先入観の下に、日本国内に『住所』があったと推認できる諸事情を殊更軽視したようにも考えられる」と述べている(『TKC税研情報』(2019年12月)164頁)。 (3) 検討 ① 借用概念としての「住所」 所得税法には「住所」の定義はなく、課税実務上、「住所とは各人の生活の本拠をいい、生活の本拠であるかどうかは客観的事実によって判定する」(所基通2-1)と解されており、所得税法上の「住所」の概念は、民法上の住所の概念(「各人の生活の本拠をその者の住所とする(民法22)」)からの借用(※6)であることが明らかにされている。 (※6) 借用概念につき、金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂、2021年)126頁参照。 ただし、民法上、「生活の本拠は何処か」について、①意思主義と②客観主義の2説があるといわれているが、①によれば本人の意思によって課税所得の範囲が左右されてしまうことから、租税法上の住所は②によるというのが通説である。同通達の「客観的な事実」には、例えば、住居、職業、資産の所在、親族の居住状況、国籍などが挙げられるとしている(国税庁タックスアンサーNo.2012参照) 。 ② 類似事件(武富士事件)との比較 本判決でも引用された「住所」の判定に係る著名な事件として、武富士事件がある。武富士事件の原告S(被控訴人・上告人)は、平成11年12月に両親から国外財産(武富士の株式を保有するオランダ法人株式)の贈与を受けたとして贈与税の課税処分を受けたが、贈与を受けた時点において国内に住所を有していなかったため、当時の贈与税の規定では納税義務は負わないと主張した。Sは、香港に滞在していた期間(平成9年6月から同12年12月までの約3年半)のうち、香港に約66%、杉並区の自宅に約26%、残りを諸外国で過ごし、香港では武富士の子会社の役員を務めていた。 第一審の東京地裁平成19年5月23日判決(TAINSコード:Z257-10717)はSの請求を容認したが、控訴審である東京高裁平成20年1月23日判決(TAINSコード:Z258-10868)は、Sが、租税を回避する目的で香港に生活の拠点を移していたと認定し、香港と日本の形式的な滞在日数の多寡を主要な考慮要素として住所を判断することは相当でないと判示して、原判決を取り消した。 これに対し、上告審である最高裁平成23年2月18日第二小法廷判決((※2)参照)は、Sが贈与を受けた当時、約3年半にわたる香港赴任期間のうちの約3分の2を香港で過ごしていたことから、贈与税回避を目的として仮装された実体のないものとはいえないとし、Xの香港における居宅は生活の本拠たる実体を有していたと認定して、高裁判決を破棄している。 武富士事件において、Sが、香港に居住さえしていれば、国外財産の贈与である限り日本の贈与税が課税されないと認識し、香港での滞在日数を調整していたのは明らかであった。かかる租税回避行為に対し当時の贈与税の規定は無力であったことが窺われる。 なお、その後贈与税における納税義務者の定義が改正され、日本国籍条項が追加された(相法1の4①二等)ため、現在では、武富士事件のような租税回避行為は不可能となっている。 (了)