ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第27回】 「ハラスメントハラスメント(ハラハラ)の予防策」 弁護士 柳田 忍 【Question】 当社の従業員Aは、パフォーマンスが低く、勤務態度も良くないのですが、上司から注意を受けるたびに「パワハラだ」と騒ぎ立てるため、上司が従業員Aの指導を行うことを嫌がっています。どうしたらよいでしょうか。 【Answer】 従業員Aの行動はハラスメントハラスメント(ハラハラ)に該当する可能性があります。ハラハラは、対象となる上司だけでなく、会社にとっても様々なリスクを有するものですので、会社は、上司に対して部下への接し方をガイダンスしたり、その他の社員に対してハラハラの行為者が負う責任について説明したりして、ハラハラの予防に努めるべきです。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 ハラハラとは ハラハラとは、他人の言動について不快感を覚えた場合に過剰に反応し、ハラスメントであると主張することを指すとされている。 近年、一般にハラスメントに対する意識が高まったことや、各種ハラスメントについて企業に対して防止措置義務が課されたことなどから、ハラスメント被害を申告しやすい環境が整備されてきている。 ハラスメント被害申告のハードルが下がることはハラスメント防止の観点から望ましいことではあるが、一方で、ハラハラが増え、特にパワハラとの関係で、上司が適切な指導を行うことができないといった事態も増えてきており、筆者もしばしばそのような相談を受ける。そこで、本稿では、パワハラに関するハラハラへの対処法を解説する。 2 ハラハラにより生じるリスク ハラハラにより生じうるリスクは、以下のとおりである。 3 ハラハラの予防策 上記のとおり、対象となる上司だけでなく企業にとっても様々なリスクを抱えるハラハラであるが、その予防策は以下のとおりである。 (1) 上司(管理職等)に対する予防策 上司に対しては、上司が部下に対してパワハラであると誤解されたり、言いがかりをつけられたりするおそれのある言動を行わないよう、大要以下のとおりのガイダンスを行うべきである。なお、部下の指導を行うのは管理職に限られないことから、場合によっては、管理職以外の従業員に対しても以下のガイダンスを行うべきである。 ① 感情的にならない パワハラとは、①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為である(労働施策総合推進法第30条の2第1項)。 一般に、感情的になればなるほど相手に精神的・身体的苦痛を与える言動を行いがちである。もっとも、パフォーマンスや勤務態度が悪い部下を相手に平常心を保つことが難しい場合もある。また、部下が上司の言動を録音してパワハラの証拠にするために、あえて挑発的な言動を行うこともある。 多くの企業において、コロナ禍以前よりも部下と対面でコミュニケーションを行う機会が減っていると思われるが、メールなどで指導を行う場合は、指導の内容がデータとして残ることから、より慎重になる必要がある。これは筆者も業務上心がけていることではあるが、メールなどで指導を行う際に自分が感情的になっていることを自覚した場合には、すぐに送信せず、しばらくしてから見返してみると、自分の言動を客観的に評価することが可能となり、リスクのある発言を避けることができる。 ② 指導の際には部下を褒めたり感謝の意を示したりする一言を追加する 部下に対する指導を行う際には、何かしら部下を褒めたり、感謝の意を伝えたりする文言を追記すると良い。上記のとおり、パワハラは、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為であるが、厳しい指導を受けても、同時に褒められたり感謝の意を伝えられたりすると、一般的に精神的苦痛が和らぎ、パワハラに該当する可能性が低くなると思われるし、また、相手の精神的苦痛を和らげることは、相手からクレームをつけられる可能性を低下させる効果もある。もっとも、あまり褒めすぎると、いざ低い業績評価をつけた際に、当該業績評価が不当であることの根拠として引用されるおそれがあるため、注意する必要がある。 ③ 指導の際のトークスクリプトやメール案を複数名で共有する。 指導の際のトークスクリプト(口頭で指導を行う場合)やメール案において、問題のある言動がないか、複数名(当該上司の上司や人事部、法務部等)でダブルチェックを行うべきである。さらに、トークスクリプトやメール案は、可能であれば弁護士のレビューを得ておくとより安全である。 筆者も何度か、上司から部下に対するハラスメントが問題となった後に当該上司が当該部下に送信したメールなどを確認することがあるが、なぜこのようなメールを送ってしまったのか、と驚くようなものが多く、社内での確認だけではダブルチェックとして不十分であるとしばしば感じるためである。 (2) その他の従業員に対する予防策 ① ハラスメントに対する正確な知識をガイダンスする ハラスメントの一因は、加害者・被害者双方のハラスメントに対する知識不足にあるといわれていることから、まずは、従業員に対して、ハラスメントについて理解させるべきである。 特に、「被害者が嫌だと思ったらハラスメントになる」といった、必ずしも正確でない理解が一般にまん延していることも、ハラハラの一因であると思う。ハラスメントに該当するか否かについては、被害者の主観も加味されるが、基本的には、パワハラについては、平均的な労働者の感じ方を基準とし、セクハラについては、平均的な女性労働者の感じ方(被害者が女性の場合)や平均的な男性労働者の感じ方(被害者が男性の場合)を基準とするのであり、従業員にこのことを理解してもらうことがハラハラの予防に繋がると思われる(※)。 (※) 「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(パワハラ指針・令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)及び「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」(平成18年10月11日雇児発第1011002号)参照。 もっとも、平均的な労働者の感じ方をしない人は、自分の感じ方が平均的でないことに気づいていないことが多い。よって、平均的な労働者の感じ方を理解してもらうため、ハラスメント研修などにおいてグループディスカッション等を実施し、従業員間で意見交換を行わせることが有益である。 ② 虚偽のハラスメント申告により法的責任を問われたり懲戒処分の対象になったりする可能性があることを説明する ハラハラを行う者の中には軽い気持ちでこれを行う者もいる。しかし、ハラハラは、犯罪に該当したり、損害賠償責任を問われたり、懲戒処分の対象となったりするなど、ハラハラを行う者に対しても重大な影響を及ぼしうるものである。 よって、従業員に対して、ハラハラを行う者に対する責任についても理解させることが有益である。ただし、これによりハラスメントの申告が妨げられることのないよう、ハラスメントの申告がハラハラに該当するとして法的責任を問われたり懲戒処分の対象となったりするのは悪質な場合に限られる旨説明するなどの工夫をすべきである。 (了)
《速報解説》 会計士協会、「不動産をめぐる課税上の論点整理」を公表 ~判例分析を踏まえ総則6項適用の射程について言及~ 税理士 菅野 真美 1 「不動産をめぐる課税上の論点整理」の公表 日本公認会計士協会が、令和4年5月19日に「不動産をめぐる課税上の論点整理」(以下「論点整理」という)を公表した(ホームページ掲載日は令和4年5月27日)。 これは不動産の多角的な課税の局面において、現行税制の問題点は何かを会計士の視点から検討している。様々な検討事項のうち本稿では、令和4年4月19日の最高裁判決により話題となっている総則6項に焦点を当てて検討する。 2 相続税法上の時価と総則6項の位置づけ 相続税法22条における「時価」は相続時の客観的な交換価値とされているが、多様な相続財産の相続時の客観的な交換価値を評価することは難しいことから、財産評価基本通達で一律の評価方法を定め、その方法に従って算出された評価額は相続税法上の時価とされている。 しかし、客観的な交換価値との乖離が生ずる場合もあるので財産評価基本通達第1章総則6項(以下「総則6項」という)で、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」と定められている。そして、この総則6項に基づき課税庁が更正処分をしたことから納税者と争う事例が増加しているといわれている。 3 総則6項が争点となった判例分析と問題点 論点整理において総則6項が争点となった3事例について判例分析を行っている(13頁)。そのうち2事例は、借入金による不動産の取得により相続税額が著しく減少し、総則6項に基づいて不動産を鑑定評価額で更正したことから争われたものである。 裁判所は、納税者が相続税の大幅な節税効果を知って実行したこと等から、通達評価を否認する「特別の事情」があると判断したが、「特別の事情」(通達では「著しく不適当」)が何かが具体的に示されていないのは、「租税法律主義の観点から問題があるといえる。」と論じている。 そして、「課税庁が総則6項を適用する場合には、適用要件が不確定概念であるがゆえに、厳格に要件を解釈することが求められるとともに、更に課税庁の恣意的な課税がなされることがないように、『特別な事情』と評価すべき根拠事実を通達等に例示するようにすべきではないかと考えられる。」と論じて、法的安定性、予見可能性を担保できるような通達改正を課税庁に求めている。 4 最高裁判決後の総則6項の適用と実務家の対応 しかし、直近の最高裁も、借入金による不動産取得の結果、大幅な相続税の節税となった事案について総則6項の適用を認めた判決となった。論点整理で求めた方向性とは異なり、今後も同様の相続税事案で、現行の総則6項に基づいて更正処分される事案が増えることも予想される。しかし、すべての事案が総則6項の適用対象になるとは考えられない。 実務家は、今回紹介された判例や総則6項で争われた他の判例等から課税リスクが高まる射程を自分なりに分析し、顧問先の事案への対応に知恵を絞ることが今まで以上に求められるだろう。 (了)
2022年6月2日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.472を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.113- 「デジタル庁で始まるデジタル・セーフティーネットの議論」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 筆者はこれまで、デジタルを活用して個々人の収入・所得情報をタイムリーに入手し、セーフティーネットの必要な者を政府が見つけ出し、申請に伴うスティグマを軽減しながら、必要な者に漏れなく給付していく、同時に、国民一律給付・所得制限なしの給付など無駄な給付を排除し、セーフティーネット自体を効率化していく、「デジタル・セーフティーネット」(筆者の造語)の構築の必要性を訴えてきた。 例えば、フリーランスやギグワーカー本人のマイナポータルと、発注先や仲介型プラットフォーマーとの間で、収入情報について、当事者間の合意に基づき情報連携を進めていけば、それを本人のe-Taxにつなげることによって、手間がかからず正確な申告が可能になる。すでに本人の税務申告に必要な生損保料控除や医療費控除の証明書をマイナポータルと情報連携させる「日本型記入済み申告制度」が構築されているが、さらに給与を支払う会社やギグワーカーの仕事を発注する仲介型プラットフォーマーと情報連携を進めていくのである。 その収入情報を、国・自治体が行う各種給付に連携させれば、先ほど述べた、効率的・効果的なセーフティーネットの構築が可能となる。 * * * さてデジタル庁では、マイナンバー・マイナポータルの機能を活用して、本人の同意を前提に、官民の情報連携を進め、我々のセーフティーネットの強化を図る取組みが始まっている。 筆者もメンバーに加わるデジタル庁の有識者会議「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」では、5月13日の会合で、「デジタル・セーフティーネット」の一層の強化という図が示された。 トータルデザインを通じた「デジタル・セーフティーネット」の一層の強化 (※) デジタル庁「利用者目線の行政サービス実現に向けたトータルデザインとマイナンバー法の検討について」29ページより抜粋。 具体的には、自らが働いて得る収入情報を、本人同意のもとで勤務先や発注先、さらにはプラットフォーマーなどから迅速に入手し、それを国・地方自治体の児童手当などの社会保障や各種給付金の申請に連動させれば、「正確な情報にもとづき、支援を必要とする方に手が差し伸べられ、また適切な支援等が迅速に受けられる環境整備となり」デジタル・セーフティーネットの機能が強化される(前図)のである。 * * * ところでデジタル時代には、AIやロボットの進化が我々の雇用に大きな影響を及ぼし、所得や富の格差を生み出すが、これに備えたセーフティーネットや教育、さらには格差の是正が必要となる。 IMFも“ For the Benefit of All: Fiscal Policies and Equity-Efficiency Trade-offs in the Age of Automation.”(2021, Working Paper No. 2021/187)の中で、AIやロボットの普及による自動化の進展が経済成長と格差拡大というトレードオフをもたらしており、AIやロボットへの課税により財源を確保しつつセーフティーネットの整備や教育の充実を図る必要性について訴えている。 セーフティーネット構築のためには、我々の所得や収入の正確な情報が把握されていることが大前提になる。カギを握るのは、マイナンバー制度におけるマイナポータルを活用した、民間・個人・国(自治体)間のスムーズな情報連携、ということになる。これが将来不安の少なく、安心して子育てや消費のできる社会建設に向けた第一歩になる。 (了)
〈判例評釈〉 相続マンション訴訟最高裁判決 -相続税の節税目的で取得したマンションに対する評基通6項適用の可否が問われた事例- 【前編】 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 1 はじめに 相続税に関する租税回避事例については、課税物件の評価額の適正性が争われる事案が少なくない割合を占めているが、その典型的な事例に関し先頃最高裁で判決(最高裁令和4年4月19日判決・最高裁判所判例集)が下され、税理士等の租税実務家の間で話題になっている(※1)。 (※1) 例えば、冨田建「衝撃の最高裁判決~相続税路線価の否認、税務署に睨まれないようにするには?」2022年4月20日付Yahoo!ニュース等参照。 この事案は、不動産に関し時価(取引価額)と路線価とが大きく乖離していることを利用して、納税者が相続税の負担を圧縮しようとした租税回避事案であり、近年、タワーマンションを利用した同様の手法でも世間をにぎわせているところである。当該判決はそれに先立ち、最高裁は令和4年3月15日に訴訟当事者の意見を聞く上告審弁論を開いており、高裁までの相続人側敗訴の判決が見直される可能性があったため、特に注目を集めたという側面もある(※2)。 (※2) 「不動産節税、司法判断へ 『路線価否定』の相続課税巡り」2022年2月28日付日本経済新聞。 このような事案に対しては、課税庁は「伝家の宝刀」ともいえる評基通6項、すなわち、相続財産に関する評価手法を詳細に定めた財産評価基本通達によって評価することが「著しく不適当と認められる」場合には、国税庁長官の指示を受けて評価するという規定を用いて、路線価による評価額を否認し、それよりも相当程度高額な取引価額等を「時価」として課税処分を行うことにより対処している。 これに関しては、従来から、いかなるケースや条件において当該規定が発動されるのか、そもそも当該規定は租税法律主義に反するのではないかといった疑問が実務家から提示されてきたところである。そこで本稿では、上記最高裁判決の内容を確認することで、評基通6項の適用要件を検討し、相続税対策を依頼された場合、実務家としてどのような点に留意すべきなのかについて私見を示したいと考える。 2 裁判の判決内容 (1) 事案の概要 本件は、共同相続人である原告らが、相続財産である不動産の一部について、財産評価基本通達(評価通達)の定める方法により価額を評価して相続税の申告をしたところ、札幌南税務署長から、当該不動産の価額は評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められることから、別途実施した不動産鑑定士の鑑定による評価額をもって評価すべきであるとして、それぞれ更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたため、被告を相手に、これらの取消しを求めた事案である。 被相続人Aは、平成24年6月17日に94歳で死亡し、相続人である原告らほか2名がその財産を相続により取得した。被相続人の相続財産には、東京都杉並区所在の8階建てマンションに係る土地及び建物(甲不動産)並びに神奈川県川崎市所在の7階建てマンションに係る土地及び建物(乙不動産)が含まれていたところ、これらについては、被相続人の遺言に従って、原告らのうちの1名が取得した。なお、同人は、平成25年3月7日付けで、本件乙不動産を5億1,500万円で第三者に売却した。 ところで、被相続人の上記各不動産に係る取得の経緯は以下の通りである。まず、被相続人は、平成21年1月30日付けで信託銀行から6億3,000万円を借り入れた上、同日付けで本件甲不動産を代金8億3,700万円で購入した。次に、被相続人は、平成21年12月21日付けで共同相続人らのうちの1名から4,700万円を借り入れ、同月25日付けで信託銀行から3億7,800万円を借り入れた上、同日付けで本件乙不動産を代金5億5,000万円で購入した。 なお、被相続人及び原告らは、上記各不動産の購入及びその購入資金の借入れを、被相続人及びその経営していた不動産会社の事業承継の過程の1つと位置付けつつも、本件購入及び借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において、原告らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて企画して実行したものである。仮に、本件購入及び借入れがなかったとすれば、本件相続に係る相続税の課税価格の合計額は6億円を超えるものであった。 原告らは、本件相続につき、評価通達の定める方法により、本件甲不動産の価額を合計2億4万1,474円、本件乙不動産の価額を合計1億3,366万4,767円と評価し、平成25年3月11日に札幌南税務署長に対し、上記評価額を記載した相続税の申告書を提出した。当該申告書においては、課税価格の合計額は2,826万1,000円とされ、基礎控除額を控除した結果、相続税の総額は0円とされていた。 一方札幌南税務署長は、国税庁長官の指示(※3)に基づき評基通6項の適用を行い、平成28年4月27日付けで、原告らに対し、不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準により本件相続の開始時における本件各不動産の正常価格として算定した鑑定評価額に基づき、本件甲不動産の価額が合計7億5,400万円、本件乙不動産の価額が合計5億1,900万円であることを前提とする本件各更正処分(本件相続に係る課税価格の合計額を8億8,874万9,000円、相続税の総額を2億4,049万8,600円とするもの)及び本件各賦課決定処分をした。 (※3) 平成28年2月17日付けで札幌国税局長経由により評価通達による評価方法以外の合理的な評価方法によりたい旨の上申を行い、同年3月17日付けで国税庁長官から「貴見のとおり取り扱うこととされたい」旨の指示があった。 本件各不動産の状況に係る上記経緯を表にまとめると以下の通りとなる。 〇本件各不動産の状況 (注1) 甲不動産に係る土地の申告額欄及び上記合計額欄のそれぞれのカッコ内は、小規模宅地等の特例(措法69の4)適用前の評価額である。 (注2) A/Bは路線価等を用いた不動産の評価額(=申告額)を鑑定評価額(=被告主張額)で除した割合で、両者の乖離を示す。 (2) 事案の争点 本件相続開始時における本件各不動産の評価額につき、評価通達の定める評価方法によらない評価額を採用することが許されるための特別な事情があったといえるか。 (3) 裁判所の判断 〈一審:東京地裁令和元年8月27日判決〉 〈二審:東京高裁令和2年6月24日判決〉 〈上告審:最高裁令和4年4月19日判決〉 (【後編】に続く)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第39回】 「特定貸付事業と準事業の判定」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲は令和4年5月30日に相続が発生し、その所有するAマンション、貸宅地、Bマンションを配偶者である乙が相続しました。 不動産の利用状況は、下記のとおりです。 なお、甲は所得税の確定申告で青色申告特別控除10万円の適用を受けて毎年申告をしていました。 平成30年度税制改正により、貸付事業用宅地等の範囲から、被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等で相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等(相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業を行っていた被相続人等の当該貸付事業の用に供されたものを除く)」が除かれることになりましたが、Bマンションは、相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当し、かつ、甲が相続開始の日まで3年を超えて特定貸付事業を行っていないため、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例の対象にならないと考えていいでしょうか。 [A] Bマンションの敷地は、被相続人が相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業を行っていた場合の被相続人の貸付事業の用に供されていた敷地に該当しますので、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の対象となります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 貸付事業用宅地等の意義 貸付事業用宅地等とは、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業(不動産貸付業その他駐⾞場業、⾃転⾞駐⾞場業及び準事業(事業と称するに至らない不動産の貸付けその他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行うもの)とする。以下「貸付事業」という)の⽤に供されていた宅地等で、次に掲げる場合の区分に応じていずれかを満たすその被相続⼈の親族が相続⼜は遺贈により取得したもの(特定同族会社事業⽤宅地等を除く)をいいます。 なお、平成30年度税制改正により、貸付事業用宅地等の範囲から被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等で、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等を除くこととされました。ただし、相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業(貸付事業のうち、準事業以外のものをいう)を行っていた被相続人等の貸付事業の用に供されたものは、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供されたものであっても、その範囲から除かれないこととされました(措法69の4③四、措令40の2①⑦⑲)。 2 特定貸付事業と準事業の判定の留意点 上記記載のとおり、相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業(貸付事業のうち、準事業以外のものをいう)を行っていた被相続人等の貸付事業の用に供されたものは、貸付事業用宅地等の対象から除外されませんが、特定貸付事業と準事業の判定については、次の点に留意する必要があります。 (1) 準事業の範囲 特定貸付事業から準事業が除かれていますが、貸付事業、特定貸付事業、準事業について用語の意義を整理すると下記の通りとなります。 〈貸付事業、準事業、特定貸付事業の整理〉 (2) 特定貸付事業と準事業の判断 被相続人等の貸付事業が準事業に該当するかどうかは、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で当該貸付事業が行われていたかどうかにより判定することとされていますが、具体的には、次に掲げる貸付事業の区分に応じて、下記の通り判定を行うことになります(措通69の4-24の4、所基通27-2)。 (3) 事業的規模と事業的規模以外の判断 上記(2)の表に記載されている判断基準については、所得税における事業的規模か事業的規模以外かを意味します。具体的な判断については、所得税基本通達26-9を基に判定していくことになります。 所得税基本通達26-9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定) 事業的規模の判断をする場合には、下記のフローチャートの手順で行うことになります。 【上記❶の形式基準の判定の留意点】 5棟10室基準について、貸地や共有の取扱いは通達では明らかにされていませんが、国税庁において下記の情報(審理専門官情報第23号 大阪国税局個人課税審理専門官 平成19年1月26日質疑事例0108-1)があります。 したがって、本問の場合のように貸宅地が10件あった場合には、原則として5件を1室と換算し2室分の貸付けがあったものとして考えます。また、Aマンション8室については共有持分を乗じるのではなく8室の規模で考えます。したがって、貸宅地10件とAマンション8室は(合算して10室として考えるため)10室以上の規模に該当することになります。 【上記❷の実質基準の判定の留意点】 貸付事業が5棟10室未満であったとしても、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で貸付事業が行われている場合には、事業的規模に該当することになります。この場合の事業の定義は、法令や条文等において明らかにされていませんが、昭和56年4月24日の最高裁判決(TAINSコード:Z117-4788)では、「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」であると定義付けています。 また、不動産貸付けが不動産所得を生ずべき事業に該当するか否かについて、平成19年12月4日の所得税の裁決事例(TAINSコード:J74-2-05)においては、下記のとおり判示しています。 上記の裁決事例においては、不動産貸付事業が事業的規模と認められず、納税者が敗訴した事件となりますが、平成7年6月30日の東京地裁(TAINSコード:Z209-7545)の事件では、不動産貸付事業が事業的規模として認められています。 なお、平成30年度の税制改正の趣旨は、相続開始直前に賃貸用不動産の購入などをして金融資産を不動産に変換し、小規模宅地等の特例を適用する節税手法を防止するために設けられたものであることを考慮すると、上記の⑥取引の目的(相続税の節税を目的とするものであるのか等)は法趣旨から重要なものであると考えられます。 (4) 青色申告特別控除との関係 55万円又は65万円の青色申告特別控除は、事業的規模であったとしても複式簿記による帳簿の備え付けがされていない場合や貸借対照表の作成がされていない場合には認められず、その場合には、10万円の青色申告特別控除しか適用できません(措法25の2)。事業的規模であっても55万円又は65万円控除ではありませんので、注意する必要があります。 反対に55万円又は65万円の青色申告特別控除を適用していた場合においても、上記(3)の判定で事業的規模以外と認められた場合には、55万円又は65万円の青色申告特別控除が誤りという場合もありますので、事業的規模に該当するかどうかは、相続税の申告の際に注意して確認する必要があります。 3 本問への当てはめ 被相続人である甲の貸付事業が相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業であったかどうかを判定することになります。 5棟10室の形式基準で考えると、貸宅地10件のみである場合には、2室として考え、事業的規模以外ですが、8室のAマンションを取得した時点で10室以上となり、事業的規模での貸付事業となります。したがって、下記の図の通り平成30年4月1日から相続開始の日まで特定貸付事業を行っていたことになります。 (注) 貸宅地10件は、実質基準で考えた場合には、事業的規模になる可能性もあります。 したがって、甲は3年超の特定貸付事業を行っていたことになりますので、甲の貸付事業の用に供されたBマンションは、特例の対象になります。 ★実務上のポイント★ 所得税の確定申告書に記載されている青色申告特別控除が10万円であったとしても、被相続人の貸付事業が事業的規模である場合もありますので、貸付事業が事業的規模であるかを確認する必要があります。特に5棟10室未満であった場合の事業的規模の判断については、明確な基準があるわけではありませんので、過去の裁判事例等を基に慎重に検討する必要があります。 (了)
遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第11回】 「不動産や株式等を遺贈寄付した場合の取扱い(その5)」 ~みなし譲渡所得税の非課税特例(承認特例)~ 税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也 不動産や株式等の現物資産を遺贈寄付した場合の取扱いについて引き続き見ていく。 前回、みなし譲渡所得税の非課税特例である租税特別措置法40条のうち、一般特例について説明をした。今回は、承認特例について見ていくことにする。 1 承認特例 みなし譲渡所得税の非課税特例のうち、承認特例(措法40①後段、措令25の17⑦)は、平成30年度の税制改正(認定NPO法人等への寄付については、令和2年度税制改正)によって新しくできたものである。 承認特例は、承認特例対象法人に財産を寄付した場合に法人の役員等に該当しないことなど一定の要件を満たすものとして国税庁長官より非課税承認を受けたときは、この寄付に対する所得税を非課税とする制度である。 「承認特例」には、承認申請書の提出があった日から1ヶ月(又は3ヶ月 )以内にその申請について非課税承認がなかったとき、又は非課税承認をしないことの決定がなかったときは、その申請について非課税承認があったものとみなされる自動承認の仕組みが設けられている。 一般特例では、国税庁長官の承認を受けるまで、長い年月がかかると言われていたが、承認特例では、通常は1ヶ月、株式等である場合には3ヶ月で承認を受けることができ、非常に迅速に承認を受けられる。これは、寄付者にとって大きなメリットである。 また、一般特例では、寄付を受けた財産を受贈法人が買い換えることは原則としてできなかったが、承認特例の場合には、この制度で設置した基金内で一定の資産の買換えも認められている。 例えば、不動産の寄付を受け、それを基金内で株式等に買い換えて、非課税特例を継続することも認められる場合がある。一般特例であれば、寄付を受けた不動産を公益目的に使用することが可能な法人を探さなければいけなかったが、承認特例であれば、不動産を株式等に買い換えることで適用を受けられる可能性があり、寄付の選択肢が広がることになる。 〈承認特例のイメージ〉 2 承認特例対象法人 一般特例の場合には、非課税の対象になる法人は、公益社団法人、公益財団法人など、寄付金控除の対象になる特定公益増進法人に限らず、非営利徹底型の一般社団法人、一般財団法人や宗教法人、認定を受けていないNPO法人なども適用対象法人に含まれた。しかし、承認特例の対象になる法人は、国立大学法人等、公益社団法人、公益財団法人、一定の学校法人又は社会福祉法人、認定NPO法人等に限られる。 また、これらの法人であれば、必ず承認特例を受けられるのではなく、寄付を受ける前に、受贈法人側で、基金を設置して所轄庁の証明を受ける必要がある。この基金は、税法上定められた基金である。現在既に何らかの基金を設置している場合には、その証明を受けるに当たっては、現在の基金規程を定められた要件を満たすように改正し申請することで、証明を受けることができる。 このような基金を設置している法人は、国立大学法人等では、文部科学省の指導などもあり、かなりの数の法人があるようである。一方で、公益社団法人、公益財団法人や認定NPO法人等では、まだ非常に少ない。 3 承認特例の要件 承認特例を受けるための要件は、以下である。 以下に、一般特例と承認特例の要件の違いをまとめている。 (出所) 国税庁「公益法人等に財産を寄附した場合における譲渡所得等の非課税 の特例のあらまし」 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第19回】 「恒久的施設の判定はどのように行われるのか」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 非居住者又は外国法人が我が国で事業活動を行う場合の課税関係はどのように判断されるのでしょうか。 〔A〕 我が国国内法の規定及び我が国が締結する租税条約の規定に従い、非居住者又は外国法人が国内に有するとされる恒久的施設に帰属する所得に対し課税されます。 ●●●〔解説〕●●● 1 恒久的施設の意義 恒久的施設(Permanent Establishment。PEと略される)は、我が国所得税法及び法人税法では、非居住者又は外国法人の次の①から③に掲げるものをいうとされている(所法2八の四、法法2十二の十九)。 我が国は従前、事業所得について、非居住者又は外国法人が恒久的施設を有する場合、総合主義(恒久的施設がある場合は全ての国内源泉所得に課税)を採用していたが、平成26年度税制改正において当該恒久的施設に帰属する所得についてのみ課税する方式(帰属主義)に変更した(※1)。 (※1) ただし、我が国が諸外国と締結してきた租税条約では、従前から帰属主義に準拠していたため、上記改正は、両者の不一致を解消し、国際ルールに平仄を一致させたものといえる。 さらに、平成30年度税制改正では、BEPSプロジェクト及び2017年版OECDモデル租税条約の改定を受けて、恒久的施設認定の人為的回避の防止のため、従前より恒久的施設の範囲から除外されていた「準備的・補助的活動」(※2)について、以下の詳細な規定が置かれた(所令1の2⑤)。 (※2) 所得税法施行令1条の2第4項は、「準備的・補助的活動」について、次のように定めている。 ① 商品の保管、展示、又は引渡しのためにのみ施設を使用すること ② 商品の在庫を保管、展示、又は引渡しのためにのみ保有すること ③ 商品の在庫を他の者による加工のためにのみ保有すること ④ 事業のための商品の購入又は情報を収集するためにのみ一定の場所を保有すること ⑤ その他の活動のためにのみ一定の場所を保有すること ⑥ ①~④の活動とその他の活動を組み合わせた活動のためにのみ一定の場所を保有すること なお、恒久的施設は、我が国が締結する租税条約においても当然規定されているが、我が国税法と異なる定めが置かれているときは、その租税条約に定めるところに従うことになる(所法162①、法法139①)。 恒久的施設の該当性が争われた裁判例は少ないが、以下ではインターネット販売倉庫事件を取り上げる。 2 過去の裁判例 《インターネット販売倉庫事件》(※3) (※3) (第一審) 東京地裁平成27年5月28日判決 TAINS:Z265-12672 (控訴審) 東京高裁平成28年1月28日判決 TAINS:Z266-12789 (上告審) 最高裁平成29年4月14日第二小法廷判決(不受理) TAINS:Z267-13011 (1) 事案の概要 所得税法上の非居住者として、米国から本邦に輸入した自動車用品を、インターネットを通じて専ら日本国内の顧客に販売する事業を営んでいたX(原告・控訴人・上告人)が、処分行政庁から、事業の用に供していた日本国内のアパート及び倉庫(以下「本件アパート等」)は、日米租税条約5条の規定する「恒久的施設」に該当し、Xには本邦において所得税を納税すべき義務があるとして、所得税の決定処分等を受けたことに対し、本件アパート等は恒久的施設に該当せず、Xは本邦において所得税を納税すべき義務はないとして、本件各処分の取消しを求めた事案である。 (2) 租税条約の規定 日米租税条約5条1項は、「この条約の適用上、『恒久的施設』とは、事業を行う一定の場所であって企業がその事業の全部又は一部を行っている場所をいう」と規定し、同2項で「恒久的施設」の例示として(c)事務所や(e)作業場を挙げている。また同4項は、「1項から3項までの規定にかかわらず、『恒久的施設』には次のことは、含まないものとする」として、「(a)企業に属する物品又は商品の保管、展示又は引渡しのためにのみ施設を使用すること、〔中略〕(e)企業のためにその他の準備的又は補助的な性格の活動を行うことのみを目的として、事業を行う一定の場所を保有すること」を列挙している。 すなわち、日米租税条約によれば、専ら在庫の保有のみを行う施設等であるか、その活動が事業の主たる過程において準備的・補助的といえるものである場合には、恒久的施設と判定されることはないことになる。ちなみに、日米租税条約5条の文言は、OECDモデル租税条約と同一の規定振りとなっている。 (3) 裁判所の判断 Xは、米国から日本に輸入した自動車用品を本件アパート等で保管し、インターネットを通じて専ら日本国内の顧客に販売する事業を営んでいたことから、本件アパート等は日米租税条約5条4項の(a)又は(e)に該当すると主張したため、本件第一審の東京地裁は、「本件アパート等は、日米租税条約5条の規定する恒久的施設に該当するか否か」という争点につき、以下のように認定した。 ① 日米租税条約5条1項該当性について ② 日米租税条約5条4項各号該当性について ③ 小括 以上から、東京地裁は、本件アパート等は日米租税条約5条1項に規定する恒久的施設に該当すると判示した。本件は、Xにより控訴されたが、控訴審である東京高裁は、本件各処分はいずれも適法であるとして、Xの請求を棄却した。Xはさらにこの判断を不服とし上告したが、最高裁は上告不受理とした。 (4) その他の判示事項 Xはまた、OECDの検討チームが、2012年の報告書でOECDモデル租税条約5条4項(a)ないし(d)について、同項(e)の「準備的又は補助的な性格を有する活動」であることを要しないとの解釈を示しているとし、本件アパート等は「保管」「引渡し」のためにのみ使用されていたから日米租税条約5条4項(a)に該当し、「恒久的施設」に該当しないとも主張していたが、東京地裁は、2012年報告書が従来の解釈の変更を提案したからといって、本件各係争年における日米租税条約5条4項の解釈につき、2012年報告書に従わなければならないということはできないと判示した(なお、本件控訴審によれば、2016年時点ではこの提案はOECDモデル租税条約に反映されていないことが確認されている)。 ところで、本件の争点3(本件アパート等が恒久的施設に該当する場合において、日米租税条約7条に基づき課税できる所得の範囲は何処までか)について東京地裁は、「日米租税条約7条2項及び3項に基づき本件擬制企業(筆者注:恒久的施設のこと)に配分されるべき国内源泉所得を算定するに当たっては、本件アパート等が本件販売事業において担っている役割・機能を前提とすべきであるところ、本件アパート等は、〔中略〕本件販売事業における唯一の販売拠点(事業所)としての役割・機能を担っていたというべきである。したがって、日米租税条約7条2項及び3項に基づき本件擬制企業に配分されるべき国内源泉所得は、日本国内にある本件擬制企業が、本件アパート等を販売拠点(事業所)として事業活動(販売活動)をした場合において取得したとみられる利得であるというべきである」と判示している。 本件では、Xが帳簿書類の提出を拒絶した等の事情から、恒久的施設に配分されるべき所得金額を実額で計算することができないため、処分行政庁が、Xが日本の居住者であった平成16年分の所得率を使用して推計課税を行ったことの是非も争われたが、東京地裁は、平成16年分と本件各係争年分において、本件販売事業の基本的内容に変化がないことから、処分行政庁による推計の方法には合理性があるとした。 (了)
租税争訟レポート 【第61回】 「監査役に対する損害賠償請求訴訟~会計限定監査役の任務懈怠 (最高裁判所令和3年7月19日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 【事案の概要】 本件は、株式会社である上告人が、その監査役であった被上告人に対し、被上告人がその任務を怠ったことにより、上告人の従業員による継続的な横領の発覚が遅れて損害が生じたと主張して、会社法423条1項に基づき、損害賠償を請求する事案である。 【判決の概要】 1 原審である東京高等裁判所が確定した事実関係 2 原審である東京高等裁判所の判断 原審である東京高等裁判所は、上記の事実関係に基づき、監査の範囲が会計に関するものに限定されている監査役(会計限定監査役)は、会計帳簿の内容が計算書類等に正しく反映されているかどうかを確認することを主たる任務とするものであり、計算書類等の監査において、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかであるなど特段の事情のない限り、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認していれば、被上告人はその任務を怠ってはいないとして、上告人の請求を棄却した。 3 最高裁判所の判断 原審の判断について、最高裁判所は、次のように理由を述べて、裁判官全員一致の意見で、「原判決を破棄する」「本件を東京高等裁判所に差し戻す」という判決を出した。 最高裁判所は、まず、監査役の役割について、以下のように判示した。 その上で、監査役監査について、計算書類などが各事業年度に係る会計帳簿に基づき作成されるものであり、会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとしても、監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではなく、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきであると判示した。 さらに、会計限定監査役にも、取締役等に対して会計に関する報告を求め、会社の財産の状況等を調査する権限が与えられていることなどに照らせば、会計限定監査役についても、上記の監査役の責務が異なるものではないとし、会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではないと判示した。 最高裁判所は、こうした理由を述べた上で、被上告人はその任務を怠ってはいないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があることから、原判決は破棄を免れないとすると同時に、被上告人が任務を怠ったと認められるか否かについては、上告人における本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らして被上告人が適切な方法により監査を行ったといえるか否かにつき更に審理を尽くして判断する必要があり、また、任務を怠ったと認められる場合にはそのことと相当因果関係のある損害の有無等についても審理をする必要があるから、本件を原審に差し戻すこととするという結論を述べた。 4 草野耕一裁判官による補足意見 草野耕一裁判官は、差戻審が、被上告人が任務を怠ったか否かを検討するに当たっては、次の点に留意すべきと考えるという補足意見を述べている。 5 裁判所ホームページで公開されている「判示事項」と「裁判要旨」 裁判所ホームページでは、次のとおり、「判示事項」と「裁判要旨」が公開されている。 【解説】 従前では、下級審の判決であるものの、本件最高裁判決と類似の事案で、多数の判決では、会計限定監査役に任務懈怠があったとはいえないとする判断が示されてきていた。そうした点からすれば、本件最高裁判決は、会計限定監査役の任務懈怠を厳しく追及するものといえる。 とはいえ、原審では争点の1つとなっていた、会計限定監査役を狙い撃ちにした格好の損害賠償請求について、本件最高裁判決は一切触れておらず、差戻し控訴審が、原審の判断時に問題とした「信義則違反」「権利の濫用」といった争点に、改めてどのような判断を示すのか、注目されるところである。 1 本件最高裁判決に至るまでの過程(※1) (※1) 本項の記述は、TKCローライブラリー「新・判例解説Watch◆商法No.129 会計限定監査役の任務懈怠と会社に対する損害賠償責任」(明治大学教授/受川環大)を参考にしている。 (1) 第1審判決(千葉地方裁判所平成31年2月21日) 第1審被告(本件被上告人)の任務懈怠を認めて、横領金額5,763万円を限度として、第1審原告(本件上告人)の請求を認容した。 なお、第1審判決では、被告(本件被上告人)が、公認会計士及び税理士の資格を有していたことから、一般的な監査役の善管注意義務の水準よりも高い監査手法を採る義務があったと判示していた。 (2) 控訴審(原審)判決(東京高等裁判所令和元年8月21日) 控訴審である東京高等裁判所は、原判決を一部取り消す判断を示して、控訴人(本件上告人)の請求を棄却する判断を示した。 (3) 原審判決で問題になった信義則違反 原審は、控訴人(本件上告人)が、歴代の又は現在の取締役及び監査役に対する損害賠償請求をせずに、会計限定監査役であった被控訴人(本件被上告人)に対してのみ、損害賠償請求を行っていることについて、信義則違反、権利の濫用であると判示していた。 こうした争点については、本件最高裁判決は全く触れておらず、差戻し控訴審での判断が注目されるところである。 2 これまでの裁判所の判決例 本件最高裁判決と同様、公認会計士及び税理士の資格を有する会計限定監査役が、経理担当従業員の横領事件を発見できなかったことが任務懈怠に当たるとして、損害賠償を請求した事件の判決を参照したい。 【判決の概要】 (1) 事案の概要 本件は、原告が被告に対し、被告は、原告の顧問税理士・会計士として決算書の作成と申告代理業務だけでなく経営指導も委任し、特に平成6年以降は、原告代表者は経理担当従業員の不正の可能性を指摘したのであるから、その不正の発見に努めるべきであったものであり、また、少なくとも平成10年9月に原告の監査役に就任した以降は不正発見も職務上当然の業務内容であったのに、その委任事務を怠り、また監査役の義務に違反し、よって、経理担当従業員による横領行為を発生させたものであるから、本件不正行為によって生じた原告の損害を賠償すべきであるとして、その支払いを求めた事案である。 (2) 裁判所の判断 福岡地方裁判所は、それぞれの争点について、以下のように判示して、原告の主張を棄却する判決を言い渡した。 まず、(1)の「顧問契約の種類と業務内容」については、原告と被告との間の顧問契約は、平成6年8月から平成13年7月末までの間、税理士としての顧問契約を締結したものであり、その業務内容は税理士としての決算書の作成から申告税務代理までであったと認めるのが相当であり、被告の顧問契約における業務内容には経営指導はそもそも含まれておらず、経営指導や不正の発見等についての具体的な委任がなされたことを認めるに足りる証拠はなく、原告の主張は採用できない。 次いで、(2)の「被告の顧問契約に基づく責任」については、そもそも原告と被告との顧問契約が税理士としての決算書の作成から税務申告にとどまり、不正行為の摘発等は含まれていなかったこと、したがって、被告の顧問としての業務も税務資料作成に必要な限度でなされていたこと、被告の作業の実体は基本的に原告における経理担当者として実質的責任を任されていた経理担当従業員作成の資料を前提とする手順となっていたこと、経理担当従業員は不正行為が発覚しないように伝票や帳簿等を改ざんしていたこと等の諸事情を考慮すると、被告に税理士としての顧問契約に基づく債務の不履行があったとまで断定することはできない。 最後に、(3)の「監査役としての責任」については、被告は、平成10年9月1日に原告の監査役に就任したが、監査役としての報酬はゼロで、被告の立場は従前と特段の変更はなく、原告や原告代表者から就任に際して具体的な監査方針等についての依頼はなく、被告に対して、原告の経理における不正発見を職務上の義務として要望されたことはないことから、被告の監査役としての職務内容に経理関係における不正発見という任務が含まれていたと認めることはできず、被告が経理担当従業員による不正行為を発見できなかったとしても、それにつき監査役としての義務違反を理由とする損害賠償義務を認めることはできない。 (了)