〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例70】 株式会社電通グループ 「ウクライナ情勢を受けた人道的観点での対応について」 (2022.3.17) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社電通グループ(以下「電通グループ」という)が2022年3月17日に開示した「ウクライナ情勢を受けた人道的観点での対応について」である。 2022年2月24日にロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始した。それ以降のウクライナにおける惨状は、読者の方々もご存じのとおりである。筆者が勤務する大学にもウクライナ人の学生がいるのだが、キーウ在住で来日の準備をしていたところ、今回のロシアによる侵攻が始まり、命からがらポーランドへと避難し、4月9日に何とか来日することができた。 今回の電通グループによる開示は、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、「『電通グループ行動憲章』の前提である『世の中の幸福に貢献する企業グループであり続ける』という指針」に基づいて、 被災しているウクライナとその周辺地域へ支援を行うことにしたという内容である。 2 支援の内容 電通グループは、まず1.4億円の寄付を行うとしている。 また、寄付以外にも次のような支援を行うとしている。 なお、同社はロシアでも事業を行っているが、それは次のようにするとしている。 3 その他の企業の取組み ウクライナへの支援を決定した会社は電通グループだけではない。本稿執筆時点(2022年4月10日)において、ウクライナへの寄付を決定したことを適時開示から確認できた会社は、以下のとおりである。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 寄付を行えば、それだけ利益が減ることになる。しかし、これらの寄付は、それぞれの会社にとって、利益を減らすだけの費用ではなく、直接的にではないとしても、将来において企業価値を高めてくれる投資になるはずである。 4 批判を浴びたあの会社は 株式会社ファーストリテイリングは2022年3月10日に「ユニクロ ロシア事業について」を開示した。次のような理由から、ユニクロのロシア事業を一時停止することにしたという内容である。「現在の紛争を取り巻く状況の変化や営業を継続する上でのさまざまな困難から」という理由は、電通グループの「従業員や関係者の安全と安心に加え、グローバル企業として国際的な制裁措置に準拠する観点から」という理由と比べると、抽象的で明快さを欠くように思われる。 なお、同社は、この開示をTDnetに掲載せず(適時開示せず)、自社のホームページにのみ掲載している。同社の第60期有価証券報告書によると、2021年8月期の地域別の売上は、日本が約52.5%、中国が約21.5%、その他海外が約26.0%である。ロシア事業を停止しても、売上の減少は1割に満たないため、適時開示は不要と判断したのだろうか。それとも、気まずかったのだろうか。 同社は当初ロシア事業を継続するとしていた。2022年3月7日付の日本経済新聞によると、柳井正代表取締役会長兼社長は「衣服は生活の必需品。ロシアの人々も同様に生活する権利がある」と語っていたという。利益を生み出さなければならない会社にとって、事業の停止は簡単に判断できるものではなく、事業を継続できるならば、当然継続したいはずである。しかし、今回、「衣服は生活の必需品」は、事業継続の理由付けとはならなかった。国際的な批判も強まり、3月10日に停止を決定したのである。 同社はそれよりも前の2022年3月4日に「UNHCRに1,000万米ドルと毛布・ヒートテックなど衣料20万点を提供-ウクライナおよび近隣諸国で避難生活を送る人々への人道援助活動を支援」を開示している。ウクライナへの支援を行うという開示で、その内容は次のとおりである。約11億5,000万円の寄付のほか、様々な支援を行うとしている。 同社は、これも適時開示はせず、自社のホームページに掲載しているだけである。同社にとっては11億 5,000万円など大した額ではないため、適時開示を行わないのかもしれないが、他の会社と比べると、突出した額である。同社を批判した人達は、この事実を知ったうえで批判したのだろうか。ロシア事業をめぐる批判によって、この事実が霞んでしまったようである。 (了)
プラス思考の経済効果 【第2回】 「経済効果で大切なこと」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに 長年いろいろな経済効果を計算していると、いくつかの問題にぶつかることがあります。これは、経済効果分析がまだまだ未発達な分析手法だからかもしれません。 前回述べたように、研究機関や研究者によって1つの事象の経済効果の分析結果にかなりの相違が生じることも問題の1つです。研究者によって、あまりにも分析結果が異なると、経済効果分析に対する人々の信頼を損ねることになるかもしれません。 そこで、みなさんが経済効果について感じている疑問にお答えするために、今回は経済効果を分析する上で大切なことを述べさせていただきます。 2 経済効果推計の適任者 2017年に東京都オリンピック・パラリンピック準備局が発表した「2020年東京オリンピック・パラリンピックの経済効果」の推計結果、約32兆円には世界中がビックリしました。過去に世界各国で開催された五輪の経済効果について、各国の経済専門機関が発表した金額は約3~8兆円だったからです。 東京五輪は当初「お金のかからない簡素な、そして東日本大震災からの復興五輪」という名目で開催されることになっていたはずなのに、莫大な金額が投資され、経済効果も膨大な値になると推計されていました。 筆者は、東京五輪が閉幕した2021年8月末に、東京五輪の総括として「東京オリンピック・パラリンピックの経済効果と赤字額」を発表しました。筆者の推計では、東京オリンピック・パラリンピックの経済効果は約6兆1,442億円、国と東京都と組織委員会の赤字額は約2兆3,713億円、経済効果と赤字額の総計は約8兆5,155億円になりました。 その後、スイス・ローザンヌの国際オリンピック委員会(IOC)本部から「その報告書を英語に訳してIOCに送ってほしい」との依頼があり、送付しました。その結果、きちんと客観的に計算していると判断されたのか、「IOCのライブラリーに東京五輪の経済効果の記録として保管します」との返事をいただきました。 その後、フランスのスポーツ省からも大使館を通して同様の依頼がありました。2024年のパリ五輪の参考にするのだと思います。さらに今年の3月には、日本の内閣府が筆者の五輪関係の経済効果分析の結果を「経済財政白書」にまとめる参考にするので送ってほしいとの連絡がありました。 筆者は、政府、東京都、マスコミ、五輪賛成者、五輪反対者の誰にも忖度しないで、正確なデータに基づいて、冷静かつ客観的に計算しました。それが評価されたのだと考えられます。 東京都オリンピック・パラリンピック準備局に「なんとしてでも東京五輪を開催したい。都民、国民の賛成を得たい」「政府や東京都の上層部の希望に添いたい」という気持ちがあったのかはわかりませんが、結果的に経済効果としては世界中からあきれられるほどの大きな金額を発表してしまいました。 同様に、過去にも主催者側が経済効果を過大に見積もった結果、入場者数が計画には全く届かなかったり、事業が赤字になったりして、責任問題になるケースが多々ありました。これらはすべて、主催者や責任者に忖度した利害関係者が、参加者や経済効果を自分たちの都合の良いように過大に発表したからなのです。 このような事態を防ぐために、利害関係者が経済効果を推計することはできるだけ避けるべきでしょう。 3 推計結果の正確な公表 推計結果と同時に、それらの推計の基になるデータ、データの出所、計算に使った経済モデル、直接効果、一次波及効果、二次波及効果などの値、産業連関表の詳細などを公表すべきです。 多くの推計の報告書には根拠や計算過程が公表されていません。そうすると、研究者にはどうしてそのような数値が出てきたのかわからないことが多いです。極端なケースでは、発表者が計算もしないでいいかげんな数値を発表していたこともありました。 これは、発表者だけの問題ではなく、マスコミの責任も大きいといえるでしょう。新聞や雑誌のように活字で勝負しているマスコミは、きちんと計算結果を検証していることが多いのですが、映像関係のマスコミはスピードを重視するあまりに、経済効果の分析を検証することなく発表された数値をそのまま放送することがあるようです。 4 経済効果検証の重要性 課題となった事象やイベントが終了した時に、事後の実際の経済効果を計算して、事前に推計した経済効果と比較すべきです。そして、どの程度事前の推計が正しかったかを検証することが必要だと思います。 しかし、多くの場合、事後的な経済効果の計算はほとんど行われていないのが現状です。それには、以下のような理由があります。 以上の理由で事後の測定値を計算しないと、経済効果はイベント前に「言ったもの勝ち」になり、非常に無責任な分析になる可能性があります。 もちろん、自治体や責任感のある主催者は、事後の実際の経済効果の測定をしたり、研究者に事後の経済効果の計算を依頼したりします。筆者も何度か事後的な経済効果の計算をしました。筆者のケースで言いますと、マラソンなどの野外のイベントでは天候などの自然要因によって事前の予測値と事後の測定値の間には誤差が生じます。筆者はイベントの事後の測定値を何度か計算しましたが、事前の予測値との間の誤差は1~2割でした。 * * * 経済効果の結果について多くの人からの信頼を集めるためには、分析者が一層努力をして推計の精度を高め、計算結果を公開し、関係者やマスコミは計算結果をチェックし、一般の方々に関心を持ってもらい理解していただけるように努めることが必要だと言えるでしょう。 (了)
《速報解説》 監査役協会が「改正公益通報者保護法施行に当たっての監査役等としての留意点」を公表 ~監査権限に及ぼす影響など、公益通報対応業務従事者制度との関係を中心に示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年4月25日、日本監査役協会は、「改正公益通報者保護法施行に当たっての監査役等としての留意点-公益通報対応業務従事者制度との関係を中心に-」を公表した。 これは、2022年6月1日に、公益通報者保護法の一部を改正する法律が施行されることから、監査役等としての留意点をまとめたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 公益通報者保護法上、「内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報対応業務を行う者であり、かつ、当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者」については、事業者はその者を業務従事者に指定する必要がある。 公益通報対応業務従事者については、監査役、監査委員、監査等委員の権限・責任との関係、監査役等としての留意点の整理が必要となる。 以下では主なポイントについて解説する。 1 改正法が監査役等の監査権限に及ぼす影響の有無 監査役等の監査権限(会社業務の調査及び是正に関する権限)は会社法によって与えられたものであり、事業者(会社の場合、その執行機関)により業務従事者として「指定」されることによって付与されるものではない。 このため、事業者が、ある監査役等を業務従事者に指定すべきときに指定しない場合でも、それにより、当該事業者が改正公益通報者保護法15条の報告徴収並びに助言、指導及び勧告の対象となったり、同16条の公表の対象となることがあるにとどまり、監査役等の監査権限の行使がそれによって制約されるものではないとのことである。 2 監査役等が内部通報窓口の1つとなっている場合 非業務執行者であり執行側から独立した立場である監査役等も、要件を満たす場合には、業務従事者として事業者から指定されなければならないのかについて、要件を満たす者が業務従事者に指定される必要がある点について、監査役等であっても変わりはないとのことである。 3 監査役等が内部通報窓口となっていない場合 内部通報に関する情報が監査役等に対し定期的に報告される体制が構築されており、通報者特定事項も含む形で監査役等への報告がなされている場合、通報者特定事項が伝達されている以上、業務従事者に指定される必要があると考えられるとのことである。 (了)
《速報解説》 改正省令により令和4年度税制改正に対応した法人税申告書(別表)様式が明らかに ~賃上げ促進税制に係る明細書は大企業・中小企業で同一様式に~ Profession Journal編集部 令和4年度税制改正に対応した法人税申告書(別表)の様式を定めた改正法人税法施行規則(財務省令第39号)が、4月15日付官報号外第84号で公布された。これら改正後の様式は、原則令和4年4月1日以後終了事業年度から適用される(改正法規附則2)。官報同号では地方法人税及び租税特別措置の適用額明細書の様式改正も行われている。 政府の方針を受け制度が抜本的に見直された「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除(措法42の12の5)」、いわゆる「賃上げ促進税制」は様式も大きく変更され、改正前は主に大企業向けの措置である「人材確保等促進税制」(措法42の12の5①)と中小企業向けの措置である「所得拡大促進税制」(措法42の12の5②)で以下のように様式が分かれていたところ、 改正後は に様式が統一されたうえで、次の2様式が付表の位置づけとなっている。 〈別表6(31) 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書〉 〈別表6(31)付表1 給与等支給額及び比較教育訓練費の額の計算に関する明細書〉 〈別表6(31)付表2 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除における雇用者給与等支給増加重複控除額の計算に関する明細書〉 また、研究開発税制等の適用に係る「特定税額控除規定(措法42の13⑤(旧措法42の13⑥))」について、資本金10億円以上かつ従業員数1,000人以上で前期黒字法人について継続雇用者給与等支給額の要件が強化(1%以上。令和4年度は0.5%以上)されたことに伴い、「別表6(7) 特定税額控除規定の適用可否の判定に関する明細書」において、資本金の額や従業員数を記載する欄が設けられるなどの見直しが行われている(改正前の様式は[こちら])。 〈別表6(7) 特定税額控除規定の適用可否の判定に関する明細書〉 その他、別表4については、項目内の文言の見直しは行われているものの、項目(欄)の新設や番号の変更は行われていない(別表5(1)及び5(2)は改正なし)。 なお、令和4年4月からグループ通算制度の適用が開始されたが、同制度に関する様式の改正は、令和2年6月30日公布の「法人税法施行規則等の一部を改正する省令(財務省令第56号)」において規定された後、令和3年4月15日公布の「法人税法施行規則等の一部を改正する省令の一部を改正する省令(財務省令第46号)」、さらに同年9月17日公布の「法人税法施行規則等の一部を改正する省令の一部を改正する省令(財務省令第66号)」と一部改正が続いており、今回公布された改正省令においても令和4年度税制改正を受けた見直しが行われているため留意されたい。 また、今年度改正では「環境負荷低減事業活動用資産等の特別償却(措法44の4)」など新設規定もあるが、こちらは後日、「租税特別措置法による特別償却の償却限度額の計算に関する付表の様式について(法令解釈通達)」の改正により付表様式が定められる。 国税庁では今後、今回の改正省令に対応した申告書様式のページが公表される予定となっている。 (了)
2022年4月21日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.466を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第102回】 「賃上げ促進税制の抜本強化」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 3月22日に所得税法等の一部を改正する法律案が参議院本会議で可決成立し、同月31日には官報特別号外第37号にて公布された。 今回の改正事項は、賃上げ促進税制、オープンイノベーション税制、住宅ローン控除、納税環境整備(インボイス制度含む)など多岐にわたるが、岸田政権の掲げる「成長と分配の好循環」に向けた措置として、賃上げ促進税制への期待は高い。 〇春闘の状況 こうした中で、3月16日に集中回答日を迎えた今年の春闘が注目された。 3月18日に連合(日本労働組合総連合会)が発表した第1回回答集計によると、平均賃金方式で回答を引き出した776組合の加重平均は6,581円・2.14%(昨年同時期比1,018円増・0.33ポイント増)となった。 特に、自動車や電機、鉄鋼など、わが国の基幹産業を中心に、ベースアップが実施されただけでなく、昨年や一昨年の金額を超えるベースアップや賞与・一時金の回答が多く、労働組合に満額回答した企業もみられる。 さらに、3月25日に連合が発表した第2回回答集計でも、平均賃金方式で回答を引き出した1,237組合の加重平均は6,452円・2.13%(昨年同時期比937円増・0.32ポイント増)となっており、第1回回答集計の水準を維持している。 〇賃上げ促進税制の概要 賃上げ促進税制は大企業向けと中小企業向けの2つの制度に大別できる。 大企業向けの制度としては、令和3年度税制改正で、新規採用に的を絞ったものとされていたところ、改正前の制度に戻す形で、継続雇用者の給与等支給額を前年度比3%以上増加させた法人は、雇用者の給与等支給額の増加額の15%を税額控除できることとなる。さらに、継続雇用者の給与等支給額を前年度比4%以上増加させた法人については税額控除率に10%加算、教育訓練費を前年度比20%以上増加させた法人については税額控除率に5%加算が認められることから、最大30%の控除率が適用されることとなる(控除上限は法人税額の20%)。 なお、大法人のうち、資本金の額等が10億円以上かつ常時使用する従業員の数が1,000人以上の場合には、マルチステークホルダー方針(①給与等支給額の引上げの方針、②取引先との適切な関係の構築の方針、その他の事項)をインターネットを利用する方法により公表したことを、賃上げ促進税制を適用する事業年度終了の日の翌日から起算して45日以内に経済産業大臣に届け出ることが要件として付け加えられている。なお、マルチステークホルダー方針の公表期間は、本税制の適用を受ける事業年度終了の日の翌日から起算して45日を経過する日又は本方針を公表した日から起算して1年を経過する日のいずれか遅い日までである。②の取引先との適切な関係の構築の方針に関しては、「パートナーシップ構築宣言」(詳細は後述)をすることが必須となる。 中小法人向けの制度としては、令和3年度税制改正で改組された制度を前提に、その控除率の引上げと適用期限の1年延長が行われる。雇用者の給与等支給額を前年度比1.5%以上増加させた法人は、雇用者の給与等支給額の増加額の15%を税額控除できるが、さらに、雇用者の給与等支給額を前年度比2.5%以上増加させた法人については税額控除率に15%加算、教育訓練費を前年度比10%以上増加させた法人については税額控除率に10%加算が認められることから、最大40%の控除率が適用されることとなる(控除上限は法人税額の20%)。 〇給与等支給額と継続雇用者の給与等支給額 控除税額の計算のベースとなる「給与等支給額」とは、国内雇用者(法人又は個人事業主の使用人のうちその法人又は個人事業主の国内に所在する事業所につき作成された賃金台帳に記載された者をいう。パート、アルバイト、日雇い労働者も含むが、使用人兼務役員を含む役員及び役員の特殊関係者、個人事業主と特殊の関係のある者は含まれない)に対する給与等(俸給・給料・賃金・歳費及び賞与並びに、これらの性質を有する給与(所得税法第28条第1項に規定する給与所得)をいう。退職金など、給与所得とならないものについては、原則として給与等に該当しない)の支給額をいう。ただし、給与等に充てるため他の者から支払いを受ける金額がある場合には、当該金額を控除する。 一方、大企業向けの制度において適用要件として前年度比での増加が求められている「継続雇用者の給与等支給額」とは、継続雇用者(前事業年度及び適用年度の全ての月分の給与等の支給を受けた国内雇用者であって、前事業年度及び適用年度の全ての期間において雇用保険の一般被保険者であり、かつ前事業年度及び適用年度の全て又は一部の期間において高年齢者雇用安定法に定める継続雇用制度の対象となっていない者を指す)に対する給与等支給額をいう。 〇マルチステーホルダー方針 マルチステークホルダー方針の様式は、3月31日の経済産業大臣告示第88号で示されている。その記載内容については、様式記載の文章を参考にしつつ、各企業の統合報告書や企業行動指針等における記載を引用することで、可能な限り、自社の方針・取組に応じた記載とすることが求められている。 ただし、従業員への還元に関する方針については、「持続的な成長」「生産性向上」「付加価値の最大化」に取り組むこと、「賃金の引上げ」を行うこと、「人材投資」に取り組むこと、「従業員への持続的な還元」を目指すことは必須の文言とされている。 〈マルチステークホルダー方針(様式第一)〉 (※) 官報ホームページより 〇パートナーシップ構築宣言 一方、取引先への配慮に関しては、マルチステークホルダー方針の中で、パートナーシップ構築宣言の登録日とURLを記載する必要がある。「パートナーシップ構築宣言」は、2020年5月に開かれた政府の「未来を拓くパートナーシップ構築推進会議」において創設された仕組みである。2022年4月半ばの時点で宣言した企業は7,500社を超えている。 この仕組みは、サプライチェーンの取引先や価値創造を図る事業者との連携・共存共栄を進めることで、新たなパートナーシップを構築することを、企業の代表者の名前で宣言するものである。 具体的には、①サプライチェーン全体の共存共栄と規模・系列等を越えた新たな連携、②親事業者と下請事業者との望ましい取引慣行(下請中小企業振興法に基づく「振興基準」)の遵守の2点を宣言し、政府のポータルサイトに掲載することで各企業の取組みの「見える化」を図る仕組みである。 (了)
〔令和4年4月施行〕 成年年齢の引下げに伴う資産税を中心とした税務対応 税理士 徳田 敏彦 本年4月から成年年齢が20歳から18歳に引き下げられる。民法の成年年齢の改正は約140年ぶりであり、本改正については2019年、本誌において「成年年齢の引下げが税務にもたらす影響と注意点~資産税を中心に~」と題した解説(共著)を寄稿したが、その後の税制改正を踏まえ、改正の施行を契機に、改めて本改正による資産税への影響を中心に解説することとしたい。 1 税負担が軽減される項目 (1) 直系尊属から贈与を受けた場合の贈与税の税率の特例 適用時期は令和4年4月1日以後の贈与で、贈与を受けた年の1月1日において受贈者の年齢が18歳以上となる者が適用対象となる。 直系尊属からの贈与の特例税率は一般税率より低く設定されている。贈与税の基礎控除額110万円を控除した金額が300万円を超えると直系尊属からの贈与の場合には軽減税率となり、一般税率と税負担に差が生じる。 本改正によりこれまでより2年早く軽減税率の恩恵を受けることができる。 (2) 直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の非課税 直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合に贈与税が非課税となるための受贈者の要件として、贈与を受けた時に贈与者の直系卑属(贈与者は受贈者の直系尊属)であり、受贈者が贈与を受けた年の1月1日において、「20歳以上の者」とされていたところ、「18歳以上の者」に改正された。 また、相続時精算課税制度を選択して住宅取得等資金の贈与を受ける場合も、同様に贈与を受けた年の1月1日において、18歳以上の者が適用対象となるよう改正された。 なお、暦年贈与を選択する場合と相続時精算課税制度を選択する場合には受贈者の要件に次の相違点があることに留意する。 暦年贈与を選択した住宅取得等資金の非課税制度の場合、受贈者は贈与者の直系卑属であればよく、推定相続人又は孫である必要はない。つまり、ひ孫でも受贈者となることができる。一方、相続時精算課税制度を選択する場合には、贈与者の直系卑属(子や孫など)である推定相続人又は孫であることが必要となる。 (3) 相続時精算課税制度(受贈者に孫等を含めた適用者の特例を含む) 適用時期は令和4年4月1日以後の贈与で、贈与を受けた年の1月1日において18歳以上が適用対象となる。 収益を生む資産を贈与するような場合では、これまでより2年早く相続時精算課税制度が利用できるようになるため、今までより2年分の収益を早めに贈与することができる。 (4) 直系尊属から結婚・子育て資金の一括贈与を受けた場合の非課税 令和4年4月1日以後の信託受益権又は金銭等の取得についての年齢要件は改正前の「20歳以上50歳未満」から「18歳以上50歳未満」となる。つまり、信託契約時点で18歳以上49歳までの子、孫への贈与が対象となる。 ただし、贈与者が死亡した時点で、残額は相続財産とされ、相続税の課税対象となる。この場合、相続税額の2割加算の適用はなかったが、令和3年度税制改正において、受贈者が贈与者の子以外(孫等)である場合の相続税額の計算にあたっては、管理残額のうち令和3年4月1日以後拠出分に対応する相続税額については、相続税額の2割加算の対象となる改正が行われていることに留意する。 (5) 非上場株式等に係る贈与税の納税猶予(一般措置と特例措置) 適用時期は令和4年4月1日以後の贈与で、贈与時において、受贈者の年齢が18歳以上の者が対象となる。 (6) 個人事業者の事業用資産に係る贈与税の納税猶予制度 対象となる認定受贈者の年齢要件は贈与時に18歳以上と定められているが、令和4年3月31日までの贈与については改正民法の施行前であることから20歳以上となる。 (7) NISA(少額投資非課税制度)及びつみたてNISA NISA(少額投資非課税制度)及びつみたてNISA口座を開設することができる年齢が、その年1月1日において18歳以上に引き下げられる。 適用対象は、令和5年1月1日以後に開設される非課税口座である。 1月1日時点での年齢判断になるため、口座開設時の実年齢ではない点に留意が必要である。 2 税負担が増加する項目 (1) 相続税の未成年者控除 相続税の未成年者控除は、「相続人が18歳になるまでの年数 × 10万円」が控除額となる。改正前は「20歳になるまでの年数」だったため、改正により控除額が減少する。 さらにこの未成年者控除は、相続人である未成年者において相続税額がない場合においても、その者に係る未成年者控除額は、その未成年者の扶養義務者の相続税額から控除することができるため、扶養義務者の相続税額にも影響するものと考えられる。 適用時期は令和4年4月1日以後の相続又は遺贈である。 (2) 個人住民税 未婚の未成年者で前年合計所得金額135万円以下は非課税となる。 また、未成年者であっても、婚姻している場合には、住民税は成年者と同様に取り扱われる。 (3) ジュニアNISA(未成年者少額投資非課税制度) ジュニアNISA(未成年者少額投資非課税制度)を開設することができる年齢が、その年の1月1日において18歳未満に引き下げられる。 令和5年1月1日以後に開設される未成年者口座等が対象となり、1月1日時点での年齢判断になるため、口座開設時の実年齢ではない点に留意が必要である。 3 未成年者の申告行為 納税者の行う税務申告の性質について、昭和36年7月5日税制調査会答申の説明では「納税者が申告するということは、これらの基礎となる要件事実を納税者が確認し、定められた方法で数額を確定してそれを政府に通知するにすぎない性質のものと考えられるから、それを一種の通知行為と解することが適当であろう」としている。 つまり、税務申告は一種の通知行為であり、法律行為ではないとしている。その立場に立つと、未成年者が行う納税申告は親権の対象とはならず、親権者が代理をする又は同意を与える必要がないこととなり、未成年者が単独で行えばよいことと考えられる。 ただし、未成年者が意思無能力者である場合には、法定代理人である親権者が行うことと考えられる。その場合には、親権者は未成年者とともに氏名、住所を記載して申告しなければならない(通法124)。 なお、特別代理人は家庭裁判所の審判で決められた行為についてのみ代理権を行使することができるとされているため、一般的に遺産分割のみ権限が認められており、税務申告の代理権は与えられていない。 (了)
相続税の実務問答 【第70回】 「消滅時効が完成した借入金の控除」 税理士 梶野 研二 [答] お父様が叔父様から借りていた200万円は、確実な債務とは認められませんので、相続税の計算上、債務控除の対象とはなりません。 なお、叔父様が受け取った200万円については、貸付金の返済を受けたものと認められますので、贈与税又は所得税が課税されることはありません。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 相続税の債務控除の対象となる債務 相続、包括遺贈及び被相続人からの相続人に対する遺贈により取得した財産について、相続税の課税価格に算入すべき価額は、その財産の価額から次の①及び②に掲げるものの金額のうちその者の負担に属する部分の金額を控除した金額によることとされています(相法13①、14①)。 (注) 相続、包括遺贈及び被相続人からの相続人に対する遺贈により財産を取得した者が、相続税の制限納税義務者である場合には、①のうち一定のものの金額については、控除できますが、②については控除することができません(相法13②)。 上記①の「確実と認められるもの」とは、債務の存在及び履行の確実性を意味するものと解され(昭和55年7月29日裁決・裁決事例集第20集187頁)、履行するかどうかが債務者又はその相続人等の任意の選択に委ねられているものは「確実と認められるもの」には当たらないと解されます。 2 消滅時効とその援用 民法は、債権は時効によって消滅すると定めていますが (民法166①)、時効期間が満了しただけで債権債務関係が消滅するわけではありません。時効による消滅の効力を生じさせるためには、時効によって利益を受ける者、すなわち債務者が時効が成立したことを主張すること(時効の援用)が必要です(民法145)。 時効の援用が行われるまでは、債権債務関係は継続しており、債権者は履行を求めることができます。これに対して債務者は時効を援用することにより債務の弁済を拒絶することができ、履行の義務から解放されることとなります。 このため相続開始の時において既に消滅時効が完成し、債務者であった被相続人がいつでも時効を援用することにより消滅させることができる状態にあった債務は、上記1の①の「確実と認められるもの」には該当しないものとして取り扱われています(相基通14-4)。 したがって、被相続人の債務について、相続開始の時に、既に時効が成立しているにもかかわらず、相続人が時効の援用をすることなく当該債務を弁済したとしても、相続税の課税価格の計算上、当該債務は債務控除の対象とすることはできません。 3 ご質問の場合 お父様は亡くなられる15年前に、叔父様から200万円を借り、その返済をしていないとのことですし、叔父様から返済を免除されたこともないとのことです。そうしますと消滅時効の中断や停止の事由(又は更新や完成猶予の事由)がない限り、お父様の叔父様からの借入金200万円は債権の消滅時効期間である10年が経過することにより、消滅時効が完成することとなります(平成29年改正前の民法167①、平成29年改正民法附則10①)。しかし、お父様は消滅時効を援用していないとのことですので、お父様の相続開始時にはこの借入金債務は消滅していません。 あなたは、お父様から承継した借入金債務について、時効の援用をすることなく、弁済をしましたので、これが相続税の課税価格の計算上債務控除の対象となるのではないかとお考えになるかもしれません。 しかしながら、時効期間を満了した債務については、いつでも消滅時効を援用することにより、消滅させることができますので、あなたは、時効の援用をすることにより、心情的にはともかく、法的にはこの借入金債務を消滅させることができました。このような債務は、確実と認められる債務とはいえませんので、相続税の課税価格の計算において債務控除の対象とすることはできません。 なお、叔父様があなたから受け取った200万円については、ご質問の事実関係の下では、貸付金の返済として受け取ったものと認められますので、贈与税や所得税が課税されることはありません。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第33回】 「海外居住者が自宅敷地を取得した場合の特定居住用宅地等の特例の適否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲(相続開始日:令和4年4月17日)は、東京都内にあるA土地及び家屋を所有し、相続開始の直前において1人で居住していました。甲は日本人であり、海外に居住したことはありません。甲の相続人は長女と二女の2人のみであり、そのA土地及び家屋を長女と二女が2分の1ずつ取得しました。 長女及び二女は、取得したA土地について特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用を受けることは可能でしょうか。 長女と二女の居住状況等は、下記のとおりとなります。 【相続人の居住状況等】 長女及び二女は、引き続き海外に居住しており、相続したA土地及び家屋は、相続税の申告期限において未利用で保有しています。 [A] 長女は特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の適用を受けることができませんが、二女は、他の要件を満たせばA土地の面積の2分の1に相当する部分について特例の適用を受けることができます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定居住用宅地等に係る別居親族の要件 被相続人の居住用宅地等を取得した親族が次に掲げる要件の全てを満たすことが要件となります(措法69の4③二ロ、措令40の2⑭⑮、措規23の2④)。 2 相続税の納税義務者について 相続税の納税義務者の区分は、下記の5つに区分がされており、その区分ごとの課税範囲は下記のとおりとなります(相法1の3、2)。 上記⑤の特定納税義務者は、相続又は遺贈で財産を取得しなかった者で被相続人から相続時精算課税贈与に係る贈与財産を取得した者が対象となりますが、小規模宅地等の特例は相続又は遺贈により財産を取得した者が対象となり、相続時精算課税贈与により受けた財産については、対象とはなりません(連載【第1回】で解説)。 したがって、特定納税義務者はそもそも小規模宅地等の特例の対象者とはなりません。 特定納税義務者を除く相続税の納税義務者について整理すると下記のとおりとなります(網掛け部分が特例の対象となる納税義務者となります)。 〈納税義務者の範囲(特定納税義務者を除く)〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※1) 相続開始の時において在留資格(出入国管理及び難民認定法(昭和26年政令第319号)別表第1(在留資格)の上欄の在留資格をいう。以下同じ)を有する者であって当該相続の開始前15年以内において国内に住所を有していた期間の合計が10年以下であるものをいう。 (※2) 相続開始の時において、在留資格を有し、かつ、国内に住所を有していた被相続人をいう。 (※3) 相続開始の時において国内に住所を有していなかった被相続人であって、当該相続の開始前10年以内のいずれかの時において国内に住所を有していたことがあるもののうちそのいずれの時においても日本国籍を有していなかったもの又は当該相続の開始前10年以内のいずれの時においても国内に住所を有していたことがないものをいう。 長女は、相続開始時において国内に住所を有しておらず、日本国籍ありで10年以内に国内に住所なしに該当しますが、甲は外国人被相続人ではないため、非居住無制限納税義務者に該当します。 二女は、相続開始時において国内に住所を有しておらず、日本国籍なしに該当しますが、甲は外国人被相続人ではないため、非居住無制限納税義務者に該当します。 3 本問への当てはめ 本問の場合には、上記1の要件のうち①、④及び⑤の要件に注意する必要があります。 ◆長女について 〔上記1①の要件について〕 長女は非居住無制限納税義務者に該当しますので、上記1①の要件は満たします。 〔上記1④の要件について〕 「相続開始前3年以内に日本国内にある当該親族、当該親族の配偶者等が所有する家屋に居住したことがないこと」とされており、あくまでも別居親族等が所有する国内にある家屋に居住したことがないことが要件となっていますので、国外にある家屋を長女が所有し、居住していても要件は満たされることになります。 〔上記1⑤の要件について〕 「相続開始時に、当該親族が居住している家屋を相続開始前のいずれの時においても所有していたことがないこと」とされており、上記1④の要件とは異なり、国内にある家屋に限定していませんので、相続開始時に長女が居住している家屋を長女が所有していたことがあれば、要件を満たさないことになります。 したがって、上記1⑤の要件を満たしませんので、特例の適用を受けることができません。 ◆二女について 〔上記1①の要件について〕 二女は非居住無制限納税義務者に該当しますので、上記1①の要件は満たします。 〔上記1④の要件について〕 「相続開始前3年以内に日本国内にある当該親族、当該親族の配偶者等が所有する家屋に居住したことがないこと」とされており、あくまでも別居親族等が所有する国内にある家屋に居住したことがないことが要件となっていますので、国外にある家屋を二女の配偶者が所有し、居住していても要件は満たされることになります。 〔上記1⑤の要件について〕 「相続開始時に、当該親族が居住している家屋を相続開始前のいずれの時においても所有していたことがないこと」とされており、家屋の所有者の制限は、土地を取得した当該親族に限定されており、二女の配偶者が家屋を所有していても、要件は満たされることになります。 したがって、二女は他の要件を満たせばA土地の面積の2分の1に相当する部分について、特例の適用を受けることができます。 ★実務上のポイント★ 海外居住者が相続人である場合には、特例の対象となる納税義務者の範囲をしっかりと確認することが重要となります。国外の居住用不動産を別居親族が所有しているのか、別居親族の配偶者が所有しているのかについても確認する必要があります。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第37回】 「事前確定届出給与を全額無支給とする場合の留意点」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 事前確定届出給与に関する届出書に記載した支給額を支給しなかった場合 事前確定届出給与制度に関して、「届出書の提出失念」や「記載額と異なる額の支給」というミスによって実際の支給額が損金不算入となってしまうというケースは、税務において頻出論点である。税理士職業賠償責任保険に示される事故事例に多くの事例が掲載されていることからも、消費税の納税ポジション選択ミスと並ぶ、全ての税目においても代表的ミスだといっていいだろう。 したがって、税理士にとって、クライアントが届出書に記載した内容通りに事前確定届出給与を支給しているかどうかという点は最も注意すべきポイントであるが、資金繰りの悪化等が要因となり、届出書を提出しているにも関わらず、事前確定届出給与を支給しないことを選択したがる法人もあるかもしれない。 ここで、事前確定届出給与は届出書記載額と実際に支給した額に不一致があった場合、当該支給額全額が損金不算入となる点を逆説的に解し、全くの無支給とした場合には損金不算入額がゼロとなることから、税務上問題ないと一般に認識されている(【第14回】参照)。 しかし、この認識は、事前に定め、提出した届出書に記載した支給時期までに、株主総会等で事前確定届出給与とした額を無支給とすることを改めて決議し、支給対象となった役員が支給を辞退するという所定の手続き(以下、「所定の手続き」という)が前提となっている。 というのも、会社法330条では、会社と役員との関係は委任関係にあると示され、民法648条1項及び2項では、報酬支払の特約があれば受任者は委任事務を履行した後に報酬を請求でき、また、期間によって報酬を定めている場合には、その期間終了後において報酬を請求できる旨が示されている。これらのことから、実務上は支給時期において法人に報酬支払義務が発生すると考えられている。 また、最高裁平成4年12月18日判決において、「株式会社において、定款又は株主総会の決議(株主総会において取締役報酬の総額を定め、取締役会において各取締役に対する配分を決議した場合を含む。)によって取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するから、その後株主総会が当該取締役の報酬につきこれを無報酬とする旨の決議をしたとしても、当該取締役は、これに同意しない限り、右報酬の請求権を失うものではないと解するのが相当である(下線部筆者)」とされた事例等が参考となる(※1)。 (※1) 最高裁判所民事判例集46巻9号3006頁、TAINS:未登載。最高裁判所は、「この理は、取締役の職務内容に著しい変更があり、それを前提に・・・株主総会決議がされた場合であっても異ならない」とも示している。同旨の先例として、最高裁昭和31年10月5日判決(最高裁判所裁判集民事23号409頁、TAINS:未登載)がある。 (2) 所定の手続きを経ず、単に無支給とした場合 上記(1)に対し、上記所定の手続きを行わず、単に支給予定時期に支給しなかった場合には、債務免除益課税と源泉徴収義務の発生という2つのリスクが生じると考えられる。 ① 債務免除益課税の発生可能性 上記の通り、株主総会等で事前確定届出給与に関する支給を決議した場合、支給時期において当該役員は報酬請求権が発生する。すなわち、支給時期が到来した時点で所定の手続きを経ていない場合も同様に、当該報酬請求権が発生することとなる。その上で、当該役員が当該報酬請求権を放棄したと認定された場合、税務上は債務免除益として扱うこととなる。もっとも、上記の通り、債務免除益認定のためには当該役員の同意が必要となるが、明示又は黙示の同意があると推認できる状況であればその可能性は高いのではないだろうか(※2)。 (※2) この点、所有と経営が一致する同族会社であればその可能性はより高いだろう。 【届出書に10,000を支給すると記載した場合の仕訳】 なお、実際の支給額はゼロであることから、届出書記載額と支給額が相違し、損金不算入額がゼロとなる一方で、債務免除益が具現化することとなる。 ② 源泉徴収義務の発生可能性 ①に加え、源泉徴収義務も発生する可能性がある。すなわち、所得税基本通達28-10において「給与等の支払を受けるべき者がその給与等の全部又は一部の受領を辞退した場合には、その支給期の到来前に辞退の意思を明示して辞退したものに限り、課税しないものとする」と示されている。 したがって、この点からも支給対象となった役員が支給時期までに支給を辞退しておくことが必要である。 * * * 翻せば、上記所定の手続きを行うことで、役員には報酬請求権が発生せず、課税上の弊害は生じないこととなり、上記の一般的な認識と一致する。 (3) 業績悪化改定事由との関係 事前確定届出給与には、定期同額給与と同じく業績悪化改定事由による変更が認められており(法令69⑤二)、「当該事業年度において当該内国法人の経営の状況が著しく悪化したことその他これに類する理由」がある場合には、「事前確定届出給与に関する変更届出書(以下、「変更届出書」という)」の提出により、当初提出した届出書に記載した内容の変更が認められる。 業績悪化改定事由は、【第14回】で触れた通り、経営状況が著しく悪化した場合等、やむを得ず役員給与を減額せざるを得ない客観的事情があることが必要となるため、単なる資金繰りの悪化や目標値未達成等はこれに該当しない(法基通9-2-13)。したがって、事前確定届出給与を無支給とする判断に至った背景に鑑み、変更届出書の提出が可能か否かについても検討する必要があるだろう。 その上で、業績悪化改定事由に該当しない場合には、上記所定の手続きが必要となる。ここで、上記所定の手続きは法人内部の手続きであるため、課税当局にとっては、提出された確定申告書一式だけでは適正に処理が行われているか不明な状態にある。むしろ、当初提出された届出書に支給額の記載があり、勘定科目内訳明細書には支給をした旨の記載がないことから、確定申告書を精査した段階で疑問に感じるかもしれず、税務調査に移行して議事録等を確認しなければ、所定の手続きが行われているかが確認できない立場にあるだろう。 この点、考えられる対応として、税理士法33条の2に示される書面添付制度を活用して当該内容を明記することが一案である。また、実務上の方法として、提出済みの届出書を取り下げる旨の書面(以下、「取下げ書」という)を提出することも考えられる。もっとも、取下げ書による場合、法に定められた手続きではないため、事前に所轄税務署の担当部署に連絡した上で提出することが親切・安全かつスマートな対応だといえよう。 (了)