〈会計基準等を読むための〉 コトバの探求 【第3回】 「「資本」を見たら要注意」 公認会計士 阿部 光成 ◆はじめに 会計基準では「資本」の用語がよく見られる。 資本の用語は、その使用する場面が詳細に規定されているので、注意が必要と思われる。 そこで今回は、「資本」という用語について取り上げることとした。 ◆純資産の部と資本 「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準等の適用指針」(企業会計基準適用指針第8号)では、個別財務諸表の純資産の部の表示を次のように示している。 ここでは、株主資本、資本金、資本剰余金という「資本」が含まれる用語が使用されている。 ◆企業結合会計に注意せよ 「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第10号)の「取得企業の増加資本の会計処理」において、新株を発行した場合の会計処理として次のことが規定されている(79項)。 ここで使用されている「資本」に関する用語は次のとおりである。 冒頭で「資本」に関する用語の使い方に注意が必要と述べたのは、特に企業結合会計の際に、これらの用語が使い分けられているからであり、会計処理などを誤る可能性が高いと思われるからである。 ◆貸借対照表の区分 企業会計基準委員会は、純資産の部と資本の用語について、次のように説明している。 2005年の「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」(企業会計基準第5号。以下「純資産会計基準」という)の公表前においては、貸借対照表上で区分されてきた資産、負債及び「資本」の定義は必ずしも明示されていないとしつつ、次のように理解されていたとする(18項)。 また、純資産会計基準の公表前において、貸借対照表は、「資産の部」「負債の部」及び「資本の部」に区分するものとされ、さらに資本の部は、会計上、「株主の払込資本」と「利益の留保額(留保利益)」に区分する考え方が反映されてきた(13項)。 純資産会計基準では、資本と利益の連繋を重視し(純資産会計基準29項、30項)、「資本」については、「株主に帰属するもの」であることを明確にした。 さらに、資産や負債を明確にすれば、これらの差額がそのまま「資本」になるとは限らず、貸借対照表の区分において、「資本」とは必ずしも同じとはならない資産と負債との「単なる差額」を適切に示すように、これまでの「資本の部」という表記を「純資産の部」に代えたのである(純資産会計基準21項)。 ◆連結会計基準 2013年9月13日、「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号)が改正された。 連結会計基準の公開草案では、「平成XX年改正会計基準では、非支配株主との取引を損益取引とせず資本取引として扱うこととした(第28項から第30項参照)」(公開草案51-2項)と記載し、「資本取引」の用語で説明されていた。 この公開草案に対して、次のコメントが寄せられたのである(論点の項目、各論(2))。 上記のコメントを受け、企業会計基準委員会は、「資本取引」の用語は使用せずに会計処理を記載することとし、現行の連結会計基準では、支配が継続している場合の子会社に対する親会社の持分変動による差額は、資本剰余金とするという表現を用いている(連結会計基準28項~30項、51-2項)。また、「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」(会計制度委員会報告第7号)でも、資本取引の用語は使用されていない。 一方、「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」(企業会計基準第1号)36項、57項や、「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」82項、114項、253項のように、「資本取引」の用語も見られるところである。 以上の会計基準等の規定を見てもわかるように、「資本」や「資本取引」の用語の使用には注意が必要と思われる。 (了)
〔これなら作れる ・使える〕 中小企業の事業計画 【第3回】 「予想貸借対照表の作成手順」 税理士・中小企業診断士・ITストラテジスト 高畑 光伸 前回までは損益計画・資金計画の作成を中心に解説した。 第3回では、予想貸借対照表の作成について確認する。予想貸借対照表の作成について、個人事業主の事業計画で求められる場合は少ないが、法人の事業計画で求められる場合がある。 1 作成手順の確認 現時点の貸借対照表は次のとおりとする。 〈貸借対照表(要約)〉(単位:万円) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 まずは、予想損益計算書の作成を通じて、最終利益(純資産の部の残高)を確定する(【第2回】参照)。予想貸借対照表の各勘定科目の残高は、予想損益計算書(経営活動)の結果である。 次に、負債の部の残高を確定させ、貸借対照表の貸方の金額を決める。最後に、資産の部の残高を確定させ、貸借対照表の借方の金額を決めて、差額で現金預金を計算する。 〈予想損益計算書〉(単位:万円) 消費税の経理処理について、税抜経理方式で全額控除を仮定すれば、 より、未払消費税等は、 となる。 運転資本(売上債権・棚卸資産・仕入債務)に変化がないと仮定すれば、予想貸借対照表(要約)は次のようになる。 〈予想貸借対照表(要約) 〉(単位:万円) ※①剰余金=8,000+当期純利益322=8,322 ※②借入金=10,000-返済額700=9,300 ※③固定資産=15,000-減価償却費1,000=14,000 ※④現金預金=貸借差額 現金預金の増減額622(=2,422-1,800)は、資金計画表の正味CFの金額と一致することになる。そして、正味CFから未払消費税等482を控除すると、現金預金増減額140と一致する。 〈資金計画表〉 (単位:万円) ※⑤現金預金増減額=2,422-482-1,800=140 なお、売上債権・仕入債務に、仮受消費税等・仮払消費税等を考慮すると、予想貸借対照表(要約)は次のようになる。 〈予想貸借対照表(要約)〉 (単位:万円) 2 運転資本を考慮するケース 上記の設定では、運転資本の増減を考慮しないケースで確認してきたが、ここでは運転資本を考慮するケースで確認する。 運転資本は、売上債権、棚卸資産、仕入債務の3つの項目の総称である。特段の事情がない限り、売買条件、在庫の消化スピードなどは大きく変化がないものとしてシミュレーションすることになる。 まず、過去のデータから、売上債権回転期間、棚卸資産回転期間、仕入債務回転期間の数値を計算する。たとえば、棚卸資産回転期間は棚卸資産が1回転するのに何ヶ月かかるのかを測る指標で、棚卸資産が何ヶ月(何日)分の在庫量に相当するかを示している。 次に、回転期間の数値(実績値)をもとにして、売上債権、棚卸資産、仕入債務を求める計算式に展開する。 仮に過去のデータから、 が計算されたとする。 これを上記に当てはめると、次のように計算される。 よって、予想貸借対照表(要約)は次のようになる。 〈予想貸借対照表(要約)〉 (単位:万円) なお、事業計画の作成の際に、過去のデータの回転期間をそのまま適用する必要はない。たとえば、販売戦略によって棚卸資産の消化スピードが速くなることが見込まれるのであれば、回転期間を短く設定することも可能である。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第33話】 「新型コロナウイルスと給付金」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「10万円か・・・」 浅田調査官はそうつぶやくと、振り返って中尾統括官を見る。 中尾統括官は毎月の事務計画の策定で、電卓を叩いている。 「統括官。」 浅田調査官が、声をかける。 「・・・」 しばらくして、中尾統括官は、顔を上げる。 「なんだ?」 少し機嫌の悪そうな返事である。 「10万円の給付金ですよ・・・これってすべての国民が対象となっていますから、税務職員ももらえるのですよね?」 浅田調査官は、ニコニコしながら尋ねる。 「それは・・・新型コロナウイルスの感染拡大を受けて全国民に1人当たり10万円を配るという給付金だな。」 中尾統括官は、浅田調査官を見る。 「ええ。」 浅田調査官は大きく頷く。 「全国民なのだから、税務職員ももちろんもらえる・・・おまけに所得制限がないから、富裕層と言われる人にも支給される。」 中尾統括官は、「・・・年齢、職業も関係なく支給される」とさらに付け加える。 「・・・しかし、我々のような公務員は・・・今回の新型コロナウイルスで、それほど減収にならないのでは・・・」 浅田調査官は、真面目な顔になる。 「ところで統括官、日本の公務員の数をご存じですか?」 浅田調査官がおもむろに尋ねる。 「公務員の数?・・・国家公務員と地方公務員がいるよな・・・」 中尾統括官は思案顔になる。 「先ほどグーグルで調べたのですが・・・国家公務員が641千人、地方公務員が2,752千人で、およそ3,393千人いるらしいのです・・・」 浅田調査官は、スマートフォンを取り出して、あらためて確認する。 「この公務員3,393千人の平均世帯人数を3人と仮定すると約1,000万人になり、それに10万円を単純に乗じると、金額は1兆円ぐらいになります・・・」 浅田調査官は、机の上の罫紙に、ゼロを並べる。 「統括官・・・“1兆”って、ゼロが何個あるかご存じですか?」 罫紙にゼロを書きながら尋ねる。 「・・・兆は10の12乗だから・・・ゼロは12個だ。」 中尾統括官は、中学生レベルの質問に、憮然と答える。 「私は・・・実のところ、公務員の世帯には、給付金は渡さなくても良いと思っているんですが・・・統括官はどう思われますか?」 浅田調査官は中尾統括官を見る。 「まぁ・・・我々公務員の給与は・・・つまるところ、税金から出ているのだから・・・」 中尾統括官は、自虐的に言う。 「ところで新聞によれば、この10万円の給付金は、非課税にすると報道されていたが・・・君は・・・どう思う?」 今度は中尾統括官が質問する。 「そうですね・・・給付金は本来・・・一時所得に該当すると思います。・・・そして、一時所得であれば50万円の特別控除額があるから、実質的に課税されないのに・・・なぜ非課税にするのですか?」 浅田調査官は、頸を傾げながら、尋ねる。 「もし生命保険の一時金など他の一時所得があった場合に、50万円の特別控除額を超えて課税されることから、非課税としたらしい・・・と新聞に書いてあるが・・・」 中尾統括官は答える。 「そんな一時金を受け取るような人は、課税すればいいじゃないですか。」 浅田調査官は、反論する。 「私は・・・給付金を全国民に支給するならば、一時所得ではなく、雑所得として課税すると、別途、法律で規定すればいいと思います・・・もともと一時所得と雑所得は、利子所得から譲渡所得の8つの所得に該当しないもので・・・その中で、①非継続要件と、②非対価要件の2つを満たせば、一時所得であるされています。」 そう言いながら、浅田調査官は、罫紙に図を描く。 「この図から見てもわかるように、本来、給付金は一時所得に該当しますが・・・とりあえず法律で、給付金はすべて雑所得として、課税の対象とする、としたうえで・・・生活に困窮している人は、給付金の10万円を受けても、課税されない・・・また、そうでない人、すなわち新型コロナウイルスの影響を受けない納税者は、雑所得として税金を支払ってもらう・・・そうすることによって、財源として総額12兆6,000億円が必要といわれる給付金は、減少するのではないかと思うのです。」 浅田調査官の言葉は、力がこもる。 「なるほど・・・」 中尾統括官は、浅田調査官の爽やかな弁舌に、すこぶる感心する。 「・・・多くの国会議員や富裕層の人は、もちろん、給付金を受け取らないかもしれませんが、これも法律で、給付金を受け取らなくても、すべての納税者は、10万円の給付金を受け取ったものとして、所得税を課税(みなし所得課税)することも考えたらよいのではないかと思います・・・もっとも、給与所得のみの場合、所得税法121条で、他の所得が20万円以下であれば、申告する必要はないとされていますが・・・」 浅田調査官の説明に、中尾統括官は大きく頷く。 (つづく)
《速報解説》 金融庁、「新型コロナウイルス感染症の影響に関する記述情報の開示Q&A」を公表 ~投資家が期待する好開示のポイントを10の視点から紹介~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020(令和2)年5月29日に、金融庁は、「新型コロナウイルス感染症の影響に関する記述情報の開示Q&A-投資家が期待する好開示のポイント-」を公表した。 また、「有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項及び有価証券報告書レビューの実施について(令和2年度)」(令和2年3月27日公表、5月21日更新)を、5月29日に再度更新し、有価証券報告書提出会社が提出する「調査票」の記載内容を見直している。 企業に対して、当該Q&Aを参考に、新型コロナウイルス感染症の影響について充実した開示を行うことが強く期待されている。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 新型コロナウイルス感染症の影響に関する記述情報の開示Q&A 有価証券報告書の記述情報における新型コロナウイルス感染症の影響に関する開示について、10個のQ&Aにまとめている。 以下では主なものについて解説する。 1 経営方針、経営環境及び対処すべき課題等の記載内容(Q1) 2 事業等のリスクの記載内容(Q2) 3 事業等のリスクの対応策の記載内容(Q3) 4 経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)の記載内容(Q4) 5 キャッシュ・フロー分析の記載内容(Q5) 6 会計上の見積りの記載内容(Q6) 7 監査役等の活動状況の記載内容(Q7) 8 役員報酬の記載内容(Q8) 9 政策保有株式の記載内容(Q9) 10 将来情報における事後的な事象の変化に係る開示の考え方(Q10) Ⅲ 有価証券報告書レビューによる対応 有価証券報告書提出会社が提出する「調査票」において、「新型コロナウイルス感染症の影響に関する企業情報の開示」に関する調査項目が記載されている。 (了)
2020年5月28日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.371を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第71回】 「コロナ対策後を考える」 税理士 山本 守之 1 経営理念が変わった 新型コロナウイルスで業績が落ち込んだ企業に対して、世界45ヶ国以上の年金基金や運用会社からなる国際コーポレートガバナンス・ネットワークは、「従業員の解雇は避けるべきだ」という方針を公開しました。 つまり、まず従業員や取引先に配慮すべきであり、株主への配当や役員給与を減らすことを容認すべきだということです。 金融危機の時には、従業員の削減で利益や資本金を確保し、株主への配当や自社株買いを優先してきた米国企業ですが、その考え方がもたらした格差拡大により社会を分断してきたことを反省したのでしょう。 つまり、「長期的成長を優先し雇用を守る」という考え方が出てきたのです。 「会社は株主のもの」、「会社の業績が落ちたら従業員を切ればよい」という米国社会が変わってきたのです。 これは、コロナウイルス対策が生んだ新しい経営理念かもしれません。 2 コロナ対策に望むもの 「経済を殺さずに抜本的な対策をとるべきで、全国民を検査し、現実を把握すべきであり、出入国の検査を徹底し、困窮者は全員救済すべきだ」とし、1人一律10万円の給付を行うことはいいのですが、「産業振興とセットでコロナ後を見据えた経済対策を考えるべきだ」という声も上がってきています。また、「国からお金をもらう習慣ができてはいけない」という考え方もあります。 「稼ぐ力を弱めるコロナウイルス対策で、経済を犠牲にしてはいけない」という声もあります。これはスウェーデンを見習えということです。スウェーデンでは、厳しい行動制限を設けない独自のコロナ対策のスタイルを貫いています。 コロナウイルス収束に向けての休業要請は理解できますが、国民の一部がパチンコ、ドライブ、サーフィンなどに夢中になっているのは、どうなのでしょうか。 コロナウイルスと共に生きるためにも、企業はもっと知恵を絞らなければなりませんし、赤字国債を支えるために、日銀は買い入れ額の無制限引き受けも考えるべきでしょう。 3 コロナ後も含めた財政 現在、わが国はコロナウイルス対策として、給付金等を赤字国債からまかなっています。1人一律10万円の給付だけでなく、人件費の負担に対する雇用調整助成金、家賃・地代等の固定費に対する給付等により、赤字国債はとめどなく膨らんでいます。 しかし、少子高齢化のなかで社会保障費は年々増え続けることは覚悟していたはずですが、令和2年に社会保障の増額に対して赤字国債を出したことはどうなのでしょうか。 大法人の留保金が多額となっており、それを使った場合には税額控除ができるようになっています。 コロナウイルス対策費に対して赤字国債を充てることは当然のものとされますが、社会保障の財源になぜ赤字国債を使ったのかわかりません。 コロナウイルス後の予算では赤字国債を使うことは許されません。税収でまかなうべきであり、その財源確保の際は、不公平とされる税制を見直すチャンスだと思います。 税収が不足するならば、「高額所得者に税を負担してもらう」という国民世論が恐らく出てくるはずです。 コロナウイルスを機に、不公平であった税制の是正が必要です。「コロナウイルスが税制を正した」と言える日が来ることを願います。 4 コロナ対策が教えてくれること コロナウイルス対策のなかで、私たちはさまざまなことを学びました。「法人は株主のものだ」、「利益が落ち込んだら雇用人員を削減して利益を維持する」などの資本主義の考え方でM&Aを説いてきた金融社会学者が、従業員の雇用を奪うことなく、従業員と一体となった会社経営のあり方を考えるようになりました。 こうなると、税務の世界でも当然と考えていた事柄を反省し、考え直さなければならないでしょう。 戦時立法による寄附金の損金不算入はそれでよかったのか。店が減り、倒産寸前の飲食店を助ける金は損金不算入でよいのか。交際費等の損金不算入も単純な議論で受け止めてきましたが、それでよいのか。役員給与の原則損金不算入の規定は立法作法に反していなかったか。わが国の税法のあり方を民間の力で考え、直していく必要はないのかなど、筆者もテレワークのなかで落ち着いて日本の税法のあり方を問いただしています。 企業に対して上から目線で考える税法や通達に対して、改めてただしていく必要があるのではないでしょうか。 税務の道へ入って87歳(原稿執筆時点)になった今でも、税理士としての生き様を追求していきたいと考えている今日です。 「税理士になってよかった」という人生のために。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第36回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -不当性要件と経済的合理性基準(2)- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回は、同族会社の行為計算否認規定の不当性要件について、判例・学説における経済的合理性基準の形成・展開の過程を辿ったが、今回からは、経済的合理性基準の意味内容について検討することにする。 今回は、IBM事件・東京高判平成27年3月25日訟月61巻11号1995頁が示した不当性要件の解釈を、前回その展開過程をみた金子宏教授の見解と比較検討しながら、経済的合理性基準の意味内容について検討することにしたい。 IBM事件については、不当性要件に関する要件事実論がおそらく初めて正面から争われたものと思われることから、既に第11回で「租税法律主義と実質主義との相克-税法上の目的論的事実認定の過形成③-」として、要件事実論の観点から、東京高判における不当性要件に係る事実判断の構造を検討したが、今回は、そこでの検討と重複するところもあるものの、その事実判断の構造の基礎にある不当性要件の解釈論それ自体について検討することにする。 なお、以下の検討は、税法の解釈論のレベルでの不当性要件の検討であり、第11回とは議論のレベルを「一応」(第11回の検討が不当性要件の解釈論を前提とするという意味で「一応」)異にするが、それでも、両方のレベルを通じて筆者の基本的な考え方は同じであり、その意味では、以下の検討も、拙稿「租税回避否認規定に係る要件事実論」伊藤滋夫=岩﨑政明編『租税訴訟における要件事実論の展開』(青林書院・2016年)276頁、287頁以下をベースにしたものである。 Ⅱ IBM事件・東京高判による不当性要件の解釈 まず、国(被告・控訴人)は、原審・東京地裁段階では、不当性要件の解釈として次のような見解を主張していた(訟月61巻11号2127頁。下線筆者)。 国は、このような解釈に基づき、不当性要件という規範的要件の評価根拠事実として、「①原告をあえてAb[=日本IBM]の中間持株会社としたことに正当な理由ないし事業目的があったとはいい難いこと、②本件一連の行為を構成する本件融資は、独立した当事者間の通常の取引とは異なるものであること及び③本件各譲渡を含む本件一連の行為に租税回避の意図が認められること」を挙げていたが(訟月61巻11号2043-2044頁)、東京地判平成26年5月9日訟月61巻11号2041頁が①②③のいずれについても国側の主張立証を認めなかったので、控訴審段階で次のとおり主張を変更した(訟月61巻11号2012頁。下線筆者)。 国のこのような主張変更を受けて、納税者(原告・被控訴人)は「控訴人が当審で主張する『独立当事者間の通常の取引と異なる場合には、原則として、経済的合理性を欠く』とする具体的判断基準は誤りである」として次のとおり主張した(訟月61巻11号2019頁。下線筆者)。 両当事者の以上の主張を受けて、東京高裁は、最高裁昭和53年判決と最判昭和59年10月25日裁判集民143号75頁(前回Ⅱ2参照)を参照した上で、次のとおり判示した(訟月61巻11号2024頁。下線筆者)。 この判示は、不当性要件の解釈論のレベルでは、国の主張する解釈と基本的には同じ解釈を示したものと解される(要件事実論のレベルでの違いについては第11回Ⅲ参照)。東京高裁は、次のとおり判示して(訟月61巻11号2024-2026頁。下線筆者)、納税者の前記主張を採用しなかった。 Ⅲ 不当性要件の解釈論のレベルでのIBM事件・東京高判の問題性 1 金子宏『租税法』との見解の相違 以上で、IBM事件における国の主張(原審段階と控訴審段階)、納税者の主張(控訴審段階)及び東京高裁の判断をみてきたが、これらにみられる見解の相違は、経済的合理性基準に関する金子宏教授の見解をめぐる理解の違いにも起因するように思われる。金子教授は、体系書『租税法』(弘文堂)の初版(1976年)から一貫して、経済的合理性基準(行為・計算が経済的合理性を欠いている場合)について、独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間の行為または計算(独立当事者間取引)と異なる場合(以下「独立当事者間取引基準」という)を問題にしてこられたが、上記の見解の相違は、とりわけ独立当事者間取引基準の理解の違いに起因するように思われる。 既に前回のⅢ2で述べたように、原審段階での国の前記主張は、当時の『租税法』(第2版~第16版)が、次のとおり(第2版273-274頁、第16版421頁。下線筆者)、経済的合理性基準とは2つの「場合」(そのうち2つ目の「場合」が独立当事者間取引基準)を「含む」としていたにもかかわらず、2つの場合を「いう」とする「誤解」(納税者の主張によれば、「2つの『場合』のいずれかに該当すれば、行為又は計算が経済的合理性を欠いている場合として同項の『不当』性を認定できる」(訟月61巻11号2196-2197頁)ことに帰着する「誤解」)に基づくものであったと考えられる。 その後、国は控訴審段階で主張(解釈)を改め、東京高裁も、原審段階での国の主張のような「誤解」はせず、経済的合理性基準には独立当事者間取引基準を「含む」との解釈を示したが、しかしながら、その解釈は、その約3年前における『租税法』第17版(2012年)での改訂を踏まえたものであったようには思われない。 金子教授は、『租税法』第17版での改訂に当たって、原審段階での国の主張にみられるような「誤解」を招かないようにするために、次の叙述により(第17版431頁。下線筆者)、2つの「場合」の意味ないし関係を明確にしようとされたのではないかと推察されるが(前回Ⅲ2参照)、納税者の主張を採用しなかった前記判示からすると、東京高裁はこの改訂の意味を正解した上で、あるいは少なくともこの改訂を踏まえた上で、不当性要件の解釈を示したようには思われないのである。 『租税法』第17版の上記の叙述において明らかにされたのは、経済的合理性基準は「それ[=行為・計算]が異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しない場合」(以下「租税回避基準」という)と言い換える(paraphrase)ことができ、独立当事者間取引基準がこれに当たると「解すべき場合が少なくない」ということである。 このように、金子教授の見解においては、不当性要件の解釈論のレベルで、「不当性要件=経済的合理性基準=租税回避基準」という等式で示される規範が明確に定立され、独立当事者間取引基準はこの規範への当てはめのレベルで用いられることも明確にされたと解される。すなわち、独立当事者間取引基準は、租税回避基準の一適用場面(ただし「少なくない」適用場面)として位置づけられたと解されるのである。 金子教授の見解をこのように整理・理解すると、納税者の前記主張は金子教授の見解に従ったものと解されるのに対して、東京高裁は金子教授の見解と異なる解釈を示したものと解される。一般に、法解釈のレベルで異なる見解が存在する場合、それらが許される法解釈の限界を超えない限り、いずれの見解も法解釈として成り立ち得るが(勿論、広く支持されるかどうかは別問題である)、しかし、不当性要件の解釈に関しては、東京高裁の解釈は、次の2で述べるとおり、租税法律主義の下で許される税法解釈の限界を超えるものであると考えられる。 2 「趣旨の措定」による目的論的解釈の過形成 東京高裁は、既にみたように、経済的合理性基準(次の段落での引用判示の1つ目の破線下線部)には独立当事者間取引基準(次の段落での引用判示の2つ目の破線下線部)を「含む」と判示する一方で、不当性要件の解釈論のレベルで経済的合理性基準について租税回避基準を採用しなかったが、その理由として、納税者の主張する解釈(租税回避基準)を採用すれば、「税務署長が法人税法132条1項所定の権限を行使することは事実上困難にな」り、「同族会社と非同族会社の税負担の公平を図るために設けられた同項の趣旨を損ないかねない」旨を説示した。 不当性要件に関する東京高裁の解釈の問題性は、同族会社の行為計算規定の「趣旨」の捉え方に、その根本的原因があると考えられる。東京高裁はこの規定の「趣旨」について次のとおり判示している(訟月61巻11号2024頁。下線筆者)。 ここで注意すべきは、上記の判示において「そして」(下線部)の前の部分と後の部分とで、法人税法132条1項の「趣旨」とされる「税負担の公平」が文理上明らかに異なるにもかかわらず、同じ意味内容のものとして説示されていると解される点である。この点を以下で敷衍しておこう。 「そして」の前の部分では、「税負担の公平」は、「当該会社の法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる行為又は計算」(「異常な行為又は計算」といってもよかろう)と「正常な行為又は計算」との税負担の公平、換言すれば、専ら経済的・実質的見地において純粋経済人として「不合理、不自然な行為又は計算」と「合理的、自然な行為又は計算」との税負担の公平を意味する(以下「税負担の公平①」という)のに対して、「そして」の後の部分では、「税負担の公平」は、「同族会社と非同族会社の間の税負担の公平」を意味する(以下「税負担の公平②」という)。この対比において、税負担の公平①と②には文理上明らかな相異が認められる。 もっとも、税負担の公平①と②の意味するところが異なるというのは、単に文理上の形式的な相異にすぎないといえるかもしれない。というのも、「非同族会社の通常の行為計算=合理的なもの、同族会社で行なわれやすい行為計算=合理的でないもの、という式が通常妥当すると思われる」(清永敬次「判批」租税判例百選(別冊ジュリストNo.17・1968年)42頁)からである。また、不当性要件に関する判例の中に、経済的合理性基準という「流れ」ないし「傾向」と「同族非同族対比の基準」という「流れ」ないし「傾向」が認められることは夙に指摘されてきたが(清永・前掲「判批」42頁、金子宏『租税法』初版238頁・第23版532頁参照)、税負担の公平①は前者に、同②は後者に対応するものの、いずれの「流れ」ないし「傾向」によっても具体的事件において結論に大きな違いはないので、税負担の公平①と②を特に区別する必要はないのかもしれない。 しかしながら、東京高裁の前記の判示がそれらのことをも考慮したものかもしれないとしても、その判断全体の論理構造からすると、東京高裁は、経済的合理性基準から租税回避基準(を認めた場合における税務署長の否認権行使の困難性)を排除するために、法人税法132条1項の「趣旨」を、独立当事者間取引基準「仕様」に、税負担の公平②の維持という「趣旨」に仕立て上げ、これをもって、税負担の公平①の維持という「趣旨」の意味内容とすることによって、税負担の公平①と②とを同じ意味内容のものとして措定したと解される。 このように、文理上明らかに異なる税負担の公平①と②とを同じ意味内容のものとして措定するとしても、判例が不当性要件の解釈により経済的合理性基準を導き出す際に参酌する「趣旨」がそのように措定された税負担の公平①の維持をいうのであれば、問題はないであろうが、しかし、不当性要件がわが国では伝統的に租税回避の否認要件と解されてきたこと(第25回Ⅲ2参照)からすれば、経済的合理性基準から租税回避基準を排除するために、そのような措定を行うことは許されないと考えられる。 東京高裁の判断を以上のように理解すると、それは、第12回で検討した「租税法規の趣旨・目的の措定論」のヴァリエーションともいうべき判断であり、税法の目的論的解釈の過形成として、特に税務署長の否認権行使の困難性排除という考慮からして経済的実質主義への「先祖返り」(第6回Ⅲ2参照)として、租税法律主義の下では許容されないと考えられる。観点は異なるものの、納税者による租税法律主義違反の主張は、正鵠を射たものと考えるところである。 Ⅳ おわりに 以上、今回は、IBM事件における東京高裁による不当性要件の解釈を概観した上で、金子宏教授の見解と比較検討しながら、特に経済的合理性基準から租税回避基準を排除することの問題性を検討した。 金子教授は『租税法』第17版での改訂において、不当性要件の解釈により「不当性要件=経済的合理性基準=租税回避基準」という等式で示される規範を明確に定立され、独立当事者間取引基準をこの規範への当てはめのレベルに明確に位置づけられたものと解されるが、これに対して、東京高裁は経済的合理性基準には独立当事者間取引基準を「含む」とする一方、経済的合理性基準から租税回避基準を排除する「解釈」を示した。 東京高裁がこのような「解釈」を示したのは、租税回避基準が税務署長の否認権行使を困難にすることを考慮したためであると解されるが、東京高裁はそのために、判例が不当性要件の解釈の基準としてきた「趣旨」について、異なる意味内容の「趣旨」を措定して、これに基づき不当性要件の目的論的解釈を行ったものと解される。このような論理操作による「解釈」は、「租税法規の趣旨・目的の措定論」のヴァリエーションとして、租税法律主義に反するものであると考えられる。 (了)
[令和2年度税制改正における] ひとり親控除の創設と寡婦(寡夫)控除の見直し 【第1回】 「改正の概要と改正前後の比較」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 令和2年度税制改正では、未婚のひとり親に対する税制上の措置が講じられ、それに伴い寡婦(寡夫)控除の見直しが行われた。以下、改正の内容について解説を行う。 【1】 ひとり親に対する改正前の制度(寡婦(寡夫)控除) (1) 制度の概要(改正前) 納税者自身が寡婦(寡夫)に該当するときは、27万円(特別の寡婦の場合は8万円加算)の寡婦(寡夫)控除の適用を受けることができる(旧所法81、旧措法41の17①)。 (2) 寡婦(寡夫)とは 寡婦、特別の寡婦、寡夫とは、次の要件を満たす者をいう(旧所法2①三十・三十一、旧措法41の17①)。 ① 寡婦 寡婦とは、次の(ア)又は(イ)のいずれかに該当する者をいう(旧所法2①三十、旧所令11)。 ② 特別の寡婦 特別の寡婦とは、寡婦のうち次の(ア)から(ウ)のすべてに該当する者をいう(旧措法41の17①)。 ③ 寡夫 寡夫とは、次の(ア)から(ウ)のすべてに該当する者をいう(旧所法2①三十一、旧所令11の2)。 【2】 改正前の制度の問題点 改正前の寡婦(寡夫)控除については、以前より次の問題点が指摘されていた。 ① 婚姻を前提としていた制度である ⇒ 未婚のひとり親には適用されない。 ② 事実婚の確認が求められていない ⇒ 事実婚の状況にある人も制度の対象になる。 ③ 下記のように男女で控除額が異なる。 (ア) 合計所得金額500万円以下、子(※)あり ・寡婦控除:35万円 ・寡夫控除:27万円 (※) 子の要件については、【1】参照。 (イ) 合計所得金額500万円以下、子なし ・寡婦控除(夫と死別、夫の生死不明の場合):27万円 ・寡夫控除:適用なし (ウ) 合計所得金額500万円超 ・寡婦控除(扶養親族又は生計一の子がいる場合):27万円 ・寡夫控除:適用なし 【3】 ひとり親に対する改正後の制度(ひとり親控除、寡婦控除) 【2】の問題点を踏まえ、令和2年度税制改正ではひとり親に対する制度の見直しが行われた。ポイントは次の4点である。 (1) ひとり親控除の創設 ① ひとり親控除とは ひとり親控除とは、納税者がひとり親である場合に、その年分の総所得金額等から35万円を控除する制度である(所法81)。 ひとり親とは、次の要件を満たす者をいう(所法2①三十一)。 ひとり親控除の創設により、生計を一にする子を有する寡婦に対する寡婦控除と寡夫控除はひとり親控除に統合され、特別の寡婦に対する加算は廃止された。また、ひとり親控除は、婚姻を前提とした制度ではないため、未婚のひとり親にも適用される。 ② 「事実上婚姻関係と同様の事情にあると認められる者」とは 事実上婚姻関係と同様の事情にあると認められる者とは、住民票に一定の記載がされている事実婚の夫や妻をいう(所規1の3)。 (2) 寡婦控除の見直し ◎改正後の寡婦の範囲 改正後の寡婦とは、次の要件を満たす者でひとり親に該当しないものをいう(所法2①三十)。 上記(ア)と(イ)のいずれにおいても、合計所得金額500万円以下と事実婚の状況にないことが要件とされていることに注意しておきたい。 なお、改正後も寡婦控除額は27万円である(所法80①)。 【4】 改正前後の控除額 改正前と改正後の控除額を男女別にまとめると、次のとおりである(( )内の金額は住民税における控除額、住民税は令和3年度分以後に適用)。 女 性 男 性 【5】 ケーススタディ 5つのケース(ひとり親)について、改正前後の取扱いを比較する。 なお、「子」「未婚」「事実婚」については下記のとおりとする。 (了)
〔弁護士目線でみた〕 実務に活かす国税通則法 【第1回】 「国税通則法を学ぶ意味」 弁護士 下尾 裕 1 はじめに 本誌読者の皆様は、「国税通則法」という法律名を耳にすると、どのようなイメージを持たれるであろうか。 税理士試験の受験にあたっては、各試験科目に共通して国税通則法が出題範囲に含まれてはいるものの、実際のところ、実務で活躍されている税理士である読者の中にも、国税通則法を苦手とされている方が一定程度いらっしゃるのではないだろうか。 また、税務調査に対応されている企業の財務経理担当者である読者におかれては、そもそも国税通則法を本格的に勉強する機会がなかった方も多くいらっしゃるものと思われる。 本連載は、様々な理由で国税通則法を苦手とされている又はこの機会に理解を深めたいという実務家を対象に、税務に携わる弁護士目線で重要と思われるポイントを解説するものである。 2 国税通則法を学ぶ意味はどこにあるか (1) 国税通則法が苦手になる背景 国税通則法を苦手とする実務家が一定程度おられる理由は、まずもって国税通則法が一見して無味乾燥であり、興味が湧きにくいということもあると思われるが、私見では、以下の事情も大きく影響しているものと推測される。 国税通則法の条文をななめ読みすると、もちろん「更正の請求」といった納税者側の手続も定められているものの、その多くは国税当局側の手続等を定めるものである。 そのため、税務調査の手続等は、事前に国税当局側が整理した実務運用に従って進められており、その是非について税理士側が異論を述べる機会が少なく、また、ハードルも高くなっている。 もう1つ見逃せない事情として、仮に国税当局が国税通則法に違反した税務調査を行って調査資料を収集し、当該資料を前提に課税処分を行ったとしても、こうした調査手続の違法が課税処分の取消し等に直結しないという点がある。 1つの比較として、刑事手続においては、“違法収集証拠排除法則”という考え方により、手続の違法がある捜査により収集された証拠は証拠として使えず、その結果、被告人が無罪になることがありうる。 例えば、尿に覚せい剤が含まれていたという鑑定結果の裏付け証拠として、覚せい剤使用の罪で起訴された被告人につき、尿の差押手続に違法があった場合に、尿が証拠として採用されず、被告人が無罪となるというケースなどである。 これに対し、課税処分については、(査察の事案を除けば)証拠等は納税者から任意に提出されるものであることもあり、仮に税務調査手続に違法があったとしても、納税者が税務調査官に恫喝され、その結果として任意性が認められないなどの特段の事情がある場合を除いては、収集された調査資料が使用できないということにはなりにくい。 こうした背景事情から、実務家においても、時間をかけて国税通則法に精通してまで、その違反を指摘するイニシアチブが働きにくく、個別税法に関する知識獲得を優先してしまうということがあるかもしれない。 (2) 国税通則法を学ぶ意味 では、上で述べたような事情を踏まえても、なお国税通則法を学ぶ意味はどこにあるのであろうか。 あくまで私見であるが、税務に携わる読者の皆様が国税通則法に精通することには、以下のようなメリットがあるものと考えられる。 税務調査担当者からすれば、たとえ国税通則法違反が課税処分の適法性に影響しないとはいっても、手続違反を犯すことは国税当局内部ではご法度であり、避けなければならないものであることは明白である。 税務調査官としても、安易に手続違反を犯すことはないと思われるが、それでも税理士が国税通則法に精通し、その点を税務調査官に示すことで、無理な調査を抑制し、かつ、心理的にも対等にやりとりを行うことが可能になる。 重加算税や過少申告加算税といった付帯税の課税根拠は、国税通則法にあるところ、重加算税の課税要件である「納税者」、「隠蔽」及び「仮装」の解釈(同法第68条第1項)や過少申告加算税の除外要件である修正申告が「更正があるべきことを予知してされたものでない場合」(同法第65条第5項)の解釈等を正しく理解していなければ、税務調査等において有効な反論ができない。 また、国税通則法には「再調査制限規定」(同法第74条の11第1項)が存在するが、再調査制限規定との抵触を国税当局に指摘するにあたっては、再調査制限がどの範囲で生じるのか(すなわち、調査の範囲はどのように把握されるか)、再調査を許容する「新たに得られた情報に照らし非違があると認めるとき」とはどのような場合なのかを理解していなければ、やはり有効な反論ができない。 逆に税理士において、こうした内容を正しく理解することにより、税務調査官に対し、付帯税の課税に関する対等かつ実効的な反論を行うことが可能になり、また、取るべき対応を看過することによる税務過誤を防止することができる。 3 今後の連載 以上を前提に、次回からは、いよいよ本論として、実務上の重要性が高いと思われる調査、修正申告、更正処分、更正の請求、過少申告加算税、重加算税、更正期限、不服申立て及び犯則事件について、関連する議論・裁判例に言及しつつ、順次取り上げていくこととする。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例86(法人税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆会社更生等による債務免除による債務免除等があった場合の欠損金の損金算入(法法59②) 内国法人について再生計画認可の決定があった場合において、その内国法人が債権者から債務免除を受けた場合には、その債務免除を受けた日の属する事業年度前の各事業年度において生じた欠損金額のうち債務免除益に達するまでの金額は、当該事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入される。 なお、民事再生法等による資産の評価換えが行われた場合には、いわゆる「期限切れ欠損金」から優先して損金算入されるが、資産の評価換えが行われていない場合には、青色欠損金から優先して損金算入される。 (了)