企業結合会計を学ぶ 【第31回】 「①子会社が他の子会社に会社分割により事業を移転する場合の会計処理と ②子会社が他の子会社に分割型の会社分割により事業を移転する場合の会計処理」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、共通支配下の取引等の会計処理のうち、次の2つを解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 子会社が他の子会社に会社分割により事業を移転する場合の会計処理 1 個別財務諸表上の会計処理 子会社が他の子会社に会社分割により事業を移転する場合、個別財務諸表上、次のように会計処理する(結合分離適用指針254-2項、254-3項)。 ◎子会社(吸収分割会社) 吸収分割会社である子会社の会計処理は、親会社が子会社に会社分割により事業を移転する場合の親会社の会計処理(結合分離適用指針226項)に準じて処理する。 子会社が他の子会社に会社分割により事業を移転する場合(会社分割の対価が吸収分割承継会社である他の子会社の株式である場合)、共通支配下の取引であるため、個別財務諸表上、吸収分割会社である子会社が受け入れる、吸収分割承継会社である他の子会社の株式の取得原価は、移転事業に係る株主資本相当額に基づいて算定する(結合分離適用指針447-2項)。 このため、吸収分割承継会社である他の子会社が、吸収分割会社である子会社の子会社及び関連会社となる場合のほか、それ以外となる場合(他の子会社の株式がその他有価証券に分類される場合)でも、移転損益を認識しない(結合分離適用指針447-2項)。 ◎子会社(吸収分割承継会社) 吸収分割承継会社である他の子会社の会計処理は、親会社が子会社に会社分割により事業を移転する場合の子会社の会計処理(結合分離適用指針227項、231項)に準じて処理する。 2 連結財務諸表上の会計処理 吸収分割会社である子会社が連結財務諸表を作成する場合、次のように会計処理する(結合分離適用指針254-4項、447-2項)。 (1) 吸収分割承継会社である他の子会社が吸収分割会社の子会社となる場合 【内部取引の消去】 事業の移転取引及び子会社の増資に関する取引は、企業結合会計基準44項により、内部取引として消去する。 【親会社の持分変動による差額】 吸収分割会社は、移転事業に係る株主資本相当額(結合分離適用指針87項(1)①)に基づいて算定された取得した子会社株式の取得原価(結合分離適用指針254-2項)と、これに対応する吸収分割承継会社の事業分離直後の資本(企業結合日における適正な帳簿価額による子会社となる吸収分割承継会社等の資本に事業分離により増加する吸収分割会社等の持分比率を乗じた額)との差額を、資本剰余金に計上する。 (2) 吸収分割承継会社である他の子会社が吸収分割会社の関連会社となる場合 吸収分割会社は、移転事業に係る株主資本相当額(結合分離適用指針87項(1)①)に基づいて算定された受け入れた関連会社株式の取得原価(結合分離適用指針254-2項)と、これに対応する吸収分割承継会社の事業分離直後の資本(企業結合日における適正な帳簿価額による関連会社となる吸収分割承継会社等の資本に事業分離により増加する吸収分割会社等の持分比率を乗じた額)との差額を、関連会社株式の持分変動差額として処理する。 Ⅲ 子会社が他の子会社に分割型の会社分割により事業を移転する場合の会計処理 子会社が他の子会社に分割型の会社分割により事業を移転する場合、個別財務諸表上、次のように会計処理する(結合分離適用指針255項~257項、409項)。 ◎子会社(吸収分割会社) 吸収分割会社である子会社の会計処理は、分割型の会社分割により親会社が子会社に事業を移転する場合の親会社の会計処理(結合分離適用指針233項)に準じて処理する。 ◎子会社(吸収分割承継会社) 吸収分割承継会社である他の子会社の会計処理は、分割型の会社分割により親会社が子会社に事業を移転する場合の子会社の会計処理(結合分離適用指針234項)に準じて処理する。 ◎親会社(吸収分割会社の株主) 事業分離等会計基準49項及び51項と同様に、吸収分割会社の株主(親会社)が受け取った吸収分割承継会社の株式は、受け取る吸収分割承継会社の株式と、これまで保有していた吸収分割会社株式とが実質的に引き換えられたものとみなし、被結合企業の株主に係る会計処理(結合分離適用指針294項~296項)に準じて処理する。 (了)
「働き方改革」でどうなる? 中小企業の労務ポイント 【第11回】 「『同一労働同一賃金』導入前に確認しておきたい基礎知識(その1)」 Be Ambitious社会保険労務士法人 代表社員 特定社会保険労務士 飯野 正明 働き方改革関連法の1つとして、パートタイム・有期雇用労働法が改正され、2020年4月1日(中小企業については2021年4月1日)より正社員と非正規労働者との間の「不合理な待遇差」が禁止されます。これが、いわゆる「同一労働同一賃金」です。 本連載では今回から次回にかけて、この「同一労働同一賃金」という制度について、導入までに確認しておきたい基礎知識を解説していきます。 ▷「同一労働同一賃金」に求められること 「同一労働同一賃金」で求められるのは、「同一企業内」における「正社員」と「非正規労働者」との間の「不合理な待遇差」を解消することです。 「不合理な待遇差」ですから、必ずしも正社員と非正規労働者の賃金を同額にすることを求めているわけではなく、業務内容や責任の程度等を比較して、同一であれば「均等待遇」(同じ待遇)、異なっている場合であっても「均衡待遇」(その違いに応じた待遇)とすることが求められています。 今回の法改正では、「不合理な待遇差」を禁止することを含め、改正のポイントが主に3つあります。 《改正のポイント》 1 正社員等(契約期間の定めなし、かつフルタイム勤務)と非正規労働者(契約期間の定めあり、又は短時間勤務:有期雇用・短時間労働者)との間の不合理な待遇差の禁止 ① 均衡待遇規定・均等待遇規定の明確化 個々の待遇(※)ごとに、当該待遇の性質・目的に照らして適切と認められる事情を考慮して判断されるべき旨を明確化。 (※) 基本給、賞与、役職手当、食事手当、福利厚生、教育訓練など ② 待遇ごとに判断することを明確化するため、同一労働同一賃金ガイドライン(指針)を策定 2 有期雇用・短時間労働者の待遇に関する説明義務の強化 ① 雇入れ時 有期雇用労働者に対する雇用管理上の措置の内容(賃金、教育訓練、福利厚生施設の利用、正社員転換の措置等)に関する説明義務を創設。 ② 説明の求めがあった場合 有期雇用・短時間労働者から求めがあった場合、正社員等との間の待遇差の内容・理由等を説明する義務を創設。 ③ 不利益取扱いの禁止 説明を求めた労働者に対する不利益取扱い禁止規定を創設。 3 裁判外紛争解決手続き(行政ADR)の整備等 「均衡待遇」や「待遇差の内容・理由に関する説明」についても、行政ADRの対象となるよう整備。 なお、本改正の施行は、2020年4月1日からとなっていますが、中小企業(※)は2021年4月1日からと1年猶予されています(派遣労働者に対しては企業規模を問わず2020年4月1日から適用されます)。 (※) その資本金の額又は出資の総額が3億円(小売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については5,000万円、卸売業を主たる事業とする事業主については1億円)以下である事業主及びその常時使用する労働者の数が300人(小売業を主たる事業とする事業主については50人、卸売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については100人)以下である事業主をいいます。 ▷「同一労働」であることの判断と待遇是正までの流れ そもそも「同一労働」であるかどうかは、どのように判断すればよいのでしょうか。また、その判断をした上で待遇差の是正をするにはどのようにすればよいのでしょうか。 以下では、これらについて詳しくみていきます。 1 誰と誰を比較するのか 「同一労働」の判断をするにあたっては、まず同一企業内における正社員と非正規労働者の待遇を比較することになります。 まず、パートタイム・有期雇用労働法の対象となる非正規労働者(雇用期間の定めがあり、又は短時間勤務である有期雇用・短時間労働者)を「」、不合理な待遇差の検証のために取組対象労働者と比較する正社員等(雇用期間の定めがなく、フルタイム勤務)を「」として、それぞれの待遇を確認していきます。 上図のように分けた上で、取組対象労働者と比較対象労働者を適当に選んで比較すればよいというわけではなく、取組対象労働者と職務の内容が最も近い比較対象労働者を選んで比較します。 なお、会社によっては比較対象労働者に複数のタイプがあるケースもあります。例えば、「総合職」、「一般職」、「エリア限定社員」などが考えられます。また、フルタイム勤務の契約社員が5年を超えて期間の定めのない社員となった場合も比較対象労働者に含まれることとなります。 このように比較対象労働者に複数のタイプがある場合には、取組対象労働者とすべてのタイプの比較対象労働者でそれぞれ比較することとなります。 2 職務の内容を比較する まず、取組対象労働者と比較対象労働者で比較するのは、次の2つです。 次のように、それぞれの職務の内容や配置転換のルール等を書き出して整理します。その上で違いがあるかどうかを判断します。 そして比較の結果に応じて、次のような判断を行います。 3 待遇の内容を比較する 職務の内容等についての比較の結果を踏まえ、次に、どのような待遇の違いがあるかどうかをみていきます。 手順としては、例えば次のような事項について、比較対象労働者の待遇を書き出し、次に、取組対象労働者に対して、これらの待遇の適用の有無等を確認していきます。また、適用している場合は、比較対象労働者と同一基準となっているかについて確認します。 4 待遇の違いが不合理でないかどうか 適用していない、又は比較対象労働者と違う水準で適用している待遇について、その待遇の「目的」・「支給内容」・「違いの理由」について整理をします。違いがある場合には、その理由が不合理でないといえるのかを検討する必要があります。 《検討例》 検討の結果、合理的な理由といえないのであれば、待遇を改善します。 上記のケースでは、パートタイマーであっても通勤費用は同様にかかるので、「不合理」であると考えられます。したがって、正社員と同様の支給に是正する必要があります。 ▷待遇差の説明 有期雇用・短時間労働者から求めがあった場合には、正社員等との待遇差の内容や理由などについて会社から説明する必要があります。 申し出があった有期雇用・短時間労働者と職務の内容等が最も近い正社員等を選び出した上で、 について就業規則や給与規程などを提示しながら説明します。 もちろん、待遇差の説明を求めた有期雇用・短時間労働者への不利益な取扱いは禁止されています。 ▷派遣労働者への適用 派遣労働者が、待遇について納得感を得るためには、就業場所である「派遣先」の正社員等との待遇の均等・均衡は重要です。しかし、必ずしも派遣先の賃金水準と職務の難易度に整合性があるとはいえません。派遣労働者の待遇差に関する規定の整備に当たっては、派遣元事業主は「派遣先均等・均衡方式」と「労使協定方式」のいずれかを選択することが求められます。 派遣先事業主においては、派遣元事業主が①派遣先均等・均衡方式を採用している場合は、同様の業務に従事する正社員等の待遇情報を派遣元事業主に提供する義務があります。 また、いずれの方式を選択している場合においても、更衣室・休憩室・給食施設などの「福利厚生施設」と業務に必要な「教育訓練」については、派遣先の正社員等と同じように派遣労働者も利用できるようにしなければなりません。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例19】 「廃棄物が不法投棄された空き家・空き地の所有者の法的責任」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私Aは、B市に空き家となった実家を所有しています。このたび隣地の所有者Cから、実家の庭に投棄されていた廃棄物が崩れて隣地(C宅地)に侵入し、植栽等を損壊させているので撤去するよう連絡を受けました。 実家には数年戻っておらず、何者かによって不法投棄がされていることを初めて知りましたが、不法投棄をしていない私が法的責任を負わなければならないのでしょか。 1 はじめに 空き家や空き地の管理を放置すると、敷地内に廃棄物を不法投棄される可能性がある。廃棄物の放置は、景観面や衛生面への悪影響だけでなく、隣地への流出や放火等、第三者に具体的な損害を与える可能性がある。 そこで今回は、空き家や空き地に廃棄物が投棄された場合に、空き家や空き地の所有者が民事・行政上、どのような法的責任を負うかを検討することとしたい。 2 投棄された廃棄物の民事上の撤去義務等 (1) 不法投棄された廃棄物の撤去義務 空き家に廃棄物が不法投棄され、これが隣地にもはみ出しているような場合、隣地の所有者は、土地の所有権を侵害されていることになる。そこで、隣地の所有者は、土地の所有権に基づいて、物権的妨害排除請求権を行使して、堆積した廃棄物の撤去を請求することができることになる。 問題は、誰が物権的妨害排除請求権の相手方となるかである。 一般に、物権的妨害排除請求権の相手方は、現にその妨害状態を生ぜしめている者とされており、その典型例は、妨害状態を生じさせている物の所有者である。しかし、不法投棄の事案の場合、廃棄物の所有者の特定は困難な問題となる。というのも、誰がその廃棄物を投棄したか明らかではないことが多い上に、複数名が廃棄物を投棄している場合には、廃棄物が混然一体となり、廃棄物の所有者を特定できない可能性が高いからである。 そこで、裁判例の中には、物権的妨害排除請求権の相手方を「その所有権を侵害し、あるいは侵害するおそれのある物の所有権を有するものに限らず、現に存する侵害状態を作出した者もその排除ないし予防の義務を負う」として、廃棄物が投棄された土地の所有者も、相手方となることを認めたものがある(産業廃棄物の撤去義務の有無が争われた事例として、東京地判平成6年7月27日判時1520-107、東京高判平成8年3月18日判タ928-154参照)。 もっとも、上記裁判例にいう「現に存する侵害状態を作出した者」は、廃棄物の投棄に関与をしていた土地の所有者に限る趣旨なのか、第三者による不法投棄に一切関与していない土地の所有者も含む趣旨なのかは明らかではない。 相手方の範囲は明らかでない部分もあるが、土地の所有者としては、撤去を求められるリスクがあることを留意しておく必要がある。 (2) 第三者に損害を生じさせた場合の損害賠償義務 次に、不法投棄された廃棄物を撤去しなかった結果、第三者に損害を生じさせた場合に、空き家の所有者(厳密には、土地の所有者)の損害賠償義務を負うかが問題となる。 この問題に関して、市が管理していた道路供用予定地に放置された廃棄物について第三者の放火により火災が発生した事案において、廃棄物が土地に固定していないこと等を理由に、営造物責任を否定した上で、無関係者の立入りを防止するために遮蔽措置を講じ、不法廃棄物が放置されているのであれば、これを撤去する義務がある旨判示したものがある(大阪地判平成22年7月9日判タ1338-79参照)。 当該事案は、市の管理責任が問題になった事案であり、市が周辺住民から陳情を受けており、可燃性の廃棄物が放置されていることを認識していた等の個別事情が詳細に認定された上での判断であるため、事例判断に留まる。しかし、土地の管理者に民事上の撤去義務が認められた点において、空き家や空き地の所有者にとっても意義のある裁判例である。 そうすると、空き家・空き地の所有者Aは、たとえ自身が不法投棄に関与していないとしても、第三者Cとの関係で撤去義務や損害賠償義務を負うリスクがあることから、自ら又は管理業者等を通じて、的確に状況を把握し、フェンス、バリケード等、不法投棄を予防するための適切な措置を講じる必要がある。 3 投棄された廃棄物の行政上の撤去義務等 廃棄物の処理及び清掃に関する法律は、第19条の4以降で、廃棄物の投棄等によって、生活環境の保全上支障が生じ、又は生ずるおそれがあると認められるときに、措置命令の権限を規定している。 もっとも、措置命令の対象となるのは、一般廃棄物の収集・運搬・処分を行った者であり、産業廃棄物の場合は、産業廃棄物の不適切な保管・収集・運搬・処分を行った者等やこれらの者に処理を依頼や示唆をし、又は助長した者のように、産業廃棄物の不適切処理に関与した者である。 したがって、廃棄物を不法投棄されただけの空き家や空き地の所有者については、同法の措置命令の対象から外れることになる。 ただし、地方公共団体の条例の中には、明確に空き家の所有者や管理者の法的義務を規定するものが見受けられる。 例えば、「松江市空き家を生かした魅力あるまちづくり及びまちなか居住促進の推進に関する条例」によれば、①空き家の所有者及び管理者には、空き家が廃棄物の不法投棄場所にならないように管理義務とともに、②廃棄物が不法投棄された場合には、廃棄物を撤去し、予防措置を講じる義務を規定している。仮に、空き家の所有者及び管理者がこれらの義務に違反した場合には、指導・勧告・措置命令や公表の対象となるだけでなく、罰金が科される可能性もあるので留意が必要である。 4 本件の場合 本件のAのように、空き家となった実家から離れて生活している者も多くいることから、Aとしては、B市の条例にも配意し、管理義務等がないかを確認しておく必要がある。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第27話】 「必要経費と家事費」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「統括官、さっきから何を読んでいるのですか?」 浅田調査官は自席に座ったまま、中尾統括官に尋ねる。 中尾統括官は顔を上げて、苦笑いをする。 「・・・昔の税制調査会の答申を読んでいるのだが・・・」 中尾統括官は、コピーされた税制調査会の答申を浅田調査官に見せる。 「必要経費と家事費について・・・ですか・・・」 浅田調査官は、昭和38年12月の税制調査会の答申(所得税法及び法人税法の整備に関する答申)(43頁)をゆっくりと読む。 「この答申を読んで・・・君はどう思う?」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「なかなか難しいですね・・・個人の場合、法人と違って、事業と事業に関係しないプライベートな活動があるから・・・これらに関係する支出金を明確に分けるのは難しいですし・・・それに、家事費であっても、事業の収益に影響する場合も考えられるので・・・」 浅田調査官は、腕を組んで思案顔になる。 「・・・もっとも、この答申は、できるだけ広くこの種の経費又は損失を所得計算上考慮すべしとする考え方が望ましい・・・と述べているが・・・」 中尾統括官は、答申を見ながら、コメントする。 「しかし、必要経費と認められるためには・・・それが事業遂行上必要なものであって・・・かつ、その必要な部分の金額が客観的に明らかでなければならないでしょう・・・」 浅田調査官は、少し昂ぶった声で言う。 「この純資産増加説的な考え方というのは・・・包括的所得概念を前提とし、すべての増加所得を課税するもの・・・ということだから・・・その意味で、経費又は損失も広く認めようという考えになる・・・」 中尾統括官は、机に答申のコピーを置く。 「もっとも、最広義の包括所得概念は、資産の値上がり益や帰属所得も課税の対象にするが、現実には、これらは課税することが困難なので、最広義の包括所得概念は、基本的に採用されていない。」 中尾統括官は、昔、税務大学校で学んだ知識を思い出しながら説明する。 「・・・中尾統括官は、この答申と同様に、個人の納税者に対しては、できるだけ経費を認めてやったらと考えているのですか?」 浅田調査官が尋ねる。 中尾統括官は黙ったまま、机の上に置かれているボールペンを取る。 「・・・事業と家事の『混合的な支出』って・・・具体的にどのようなものがあるのですか?」 浅田調査官が尋ねる。 「そうだなぁ・・・」 中尾統括官は、腕を組みながら、目を閉じる。 「・・・例えば、司法書士が支払ったロータリークラブの会費について、事業と直接関係し、事業遂行上必要であるとは認められない・・・として必要経費を否認された平成26年の裁決事例があるが・・・」 浅田調査官は中尾統括官の説明を聞いてすぐ、パソコンで平成26年3月6日の裁決事例を検索する。 「しかし・・・司法書士はロータリークラブに入会し、いろいろな業種の人と知り合うことによって、新規のクライアントを獲得することができることもある・・・これって、必要経費にならないのですか?」 浅田調査官は不満気に言う。 「司法書士の顧客獲得の活動は・・・業務に直接関係ないものなのでしょうか・・・またそれは、業務の遂行上必要なものではないのでしょうか?」 中尾統括官は頷く。 「私も・・・昭和38年の税制調査会の答申で示された考え方からすると・・・ロータリークラブの会費等は事業所得の必要経費として認めても良いように思う・・・それに、法人の場合、法人税基本通達9-7-15の2(ロータリークラブ及びライオンズクラブの入会金等)で、交際費などとして処理することを認めている。 ・・・もっともこの裁決では、私的な消費生活を行う個人と、それを観念できない法人とでは、支出に関する取扱いを異にすることは、当然に予定されているというべきである・・・と述べているが・・・」 浅田調査官は、まだ納得できない表情をしている。 「ということは、浅田君も・・・できるだけ広くこの種の経費又は損失を所得計算上考慮すべしとする考え方を支持するということなのだな。」 中尾統括官は、笑いながら答申のコピーを机の引き出しに入れる。 (つづく)
《速報解説》 東証より「コーポレート・ガバナンスに関する開示の好事例集」が公表される ~「資本コストを意識した経営」や「取締役会の機能発揮」等に係る 好開示例と評価ポイントを紹介~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2019年11月29日、東京証券取引所は、「コーポレート・ガバナンスに関する開示の好事例集」を公表した。 これは、資本コストを意識した経営や取締役会の機能発揮等に係るコーポレートガバナンス・コードの各原則に関して、充実した取組が行われ、その内容が投資者に対し分かりやすく提供されていると考えられる開示例をまとめたものである。 なお、同日、金融庁から「記述情報の開示の好事例集」の更新(役員の報酬等)及び「政策保有株式:投資家が期待する好開示のポイント(例)」が公表されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 表紙を含め、56ページに及ぶものであり、企業の具体的な記載も紹介されている。 以下では、東京証券取引所が好事例として評価したポイントを中心に解説する。 1 資本コストを意識した経営 【原則5-2.経営戦略や経営計画の策定・公表】に関連する。 エーザイ、三和ホールディングスなどについて、次のような好事例として評価したポイントが記載されている。 2 取締役会の実効性の分析・評価 【補充原則4-11③】に関連する。 三井物産、アサヒグループホールディングスなどについて、次のような好事例として評価したポイントが記載されている。 3 取締役・監査役のトレーニング 【原則4-14.取締役・監査役のトレーニング】に関連する。 みずほフィナンシャルグループ、コニカミノルタについて、次のような好事例として評価したポイントが記載されている。 4 任意の指名・報酬委員会の活動状況 【補充原則4-10①】に関連する。 T&Dホールディングス、第一三共について、次のような好事例として評価したポイントが記載されている。 5 取締役会の実効性確保のための前提条件 【原則4-11.取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件】に関連する。 三菱ケミカルホールディングス、日立製作所などについて、次のような好事例として評価したポイントが記載されている。 6 政策保有株式の縮減 【原則1-4.政策保有株式】に関連する。 三菱UFJフィナンシャル・グループ、澁谷工業などについて、次のような好事例として評価したポイントが記載されている。 7 アセットオーナーの機能発揮 【原則2-6.企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮】に関連する。 パナソニック、セブン&アイ・ホールディングスなどについて、次のような好事例として評価したポイントが記載されている。 (了)
《速報解説》 金融庁、記述情報の開示の好事例集に「役員の報酬等」の開示の好事例を追加 ~投資家が期待する政策保有株式に関する好開示のポイントも示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2019年11月29日、金融庁は、「記述情報の開示の好事例集」の更新(役員の報酬等)及び「政策保有株式:投資家が期待する好開示のポイント(例)」を公表した。 2019年3月19日に、金融庁は、「記述情報の開示の好事例集」を公表しているが、今回、「役員の報酬等」の開示例を追加するものである。 また、政策保有株式の開示については、好事例集の公表に代えて、投資家が期待する好開示のポイントを例示として公表するものである。 なお、東京証券取引所において、コーポレート・ガバナンス報告書における記載の好事例を取りまとめた「コーポレート・ガバナンスに関する開示の好事例集」も、同日に公表されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 「役員の報酬等」の開示例 好事例の企業として、アステラス製薬、三菱商事、三菱UFJフィナンシャル・グループなどが紹介されている。 例えば、アステラス製薬の「役員の報酬等」の開示に関して、好事例として着目したポイントについて、次のように記載している。 2 政策保有株式:投資家が期待する好開示のポイント 政策保有株式の開示については、投資家が好開示と考える開示と現状の開示の乖離が大きいとの意見が聞かれているとのことである。 今後、企業において当該好開示のポイントを参考に、政策保有株式に関してより良い開示に向けた検討が行われることを期待しているとのことである。 コムシード、三菱UFJフィナンシャル・グループ、小松製作所の事例が紹介されている。 好開示のポイントとして、次のことが記載されている。 【政策保有株式全体】 【個別銘柄】 (了)
2019年11月28日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.346を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第65回】 「東京地裁令和元年6月27日判決を考える」 税理士 山本 守之 1 法規定の内容 法人税法132条の「同族会社等の行為又は計算の否認」は次のように規定されています。 この規定は包括的否認規定として、組織再編成や、連結納税等にも適用されるものですが、この法132条の趣旨を裁判では次のように示しています。 (昭和55年9月29日福岡高裁) この場合に否認規定を適用すべきときとは次のような説明があります。 (平成9年4月25日東京地裁) 上記の東京地裁判決は、①少数株主等によって支配される同族会社等でなければ通常行われないものであり、②税が減少する場合には特段の事情がなければ、法132条を適用するというのです。 2 「不当に減少」の考え方 この法132条は、国税当局にとってはいきなり振りかざす「ダンビラ」と考えられていましたが、「不当に」の要件は少々異なります。 不当に法人税の負担を減少させる結果になると認められる場合に適用されるのですから、その行為計算を行った法人に脱税の意思があったか否かを問わないのです。 昭和22年の改正では税を不当に免れる場合に限って適用されていましたが、昭和25年以降は結果として税負担を不当に減少させる結果になると認められる場合に適用され、その行為や計算を行った法人や個人に脱税又は租税回避の意思があったか否かは問わないことになっています。 つまり、法人税を免れる意思によって行ったためにその行為や計算を否認するのではなく、すでに述べた同族会社等の性格からその行為や計算によって法人税の負担を不当に減少させると認められる場合が考えられますが、これを容認すれば租税の公平を実現することが不可能となるために置かれた規定と考えられます。 3 「伝家の宝刀」と税逃れ 2019年6月末に大手レコード会社ユニバーサルミュージック合同会社に対して、東京国税局は法人税法132条を適用して約181億円の申告漏れを指摘し、約58億円を追徴課税しました。これに対して、東京地裁は以上の更正処分を取り消しました(TAINSコード:Z888-2250)。 これまでの考え方では、法人税の負担を減少させる結果になるときは法132条により課税されていました。 しかし、今回の訴訟で東京地裁は、「グループ会社でなければなし得ないような取引を行ったとしても直ちに税負担の公平が害されることとはならない」とした上で、「法人税の負担が減少するという利益しかない場合に同規定が適用される」というのです。 ある意味では、少しでも事実上の理由があれば法132条は適用されないということであり、この考え方によれば、「伝家の宝刀」は限定された課税要件を満たさなければ適用されないというのです。 現に、東京地裁の清水知恵子裁判長は、ユニバーサル社の処理は「経済合理性があり、法人税の負担を不当に減少させたとは認められない」として処分を取り消しました。 地裁判決では東京国税局の「税逃れが目的である」という判断が否定されたのです。 高裁段階の判決がどうなるのか興味があります。 つまり、法132条(同族会社等の行為又は計算の否認)は「法人税の負担を不当に減少させる結果となるとき」に適用されます。しかし、法人の経済的合理性があれば「不当」とは言えないので適用されないというわけです。 法132条についても「課税要件」があることを認識すべきです。 4 東京地裁の判決文における考え方 (1) 考え方 判決文では、 としています。 (2) 行為計算の解釈 本件組織再編取引は、ヴィヴェンディ・グループが全世界で買収を重ねた結果錯綜したグループ内の関連会社の関係を整理して事業を効率化するとともに税務上の利益を図るために実施されたものであり、次のようなオランダ法人の負債軽減(目的①)、日本法人の経営の合理化(目的②、③、⑥、⑦及び⑧)及び日本法人の財務の合理化(目的④及び⑤)という3つの柱を同時に達成するために行われたものです。 (3) 経済的合理性 本件8つの目的を本件組織再編取引等により達成したことは、ヴィヴェンディ・グループ全体にとってだけでなく原告にとっても経済的利益をもたらすものであったといえる一方、本件借入れは原告に不当な不利益をもたらすものとはいえませんから、これらが原告にとって経済的合理性を欠くものであったと認めることはできず、これに該当することを前提としてされた本件各更正処分等は違法となりますので、原告の請求はいずれも理由があり認容すべきものと判断します。 以上のように地裁の清水知恵子裁判長の判決は見事です(約58億円の課税処分の取消し)。 経済的合理性がある場合に法132条を適用できないという考え方は学ぶべきです。 (4) 課税要件 同族会社等の行為又は計算の否認については、「同族会社でなければ、そのような行為や計算をできない」という手法で納付税額を減額した場合に適用されるもので、公平のために行われる伝家の宝刀とされてきました。 しかし、法人の行った行為に経済的合理性があれば、法132条を安易に適用すべきではないというのが新しい解釈です。法132条の課税要件を正しく受け止めるべきです。 (5) まとめ 東京地裁の判決は、原処分庁の解釈は法人税法132条1項の明文に反すると指摘した上で、借入れは、専ら経済的、実質的見地から、純粋経済人として不自然、不合理なものとはいえず、経済的合理性を欠くとも認められないと判断しました。結局、法人税の負担を不当に減少させる結果になると認められるものに該当するということはできないことから、その主張に沿った各更正処分等はいずれも違法であると判示して、法人側の請求を認容しました。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第24回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -租税回避の法的評価- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 課税要件アプローチによる租税回避の包括的定義、すなわち、「課税要件の充足を避け納税義務の成立を阻止することによる、租税負担の適法だが不当な軽減または排除」(第21回Ⅲ1、【66】=拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)の欄外番号[以下同じ])という定義は、租税回避の概念を、「適法」及び「不当」という法的評価を要素(の一部)として構成するものである。 この定義は、租税回避を「課税要件の充足を避けることによる租税負担の不当な軽減又は排除」とする清永敬次教授の定義(同『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)42頁)をベースとするものである。ただ、清永教授の定義には「不当」という法的評価しか盛り込まれていないが、同教授がその定義の後「租税回避行為」の項目の最後の「なお書」(同・前掲書44頁。下線筆者)で次のとおり述べておられることからすると、清永教授も租税回避を「適法」と評価しておられると解することができる。 今回は、租税回避に対する「適法」という法的評価と「不当」という法的評価について、それぞれがどのような意味をもつか検討することにしたい。 なお、今回も、第21回と同じく、拙稿「租税回避の法的意義・評価とその否認」税法学577号(2017年)245頁をベースにして、その後の研究の成果も取り入れながら、租税回避の法的評価について検討することにする。 Ⅱ 租税回避の適法性 1 課税要件アプローチからの論理的帰結 課税要件は納税義務の成立要件であることからすると、租税回避は、課税要件の充足回避によって成立する以上、納税義務の不成立要件といってよかろう。その意味で、課税要件と租税回避とは、納税義務の成否に関する、「表裏一体」をなす法律要件である。勿論、それらはいずれも実定税法が定める法律要件ではなく、実定税法の基礎にある基礎理論上の法律要件である(第21回Ⅲ1参照)。 そうすると、課税要件に基づく課税が適法である以上、課税要件の充足回避によって成立する租税回避も適法であるといえるのである。このことは、課税要件アプローチからの論理的帰結であり、前回のⅢの最後で示した、課税要件法の解釈適用と租税回避の成否との関係図(【67】の最後の【図】)からも、明らかである。租税回避の適法性を理解する上でも重要な図であるから、以下にもう一度掲げておこう。 【図】 課税要件法の解釈適用と租税回避の成否 2 リベラルな租税回避観 前記の図の中で示した「可動限界」は、課税要件法の許される解釈適用の限界に関する解釈適用者(申告納税制度の下では納税者・税務官庁・裁判官)の立場により移動し得る、租税回避の「成否」の限界を意味する(前回Ⅲ参照)。 その「可動限界」を前記の図の中で最も右端に移動させるような「類推課税」を認める極端な立場は、かつての国庫主義的な経済的観察法や経済的実質主義(【42】、第6回Ⅱ2・Ⅲ2、第20回Ⅲ参照)の下でならともかく、今日ではみられない。ただ、租税回避が租税正義の要請である租税負担の公平の要請(ドイツ語でSteuergerechtigkeitは文脈により「租税正義」とも「租税負担の公平」とも訳し得る。第7回Ⅲ参照)に反することは否めない以上、租税回避の試みの態様如何によっては、解釈適用者(特に税務官庁や裁判官)の「気持ち」が、租税負担の公平の見地から、課税要件法の緩やかな「解釈適用」(拡張解釈、縮小解釈、類推等の、「目的論的価値判断」に基づく「解釈適用」。第7回以降検討した、税法の目的論的解釈の過形成及び税法上の目的論的事実認定の過形成も参照)によって、租税回避の試みを阻止しよう(失敗させよう)とする方向に動いたとしても、そのことの許容性は別として、そのこと自体は理解できないわけではない(【67】)。 しかしながら、租税負担の公平の実現は、第一次的には、租税立法者の任務である。租税平等主義の下では、立法者は課税要件を定めるに当たって「等しきものは等しく、等しからざるものは等しからざるように取り扱え」という形式的正義の要請に従わなければならない(【22】)。ただ、立法者といえども、あらゆる事態や可能性を想定して、この要請を実現することは、実際は不可能であるから、課税要件法に欠缺(法規の文言と趣旨・目的との不一致・ズレ)が生じるのもやむを得ないことではある(第2回Ⅲ1参照)。課税要件法の欠缺は「充足すべき課税要件(に基づく租税負担)の不存在」を意味するが、その欠缺を突こうとすることこそが租税回避の試み(前回Ⅲ参照)であり、それが成功すれば租税回避が成立するのである(この点については後のⅢ2で敷衍する)。 しかし、だからといって、課税要件法の欠缺という立法の不備や不完全さを補うために、租税法律主義(形式的租税法律主義)の内容を構成する合法性の原則(【37】、第1回Ⅲ1参照)や、それによって保護される納税者の権利利益、を犠牲にしてまで、課税要件法の緩やかな「解釈適用」によって、国家の利益(税収確保)や立法者の立場を、租税回避による侵害から、保護する必要はないと考えられる。合法性の原則の下では、やはり厳格な解釈適用が強く要請されるべきである(【41】)。 したがって、課税要件法の厳格な解釈適用の結果、成立する租税回避の範囲が、それに対応して広くなったとしても、解釈適用者はそのことを甘受しなければならない。殊に裁判官は、三権分立制の下では、むしろそうすることによって、立法者に立法の不備や不完全さを認知させるべきである。「租税負担の公平・租税正義の実現」という大義名分でもって、後述する租税回避の不当性に対する非難の矛先を納税者に向けるべきではない。 以上のような考え方は、租税回避の適法性を重視するリベラルな租税回避観に立脚するものである。今回の冒頭に掲げた租税回避の包括的定義が「適法」という法的評価をその要素としているのは、リベラルな租税回避観に基づくものである(【68】)。 リベラルな租税回避観は裁判所においても言及されることがある。いわゆる武富士事件・最判平成23年2月18日訟月59巻3号864頁において、法廷意見の次の判示(①。下線筆者)もそうであるが、須藤正彦裁判官の補足意見(②。下線筆者)は、リベラルな租税回避観の考え方をより一層明確に前面に押し出しているように思われる。 3 経済的自由主義の尊重と租税回避の適法性 ところで、リベラルな租税回避観は、租税債務関係説における課税要件の捉え方(第3回Ⅲ参照)に依拠するものである。 租税債務関係説によれば、課税要件は、租税権力関係説による場合とは異なり、私人と国家との間における租税債権債務関係の創設を税務官庁に授権することを前提にして定められた権限行使要件(内容的には租税命令要件)としてではなく、租税債権債務関係の創設を租税法律それ自体に係らしめること、すなわち、租税債務を法定債務として構成することを前提にして定められた租税債務の成立要件として、捉えられている(【54】【88】参照)。しかも内容的には、充足義務も充足回避の禁止も含まない、専ら租税請求のためだけの法律要件(租税請求要件)として、捉えられている。 課税要件を、充足義務や充足回避禁止を含む租税命令要件として、構成することも、立法論としては可能であろうが、しかし、そのような構成は、私有財産制に基礎を置く私人の自由な経済活動を前提として成立する租税国家における課税権行使のあり方(【2】【24】参照)としては、妥当ではない。このことは、租税国家の存立基盤としての経済的自由主義の尊重からの帰結である。 したがって、課税要件は、定立の前提に関する違い(法定債務か約定債務か)を別にすれば、私的自治の原則が支配する私法における典型契約と同じ性格及び構造(法的思考に関する包摂モデルないし要件・効果モデルに適合する裁判規範的な性格及び構造)をもつ法律要件であると考えられる(【54】参照)。 それゆえ、非典型契約が私法の領域で適法と評価されるのとパラレルに考えて、租税回避は、課税要件の充足回避を基本的要素とする以上、税法(課税要件法)の領域で「適法」と評価されるべきものである。 Ⅲ 租税回避の不当性 1 租税回避の不当性と租税負担の不公平 以上で述べてきたように、租税回避は「適法」と評価されるべきものである。しかしながら、税収の確保や租税負担の公平の実現というような、租税立法者が一般に配慮すべき見地からすれば、租税回避が好ましくないことは、確かである。租税負担の「不当な」軽減・排除という表現で、租税回避に対する「不当」という法的評価が、租税回避(Ⅰの冒頭に掲げた租税回避の包括的定義)の概念要素とされるのは、そのためである。 租税回避については、下記のような、何となく落ち着きあるいは据わりが悪い見方(①=増井良啓『租税法入門〔第2版〕』(有斐閣・2018年)51頁、②=宮崎裕子「一般的租税回避否認規定-実務家の視点から(国際的租税回避への法的対応における選択肢を納税者の視点から考える)」ジュリスト1496号(2016年)37頁、42頁)がされることがあるが、そのような見方には、租税回避に対する「不当」という法的評価が影響を与えているように思われる。 租税回避の不当性の意味を検討するに当たっては、行為態様アプローチが着眼する租税回避の「手段」の観点が、重要かつ有用である(第22回Ⅰ参照)。租税回避の「手段」(税法上の課税減免規定の濫用による租税回避については「間接的手段」)は、私法上の形成可能性ないし選択可能性であるが(第22回ⅡⅢ参照)、私人(納税者)がこれを行使して①「通常の」行為を形成・選択した場合と、②「異常な」行為を形成・選択した場合との間で、租税負担の較差が生じることは明らかである。というのも、①の場合には、課税要件が充足され納税義務が成立し、それに対応して租税負担が発生するのに対して、②の場合には、課税要件の充足が回避され納税義務の成立が一部又は全部阻止され、それに対応して租税負担が軽減又は排除されるからである。 とはいえ、上記の①の場合にも②の場合にも、私法上の形成可能性(選択可能性)の行使によって、基本的には同一の経済的成果が達成される。そうすると、①の場合と基本的には同一の経済的成果が達成されるにもかかわらず、租税負担の点では、②の場合の方が有利に取り扱われる、という結果が生ずることになる。この結果は、私法の観点からすれば、私的自治の原則・契約自由の原則の下で行為の形成可能性(選択可能性)を行使した結果であり、問題とされることはないのに対して、税法の観点からは、税収の減少及び租税負担の不公平を意味し、税収の確保及び租税負担の公平の実現の要請に反し「不当」と評価されるべきものである。関連して付言すると、その場合における私法上の形成可能性(選択可能性)の行使は、税法の観点からは、「濫用」と評価されるのである。 なお、租税回避が租税負担の不公平をもたらすことは、「常に」といってよいほど強調されるが、税収の減少をもたらすことは、国際的租税回避の場面を別にすれば、あまり強調されることがないように思われる。租税回避の不当性を論ずる際に税収確保の要請を前面に押し出することがあまりないように思われるのは、この要請が租税に関する議論について一般的に妥当し「当然の前提」とされているからかもしれないが、租税回避に対するかつての国庫主義的な経済的実質主義の立場(第20回Ⅲ参照)を彷彿とさせることを懸念してのことかもしれない。いずれにせよ、租税負担の公平と税収の確保とは「対概念」(コインの表裏)であることに留意すべきである(【18】参照)。 2 租税回避の不当性と租税利益の横領 租税回避の不当性の意味は、前述のとおり、税収の確保及び租税負担の公平の実現の要請に反することである。ただ、租税回避の類型のうち、とりわけ税法上の課税減免規定の濫用による租税回避については、その不当性に更に別の意味が付加されているように思われる。以下では、その意味を、租税回避が課税要件法の欠缺の利用によるものであるという観点から、明らかにしてみよう。 Ⅱの2では、課税要件法の欠缺を「充足すべき課税要件(に基づく租税負担)の不存在」の意味において租税回避の原因として問題にしたが、このことを租税回避の類型(第22回)に応じて敷衍すると、一方で、①私法上の形成可能性(選択可能性)の濫用による租税回避については、課税要件のうち納税義務の成立を根拠づける課税要件(積極的課税要件。課税要件と通常いわれるのはこれである)を定める規定である課税根拠規定の欠缺が、その原因となる。他方で、②税法上の課税減免規定の濫用による租税回避については、積極的課税要件の適用を排除し租税負担を軽減・排除する課税要件(消極的課税要件)を定める規定である課税減免規定に係る適用除外規定の欠缺が、その原因となる。 課税要件法の欠缺は「充足すべき課税要件(に基づく租税負担)の不存在」を意味するが、納税者はその欠缺を突くことによって「課税されない」という利益(租税利益)を享受することができる。ただ、その租税利益の意味は、租税回避の類型、したがって課税要件法の欠缺の類型によって、次のとおり異なる。 前記の①の場合には、納税者が私法上の形成可能性(選択可能性)の濫用によって形成(選択)した「異常な」行為について立法者が課税根拠規定を定めていなかったがために「課税されない」という租税利益、換言すれば、立法者の不作為の「反射的利益」として納税者が享受するいわば消極的租税利益であるのに対して、②の場合には、立法者が課税減免規定を定めたがために「課税されない」という租税利益、換言すれば、立法者が一定の意図(趣旨・目的)に基づき租税負担減免立法によって納税者に与えたいわば積極的租税利益のうち、納税者が私法上の形成可能性(選択可能性)の濫用によって当該課税減免規定の要件(消極的課税要件)を「文言上は」充足させるが、しかし、当該課税減免規定の「趣旨・目的には反して」享受するところの租税利益である。 ドイツでは、前記の②の場合の租税回避は、租税利益の横領(Erschleichung von Steuervorteilen)と呼ばれることがあるが、この言葉には、立法者が一定の意図に基づいて納税者に与えた租税利益をその意図に反して「不当に」領得する、というニュアンスが色濃く込められているように思われる。 税法上の課税減免規定の濫用による租税回避は、私法上の形成可能性(選択可能性)を「間接的手段」とするものであるが、その「直接的手段」は課税減免規定であることは既に述べた(第22回Ⅲ参照)。このことを前提にすると、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避には、「間接的手段」に関しては、既に1で述べたとおり、租税負担の不公平という意味での「不当」という法的評価が加えられ、「直接的手段」に関しては、租税利益の横領という意味での「不当」という法的評価が加えられるといってよかろう。 なお、課税減免規定に基づく積極的租税利益には、ⓐ担税力に応じた公平な課税の原則によって要請される経費控除等の、個々の税(法)の基本構造を構成する措置(構造的措置)に基づく租税利益だけでなく、ⓑ同原則には反するが経済政策・社会政策等の各種政策目的の見地から定められた特別な措置(租税優遇措置)に基づく租税利益も、含まれる。ⓐとⓑとの区別は絶対的なものではないが、租税利益の横領という意味での不当性の程度は、相対的には、ⓐについてよりもⓑについての方が高いといえよう。 Ⅳ おわりに 以上、今回は、租税回避の法的評価について、「適法」という法的評価と「不当」という法的評価とに分けて検討してきたが、この異なる法的評価は、順序は前後するものの、第20回以降の連載の主題「租税法律主義と租税回避との相克と調和」にいう「相克」(敵対性)と「調和」(同質性)との対比(第20回Ⅳ参照)に対応するものである。 「適法」という法的評価は、課税要件アプローチからの論理的帰結であり、リベラルな租税回避観に基づき経済的自由主義を尊重しようとするものである。このような「適法」という法的評価の点では、租税回避は、同じく自由主義原理に基づく租税法律主義と「調和」するといえよう。 これに対して、「不当」という法的評価は、税収の確保及び租税負担の公平の実現の要請に反することを意味するものである。租税法律主義の下ではこの要請に対して第一次的には立法者が応えるべきであり、立法者としては、租税回避の存在を認知したときには、可及的速やかにその否認のための措置を講じるべきである(租税回避の否認については第27回以下参照)。このような「不当」という法的評価の点では、租税回避は、税収の確保及び租税負担の公平の実現の要請を内包する租税法律主義(「含み公平観」については第2回参照)と「相克」するといえよう。 (了)
-お知らせ- 「〈令和2年分〉おさえておきたい年末調整のポイント」も現在連載中です。 〈令和元年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第3回】 (最終回) 「「令和2年分 扶養控除等(異動)申告書」受領時の注意点」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 平成30年度税制改正では、「働き方改革」を後押しする観点から、特定の収入にのみ適用される給与所得控除と公的年金等控除の控除額が引き下げられ、所得の種類に関わらず適用される基礎控除の控除額が引き上げられた。これらの改正は、令和2年分の所得税から適用される。 この改正に伴い、令和2年分の所得税から、源泉控除対象配偶者や控除対象配偶者等の所得金額要件に見直しが行われている。 連載第3回(最終回)は、改正事項が令和2年分の扶養控除等申告書に及ぼす影響と、扶養控除等申告書受領時の注意点について解説する。 なお、令和2年分の扶養控除等申告書の様式には、新たに「単身児童扶養者」欄が追加されている。その内容についても最後に触れることとする。 【1】 給与所得控除、公的年金等控除、基礎控除の改正の概要 給与所得控除、公的年金等控除、基礎控除の改正の概要は、次のとおりである。 (1) 給与所得控除の改正(所法28②③) (2) 公的年金等控除の改正(所法35④) (3) 基礎控除の改正(所法86①) なお、改正の詳細については、以下の拙稿等をご参照いただきたい。 【2】 扶養控除等申告書受領時の注意点①:配偶者や親族の所得金額 給与所得控除と公的年金等控除の控除額の引下げに伴い、控除対象配偶者や扶養親族等の所得金額要件に見直し(調整)が行われた。また、青色申告特別控除等の金額にも見直し(調整)が行われている。 扶養控除等申告書に記載される源泉控除対象配偶者、扶養親族、同一生計配偶者の合計所得金額を判定する際、注意が必要である。 (1) 合計所得金額要件の見直し(配偶者、親族) (※) 控除額判定の基礎となる配偶者の合計所得金額の区分も10万円ずつ引き上げられる。 令和元年分以前と令和2年分以後では、合計所得金額要件が10万円ずつ引き上げられている。これは、給与所得控除及び公的年金等控除の控除額が一律10万円引き下げられたことに伴う調整措置である。上表のとおり、給与又は公的年金等の収入ベースでみると、見直しの前後で変わりはない。 よって、配偶者や親族が給与所得者又は公的年金等の受給者である場合には、令和元年分以前と令和2年分以後において、源泉控除対象配偶者、控除対象配偶者、扶養親族、同一生計配偶者、配偶者特別控除の対象となる配偶者の範囲は、実質的に変わらない。 (2) 青色申告特別控除等の見直し (※) 申告期限内に電子申告する等の要件を満たす場合には、控除額が65万円になる(措法25の2④)。10万円の青色申告特別控除は見直しされていない(措法25の2①)。 令和元年分以前と令和2年分以後では、各金額が10万円ずつ引き下げられている。これは、基礎控除の額が一律10万円引き上げられたことに伴う調整措置である。基礎控除との合計額でみると、見直しの前後で変わりはない。 例えば、配偶者が個人事業主(青色申告)である場合には、青色申告特別控除の控除額が65万円から55万円に引き下げられた結果、他の条件が同一であれば、配偶者の合計所得金額は令和元年分よりも令和2年分の方が10万円増加することとなる。しかし、(1)で確認したとおり、源泉控除対象配偶者等の合計所得金額要件が10万円ずつ引き上げられているため、個人事業主である配偶者が源泉控除対象配偶者等に該当するか否かの判定に影響はない。 以上のとおり、配偶者や親族が青色申告特別控除や家内労働者等の事業所得等の所得計算の特例の適用を受けている場合も、令和元年分以前と令和2年分以後において、源泉控除対象配偶者、控除対象配偶者、扶養親族、同一生計配偶者、配偶者特別控除の対象となる配偶者の範囲は、実質的に変わらない。 【3】 扶養控除等申告書受領時の注意点②:所得者本人の所得金額 所得者本人の合計所得金額が要件とされている制度についても、今回の改正は影響を及ぼす。 勤労学生控除の合計所得金額要件は、改正により65万円から75万円へ10万円引き上げられた。一方、源泉控除対象配偶者と寡婦(寡夫)控除に係る所得者本人の合計所得金額要件は見直しされていない。各所得金額要件を給与の収入金額でみると、次のとおりとなる。 〈合計所得金額要件の見直し(所得者本人)〉 (※) 令和2年分の所得税から所得金額調整控除が導入されることから、子育て・介護世帯の場合には給与収入1,110万円以下となる(措法41の3の3①)。 {給与収入1,110万円-給与所得控除195万円-所得金額調整控除(1,000万円-850万円)×10%} =給与所得900万円 〈参考〉 所得金額調整控除の詳細については、以下の拙稿をご参照いただきたい。 【4】 扶養控除等申告書受領時の注意点③:「単身児童扶養者」欄の追加 地方税法の改正により、児童扶養手当の支給を受けているひとり親(単身児童扶養者)で、前年の合計所得金額が135万円以下である場合には、個人住民税が非課税となる措置が創設された(地法23①十二の二)。この改正は、令和3年度の住民税から適用される。 この改正に伴い、扶養控除等申告書を提出する者が単身児童扶養者に該当する場合には、「住民税に関する事項」に新しく設けられた「単身児童扶養者」欄に、必要事項を記入することとされた。 なお「単身児童扶養者」とは、次の①から③すべての要件を満たす者をいう(地法23①十二の二、地令7の3)。 〈令和2年分給与所得者の扶養控除等(異動)申告書〉(一部抜粋) なお、この改正は地方税に係るものであることから、所得税の源泉徴収及び年末調整には影響しない。 (※) 本稿では、年末調整で使用する各申告書等を次のとおり表記する。 (連載了)