2014年3月6日(木)AM10:30、Profession Journal No.59 が公開されました。 Profession Journalの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開してまいります。 Web情報誌 Profession Journalは、プロフェッションネットワークのプレミアム会員専用の閲覧サービスです。 Profession Journalについての詳細はこちら。 バックナンバー一覧はこちら。
monthly TAX views -No.14- 「配偶者控除の改組は実現するか」 中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員 森信 茂樹 少し気は早いが、来年度税制改正の課題となりそうなテーマとして、配偶者控除の取扱いがある。 安倍政権は、第3の矢「日本再興戦略─JAPAN is BACK」(2013年6月14日公表)において、女性が活躍できる環境整備の推進を目標として掲げ、「男女が共に仕事と子育て等を両立できる環境の整備」をうたっている。 これに関連して、政府や自民党のさまざまな場で、配偶者控除の改組や廃止に関する議論が始まりつつあり、筆者もその一つに巻き込まれている。 配偶者控除は、「専業主婦」は家計に追加的な生計費がかかるので担税力が落ちることや「内助の功」への配慮という理由から設けられたものである。最近では、「子育てのために専業主婦は必要」という少子化対策税制として主張されることが多くなった。 * * * しかし、少子化と女性の就労との関係には、最近大きな変化がみられている。 先進諸国の女性就業率と出生率の関係を、OECD統計で比較してみよう。 1980年には、女性就業率と出生率は女性の就業率が高いほど出生率は低いという「負の相関関係」にあった。ところが、2000年にはこの関係が逆転、女性の就業率と出生率は「正の相関関係」となった。 つまり、女性の就業率が高い国ほど出生率も高い、これが先進諸国で起きている現実である。 このような中で、わが国はこの20年間、女性就業率は若干上昇したが出生率は大きく低下しているのである。 もっとも、女性就業率と出生率の相関関係がどうして変化したのか、双方にどのような因果関係があるのかという点は必ずしも明確でなく、踏み込んだ分析が必要である。 しかし、わが国を除く先進諸国では、女性が就労しつつ子育てをしやすい条件が整備されてきたこと、それを職場や家庭(つまり夫)で支える環境も変化してきたことが容易に想像できる。 女性パワーの活用を政策目標として掲げるのであれば、わが国もこのトレンドに乗るよう諸条件を大きく変えていく必要がある。その意味では、女性の就労に中立的ではない配偶者控除は、3号被保険者の問題と並んで見直すべき制度ということになる。 * * * では、配偶者控除をどう改組するべきなのか。 単に廃止するというのでは、政治的には通らない。未だ専業主婦家庭は多く残っており、高齢世帯も増税になる。そこで、代替案を示しながら廃止・縮小していくことが現実的な道筋となる。 考えられる代替案としては、配偶者控除を廃止して児童税額控除にする、児童手当の拡充や子供子育て支援に活用することが挙げられる。 支援対象を「専業主婦家庭」から「子育て家庭」へと変えるのである。 もう一つ、自らの控除と夫の控除の2つを受けることができる二重控除の現状を手直しする観点から、「移転的基礎控除」に衣替えするという考え方も出されている。 個人が就労し所得を得るとひとつの基礎控除を取得し、結婚した場合には、夫婦の働き方如何にかかわらず、夫婦それぞれが基礎控除を持つ。妻が使いきれない場合には夫が使うことを可能にする、という制度である。 この結果、現行の控除額のままでは、パートの主婦が65万円から141万円の収入を得る家庭では増税になるが、「103万円の壁」への意識はなくなり、就労の中立化を図ることができる。 【移転的基礎控除のイメージ図】 ※控除額は現行のままとした。 * * * 配偶者控除の廃止には、政治的に困難がつきまとう。 安倍総理の周りの有識者には、専業主婦の役割を評価し、配偶者控除を残すべきという意見が多いとも言われている。 しかし、女性パワーの活力を引き出すことがアベノミクス第3の矢の数少ない手段であると考えられる中で、議論は活発化せざるを得ない、つまり何らかの改正が行われる予感がする。 (了)
[個別対応方式及び一括比例配分方式の有利選択を中心とした] 95%ルール改正後の 消費税・仕入税額控除の実務 【第1回】 「仕入税額控除の仕組み」 国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦 1 なぜ今「仕入税額控除」なのか 本連載ではこれから消費税の仕入税額控除の実務についてみていくこととなるが、第1回となる今回は、消費税制度の根幹をなす仕入税額控除の仕組みについて解説する。 それでは、なぜ今「仕入税額控除」について確認する必要があるのだろうか。 この直接のきっかけは、平成23年度の税制改正にある。すなわち、平成23年度の税制改正において、消費税に関してはいわゆる「95%ルール」の見直しが行われたが、これにより改正前は課税仕入れに係る税額が全額控除できた事業者であっても、改正後は実額控除方式である「個別対応方式」又は「一括比例配分方式」のいずれかの選択適用が強いられるところが大幅に増えた。そのため、課税事業者の仕入税額控除制度への関心が大幅に高まったというわけである。実際、新たな事務量負担の増加と不慣れな経理処理に頭を悩ませている企業の経理担当者も少なくないものと思われる。 ところで、消費税の仕入税額控除については、2種類の実額控除方式のうち、一般的には個別対応方式の方が一括比例配分方式よりも有利と考えられている。なぜなら、多くの企業においては、個別対応方式の方が一括比例配分方式よりも仕入控除税額が多くなる傾向にあるからである。 しかし、事業規模の小さい課税事業者であれば、事業計画の内容の変更により、年度ごとの極端な課税仕入れの増加等の現象も起きやすい。また、一括比例配分方式を一度選択すると、2年間の継続適用が求められることから、仕入税額控除に関する有利不利の選択には将来の事業計画を見越した検討が必要となる。 したがって、単年度の仕入控除税額の計算だけで、両者の有利不利が導き出せるというような単純な問題でもないのである。 また、個別対応方式は課税仕入れの分類(用途区分という)が必須であり、手間がかかる。 さらに、本年4月には8%、来年10月には10%に消費税率が引き上げられる予定であり、個別対応方式と一括比例配分方式の選択による有利不利の差はより一層広がることとなる。そのため、両者の選択の重要性は今後益々高まることが容易に想像されるところである。 そこで本連載では、企業の経理実務に役立ててもらおうという趣旨で、「95%ルール」見直し後の仕入税額控除制度につき、個別対応方式及び一括比例配分方式の有利選択を中心に、多角的に解説していきたい。 2 95%ルール改正後の仕入税額控除 (1) 消費税増税と仕入税額控除の意義 消費税法を巡ってはここ数年重要な改正が続いている。一つは平成23年度の95%ルールの改正であり、もう一つは平成24年度の消費税率引き上げを柱とした大改正である。 いずれの改正も実務に与える影響は大きいが、事業者及びそれを支える税理士としては、当該改正により自衛の策として、消費税のプランニングが今後重要性を増すことを心に留めるべきであろう。 もちろん消費税についてこれまでもいわゆる「自動販売機節税スキーム」のようなプランニングが一部で実行されてきたわけであるが、どちらかというと法の不備を突く租税回避的なものが中心であったように思われる。しかし、租税回避スキームは基本的に課税庁に穴をふさがれて以後実行不能となる運命にあるものであり、賞味期限は意外に短い。 本稿で提案したいのはそのような短期的な利益を求めるものではなく、中長期的な観点からのプランニングである。すなわち、仕入税額控除制度の本質を理解し、本来あるべき姿に近づける方法を模索することで、仕入控除税額を最大化するという姿勢である。 税率が上昇しそれにつれて納付税額が増加すれば、それが事業者のキャッシュフローに与える影響は無視できない。そこで消費税のプランニングが重要性を増すわけであるが、その際留意すべきは以下の2点であろう。 ①についてであるが、仕入控除税額の最大化を図るプランニングは、個別対応方式を採用することが前提となる。 そのため、用途区分の判定が必須となるが、これを手間と感じるようでは残念ながら成果を得ることはできない。導入当初は確かに負担に感じることもあろうが、当該経理処理が軌道に乗りルーティンワークにしてしまえば、負担感は大幅に解消されるであろう。さらに副次的な効果として、経理の効率化・高度化も望めるところである。 無論、小規模の事業者はコスト・ベネフィットを十分考慮して実行するかどうかを決定すべきであり、闇雲に進めるべきではないことは言うまでもない。 ②についてであるが、仕入控除税額の最大化を図るプランニングにおいては、適用要件を満たしているか否かが成果を得られるかどうかの大きな分かれ目となり得る。 適用初年度において満たしていることは当然のことであるが、その後も適用を受けている限り継続して要件を満たしている必要がある。しかし、往々にして、適用を受けた課税期間以降の課税期間について(油断して)チェックが甘くなり、適用要件を満たしていなかったり、適用を満たすための裏付け資料が不十分であったりすることが税務調査で指摘され、否認されるケースが少なくない。また、時間の経過とともに法令が改正され、導入時とは適用要件が変更されている可能性があることも十分考えられる。 適用要件を満たしているか適宜かつ継続的にチェックすること、すなわちタックスプランニングの「メンテナンス」が肝要である。 なお、当該メンテナンスは、税務調査を受ける前に、外部の専門家(顧問税理士など)に依頼すると効果的であろう。 【消費税のプランニング~仕入控除税額の最大化】 (2) 95%ルールとは 消費税は、欧州諸国で既に導入されていた付加価値税(VAT, Value Added Tax)に倣い、課税の累積を避けるため、前段階の業者から仕入れた物品・サービスにかかる前段階の仕入税額を控除(仕入税額控除)し、ネットの付加価値に対して課税される仕組み(前段階税額控除型付加価値税)となっている。 ここで控除できる税額は原則として課税売上に対応する仕入税額のみであるため、課税仕入税額の仕分け(用途区分)が必要となる。 しかし、従来は、国内における総売上に占める課税売上の割合(いわゆる「課税売上割合」)が95%以上である場合には、課税売上以外の収入についてそれが非課税売上であるのか、それとも課税対象外売上であるのか、厳密に区分する必要がなかった。なぜなら、課税売上割合が95%以上であれば、課税仕入れ等の税額を全額控除できるものとされていたためである。 これを一般に「95%ルール」といい、少額不追及(de minimis rule)の一形態と解されてきた。業種にもよるが、わが国の企業の大半はこの95%ルールの適用を受け、課税仕入れ等の税額を、対応する売上ごとに仕分けすることなく、全額控除していたところである。 ところが、95%という水準で一律に全額控除を認めるというのは、特に大企業の場合少額不追及の基準としては緩すぎることから、結果として生じる益税の額は無視できない規模であり、また、そのような大企業は事務処理能力が高いため益税を許容する意義が乏しいと考えられる。 そのため、平成23年度の税制改正により、平成24年4月1日以降に開始する課税期間から、95%ルールの適用が受けられるのは進行年度の課税売上高が5億円以下の事業者に限定されることとなった(消法30②)。 ただし、当該改正による増収額は財務省の見積りで約29億円と小規模であり、益税是正の方法としてはそれほど大きなインパクトのある措置ではない(※1)。一方で、特に個別対応方式対応のため事業者が負担すべきコンプライアンスコストは少なくないものがある。 仕入税額控除の本来のあり方からすると、今回の改正は是認できるが、これと併せて不必要な制限である一括比例配分方式の「2年縛り」を廃止すべきであったのではないかと考えられる。 (※1) 財務省編『平成23年度改正税法のすべて』754頁。 (3) 仕入税額控除制度 消費税においては、課税の累積を排除するために、前段階の税額である仕入に係る税額(input tax)の控除が認められている。これを仕入税額控除(前段階税額控除)制度という。 消費税法によれば、事業者が国内において課税仕入れを行った場合又は保税地域から課税貨物を引き取った場合には、これらの日の属する課税期間における売り上げに係る消費税額から、課税仕入れに係る消費税額及び課税貨物に係る消費税額を控除することとなっている(消法30①)。なお、課税仕入れに係る消費税額とは、支払対価の額に105分の4を乗じて算出した金額である(消法30①、地方消費税を含めれば105分の5となる)。なお、当該割合は税率引き上げに伴い以下の通り変更されることとなる。 【税率引き上げと課税仕入れに係る消費税額】 消費税の仕入税額控除の特徴は、そのタイミングにある。すなわち、所得税や法人税の場合と異なり、いわゆる「費用収益対応の原則」は適用されず、ある課税期間に仕入れた物品やサービスに含まれる消費税額は、その物品やサービスと当該課税期間における売上との対応関係にあるかどうかとは関係なく、原則としてその課税期間(課税仕入れを行った日)において控除されるのである(即時控除の原則)(※2)。その差は減価償却のケースにおいて顕著である。 (※2) 金子宏『租税法(第十八版)』(弘文堂・2013年)653頁。 (4) 仕入税額控除の計算方法 仕入税額控除の具体的な計算方法は、以下の区分により行う。 (※3) ②③は進行年度の課税売上高で判定するのであり、「基準期間」の課税売上高で判定するわけではないことに留意すべきである。 上記における「課税売上割合」とは、課税期間中の国内における資産の譲渡等の対価の額の合計額に占めるその課税期間中の国内における課税資産の譲渡等の対価の額の合計額の割合をいう(消法30⑥、消令48①)。これを算式で示すと以下の通りとなる。 「課税資産の譲渡等」とは、資産の譲渡等から非課税取引を除いたものをいうことから(消法2①九)、上記算式中の分子・分母の違いは非課税取引の金額ということになる。そのため、非課税取引(収入)の割合が高い医療機関や福祉施設、持株会社などは、一般に課税売上割合が低い水準となる。 上記の①~⑤の区分により仕入税額控除の計算方法を示すと以下の表のようになる。 【課税仕入れ等に係る仕入税額控除の計算方法】 このように、課税売上割合が「95%以上か否か」で仕入税額控除の取扱いが大幅に変わってくる。 95%ルールとの関連では、上記③について平成23年度の税制改正で、平成24年4月1日以降に開始する課税期間においては全額控除が認められなくなった点が重要である。 なお、上記のうち、①~④により仕入税額を計算する方法を、⑤を「簡易課税」ということとの対比で「原則課税」ということがある。 3 個別対応方式 上記表中の③及び④に該当する事業者は、仕入税額控除の計算に関し、個別対応方式又は一括比例配分方式のいずれかを選択適用することが求められている。 このうち、課税仕入れ等に係る消費税額について、以下の3つの区分に分類し仕入控除税額を計算する方法を「個別対応方式」という(消法30②一)。 (※4) 実質的に「非課税資産の譲渡等を行うためにのみ必要な課税仕入れ等」と同義である。 これを算式で示すと以下の通りとなる。 また図解すると以下の通りとなる。 【個別対応方式による場合の仕入控除税額】 個別対応方式を選択する場合には、必ず上記ア~ウに区分しなければならない(消基通11-2-18)。このような区分を一般に「用途区分」という。 なお、上記ウ「両方に共通して要する課税仕入れ等」であっても、例えば原材料、包装材料、倉庫料、電力料等のように生産実績その他の合理的な基準により上記ア及びイに区分(按分計算)することが可能な場合には、その区分により個別対応方式を適用することができる(消基通11-2-19)。 4 一括比例配分方式 課税仕入れ等に係る消費税額について、課税売上割合で按分計算した金額を仕入控除税額とする方法を「一括比例配分方式」という(消法30②二、④)。 課税売上割合が95%未満の事業者及び課税売上割合が95%以上でその課税期間の課税売上高が5億円超の事業者は、個別対応方式と一括比例対応方式とを選択することができるが、課税仕入れ等に係る消費税額について前述3におけるア~ウの用途に区分していない事業者は、必然的に一括比例配分方式によることとなる。 一括比例配分方式における仕入控除税額の計算は次の算式により行う。 なお、一括比例配分方式を選択した場合には、2年間以上継続適用した後でない限り、個別対応方式へ変更することができない(消法30⑤)。一方、個別対応方式を選択した場合には、いつでも一括比例配分方式へ変更することができる。 5 課税売上割合に準ずる割合 個別対応方式により仕入控除税額を計算する場合には、原則として前述3のウ「両方に共通して要する課税仕入れ等」に課税売上割合を乗じることとなるが、所轄税務署長の承認を受けた場合には、課税売上割合に代えて、その他の合理的な割合(これを「課税売上割合に準ずる割合」という)により計算することも可能である(消法30③)。 ここでいう「合理的な割合」とは、通達によれば以下のような基準をいう(消基通11-5-7)。 課税売上割合に準ずる割合は、個別対応方式により課税仕入れ等に係る消費税額の計算を行っている事業者についてのみ適用され、一括比例配分方式により課税仕入れ等に係る消費税額の計算を行っている事業者には適用がないことに留意すべきである。したがって、用途区分を行っていない事業者は課税売上割合に準ずる割合の適用を受けることができないこととなる。 課税売上割合に準ずる割合は、事業全体について同一の基準・割合を適用する必要はなく、それぞれについて税務署長の承認を受けている限り、事業の種類ごと、費用ごと、事業上ごとに別の基準・割合を適用することが可能である(消基通11-5-8)。したがって、例えば、病院における部門を入院部門、外来部門、管理部門に分け、それぞれ異なる基準の「課税売上割合に準ずる割合」を適用することも、そのすべてが合理的と税務署長が認める限り、可能である。 課税売上割合に準ずる割合を適用する場合には、所轄税務署長に「消費税課税売上割合に準ずる割合の適用承認申請書」を提出する(消令47①)。当該申請書の審査後税務署長から承認を受けた日の属する課税期間から適用することができる。 一方、当該適用をやめる場合には、所轄税務署長に「消費税課税売上割合に準ずる割合の不適用届出書」を提出すれば、その提出のあった日の属する課税期間から適用されないこととなる。 6 簡易課税制度 消費税における仕入控除税額の算定の方法は、これまで説明したような実額による場合(個別対応方式又は一括比例配分方式)と、概算による場合(簡易課税制度)とに分けられる。 簡易課税制度は、一般に、中小企業者の事務負担を考慮して導入された制度であると説明される(※5)。すなわち、基準期間における課税売上高が5,000万円以下の課税期間について、所轄税務署長に「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出した場合に、その課税期間の課税標準額に対する消費税額(課税売上に係る消費税額)から売上対価の返還等の金額に係る消費税額の合計額を控除した金額にみなし仕入率を乗じた金額を、控除する課税仕入れ等に係る消費税額の合計額(仕入れに係る消費税額)とみなすものである(消法37)。 (※5) 「納税者の混乱を避けその協力を期待するために」採用されたと説明される。水野忠恒『租税法(第五版)』(有斐閣・2011年)768頁。 「消費税簡易課税制度選択届出書」の効力は、原則としてその提出のあった日の属する課税期間の翌課税期間以後の課税期間から生じる(消法37①)。ただし、新設法人の場合や、事業を営んでいなかった個人が事業を開始した場合には、その提出のあった日の属する課税期間以後の課税期間(要するに提出のあった日の属する課税期間)からその効力が生じる(消法37①、消令56)。 また、一旦当該制度の適用を選択した場合、事業を廃止した場合を除き、届出書を提出した日の属する課税期間の翌課税期間の初日から2年を経過するまで取りやめることはできないことに留意する必要がある(「2年間継続適用要件」消法37③)。 簡易課税制度においてみなし仕入率が適用される事業区分は以下のとおりであり、平成26年度の税制改正で一部変更されていることに留意すべきである(消法37①、消令57①⑤⑥)。 【事業区分とみなし仕入率(新旧対照表)】 (注) 網掛けは平成26年度の税制改正項目を示す。 平成26年度の税制改正により、金融保険業及び不動産業のみなし仕入率がそれぞれ10%ずつ引き下げられた。当該改正は平成27年4月1日以降に開始する課税期間から適用される。 なお、業種の分類は原則として事業者の課税資産の譲渡等ごとに、日本標準産業分類(総務省)等を参考に行う(消基通13-2-1)。 * * * 次回は、個別対応方式と用途区分について解説を行う。 (了)
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載55〕 所得拡大促進税制の経過措置(平成26年度税制改正) -3月決算法人の場合- 税理士 竹内 陽一 1 経過措置の概要 平成26年度税制改正における所得拡大促進税制(措法42の12の4)の経過措置(税制改正法案附則82条関係)は下記のとおりである。 (1) 個人 個人は、平成25暦年が基準年度となり、適用1年目が平成26暦年で、特に経過措置はない。 (2) 法人 法人で経過措置が適用されるのは3月決算法人である。3月決算法人以外では平成25年度において事業年度を変更し、平成26年4月1日前に事業年度が終了する場合である。 3月決算法人においては、平成24年度決算が基準年度、増加率2%の適用初年度は平成26年度決算となり、平成26年3月31日に終了する平成25年度決算については、翌事業年度である平成26年度が、2%要件をクリアして適用がある場合に限り、その平成26年度に、平成25年度増加額と平成26年度増加額の合計額の10%の税額控除の適用がある。 なお、この場合の控除限度額は、両事業年度が12月決算である場合、平成26年度の20%が控除上限となる(中小企業者の場合は40%が上限となり、他の税額控除を受ける場合の上限は90%となる)。 2 所得拡大促進税制の基準事業年度と2%適用年度 所得拡大促進税制の本来の基準事業年度に平成26年度改正を織り込むと、下図のようになる。 【平成26年度改正後の基準事業年度・2%適用年度・3%適用年度】 (※) 「3月締め以外の会社」とは、平成24年4月1日開始の4月決算法人から、平成25年3月1日開始の2月決算法人となる。 (※) なお、2月決算法人は、この税制の適用が最も遅い法人となり、基準事業年度は平成25年3月1日開始平成26年2月28日終了事業年度となる。 (※) 個人の基準事業年度は平成25年である。 3 3月決算法人の経過措置の適用事例 【数値例1】 (平成26年度が適用の場合) (※) 各年度において ① 給与等支給額の総額:前期以上 ② 継続雇用者給与等支給額の平均:前期超 (※) 上記【数値例1】では、平成25年度と平成26年度の2年間の増加合計額450万円について、平成26年度での税額控除額=45万円(他の要件を満たしていたとする)が可能となる。 【数値例2】 (平成26年度が不適用の場合) (※) 上記【数値例2】では、平成25年度分は、平成26年度の控除となり、平成26年度が適用要件を満たしていないため、適用不可となる。この場合、平成25年度改正法に戻って、5%以上の場合しか適用がない。 4 まとめ 所得拡大促進税制に係る平成26年度税制改正は、原則として平成26年4月1日以後に終了する事業年度について適用される(税制改正法案附則82①)。 なお、法人が同日を含む事業年度(特例事業年度)に改正後の制度を適用する場合において、経過事業年度(平成25年4月1日以後に開始し、平成26年4月1日前に終了する事業年度で、改正前の制度の適用を受けていない事業年度)において改正後の要件のすべてを満たすときは、その経過事業年度について改正後の規定を適用して算出される税額控除相当額を、その2%特例適用年度(平成27年4月1日前に開始する事業年度)において、その税額控除額に上乗せして法人税額から控除(=平成26年度も適用の場合には、加算して控除)できることとされている(税制改正法案附則82②)。 控除上限額についても、経過事業年度の期間に応じて上乗せされる(※)。 (※) この経過措置の適用を受ける場合の控除上限額は、次の算式により計算する。 (了)
居住用財産の譲渡所得 3,000万円特別控除 [一問一答] 【第21問】 「2棟の建物が一の家屋と認められない場合」 -一の家屋- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、隣接した家屋A及び家屋B並びにその敷地全体を所有しており、家屋AにはX夫婦が、家屋Bには娘夫婦(生計は別)がそれぞれ居住していました。 なお、X及びYの敷地使用割合は土地全体の各々2分の1です。 このほど、家屋A及び家屋B並びにその敷地全体を一括して売却しました。 この場合、Xの譲渡所得の全部について「3,000万円特別控除」の特例の適用を受けることができるでしょうか? A 家屋Aとその敷地(土地全体の2分の1)については「3,000万円特別控除」の特例の適用を受けることができるが、家屋B及びその敷地(土地全体の2分の1)については同特例の適用を受けることができない。 〈解説〉 隣接する2棟以上の建物が一体として一構えの家屋としての機能を有する場合には、その2棟以上の建物は「一の家屋」に該当するものと考えるが、それぞれの建物が独立して居住用家屋としての機能を有しており、それぞれの建物に生計を異にする者が居住している場合には、これらの2棟以上の建物は一構えの家屋と認められない。 したがって、本事例の場合、Xと生計を異にする娘夫婦が居住していた家屋B及びその敷地(土地全体の2分の1)は、Xの居住用財産には該当しない。 (了)
まだある!消費税率引上げをめぐる実務のギモン 【第5回】 「旅客運賃等・公共料金の取扱いについて」 アースタックス税理士法人 税理士 島添 浩 (監修) 税理士 小嶋 敏夫(執筆) 第5回である今回は、施行日をまたぐ旅客運賃等・公共料金の取扱いのうち以下の具体例について確認をすることとする。 施行日以後に乗車する旅客運賃等については、その支払日が施行日前であれば旧税率を適用し、施行日以後であれば新税率を適用することとなる。また、電気、ガス、水道料金等については施行日以後最初の検針等で確定した公共料金は、旧税率が適用されることとなる。 なお、これらの経過措置は、あくまで税率に関するものであり、旅客運賃等を支払った場合には、支払日(施行日前)に前払費用として資産計上し、乗車した日(施行日以後)に旧税率で費用計上することになるので注意が必要である。さらに、会計ソフトで入力する場合には、費用として計上する日が施行日以後である場合には、自動的に新税率で処理される可能性があるため、当該経過措置の適用を受ける取引には注意が必要である。 【解 説】 事業者が、旅客運賃、映画、演劇を催す場所等への入場料金を施行日前に領収している場合において、当該対価の領収に係る課税資産の譲渡等が施行日以後に行われるときは、当該課税資産の譲渡等については、旧税率が適用される(改正法附則5①)。 よって、電車、バス、航空機などの旅客運賃や料金で、平成26年3月31日までに代金を領収しているものについては、実際に乗車する日が施行日以後であっても、消費税は旧税率5%が適用される。 なお、定期券については、会社で定期券を購入して従業員に支給するケースと定期券相当額を従業員に支給するケースがある。前者の場合には会社が施行日前に購入した定期券購入代金につき経過措置が適用されることになる。 一方、後者の場合には従業員に支給する定期券相当額が施行日前である3月中に購入することを前提とした金額を支給する場合には経過措置の適用を受けることとなるが、施行日以後である4月1日以後に購入することを前提とした金額を支給する場合には経過措置の適用を受けることはできないので注意されたい。 【解 説】 ICカードに現金がチャージ(入金)された時点では、乗車券を購入したことにはならないため、旅客運賃等の税率等に関する経過措置の適用はない。 したがって、ICカードにチャージした金額のうち、平成26年3月31日時点の残高は前払費用として計上され、4月1日以後に乗車した分については新税率となるので注意が必要である。 このICカードは、短期前払費用の適用はないので、支払った時点で処理をしないように注意しなければならない。 【解 説】 ディナーショーの料金は、改正附則法5条1項に規定する「映画、演劇、音楽、スポーツ等を不特定多数かつ多数の者に見せ、又は聴かせる場所への入場料金」に該当することから経過措置の対象となる。 ただし、ディナークルーズや屋形船などのように遊覧航行しながら飲食を提供する場合には、当該サービスは飲食の提供を主目的とするものであるため経過措置の対象とはならないことから注意が必要である。 【解 説】 事業者が継続的に供給し、又は提供することを約する契約に基づき、施行日前から継続して供給し、又は提供される電気、ガス、水道水及び電気通信役務で、平成26年4月30日後に初めて料金の支払いを受ける権利が確定するものにあっては、当該確定した料金のうち、次の算式により算出した部分について旧税率が適用される(改正法附則5②、改正令附則4③④)。 *月数は暦に従って計算し、1月に満たない端数を生じたときは1月とする。 ご質問の場合、上記算式に当てはめると、以下のとおり5,000円の全額が経過措置の対象となる。 【解 説】 改正法附則5条2項に規定する経過措置の適用を受ける電気通信役務は、事業者が継続的に提供することを約する契約に基づき、施行日前から継続して提供し、かつ、施行日から平成26年4月30日までの間に検針等により料金が確定するものが経過措置の対象となる。 したがって、インターネットの定額の通信量のように、使用量の多寡にかかわらず毎月一定額を支払うものに係る料金については経過措置の対象外となる。 上記のように、電話料金等においては、経過措置の適用を受けるものと受けないものが混在する可能性があるため、4月分から5月分の電話料金等については、請求書の内容を詳細に確認する必要がある。 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【30】 〔第5章〕法令用語 (その16) 税理士 長島 弘 10 期限や期日を示す表現 (① 「以前」と「前」、「以後」と「後」) 【第27回参照】 (② 「期限」「期日」「期間」、③ 期間計算に関する国税通則法の定めと民法、④ 「・・・から・・・まで」)【第28回参照】 (⑤ 時をもって定める期限、⑥ 期限の特例と各種消費税の届出書、⑦ 国税通則法第10条第2項の期限の特例に関するその他注意点)【前回参照】 ⑧ 期間計算が過去にさかのぼる場合 期間の計算が、過去にさかのぼる場合には、その起算日が丸1日として計算できる場合を除き、その前日を第1日として過去にさかのぼって計算する。 その例として、国税徴収法第38条(事業を譲り受けた特殊関係者の第二次納税義務)を見てみよう。 この条文は、国税を滞納している納税者から一定の範囲の者が1年以内に資産を譲渡されている場合の第二次納税義務を定めたものである。そしてこの1年以内というのは、当該税額の法定納期限の前日より起算して1年を計算する。そして1年以上であるから、1年ちょうども含まれるため、1年前の応当日における譲渡も1年以上前の範囲に含まれることになる。 なお前回、国税通則法第10条第2項の期限の特例に関する注意点として、「「国税に関する法律に定める」「申告、申請、請求、届出その他書類の提出、通知、納付又は徴収」に関する期限」であるから、単に計算の基準となっている期間の末日や課税内容を定める際に基準となる期間の末日、一定事実の判断の基準としている期間の末日はこれに該当しない。」と書いた。上記国税徴収法第38条の内容はこれに該当するため、上記1年はこの応当日が休日であっても変更されない。 ⑨ 「経過する日」と「経過した日」 期限(期間の末日)を示す法令用語で、「経過する日」というのがあり、またそれと似た語として「経過した日」がある。 「経過する日」は、応当する日の午後12時までをいい、「経過した日」は「経過する日」の翌日の午前零時から午後12時までをいう。 「経過する日」の使用例として、国税通則法第35条(申告納税方式による国税等の納付)第2項第2号を見てみよう。 すなわち、更正又は決定があった場合には、更正通知書に更正により納付すべき税額として記載された金額又は決定通知書に納付すべき税額として記載された金額については、更正通知書又は決定通知書を発した翌日から起算して1月を経過する日が納期限となる。仮に3月15日に発せられたものならば、3月16日が起算日となり1月を経過する日は4月15日となる。 では次に、「経過した日」の使用例として、国税通則法第63条(納税の猶予等の場合の延滞税の免除)第6項第3号を見てみよう。 この条文は、災害等により国税が納付できない事由が生じた場合に、災害等が発生した日から消滅までの期間及びその後の7日間に対応する延滞税を免除するものである(なおこの災害等により納付できないという意味は、国税の納付行為そのものができないことを意味し、災害等により資金が不足して納付できない場合は含まれない)。 すなわち、災害等が発生した日からこれらの災害等が止んだ日以後7日を経過した日に対応する日数の分の延滞税を免除する旨の規定であるが、この期間の最終日をどう解釈するかにつき説明する。 すなわち、延滞税の免除期間に関する計算の起算日ではなく、最終日を確定するための起算日は、「その事由が消滅した日」であるから、災害等が消滅した日である。そしてその「以後」であるから、災害等が消滅した日を含んで「7日を経過した日」となる。例えば3月1日に災害が収まったならば、その3月1日を含んで7日「経過する」のは3月7日であり、7日経過した日は「3月8日」である。 したがって、3月8日までの分が、延滞税の免除される期間となる。 (了)
実務対応報告からみた 「従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引」 (日本版ESOP)の取扱い 【第1回】 「対象となるスキーム」 公認会計士・税理士 大矢 昇太 公認会計士 中村 真之 1 はじめに 企業会計基準委員会(ASBJ)は、平成25年12月25日に実務対応報告第30号「従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取扱い」を公表し、いわゆる「日本版ESOP」について会計上の取扱いを示した。適用は平成26年4月1日以降に開始する事業年度の期首からとされているが、早期適用も認められている。 本稿では平成26年3月期の決算を目前に控え、本実務対応報告の概要について解説する。なお、文中の意見に関する部分は私見であることをあらかじめ申し添えさせていただく。 2 本実務対応報告を公表した経緯と対象となる取引 (1) 経緯 ESOPとは、正式には、「Employee Stock Ownership Plan」(従業員による株式所有計画)の頭文字であり、企業拠出による従業員に対する退職時雇用者株式給付制度を指す。もともと米国で発祥した制度であり、米国では、Employee Retirement Income Security Act(ERISA:従業員退職所得保障法)およびInternal Revenue Code (I.R.C.:内国歳入法典)において定義され、制度の租税法上の適格性要件が厳格に定められた適格退職金・年金制度であり、確定拠出型年金信託の一形態とされており、広く諸外国においても米国と同様の法制度が存在している。 これに対して、日本においても、ESOPと同じように、従業員または従業員持株会(以下「従業員等」という)に信託等を通じて自社の株式を交付することで、従業員が最終的に自社の株式を取得することができるようにスキームが考案されてきた。 しかし、いわゆる日本版ESOP(以下「日本版ESOP」という)は、法的には自己株式を用いるため会計処理に会社法が関連するものの、資本に関する会社法の取扱いについて明確になっていない点があり、また、会計処理についても、信託に関する会計処理について、「連結財務諸表における特別目的会社の取扱い等に関する論点の整理」(企業会計基準委員会 平成21年2月6日)の脚注10において、総額法によることが定められているものの、会計基準ではないため規範性はなく、また、そもそも、スキーム全体として拠って立つ会計基準が示されていなかった。 そのため、日本版ESOPの適用事例が増加してくると、スキームの種類や、どこを重視するかによって会計よりにばらつきが出るようになったことから、従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引の会計処理等について、現状の実務を整理し、当面、必要と考えられる実務上の取扱いを明らかにするため、本実務報告書が公表された(第1項)。 (2) 対象となる取引 本実務対応報告の対象となる取引の類型としては、「従業員への福利厚生を目的として、従業員持株会に信託を通じて自社の株式を交付する取引」(第3項)、「従業員への福利厚生を目的として、自社の株式を受け取ることができる権利(受給権)を付与された従業員に信託を通じて自社の株式を交付する取引」(第4項)を以下のとおり示している。 【第3項の取引】 第3項の取引は、概ね以下から構成される。 【第4項の取引】 第4項の取引は、概ね以下から構成される。 日本版ESOPについては、前述のとおり多種多様なスキームが考えられているため、取引の内容が、ここに記載された内容と大きく異ならない場合に、本実務報告書の対象となるかどうかについて、混乱が生じることを避けるため「概ね以下から構成される。」と表現されている(第25項)。 本実務対応報告の目的は、当面、必要と考えられる実務上の取扱いを示すことで、会計処理のばらつきを縮小することが目的であるため、本実務対応報告の対象範囲は典型的なものに限定することとしている(第26項)。 したがって、信託契約の内容が直接的に本実務対応報告に示されていないスキームによる場合、取引内容について本実務対応報告に定めるものであるかどうかを判断し、適切に実態を反映する会計処理方法を検討する必要があると考える。 また、従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引は、会社法や金融商品取引法、信託法、労働法等に基づく制度や規制等の対象となると考えるが、脚注1に記載されているとおり、本実務対応報告では取引の法律的な解釈を行うことを目的とはしていないため、取引の法的有効性については、必要に応じて法律専門家の関与を検討することも必要と考える。 (了)
企業担当者のための 「不正リスク対応基準」の理解と対策 【第1回】 「不正リスク対応基準の設定背景と不正リスクの想定」 公認会計士 金子 彰良 不正リスク対応基準の設定を契機に、企業では組織内の不正を阻止する風土の醸成と不正リスクの観点からリスク・コントロールの再評価が求められている。【第1回】では、不正リスク対応基準をめぐる現状把握として、不正リスク対応基準の設定背景と不正リスクの想定について解説する。 《不正リスク対応基準の設定背景》 平成25年3月に企業会計審議会は「監査における不正リスク対応基準」(以下、「不正リスク対応基準」という)を公表した。これは、2011年に発覚した上場企業の不正による有価証券報告書の虚偽記載の事案をきっかけに審議・設定されたものであるが、背景にはここ数年、過去に発生した不適切な会計処理により過年度に提出した有価証券報告書などの訂正事案が頻発している事情もある。これらの事案においては、結果として会計監査が有効に機能しておらず、より実効的な監査手続を求める指摘があるとともに、職業的専門家としての懐疑心の重要性が再認識されている。 このような状況の下、企業統治のあり方や不正に加担する外部協力者の行為の是正・予防、さらに検査・モニタリングの強化と並んで、会計監査のあり方も見直され、不正リスク対応基準の設定に至っている。 すなわち、不正リスク対応基準は、監査人が不正リスクを適切に評価し、評価した不正リスクに対応するために適切な監査手続を実施して監査の有効性を確保しようとしたものであり、これにより日本市場の透明性・公正性を確保し、投資家が信頼して投資できる環境を整備することを目的に設定されたものである。 ところで、不正リスク対応基準の内容だけを見れば監査人の問題であると思われるかもしれない。企業側はこの基準の中で何の行為者にも定義されていないため、監査を受ける立場として質問対応などに影響は限定されるという見方もある。しかし、基準設定にあたり市場から求められているのは「財務報告の信頼性の確保」であり、その前提としての「不正及び不正による重要な虚偽表示の排除」である。したがって企業側の努力なくして対応することはできない。 もし、今回の不正リスク対応基準の設定の意味合いを監査の有効性確保として監査人の問題と捉えるならば、不正発生の抑止効果としては限定されたものになるだろう。 重要なのは企業側が当事者意識を持つこと、すなわち、不正の発生を防止する組織風土の醸成や不正対策、不正発見時に被害を最小限に留めるための対応策を講じ、株主及び投資家に対して信頼性ある財務報告を作成・公表するのは企業の責任であるという意識を強く持つことである。 (不正)リスクは潜在的なものである。したがって意識して、「そこに(不正)リスクがあるかもしれない」と思わない限り、その存在を認識することはできない。筆者は、前述の「不正及び不正による重要な虚偽表示の排除」を望む市場の声は、企業に対して「不正があるかもしれない」という意識の持ち方を高めるよう訴えていると考える。 それでは、具体的に企業は不正リスク対応基準の導入を受けてどのように対応すべきであろうか。 一般的に不正リスクのように将来起こるかもしれない潜在的な課題に取り組むときは、次の4つに分けて検討する。 これらのうち本連載では、 企業がとるべき不正リスクへの対応として、「不正があるかもしれない」という意識の持ち方と関連が強い①~③について、企業内で内部統制を推進するまたは評価する立場にある担当者向けに解説をしていきたい。 《不正リスク想定》 監査人が財務諸表の監査において対象とする重要な虚偽表示の原因となる不正には、「不正な財務報告」と「資産の流用」がある。 前者の不正な財務報告は、財務諸表の作成の基礎となる会計記録や証憑類の改竄・偽造を行うことによって、架空売上・水増し仕入・評価損回避・簿外債務・費用繰り延べなど、財務報告自体を歪めることを目的として行われる。経営者や上位管理者による内部統制の枠外で引き起こされることも少なくなく、発見が難しいため過去の不正が発覚して、複数年度の財務諸表等の訂正が必要になるといったように、財務諸表の重要な虚偽表示につながる可能性が高い。 一方、後者の資産の流用は、個人が会社の現預金・有価証券・棚卸資産等を流用し、それを隠蔽・偽装して利益を得ること自体を目的に行われる。財務報告を歪めること自体を目的としているわけではないが、結果的に不正が発覚するまでの期間は財務報告が歪んだ状態となる。経営者や上位管理者が不正に関与する場合、損害が多額にのぼることもあるが、従業員による資産の流用では比較的少額の損害となる傾向にある。 今回の不正リスク対応基準において、監査人が注力するのは財務報告の重要な虚偽表示を及ぼす不正であることから、基準の内容は主に前者の不正な財務報告を念頭においたものとなっている。 自社においてどのような不正が発生するかを事前に想定することは難しいかもしれない。実際に事件が起きてから、「まさか自社で不正が発生するとは」と驚くように、性善説に立つことの多い日本企業においては、なかなか現実味がないからである。 そこで、未経験の仕事をするときに経験者の話を聞いたり、事案を調べたりするように、ここでも一般にどのような不正が発生しているのか、実際に発生した不正事案を知っておくことが有用となる。 前述したように、不正リスク対応基準において、監査人が注力するのは財務報告の重要な虚偽表示につながる不正である。このような観点から、自社においてどのような不正リスクが想定されるかを検討するにあたって、一般的に入手可能で、参考になるのが金融商品取引法の内部統制報告制度において公表されている「開示すべき重要な不備」の事案である。 内部統制報告制度では、内部統制の不備について、財務報告に及ぼす影響が質的または量的に重要な場合、内部統制報告書上で開示すべき重要な不備があり内部統制は有効でないとの評価結果を記載する。本来、この開示すべき重要な不備は、潜在的な虚偽表示リスクを評価して、経営者の許容可能な水準と比較して判断される。しかし実際には、通期の内部統制報告書は有効との評価結果を記載していたにもかかわらず、後になって過去の誤謬または不正による虚偽表示が顕在化することがある。このような場合、その誤謬又は不正が内部統制の不備(開示すべき重要な不備)に起因していると判断して、訂正内部統制報告書で内部統制は有効でないと評価結果を訂正するケースが多い。 つまり、財務報告の重要な虚偽表示を及ぼす不正の事案を知る方法の一つとして、内部統制報告書の評価結果で開示すべき重要な不備を記載した企業のうち、過去の不正が原因となっている事案を分析することが有効と考えられる。 そこで下の図表では、2013年1月から12月に内部統制報告書(通期の内部統制報告書および訂正内部統制報告書の両方を含む)において、開示すべき重要な不備(重要な欠陥)があり内部統制が有効でないとする評価結果を開示した企業のうち、不正が原因となっているものを抽出した。 昨年1年間の実態をみると、開示すべき重要な不備という財務報告の重要な虚偽表示につながる不正のほとんどが「不正な財務報告」であったことがわかる。 【図表】不正が原因となった開示すべき重要な不備(クリックすると別ウィンドウでPDFが開きます) (内部統制報告書、訂正内部統制報告書、各社公表資料より筆者にて作成) (*1) 影響額は、調査報告書などに記載された財務諸表の訂正額のうち純資産への影響額などを記載(会計監査手続が完了前の金額あり)。 (*2) 会社として仕入水増しに関連した資産の流用(キックバック)の事実があったことの疑義は払拭できないものの、確証は得ていないとしている。 これら事案を見る中で特筆すべきことは、不正な財務報告の虚偽表示の影響は、期間・金額の両面で非常に大きなものになるということである。 上記図表の対象ではないが、昨年7月に上場廃止した株式会社クロニクル(JASDAQ)の評価損を回避した不正事案でも総額1,622百万円の影響額(営業貸付金等、営業出資金、預け在庫の損失)が出ている。 上記はどのような不正が発生するか(不正リスク想定)として、2013年1月から12月に発生した不正な財務報告の事案のみを見ているが、その期間的・金額的な影響の大きさを鑑みると、投資家が信頼して投資できる環境の整備が重要になっているのが十分理解できる。また、企業としても、失墜した社会的な信頼を回復させるには長い期間が必要で、事業面への影響も計り知れない。 * * * 次回は、不正リスクを識別するための不正リスク要因の検討の重要性について解説する。 (了)
設備投資減税を正しく活用して強い企業をつくる ~設備投資における管理会計のポイント~ 【第5回】 「「設備投資の経済性計算」を理解する」 公認会計士・税理士 若松 弘之 〈「設備投資の経済性計算」の理解〉 設備投資の意思決定をレベルアップするためには、管理会計の重要論点である「設備投資の経済性計算」を十分理解しておく必要がある。 この手法の、主なポイントは次のとおりである。 もちろん「設備投資の経済性計算」は絶対的なものさしではなく、最終的な投資可否の判断の有力な一材料であり、その他の影響やリスクを幅広に検討して判断すべきことはいうまでもない。 以下では、上記のポイントについて順に説明していくこととする。 〈「利益」概念から「キャッシュ・フロー」概念へ〉 設備投資を検討するうえで必ず理解しておかなくてはならないのは、「投資の採算性はキャッシュ・フローで考える」ということである。 これは企業や事業全体にもいえることであり、結局、事業の成果とは「調達したキャッシュ」(インプット)と「獲得したキャッシュ」(アウトプット)の差額がいくらだったのかという点に尽きる。 仮に、企業が誕生してから清算されるまでに稼いだキャッシュをすべて企業内部に留めていたならば、清算時に残るキャッシュは、その間の事業に関わるインプットとアウトプットの差額になるはずである。 そして、その途中経過としてのキャッシュの運用状態や、キャッシュにつながる「利益」の獲得状況を、「事業年度」という区切りで表したものが、貸借対照表や損益計算書となる。 また、一連のキャッシュの流れを「営業活動、投資活動、財務活動」の視点で表したものがキャッシュ・フロー計算書である。 大切な点は、貸借対照表の「資産」や損益計算書の「利益」も、最終的にはキャッシュとして回収されなくては意味がないということである。 〈設備投資と減価償却の関係〉 設備投資と減価償却は密接な関係にあるが、損益計算書や貸借対照表に影響を与える減価償却について、あらためてその役割を確認してみたい。 通常、設備は数年間にわたって稼働することで収益を生み出すため、本来その資産価値の消費も数年間にわたるはずである。それにもかかわらず、設備を購入した初年度に一括で費用処理したらどうなるだろうか。 購入初年度については、それほど売上は伸びないことが多いのに対して、購入額がすべて費用になるため、大きな損失となるだろう。 一方、翌年からは、設備はフル稼働しているにもかかわらず、まったく費用が発生しないため、逆に大きな利益が発生することになるだろう(下図参照)。 また、購入時一括費用処理の結果、2年目以降も明らかに価値を持ち続ける設備資産の帳簿価額がゼロになってしまう。 これでは本当の経営成績や実態が分からず、利害関係者である株主や債権者などは、経営状態の良否や先行きについて適切な判断ができなくなってしまう。 したがって、損益計算書や貸借対照表を通じて、適切に経営成績や財政状態を把握するために減価償却はなくてはならない会計処理なのである。 〈減価償却と税金の関係〉 経営成績や財政状態の実態把握という面以外にも、減価償却には「稼いだキャッシュを企業の内部に留めおく」という機能がある。 これは減価償却費が税務上、課税所得から減算される(損金算入される)ことによって、減価償却費に税率を掛けた金額が税金として外部流出することを防ぐというものである(下図参照)。 結果的に設備投資額がすべて減価償却された段階で、その額に見合うキャッシュが企業内部に貯まっていることになり、それが新たな設備投資の資金源になるのである。 これを「減価償却の自己金融」効果という。 もしも、設備を廃棄するまで、減価償却費が損金算入できないならば、減価償却相当額はすべて課税所得になってしまい、設備投資額に税率を掛けた金額は、納税という形で社外に流出してしまい、再投資や設備更新の資金繰りに重大な影響をもたらすことになる。 これまでの解説で「設備投資」「減価償却」「利益」「キャッシュ・フロー」「税金」の関係を明確に理解しておく必要性が分かってもらえたであろうか。 とかくあいまいな意味を含む「節税」については、単に「一時点の納税額を少なくすること」ではなく、「損金前倒しによる投資資金の早期回収効果」と本質的に理解しておくべきである。 そうすれば、早期回収した資金を別の投資に回したり、財務運用したりすることにこそ節税効果があることが明らかになるであろう。 設備投資の検討においては、「投資資金をどのくらいの期間で回収し、投資期間にわたりどの程度の正味キャッシュ・インフローが得られるのか」という点にこそ軸足を置くべきである。 〈キャッシュの時間的価値〉 「設備投資の経済性計算」を考えるうえで、もう1つ理解しておくべき重要な概念として、「キャッシュの時間的価値」がある。 これを理解するため、次の問いに答えてもらいたい。 直感的に、 と考える人も多いと思う。 このような考えには、自分の中に暗黙の前提をおいている場合が多い。すなわち、 という考えである。しかし一方では と思う人もいるかもしれない。 少し意地悪な質問であったが、この問いに対する答えは、各人のキャッシュに対する時間的価値やリスク判断によって変わってくる。 この問いでは、返金リスクはないという前提をおいているため、経済性の観点から厳密に検討すると以下の答えになる。 ここで大事なポイントは以下である。 「設備投資の経済性計算」を行うためには、設備投資後、将来にわたりどのようにキャッシュ・フローが増えるのかという投資効果を見積もらなければならない。 この「将来キャッシュ・フロー」の見積りに関していえば、5年後に100万円回収するよりも、1年後に100万円回収できた方が有利ということになる。 なぜなら、5年後の100万円の価値よりも、1年後の100万円の価値の方が高いからである。 したがって、「将来キャッシュ・フロー」の見積りについては、回収期間にわたる総額もさることながら、どの年度でいくらキャッシュ・フローがあるのかを合理的に見積もることが重要である。 今までの点をまとめると、「設備投資の経済性計算」の前提として必要な情報は次のとおりである。 * * * 次回からは「設備投資の経済性計算」の代表的な4つの手法について、1つずつ解説を行っていく。 (了)