ⅩⅠ 監査報告書の透明化
日本では、今まで株主等に対して、会計監査の内容等に関する情報提供は充実していたわけではない。一方、諸外国では、監査報告書の透明化を進めるべく、制度変更が行われている。
そして、日本でも平成29年6月26日に金融庁より「「監査報告書の透明化」について」が公表され、「監査報告書の透明化」へ向けて議論が本格的にスタートしている。
そして、監査報告書の透明化の最大のポイントは、「KAM(Key Audit Matters)」である。
(注) 以下では、既に制度変更が行われている国際監査・保証基準審議会(IAASB)の基準をベースに解説している。
1 KAMとは
国際監査・保証基準審議会(IAASB)におけるKAMの定義、決定方法、監査報告書の記載事項は以下のとおりである。
2 監査報告書
現在は、無限定適正意見の場合、定型的な記述しか監査報告書に記載されないが、KAM導入後は、定型的な記述にプラスして、個々の会社ごとに監査上、特に重要なポイントが記載されることになる。
言い換えると、監査報告書が会社ごとに異なるということである。
3 KAMの具体的な記載例
海外の事例であるが、KAMと決定した理由の記載事例として、以下がある。
●のれん
グループは、国際財務報告基準に準拠して、のれんの金額に関して年次で減損テストを実施することが要求されている。20X1年12月31日時点での残高XXは財務諸表において重要であり、したがって、監査上、減損テストの検討は重要であった。また、経営者の評価プロセスは複雑であり判断の度合が高く、様々な仮定が使用されている。特に、[特定の仮定を記載する]は、[国又は地理的領域の名称]における、将来の市況や経済状況に関する予測による影響を受ける。
●退職給付資産及び債務の評価
グループは、20X1年12月31日現在において、年金資産の積立超過額として[金額]を計上している。退職給付資産及び債務の評価の基礎となる種々の仮定に関する判断は、積立超過額又は不足額を変動させ、グループの配当可能利益の金額に影響するため重要であり、また、当該判断は主観的なものである。経営者は、積立超過額の算定のため、数理計算の専門家からの助言を得ているが、見積りは、長期的なトレンド及び市況に対するグループの予想に基づき行われているため、不確実性が存在している。計算において使用された仮定の僅かな変化が評価額に大きく影響するため、グループが貸借対照表において認識した金額と、実際の超過額又は不足額は、大きく異なる可能性がある。
●収益認識
[製品の名称]について、販売及びアフターサービスを行った年度に認識する売上及び利益の金額は、個々の長期的なアフターサービス契約が、[製品の名称]の販売契約と関連しているか又は独立しているかの評価によって決定される。契約上の取決めが複雑であるため、会計処理の選択には、その都度重要な判断が伴う。グループが、[製品の名称]の販売と長期サービス契約を、会計上、1つの取決めとして不適切に処理する可能性や、通常、長期サービス契約の利益率は[製品の名称]の販売契約の利益率よりも高いため、そのような処理は売上及び利益の早期計上につながることを考慮し、我々は、監査上、収益認識に重要性があると判断した。
【出所:企業会計審議会第38回監査部会(2017年10月)配布資料1「「監査報告書の透明化」について(金融庁)」P15】
また、同様に海外の事例であるが、監査人の対応の記載事例として、以下がある。
●のれん
私たちは、グループが使用した仮定及び手法(特に、[事業の内容]の売上の成長及び利益率の予想)の評価に際して、評価の専門家を利用した。私たちは、減損テストの結果の感応度が最も高く、よってのれんの回収可能額の決定に最も重要な影響を与える仮定に関する、グループの開示の適切性にも特に注意を払った。
●収益認識
収益認識を、特別な検討を必要とするリスクであると評価し、収益認識に関する重要な虚偽表示リスクに対応するため、以下を含めた監査手続を行った。
・内部のIT専門家を利用した、内部統制の運用評価手続の実施。特に、個々の広告キャンペーンの契約条件及び価格決定に関するインプット、当該契約条件及び価格データと広告会社との関連する包括的な契約との比較、及び広告対象者のデータとの関連性に関する内部統制に対して実施している。
・監査人が有する業種に関する知識及び外部の市場データから算定される推定値に基づく、収益及びその認識のタイミングの詳細な分析(推定値との差異の追加的な調査を含む)
●リストラクチャリング引当金及び組織変更
私たちは、費用及び引当金の妥当性及び認識の時期の適切性について、IAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」に基づき評価した。グループが費用及び引当金を認識するための規準は詳細で、また、現地でのコミュニケーションや固有の労働環境の影響を受け、労働組合との合意、個人への通知、又は和解に基づく場合がある。構成単位の監査チームは、当該構成単位に関するリストラクチャリング引当金の認識及び測定に関して、詳細な監査手続を実施した。グループ監査チームは、リストラクチャリング引当金の網羅性及び正確性を、特別な検討を必要とするリスクであると判断し、構成単位の監査チームが実施した手続を査閲し、また、認識の規準について構成単位の監査チームとの討議を行った。本社におけるリストラクチャリング引当金は、グループ監査チームにより監査されている。私たちは、財務諸表において認識されたリストラクチャリング引当金の決定に際し経営者が使用した規準及び仮定は、適切であると判断した。
【出所:企業会計審議会第38回監査部会(2017年10月)配布資料1「「監査報告書の透明化」について(金融庁)」P16】
4 適用時期
イギリスでは、2012年10月1日以後開始する事業年度から適用されている。また、EUでも2016年6月17日以後開始する事業年度から適用されている。そして、アメリカでも大規模早期提出会社(時価総額7億ドル以上の会社)は、2019年6月30日以降に終了する事業年度から適用され、それ以外のSEC登録会社は、2020年12月15日以降に終了する事業年度から適用されることが決定されている。
日本では現在、議論が行われているが、適用時期は決まっていない。また、対象も金融商品取引法監査のみとするか、会社法監査まで広げるか決まっていない。
企業会計基準第28号
「「税効果会計に係る会計基準」の一部改正」
企業会計基準適用指針第26号
「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」
企業会計基準適用指針第28号
「税効果会計に係る会計基準の適用指針」
企業会計基準公開草案第61号
「収益認識に関する会計基準(案)」
企業会計基準適用指針公開草案第61号
「収益認識に関する会計基準の適用指針(案)」
(連載了)