Ⅷ 時価の算定に関する会計基準等の公表
日本では、企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」等において、時価(公正な評価額)の算定が求められているが、算定方法に関する詳細なガイダンスは公表されていなかった。一方、IFRSではIFRS第13号「公正価値測定」が公表されている。
そこで、2019年7月4日に、ASBJより企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準(以下、「時価基準」という)」及び企業会計基準適用指針第31号「時価の算定に関する会計基準の適用指針(以下、「時価指針」という)」が公表された。
また、関連して以下の基準等の改正も公表された。
・企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準(以下、「棚卸資産基準」という)」
・企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準(以下、「金融商品基準」という)」
・企業会計基準適用指針第14号「四半期財務諸表に関する会計基準の適用指針(以下、「四半期指針」という)
・企業会計基準適用指針第19号「金融商品の時価等の開示に関する適用指針(以下、「金融商品開示指針」という)」
・会計制度委員会報告第4号「外貨建取引等の会計処理に関する実務指針」
・会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針(以下、「金融商品指針」という)」
・金融商品会計に関するQ&A
1 適用範囲
時価基準は、以下の項目の時価の算定に適用する(時価基準3、26~28)。
① 金融商品基準における金融商品
② 棚卸資産基準におけるトレーディング目的で保有する棚卸資産
2 時価の定義
「時価」とは、算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、当該取引における資産の売却によって受け取る価格又は負債の移転のために支払う価格をいう(時価基準5)。
時価は、直接観察可能であるかどうかにかかわらず、算定日における市場参加者間の秩序ある取引が行われると想定した場合の出口価格(資産の売却によって受け取る価格又は負債の移転のために支払う価格)であり、入口価格(交換取引において資産を取得するために支払った価格又は負債を引き受けるために受け取った価格)ではない(時価基準31(2))。
【その他有価証券の時価】
改正前の金融商品基準では、その他有価証券の期末の貸借対照表価額に期末前1ヶ月の市場価格の平均価額を用いることができたが、改正後は、当該平均価額が時価の定義を満たさないことから用いることはできない。
なお、その他有価証券の減損を行うか否かの判断において、期末前1ヶ月の市場価格の平均価額を用いることができる定めは、改正されていない。ただし、この場合でも、評価差額の算定の際には平均価額ではなく、期末日の時価を用いることになる(金融商品指針91、284)。
3 時価の算定方法
時価の算定にあたっては、状況に応じて、十分なデータが利用できる評価技法(そのアプローチとして、例えば、マーケット・アプローチやインカム・アプローチがある)を用いる。評価技法を用いるにあたっては、関連性のある観察可能なインプットを最大限利用し、観察できないインプットの利用を最小限にする(時価基準8)。
時価の算定に用いるインプットは、レベル1、2、3があり、レベル1からレベル3の順に優先的に使用する(時期基準11)。
【負債又は払込資本を増加させる金融商品の時価】(時価指針20、時価基準15)
負債又は払込資本を増加させる金融商品の時価は、以下を用いて算定する。
(1) 活発な市場における相場価格
(2) (1)が入手できない場合、他の者が資産として保有する同一の項目に係る活発な市場における相場価格
(3) (1)及び(2)が入手できない場合、他の観察可能なインプット(例えば、他の者が資産として保有する同一の項目に係る活発でない市場における相場価格)
(4) (1)から(3)が入手できない場合、インカム・アプローチ又はマーケット・アプローチ
また、負債の時価の算定にあたっては、負債の不履行リスクの影響を反映する。負債の不履行リスクとは、企業が債務を履行しないリスクであり、企業自身の信用リスクに限られるものではない。
【第三者から入手した相場価格の利用】(時価指針18)
取引相手の金融機関、ブローカー、情報ベンダー等、第三者から入手した相場価格が会計基準に従って算定されたものであると判断する場合には、当該価格を時価の算定に用いることができる。
資産又は負債の取引の数量又は頻度が当該資産又は負債に係る通常の市場における活動に比して著しく低下していると判断した場合には、第三者から入手した相場価格が秩序ある取引を反映した現在の情報に基づいているかどうか又は市場参加者の仮定を反映した評価技法に基づいているかどうかを評価して、当該価格を時価の算定に考慮する程度について判断する。
4 市場価格のない株式等
時価基準では、時価のレベルに関する概念を取り入れ、たとえ観察可能なインプットを入手できない場合であっても、入手できる最良の情報に基づく観察できないインプットを用いて時価を算定する。このような時価の考え方の下では、時価を把握することが極めて困難と認められる有価証券は想定されない。
しかし、市場価格のない株式等に関しては、たとえ何らかの方式により価額の算定が可能であったとしても、それを時価とはせず、従来どおり取得原価をもって貸借対照表価額とする(金融商品基準81-2)。
5 注記
金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項として以下の(1)から(3)を注記する。ただし、重要性が乏しいものは注記を省略することができる。なお、連結財務諸表において注記している場合には、個別財務諸表の注記は不要である(金融商品開示指針5-2、39-9、39-11、39-12、金融商品基準40-2)。
また、時価基準及び時価指針の適用初年度においては、下記(1)から(3)の比較情報の注記は不要である(金融商品開示指針43)。
(※1) 時価の算定に用いる評価技法又はその適用を変更する場合は、会計上の見積りの変更として処理する。ただし、この場合であっても、会計上の見積りの注記(企業会計基準第24号「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準(以下、「遡及基準」という)」18)は不要である。
(※2) 企業自身が観察できないインプットを推計していない場合(例えば、過去の取引価格又は第三者から入手した価格を調整せずに使用している場合)には、記載は不要である。
(※3) 調整表を作成するにあたっては、以下を区別して注記する。なお、時価基準及び時価指針を「年度末」の財務諸表から適用する場合(下記6参照)は、調整表の注記は省略することができる。
① 当期の損益に計上した額及びその損益計算書における科目
② 当期のその他の包括利益に計上した額及びその包括利益計算書における科目
③ 購入、売却、発行及び決済のそれぞれの額(これらの額の純額でも可)
④ レベル1の時価又はレベル2の時価からレベル3の時価への振替額及び当該振替の理由
⑤ レベル3の時価からレベル1の時価又はレベル2の時価への振替額及び当該振替の理由
⑥ 上記①に定める当期の損益に計上した額のうち貸借対照表日において保有する金融商品の評価損益及びその損益計算書における科目
⑦ 上記④及び⑤の振替時点に関する方針
例えば、以下のような方針が挙げられる。
➤振替を生じさせた事象が生じた又は状況が変化した日
➤会計期間の期首
➤会計期間の末日
調整表は、基本的に表形式により注記することが想定されるものの、時価がレベル3の時価に分類される金融商品の期首残高から期末残高までの変動の大部分が単一の変動理由によって説明できる場合には、一般的な重要性の判断に基づき、表形式によらない注記も可能である。
(※4) 例えば、企業における評価の方針及び手続の決定方法や各期の時価の変動の分析方法等
(※5) 観察できないインプットと他の観察できないインプットとの間に相関関係がある場合には、当該相関関係の内容及び当該相関関係を前提とすると時価に対する影響が異なる可能性があるかどうかに関する説明を注記する。
【現金等の時価注記】(金融商品開示指針4)
「金融商品の時価等に関する事項」の注記で現金や短期間で決済されるため時価が帳簿価額に近似するものについて、従前は貸借対照表計上額、時価及び差額を注記していたが、改正後は、現金及び短期間で決済されるため時価が帳簿価額に近似するものについては、当該注記を省略することができる。
【四半期(連結)財務諸表】(四半期指針80(3)、81-9)
四半期(連結)財務諸表では、貸借対照表において時価評価する金融商品のうち、企業集団の事業運営にあたっての重要な項目であり、かつ、前年度末と比較して著しく変動している場合のみ上記(1)を注記する。
なお、適用初年度においては、当該注記は不要である。
6 適用時期
[原則]
2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する(時価基準16)。
[容認]
➤2020年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することができる。
➤また、2020年3月31日以後終了する連結会計年度及び事業年度における年度末に係る連結財務諸表及び個別財務諸表から適用することができる(時価基準17)。
(1) 適用にあたっての経過措置
時価基準及び時価指針の適用初年度においては、時価基準及び時価指針が定める新たな会計方針を、将来にわたって適用する。この場合、その変更の内容について注記する(時価基準19)。
ただし、上記に関わらず、時価基準及び時価指針の適用により、時価の算定方法を変更した場合で、当該変更による影響額を分離することができる場合は、会計方針の変更に該当するものとする。この場合、以下のいずれかの方法により時価基準及び時価指針を適用することができる。なお、いずれの場合も遡及基準第10項に定める事項(会計基準等の改正に伴う会計方針の変更の注記)の注記は必要である(時価基準20)。
- 会計方針の変更を過去の期間のすべてに遡及適用する。
- 適用初年度の期首より前に新たな会計方針を遡及適用した場合の累積的影響額を、適用初年度の期首の利益剰余金及びその他の包括利益累計額又は評価・換算差額等に加減し、当該期首残高から新たな会計方針を適用する。
(2) 投資信託の経過措置
投資信託の時価の算定は、時価基準公表後概ね1年をかけて検討を行うこととされた。改正までの間は、投資信託の時価は、取引所の終値若しくは気配値又は業界団体が公表する基準価格が存在する場合には当該価格とし、当該価格が存在しない場合には投資信託委託会社が公表する基準価格、ブローカーから入手する評価価格又は情報ベンダーから入手する評価価格とすることができる。
また、当該経過措置を適用した投資信託について、上記5の注記は不要である。当該注記を行わない場合、当該投資信託について、その旨及び貸借対照表計上額を上記5(1)の注記に併せて注記する(時価指針26)。
(3) 組合等への出資の経過措置
貸借対照表に持分相当額を純額で計上する組合等への出資(金融商品指針132、308)の時価の注記は、投資信託に関する取扱いを改正する際(上記(2)参照)に取扱いを明らかにする。改正までの間は金融商品開示指針第4項(1)(金融商品の時価等に関する事項)の注記は必要ない。
なお、当該注記を行わない場合、その旨及び貸借対照表計上額を金融商品開示指針第4項(1)の注記に併せて注記する(時価指針27)。
(4) トレーディング目的で保有する棚卸資産の経過措置
トレーディング目的で保有する棚卸資産の時価の定義の見直しにより生じる会計方針の変更は、将来にわたって適用する。この場合、その変更の内容について注記する(棚卸資産基準21-7)。
(5) その他有価証券の経過措置
その他有価証券の期末の貸借対照表価額に期末前1ヶ月の市場価格の平均価額を用いることができる定めの削除や、市場価格のない株式等以外の時価を把握することが極めて困難と認められる有価証券の定めの削除などにより生じる会計方針の変更は、将来にわたって適用する。この場合、その変更の内容について注記する(金融商品基準44-2)。