Ⅴ 時価の算定に関する会計基準等
2019年7月4日に企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準(以下、「時価会計基準」という)」及び企業会計基準適用指針第31号「時価の算定に関する会計基準の適用指針(以下、「時価適用指針」という)」が公表され、また、企業会計基準適用指針第19号「金融商品の時価等の開示に関する適用指針(以下、「時価開示適用指針」という)が改正された。そのため、2022年3月期決算では、金融商品の時価の注記について、検討が必要である。
なお、時価会計基準及び時価適用指針は、既に2022年3月期の期首から適用されているため、本解説では、会計処理に関する解説は行っていない。
1 金融商品の時価等に関する事項(有価証券報告書及び計算書類)
「金融商品の時価等に関する事項」の注記について、以下の改正が行われている(時価開示適用指針4)。
2 金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項(有価証券報告書)
(1) 金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項
有価証券報告書では、「金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項」として、以下の注記が必要である。連結財務諸表において注記している場合は、個別財務諸表においては、注記を省略することができる(時価開示適用指針5-2)。なお、適用初年度においては、比較情報の注記は、不要である(時価開示適用指針7-4)。
(※1) レベル1からレベル3のインプットとは、以下のとおりである(時価会計基準11)。
(※2) 時価の算定に用いる評価技法又はその適用を変更する場合は、会計上の見積りの変更として処理する。この場合であっても、会計上の見積り変更の注記は不要で、当該注記のみで足りる(時価開示適用指針39-9)。
(※3) 例えば、過去の取引価格又は第三者から入手した価格を調整せずに使用している場合をいう(時価開示適用指針5-2(4)①)。
(※4) 期首残高から期末残高への調整表を作成する際は、以下を区別して注記する(時価開示適用指針5-2(4)②、39-11、39-12)。
(ア) 当期の損益に計上した額及びその損益計算書における科目
(イ) 当期のその他の包括利益に計上した額及びその包括利益計算書における科目
(ウ) 購入、売却、発行及び決済のそれぞれの額(ただし、これらの額を純額で示すことも可)
(エ) レベル1の時価又はレベル2の時価からレベル3の時価への振替額及び当該振替の理由、振替時点に関する方針(例えば、振替を生じされた事象が生じた又は状況が変化した日、会計期間の期首及び末日)
(オ) レベル3の時価からレベル1の時価又はレベル2の時価への振替額及び当該振替の理由、振替時点に関する方針(例えば、振替を生じさせた事象が生じた又は状況が変化した日、会計期間の期首及び末日)
なお、期首残高から期末残高への調整表は、基本的に表形式により注記することが想定されているが、時価がレベル3の時価に分類される金融資産及び金融負債の期首残高から期末残高までの変動の大部分が単一の変動理由によって説明できる場合には、一般的な重要性の判断に基づき、表形式によらない注記も可能である(時価適用指針39-11)。
(※5) 企業の評価プロセスとは、例えば、企業における評価の方針及び手続の決定方法や各期の時価の変動の分析方法等をいう(時価開示適用指針5-2(4)③)。
(※6) 観察できないインプットと他の観察できないインプットとの間に相関関係がある場合、当該相関関係の内容及び当該相関関係を前提とすると時価に対する影響が異なる可能性があるかどうかに関する説明を注記する(時価開示適用指針5-2(4)④)。
(2) 投信信託の時価
投資信託の時価の注記については、以下の経過措置が設けられている(時価適用指針26)。計算書類では、必ずしも下記の注記は求められていないが、重要性を考慮して注記を検討することが考えられる。
- 「金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項」の注記は必要ない。
- 当該注記を行わない場合、「その旨」及び「BS価額」を上記(1)①の注記に併せて注記する。
(3) 組合等への出資の時価
組合等への出資の時価の注記については、以下の経過措置が設けられている(時価適用指針27)。計算書類では、必ずしも下記の注記は求められていないが、重要性を考慮して注記を検討することが考えられる。
- 「金融商品の時価等に関する事項」の注記は必要ない。
- 当該注記を行わない場合、「その旨」及び「BS価額」を「金融商品の時価等に関する事項」の注記に併せて注記する。
3 金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項(計算書類)
計算書類においては、「金融商品の時価の適切な区分ごとの内訳等に関する事項」の注記が必要である(会社計算規則109①三)。ただし、具体的な注記内容は、会社計算規則では規定されていない。
実務上の負担等も考慮し、各社の実情に応じて必要な限度での開示を可能とするために、概括的な規定のみが定められている。
したがって、計算書類においては、上記2(1)の項目のうち、注記を要しないと合理的に判断される項目については、注記をしないことも許容されると考えられる(「『会社計算規則の一部を改正する省令案』に関する意見募集の結果について」第3の4)。
なお、連結注記表を作成する株式会社は、個別注記表における前項の注記を要しない(会社計算規則109②)。有価証券報告書を提出する大会社以外の会社は、当該注記を省略することができる(会社計算規則109①)。
4 会計方針の変更(有価証券報告書及び計算書類)
時価会計基準では、会計方針の変更注記について、以下の経過措置が設けられている(時価会計基準19、20)。
〔原則〕
時価会計基準の適用初年度においては、本会計基準が定める新たな会計方針を将来にわたって適用する。この場合、その変更の内容について注記する。
〔容認〕
時価の算定にあたり観察可能なインプットを最大限利用しなければならない定めなどにより、時価会計基準の適用に伴い時価を算定するために用いた方法を変更した場合で、当該変更による影響額を分離することができるときは、会計方針の変更に該当する。当該会計方針の変更は、過去の期間のすべてに遡及適用することができる。
また、適用初年度の期首より前に新たな会計方針を遡及適用した場合の累積的影響額を、適用初年度の期首の利益剰余金及びその他の包括利益累計額又は評価・換算差額等に加減し、当該期首残高から新たな会計方針を適用することもできる。
これらの場合、企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」第10項に定める事項(会計基準等の改正に伴う会計方針の変更)を注記する。
5 注記の事例
(1) 有価証券報告書
① ヒラキ(株)(決算日:2021年3月31日)
(会計方針の変更)
「時価の算定に関する会計基準」(企業会計基準第30号 2019年7月4日。以下「時価算定会計基準」という。)等を当連結会計年度の期首から適用し、時価算定会計基準第19項及び「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号 2019年7月4日)第44-2項に定める経過的な取扱いに従って、時価算定会計基準等が定める新たな会計方針を、将来にわたって適用することとしております。これによる、当連結会計年度に係る連結財務諸表への影響はありません。
また、「金融商品関係」注記において、金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項等の注記を行うことといたしました。ただし、「金融商品の時価等の開示に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第19号 2019年7月4日)第7-4項に定める経過的な取扱いに従って、当該注記のうち前連結会計年度に係るものについては記載しておりません。
② 西部ガスホールディングス(株)(決算日:2021年3月31日)
(金融商品関係)
(省略)
3.金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項
金融商品の時価を、時価の算定に係るインプットの観察可能性及び重要性に応じて、以下の3つのレベルに分類している。
レベル1の時価:観察可能な時価の算定に係るインプットのうち、活発な市場において形成される当該時価の算定の対象となる資産又は負債に関する相場価格により算定した時価
レベル2の時価:観察可能な時価の算定に係るインプットのうち、レベル1のインプット以外の時価の算定に係るインプットを用いて算定した時価
レベル3の時価:観察できない時価の算定に係るインプットを使用して算定した時価
時価の算定に重要な影響を与えるインプットを複数使用している場合には、それらのインプットがそれぞれ属するレベルのうち、時価の算定における優先順位が最も低いレベルに時価を分類している。
(1)時価で連結貸借対照表に計上している金融商品
前連結会計年度(2020年3月31日)
当連結会計年度(2021年3月31日)
(2)時価で連結貸借対照表に計上している金融商品以外の金融商品
前連結会計年度(2020年3月31日)
当連結会計年度(2021年3月31日)
(注)時価の算定に用いた評価技法及び時価の算定に係るインプットの説明
有価証券及び投資有価証券
上場株式及び地方債は相場価格を用いて評価している。上場株式は活発な市場で取引されているため、その時価をレベル1の時価に分類している。一方で、地方債は市場での取引頻度が低く、活発な市場における相場価格とは認められないため、その時価をレベル2の時価に分類している。
デリバティブ取引
時価の算定方法は、取引先金融機関から提示された価格等に基づき算定しており、レベル2の時価に分類している。
金利スワップの特例処理によるものは、ヘッジ対象とされている長期借入金と一体として処理されているため、その時価は、当該長期借入金の時価に含めて記載している。
長期貸付金
長期貸付金の時価は、一定の期間ごとに分類し、与信管理上の信用リスク区分ごとに、その将来キャッシュ・フローと国債の利回り等適切な指標に信用スプレッドを上乗せした利率を基に割引現在価値法により算定しており、レベル2の時価に分類している。また、貸倒懸念債権の時価は、同様の割引率による見積キャッシュ・フローの割引現在価値、又は、担保及び保証による回収見込額等を基に割引現在価値法により算定しており、時価に対して観察できないインプットによる影響額が重要な場合はレベル3の時価、そうでない場合はレベル2の時価に分類している。
社債
当社の発行する社債の時価は、相場価格に基づき算定しており、その時価をレベル2の時価に分類している。
連結子会社の発行する社債の時価は、元利金の合計額を一定の期間ごとに分類し、その将来キャッシュ・フローを国債の利回り等適切な指標に信用スプレッドを上乗せした利率で割り引いた現在価値により算定しており、その時価をレベル2の時価に分類している。
長期借入金
長期借入金の時価については、元利金の合計額を国債の利回り等適切な指標に信用スプレッドを上乗せした利率で割り引いた現在価値により算定している。一部の長期借入金は金利スワップの特例処理の対象とされており、当該金利スワップと一体として処理された元利金の合計額を、国債の利回り等適切な指標に信用スプレッドを上乗せした利率で割り引いた現在価値により算定しており、その時価をレベル2の時価に分類している。
(2) 計算書類
① (株)プレサンスコーポレーション(決算日:2021年9月30日)
2.会計方針の変更に関する注記
(時価の算定に関する会計基準等の適用)
「時価の算定に関する会計基準」(企業会計基準第30号 2019年7月4日。以下「時価算定会計基準」という。)等を当連結会計年度の期首から適用し、時価算定会計基準第19項及び「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号 2019年7月4日)第44-2項に定める経過的な取扱いに従って、時価算定会計基準等が定める新たな会計方針を、将来にわたって適用することといたしました。これによる、連結財務諸表への影響はありません。
8.金融商品に関する注記
(省略)
(3) 金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項
金融商品の時価を、時価の算定に係るインプットの観察可能性及び重要性に応じて、以下の3つのレベルに分類しております。
レベル1の時価:観察可能な時価の算定に係るインプットのうち、活発な市場において形成される当該時価の算定の対象となる資産又は負債に関する相場価格により算定した時価
レベル2の時価:観察可能な時価の算定に係るインプットのうち、レベル1のインプット以外の時価の算定に係るインプットを用いて算定した時価
レベル3の時価:観察できない時価の算定に係るインプットを使用して算定した時価
時価の算定に重要な影響を与えるインプットを複数使用している場合には、それらのインプットがそれぞれ属するレベルのうち、時価の算定における優先順位が最も低いレベルに時価を分類しております。
① 時価で連結貸借対照表に計上している金融商品
② 時価で連結貸借対照表に計上している金融商品以外の金融商品
(注)時価の算定に用いた評価技法及び時価の算定に係るインプットの説明
投資有価証券
投資有価証券は全て上場株式であり相場価格を用いて評価しております。上場株式は活発な市場で取引されているため、その時価をレベル1の時価に分類しております。
長期貸付金
長期貸付金の時価は、一定の期間ごとに分類し、その将来キャッシュ・フローと国債の利回り等適切な指標を基に割引現在価値法により算定しており、レベル2の時価に分類しております。
長期借入金(1年内返済予定含む)
これらの時価は、元利金の合計額と、当該債務の残存期間及び信用リスクを加味した利率を基に、割引現在価値法により算定しており、レベル2の時価に分類しております。
② 経団連の「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」
3.金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項
金融商品の時価を、時価の算定に用いたインプットの観察可能性及び重要性に応じて、以下の3つのレベルに分類しております。
レベル1の時価:同一の資産又は負債の活発な市場における(無調整の)相場価格により算定した時価
レベル2の時価:レベル1のインプット以外の直接又は間接的に観察可能なインプットを用いて算定した時価
レベル3の時価:重要な観察できないインプットを使用して算定した時価
時価の算定に重要な影響を与えるインプットを複数使用している場合には、それらのインプットがそれぞれ属するレベルのうち、時価の算定における優先順位が最も低いレベルに時価を分類しております。
(1)時価をもって連結貸借対照表計上額とする金融資産及び金融負債
(2)時価をもって連結貸借対照表計上額としない金融資産及び金融負債
(注)時価の算定に用いた評価技法及びインプットの説明
投資有価証券
上場株式は相場価格を用いて評価しております。上場株式は活発な市場で取引されているため、その時価をレベル1の時価に分類しております。
デリバティブ取引
金利スワップの特例処理によるものは、ヘッジ対象とされている長期借入金と一体として処理されているため、その時価は、当該長期借入金の時価に含めて記載しております(下記「長期借入金」参照)。
受取手形及び売掛金
これらの時価は、一定の期間ごとに区分した債権ごとに、債権額と満期までの期間及び信用リスクを加味した利率を基に割引現在価値法により算定しており、レベル2の時価に分類しております。
支払手形及び買掛金、並びに短期借入金
これらの時価は、一定の期間ごとに区分した債務ごとに、その将来キャッシュ・フローと、返済期日までの期間及び信用リスクを加味した利率を基に割引現在価値法により算定しており、レベル2の時価に分類しております。
長期借入金
これらの時価は、元利金の合計額と、当該債務の残存期間及び信用リスクを加味した利率を基に、割引現在価値法により算定しており、レベル2の時価に分類しております。なお、変動金利による長期借入金は金利スワップの特例処理の対象とされており(上記「デリバティブ取引」参照)、当該金利スワップと一体として処理された元利金の合計額を用いて算定しております。
(了)
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