税理士が知っておきたい
不動産鑑定評価の常識
【第36回】
「鑑定評価における土地建物一体減価という発想」
~容積率未消化の建物が建つ不動産の価値は下がる?~
不動産鑑定士 黒沢 泰
1 はじめに
対象不動産の現実の利用状況が周辺環境に適合していない(例えば、周囲は住宅であるが対象建物は遊興施設である等)という理由で土地建物一体としての不動産の価値が下がるという捉え方は、従来から鑑定実務においてもごく一般のこととして受け止められてきました。
しかし、今日では不動産の保有価値だけでなく利用価値という側面に関心が向けられており、環境に適合して建築されている建物でも、その地域で指定された容積率をはるかに下回ったものとしてしか利用されていない場合には、土地建物一体の価値が下がるという発想が取り入れられています。鑑定評価ではこれを「容積率未消化による一体減価(市場性の減退)」と呼んでいますが、今回は筆者が実際にこのような物件を評価した例を取り上げます。
2 容積率未消化による一体減価が必要となった事例の概要
本件建物(一棟の建物)は鉄筋造3階建てであり、法人が一社で所有しています。なお、1階から3階まで自社で事務所として使用しています。
物件の所在する地域の状況及び対象不動産の状況は以下のとおりです。
(1) 近隣地域の状況
① 近隣地域の範囲
近隣地域は、通称「〇〇通り」(都道)に沿い、〇〇区〇〇一丁目の交差点から南に約200mまでの範囲で下記⑤の公法上の制限を受ける地域が対象範囲です。
② 街路条件
幅員約25mの都道に沿い、系統・連続性は良好です。
③ 交通事情
地下鉄〇〇線「〇〇」駅より近隣地域の中心まで南東方へ約600mの距離にあります。
④ 地域の特性
近隣地域は、中層事務所と中層共同住宅が混在する商業地域ですが、地域要因に格別の変動要素はないため、当分の間、現状を維持すると予測されます。
⑤ 公法上の規制
商業地域、指定建蔽率80%、基準建蔽率100%(商業地域かつ防火地域内で、耐火建築物の場合)。指定容積率500%、基準容積率500%、防火地域、35m高度地区。最低限高度地区(建築物の高さの最低限度は原則7m)。
ここに登場する「指定」とは都市計画で指定された建蔽率や容積率の限度を指し、「基準」とは建築基準法の規定を個々に適用した場合に許容される建蔽率や容積率の限度を指しています。
⑥ 標準的な画地
近隣地域において標準的な利用形態と認められる土地のイメージは、都道に一面が接し、規模120㎡程度の画地(間口10m、奥行12m)と判断されます(いわゆる中間画地です)。
⑦ 標準的使用
近隣地域においては6階建て程度の中層事務所及び中層共同住宅の敷地としての土地利用が標準的といえます。
⑧ 最有効使用
上記状況を踏まえた場合、近隣地域での最有効使用(土地の価値を最も発揮できるような使用方法)は中層事務所又は中層共同住宅の敷地であるといえます。
(2) 対象不動産の状況
① 土地
(ア) 画地の状況
間口15m、奥行20mで規模が300㎡の長方形地。
地勢は平坦で、接面道路との関係は中間画地(すなわち、道路に一面が接します)。
(イ) 標準的な画地と比較した場合の増減価要因
特になし
(ウ) 最有効使用
中層事務所の敷地(ただし、後掲のとおり実際に建築されている建物は3階建てです)。
② 建物
(ア) 建築時期
平成〇〇年〇〇月
(イ) 構造等
鉄筋造3階建て
(ウ) 利用状況
建物の用途は環境に適合していますが、実際使用容積率は200%弱で、基準容積率(500%)をはるかに下回っており、敷地は最有効使用の状態にないと判断されます(鑑定評価では「敷地との適応を欠く」と呼んでいます)。
なお、近隣に建ち並ぶ建物はほぼ容積率を消化していますが、そのイメージは下図のとおりです。そのため、本件を土地建物一体の複合不動産として捉えた場合、上記状況を減価要因として織り込む必要が生じます。
〈イメージ図:容積率未消化の不動産〉
③ 建物及びその敷地としての最有効使用
既に述べた近隣地域での標準的使用の状況を踏まえ、対象不動産の建物及びその敷地としての最有効使用を6階建て程度の中層事務所の敷地と判断しました。
(3) 一体減価の織り込み
本件においては、容積率未消化により対象不動産は最有効使用の状態にないことから、土地建物を一体とした場合の複合不動産としての減価を、最有効使用の状態の実現に係るコスト等を勘案して土地建物の一体価格の10%と査定しています。
3 一体減価の根拠をどこに求めるか
本件のように土地建物一体として減価を行うことの根拠は以下のとおりです。
(1) 「不動産鑑定評価基準運用上の留意事項」(国土交通省)
ここでは、次の考え方が示されています。
② 減価修正の方法について
ア 対象不動産が建物及びその敷地である場合において、土地及び建物の再調達原価についてそれぞれ減価修正を行った上で、さらにそれらを加算した額について減価修正を行う場合がある・・・。
(Ⅴ「総論第7章 鑑定評価の方式」について(1.(2)))
(2) 「鑑定実務Q&A〈第7集〉」(平成15年3月 社団法人東京都不動産鑑定士協会研究委員会)17頁
ここでは、次の考え方が示されています。
〇容積率未消化の建物が建っている場合の価格について
- 容積率未消化の建物が建つ不動産の評価においては、土地の利用状態が最有効使用にあるとはいえないから現況利用と最有効使用との乖離を十分考慮して評価すべきである。
- 容積率が未消化の状態にある場合、未利用の土地スペース及び空間が多くなるので、収益価格はかなり低く算出されるのが通常である。
- 収益性が低い賃貸用不動産は市場性が劣るから、積算価格については近隣環境又は敷地との不適合又は最有効使用との乖離に係る減価を行う必要がある。また、現況利用が最有効使用と大きく乖離している状態にある場合には借家人の立ち退き、建物の取り壊し、更地化を想定するなど、市場性を考慮した評価をすべきである。
4 まとめ
一体減価という捉え方は税理士の皆様には馴染みが薄いかも知れません。しかし、土地建物の価格を物理的な視点から単純に積み上げて求めただけでは、それが市場の実態を的確に反映し切れないケースも生じます。今回紹介したのはその一例です。
このことは、容積率を消化し切れていない(=床面積を多く確保できるにもかかわらず、有効利用ができていない)不動産を仮に賃貸しようとした場合、周辺にあり容積率をほぼ消化している建物と比べて少ない賃貸料しか得られない状況を思い浮かべれば理解し得ることと思われます。
(了)
「税理士が知っておきたい不動産鑑定評価の常識」は、毎月第3週に掲載されます。