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プロフェッションジャーナル No.201が公開されました!~今週のお薦め記事~

2017年1月12日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.201を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!-   - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2017/01/12

monthly TAX views -No.48-「トランプの“border tax”(仕向地課税法人税)の評価」

monthly TAX views -No.48- 「トランプの“border tax”(仕向地課税法人税)の評価」   中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員 森信 茂樹   新年早々、トランプ次期大統領がトヨタのメキシコ工場計画に対して、 とツイートし、トヨタの時価総額4,000億円が失われた。 この件について日経新聞などは“border tax”を「関税」と訳していたが、それは間違いだ。 関税なら“custom duty”、“import duty”、“tariff”であり、“border tax”にはならない。 *  *  * わが国にも“border tax”はある。 消費税(VAT)である。 米国からわが国に輸入される米国車には8%の消費税が課せられる。トヨタ車にも8%の消費税が課せられ、双方に税制上の不公平は存在しない。また輸出時には、消費税は還付される。 このような仕向地課税をとる消費税が、国際競争力を損なわない税制として導入されているのである。 (※) 上記の詳細な説明については、拙著『税で日本はよみがえる』(日本経済新聞出版社)を参照願いたい。 一方、米国にはVATが導入されていないので、税制で国境調整はできない。これが米国の国際競争力を低下させている、とかねてから共和党は主張してきた。トヨタやベンツが米国に自動車を輸出する際には自国の消費税は還付されるが、米国のGMやフォードが輸出する際には還付制度はなく、(高い輸出価格となることが)競争条件を不利にしているというのである。 そこで、「仕向地課税法人税」(destination based approach)という形で、この国境調整システムを導入しようというのが、冒頭の“border tax”である。 この税制は仕向地課税なので、輸入時に税を課すことと、輸出時に還付することがセットになっている。 仕向地課税法人税というコンセプトは、古くはブッシュ大統領時の大統領税制諮問委員会「成長及び投資税制案」(05年)として提言され、また、英国シンクタンクIFSのマーリーズ・レビューの中でもリコメンドされてきたものである。 なお、マーリーズ・レビュー報告書の概要は、筆者が座長を務めた「マーリーズ・レビュー研究会報告書」がジャパン・タックス・インスティチュートのホームページから入手できる(第2部、一橋大学佐藤主光教授の論文参照)。 *  *  * 仕向地主義法人税のメリットを、共和党の選挙公約“A BETTER WAY”などから挙げると、次の通りだ。 第1に、法人税率が企業の立地選択に影響しないことである。企業が海外に生産拠点を移したとしても、製品を国内に輸入すればそこで課税される一方、国内で生産しても、海外に輸出すればその際還付されるからである。 第2に、企業の利益移転が少なくなり、税制が簡素になること。 第3に、仕向地主義法人税の課税ベースはキャッシュフローなので、設備投資は即時全額控除され、投資促進効果を持つこと。 第4に、税収的には、輸出還付の一方で、輸入産業から課税することとなるので、輸入超過の米国では増収になること、などである。 筆者が考える問題点は以下の点である。 第1に、国内生産をすべて輸出に充てる企業は巨額な還付を受けることになるので、輸出大企業は、国民から「優遇税制」との大きな批判を受ける。 第2に、中国から消費財を輸入するような小売業は法人税がかかるので、大幅な打撃を受ける。すでに米国小売輸入業界は、大反対のロビー活動を開始している。 第3に、価格体系が変わるので、それを通じて為替レート・貿易に大きな影響を及ぼす。 第4に、執行上の問題点である。消費税(VAT)は、インボイスによって個々の取引ベースで課税・還付することが可能であるが、法人税体系の中でこれを行おうとすれば、会社計算(決算)後にならざるを得ない。これが可能かという問題である。 第5に、輸出が還付されるので、膨大な不正が発生する可能性がある。消費税(VAT)はインボイスにより取引相互間のけん制が働く仕組みになっているが、その仕組みはないので、ここでも執行上の問題が生じる。 第6に、現行の法人税制度と大きく異なるため、例えばわが国の外形標準課税のように、居住地主義課税を行う外国政府からは法人税とみなされず、同国企業が支払った税金が外国税額控除の対象にならないという問題も生じかねない。 最後に、WTO違反という問題を惹起しかねない。輸出時に輸出にかかる法人税を還付することが輸出補助金とみなされ、WTO違反となる可能性が高い。もっとも共和党案では、「法人税の中身が消費課税となるので、国境調整をすることはWTO違反にはならない」と主張している。トランプにすれば、「仕向地主義の消費税(VAT)こそWTO違反だ」ということであろう。 筆者は、執行上の問題がネックとなって、導入には漕ぎつけないのではないかという見方である。 (了)

#No. 201(掲載号)
#森信 茂樹
2017/01/12

「軽減税率制度」導入時期の延期による当面の対応

「軽減税率制度」導入時期の延期による当面の対応   税理士 金井 恵美子   Ⅰ 消費税増税延期法の成立 事業者は、消費に負担を求める消費税において -したがって事業者は消費税の負担を負うことを予定されていないが- 納税義務者として「『納税事務』という無償の役務の提供を行うこと」を法律上の義務として課せられている。コンプライアンスコストは日常業務に溶け込んでおり、その負担量を測定することは容易ではないが、確実に負担しているのであり、軽減税率の導入が、そのコンプライアンスコストを増幅させ、業務実務や経営に大きな影響を与えることは必至である。 第192回国会において成立した消費税増税延期法(社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律等の一部を改正する法律)により、消費税率の引上げ及び軽減税率の導入は2年半延期され、平成31年10月1日となった。 この2年半の延期をどう考えるべきか。3月末決算法人は、事業年度の途中の税率引上げを経験したことがない。加えて、複数税率制度への移行にも対応するためには、平成31年3月末までには、システムの改修や事業計画の策定を完了しておく必要がある。 与党税制協議会消費税軽減税率制度検討委員会において、財務省は、軽減税率の導入には、法律制定以後少なくとも1年半の準備期間が必要であると説明していた。2年半の延期は、本来与えられるべき準備期間が与えられたにすぎないと考えるべきであろう。 以下では、この準備期間において、企業が対応すべき事項を概観することとしたい。   Ⅱ 飲食料品の譲渡を行う事業者の対応 1 システムの改修等 軽減税率が導入され、消費税が複数税率制度となった場合には、複数税率対応レジの導入や、受発注システムの改修などを行う必要があり、補助金及び融資制度が措置されている。 (1) 軽減税率対策補助金 中小企業や小規模事業者等については、システム改修等の経費の一部を補助する軽減税率対策補助金制度が設けられている。軽減税率対策補助金には、A型(複数税率対応レジの導入等支援)とB型(受発注システムの改修等支援)の2つの類型がある。 軽減税率の導入時期は2年半延期されたが、補助金の申請期限は1年8ヶ月の延長であり、1年後に迫っている。 原則として、平成30年1月31日までに申請したものが対象となるが、B-1型(システムベンダー等に受発注システムの改修等を行わせる場合)については、平成30年1月31日までに事業完了報告書を提出したものが対象となる。 (2) 融資制度 軽減税率対策補助金の他に、レジの導入・改修やシステムの改修・入替等の費用については、日本政策金融公庫、沖縄振興開発金融公庫の融資制度を最優遇金利で利用することができる。 2 適用税率の判断 飲食料品の販売等を行う事業者は、食品表示法に規定する食品、酒税法に規定する酒類、食品と食品以外の一体資産、外食等の範囲を確認し、適用される税率の判断を正確に行っておかなければならない。 軽減税率の適用が誤りであったことが税務調査で明らかになった場合、対消費者取引では、遡って取引額を修正し追加の支払いを求めることは不可能である。その増差税額(多くの場合、数年分の累計額)は、事業者の負担となり、財務諸表を傷つけ、資金繰りを悪化させることになる。 軽減税率が適用される課税資産の譲渡等に誤って標準税率を適用した場合には、たとえ事業者が標準税率によって納付すべき税額を計算していたとしても、公正な取引の見地から法的問題となる可能性があり、「税率を偽って不正な取引を行った企業」と批判されることも予想される。ホームページに掲載した「お詫び」をめぐって、企業の存続を脅かすほどの「炎上」があるかもしれない。 このようなリスクについても、十分検討し、適用税率を判断しなければならない。 3 消費行動の変化と事業計画 「軽減税率」という表示には割安感があり、したがって、軽減税率は、適用対象となった商品の販売促進力となるが、販売額を伸ばしてもそこから計算される事業者の納税額は標準税率のそれよりも小さく、事業者に対する優遇措置となる側面を持つ。 軽減税率の対象は、「外食を除く飲食料品の譲渡」とされている。外食を除くという線引きにより、消費者がファーストフード店よりコンビニの利用を増やす、店内飲食よりも出前や持帰りを増やすなど、消費行動に影響が出る可能性がある。 消費行動の変化は客層によって異なるから、現状の調査と分析を基礎として、設備投資、取扱商品、販売スタイル、人員配置の見直し等の多角的な視点で事業計画の検討を行わなければならない。 4 販売価格の設定 商品の販売価格については、その価格体系を見直すべきかどうか、検討する必要がある。 (1) 税込価格を統一する設定 例えば、ドイツでは、レストランサービスには標準税率(19%)、持ち帰る食料品の譲渡には軽減税率(7%)が適用される。しかし、マクドナルドは、客が支払う金額を同額に設定していて、「持ち帰る」と言っても安くはならない。軽減税率は、マクドナルドの納税額を減少させるだけである。 この方法では、販売価格が統一されているので、支払う金額をめぐる現場の混乱は回避できる。しかし、税制が予定したとおりの「価格転嫁が行われない」という問題が発生し、コンプライアンスの観点からは、申告した税率が適正であることの証明が難しいという点が指摘される。営業の観点からは、顧客が「持ち帰る」と言えば安く購入できるという期待感から不満を持つ、というデメリットもある。 また、広告や店内表示については、消費税転嫁対策特別措置法による規制に留意する必要がある。 (2) 本体価格に消費税等を上乗せする設定 改正法においては、食事の提供には、飲食料品を持帰りのための容器に入れ、又は包装を施して行う譲渡は含まないものとされている(改正法附則34①一イ)。 これに該当するかどうかについて、軽減通達11は、 とし、さらに と説明している。 店内で飲食する場合も含めてすべての販売につき持帰り用の包装を行うといった例を想定して示された解釈であると思われるが、この取扱いが法律の文理解釈として素直に出てくると考えるのは困難であろう。 ともあれ、本体価格に適用される税率に応じた消費税等の金額を上乗せして販売価額とする方法では、商品を皿にのせるかどうかにかかわらず、客の申告により金額が変化することになるから、支払う金額をめぐる現場の混乱が予想される。 消費者庁が行った「平成28年12月物価モニター調査結果(速報)」によれば、およそ98%の消費者が、店頭表示価格の表示方法として、「税込価格の表示が含まれていることが適当」と回答している。この価格設定であっても、「持帰り」又は「店内飲食」の別に、税込みの支払金額を表示しておく必要があろう。 5 社員教育 飲食料品を扱う小売業者は、軽減税率の線引きに対する消費者の不満の矢面に立たされることになり、接客担当の従業員一人ひとりに、軽減税率の線引きについて客を納得させる説明ができるだけの教育を行わなければならない。そのため、事業者の営業形態に応じた研修マニュアル、現場マニュアルの策定が必要である。 6 業務フローの見直し 取引ごとに税率を判断し、売上げと仕入れを適用税率別に管理するための業務フローの見直しが必要となる。 ただし、申告書の作成に当たり、中小事業者(基準期間における課税売上高が5,000万円以下である事業者)には、次の特例がある。 7 作業工程の計画 具体的な事業計画が決定した後には、新システムへの移行、カタログや価格表の刷新、商品データベースへの適用税率の登録、値札の貼り換え等の作業工程の計画を立てることとなる。   Ⅲ 飲食料品の譲渡がない事業者の対応 飲食料品の販売を行わない事業者であっても、会議費や交際費として飲食料品を購入することがあるため、仕入れ(経費)を税率ごとに記帳するなどの区分経理が必要である。 そのため、複数税率に対応するためのシステム改修や業務フローの見直しが必要となる。   (了)

#No. 201(掲載号)
#金井 恵美子
2017/01/12

酒井克彦の〈深読み◆租税法〉 【第49回】「限られた租税行政資源と『税務に関するコーポレートガバナンス』(その1)」

酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第49回】 「限られた租税行政資源と『税務に関するコーポレートガバナンス』(その1)」   中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦   1 コンプライアンス違反に対する企業と国民の意識 近年、ガバナンス(企業統治)の問題が大きな注目を集めていることは言を俟たない。 企業不祥事に係る原因究明の際には、内部統制システムが適切に働いていなかった点などが必ず指摘され、組織ぐるみの不祥事隠蔽が、企業価値減少という多大な損害をもたらした多くの事例がある。こうした企業不祥事は、これらの企業に、「コンプライアンス」、すなわち法令遵守の体制が定着していないことの表れであるといえよう。 三菱自動車のリコール隠し問題や、東芝の不正会計、マクドナルドの食品偽装問題など、大手企業のコンプライアンス違反に係る事例も枚挙に暇がない。それらの各種報道を通じて、消費者も企業コンプライアンスや、コーポレートガバナンスについて関心を抱いていることであろう。 このような企業不祥事の絶えない中、コーポレートガバナンスは、アベノミクスの議論の中において一層注目を浴びてきた。 例えば、平成27年6月30日に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2015―未来への投資・生産性革命―」において、「産業の新陳代謝を加速し、未来に向けた投資を増やしていくためには、最終的には、企業経営者自らの大胆な決断こそが必要」であるとし、そのためのアクションプランの1つとしてコーポレートガバナンスの強化が再確認されている。 また、経済産業省は、神田秀樹教授(東京大学)を座長とする「コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会」においてコーポレートガバナンスのあり方を検討してきており、平成27年7月24日に、その研究成果を「コーポレート・ガバナンスの実践~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~」として公表するなどしている。 これら政府の方向性の下、具体的には、コーポレートガバナンス・コードが提示され、企業はそれをメルクマールとしながら自社のコーポレートガバナンスの策定に努めているものと思われる。例えば、社外取締役制度を導入する企業の増加などにその傾向を見て取ることができよう。 税務領域においても、こうしたコーポレートガバナンス論の動向は看過できない。申告納税制度における主体的納税者を論じるに当たっては、企業の内部統制のあり方が影響してくるであろう。 しかしながら、企業の社会的責任やガバナンスを論じるとき、「税務」というものはどこか隅の方に追いやられているようにも見受けられ、この辺りに危惧を覚えるのである。 カルテルや賄賂、食品偽装問題等、比較的、社会的関心の高い領域のガバナンスについては企業が自主的に相応の取組みを進めていると思われるが、脱税や所得の申告漏れ等についての企業の社会的責任やコンプライアンスのあり方については積極的に取り上げられていないようにも思われるのである。 時に企業の多額の売上脱漏などの報道がなされることがあるが、この場合の国民の関心の程度は、上記のカルテルや賄賂、食品偽装問題などと比較してどのようなレベルであろうか。 こうした報道がなされた場合、当該企業のスポークスマンから「税務当局からの指摘に基づいて、既に修正申告を終え納税を済ませております。」といったコメントがなされることがあるが、かかる売上脱漏問題等を原因として、消費者の不買運動が起こったり、ひいては企業ブランドの毀損等に繋がるケースはあまりみられない。 それに比べ、数年前のマクドナルドの食品偽装問題はかなりの期間にわたって報道紙面やワイドショーを賑わせ、その後同社の売上が急落したことも記憶に新しい。食品偽装という食品衛生法違反を起因として、結果的に不買運動のような現象が起きたものといえよう。マクドナルドの企業価値の毀損は著しく、同社は今でも企業価値の復元に力を注いでいるものと思われる。 このような他の法領域におけるコンプライアンス違反事例と比較すると、我が国では、「租税法領域におけるコンプライアンス違反について寛容である」と言っても、あながち間違いではないであろう。これは諸外国と比べれば一層明らかであるとも指摘し得る。 例えば、米国や英国においては、大規模な租税回避を行ったスターバックスに対して国民レベルの不買運動や抗議デモが生じているし、イタリアでは、いわゆる「グーグル税」として、インターネットを通じて国際的に事業を展開する企業を狙い撃ちするかのような特別法が制定されるなどしている。これら諸外国の例を取り上げてみると、租税法遵守に対する我が国の国民意識は後れを取っているともいい得るのではなかろうか。 もっとも、これだけコーポレートガバナンスが叫ばれている今日において、多額の加算税、すなわち行政上のペナルティを課された場合、それを起因として経営者の解任を要求する「物言う株主」も出現しているものと思われ、徐々にではあるが、企業によっては内部にそのような下地ができつつあるのではなかろうか。   2 「税務に関するコーポレートガバナンス」 国税庁では、平成23年ころから「税務に関するコーポレートガバナンス」について検討を始め、税務調査と関連したコーポレートガバナンスの維持・担保についての取組みを行ってきた。 対象となる法人は、国税局特別国税調査官所掌法人であり、おおむね資本金が40億円超の大企業である。こうした企業について、税務に関するコーポレートガバナンスが一定以上確保されていると認められる場合、税務調査の間隔を2年から3年に延長するなどのインセンティブを与えることで、企業自らが内部統制を通じて適正納税に努めることを促進することとしている。 このような税務調査の段階で税務に関するコーポレートガバナンスの問題を指摘し周知する取組みも、施行開始から5年が経過したため、国税庁は「税務に関するコーポレートガバナンスの事務実施要綱」を作成し公表したところである。以下では、その確認と、同制度が及ぼす影響を検討することとしたい。 平成28年6月14日に「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組の事務実施要領の制定について」として事務運営指針(長官通達)が発遣されている。 そして、平成28年7月1日から「税務に関するコーポレートガバナンス」の取組みが本格的に開始した。 上記のとおり、対象は大企業(国税局特別国税調査官所掌法人)であり、約500社程度と想定されているが、そのほとんどが上場企業であり、対象法人は何らかの形で自社の内部統制システムを構築していると考えられる。 事務運営指針では、同制度の趣旨について、 としている。 ところで、税務当局の職員数は、国際化・IT化・複雑高度な経済社会の変容の中にありながらも決して増加傾向にはない。むしろ、我が国の財政状況を考えれば、税務当局の職員等資源に予算を配分することは今後も難しい状況が続くことを踏まえれば、大口悪質な納税者にできるだけ税務職員を配分する必要性があろう。 国税局が所轄する大口な事案や、悪質事案に多くの人的資源を回すことになると、いってみれば、中小企業を対象とする税務署の職員は手薄になるため、中小企業には租税行政の手が回らないということになる。 数で見れば中小企業がほとんどである我が国において、多くの中小企業や中小企業を担当する税理士等からすれば、税務調査が来ない、もしくは税務調査の回数が減るということは事務量の軽減という観点から喜ばしいことといえる部分も否定できないが、殊更その面を強調してただ喜んでいるわけにはいかないであろう。 広く租税行政全般を俯瞰したとき、「税務当局の目」は、適正公平な課税の実現・納税の確保の観点において、抑止的効果をもたらすものとして一定の必要性が認められるのであって、悉皆的な調査が難しくなっているという現状において、ある種の監視監督の目が適正納税の担保となっていることを忘れてはならない。 さりとて、大企業の方には潤沢な人的資源を配分することができているかといえば、必ずしもそうした状況にはなく、結局同じことが大企業に対しても生じているのである。 このように租税行政全般において人的資源が限られている中、やはり、特に悪質な、あるいは大口な納税者に注力する必要があるところ、国税庁は、確定申告の内容やその後の様々な状況を踏まえ、税務に関するコーポレートガバナンスが良好な納税者とそうでない納税者とに二分し、後者に力を入れることとしている。 今日、資料情報制度を拡充し抑止力を高め、そこにマイナンバーを付与することで情報活用をよりスムーズにする等の流れがあるが、これも租税行政の人的資源の有効活用に資するものであろう。 これと同様の流れの中で、税務調査も、より「税務に関するコーポレートガバナンスが良好でない納税者」へ力を入れるベクトルへと向かっているのである。 (続く)

#No. 201(掲載号)
#酒井 克彦
2017/01/12

金融・投資商品の税務Q&A 【Q27】「個人が匿名組合契約に基づき利益の分配を受ける場合の課税関係」

金融・投資商品の税務Q&A 【Q27】 「個人が匿名組合契約に基づき利益の分配を受ける場合の課税関係」   PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 箱田 晶子   ●○ 検 討 ○● 1 匿名組合とは 匿名組合契約とは、当事者の一方が相手方の営業のために出資を行い、その営業から生ずる利益の分配を約する契約をいいます(商法第535条)。匿名組合契約は、匿名組合員と営業者との間の双務契約によって成り立っており、匿名組合員は、営業者の営業から生じる利益の分配を受ける権利(利益配当請求権)を有しています。 匿名組合契約が終了した場合、営業者は匿名組合員にその出資の額を返還する必要があります(商法第541条)。   2 匿名組合の税務上の取扱い概要 日本の税務上、人格のない社団等は法人とみなされ、法人税法の規定が適用されますが、商法第535条に規定される匿名組合は、人格のない社団等には含まれないとされており、匿名組合自体に法人税が課されることはありません。匿名組合の損益は、匿名組合の営業者及び匿名組合員の損益として法人税又は所得税の課税対象となります。 匿名組合事業は一義的には営業者が行う事業であるため、組合事業に係る所得は一旦営業者に帰属しますが、営業者が匿名組合契約により匿名組合員に分配すべき利益の額又は負担させるべき損失の額については、営業者の損金の額又は益金の額に算入されます。   3 匿名組合員の所得税課税 匿名組合員たる個人(居住者)が匿名組合契約に基づき営業者から受ける利益の分配は、20.42%(所得税及び復興特別所得税)の源泉税が課された上で、所得税課税の対象となります。所得分類は、原則として雑所得とされます。 ただし、匿名組合員が匿名組合契約に基づいて営業者の営む事業(組合事業)に係る重要な業務執行の決定を行っているなど組合事業を営業者と共に経営していると認められる場合には、営業者から受ける利益の分配は、当該営業者の事業の内容に従って事業所得又はその他の各種所得に所得分類されます。 雑所得として取り扱われる匿名組合に基づく利益の分配は、所得税法上、総合課税の対象とされます。損失の分配については、他の所得との損益通算はできません。匿名組合に基づく利益の分配に源泉税が課される場合における当該源泉税額は、所得税額から控除することができます。 なお、国税庁が公表している個人課税課情報「平成17年度税制改正及び有限責任事業組合契約に関する法律の施行に伴う任意組合等の組合事業に係る利益等の課税の取扱いについて(情報)」によれば、匿名組合事業の損益計算上利益が生じた場合、現実に利益の分配がなされておらず、当該組合に留保することとされている場合であっても、匿名組合員は利益配当請求権による利益の分配を請求することができ、「収入すべき金額」は確定していることから、当該金額は匿名組合員たる個人の収入金額に算入される、とされています。 また、上記情報によれば、匿名組合事業に損失が生じた場合は、各計算期間に損失の負担を求めず、匿名組合契約の終了時に損失分担義務を負うこととしている場合、当該損失は各計算期間において未だ確定していないことから、当該計算期間の各種所得の計算上匿名組合員たる個人の必要経費に算入することはできない、とされています。 したがって、翌営業年度以降に当該匿名組合事業に利益が生じた場合については、出資の欠損額を填補した後に分配を受ける利益が、各種所得の金額の計算上総収入金額に算入されることになります。   4 本件へのあてはめ 匿名組合員たる個人が匿名組合契約に基づき営業者から受けるべき利益の分配は、原則として雑所得として総合課税の対象となります。確定申告により、利益の分配に課された源泉税を控除することができます。   (了)

#No. 201(掲載号)
#箱田 晶子
2017/01/12

被災したクライアント企業への実務支援のポイント〔税務面(法人税・消費税)のアドバイス〕 【第8回】「大規模災害時の特例措置(その3)」~その他の特例~

被災したクライアント企業への 実務支援のポイント 〔税務面(法人税・消費税)のアドバイス〕 【第8回】 「大規模災害時の特例措置(その3)」 ~その他の特例~   公認会計士・税理士 新名 貴則   【第6回】においては災害損失特別勘定、【第7回】においては固定資産に関連する特例について解説した。【第8回】においては、大規模災害時におけるその他の特例について解説する。 以下で解説する各特例は、東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律(震災特例法)に基づいて解説していく。 これらの特例は、あくまで東日本大震災のときに設定されたものであって、今後の大規模災害発生時に設定される特例も全く同じ内容になるとは限らない。しかし、同様の内容となることが予想されるため、参考にしていただきたい。   1 災害損失の繰戻しによる法人税額の還付 ① 特例の概要 大規模災害の発生日から1年の間に終了する各事業年度又は半年の間に終了する中間期間(災害欠損事業年度)において、繰戻対象災害損失金額が生じている場合には、災害欠損事業年度の開始の日前2年以内に開始したいずれかの事業年度(還付所得事業年度)の、法人税額の還付を受けることができる。 還付所得事業年度が2以上ある場合、どの還付所得事業年度にいくら繰り戻すかは法人の任意判断となるが、一般に還付所得事業年度における税負担割合(法人税額÷所得金額)が高い事業年度に繰り戻すと、還付税額が多くなる。 ② 繰戻対象災害損失金額 繰戻対処災害損失金額とは、災害欠損事業年度の欠損金額のうち、災害損失金額に達するまでの金額をいう。 災害損失金額とは、棚卸資産、固定資産又は固定資産に準ずる繰延資産について生じた次の損失の額(保険金、損害賠償金等により補填されるものを除く)の合計額をいう。 ▷ 滅失、損壊等による損失 大規模災害により当該資産が滅失し、若しくは損壊したこと又は大規模災害による価値の減少に伴い当該資産の帳簿価額を減額したことにより生じた損失の額(当該資産の取壊費用又は除去費用その他付随費用に係る損失の額を含む) ▷ 原状回復費用 大規模災害により当該資産が損壊し、又はその価値が減少し、その他当該資産を事業の用に供することが困難となった場合において、これらの被害があった日から1年以内に当該資産の原状回復のために支出する修繕費、土砂等の障害物の除去費用その他これらに類する費用(その損壊又は価値減少を防止するための費用を含む)に係る損失の額 【事 例】 (※) 内訳(棚卸資産の滅失損:20,000,000円、機械及び装置の除却損10,000,000円、建物修繕に係る災害損失特別勘定50,000,000円) (※) 青色申告書を提出している中小企業者等においては、災害損失の繰戻し還付と併行して、通常の欠損金の繰戻し還付も行うことができる。 ③ 適用可能な法人 災害損失の繰戻し還付を請求するためには、次の要件をいずれも満たす必要がある。 還付所得事業年度から災害欠損事業年度の前事業年度まで、連続して確定申告書(青色申告書である必要はない)を提出していること 災害欠損事業年度の確定申告書又は仮決算による中間申告書の提出と同時に、還付請求書を所轄税務署長に提出すること 青色申告書を提出している法人である必要はなく、また、資本金1億円超の法人であっても適用可能である。   2 仮決算の中間申告による源泉所得税額の還付 法人税の申告においては、利子や配当等に係る源泉所得税の還付を受けられるのは、通常は確定申告時のみであり、中間申告時に還付を受けることはできない。 しかし、大規模災害の発生日から半年の間に終了する中間期間において災害損失金額が発生しており、仮決算による中間申告を行う場合、中間期間に係る源泉所得税額で法人税額から控除しきれなかった金額につき還付を受けることができる。ただし、災害損失金額を限度とする。 ここで災害損失金額とは、棚卸資産、固定資産又は固定資産に準ずる繰延資産について生じた次の損失の額(保険金、損害賠償金等により補填されるものを除く)の合計額をいう。 ▷ 滅失、損壊等による損失 大規模災害により当該資産が滅失し、若しくは損壊したこと又は大規模災害による価値の減少に伴い当該資産の帳簿価額を減額したことにより生じた損失の額(当該資産の取壊費用又は除去費用その他付随費用に係る損失の額を含む) ▷ 原状回復費用 大規模災害により当該資産が損壊し、又はその価値が減少し、その他当該資産を事業の用に供することが困難となった場合において、これらの被害があった日から1年以内に当該資産の原状回復のために支出する修繕費、土砂等の障害物の除去費用その他これらに類する費用(その損壊又は価値減少を防止するための費用を含む)に係る損失の額   3 中間申告書の提出不要の特例 国税庁長官、国税局長、税務署長等は、災害その他やむを得ない理由により、国税に関する申告・納付等をその期限までにできないと認められる場合、その理由がやんだ日から2ヶ月以内に限り、申告・納付等の期限を延長することができる(通法11)。この延長には、「地域指定による期限延長」と「個別指定による期限延長」がある。 この申告期限の延長により、中間申告書の提出期限と、その中間申告書に係る事業年度の確定申告書の提出期限が同一の日となる場合は、中間申告書の提出は不要とされている。   4 消費税の「課税事業者選択届・選択不適用届」、「簡易課税選択届・選択不適用届」の提出に関する特例 ① 提出日に関する特例 消費税の課税事業者選択届・選択不適用届及び簡易課税選択届・選択不適用届は、通常その適用を受けようとする課税期間の初日の前日までに所轄税務署長に届出書を提出する必要がある(消法9④⑤)。 しかし、大規模災害の被災者である事業者(被災事業者)が、被災日を含む課税期間以後の課税期間について、課税事業者の選択又は選択不適用、簡易課税の選択又は選択不適用の適用を受けたい場合は、国税庁長官が定める指定日までに所轄税務署長に届出書を提出すれば認められる。 被災日後に課税事業者の選択又は選択不適用、簡易課税の選択又は選択不適用の適用を受けようとしても、本来は早くても翌課税期間からしか適用を受けることはできない。しかし、上記の特例により、指定日までに届出書を提出すれば、被災日を含む課税期間からでも適用を受けることができることになる。 ② 選択不適用の際の特例 課税事業者の選択又は簡易課税の選択を行った場合、原則としてこれを2年間継続した後でなければ選択をやめることができない。しかし、消費税の届出に係る上記の特例の適用を受ける場合は、2年間継続した後でなくても、選択をやめることができる。つまり、被災直後の1年間だけ課税事業者又は簡易課税の選択を行い、その後すぐに選択をやめることも可能となる。   (了)

#No. 201(掲載号)
#新名 貴則
2017/01/12

裁判例・裁決例からみた非上場株式の評価 【第23回】「租税法上の評価⑦」

裁判例・裁決例からみた 非上場株式の評価 【第23回】 「租税法上の評価⑦」   公認会計士 佐藤 信祐   前回では、最高裁平成7年12月19日判決について解説を行った。 本稿では、東京高裁平成22年12月15日判決について解説を行う。本事件は、法人税法上、有利発行に該当するか否かについて争われた事件である。   7 東京高裁平成22年12月15日判決・TAINSコード:Z260-11571 (1) 事実の概要 本事件は、総合商社であり、B株式会社が製造する自動車の完成品や組立部品の輸出及び海外での販売事業等を行っている原告が、タイ王国(以下「タイ」という)において上記販売事業を行う関連会社であるタイ法人2社(D社、E社)が発行した株式を額面価額で引き受け、これらを基に法人税の確定申告をしたのに対し、麹町税務署長が、上記各株式が法人税法施行令119条1項3号所定の有利発行の有価証券に当たり、その引受価額と時価との差額相当分の利益が生じていたなどとして、法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした事件である。 本事件の争点は、①本件E社株の取得に係る被告の主張が処分理由の差し替えであっても許されるか、②新株の発行における株式の時価と払込価額との差額が法人税法22条2項の「益金の額」を構成するか、③本件各株式の時価と払込価額の差額が原告の「益金の額」を構成するか、の3つであるが、本稿では、②と③についてのみ解説を行う。 なお、上告審(最高裁平成24年5月8日判決・TAINSコード:Z262-11945)では、上告不受理となっている。 (2) 第一審(東京地裁平成22年3月5日判決・TAINSコード:Z260-11392) (3) 裁判所の判断 控訴審は、第一審の判断をそのまま踏襲しているため、詳細な解説は省略する。 (4) 評釈 このように、裁判所は納税者の主張を認めず、国側の課税処分を認めた。 本事件の争点②については、納税者側の主張がかなり強引なものであり、有利発行における株式の時価と払込価額との差額が益金の額に算入されるということに疑いはない。 そして、本事件の争点③であるが、まず、 としたうえで、 としている。 すなわち、法人税基本通達9-1-13、9-1-14により算定された時価との差額が10%を超える場合について、税務上、有利発行とすると判示しており、通達に従った解釈と言える。ただし、10%という数字は、新株の消化可能性のために割り引く必要があるという実務慣行によるものであるが、少なくとも、ファイナンスや会社法の観点からは批判があるところである。 さらに、「発行価額を決定した日は、上記各臨時株主総会の決議が行われた日というべきである。」とし、「本件社長室会の日である」という納税者の主張を認めなかった。これは、 としている。 この点、株主総会決議の日を基準日として株価の算定を行うことは不可能であり、この裁判所の判断には疑問を感じるかもしれない。しかし、本事件は、社長室会から株主総会まで1年以上も経過していることから、例外的な判断であるということができる。 さらに、驚愕すべきは、直前期末ではなく、直前四半期末の決算書を基に株価を算定すべきとしている点である。 この点につき、裁判所は、 としている。言っていることはその通りであるが、これを突き詰めれば、なるべく直近の月次決算に基づいて株価を算定すべきということになる。 実務上は、法人税基本通達9-1-13(1)が半年以内の売買事例としていることから、半年くらい前なら直前期末でも良く、半年を大幅に超えるのなら、なるべく直前にという対応をしていることが多いように思える。本事件は、社長室会から臨時株主総会までの期間が長すぎたが故に否認され、否認するとすれば、直前四半期末の情報が最も信用に足るということで、その数値により否認をしたものと思われる。実務上は、可能な限り、直前の会計情報を入手することが必要になると考えられる。 次回では、国税不服審判所平成11年2月8日裁決について解説を行う予定である。 (了)

#No. 201(掲載号)
#佐藤 信祐
2017/01/12

税務判例を読むための税法の学び方【100】 〔第9章〕代表的な税務判例を読む(その28:「政令委任と租税法律主義⑤」)

税務判例を読むための税法の学び方【100】 (最終回)  〔第9章〕代表的な税務判例を読む (その28:「政令委任と租税法律主義⑤」)   立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘   3 事例の比較検討 ここまで6つの事案を見てきたわけだが、結果として⑤事案のみ控訴審で命令の規定が法律の委任の範囲とされたため異なる結論となったのであるが、その相違点がいずれにあるのであろうか。 ① 大阪銘板事件 【96】 ② 細田商店(ホソダ)事件 【97】 ③ 日通モータース事件 【97】 ④ 木更津木材事件 【98】 ⑤ 阪神淡路大震災登録免許税事件 【98】 ⑥ ネット通販商品保管等アパート・倉庫のPE認定事件 【99】   ④事案においては法律に「登録免許税の税率は、政令で定めるところにより」とあるところ、⑤事案においては法律に「登記については、大蔵省で定めるところにより・・・までの間に受けるものに限り」とあることから、⑤事案の高裁判決においては、書面主義が行われている登記手続の中では、一定の書面の添付を予定していると考えられ、また添付書類の内容の定めに限り、大蔵省令に委任したものであって、委任内容を限定していると解される場合には、その範囲で定められた省令は有効と判示している。 また④事案では、法律に「政令で定めるところ」とあるにもかかわらず政令である施行令では「大蔵省令で定めるところにより」と再委任している。両者を比較すれば、わずかの差ではあるが、④事案の規定ぶりの方が包括的であり、また再委任という問題を有している。 なおここでは④⑤事案のみ詳述したが、これら6つの事案に共通して言えることは、政省令での要件の付加が問題とされたことであり、政省令で要件を定めていたとしても、法律自体にその手掛かりがある場合には、新たな付加ではないとされてきている。 次に④事案と⑥事案を比較してみよう。⑥事案は、条約の「別に定める要件を満たし」に関して法律上、具現化した(条約では、当然何にどの事項を委任するかを明記できないため)ものが、実特法12条の規定ということになる。しかしこの実特法12条は、全く何ら具体的な内容を持たないものであり、包括的白紙的委任と言うしかないものである。そしてこの実特法省令9条の2は、実特法12条の包括委任規定のみに根拠をおき定められたものである。 したがって、この実特法省令9条の2の内容は、法律に何ら手掛かりが示されていない。そうである以上、上記⑤事案の高裁判決に言う「法律が手続的課税要件の内容を明文で規定までしていなくとも、・・・法律が委任内容を限定していると解される場合には、その範囲で定められた省令は有効というべき」にも該当していないものである。したがって、委任命令としては、意味を持たず、執行命令と同様の意味しかないことになる。執行命令であるならば「その規定することができる事項は、法律の明示の意思がない限り、法律を実施するための技術的な施行細則にとどまるべきもの(浅野一郎編著『立法技術入門講座 第1巻 立法の過程』昭和63年ぎょうせい258頁)である。 国側は「実特法省令9条の2は、実特法12条の委任を受けて、日米租税条約による特典の適用を受けるための実体的要件の存否、内容を確認するための手続的な事項を規定したものにすぎない」と、そして手続要件が付加されている点につき「条約特典を濫用することを防止するため、・・・その者が真に特典を受けるべき立場にあることに関する所定の条件を具備するように求めたもの」であって、「実特法12条及びその委任に基づく実特法省令9条の2は、日米租税条約22条を補充するものであり、同条による特典の適用を制約するものではない」と主張する。 しかし手続要件であっても課税要件の付加である点には相違がなく、法律にはその手掛かりが全く示されていない点は明らかである。また上記⑤事案の高裁判決に言う「法律が委任内容を限定していると解される場合」にも該当しない。したがって、判決に言う「実特法12条の委任規定の内容は、一般的、包括的なものであるところ、同条が法律よりも下位の省令に対し、租税条約及び実特法を実施するための手続的細則を定めることを委任したものと解することはできるとしても、省令の定める手続を経なければ、租税条約の特典を受けることができないという意味での手続要件を定めることを委任したものと解することはできない」という指摘は正当であり、「原告が実特法省令に基づく届出書を提出しなかったことをもって、同項の適用を否定することはできない」という結論もまた、正当である。 なお、政令委任の合憲性を争った事案の著名なものとして、使用人に対する未払賞与の損金算入時期を定めた、法人税法施行令第72条の3に関するものがある。法人税法には政令への具体的委任文言が全くないことから、複数の訴訟で争われている。しかしすべてこれを無効とする判決は出されていないため、ここでは取り上げなかったが、重要な問題があることを指摘しておきたい。   連載終了にあたって 「税務判例を読むための税法の学び方」は、100回目となる今回をもって終了となります。 本連載は、租税法律主義の下、租税法の内容を条文から考える力を養い、判決の内容を法的視点から理解できるようになることを目標として書き進めてまいりました。 えてして、判決の結論だけが独り歩きしがちですが、判決を法的にしっかり理解し、その射程や意義を考察することは、租税法に携わる人たちにとって、大変重要なものです。 そして、通達に頼ることなく、法令から租税法の意味内容を理解できるようになることもまた、大切なことです。 本連載を通して、読者の方々がこういった力を身に付けていただければ、大変うれしい限りです。 これまで長い間お読みいただき、誠にありがとうございました。 (連載了)

#No. 201(掲載号)
#長島 弘
2017/01/12

ストーリーで学ぶIFRS入門 【第12話】「金融商品会計はIFRSも難しい?」

ストーリーで学ぶ IFRS入門 【第12話】 「金融商品会計はIFRSも難しい?」 仰星監査法人 公認会計士 関根 智美   「ピリピリ!って音、しない?」 隣の席の橋本にいきなり話しかけられた伊崎は当惑した。橋本が何のことを言っているのか、さっぱり分からなかったからだ。伊崎のその表情を気にすることなく、橋本がさらに言う。 「ほら、向かいのあの2人の空気よ。年末からずっとあの調子じゃない。」 伊崎もその言葉で納得した。2人の対面の席には、経理部の若手コンビである藤原と桜井がいつものように和気あいあいと雑談することもなく、それぞれのPCに黙々と集中している。どうやら年末に2人の間でひと悶着あったようだった。 「伊崎さんは何があったか知っている・・・わけないわよね。」と橋本は、伊崎の顔をちらりと見てからため息をついた。 「第3四半期は年始休暇のせいで作業日程がいつもよりタイトだから、黙って仕事してくれる分にはいいんじゃないかな?」 伊崎は両手を後頭部で組み、背もたれに体を預けて軽く伸びをした。 ここは、東証一部に上場しているメーカーの経理部である。3月決算会社であるため、経理部は年明け早々から第3四半期決算のプチ繁忙期に入っていた。課長の倉田を始め、中堅クラスの伊崎、橋本、入社5年以下の若手である藤原、桜井、山口がそれぞれの分担を黙々とこなしている。この会社では今年の夏にIFRSを導入することを決定したのだが、この期間ばかりはIFRS導入プロジェクトも活動休止中だ。 「あら、職場の雰囲気って大事なのよ?私なんて繊細だから、この緊張感のある空気が気になっちゃって・・・」 「部署異動の希望を出そうかしら~」と、派遣社員を除く経理部の中で紅一点の橋本はしれっと言う。 「うーん、これ以上仕事が増えるのは困るなぁ。橋本さんがいないと、税金まで僕が担当することになりそうだ。」 橋本は、頬杖をついて伊崎の方に体を向けた。 「でしょう?だから、どうにかしてあの2人を和解させましょうよ。どうせ喧嘩の原因は藤原くんが作ったんでしょうけど。」 「だったら、僕は協力できないんじゃないかな?なぜか藤原君には嫌われているんだよね。」 伊崎は腕を組んで、橋本に言った。橋本は首を傾げながら頬杖をついている方の人指し指で、トントンと頬を叩く。 「うーん、伊崎さんの要領の良さが羨ましいからかしら?ほら、藤原君って不器用なタイプだから。」 そう言うと橋本は暫く沈黙し、再び口を開いた。 「ま、いいわ。私が藤原君に話を聞いてみるから、伊崎さんは桜井君をお願いね。」 橋本は伊崎ににっこりとほほ笑みかける。伊崎はやれやれと首を振りながらも、引き受けることにした。 翌日、早朝の冷気で頬を赤らめた桜井がオフィスに入ると、既に経理部に先客がいた。 「あれ?伊崎さん、おはようございます。今日は珍しいですね。」 桜井は伊崎の向かいの席に鞄を置き、コートを脱ぎはじめた。 「おはよう。偶然目が早く覚めちゃったから、仕事を片付けに来たんだ。来週中には数字を固めておかなきゃいけないからね。」 伊崎はほほ笑んで答えた。もちろんこれは方便で、本当は桜井と一対一で話をしたかったからだ。藤原と微妙な雰囲気にある桜井は、隣席の藤原を避けるためか、残業をほどほどにこなした後すぐ帰宅し、早朝に作業をしていた。 「桜井君は、進捗状況はどう?順調?」 「まぁまぁって感じです。今日から有価証券の予定です。」 桜井は作業管理表を確認して答えた。 「そっか。じゃ、すぐに終わりそうだね。今回特に問題のある有価証券もないし、いつも通りだから。ところで、藤原君に何を言われたんだい?」 「ええ・・・えっ!?」 仕事の話からいきなり切り替えられた話題に桜井は動揺した。 「ほら、何か君たち微妙な雰囲気になっているから、僕で良ければ相談に乗るよ?」 伊崎は先ほどからゆったりした笑顔を浮かべている。桜井は一瞬逡巡したが、もやもやした胸の内を誰かに、できれば優しそうな人に聞いてもらいたいという思いもあり、先月の藤原とのやり取りを話すことにした。 「・・・へぇ、なるほどね。」 一部始終を聞き終えた伊崎は、買ってきたばかりの缶コーヒーのうち1本を桜井に手渡し、自分の分のプルタブを開けた。桜井も伊崎の隣の席に腰かけ、お礼と共に受け取ったコーヒーを一口すする。 「はい・・・。いくら先輩だからって、あんなに偉そうに言う筋合いはないと思います。それに、IFRSだって僕から頼んで教えてもらっているわけじゃないし・・・」 桜井は溜めこんでいた鬱憤を吐き出して、少しすっきりしたようだ。 「そうかー。そういうことなら、今のままちょっと距離を置いていたらいいんじゃないかな。」 桜井は伊崎の意外な返答を聞いて、呆気に取られた顔をした。 「え?伊崎さんは僕たちを仲直りさせようとしているんじゃないんですか?」 伊崎はコーヒーを飲みながら言った。 「だって、少なくとも君は自分が間違っているって思ってないわけでしょ?」 「ええ、まぁ、そうですけど・・・」 「なら、折れる必要なんてないと思うよ。後輩だからとか、関係なく。」 「それでもいいんですか?」 「だって、必要最低限の業務連絡とかはしているわけでしょ?仕事に支障がないのなら、それでいいんじゃないかな。皆と仲良くなんて、無理だよ。」 桜井は、自分の意見が聞き入れられたことで肩すかしを食らった気分になった。心のどこかで自分が非難されるのでは、と予想していたからなのだが、すんなり受け入れられると、それはそれで漠然と不安な気持ちになる。 「でも・・・」 そこで伊崎は桜井の方に向き直った。 「そもそも、IFRSを教えてもらったことがきっかけなんだよね?それなら、僕が藤原君の代わりにIFRSを教えようか?」 さらに伊崎は、「もしかしたら、藤原君より上手いかもしれないよ?」とおどけた口調で付け加えた。 桜井は暫く黙って考え込んだ。桜井だって、せっかくIFRSの勉強を始めたのだから、このまま続けたいとは思っているのだ。しかし、自分から積極的に本を開くことはついつい後回しになっているし、今の気まずい状況で藤原に頭を下げて教えてもらうのも抵抗がある。伊崎の申し出は、桜井にとって願ったり叶ったりだった。 「では、IFRSのこと、伊崎さんにお願いしてもいいですか?」 桜井はおずおずと言った。 「もちろんだよ。」 伊崎は再び桜井に笑顔を向けた。   金融商品に関するIFRS基準は複数ある 「じゃ、さっそくIFRSを教えようか?今日の作業は有価証券って言っていたよね?せっかくだから有価証券に絡んだものがいいね。」 桜井は飲みかけのコーヒーにむせて、咳込んだ。 「ゴホゴホ・・・。い、いきなりですか?」 「ほら、業務時間中にこんな話できないでしょ?しかも藤原君の目の前で。」 「・・・確かにそうですね。」と納得した桜井は、さっそく自分の席に戻り、いつもの勉強用ノートとペンを取り出すと、再び伊崎の隣に座った。 「では、IFRSでは有価証券の会計処理について教えてください。」 「あー、そこからなんだね。」と伊崎は呟き、頭を掻いた。 「まず、今日教えるのは、『金融商品』の基準だよ。金融商品の中の1つが有価証券だね。」 「あ、そう言えば日本基準でも金融商品会計って言いますもんね。」 桜井は、はっとした表情で伊崎を見た。 「うん。それから、一言で金融商品の基準といっても、いくつも基準があるんだ。」 「へぇ。どんな基準があるんですか?」 「今適用されているのは、IAS第39号『金融商品:認識及び測定』だね。それから2018年1月1日以後開始の事業年度からは、IAS第39号に代わりIFRS第9号『金融商品』が強制適用されることになるんだ。もちろん、IFRS第9号を早期適用することもできるよ。」 「へぇ。IFRS第9号は新しい基準なんですね。」 桜井はメモを取りながら、説明の続きを待った。 「それから、他にも、IFRS第7号『金融商品:開示』、IAS第32号『金融商品:表示』という基準もあるんだ。」 「IAS第39号やIFRS第9号の他に、まだ2つもあるんですね!」 伊崎は桜井の新鮮な反応を見て、思わず笑った。 「そうなんだよ。今日は、その中からIAS第39号に代わって適用予定のIFRS第9号に絞って勉強しようか。」 「はい、分かりました。」 桜井は勢いよく頷いた。   IFRSの金融商品会計は日本基準と異なる部分が多い 「それから、ヤル気を削ぎたくないから本当は言いたくはないんだけど・・・」 「な、何でしょうか?」 桜井は、ゴクリと唾を飲み込んだ。 「IFRS第9号は、日本基準とはいろいろ違いがあるんだ。どちらかというと、IAS第39号の方が日本基準には近かったんだよね。」 「えっ!」 「それに・・・すごく難しい。」 「そ、そうなんですか。」 次第に桜井がうな垂れる様子を見て、伊崎はフォローも入れた。 「でも、IFRS第9号は、IAS第39号で問題だった理解や適用、そして解釈が困難だっていう問題を改善して簡素化した基準なんだ。それに、IFRS、日本基準に限らず、もともと金融商品会計って難しいからね。」 「はぁ。でも、何でヤル気が削がれることを言う必要があるんですか?」 桜井は情けない声で尋ねた。 「始めから覚悟しておいた方がいい場合もあるでしょ?まずは基本の枠組みをしっかり理解することを今日の目標にしようか。」 その目標を聞いて、桜井も安心したようだ。 「それくらいなら、できるかもしれません。」   IFRS第9号についての学習項目 「案ずるより産むが易し、とも言うし、ひとまずIFRS第9号がどんな基準なのか確認してみようか。」 「はい、よろしくお願いします。」と桜井は頭を下げた。 桜井の素直な態度を見た伊崎は少しほほ笑んだ後、1枚のファイルを桜井に差し出した。 【今回の学習項目】 金融商品の定義 金融商品の当初認識と当初測定 金融資産の分類と測定 金融負債の分類と測定 減損 「今日教えることは、この表の項目だよ。中でも基本的な部分だけを説明するね。だから、他の金融商品に関する基準の内容はもちろん、IFRS第9号にある『金融商品の認識の中止』や『ヘッジ会計』、他の細かい規定も今回はあえて省略しているから、そこは注意してね。 それでも、なかなかのボリュームだよ?」 「はい、分かりました。」   金融商品の定義 金融商品の当初認識と当初測定 金融資産の分類と測定 金融負債の分類と測定 減損 「じゃ、さっそく『金融商品の定義』からだね。」 「あ、はい。」 いつもならここで藤原が咳払いするのだが、それがないことに桜井はふと気がついた。教えているのは伊崎なので、当然のことなのだが。 「まず、金融商品(financial instrument)とは、一方の企業にとっての金融資産(financial asset)と、他の企業にとっての金融負債(financial liability)又は資本性金融商品(equity instrument)の双方を生じさせる契約のことを言うんだ。」 「はい・・・」 ◆金融資産・金融負債・資本性金融商品の定義 伊崎は、桜井の顔を見て苦笑した。 「漠然とした定義だよね。今の定義の中で、3つのキーワードに気がついたかい?」 「えっと、金融資産、金融負債、資本性金融商品の3つですか?」 伊崎の言葉を思い出しながら、桜井は慌てて答えた。 「そう、その通り。では次に、その3つの定義を見ていくよ。資本性金融商品はまだ分かりやすいけど、残りの2つのキーワードの定義なんて、もう呪文みたいなものなんだ。」 「呪文、ですか・・・?」 桜井の反応に、伊崎はくすりと笑う。 「見たら分かるよ。金融資産と金融負債の定義は対比して見たほうが分かりやすいから、表で確認しようか。」 そう言うと、伊崎は足元の引出から一冊のファイルを取り出して、桜井にも見えるように広げた。 「藤原君がいろいろまとめてくれた資料なんだけどね。」と、伊崎はいたずらっぽく笑った。 「え、勝手に使っちゃっていいんですか?」 「もちろん。有効活用した方が藤原君の努力も報われるでしょ?」 気まずそうな桜井を余所に、伊崎は表を指さした。 【金融資産・金融負債・資本性金融商品の定義】 《金融資産》 ● 現金 ● 他の企業の資本性金融商品 ● 次のいずれかの契約上の権利 a) 他の企業から現金又は他の金融資産を受け取る。 b) 金融資産又は金融負債を当該企業にとって潜在的に有利な条件で他の企業と交換する。 ● 企業自身の資本性金融商品で決済されるか又は決済される可能性のある契約のうち、次のいずれか a) デリバティブ以外で、企業が企業自身の可変数の資本性金融商品を受け取る義務があるか、又はその可能性があるもの b) デリバティブで、固定額の現金又は他の金融資産と企業自身の固定数の資本性金融商品との交換以外の方法で決済されるか、又はその可能性のあるもの 《金融負債》 ● 次のいずれかの契約上の義務 a) 他の企業に現金又は他の金融資産を支払う。 b) 金融資産又は金融負債を当該企業にとって潜在的に不利な条件で他の企業と交換する。 ● 企業自身の資本性金融商品で決済されるか又は決済される可能性がある契約のうち、次のいずれか a) デリバティブ以外で、企業が企業自身の可変数の資本性金融商品を引き渡す義務があるか又はその可能性があるもの b) デリバティブで、固定額の現金又は他の金融資産と企業自身の固定数の資本性金融商品との交換以外の方法で決済されるか、又はその可能性があるもの 《資本性金融商品》 ● 企業の全ての負債を控除した後の資産に対する残余持分を証する契約 「これが・・・全部・・・定義・・・なんですか?」 金融資産と金融負債の定義を見て驚く桜井に、伊崎は笑顔で頷いた。 「うーん、金融資産の上2つにある『現金』とか『他の企業の資本性金融商品』までは理解できますけど、それ以降は読む気も出ないんですが・・・。あ、でも、金融資産の定義の一部が金融負債の定義と対の関係になっているのは分かります。」 桜井は、小さい文字に目を凝らしながら字面を追うが、正直言葉が頭に入ってくる気がしなかった。 ◆金融商品の範囲は広い 「でしょ。定義も大事なんだけど、今はどういうものが金融資産、金融負債、資本性金融商品なのか、ってことが分かれば大丈夫だよ。」 そう言うと、伊崎が新しい表を桜井に見せた。 【金融資産・金融負債・資本性金融商品の具体例】 《金融資産》 現金 売掛金 受取手形 有価証券 貸付金 etc. 《金融負債》 買掛金 支払手形 借入金 未払金 デリバティブ負債 etc. 《資本性金融商品》 株式 その他、金融負債(又は金融資産)に該当しないもの 「へぇ!確かに僕にはこっちの方が理解できます。資本性金融商品って株式のことを言うんですね。」 桜井の言葉に伊崎は頷きで答えた。 「そうだね。これらの例はほんの一部だけどね。もちろん、金融商品をそれぞれの定義に当てはめて判断するのが基本だということは、忘れないでね。」 「分かりました。でも、現金や売掛金、負債側では未払金まで金融商品になるんですね。僕のイメージでは有価証券だけでした。」 「そうだね。でも、実は日本基準でも、金融商品の範囲はIFRSと大部分は変わらないんだよ。意識しないだけでね。」 「え、そうだったんですか。」 桜井は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。 金融商品の当初認識と当初測定 金融商品の定義 金融資産の分類と測定 金融負債の分類と測定 減損 「続いて金融商品はいつ認識されるのか、そしてその金額はいくらか、という話に移ろう。」 「はい!」と、話題が変わってほっとした桜井は、勢いよく返事をした。 ◆契約の当事者になった時点で当初認識 「基本的には、企業は金融商品の契約条項の当事者になった時に、金融資産又は金融負債を財政状態計算書に認識することになる。」 「へぇ、契約の当事者になった時点ですね。」 ◆通常の方法による金融資産の売買の場合は、取引日又は決済日で当初認識 「そうだよ。それから、通常の方法による金融資産の売買の場合は、取引日又は決済日のいずれの日に処理するのかを選択して認識するんだ。」 「なるほど。こちらは、取引日か決済日かを選択できるんですね。」 ◆金融商品の当初測定は公正価値 メモを取り終えた桜井が顔を上げた。 「認識のタイミングが分かったら、次は計上額の話ですね。」 「そうだね。基本的には、金融資産及び金融負債は公正価値(fair value)で当初認識するんだ。」 「はい。公正価値で測定するんですね。」 ◆純損益を通じて公正価値で測定するものではない金融資産や金融負債は取引コストも考慮 「ただし、純損益を通じて公正価値で測定するものではない金融資産や金融負債の場合は、金融資産の取得又は金融負債の発行に直接起因する取引コストを加減算する必要があるんだ。」 「あの、『純損益を通じて公正価値で測定する』って、何ですか・・・?」 桜井は首を傾げた。 「これは金融商品の当初測定後の測定基礎の一つなんだけど、具体的には後で説明するから、今は取引コストを考慮するものがある、という理解で大丈夫だよ。」 「はい、分かりました。」 ◆重大な金融要素を含んでいない営業債権は取引価格で当初測定 「それから、重大な金融要素を含んでいない営業債権は、取引価格(transaction price)で測定する必要があるんだ。」 「『重大な金融要素を含んでいない営業債権』ですか・・・?」 またしても知らない用語を聞いた桜井は、眉間に皺を寄せて聞き返した。 「あ、そっか。藤原君はまだ収益認識のところまで教えてないんだね。」 桜井は不安そうな表情のままコクリと頷いた。 「じゃ、次回は収益認識をテーマにしようかな。簡単に説明すると、重大な利息が含まれていない営業債権ってことだよ。話が脱線しちゃうから、詳しい説明は今度にしよう。」 「はい・・・。つまり、重大な利息が含まれていない営業債権なら、公正価値ではなく取引価格で当初測定すればいいんですね。」 「そういうこと。ここまでが金融商品の当初認識と当初測定についてだよ。そんなに変な規定はなかったでしょ?」 「ええ。知らない言葉がありましたけど、このくらいなら僕でもついていけそうです。」 それを聞いた伊崎は、にっこりと頷いて言った。 「そうそう、これも藤原君がまとめてくれた表があるから、使っていいよ。」 【金融商品の当初認識と当初測定】 《当初認識》 契約の当事者になった時点 通常の方法による金融資産の売買 ⇒ 取引日 又は 決済日 《当初測定》 公正価値で測定 純損益を通じて公正価値測定するもの以外の金融資産や金融負債では、取引コストも加減 重大な金融要素を含んでいない営業債権 ⇒ 取引価格で測定   金融資産の分類と測定 金融商品の定義 金融商品の当初認識と当初測定 金融負債の分類と測定 減損 「さて、次が一番のヤマ場だね。」 「えーと、『金融資産の分類と測定』についてですね。」 桜井は学習項目の表を確認した。 「そうだね。ここで『測定』とあるのは、いわゆる『当初認識後の測定』というものだね。」 そこで伊崎が腕を組んだまま、クルリと桜井の方に椅子を回した。 「桜井君は、「金融資産の分類」と聞いて、何を思い浮かべる?」 「そうですね・・・有価証券だったら、売買目的有価証券とか、満期保有目的債権、その他有価証券という分類でしょうか。」 「日本基準だとそうだね。」 伊崎の返事を聞いて、桜井は尋ねた。 「ということは、IFRSでは分類の方法が日本基準と違うんですか?」 ◆金融資産を2つのモデルに基づいて分類 「そうなんだ。IFRS第9号では、日本基準のように保有目的別に分類するのではなく、 という、2つのモデルに基づいて分類するんだよ。」 「へぇ。日本基準とは違う分類方法なんですね。」 「そういうことだね。そして、その分類に応じて測定方法を決めていくんだ。まずは、フローチャートを見てみようか。」 ファイルをめくろうとした伊崎は、ふと手を止めて桜井の方を見た。 「そうそう、株式の場合は別のフローチャートがあるんだ。だから、これから見ていくフローチャートは、主に債券・債権が対象になるよ。」 「あ、はい。分かりました。では、債券や債権をイメージしながら、フローチャートのプロセスを確認していきます。」 「そうだね。」と、伊崎は笑顔で返した。 【金融資産分類・測定のフローチャート】 伊崎の示したフローチャートを見た桜井は一瞬固まった。 「あ、あのー・・・『CF』 はキャッシュ・フローのことですよね?」 「ああ、そうだね。」 「それと…下にある『FVOCI』と『FVTPL』って・・・何ですか?おしゃれなファッション雑誌みたいな名前ですけど。」 もともと英語は苦手な桜井である。よく使う単語や、短い単語ならなんとか対応できるが、意味不明のアルファベットの羅列に頭が拒否反応を示していた。 「あー、たしかにいきなり見ると、何のことやらって感じになるよね。」 伊崎も英語が苦手な桜井がフローチャートを見て戸惑った理由が分かったようだ。 「はい・・・」 「じゃ、まず先に測定から説明した方が良さそうだね。」 ◆金融資産の3つの測定方法 「一番下のカラフルなボックスは測定基礎を表しているんだ。金融資産では、主に3つの方法で測定されるんだよ。それぞれ簡単に確認にしていこう。」 「はい。」 ◆償却原価は実効金利法によって算定する 「左端から順に説明していくと、まず、実効金利法による償却原価(amortised cost)で測定する方法が1つ目。」 「実効金利法による償却原価、ですね。あれ、確か日本基準だと実効金利の他に、定額法による償却原価を算定する方法も認められていますよね?」 桜井は少し自信なさ気に尋ねた。 「そうだね。でもIFRSでは、実効金利法のみが認められているんだよ。ここも日本基準と違う点だね。」 「へぇ、そうなんですか。」 桜井は納得して、次のボックスに目を移した。 ◆FVOCIは公正価値の変動部分の処理に注意 「それから、2つ目のボックスにある『FVOCI』だけど、これは英語の頭文字を取った表現なんだよ。Fair Value Through Other Comprehensive Income。日本語で言うと、『その他包括利益を通じて公正価値』で測定する方法ってことだね。」 「なるほど。確かに日本語で言うよりアルファベットで表した方が言いやすいですね。」 「でしょ?この測定方法は、言葉の通り、金融資産を公正価値で測定するんだよ。」 「ということは、公正価値の変動により生じた差額は、『その他包括利益』として認識されることになるんですね。」 ところが、伊崎が首を振って言った。 「それがちょっと面倒でね。仮にその金融資産が償却原価として測定されていた場合に純損益として認識する部分については純損益として認識して、それ以外の変動部分についてのみ『その他包括利益』に含めて認識するんだ。」 「えーと、どういうことですか?」 伊崎の説明がすんなり頭に入らなかった桜井は、聞き返した。 「ちょっと説明を要約しすぎちゃったかな。FVOCIで測定する金融資産であっても、実効金利法で算出した金利部分は、『その他包括利益』ではなく『純損益』に認識するんだよ。」 「なるほど。その金利部分が、『償却原価として測定されていた場合に純損益として認識する部分』という表現になっているんですね。」 「そうだね。そして、公正価値の変動額のうち、その金利部分を除いた変動額が『その他包括利益』として認識されるんだ。」 「へぇ。公正価値の変動額を金利部分とそれ以外に区別する必要があるんですね。」 「そういうこと。それから、その金融資産の認識を中止した時に、今までその他包括利益に認識した累計額を、資本から純損益に組替調整することになるんだよ。いわゆる“リサイクリング”というやつだね。」 「はい。つまり、こういうことですね。」 と桜井はノートにイメージ図を描いた。 【FVOCI評価差額の処理】 ◆FVTPLは「純損益を通じて公正価値」で測定すること 「最後のFVTPLも英語の頭文字を取ったものだよ。」 「えーと、頭文字だから、Fair Value Through・・・」 慣れない思考に頭がフリーズしてしまった桜井の言葉を引き受けて、伊崎が説明した。 「Fair Value Through Profit or Lossだね。意味は、『純損益を通じて公正価値』で測定する方法のことだよ。」 「この方法にも何か注意点はあるんですか?」 「いや、ここは安心して大丈夫。」と伊崎は笑って、説明を続けた。 「FVTPLでは、金融商品を公正価値で測定し、それにより生じる利得又は損失は、すべて純損益に認識することになるんだ。」 「なるほど。これでFVOCIもFVTPLの意味も理解できました。」 「それはよかった。アルファベットの単語の意味が分かってスッキリしたところで、さっそくフローチャートの流れの確認に入ろうか。」 桜井は再びフローチャートに視線を戻した。 ◆分類1:事業モデル要件 「まずは、『事業モデル要件』という所ですね。その下に3つのボックスがありますけど、これはどういう意味なんですか?」 「事業モデル要件とは、金融資産の管理に関する企業の事業モデルに基づいて金融資産を分類することなんだけど。」 「はい・・・」 桜井のぼんやりした表情に伊崎は苦笑した。 「それだけじゃ、よく分からないよね。これはね、企業がキャッシュ・フローを生み出すために金融資産をどのように管理しているのかを指しているんだ。すなわち、キャッシュ・フローが生じるのが、 契約上のキャッシュ・フローの回収からなのか 金融資産の売却からなのか その両方からなのか で分けるんだ。」 「あ、なるほど。それが下に続く3つのボックスになるんですね。」 「その通り。」 ◆「CF回収」又は「CF回収及び売却」に該当するものはキャッシュ・フロー要件へ 「では、金融資産のキャッシュ・フローが契約上のキャッシュ・フローの回収か、キャッシュ・フロー回収と売却の双方に該当する場合は、その下に続く『キャッシュ・フロー要件』を検討するんですね。」 ◆「売却」に該当するものはFVTPLで測定 「そうなるね。そして、ここで『売却』に該当する金融資産は、FVTPLで測定することになるんだ。」 「FVTPLってことは、売却によりキャッシュ・フローが生じる金融資産は純損益を通じて公正価値で測定することになるんですね。分かりました。」 桜井は、フローチャートの流れを指で辿りながら確認した。 ◆分類2:キャッシュ・フロー要件 「事業モデルに基づいてその金融資産が契約上のキャッシュ・フローの回収、又は回収及び売却の双方によりキャッシュ・フローが生じるものとして管理されている場合、次の『キャッシュ・フロー要件』の検討に入ることになるのは、大丈夫だね?」 「はい。」 「キャッシュ・フロー要件とは、その金融資産の契約上のキャッシュ・フローが特定の日における元本及び元本残高に対する利息の支払いのみであるかどうかを判定することを言うんだよ。」 そこで桜井が質問した。 「キャッシュ・フロー要件を満たすものと満たさないものって、どんな金融資産が該当するんでしょうか?」 「そうだね。例えば、固定金利の貸付金はキャッシュ・フロー要件を満たすよね。」 「確かに。契約上のキャッシュ・フローは、通常、元本及び元本残高に対する利息の支払いのみですね。」 「それから、キャッシュ・フロー要件を満たさない例としては、転換社債が分かりやすいかな。」 「転換社債ですか?」 「うん。転換社債のリターンは発行者の資本の価値に連動していると考えられるから、キャッシュ・フロー要件は満たさないんだ。」 「なるほど。確かに言われてみればそうですね。」と、桜井は納得して頷いた。 ◆キャッシュ・フロー要件を満たさない金融資産はFVTPLで測定 桜井は、フローチャートに再び視線を戻した。 「キャッシュ・フロー要件を満たせば、さらに下の検討ボックスに移り、この要件を満たさない場合は、えーと、FVTPL、つまり純損益を通じて公正価値により測定することになるんですね。」 伊崎は頷いた後、少し補足した。 ◆キャッシュ・フロー要件はSPPI要件とも言う 「ちなみに、このキャッシュ・フロー要件は『元本及び利息の支払いのみ』という意味の英語、“Solely Payment of Principal and Interest”の頭文字を取ってSPPI要件と言うこともあるんだ。解説書によってはこちらの表現で書いてあるものもあるよ。」 「僕は日本語の方がありがたいですけど・・・」 桜井は伊崎に聞こえないように呟いたつもりだったが、それを聞いた伊崎はくすりと笑った。 ◆「元本残高に対する利息」には管理コストや利益マージンも含まれる 「それから、『元本残高に対する利息』については、ちょっと注意が必要かな。」 「注意、ですか?」 「うん。これには、貨幣の時間的価値や信用リスクの他にも、融資リスクや管理コスト、利益マージンも含まれることになるんだよ。」 「へぇ。単純に貨幣の時間的価値や信用リスクだけではないんですね!」 ◆公正価値オプション フローチャートを確認した桜井は、首を傾げた。 「あれ?そう言えば、金融資産は2つのモデルに基づいて分類するんですよね?フローチャートでは、その下にまだ『公正価値オプション』という分岐がありますけど・・・」 「ああ。公正価値オプション(fair value option)とは、金融資産をFVTPLで測定することができるというオプションのことだよ。」 「へぇ、そんなオプションがあるんですね。」 ◆公正価値オプションを選択できる条件 「公正価値オプションは、どんな金融資産でも選択することができるんですか?」 桜井の質問に、伊崎は首を横に振った。 「いや、選択するには条件があるんだよ。この公正価値オプションは会計上のミスマッチを解消又は大幅に低減できるときに選択できるんだ。金融資産ごとに選べるんだけど、一度選択したら取り消しはできない点に注意が必要だね。」 ◆「会計上のミスマッチ」とは? 「あの、『会計上のミスマッチ』って何ですか?」 「会計上のミスマッチとは、資産や負債の測定や、それらに係る利得や損失を異なる測定基礎を使った場合に生じる不整合のことを言うんだ。」 「はぁ。」と、桜井は曖昧な相槌を打った。 「例えば、資産が償却原価で測定されていて、それに関連する負債が公正価値で測定されていた場合、それぞれの測定額や資産や負債から生じる利得や損失は対応していないよね。」 「あ、そうか。そこで公正価値オプションを選択して、資産とそれに関連する負債の測定基礎を一致させるんですね。」 伊崎は桜井に向かって頷いた。 「そうだね。測定基礎を一致させることで、より目的適合性の高い情報が提供できると考えられるんだ。」 「なるほど。こんな感じの理解で大丈夫ですか?」 桜井は、伊崎の説明を基に図を描き始めた。 「うん。大丈夫だよ。今はこのくらいの理解で十分じゃないかな。」 「はい、分かりました。」 「ということで、公正価値オプションを選択しない場合は、それぞれ一番下のボックスの『償却原価』又は『FVOCI』で測定することになるんだ。」 「はい。ばっちりです!」 ◆株式の分類と測定 「次は株式の分類のフローチャートだね。」 「そう言えば、株式は別のフローチャートがあるんでしたね。すっかり忘れるところでした。」 伊崎は笑いながら、もう一つのフローチャートを桜井に見せた。 【株式の分類・測定のフローチャート】 「株式の場合は、債券・債権のフローチャートよりシンプルなんですね。えーと・・・」 桜井はフローチャートを眺めながら言葉を続けた。 「まずは、売買目的かどうかで分かれるんですね。」 ◆売買目的の株式はFVTPLで測定 「そう。売買目的で保有している株式はFVTPL、つまり純損益を通じて公正価値で測定されることになるんだ。」 「なるほど。それなら日本基準と似ているので、理解できます。」 ◆OCIオプションの選択 「そして、売買目的で保有していない株式は、『OCIオプション』を選択できる。」 「OCIというと、えーと・・・other comprehensive income・・・だから、『その他包括利益』のことですね。その他包括利益を通じて公正価値で測定することを選べるんですね。」 「そう、よく英語で言えたね。この選択は株式ごとに選択できるんだけど、このオプションも一度選択すると取り消しはできないんだ。」 「はい。分かりました。」と返事をした桜井は、フローチャートの言葉に目を止めた。 ◆株式のFVOCIはリサイクリングしない 「あのー、FVOCIの言葉の下に、『(リサイクリング無)』とありますけど、これはどういう意味なんですか?」 「そこは大事な点だよ。前のフローチャートで説明したFVOCIは、金融資産の認識の中止をした時点でリサイクリングしたよね?」 「はい。認識を中止した時に、それまでその他包括利益で認識した累計額を純損益に振り替えるんですよね。」 「うん。でも、株式のFVOCIは事後的に純損益に振り替えてはならないんだ。利得又は損失の累計額を資本の中で振り替えることはできるけどね。」 「へぇ。なんだかややこしいですね。」 「そうだよね。」と伊崎も笑って答えた。 「でも、このややこしい金融資産の分類と測定はこれでお終いだよ。」 その言葉に桜井はようやくほっと一息をついて、すっかり冷めたコーヒーを一気に飲んだ。   金融負債の分類と測定 金融商品の定義 金融商品の当初認識と当初測定 金融資産の分類と測定 減損 伊崎も喉を潤すためにコーヒーをひと口飲むと、再び説明を始めた。 「今度は金融負債の分類と測定についてだね。」 「金融負債も金融資産のようにフローチャートで分類していくんですか?」 「いや、ラッキーなことに金融負債の分類はもっとシンプルなんだ。」 それを聞いた桜井は安心した表情を浮かべた。 ◆金融負債の分類 「まず、金融負債の分類で押さえてほしいのは3種類あるんだ。」 「あれ?他にも分類があるってことですか?他の分類は押さえなくても大丈夫なんですか?」 「全部説明するとなると、話が細かくなっちゃうからね。今はこの3つの金融負債を理解しておけば大丈夫だよ。」 と、伊崎はノートを取る桜井に補足した。桜井が書き終わるのを確認すると、伊崎はファイルをめくり新しい表を桜井に見せた。 「では、その3つを確認しよう。」 【金融負債の主な分類】 「えーと、『デリバティブ又は売買目的保有の金融負債』、『公正価値オプションを選択した金融負債』、『その2つ以外の金融負債』に分けているんですね。」 「そうなんだ。では、この3種類の金融負債は、それぞれどう測定するのか、という説明に移っていくよ。」 「はい。」 ◆「金融負債(下記以外)」の測定は償却原価 「まず、表の一番上にある『金融負債(下記以外)』は、償却原価で測定されるんだ。これが金融負債の基本となる測定基礎だよ。」 「なるほど。基本だから、『金融負債(下記以外)』と書かれている金融負債が表の一番上にあるんですね。」 「そうなんだ。償却原価以外で測定される金融負債が、これから説明する項目だよ。」 ◆デリバティブ又は売買目的の金融負債はFVTPLで測定 「続いて、2つ目にある『デリバティブ又は売買目的保有の金融負債』はFVTPL、つまり純損益を通じて公正価値で測定することになる。」 「はい。これは金融資産と同じなので、セットで覚えられますね。」 「そうだね。」 ◆公正価値オプションを選択した金融負債の測定に注意 「ただ、『公正価値オプションを選択した金融負債』の方は、ちょっと変わっていてね。」 「どう変わっているんですか?」 「公正価値オプションを選択しているわけだから、当然測定は公正価値で行われる。ここまではいいね?」 「はい。大丈夫です。」 桜井はコクリと頷いた。 ◆公正価値の変動額を信用リスクによる変動とそれ以外に分けて処理する 「そして、金融負債の公正価値の変動額のうち、信用リスクに対応する額はその他包括利益に表示するんだけど、変動額の残りの金額は純損益に表示することになるんだ。」 「へぇ。金融資産の測定で教えてもらったFVOCIみたいに、変動額を分けて処理する必要があるんですね。」 「そうだね。ここまでならまだいいんだけど、さらに条件があるんだ。」 「え、まだあるんですか?」 ◆会計上のミスマッチが拡大する場合には変動額を全額純損益処理する 伊崎は頷いて、説明を続けた。 「この会計処理によって会計上のミスマッチを創出したり、拡大したりすることになる場合には、その金融負債に係るすべての変動額を純損益として表示しなければならないんだ。」 それを聞いた桜井の表情が曇った。 「うーん・・・公正価値オプションを選択した金融資産の時と違って、ちょっと複雑ですね。」 【公正価値オプションを選択した金融負債の公正価値変動額の処理】 ◆公正価値オプションを選択した金融資産との共通点 「そうなんだよね。ちなみに、この測定方法も金融商品ごとに選択できるんだけど、一度選択したら取り消しはできないし、さらにリサイクリングも禁止されているんだ。」 「へぇ。そこは公正価値オプションを選択した金融資産と同じなんですね!」 「金融負債の分類と測定については、こんな感じかな。今までの説明を図でまとめると、この表のようになるね。」 「はい、分かりました。」 【金融負債の分類と測定】 《金融負債(下記以外)》 ● 償却原価 《デリバティブ又は売買目的保有の金融負債》 ● FVTPL 《公正価値オプションを選択した金融負債》 ● 公正価値 ● 公正価値の変動額に関する処理 ▷ 信用リスクを起因する変動⇒その他包括利益 ▷ その他の変動⇒純損益 ▷ 会計上のミスマッチを創出又は拡大⇒すべて純損益 ● リサイクリング無し   減損 金融商品の定義 金融商品の当初認識と当初測定 金融資産の分類と測定 金融負債の分類と測定 「最後の項目は、『減損(impairment)』だね。」 そこで桜井は不思議に思った。 「あれ?減損会計って確か、IAS第36号にもありましたよね?IFRS第9号でも減損に関する規定があるんですか?」 「そうなんだよ。そこは藤原君に教えてもらったみたいだね。ただ、IFRSで言う減損の概念は日本基準よりも広くてね。ここでの『減損』は損失評価引当金、つまり日本基準で言う貸倒引当金も含んだ概念なんだ。」 「なるほど。そういうことですか。」 ◆IFRS第9号では「予想信用損失モデル」を採用 「このIFRS第9号の減損に関する規定は、『予想信用損失モデル』を採用しているんだ。」 「『予想信用損失モデル』ですか?」 桜井は首を傾げた。 「そう。『予想信用損失モデル』では、金融商品の当初認識時からの信用リスクの変動に応じて予想信用損失を認識することになるんだ。」 「へぇ。ところで、信用損失って、「回収できない金額」という理解で大丈夫なんでしょうか?」 「そうだね。信用損失は、契約上のキャッシュ・フローと受取見込のキャッシュ・フローとの差額を実効金利で割り引いたもの、というのが基本的な定義だね。」 「なるほど。実効金利も考慮するんですね。」 ◆適用範囲 「さて、ではどういう規定になっているのか、見ていこうか。」 「はい。」 「まずは、この規定が適用されるのは、この表にある6項目だよ。」 伊崎は、桜井に新しい表を見せた。 【IFRS第9号 減損の適用範囲】 「へぇ。」 「リストの後半部分は今回説明していないけど、今はリストにある、『償却原価で測定される金融資産』、『FVOCI(リサイクリング有)で測定される金融資産』、『リース債権』、『契約資産(contract asset)』に適用されるってことが分かれば大丈夫。」 「この表で言うと、上4つがIFRS第9号の減損を適用することになると押さえておけばいいんですね。あれ?このリストを見ると・・・えーと、FVTPLで測定する金融資産は含まれないんですね。」 「そうなんだ。FVTPLで測定する金融資産の帳簿価額は常に公正価値だし、その差額も純損益で認識しているから、減損する必要がないからね。」 「あ、そうか。なるほど。」 「それから、『契約資産』は初めて聞いた言葉だよね?」 「はい。」と、桜井は素直に頷いた。 「これはIFRS第15号の収益認識に関する基準に説明があるんだけど、今はこういうものがあるんだ、という理解で大丈夫だよ。」 「分かりました。」 ◆一般的アプローチ 「では、まずは原則的な方法から行くよ。基準では『一般的アプローチ』と表現されているね。」 「はい。」 ◆金融資産を信用リスクに応じて3つのステージに分類 「まず、金融資産を信用リスクに応じてステージ1から3に分けるんだ。当初認識時はステージ1だね。その後信用リスクが著しく増大した場合、ステージ2へ振り替えられる。最後のステージ3は信用減損が発生した場合だね。それらのステージに応じて損失評価引当金の計上額が違うんだ。」 「へぇ。ステージが変わるタイミングは、『信用リスクの著しい増加』と『信用減損』があった時なんですね。」 ◆減損利得又は減損損失は純損益に認識 「そういうことだね。そして、報告日現在の損失評価引当金を修正するために必要となる予想信用損失額、又は戻入額を減損利得又は減損損失として、純損益に認識するんだ。」 「はい・・・」 桜井は少し不安な様子だ。 「まぁ、言葉で言ってもイメージが湧かないだろうから、図で確認してみよう。」 伊崎はそういうと、新しいファイルを差し出した。 【減損:一般的アプローチのまとめ】 ◆当初認識時はステージ1に分類 「まず、ステージ1に分類された金融商品では、損失評価引当金を12ヶ月の予想信用損失(12-month expected credit loss)に等しい金額で測定するんだ。」 「へぇ。認識した時点から引当金を計上することになるんですね。」 「そうなんだ。この『12ヶ月の予想信用損失』とは、全期間の予想信用損失のうち、報告日後12ヶ月以内に生じ得る債務不履行事象から生じる予想信用損失の部分のことだよ。」 「はい。」 「ちなみに、この予想信用損失もExpected Credit Lossという英語表記の頭文字を取ってECLと表記している本もあるんだよ。」 「え・・・またイニシャルシリーズですか・・・」 桜井は、大きなため息を吐くと、念のためECLについても忘れないようにメモを取った。 ◆ステージ2は信用リスクに著しい増大が生じた場合 「次に、信用リスクの著しい増大がある場合には、ステージ2に分類するんですよね。この時の損失評価引当金はどうなるんですか?」 桜井は気を取り直して伊崎に質問した。 「ステージ2では、全期間の予想信用損失(life-time expected credit loss)、つまり、その金融商品の予想存続期間にわたるすべての生じ得る債務不履行事象から生じる予想信用損失に等しい金額で引当計上されるんだよ。」 「へぇ!計上対象となる期間が一気に増えるんですね。」 ◆信用リスクの著しい増大の判定 「それから、信用リスクの著しい増大はどうやって判定するのか、ということについて、基本部分だけ少し補足するね。」 「あ、はい。」 「まず、信用リスクが増えたかどうかは当初認識時点の信用リスクと比べて判断する。つまり、その金融商品の予想存続期間にわたる債務不履行リスクが増加したかどうかで判断することになるんだ。」 「はぁ。」と、桜井は不安そうに相槌を打った。その顔を見て、伊崎はクスリと笑った。 「今はすべてを理解する必要はないから、安心していいよ。じゃ、もうちょっと具体的な話をしようか。」 「はい、お願いします。」 桜井の表情が少し明るくなった。 「IFRSでは、信用リスクが著しく増大したかの判断について、2つの運用上の便宜が設けられているんだ。」 「一体どんな内容なんですか?」 「1つ目は、例えば、『投資適格』と外部で格付けされているような、信用リスクが低いと報告日現在で判断される金融商品の場合には、信用リスクが当初認識以降に著しく増大していないと推定することができる。」 「へぇ。」 「2つ目は、契約上の支払の期日経過が30日超である場合は、その金融資産に係る信用リスクが当初認識以降に著しく増大しているという反証可能な推定ができるんだよ。」 「なるほど!これなら僕でもイメージできますね。」 伊崎はほほ笑んで頷いた。 ◆信用減損が発生したらステージ3へ 「では、続いてステージ3だね。」 「はい。ステージ3は信用減損が発生した場合に分類されるんですよね。さっきから気になっていたんですが、『信用減損』って何ですか?」 「『信用減損(credit-impaired)』とは、金融資産の見積り将来キャッシュ・フローに不利な影響を与える1つ又は複数の事象が発生している場合のことを言うんだ。」 「はぁ・・・不利な影響を与える事象、ですか・・・」 桜井がイメージをつかみ切れないでいる様子を見て、伊崎は具体的な例を付け加えた。 「例えば、債務者が重大な財政的困難に陥ったり、債務不履行などの契約違反があったりした時なんかが分かりやすいかな。」 「なるほど。でも表を見ると、損失評価引当金の計上額はステージ2と同じですけど、ステージ2とステージ3で何が違うんですか?」 「そうだね。ステージ2と同様に損失評価引当金は全期間の予想信用損失額を計上するんだけど、その下のボックスを見てごらん。」 「えーと、利息の認識ですか?・・・あ、ステージ1とステージ2では、損失評価引当金控除前の帳簿価額に実効金利を乗じて利息を算定しますけど、ステージ3だけは、損失評価引当金控除後の帳簿価額に実効金利を乗じるんですね。」 「そういうこと。ステージ2とステージ3で、利息の算定式が違うよね。ステージ3でも利息は計上されるんだけど、その金額がステージ2よりも少なくなるんだ。」 「なるほど。そういうことなんですね。」 ◆簡便法の「単純化したアプローチ」 「それにしても、対象となるすべての金融商品を分類して、予想信用損失を見積もるのは実務的に考えると大変そうですね。」 桜井は一般的アプローチの表を眺めながら言った。 「そうだよね。そもそもこの一般的アプローチは、金融機関を念頭に置いているからね。」 「へぇ、そうなんですか。」 「だから、特定の金融資産については簡便法が設けられているんだよ。」 「それは、ありがたいです!」 ◆簡便法を使えるのは営業債権、契約資産、リース資産のみ 「ところで、すべての金融資産について簡便法が使えるんですか?」 「それなんだけどね、簡便法、つまり、基準の言葉で言うところの『単純化したアプローチ』を採用できる金融資産は、営業債権、契約資産、そしてリース資産の3つの金融資産に限定されているんだ。」 「なんだ。そうなんですか。」 ◆重要な金融要素のない営業債権及び契約資産は常に単純化したアプローチを適用 「まず、『重要な金融要素のない営業債権及び契約資産』。これは単純化したアプローチを適用しなければならない。」 「そこは強制なんですね!『重要な金融要素がない』とは、確か重要な利息が含まれていないって解釈すればよかったんですよね?」 桜井は、先ほど伊崎の説明を思い出しながら確認した。 「そう、よく覚えていたね。」 伊崎の言葉を聞いて、桜井は照れ臭そうに頭を掻いた。 ◆重要な金融要素がある営業債権及び契約資産、リース債権は会計方針の選択で適用可 「それから、重要な金融要素のある営業債権及び契約資産でも、簡便的なアプローチを会計方針として選択した場合は簡便法が使えるんだ。」 「では、最後のリース資産はどうなんですか?」 「これも単純化したアプローチを会計方針として選択すれば、リース債権でも適用対象になるんだよ。」 「なるほど。重要な金融要素がある営業債権及び契約資産とリース資産に単純化したアプローチを適用するには、会計方針として選択する必要があるんですね。」 「そうだよ。」 ◆単純化したアプローチの下では、損失評価引当金=全期間の予想信用損失 「そして単純化したアプローチでは、常に損失評価引当金を全期間の予想信用損失に等しい金額で測定することになるんだ。」 「へぇ。単純化したアプローチでは、ステージを1~3に分けなくてもいいというわけですね。」 「そうだね。図でまとめるとこんな感じかな。」 これも藤原先輩が作成した表なんだろうな、と思いながら桜井は伊崎が示した表を眺めた。 【減損:簡便的アプローチのまとめ】 「さて、以上が駆け足だけど、IFRS第9号の基礎の基礎だよ。」 桜井はふぅ、と息を吐いた。 「ありがとうございました。とてもじゃないけど、自分1人だったら理解できなかったと思います。」 桜井は苦笑交じりに言った。 「基礎が分かれば、あとは肉づけしていけばいいからね。頑張って。」 伊崎は笑った後、再び口を開いた。 「それに、自力で全部やる必要はないんだよ。IFRSの勉強にしても、仕事にしてもね。そのためのチームでしょ?」 「チーム、ですか・・・」 「そうだよ。桜井君も今や経理部の重要な戦力だからね。2年前なんて散々だったけどねー」 「そ、それは言わないでくださいよっ!」 「あの時なんて・・・」と過去の恥ずかしいエピソードを次々と並び立てる伊崎を、桜井は慌てて止めに入る。そこへ橋本がコーヒーを片手に出社してきた。 「あら、珍しい組み合わせね。」 橋本の席を借りていた桜井は慌てて立ち上がり、席を譲る。 「おはようございます。席をお借りしていました。どうぞ。」 「あら、大丈夫よー。ゆっくりしていっても。」 セリフとは裏腹に橋本はさっと荷物を机に置く。そして伊崎と桜井を交互に見た後、伊崎ににっこり笑いかけた。 「伊崎さん、上手くやれたようね。」 「だと思うよ。」と伊崎も橋本に負けない笑みを返す。 「???」 2人の会話の意味が分からない桜井は、その場の雰囲気になぜか居たたまれなくなった。そして、「では、僕はこれで失礼します。」と頭を下げると、桜井はそそくさと自分の席に戻って仕事に取り掛かることにした。   【金融商品の当初認識と当初測定】 《当初認識》 契約の当事者になった時点 通常の方法による金融資産の売買 ⇒ 取引日 又は 決済日 《当初測定》 公正価値で測定 純損益を通じて公正価値測定するもの以外の金融資産や金融負債では、取引コストも加減 重大な金融要素を含んでいない営業債権 ⇒ 取引価格で測定 【金融資産分類・測定のフローチャート】 【金融負債の分類と測定】 《金融負債(下記以外)》 ● 償却原価 《デリバティブ又は売買目的保有の金融負債》 ● FVTPL 《公正価値オプションを選択した金融負債》 ● 公正価値 ● 公正価値の変動額に関する処理 ▷ 信用リスクを起因する変動⇒その他包括利益 ▷ その他の変動⇒純損益 ▷ 会計上のミスマッチを創出又は拡大⇒すべて純損益 ● リサイクリング無し 【減損:一般的アプローチのまとめ】 【減損:簡便的アプローチのまとめ】 (了)

#No. 201(掲載号)
#関根 智美
2017/01/12

〔経営上の発生事象で考える〕会計実務のポイント 【第13回】「従業員の大量退職、退職給付制度の移行があった場合」

〔経営上の発生事象で考える〕 会計実務のポイント 【第13回】 「従業員の大量退職、退職給付制度の移行があった場合」   仰星監査法人 公認会計士 田中 良亮     1 従業員が大量退職した場合の会計処理 《解説》 ① 大量退職の概要 「大量退職」とは、工場の閉鎖や営業の停止等により、従業員が予定より早期に退職する場合であって、退職給付制度を構成する相当数の従業員が一時に退職した結果、相当程度の退職給付債務が減少する場合をいう。 大量退職は、退職給付制度間の移行又は制度の改定に起因するものではないが、退職給付債務を著しく減少させるため、退職給付制度の終了と会計上、類似の事象と考えられている(詳細な会計処理については〔設例〕参照)。 【大量退職イメージ図】 なお、大量退職に該当するか否かは、一律に示すことは困難である。例えば、構成従業員が退職することにより概ね半年以内に30%程度の退職給付債務が減少するような場合には、これに該当することが多いと考えられるが、当該企業の実態に応じて判断すべきものである(退職給付制度間の移行等に関する会計処理 第25項)。 また、平均残存勤務期間を数理計算上の差異に係る費用処理年数として採用する場合で、大量退職により平均残存勤務期間の再検討を行った結果、平均残存勤務期間が短縮又は延長されたことにより、再検討後の年数が従来の費用処理年数を下回る又は上回ることとなったときには、費用処理期間を短縮又は延長する(退職給付に関する会計基準の適用指針 第40項)。 ② 早期割増退職金の費用処理 今回の事例のように臨時で早期退職支援制度が実施される場合には、早期割増退職金に関する給付を事前に予測できず、退職給付債務の計算に考慮することができていないことが想定される。 早期割増退職金は、早期退職支援制度の周知により、従業員が応募し、当該金額が合理的に見積もられる時点で費用処理する。決算日時点で金額の合理的な見積りが可能な場合には退職給付引当金として計上することも考えられるが、応募状況や労使関係の状況等によって慎重な判断が必要となる場合がある。なお、合理的に見積もることができない場合には支払時に費用処理することになる(退職給付に関する会計基準の適用指針 第10項、退職給付制度間の移行等の会計処理に関する実務上の取扱い Q3)。   2 確定給付型から確定拠出型へ制度の移行 (1) 退職給付債務の減少に伴う処理 《解説》 確定給付型の制度では、年金資産の運用責任は企業にあることから、通常、資産運用は個人ごとではなく、合算して行われる。一方で、確定拠出型の制度では、年金資産の運用責任は個人にあるため、制度の移行に伴って資産の移転を行う必要がある。 確定給付型から確定拠出型へ制度移行した部分について、事業主は追加的な拠出を行う必要がなくなるため、このような制度移行は、退職給付制度の終了の会計処理が適用されることになり、退職給付債務の消滅の認識を行うことになる。 なお、退職給付債務の消滅の認識額と年金資産の移転額との差額は退職給付制度の終了という同一の事象に伴って生じたものであるため、原則として、一時の損益として特別損益に純額で表示する。 退職一時金制度から確定拠出制度へ移行する場合、事業主からの現金拠出の確定額は、事業主において未払金等として計上されることになるが、利息相当額が明示されている場合には純額を債務額とし、利息相当額は時間の経過に伴い、発生基準にて計上することがより適切である(退職給付制度間の移行等に関する会計処理 第11項及び第23項)。 (2) 未認識項目の未処理額の移行時の処理 《解説》 未認識過去勤務費用、未認識数理計算上の差異及び会計基準変更時差異の未処理額は発生原因を分析し、その結果、終了部分に個別対応することが明らかな部分については、終了した時点において損益として認識することになる。一方、原因別の対応額を特定することが困難である場合には、終了した時点における退職給付債務の比率により按分することになる。 なお、退職給付制度の終了という同一の事象に伴って生じた損益であるため、上記(1)と同様に、原則として、特別損益に純額で表示する(退職給付制度間の移行等に関する会計処理 第30項)。 〔設例〕 当社は従来退職一時金制度を採用していたが、当期首に一部を確定拠出制度へ移行した。 移行前の退職給付債務は1,500百万円、移行後の退職給付債務は900百万円と算出された。 なお、移行に伴い事業主から確定拠出制度へ580百万円の移転額が確定し、当期首から5回に分けて毎期首毎に116百万円ずつ計580百万円拠出することとした。 (※) 税効果は考慮しない。 [会計処理] 退職給付債務の減少に伴う処理 制度移行した部分について退職給付債務の消滅の認識を行う。 終了した部分に係る退職給付債務(1,500百万円-900百万円=600百万円)と事業主からの移転額(580百万円)との差額(20百万円)を損益として認識する。 未認識項目の未処理額の移行時の処理 A:移行前後の退職給付債務割合で按分 → (900/1,500)*50=30 B:移行前後の退職給付債務割合で按分 → (900/1,500)*100=60   【検討事項のチェックリスト】 ~従業員の大量退職、退職給付制度の移行があった場合~ ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (了)

#No. 201(掲載号)
#田中 良亮
2017/01/12
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