家族信託による 新しい相続・資産承継対策 【第15回】 「信託契約作成上の留意点②」 -信託目的の設定- 弁護士 荒木 俊和 前回に続き、信託契約作成上の留意点について述べる。 今回は「信託契約の目的」を設定することの重要性とその意義を取り上げる。 1 信託目的の設定の意義 信託法上、信託は①契約、②遺言、③信託宣言(自己信託)により成立するものとされるが、共通しているのは、「特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨」を定めることにある(第3条)。 ここでは、「特定の者」(受託者)、「財産」(信託財産)を定めるとともに、「一定の目的」を定めることが必須であるとされている。 一方で、「信託の目的を達成したとき、又は信託の目的を達成することができなくなったとき」は信託の終了事由とされており(第163条第1項)、信託の目的が存在することが、信託の成立の根幹をなしていることがわかる。 すなわち、信託は委託者の意思に基づいて自由に設計することができるが、何らかの目的に従って運用されることが必要であり、目的を失えば信託自体が成立しなくなることを意味している。 このため、信託契約の作成において、信託目的の設定は極めて重要であるといえる。 2 基本的な信託目的の例 信託目的は、委託者の意思に従って定められるものであり原則的に自由ではあるが、信託関係者(特に受託者)にとって明確かつ一定のものでなければならない。 また、信託法上、専ら受託者の利益を図る目的は認められないものとされており(第2条第1項)、一方で民法の一般原則である公序良俗に違反するもの(例えば、違法行為を行う目的等)は認められないものと考えられる(民法第90条)。 信託は受益者のために設定されるものであり、家族信託の場合の基本的な形態は自益信託であって、同一人物が委託者と受益者を兼ねるが、あくまでも(委託者ではなく)受益者としての利益が図られることを信託目的とすべきであろう。 主な信託目的の例としては、以下のようなものが挙げられる。 ・財産の管理の負担をなくす(低減させる)こと ・認知症等により財産の管理が不可能となった場合に、受託者において財産の管理・処分を可能とすること ・収益不動産の管理運用を委ね、安定的な収益を図ること ・詐欺等の被害を防止し、安全かつ安定的な生活を確保すること ・死亡後の財産管理を受託者に委ねること ・信託終了時に信託財産を帰属権利者に移転すること なお、これら信託の目的は必ずしも1つである必要はなく、複数の目的が混在するものであっても構わない。ただし、相互に矛盾することがないよう調整を図る必要がある。 3 受託者の行動基準としての信託目的 上記のとおり、信託目的の設定は必ず行われるものであるが、その主たる目的は『受託者の受託業務の行動基準を画すること』にある。 信託契約によっては具体的な受託業務の内容を規定するケースもあるが、基本的には、受託者は信託財産に関して、以下のような行為を行う広範な権限を持つ。 家族信託においては、親が子に対して包括的に財産の管理・処分を委ねる場合が多く、特に受託者の権限に制限を設けないことも多い。また、家族信託は長期間の信託の継続が予定されることが通常であるため、目先の部分で受託者に制約を課すことができたとしても、10年後、20年後においては、その制約の設け方が妥当とはいえなくなってくる可能性もある。 このため必要となるのが、受託業務の行動基準を定める信託目的なのである。 受託者はこの信託目的があることで、どのような方向性をもって信託財産の管理・運用等を行えばよいか判断でき、その方向性に従った行動を取るべきであるという基準を持つことができる。 受託者がそのような方向性に従った受託業務を行うことで、結果として委託者が望む信託の実現を図ることができる。 4 受益者や信託監督人による「監督の基準としての信託目的」 一方で、上記のように受託者の権限範囲が広いことから、受託者のもつモラルや遵法意識によっては、受託者自身が暴走してしまうという懸念もある。 このため、委託者としては、受託者が身勝手な行為を行い信託財産に損害を与えるようなことを防ぐために、受託者の権限に一定の制約を設けることが必要な場合がある。この意味においても、信託目的の設定が影響することになる。 すなわち、信託目的自体は直接的に受託者のなすべき個別具体の行為を確定させるものではないが、受託者が信託目的に反する行為を行った場合には善管注意義務違反(第29条第2項)として、受益者が受託者に対し差止請求や損害賠償請求を行うことが想定される。 さらに、将来的に受益者の認知能力が危ぶまれるような場合には、信託監督人を設置することにより、受益者に代わって信託監督人に差止請求や損害賠償請求を行わせることも可能である(【第8回】参照)。 いずれにしても善管注意義務違反というのは幅の広い概念であることから、信託目的を明示しておくことで善管注意義務の内容を明確にできるという効果があり、それに基づいて受益者や信託監督人等による監督が可能となる。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例16】 株式会社東芝 「2016年度通期業績見通しに関するお知らせ」 (2017.5.15) 事業創造大学院大学 准教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる適時開示は、株式会社東芝(以下「東芝」という)が平成29年5月15日に開示した「2016年度通期業績見通しに関するお知らせ」である。 この連載で同社の開示を取り上げるのは、【事例1】の平成27年11月17日「当社子会社であるウェスチングハウス社に係るのれんの減損について」、【事例11】の平成28年12月27日「CB&Iの米国子会社買収に伴うのれん及び損失計上の可能性について」に続いて、実に3回目である。 この開示の最初には、次のような記載がある。要するに、決算短信を開示する予定であったが、開示できないので、代わりに「業績見通し」なるものを開示するというのである。 なお、決算短信は会計監査の対象外であるため、会計監査終了前であっても、会社が決算の内容が定まったと判断すれば、開示できる。この開示には、「業績見通し」について、「当社の責任において当社としての見通し及び見解を記述したもの」であるという記載がある。ならば、同社の見解として、決算短信を開示してもいいのではないかと思われる。 しかし、決算短信を開示した後、監査法人の指摘により財務諸表の修正が必要になれば、決算短信を訂正しなければならない。投資家の投資判断に大きな影響を与える決算短信の訂正は避けなければならないはずであるし、訂正開示が投資家に与える心証も良いものではない。 そのため、多くの会社は、監査法人との間の見解の相違がなくなり、決算短信を訂正することはないという確信を得られるまでは、決算短信を開示しない。 2 以前にも同様の開示が 東芝はこれと似た開示を以前にも行っている。平成29年2月14日に開示した「『2016年度第3四半期および2016年度業績の見通し並びに原子力事業における損失発生の概要と対応策について』のお知らせ」である。 この開示の最初には、次のような記載がある。 この開示も、第3四半期決算短信を開示できないので、代わりに行われたものである。 同社は、監査法人から四半期レビューの結論を得られ次第、第3四半期決算短信を開示しようと考えていた。しかし、結局、監査法人は結論を表明しなかったため、平成29年4月11日、四半期財務諸表について結論不表明という状態で「平成29年3月期第3四半期決算短信」を開示するという前代未聞の事態に至ったのである。 3 上場廃止は回避できるのか? 東芝の平成29年3月期決算短信は、「平成29年3月期第3四半期決算短信」と同じパターンをたどるのだろうか。すなわち、財務諸表について意見不表明という状態で開示されることになるのだろうか。もしもそうなれば、同社が上場廃止となる可能性は極めて高くなる。 同社の平成29年3月期第3四半期財務諸表に対する監査法人による四半期レビュー報告書の「結論の不表明の根拠」には、次のような記載がある。 それに対して、東芝は、「四半期レビュー報告書の結論不表明に関するお知らせ」において、次のように記載している。 監査法人が「あるのでは?」と尋ねたものについて、東芝は「ない」と答え、監査法人は結論を表明しなかった。 「ある」ことではなく「ない」ことを証明し、相手に理解させるのは難しい。 現状のままでは、平成29年3月期の財務諸表に対して監査法人が意見を表明する可能性は低いだろう(この状態で無限定適正意見が表明されたら驚きであり、仮に表明されたとしても限定付適正意見ではないか)。 4 監査法人交代報道に対して 東芝が「平成29年3月期第3四半期決算短信」を開示した後、同社が監査法人を代える判断をしたというマスコミ報道が流れた。筆者は、この報道に対して、同社がどのような開示を行うのかについて関心を持っていた。そして、その開示をこの連載で取り上げたいと思っていた。 東京証券取引所(以下「東証」という)は、適時開示が行われる前にその情報がマスコミによって報道され、投資家に憶測が生じたような場合、上場会社がその憶測を解消する開示(「本日の一部報道について」といったタイトルで通常開示される)を行うまで、投資家に対して注意喚起を行うこととしている(東証・業務規程30条)。 今回の監査法人交代報道は、「別の監査法人が東芝の監査を行うことになり、監査意見を出すかもしれない。そして、上場が維持されるかもしれない」といった憶測を投資家に生じさせたはずである。しかし、東証は投資家に対して注意喚起を行わず、東芝もその憶測を解消する開示を行わないまま現在に至っている。 東証は、「投資家は東芝を十分注意して見ているだろうから、今さら注意喚起しなくてもいいのでは」と判断したのだろうか。 (了)
コーポレート・ガバナンス・システムに関する 実務指針(CGSガイドライン)の解説 【第5回】 (最終回) 「まとめ~その他の論点(経営陣の指名の在り方・報酬の在り方、 相談役・顧問の役割)~」 PwCあらた有限責任監査法人 ディレクター 井坂 久仁子 本シリーズでは、2017年3月31日に経済産業省から公表された「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」を取り上げている。CGSガイドラインは、2015年6月から適用が開始された「コーポレートガバナンス・コード」(以下、CGコード)の内容を補完し、企業価値向上のための具体的な行動を示す目的で取りまとめられたものである。 今回は本シリーズの最終回として、CGSガイドラインから、経営陣の指名・報酬の在り方及び相談役・顧問に関する項を取り上げ、それらの概要を解説する。 なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることを予めお断りする。 〔経営陣の指名の在り方〕 近年、法定による指名委員会もしくは任意の指名委員会を設置する企業が急増している。CGS研究会報告書の参考資料「コーポレートガバナンスに関する企業アンケート調査結果」(以下、企業アンケート)(p43)によると、回答を寄せた全874社のうち約36%の企業が指名委員会(法定もしくは任意)を設置しているものの、約27%の企業ではその審議対象が、社長もしくはCEOの指名ではないという結果であった(p47)。 一方、望ましいコーポレートガバナンスにおいては、企業価値向上の中心的役割を果たすCEO・社長など経営陣の適切な選任とインセンティブ(報酬)の付与、そして、その成果をチェックする仕組みは、全ての企業において必須であると考えられることから、CGSガイドラインにおいて、次の2つの提言がなされている(CGSガイドラインp25,p26)。 提言(1)では、執行側から「複数」の候補者を示すことの検討が促されている。これは、企業アンケート(p40)において、全874社のうち、単一の次期社長・CEO候補者を選定している企業が約37%、複数の候補者を選定している企業が約12%という結果であったことから、主に社外取締役などによる候補者に関する審議・評価の深度を高めるための提言である。つまり、候補者が1人しかいなければ、他の候補者との比較の観点から、指名委員会メンバーである社外取締役などが十分な検討ができないかもしれないということである。 なお、ここでの「複数」という表記に関しては、具体的に何名か、という詳細には触れていない。各社が自社にとって最適な候補者数を決定するということであろう。 提言(2)では、取締役の指名に際して、個々の経営陣・取締役の資質の検討のみならず、個々の取締役を選任した結果の「取締役会全体としての構成(多様性=ダイバーシティ)」の検討を促している。 例えば、各取締役がいかに優秀な人材であろうと、全員が同一の専門性にのみ秀でた人材では、取締役会において多角的な視点からの審議が十分に実施できないかもしれない。 取締役会に求める役割(例えば、監督機能重視なのか意思決定機能重視なのか)は、会社のコーポレートガバナンス体制によって異なるが、取締役会全体として、各社が求める取締役会の役割と機能を十分に発揮するために必要な資質を兼ね備えたメンバー構成(多様性を含む)となるように、各取締役を指名する仕組みの充実を求めている。 〔経営陣の報酬の在り方〕 企業アンケート(p59)では、報酬委員会(任意を含む)を設置する企業数は、全体の約40%となっている。また、企業アンケート(p74)によると、短期の業績連動報酬を導入している企業が多く(重複を除き、約61%)、中期の業績連動報酬を導入している企業は少ない(重複を除き、約14%)。また、業績連動報酬を導入していない企業も約22%存在する。 一方、コーポレートガバナンスの観点からは、社長・CEOなど経営陣に対する「適切なリスクテイクを促す適切なインセンティブ」によって中長期的な企業価値の向上が図られることから、CGSガイドラインでは、次の2つの提言がなされている(CGSガイドラインp28,p31)。 提言(1)は、そもそも業績連動報酬を導入していない企業に対して、その導入を促すものである。これは、固定報酬のみの報酬体系では、経営陣が積極的に企業価値向上に向けた行動をとるための動機づけが弱いという認識に基づいている。さらに、自社株報酬の導入によって、株主の立場を経営陣がより理解しやすくなるというメリットが想定されている。 ただし、業績連動報酬や自社株報酬の導入に際しては、まず、「経営戦略を定める」こと、それを踏まえた「経営指標の設定」、そして、それを実現するための「報酬体系の設計」が必要であるとされている。 提言(2)は、企業が役員報酬体系について、積極的に情報発信をすることを提案している。 諸外国では、例えばUKのように役員報酬報告書を上場会社が作成し、詳細な報酬スキームと個別報酬金額を開示することが要求されている事例もあり、このような役員報酬の積極的開示が株主・投資家と企業の対話を促進するものと考えられている。 なお、業績連動報酬については、平成29年度税制改正によって、損金算入可能な中長期業績連動報酬及び株式報酬について大幅な改正がなされている。税制面の明確化によって、今後より一層、中長期業績連動報酬の導入機運が高まることであろう。 上記の他、CGSガイドラインでは、指名委員会・報酬委員会の活用に関しても複数の提言がなされているので、詳しくはCGSガイドラインp31以下を参照されたい。 〔相談役・顧問の役割(経営陣のリーダーシップ強化の在り方について)〕 本連載の【第3回】では、経営陣のリーダーシップ強化の在り方を取り上げた。この論点に関連しては、昨今、自社の社長・CEOを退任した相談役・顧問の位置づけが注目されている。 企業アンケート(p116)によると、全874社のうち、約78%の企業において、相談役・顧問の制度が存在する。現在、相談役・顧問が在任中である企業は、全体の約62%となっており、さらにそのうち、社長・CEO経験者が相談役・顧問に就任している企業は約58%である(p117)。 これらの「相談役、顧問の役割」としては、役員経験者の立場からの現経営陣への指示・指導と回答した企業が約36%と最も多く、次に、業界団体や財界での活動など事業に関連する活動の実施と回答した企業は約35%存在している(p118)。 各社の相談役・顧問が果たす役割はそれぞれ異なるものの、現在の社長・CEOが、大先輩である相談役・顧問に遠慮することなくリーダーシップを発揮するには、相談役・顧問による潜在的に不適切な影響を排除する必要があるだろう。 そこで、CGSガイドラインは、次の提言を行っている(CGSガイドラインp38,p39,p40)。 CGSガイドラインでは、相談役・顧問を一律に否定するものではなく、役割の明確化と報酬などの処遇の情報開示強化による透明性確保を要求している。 さらに、元社長・CEO経験者は、自社に相談役・顧問として留まるというよりは経営の専門家として、他の上場会社の社外取締役候補となり活躍することが期待されることが明示されている。 〔まとめ〕 本連載の【第1回】に記載のとおり、本CGSガイドラインの対象は、①コーポレートガバナンスにこれまで積極的に取り組んできた先進的な企業群、②コーポレートガバナンスに取り組み始めた企業群、③コーポレートガバナンスにこれまであまり関心を持っていない企業群やコーポレートガバナンス改革に着手できていない企業群、という3分類のうち、主に②を対象としたものであるとされている。そのような企業にとって、本CGSガイドラインは、実務上有用な参考情報を提供するだろう。 一方、上記①の企業群にとっても、本CGSガイドラインがこれまでの取組の検証のための参照情報として活用され、また、上記③の企業群にとっては、コーポレートガバナンス強化に向けた取組の第一歩を踏み出すための参考情報としての活用が期待される。 コーポレートガバナンス・コード適用開始から3年が経過し、形式的な体制の整備から実質的なコーポレートガバナンス強化を実践する段階に移行した。本CGSガイドラインは、全ての上場会社及び非上場会社が、それぞれのガバナンス強化を進めるうえで有用なものといえる。 (連載了)
《速報解説》 国税庁より「移転価格ガイドブック」が公表 ~H29.7以降、企業の相談窓口を各国税局に設置~ 弁護士 下尾 裕 国税庁は、平成29年6月9日に、「移転価格ガイドブック~自発的な税務コンプライアンスの維持・向上に向けて~」(以下「移転価格GB」という)を公表した。 1 移転価格GBの位置付け 移転価格GBは、平成27年10月のOECDによる「BEPS最終報告書」の公表を含む世界レベルでの国際課税の動向及びこれらを踏まえた平成28年度税制改正における移転価格文書化制度の整備を踏まえ、国税庁が平成24年4月から推進している税務コーポレートガバナンスの一環として、移転価格税制の概要、及び、今回見直しを行った移転価格税制に関する事務運営の全体像を明らかにすることで、納税者一般の予見可能性を担保し、税務コンプライアンスのさらなる普及等の一助とすることを目的として公表されたものである。 2 移転価格GBの注目点 移転価格GBは、「Ⅰ 移転価格に関する国税庁の取組方針」、「Ⅱ 移転価格税制の適用におけるポイント」及び「Ⅲ 同時文書化対応ガイド」の3部構成となっており、各部の注目点としては以下の点が述べられる。 (了)
2017年6月15日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.222を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第44回】 「各国が署名した「BEPS防止措置実施条約」とは何か?」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 1 BEPS防止措置実施条約に各国が署名 6月7日、パリにおいて、わが国をはじめとする世界67ヶ国・地域が、「税源浸食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約」(BEPS防止措置実施条約)に署名、又は署名の意思を表明した。 なお、G20のうち米国、ブラジル、サウジアラビアが今回の署名(又は署名の意思表明)から漏れている。米国は、国別報告(CbCR)交換のための多国間権限のある当局合意にも参加しておらず、多国間よりも二国間の交渉にこだわる姿勢が見られる。 BEPSプロジェクトにおいて策定された種々の措置の実施のためには、各国の二国間租税条約の改正を要するものが多数存在する。二国間租税条約は世界でおよそ3,000本も存在しており、その1つひとつを個別交渉で改正していたのでは、その完了はいつになるかわからない。 そこで、今回の条約は、二国間租税条約においてBEPS防止措置を効率的に実現するため、今回の条約の締約国間の既存の租税条約にまとめて新たな措置を導入することを目的としている。 (※) 財務省ホームページより アンヘル・グリアOECD事務総長は、同日、「この多国間協定への署名は、租税条約の歴史における重要な転換点である。・・・この新協定は、署名諸国を二国間条約の再交渉という負担から解放するだけでなく、企業には確実性と予測可能性の向上、市民の利益にとっては国際租税制度の機能改善に繋がるものである。さらに本日の署名式は、国際社会が団結すれば、実効的に対処できない課題はないということを明らかにしている。」と述べた。 2 対象となる措置 今回の条約によって既存の二国間租税条約に導入されるBEPS防止措置は、 ①租税条約の濫用等を通じた租税回避行為の防止に関する措置、及び、 ②二重課税の排除等納税者にとっての不確実性排除に関する措置から構成され、具体的には、BEPSプロジェクトの次の行動計画に関する最終報告書(2015年10月)が勧告する租税条約に関連するBEPS防止措置が含まれている。 (※) 財務省ホームページより なお、BEPS最終報告書の内容は、①ミニマム・スタンダード(Minimum Standard)、②既存スタンダードの改正(Revision of Existing Standard)、③コモン・アプローチ(Common Approach)及び④ベスト・プラクティス(Best Practice)に分類されており、特に①は、全ての参加国・地域が必ず実施しなければならず、実施状況のモニタリングを受ける、という強い拘束力をもつものと位置づけられている。 今回の条約の対象とされている措置の中では、行動6と行動14がミニマム・スタンダードに該当している。 3 ミニマム・スタンダードとなる行動6・行動14 BEPS最終報告書では、行動6(租税条約の濫用防止)について、租税条約の濫用防止のため、租税条約において「特典資格条項」を盛り込むよう求められている。「特典資格条項」のあり方としては次の3つの選択肢がある。 PPT は特典の対象となる「取引」に着目し主観的な目的を精査するアプローチであり、LOB は特典を享受する「者」に着目し客観的な適格要件を設定するアプローチである。 BEPS最終報告書では、PPTは、次のような構成とされている。 一方LOBは、次のような構成とされている。 一方、行動14(相互協議の効果的実施)については、次の3点がミニマム・スタンダードとして勧告されている。 また、各国におけるミニマム・スタンダードの実施状況をモニタリングすることとされている。 4 今後の二国間租税条約への反映 今回署名された条約が最初に発効するのは、5ヶ国(地域)目の批准書、受諾書又は承認書(批准書等)が寄託された日から所定の期間が満了した後(3ヶ月を経過する月の翌月の1日)である。その後に批准書等を寄託する国・地域については、それぞれの寄託から所定の期間が満了した後に効力を生じる。 なお、わが国においては、本条約について批准書等を寄託するためには国会の承認が必要である。 また、今回の条約の各締約国は、その既存の二国間租税条約のいずれを今回の条約の適用対象とするかを任意に選択することができる。したがって、各二国間租税条約のいずれかの締約国が本条約の締約国でない場合、または、その租税条約を本条約の適用対象として選択していない場合には、今回の条約はその二国間租税条約については適用されない。 しかも、ある二国間租税条約が今回の条約の適用対象になった場合であっても、今回の条約の各締約国は、今回の条約に規定する租税条約に関連するBEPS防止措置の規定のいずれを既存の二国間租税条約について適用するかを所定の要件の下で選択することができることから、各二国間租税条約のいずれかの締約国がその規定を適用することを選択しない場合には、その規定はその二国間租税条約については反映されないこととなる。 なお、条約の各締約国が適用することを選択した今回の条約の規定は、原則として、今回の条約の適用対象となる全ての二国間租税条約について適用され、特定の二国間租税条約についてのみ適用すること又は適用しないことを選択することはできない。 (了)
「取引相場のない株式の評価」に関する財産評価基本通達の改正ポイント ~類似業種の評価見直しと会社規模区分の変更~ 税理士 柴田 健次 はじめに 国税庁は平成29年5月15日、取引相場のない株式等の評価見直しを中心とした財産評価基本通達の一部改正を公表し、平成29年1月1日以後に相続、遺贈又は贈与により取得した財産の評価から適用することとした。合わせて評価明細書の様式改正、本改正に関するあらまし(情報)も公表された。 今般の改正については、非上場株式の評価が相続税法の時価主義の下、より実態に即した評価となるように見直しが行われたものであるが、その背景には上場株式の急激な株価上昇により想定外に非上場株式の株価が高くなり、円滑な事業承継に支障をきたす恐れがあること等の諸問題がある。 国税庁から公表された「「財産評価基本通達の一部改正について」通達等のあらましについて(情報)」には、通達改正のあらましが掲載されているが、非上場株式の評価の改正内容は下記の2つとなる。 (1) 類似業種比準方式の見直し 改正前の類似業種比準価額の基本算式に今回の改正箇所を示すと、下記の通りである。 改正項目①から③の改正前後を比較すると、下記の通りとなる。 各改正項目を補足すると次の通りである。 (2) 会社規模の判定基準の見直し 評価会社の会社規模区分が変更され、中会社、大会社の適用範囲が拡大された。改正前後の会社規模区分はそれぞれ下記の通りとなる。 改正後のアミカケ部分が変更箇所となり、多くの会社が会社規模区分の変更に該当することが分かる。 会社規模の判定表(改正前) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 会社規模の判定表(改正後) (※) アミカケ部分が変更箇所 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 一般の評価会社の原則的評価の場合には、会社規模に応じて下記の通り計算がなされる。 上記の通り、中会社、大会社の適用範囲が拡大されたため、類似業種比準価額で計算する比率が高くなり、一般的には「類似業種比準価額 < 純資産価額」となることが多く、区分変更がある場合には株価が安くなる傾向にある。 また、会社の規模区分に変更があった場合には、(1)の類似業種比準価額の計算の斟酌率も変更になる。 土地保有割合(総資産価額のうちの土地等の価額の占める割合)が大会社の場合には70%以上、中会社の場合には90%以上に該当すれば、土地保有特定会社として純資産価額のみでの評価となるため、中会社から大会社に規模区分が変更された場合には、土地保有特定会社に該当していないか留意が必要となる。 (3) 改正の実務への影響 今回の改正で実務上の影響が大きいものとしては、配当金額:利益金額:純資産価額=1:1:1になったことである。株価が増額になるか減額になるかは各企業によっては異なるが、過去の利益が蓄積され純資産価額が多額となっている会社については、株価は高くなる傾向にある。それに対して、純資産価額がほとんどなく、利益が高額となるベンチャー企業の株価は安くなると考えられる。 事業承継が緊急の課題となっている会社については、前者のケースが多く、利益を圧縮しても従来よりも株価が下がりにくくなることが問題となり得る。 ただし、中会社、大会社の適用範囲の拡大により会社の規模区分が変わった場合には、類似業種の使用割合が高くなるため、結果として株価が低くなる会社が増えると予測される。一方、会社規模区分の変更の恩恵を受けない企業で、ある程度の純資産価額がある場合には、株価が高くなると予測される。 改正の影響は大きいため、実務においては、改正後の株価の算出が重要になるといえる。 (了)
役員給与等に係る平成29年度税制改正 【第4回】 (最終回) 「業績連動給与に関する改正」 西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士・ニューヨーク州弁護士 柴田 寛子 1 業績連動給与に関する改正 平成28年度税制改正下においては、「利益の状況を示す指標」に基づき支給額が算定される給与について「利益連動給与」と定義のうえ、損金算入の要件が定められていたが、平成29年度税制改正においては、指標の選択肢が拡大されたこと(下記2(3)参照)に伴い、「業績連動給与」と名称変更された。 また、平成29年度税制改正における業績連動給与に関する改正は、指標の選択肢の拡大に限らず、下記2に記載するとおり、(形式的には同族会社に該当することとなる)子会社であっても、非同族会社を親会社とするものについては、その役員にも業績連動給与を付与可能とするとの支給対象範囲の拡大や、金銭のみならず、一定の要件を満たす株式及び新株予約権による支給も含むとの支給手段の拡大などの改正も行われている。 2 主な改正点 以下では、平成29年度税制改正による業績連動給与に関する主な改正点を、法人税法34条1項3号に定める各要件毎に解説する。 (1) 対象範囲の拡大 従来、平成29年度税制改正前の利益連動給与の付与対象範囲は「非同族法人」の業務執行役員に限られていたが、平成29年度税制改正によって、「非同族法人」による完全支配関係がある場合には、同族会社が支給する法人の業務執行役員への業績連動給与にも損金算入が認められ得ることとなった。 これにより、例えば、(非同族法人に該当する)上場会社である持株会社の傘下の完全子会社・孫会社が支給する業績連動給与として、損金算入が認められ得ることとなった。 (2) 支給手段の拡大 平成29年度税制改正により、業績連動給与の支給手段として、金銭のほか、株式及び新株予約権が加わった。 法人税法34条1項3号の該当箇所を要約のうえ比較したものが下表であり、この内容をまとめたものが以下①から③となる。 ここで注意したいのは、業績指標に基づき「無償で取得され、又は消滅する数」が決まる方式での業績連動給与は、法人税法34条1項3号においては新株予約権に限定され、株式が含まれていないという点である。 そのため、業績連動給与として株式を交付する場合には、事後交付、つまり業績指標に基づき交付される株式数が算出された後に、当該数の株式を交付する方式が想定されており、業績目標達成を前提とした数の株式を一旦交付し、業績目標の「不」達成度に応じて株式が無償取得されるという、いわば事前交付型は、損金算入可能となる業績連動給与としては認められていないように見受けられる。 この点については、今後、当局による解説等において明らかとされるか注目したい。 (3) 指標の選択肢の拡大 支給額等の算定方法において用いることができる「指標」は、平成29年度税制改正により一層拡充された。具体的には、まず、一事業年度における指標の数値ではなく、複数事業年度における指標の数値を用いることが認められた。例えば、職務執行期間における将来のある時点の指標数値や、職務執行期間における一定期間の利益の平均額などを指標として用いることが認められる。 また、平成28年度税制改正により導入された「利益の状況を示す指標」(法人税法施行令69条10項)に加え、「株式の市場価格の状況を示す指標」(法人税法施行令69条11項)及び「売上高の状況を示す指標」(法人税法施行令69条12項)が追加された。なお、「売上高の状況を示す指標」については、他の2つの指標と同時に用いる場合のみ利用が認められる。 また、「利益の状況を示す指標」及び「売上高の状況を示す指標」について、有価証券報告書に記載されるものに限るとの要件は、平成29年度税制改正によっても変更はない。「株式の市場価格の状況を示す指標」に関しても、時価総額等、発行済株式総数を用いる場合には、有価証券報告書に記載される数を用いることが求められている(法人税法施行令69条11項3号)。 さらに、上記(1)記載のとおり、非同族法人の完全子会社の役員も業績連動給与の支給対象として認められることとなったが、この場合には、有価証券報告書提出会社である非同族会社(つまり、上場会社たる親会社)の「株式の市場価格の状況を示す指標」や、当該上場会社が提出する有価証券報告書に記載される指標を用いることとされている(法人税法施行規則22条の3第4項)。 (4) 手続要件-対象範囲拡充に伴う見直し 上記(1)から(3)の要件拡大に伴い、業績連動給与に関する手続的な要件についても下表のように一部改正された。 まず、算定方法に関する要件であるが、表の(A)②の要件に関しては、非同族法人の完全子会社に係る適正な手続(表の(注1))は、当該非同族法人(つまり親会社)の報酬委員会等が決定し、これに従った当該子会社の株主総会又は取締役会の決議を経ることとする旨、整理された(法人税法施行令69条16項)。 同様の状況において、表の(A)③の有価証券報告書における開示の要件は、非同族法人の完全子会社に関しては、当該非同族法人(つまり親会社)の有価証券報告書への記載により満たすことができるとされた(表の(注2))。 次に、表の(B)の交付時期に関する要件についても、支給手段として、金銭のほか、株式及び新株予約権が加わったことに対応する改正がなされている。なお、複数の指標を用いる場合には、最も遅い確定時から起算し、また、金銭と株式又は新株予約権とを合わせて支給する場合には、確定後2ヶ月以内とする旨、規定されている(法人税法施行令69条17項1号イ)。 上記のほか、「損金経理」の意義を明確化する改正も行われている(法人税法施行令69条19項)。 3 その他の留意点 (1) 業績連動給与の選択肢の拡大との側面 業績連動給与については、その要件が拡大(緩和)された結果、業績達成度に応じて交付される株式数が決定される株式交付信託、株価相当の現金を役員に交付するファントム・ストック、また、対象株式の市場価格が予め指定された価格を上回る場合に、その差額部分の現金を交付するストック・アプリシエーション・ライト(SAR)等も業績連動給与として損金算入が認められ得ることとなった。 もっとも、従来同様、その額又は数は、客観的な算定方法により一義的に定まることが必要であり、社長等の裁量の余地を残す算定方法である場合には、業績連動給与として損金算入することは認められない点には引き続き留意する必要がある。 (2) 損金算入の厳格化との側面 上記のとおり、平成29年度税制改正については、損金算入可能となる業績連動給与の選択肢が拡大したとの側面がある一方、退職給与のうち業績に連動するものは、業績連動給与の要件を満たす場合に損金算入が認められ、また、新株予約権についても、事前確定届出給与又は業績連動給与の要件を満たす場合に損金算入が認められるとのいわば厳格化の側面もある。 ただし、これらの厳格化に関する改正は、本年10月1日以後(新株予約権についてはその発行決議が本年10月1日以後となるもの)から適用されることとされている(所得税法等の一部を改正する等の法律(平成29年法律第4号)附則1条3号ロ及び14条)。 (連載了)
相続税の実務問答 【第12回】 「代償分割により固有資産の移転があった場合」 税理士 梶野 研二 [答] あなたが所有する土地を代償分割によりお姉様に移転した場合には、その移転の時に、その時の時価によりその土地を譲渡したこととなります。したがって、この移転によりあなたに譲渡所得が発生することとなれば、所得税が課されることとなります。 この場合、譲渡所得の金額の計算上控除する取得費は、お父様が昭和30年代にこの土地を取得した際の購入価額が基となります。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 代償分割による資産の移転 相続財産の全部又は一部を共同相続人のうちの1人又は数人に相続させるとともに、その者から他の共同相続人に対して金銭の支払い等の一定の債務を負担させる方法により行う遺産の分割の方法が代償分割です。 債務を履行する方法としては、相続財産の全部又は一部を取得する相続人が、他の共同相続人に対して金銭の支払いを行うケースが比較的多いのではないかと思われます。 しかし、相続財産の全部又は一部を取得する相続人が、その相続人が従前から所有する資産(固有資産)を、他の共同相続人に移転することにより行うこともできます。この場合には、次の2の(1)のとおり、その固有財産を移転した相続人に対する所得税課税の問題が生じます。 したがって、代償分割により固有資産を他の相続人に渡そうとする場合には、譲渡所得に係る所得税や住民税の負担についても考慮に入れておく必要があります。 2 代償分割による資産の移転があった場合の課税問題 (1) 固有資産を移転した相続人に対する譲渡所得課税 代償分割により固有資産を移転する行為は、その移転により消滅することとなる債務の額に相当する経済的利益を対価とする有償譲渡が行われたものとされます(所基通33-1の5)。これは、代物弁済により資産を譲渡した場合と同様に考えられるからです。 そうしますと、代償分割により負担した債務の履行として譲渡所得の基因となる資産の移転が行われた場合には、その移転の時に、その資産の時価相当額の収入の実現があったことになり、この金額が譲渡所得金額の計算上の譲渡価額となります。 (2) 代償債務の履行として資産を取得した相続人の課税問題 (イ) 代償分割により他の相続人の固有資産を取得したとしても、当該資産の価額は相続税の課税対象とされますので、贈与税や所得税の課税対象にはなりません。 (ロ) 代償分割により債務を負担した者から、当該債務の履行としてその者の固有資産を取得した場合には、その資産は、その履行があった時において、その時の時価により取得したことになります(所基通38-7(2))。したがって、当該債務の履行として取得した資産を、将来、当該資産を取得した相続人が譲渡した場合の譲渡所得の金額の計算上、控除する取得費は、この時価を基に計算することになります。 3 ご質問の場合 (1) 質問者の譲渡所得 (イ) 譲渡価額 あなたは、お母様の遺産の分割の方法として、お母様とあなたが居住していた建物とその敷地を相続することと引き換えに、あなたが15年前にお父様から相続した土地をお姉様に移転するという代償分割を考えているとのことです。 そうしますと、あなたがお父様から相続した土地は、お姉様に移転した時に、その時の時価で譲渡されたことになりますので、この時価が譲渡所得金額の計算上、譲渡価額ということになります。 この場合の時価とは、客観的交換価値をいうものと解されており、通常、純然たる第三者間で取り引きされる場合に成立するであろうと認められる価額をいうものであると理解すればよいでしょう。 したがって、相続税の課税価格の計算に使用されるいわゆる相続税評価額ではないことに注意する必要があります。 (ロ) 取得費 この土地は、15年前にお父様から相続により取得したものであるとのことですが、相続(限定承認によるものを除きます)により取得した財産については、所得税法第60条第1項第1号の規定により、その者が引き続き所有していたものとみなすこととされています。 したがって、譲渡所得の金額の計算をする場合のこの土地の取得価額は、お父様から相続した15年前の価額ではなく、お父様が、昭和30年代に購入した際の価額を基に計算することとなります。 土地に係る譲渡所得の金額は、その土地の譲渡価額から、その取得費と譲渡費用の合計額を控除して算出することとされています。お父様の購入価額が不明の場合には、上記(イ)の時価、すなわち譲渡価額の5%を取得費として譲渡所得の金額を算定することが認められています(措法31の4①、措通31の4-1)。 いずれにしましても、昭和30年代の地価水準と現在の地価水準を比較すると、おそらく、譲渡所得の金額が算出されることとなると思われますので、その場合には、所得税の申告及び納付が必要になります。 (2) お姉様が代償債務の履行として取得した土地の取得価額 お姉様が、代償分割により債務を負担したあなたから取得した土地については、その履行の時に、その時の時価により取得したこととなります。したがって、お姉様が、将来、青空駐車場となっているこの土地を売却し、譲渡所得の計算を行う場合には、あなたからこの土地の移転を受けた時の時価を基に取得費を求めることとなります。 上記(1)の(イ)で述べたあなたの譲渡価額との整合性を保つため、代償分割を行う際には、この「時価」について、お姉様とすり合わせをしておくとよいでしょう。 (了)
電子マネー・仮想通貨等の非現金をめぐる 会計処理と税務Q&A 【第8回】 「クレジットカード利用時に付加されるポイントを利用した場合の税務」 公認会計士・税理士 八代醍 和也 A 前回は、クレジットカード利用時に付加されるポイントを使って物品を購入した場合の会計処理について解説を行った。 今回は同様のケースにおける税務上の留意点について見ていくことにする。なお、今回取り上げる論点については、基本的に同じ性格を有するポストペイ方式の電子マネーにも当てはまるものと考えられる。 1 法人税の取扱い 〈ポイント①〉 法人税法上は、特段の留意点なし。会計と同様、通常の値引処理として減額後の純支払金額で経理処理するものと考えられる。 本稿の執筆時点において、クレジットカードのポイントを使用して物品を購入した場合の取扱いを定めた税法上の規定は存在しない。そこで、法人税法22条第4項において定められた『一般に公正妥当と認められる会計処理の基準』に従って計算されることになる。 すなわち、前回解説を行った、ポイント使用による減額を一種の値引きと捉え、取得原価主義に基づいて、その取得に当たって実際に支払われた減額後の金額による経理処理が、法人税法においてもそのまま認められることになるものと考えられる。 2 消費税の取扱い 〈ポイント②〉 消費税においても、会計と同様、通常の値引処理として経理した減額後の純支払金額が課税仕入になる。 1と同様に、消費税法においても、クレジットカードのポイントを使用して物品を購入した場合の取扱いを定めた税法上の規定は存在しないが、税大論叢58号(平成20年6月20日)において『マイレージサービスに代表されるポイント制に係る税務上の取扱い-法人税・消費税の取扱いを中心に-』という論文が収録されており、国税庁ホームページにおいて要約及び全文が閲覧できるため、以下、こちらを参考としたい。 上記論文において、物品購入を含むポイント使用時の消費税法上の取扱いについて述べられており、要約版を抜粋すると次の通りである。 上記の最後に値引割引についての言及があり、値引部分について不課税であるとされ、差額支払金の対価を課税取引として認識する旨記載されている。 これを前回と同じ設例で図示すると以下のようになる。 なお、値引以外に取り上げられているケースについて整理すると、次のとおりである。 (了)