税効果会計を学ぶ 【第10回】 「将来の課税所得の見積り等の留意点」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、繰延税金資産の回収可能性の判断に関して、将来の課税所得の見積り、解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異の取扱いなどに関する留意点について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 将来の課税所得の見積り 1 将来の課税所得の見積方法 繰延税金資産の回収可能性の判断に際して、合理的な仮定に基づく業績予測によって、将来の課税所得又は税務上の欠損金を見積ることになる(回収可能性適用指針32項、96項)。 具体的な方法としては、適切な権限を有する機関の承認を得た業績予測の前提となった数値を、経営環境等の企業の外部要因に関する情報や企業が用いている内部の情報(過去における中長期計画の達成状況、予算やその修正資料、業績評価の基礎データ、売上見込み、取締役会資料を含む)と整合的に修正し、課税所得又は税務上の欠損金を見積ることになる。 従来、「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」(監査委員会報告第66号)では、将来の業績予測は、事業計画や経営計画又は予算編成の一部等その呼称は問わないが、原則として、取締役会や常務会等の承認を得たものが必要であると規定されていた(5、(3))。 企業会計基準適用指針公開草案第54号「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(案)」に対するコメントへの対応では、原則として、取締役会等の承認を得た業績予測であることを明記することが適当との意見があったが、回収可能性適用指針では、コメントを踏まえて、回収可能性適用指針32項及び34項の記載に、適切な権限を有する機関の承認が必要である旨を追加しているとしている(コメント対応(94))。 2 金融庁の有価証券報告書レビュー 「平成31年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項」(令和2年3月27日、金融庁企画市場局)では、次のように記載されているので、実務上、留意が必要である(37ページ)。 会計上の見積り項目の会計処理に用いる業績予測は、合理的で説明可能な仮定及び予測に基づいて見積る必要がある(固定資産の減損に係る会計基準二4.(1)等)。 その際、以下のとおり、事業計画等の前提となった数値を必要に応じて修正する点に留意する。 Ⅲ 解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異の取扱い 退職給付引当金や建物の減価償却超過額に係る将来減算一時差異のように、スケジューリングの結果、その解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異は、企業が継続する限り、長期にわたるが将来解消され、将来の税金負担額を軽減する効果を有することから、これらの将来減算一時差異に関しては、回収可能性適用指針15項から32項に従って判断した分類に応じて、次のように取り扱う(回収可能性適用指針35項、102項)。 Ⅳ 固定資産の減損損失に係る将来減算一時差異の取扱い 固定資産の減損損失に係る将来減算一時差異の解消見込年度のスケジューリングは、償却資産と非償却資産ではその性格が異なるため、次のように取り扱う(回収可能性適用指針36項、105項)。 Ⅴ 役員退職慰労引当金に係る将来減算一時差異の取扱い 役員退職慰労引当金に係る将来減算一時差異は、役員在任期間の実績や社内規程等に基づいて役員の退任時期を合理的に見込む方法等によりスケジューリングが行われている場合は、スケジューリングの結果に基づいて繰延税金資産の回収可能性を判断する(回収可能性適用指針37項。13項ただし書き)。 スケジューリングが行われていない場合は、役員退職慰労引当金に係る将来減算一時差異は、スケジューリング不能な将来減算一時差異として取り扱う。 なお、(分類2)に該当する企業においては、当該スケジューリング不能な将来減算一時差異に係る繰延税金資産について、回収可能性適用指針21項ただし書きに従って回収可能性を判断する(回収可能性適用指針37項、106項)。 (了)
賃金請求権の消滅時効変更に伴う 未払残業代等の企業対応 弁護士 鈴木 郁子 1 はじめに 2020年4月1日から、民法の改正にあわせ、賃金請求権の消滅時効が2年から5年(当分の間3年)に変更されたので、本稿では、法改正の内容を紹介し、企業が検討しなければならない実務的対応について論じたい。 2 法改正の経緯 2017年5月に成立した改正民法においては、短期消滅時効が廃止された。 旧民法においては、債権の消滅時効は原則として10年(旧民法167条1項)とされる一方、債権の種類によっては異なる時効が定められていた。そして、使用人の給料にかかる債権については、権利関係の早期確定の見地から、短期消滅時効として消滅時効が1年とされていたが、労働者保護の観点から、特別法である労働基準法の115条で、賃金・災害補償・その他の請求権の時効は2年、退職手当については5年とされていた。 しかしながら、改正民法においては、短期消滅時効が廃止され、債権の種類にかかわらず一律に、消滅時効は、①債権者が権利を行使できることを知った時(主観的起算点)から5年、②権利を行使しうるとき(客観的起算点)から10年、のいずれか早いほうとされることとなった(改正民法166条)。 そうすると、労働者保護の観点から時効期間を民法より長くした労働基準法(2年)より、改正民法(5年)の定める時効の方が時効期間が長くなってしまい、矛盾が生ずることになる。そこで、2020年4月の改正民法の施行にあわせ、労働基準法が改正されたのである。 3 改正労働基準法の内容 (1) 概要 改正労働基準法の内容は以下のとおりである。 賃金請求権、災害補償請求権、その他の請求権のうち、賃金請求権については、将来にわたり消滅時効を2年のまま維持する合理性は乏しく、民法改正にあわせ、他の債権と同様に時効期間が5年とされたが、企業に与える影響に鑑み、「当分の間」は3年とされた。「当分の間」とは、少なくとも改正法施行後5年間は続く予定である(令2労働基準法の一部を改正する法律附則3条)。 そして、賃金請求権の時効期間の延長にあわせ、付加金と記録保存期間も延長された。 付加金とは、解雇予告手当、休業手当、割増賃金、年次有給休暇中の賃金の支払義務違反に対する一種の制裁として、裁判所が使用者に対して最大で未払額と同額の支払を命じることができるものであり、裁判所が裁量により支払義務違反に至った状況等の一切の事情を考慮して、付加金の有無や額を決定することになる。 (2) 施行日 改正労働基準法の施行日は、改正民法と同じく2020年4月1日である。 新しい消滅時効期間は、雇用契約の締結時期を問わず、同日以降に支払期日が到来する賃金請求権に適用される。例えば、末日締め、翌月25日払いの時効の適用関係は以下のとおりとなる。 (3) 時効の中断 従来、時効を中断しようとすれば、使用者の債務の承認のない場合には、労働者は催告をし、使用者との協議が継続中であっても、催告後6ヶ月以内に訴訟や労働審判の提起等を行う必要があった。 改正民法では、当事者間において権利についての協議を行う旨の合意が書面又は電磁的記録によりされた場合には、時効の完成が猶予されるとされた点に留意が必要である(改正民法151条)。 4 企業に与える影響 (1) 未払賃金と未払残業代リスクの増大 時効期間延長が影響する場面としては、未払賃金・手当の請求、残業代請求、降格・降給等が無効である場合の賃金の差額請求などがあるが、この中で実務上の影響が一番大きいものが残業代請求である。なお、未払残業代のリスクは、単に企業の支払義務の存否だけでなく、M&Aのデューデリジェンスにおいても重要なチェック項目であるため、M&Aの成否にも結果的に影響を与えることにもなる。 そして、時効期間が2年から当分の間3年となることにより、企業としては、未払残業代のリスクを、最大、未払残業代と付加金各2年、計4年と見込めばよかったものに対し、各3年計6年を見込む必要がでてきた。 また、実務上、残業代紛争は長期化することが多いため、それ以外に発生する遅延損害金も無視できないが、時効期間が延長した分、遅延損害金も多額となる。なお、遅延損害金は、改正民法により、2020年4月1日以降は、年5%の商事法定利息が廃止され年3%(その後3年ごとの変動制)となったが(改正民法404条)、従来どおり、退職日以降の遅延損害金については、賃金の支払の確保等に関する法律6条1項が適用され、年14.6%(同法施行令1条)の請求が可能である点に留意が必要である。 (2) 時間管理の見直しの必要性 残業代を支給している企業であれば、今回の時効期間延長は一見無関係なように思える。しかしながら、実務上、残業代が完全に無支給である場合は少なく、むしろ、残業代の計算方法、労働時間の管理体制、残業代の支給の仕組みに不備があり、企業の自覚なく、結果的に未払残業代が発生することが多い。代表的なものは、以下のとおりである。 そうすると、企業としては、時効期間が延長となる中で、未払残業代のリスクを低減させるには、(ⅰ)そもそも残業をさせない方向に舵を切るか、(ⅱ)自社の労働時間管理体制を完全なものにするしかない。しかしながら、(ⅰ)には限度がある。 そして、(ⅱ)の労働時間管理体制に不備があるということは、未払残業代のリスクが1名だけではなく対象従業員の全員に及ぶことを意味する。時効期間が2年のもとでさえ、1名の未払残業代が数百万円単位、1,000万円を超えることも珍しくないのであって、時効期間が延長となる中での未払残業代は、数千万円単位、企業規模によっては億単位となることが容易に想定され、会社の経営に致命的な影響を与えかねない。そうであったとしても、未払残業代の支払義務は免責されるものではない。労働時間管理体制の不備による未払残業代リスクはあまりにも大きいのである。 筆者の感覚では、労働時間管理、残業代の支給状況について、問題がない会社の方が少ない。働き方改革に加え、今回の賃金請求の時効期間の延長の法改正を契機に、一度、会社の労働時間管理、残業代の支給状況について、コンプライアンス上問題がないか見直すことを強くお勧めしたい。 (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第5回】 「事実調査における証拠の収集と事情聴取の留意点」 弁護士 柳田 忍 ハラスメント事件のおそれが発覚した場合、会社として、まずは事実調査を行うべきである。 本稿においては、事実調査のポイントを解説する。 1 物的証拠の収集 ハラスメントの事実調査の方法には、物的証拠の収集と関係者の事情聴取を通じた人的証拠の収集とがある。 ハラスメントの物的証拠としては、被害を申告した者(以下「被害者」という)と加害者とされた者(以下「加害者」という)の間のやりとりを記したメールやLINE等のSNS、録音データ等が挙げられる。加害者から被害者宛のメール等に記載されたメッセージがハラスメントに該当する場合もあるし、被害者から加害者宛のメッセージが有力な物的証拠となる場合もある(例えば、社員間の性的関係がセクハラによるものか、単なる社内恋愛かを判断する際に、被害者から加害者へのメッセージも参考になる)。 2 事情聴取を通じた人的証拠の収集 (1) 一般的な留意点 まず、事情聴取の担当者(聴取者)につき、事案や当事者に関して利害関係を有しないことを確認すべきである。また、後に、聴取対象者から、「事情聴取における供述は圧迫的な状況において強要されたものであり真意に基づくものではない」などと言われることを避けるため、聴取者は2人以内とするのがよいと思われる。 例えばセクハラなど、一般的に被害者と同性の聴取者が対応することが望ましい場合があるが、マタハラに関しては女性同士であっても立場等により考え方が様々であるので、聴取者の選定は慎重に行うべきである。 事情聴取の対象については、被害者と加害者に加え、場合によっては目撃者等、ハラスメントの事実を知っている可能性のある者(以下「目撃者等」という)も対象とすべきである。目撃者等が複数いる場合、どこまでを事情聴取の対象にするかについては、聴取対象者が増えることにより事実認定の精度が上がるというメリットと当該ハラスメント事件にかかる情報漏えいのリスクの増加を比較衡量して判断すべきである。 また、事情聴取を実施する順番は、一般的には被害者 ⇒ 目撃者等 ⇒ 加害者の順番が妥当であるが、被害者と加害者の話を聞いて争点を整理したうえで目撃者等の話を聞いた方が事案の解明に資する場合もあるため、事情聴取を進めながら臨機応変に対応するのがよい。 (2) 事情聴取対象者ごとの留意点 ① 被害者に対する事情聴取 まず、被害者に対しては、ハラスメント行為が行われた日時、場所、態様等を確認すべきであるが、ハラスメント事件においては、具体的な発言内容、加害者の声のトーン、表情、被害者の反応等も重要な判断材料となるので、これらについても聴取すべきである。 被害者への事情聴取に際して最も重要なことは、聴取結果を加害者等に開示することについて被害者の承諾を得ることである。具体的には、被害者に対して大要以下のとおり説明したうえで、聴取結果を開示する可能性のある対象者を具体的に特定して、開示を承諾するか否かを確認すべきである。 なお、被害者が開示を承諾しないことのみをもって調査を打ち切った場合、当該ハラスメント事件につき会社の責任が問われる可能性がある(国立大学法人金沢大学元教授ほか事件・金沢地判平成29・3・30労判1165号21頁において、会社がハラスメントの被害者が会社による調査に協力しなかったことを理由に会社は当該ハラスメントにつき法的責任を負わないと主張したが、裁判所はこれを排斥した)。 よって、事情聴取結果の開示につき被害者の承諾が得られなくても、物的証拠による事実認定の可否を検証したり、加害者に対してオープンクエスチョン(※)の形で聴取を試みたりするなどして、可能な限り調査を実施すべきである。 (※) 二者択一の質問を避け、話し手に自由に回答できる聞き方をすること。 ② 目撃者等に対する事情聴取 目撃者等に対しても、被害者に対する事情聴取と同様、聴取結果の開示について承諾を得るべきである。また、目撃者等に対して当該ハラスメント事件や事情聴取の存在及び内容等を開示しないよう命ずるべきである。 目撃者等に対する事情聴取においては被害者に対する聴取結果の確認を行うことになるが、当該目撃者等の供述の信用性を確認することも重要である。当該目撃者等が被害者や加害者と利害関係を有する場合、当該目撃者等が被害者や加害者に有利又は不利な虚偽の供述を行わないとも限らない。よって、目撃者等に対する事情聴取においては、当該目撃者等自身と被害者や加害者との関係や、他の目撃者等と被害者や加害者との関係についても確認すべきである。 ③ 加害者に対する事情聴取 加害者に対しては、当該ハラスメント事件や事情聴取の存在及び内容等を開示しないよう命ずること、並びに、被害者や目撃者等に対する報復は厳に禁じられており、報復行為を行った場合は懲戒処分の対象となりうることを告げることが重要である。 加害者の供述と被害者の言い分が一致しない場合や、加害者が不合理・不誠実な供述を行った場合、加害者の「自白」を求めて聴取者が加害者を怒鳴りつけたり詰問したりするケースが見受けられるが、このような言動はそれ自体がパワハラに該当しうるのみならず、聴取者が感情的になることにより却って加害者に余裕を与えることになりかねない。よって、聴取者は冷静な対応を心がけるべきである。 3 事情聴取に関する実務上の問題点~録音の可否 事情聴取に関して実務上よく問題となるのは、①事情聴取対象者から事情聴取を録音をしたい旨の要請を受けた場合、これを承諾しなければならないか、及び、②会社側(事情聴取側)が聴取対象者に秘密で事情聴取を録音してよいか、である。 ①について、聴取者側はかかる要請を受け入れるか否かを自由に決めることができる。ハラスメント事件が発生したことは会社の信用にかかわる情報であることや事情聴取においては当該聴取対象者以外の従業員の個人情報やプライバシーに関する情報が話題になることを理由に録音等を禁止することも可能である。もっとも、仮に聴取対象者が録音を禁じる業務命令に違反して秘密裏に録音を行ったとしても、その目的に相当性が認められることもあろうことから、懲戒処分の軽重にもよるが、録音したことのみを理由に懲戒処分を行うことが難しい場合もあるのではないかと思われる。 一方、②については、録音内容の開示等がなされた場合は別として、録音を行ったに留まる場合は法的な問題にはならないのではないかと思われる。 (了)
〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第8回】 「電子契約のメリット・デメリットと導入時の注意点」 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 枝廣 恭子 〔質 問〕 新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、当社でも、テレワーク(在宅勤務)制度を採り入れて出社回数や出社人数を減らし、取引先との会議にもweb会議を導入しております。在宅で業務ができる体制も整いつつあり、業務の効率化が図られています。 一方で、契約を締結する業務は、契約書を印刷・押印して郵送する作業や、送られてきた契約書を受け取ったりする作業のために、社員がその都度出社する必要があり、不便さを感じます。 そこで、この機会に電子契約の導入を検討したいのですが、どのようなメリットやデメリットがあり、また、導入する際にどのような点に注意すればよいのでしょうか。 〔回 答〕 ➤メリットとしては、①原本のやり取りや押印が不要なので、契約締結手続を簡易迅速に進められること、②電子文書をサーバー上で保管するので、物理的な保管スペースが不要になり、管理も容易になること、③印紙税を節減できることがあげられます。 ➤デメリットとして、①電子契約を使用することに取引先の理解を得るのが困難な場合があること、②紙の契約書の保管が必要な場面もあり、また、過去の契約書も残るので、電子契約と書面契約が混在してかえって業務が煩雑になることが考えられます。したがって、導入後の業務フローを十分に検討し、対応可能な体制を構築した上で導入することが重要です。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 電子契約とは (1) 電子契約と書面契約 「電子契約」とは、電子ファイルをインターネットや専用回線を用いて交換して電子署名を施すことで契約を締結し、企業のサーバーやクラウドストレージなどに電子データを保管しておく契約の方式である。紙の契約書を作成して各当事者が押印した上で、各自が原本を保有する書面契約と対比される概念である。 (2) 電子署名及びタイムスタンプ 書面契約の場合、押印(又は署名及び押印)することで契約締結を証明する効力が生じるが、電子契約の場合は押印や署名に代わって、「電子署名」と「タイムスタンプ」を用いて契約締結の効力を証明する。 「電子署名」とは、コンピューターの暗号技術を用いた公開鍵暗号システムであり、電子署名及び認証業務に関する法律(電子署名法。平成13年4月1日施行)により、電子署名に手書きの署名や押印と同等の法的効力が認められる。 すなわち、電子署名は、当該電子文書が署名者本人によって作成されたこと、及び署名時点から電子文書が改ざんされていないことを証明する役割を持つ。電子署名が真正なものであることの証明は「電子証明書」により行う。これは、書面契約の場合の印鑑証明書の役割を果たす(電子署名や押印の効力の詳細については、次回以降に譲る)。 また、電子契約では、電子署名をした時刻が残るが、端末の設定を変えることでその時刻は自由に変え得るので、それだけでは契約成立の日時を証明するものとならない。そこで、「タイムスタンプ」を用いる。タイムスタンプとは、第三者機関により電子データに対して正確な日時情報を付与し、その時点での電子データの存在証明と非改ざん証明を行う仕組みあるいはその技術をいう。タイムスタンプにより、その時刻に当該電子文書が存在し、その時刻以降に改ざんされていないことを証明できる。 2 電子契約のメリット 電子契約の場合、締結する際に原本を郵送でやり取りしたり、あるいは対面で押印したりする作業が不要であり、オンラインでやりとりができるので、迅速かつ簡易に契約締結手続ができる。また、契約書は契約が有効な期間は原本を保管するのが一般的であり、一定の期間保管することを法令上義務付けられる契約書もある。 そうすると、保管するスペースの確保とその管理が必要となるが、電子契約の場合は電子文書をサーバーに保管しておくことから、物理的なスペースは必要ない。さらに、サーバーにある電子文書の中から容易に検索や閲覧をすることが可能であり、税務調査や監査などの契約の確認が必要な場面でも迅速に対応でき、契約の管理業務の手間を減らせるメリットがある。 また、書面契約の場合、原本をどこに保管しているのか、あるいは誰が使っているのか、個々の契約締結の状況がどうなっているのかを一元的に把握することは難しい。人的要因や自然災害等により契約書が紛失、毀損するリスクも避けられない。この点、電子契約の場合、電子文書をサーバー上で保管するので、一元的に管理できるし、セキュリティーを強化しておくことで、保管の際の滅失・毀損等のリスクは限りなくゼロにできるので、業務効率化に加えてコンプライアンスの強化にもつながる。 そして、紙の契約書は課税対象であり印紙を貼付する必要があるが、電子契約は課税対象とならないため、印紙税の節減効果がある。したがって、書面のやり取りにかかる時間やコストを減らせることと合わせて、契約締結のコストの削減に資するといえる。 3 電子契約を導入・運用する際のデメリット及び注意点 (1) 電子契約によることの理解を得る必要がある 電子契約は、関連する法律の整備により徐々に普及しており、今後、テレワークの広がりとともに急速に普及が進むことも考えられる。しかし、現状では依然として、書面契約が主流であり、電子契約が一般的に使用されているとまでは言えない。そうすると、取引先が電子契約を扱ったことがない場合、電子契約での契約締結を求めても、従前どおりに書面契約の方法によることを求められることが十分あり得る。 その際に、取引先にも電子契約のメリットや書面契約と同様の法的効果を有することを理解してもらえるよう、取引先が導入しやすいようなシステムを選び、かつ、仕組みや電子文書の保管・管理の方法について、説明できる準備をしておく必要がある。 (2) 紙の契約書の保管が義務付けられている場合 契約によっては、法文上で契約書面作成が明示的に義務付けられている場合があり、そのような場合は電子契約ではなく、書面の契約書を作成する必要があるのが原則である。 しかし、平成13年4月1日に、電子署名法とともに施行された「書面の交付等に関する情報通信の技術の利用のための関係法律の整備に関する法律」(いわゆる「IT書面一括法」)により、契約書面の交付義務が法律上定められていても、相手方の承諾があれば、書面に代えて電子メールなどの情報通信技術を利用する方法で提供することが認められているので、基本的にはどのような契約でも、電子契約の方法によることが可能である。 ただし、電子帳簿保存法上の要件を満たさないシステムを使って電子契約をした場合、税務上はデータのみの保存では足りず、電子文書を印刷して保管しておかなければならず、電子契約のメリットを享受できない。したがって、システムの導入の際にはその確認が必要である。 (3) 業務フローの転換期 電子契約を導入しても、当面の間、過去の書面契約はそのまま残る。また、新たな契約についても、相手の承諾が得られないこと等により書面契約の方法とせざるを得ない場面も生じうる。そうなると、全ての契約を電子契約に切り替えるには一定の時間を要し、電子契約と書面契約とが混在する状況が続くことが想定される。 そうすると、電子契約を導入することでかえって業務が煩雑化するおそれもあるので、電子契約を導入するか否かは、取引先に応じてもらえる可能性や、完全移行に要する時間、電子契約と書面契約が併存する場合の具体的な業務フローを想定しつつ、検討するべきである。 (了)
《速報解説》 経産省、事業ポートフォリオと組織の変革を後押しする「事業再編実務指針」を公表 ~事業の切出しを進めるための実務上の工夫などに係る具体的な方策を示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年7月31日、経済産業省は、「事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~(事業再編ガイドライン)」を公表した。 これは、「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(2019年6月28日)の事業ポートフォリオマネジメントに関する議論を前提に、特に事業再編に焦点を当て、事業の切出しを円滑に実行するための実務上の工夫などに関するベストプラクティスを示すものである。 また、合わせて次の資料も公表されている。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 事業ポートフォリオの組替えについて、必要性の認識は広がりつつあるものの、合併・買収(M&A)に比べて事業の「切出し」に対しては消極的な企業も多く、グローバル比較においても複数の事業セグメントを有する企業の比率が高くなっており、必ずしも十分に事業ポートフォリオの組替えが行われていない状況にあるとの問題意識がある(6ページ)。 事業環境の変化に対応し、持続的な成長を実現するために、スピンオフによる分離・独立や他社への事業売却等による「切出し」を決断、実行していくことが重要になると考えられている(7、8ページ)。 「事業の切出し」とは、最終的には資本関係の解消を含め完全分離させる方向で行うものであって、スキームとしては事業売却(事業譲渡、会社分割(吸収分割)、子会社株式売却)やスピンオフ等を想定している(20ページ)。 ガイドラインは、「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(2019年6月28日)の「第3章 事業ポートフォリオマネジメントの在り方」の内容を踏まえつつ、特に「事業の切出し」にフォーカスしたものであり、表紙を含めて109ページに及ぶ。 以下では、主に次の内容について解説する。 1 経営陣における課題と対応の方向性 次の内容について、アンケートや取組事例などをもとに、幅広く取り扱っている。 2 取締役会・社外取締役における課題と対応の方向性 次の内容について、アンケートや取組事例などをもとに、幅広く取り扱っている。 3 投資家との対話や情報開示における課題と対応の方向性 次の内容について、アンケートや取組事例などをもとに、幅広く取り扱っている。 4 実行段階における実務上の工夫 事業の切出しに関して、円滑に実行するために特に重要な要素となる「経営陣の姿勢」及び「労働組合や従業員との調整」について、先進企業の事例をもとに整理し、「適切なスキームの選択」のために主なスキームの特徴と意義について述べている。 (了)
《速報解説》 経産省より「社外取締役の在り方に関する実務指針」が公表される ~社外取締役の5つの心得や場面ごとの具体的な行動の在り方などを提示~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年7月31日、経済産業省は、コーポレート・ガバナンス・システム研究会(第2期)の議論などを踏まえ、「社外取締役の在り方に関する実務指針(社外取締役ガイドライン)」を公表した。 これは、社外取締役としての役割認識や心構え、具体的な取組及び会社側のサポート体制などのベストプラクティスを議論したものである。 次の参考資料も公表されている。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 ガイドラインは表紙を含めて50ページに及ぶものであり、次の構成である。 本稿では主なものについて解説する。 1 社外取締役の5つの心得 次の5つの社外取締役の心得を示している。 2 社外取締役としての具体的な行動の在り方 社外取締役が関わる主な場面ごとに、具体的な行動の在り方を示している。 主な内容をまとめると、次の通りである。 3 会社側が構築すべきサポート体制・環境 主に次のことが示されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2020年8月6日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.380を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.91- 「国への信認確保のために現実的な財政目標を」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 新型コロナ対策で2度の補正予算を組み、121兆円の財政支出を計上し、追加公債発行額は57兆円で、当初と合わせて90兆円の公債発行となった。今年度の国の財政収支は対GDP比で10%を超える大幅な赤字となる見通しだ。 コロナ禍という未曽有の危機への対応なのでやむを得ないのだが、これだけの財政赤字を抱えて、ひとたび国家への信認が失われば、インフレなどさらなる巨大リスクを生じかねず、それへの対策が必要である。 * * * 7月31日に、コロナ経済対策を受けて、「中長期の経済財政に関する試算(2020年7月)」が公表された。プライマリーバランスについて、自然体の姿では、2025年度に 対GDP比で1.1%程度の赤字となり、黒字化するのは2029年度という内容だ。1月試算より2年遅れている。 先立つ17日に閣議決定された2020年度の「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太方針2020)には、これまでの骨太には必ず書き込まれていた「プライマリーバランス(基礎的財政収支)を黒字化する」という財政目標が、記述から消えていた。 31日西村経済再生相は、「25年度PB黒字化は引き続き目指す」と語ったが、前提となる経済成長率は空想的で、このような非現実的な目標を残すことの意義はあるのだろうか、疑問が生じる。 行うべきは、コロナ対策関連を別勘定にしつつ、現実に合わせて財政目標を作り直すことではないか。 * * * 東北大震災の際には、2011‒15 年度を集中復興期間として、25 兆円程度と見積もられていた復興予算を一般会計と区分し「東日本大震災復興特別会計」を作って、復興債を発行し、それを所得税・法人税などの付加税で一定の年月をかけて償還する仕組みを作った。その結果、プライマリーバランスの黒字化目標も、まがりなりにも存続させることができ、その後の予算編成のよすがとなった。 非現実的な財政目標になれば、毎年の予算編成のよって立つところがなくなってしまう。そうなれば今後財政赤字は野放図に拡大し、国家への信認はますます低下していく可能性がある。 * * * コロナ経済対策の中身も問題が多い。筆者が最大の問題だと思うのは、国会の承認を得ることなく支出できる予備費に10兆円も計上したことだ。そのうち5兆円については、持続化給付金や家賃支援給付金に2兆円程度など、適時適切に国会報告を行うことになったが、残りの5兆円は使途が不明確・不透明なままだ。 中身の精査なく規模だけ積み上げる予算ほど、われわれ血税の無駄遣いといえるものはない。財務省には予算執行調査といって、予算を査定する主計局が予算執行の現場に赴き、査定した事業の実態を調査し、予算の効率化に向けて改善すべき点などを指摘する権限がある。会計検査院による検査の前に、自ら予算の執行を厳しく監視することを行うべきだ。 最近の財務省は極めて政権に弱くなっているが、嫌われても釘を刺すことが財政当局としての使命だと思う。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第40回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -不当性要件と経済的合理性基準(6)- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 第37回以来、ユニバーサルミュージック事件・東京地判令和元年6月27日(未公刊・裁判所ウェブサイト。以下「本件東京地判」という)における不当性要件に関する同判決の判断枠組みを検討してきた。なお、そうこうしているうちに本年6月24日に控訴審判決が東京高裁で示されたが(T&Amaster841号(2020年7月6日)4頁参照)、この判決については次回検討することにする。 第37回には、不当性要件の趣旨解釈によって導き出した経済的合理性基準について、会社法における経営判断原則の「応用」により、相応性基準ともいうべき、会社による行為計算の選択に関する広範な裁量を尊重する判断基準(裁量尊重基準)を判示した旨の理解を示した上で、第38回には、会社法における経営判断原則の検討を通じてその意義及び実質的根拠、さらには同原則に基づく司法審査の「姿勢」を明らかにし、第39回には、相応性基準による裁量審査(相応性審査)に関連して行政法における比例原則の検討を通じて、相応性審査と比例原則による裁量審査との異同に留意しつつ、目的・手段の合理的関連性基準を明らかにした。 今回は、第38回Ⅳで予告しておいたところに従い、以上の検討を踏まえた上で、本件東京地判における経営判断原則の「応用」について、同判決の実体的判断内容ではなく判断過程に着目して、検討することにしたい。 Ⅱ 二段階審査(1)-経営判断を基礎付ける客観的事情の存否- 本件東京地判は、まず冒頭で、結論を次のように判示した(下線筆者)上で、その理由について、以下で述べるとおり、経済的合理性基準に係る判断を二段階に分けて判示していると解される。 第一段階において、本件東京地判は、フランス法人であるヴィヴェンディを究極の親会社とするヴィヴェンディ・グループにおける企業買収の経緯等、資金管理、日本法人であるUMMK(ユニバーサルミュージック株式会社)及びこれを吸収合併した原告(ヴィヴェンディの間接的な完全子会社で法人税法2条10号の同族会社)の財務状況、等に係る認定事実を前提にして、「本件8つの目的及び本件再編成等スキームについて」ヴィヴェンディの税務部副部長であるAが作成した陳述書における「本件再編成等スキームを策定するに当たり本件8つの目的が設定されており、同スキームに基づく本件組織再編取引等は本件8つの目的を同時に達成することを企図したものである旨の説明」等の信用性を肯定したが、その信用性を肯定するに当たって、まず、「A陳述書等の上記説明部分の信用性を検討するに当たり、本件8つの目的を基礎付ける客観的事情が、本件組織再編取引等の前に存在していたか否か」について検討した結果、次のとおり判示した。 ちなみに、「本件8つの目的」は次のとおり認定されている。 次に、「本件8つの目的を達成するための手段として計画されたとされる本件再編成等スキーム及びこれに基づく本件組織再編取引等が、上記の目的とどのような関係にあるか」について検討した結果、次のとおり判示した。 この判示においては、括弧内のなお書きで既に経済的合理性基準に係る判断について第二段階の審査が前触れされているが、この点は措くとして、以上でみた判断過程からすると、第一段階の審査は、経済的合理性基準に係る判断の前提となる審査であり、会社法判例における経営判断原則の二段階審査(第38回Ⅲ参照)のうち経営判断の前提となる事実の認識(調査及び検討)に関する審査に相当するものと解される。 Ⅲ 二段階審査(2)-目的・手段の合理的関連性の有無- 本件東京地判は次のような判断枠組みにおいて経済的合理性基準に係る判断を行うものとしているが(下線・傍点筆者)、その判断は、その前提となる審査(前記Ⅱ)をも視野に入れると第二段階の審査として位置づけることができよう。筆者はその審査を相応性審査と呼ぶことにした(第37回Ⅲ参照)。 以上の判断枠組みの下で、本件東京地判は「本件借入れに係る経済的合理性の有無について」検討するための論点を、次のとおり設定した(下線筆者)。 そして、それぞれの論点に関する検討の結果、第1に、論点①については、「本件8つの目的は、それぞれ個別的にみて経済的合理性を有するものといえる」とした上、「グループ内における負債の経済的負担の配分や為替リスクのヘッジに係るコストに関する上記各目的に経済的合理性が認められる以上、これらを実現するために本件8つの目的を同時に達成しようとしたこともまた、経済的合理性を有するものというべきである。」と判断した。 第2に、論点②については、「本件再編成等スキームに基づく本件組織再編取引等は、本件8つの目的を全て達成することができるものであり、本件8つの目的を達成する手段として相当であったと認められる。」と判断した。 第3に、論点③については、「本件8つの目的を本件組織再編取引等により達成したことは、ヴィヴェンディ・グループ全体にとってだけでなく原告にとっても経済的利益をもたらすものであったといえる一方、本件借入れは原告に不当な不利益をもたらすものとはいえないから、これらが原告にとって経済的合理性を欠くものであったと認めることはできない」と判断した。 以上の判断は、本件再編成等スキームに基づく本件組織再編取引等が原告にとって「相応の経済的合理性を有する方法」であると認めたものと解され、全体として相応性審査(相応性基準による裁量審査)を構成するものと考えられる。ただ、裁量審査という観点から決定的に重要な意味をもつと考えられるのは、論点②に関する判断である。というのも、「本件8つの目的」の設定を問題にする論点①は、まさに経営判断原則の中核に位置し「会社の経営判断の当否」(本件東京地判)の根幹に関わる問題であるが故に、「会社による適法な経済活動を萎縮させる」(同)ことのないようにするためには、会社の経営判断が最大限尊重されるべきであり、そこに裁量審査の余地は通常は認められないと考えられるからである。また、このように通常は論点①に関する肯定的判断を「所与」の前提とすることができる以上、論点②について肯定的な判断がされた場合には、通常は論点③についても肯定的な判断が帰結されると考えられるからである。 そこで、論点②に関する判断をみておくと、本件東京地判は、「本件8つの目的を達成するための手段として計画されたとされる本件再編成等スキーム及びこれに基づく本件組織再編取引等が、上記の目的とどのような関係にあるか」を検討し、次のとおり判示している。 以上の判示において、本件東京地判は、「本件8つの目的」をそれぞれ「本件再編成等スキームに基づく本件組織再編取引等」に関連づけ、それぞれについて合理的関連性を認めたものと解される。つまり、前記の論点②について、(行政法における比例原則による裁量審査のみならず分野を問わず裁量審査一般について妥当する)目的・手段の合理的関連性の観点から審査し、これを目的・手段の対応関係という程度の緩やかな意味に捉え肯定したものと解されるのである。 こうしてみてくると、本件東京地判が示した不当性要件の判断枠組みは、結局のところ、同要件の解釈適用に当たって、会社の経営判断を最大限尊重し、もって経済的合理性基準について緩やかな判断を要請するものであるということができよう。 Ⅳ おわりに 以上において、本件東京地判の判断過程に即して、経済的合理性基準に係る判断が、第一段階として、本件組織再編取引等に係る経営判断を基礎付ける客観的事情の存否について、第二段階として、とりわけ本件再編成等スキームにおける目的・手段の合理的関連性の有無について、それぞれ行われ、いずれについても肯定的な結論に至ったことをみてきた。 このような二段階の判断は、会社法における経営判断原則の二段階審査に相当するものと考えられる。しかも、本件東京地判の判断枠組みの中で示された「利益を産み出し、これを出資者である株主や社員に対して還元することを究極の目的とする会社」における経済的自由の原則(第37回Ⅱ参照)の下、いずれの段階の判断も謙抑的に行われ、第二段階の判断は会社の経営判断に係る広範な裁量を尊重するものであると解される。そうであるが故に、筆者は、本件東京地判における経済的合理性基準に係る判断を経営判断原則の「応用」と理解するのである。 ただ、近年、会社法学説において、経営判断原則について取締役の業務執行事項を類型化し個々の類型ごとに経営判断に係る裁量の幅に応じた判断基準を明らかにしようとする試みがみられるが(第38回Ⅱ1参照)、そのような試みを「応用」すると、本件東京地判が経済的合理性に関して会社の経営判断に係る広範な裁量を尊重する判断を示したのは、本件が組織再編成に関する経営判断の事案であったからであるという理解も成り立ち得ると考えられる。 このような理解によれば、確かに、一方においては、本件東京地判による経済的合理性基準に関する緩やかな判断は、正当化されるであろうが、ただ、他方においては、「組織再編成は、その形態や方法が複雑かつ多様であるため、これを利用する巧妙な租税回避行為が行われやすく、租税回避の手段として濫用されるおそれがある」(ヤフー事件・最判平成28年2月29日民集70巻2号242頁)という観点からの検討も、必要ではないかと考えるところである。そのような検討は、次回、本件控訴審・東京高判令和2年6月24日(未公刊)を検討するなかで、行うことにしたい。 (了)