検索結果

詳細検索絞り込み

ジャンル

公開日

  • #
  • #

筆者

並び順

検索範囲

検索結果の表示

検索結果 10495 件 / 6281 ~ 6290 件目を表示

相続税の実務問答 【第14回】「法定相続分とは異なる割合による遺産分割」

相続税の実務問答 【第14回】 「法定相続分とは異なる割合による遺産分割」   税理士 梶野 研二   [答] 遺産分割協議の結果、各相続人が取得することとなった財産の価額が、民法に定める法定相続分に基づき算定した価額と異なることとなったとしても、贈与税の課税問題が生じることはありません。   ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 遺産分割 相続が開始すると、被相続人の財産は、その相続人によって直ちに承継されることとなります(民法896)。 相続人が2名以上いる場合には、相続財産は、この2名以上の相続人が、その相続分(※)に応じて、共有で承継することとなります(民法898、899)。 (※) 民法第900条及び第901条に規定する相続分をいいますが、相続分の指定(民法902)がある場合には指定相続分をいい、特別受益(民法903)又は寄与分(民法904の2)がある場合には、それらを加減します。 その後、遺産分割が行われた場合には、その効力は相続開始の時にさかのぼって生じることとなりますから(民法909)、遺産分割の対象とされた各相続財産は、遺産分割によりそれを取得することとなった相続人が、相続開始の時に承継することとなります。 遺産分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮して行われます(民法906)が、相続人間の協議による遺産分割が行われる場合には、必ずしも民法に定める相続分に応じた分割がなされるとは限りません。   2 相続分と実際の分割結果の不一致 被相続人に属していた財産は、原則として、相続人間の分割によって、民法に定める相続分に縛られることなく自由に分割することができます。 また、民法に定める相続分を意識したとしても、それぞれの相続財産についての主観的な価値については相続人毎に差異があるでしょうし、相続開始時から遺産分割時までの間に、各財産の値上がり又は値下がりの状況は一様ではありません。 また、相続税の課税価格及び税額を計算する場合に基となる財産の価額は、実務上、財産評価基本通達等の定めに従って評価されますが、この財産評価基本通達等による評価額は、各財産の実勢価格と乖離することもあります。 このため、換価分割(前回参照)が行われた場合、すべての財産を法定相続分に応じた共有の状態で相続する場合、あるいは遺産が預貯金等の金融資産のみの場合などを除き、民法に定める相続分と全く同じ割合で相続財産を承継するような遺産分割がなされないケースの方が多いのではないかと考えられます。   3 遺産分割と贈与 それでは、民法に定める相続分と、遺産分割の結果、各相続人が取得することとなった財産の価額に齟齬が生じた場合に、課税上、問題が生じることになるのでしょうか。つまり、法定相続分より少ない価額の財産を取得した者から、法定相続分よりも多い価額の財産を取得した者に贈与が行われたものとして、贈与税の課税が行われることはないのでしょうか。 前述のとおり、遺産分割が行われると、その効力は相続開始の時にさかのぼって生じることとなりますから(民法909)、各相続人は、相続開始の時に、被相続人から同人に属していた財産をそれぞれ取得することとなります。共同相続人間で、当該財産の贈与が行われるわけではありません。遺産分割協議を一種の契約と考えるとしても、相続人間での贈与契約が締結されたとみることについては無理があるでしょう。 それでは、相続税法第9条に規定するいわゆる「みなし贈与」の観点からはどうでしょうか。 つまり、一部の相続人が他の相続人から「対価を支払わないで、又は著しく低い価額の対価で利益を受けた場合」に該当するといえるでしょうか。 遺産分割が完了するまでは、各相続人は抽象的な相続分しか有していません。遺産分割によって、はじめて具体的な相続財産が確定することとなるのであり、遺産分割によって、相互に経済的な利益の供与をしているとみることは、その実態に即したものとはいえません。 また、相続税法第55条や第32条第1項第1号の規定は、遺産分割によって、民法に定める相続分とは異なる分割が行われた場合に、税負担の調整は、相続税を増減することによって行うこととしており、ここに贈与税課税を想定した規定は存しません。 したがって、一部の相続人が、法定相続分より少ない価額の財産を取得し、別の相続人が、法定相続分を超える価額の財産を取得したとしても、贈与税が課税されることはありません。 (注) いったん遺産分割が有効に成立した後に、何らかの事情で分割をやり直した場合に贈与税課税等の問題が生じることについては、本連載【第6回】「遺産分割協議のやりなおし」で述べたとおりです。   4 ご質問の場合 お父様の遺産は、合計1億6,000万円であり、これを法定相続分どおり分割すると、お母様は2分の1の8,000万円、あなたと弟さんは4分の1の4,000万円ずつを取得することになりますが、分割協議の結果、あなたは法定相続分相当額よりも2,000万円少なく、弟さんは2,000万円多く取得することとなったため、この2,000万円があなたから弟さんへの贈与又はみなし贈与になるのではないかとの懸念が生じたものと思われます。 しかしながら、上記のとおり、各相続人は、相続開始の時にさかのぼって、直接、お父様から各財産を取得するものであり、そこには贈与又はみなし贈与は発生しませんので、贈与税が課税されることはありません。   (了)

#No. 231(掲載号)
#梶野 研二
2017/08/17

相続空き家の特例 [一問一答] 【第7回】「被相続人居住用家屋及びその敷地等の範囲①(離れや倉庫などを取壊して母屋を耐震リフォームし譲渡した場合)」-相続空き家の特例の対象となる譲渡の範囲-

相続空き家の特例 [一問一答] 【第7回】 「被相続人居住用家屋及びその敷地等の範囲① (離れや倉庫などを取壊して母屋を耐震リフォームし譲渡した場合)」 -相続空き家の特例の対象となる譲渡の範囲-   税理士 大久保 昭佳   Q Xは、昨年6月に死亡した父親の居住用家屋(昭和56年5月31日以前に建築)とその敷地を相続により取得しました。 相続の開始の直前において、父親は一人住まいをし、父親所有のその土地(200㎡)は、用途上不可分の関係にある2以上の建築物(父親所有の母屋:120㎡、離れ:30㎡、倉庫:10㎡)のある一団の土地でした。 Xは、離れと倉庫を取り壊し、母屋を耐震リフォームした上で、その土地と母屋を売却しました。 この場合、「相続空き家の特例(措法35③)」の適用対象となる敷地等の範囲を説明してください。 なお、同じような土地建築物等の状況で、自己の居住用財産を譲渡する場合の「3,000万円特別控除(措法35①)」の適用対象範囲についても説明してください。 A 「相続空き家の特例(措法35③)」の場合は、その敷地のうち、相続開始直前における一の建築物(母屋)部分の割合に対応する土地150㎡が適用対象範囲となります。 また、「3,000万円特別控除(措法35①)」の場合は、その母屋とその他の建築物等が一体として自己の居住の用に供していると認められるときは、その土地全体の200㎡が居住用財産として特例の適用対象範囲となります。 ●○●○解説○●○● 「相続空き家の特例」の場合、被相続人居住用家屋とは、相続の開始の直前において、その被相続人が居住の用に供されていた一定の家屋(【第3回】解説の前段を参照)をいい、その敷地等とは、相続の開始の直前において、その家屋の敷地の用に供されていた土地等をいいます(措法35④、措令23③④)。 そして、その一定の家屋は、その被相続人が主として居住の用に供していたと認められる一の建築物に限るとされ(措令23⑥)、被相続人の居住の用に供されていた土地が「用途不可分の関係にある2以上の建築物」(措通35-14(用途不可分の関係にある2以上の建築物))がある一団の土地であった場合における敷地の判定は、その土地のうち、その土地の面積に、次に掲げる床面積の合計(A+B)のうちに、Aに掲げる床面積の占める割合を乗じて計算した面積に係る土地の部分に限るものとされています(措令23⑦)。 したがって、例えば、被相続人が主として居住の用に供していた母屋と別棟の離れ、倉庫、蔵、車庫のように、一定の共通の用途に供せられる複数の建築物であって、これを分離するとその用途の実現が困難となるような関係にある建築物の一団の土地であった場合には、たとえ別棟の離れ、倉庫、蔵、車庫などをその母屋と一体として居住の用に供していたときであっても、その母屋部分のみが被相続人居住用家屋に該当することとなります。 また、この場合において、これらの建築物の所有者が同一であるかどうかは問わないこととされています。 そして、被相続人居住用家屋の敷地等については、上記A及びBの床面積の合計(母屋、別棟の離れ、倉庫、蔵、車庫などの床面積の合計)のうちに上記Aの床面積(母屋部分の床面積)の占める割合を乗じた部分が被相続人居住用家屋の敷地等となります。 また、譲渡時点で既に母屋以外の建築物が取り壊されていたとしても、相続の開始の直前の状況で判定することとなります。 よって、本事例における、「相続空き家の特例(措法35③)」の場合の適用対象となる被相続人居住用家屋の敷地に該当する部分の面積は、次のようになります。 また、「3,000万円特別控除(措法35①)」の場合の適用対象範囲は、同じような土地建築物等の状況でも、その母屋とその他の建築物等が一体として自己の居住の用に供していると認められる場合には、一の建築物に限るとされていないことなどから、その土地全体の200㎡が居住用財産として特例の適用対象となります。 (了)

#No. 231(掲載号)
#大久保 昭佳
2017/08/17

理由付記の不備をめぐる事例研究 【第29回】「宅地造成費用の否認」~宅地造成工事費用の支出の損金算入が認められないと判断した理由は?~

理由付記の不備をめぐる事例研究 【第29回】 「宅地造成費用の否認」 ~宅地造成工事費用の支出の損金算入が認められないと判断した理由は?~   千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也   今回は、青色申告法人X社に対して行われた「架空の宅地造成費用の否認」に係る法人税更正処分の理由付記の十分性が争われた東京地裁昭和55年7月17日判決(行集31巻7号1504頁。以下「本判決」という)を素材とする。   1 更正通知書に記載された更正の理由(本件理由付記) (注) 素材とした本判決の判決文から読み取ることができる理由付記の一部を筆者が加工している。   2 本件理由付記から読み取ることができる関係図   3 本判決の判断 本判決は、大要次のとおり、更正をした根拠をX社の帳簿記載以上に信憑力のある資料を摘示することによって明示しているため理由付記に不備はないと判断した(かかる判断は、控訴審である東京高裁昭和57年2月18日判決・税資122号316頁でも維持されている)。   4 検討 (1) 求められる理由付記の程度 本件理由付記に記載されている処分理由(造成現場を実地に確認した結果、造成の事実がないこと及び(有)K建設の代表者ほか関係者に対して反面調査した結果、造成工事を請負った事実は認められないこと)からすれば、本件更正処分は、X社の帳簿上、経費勘定として計上されている宅地造成費用を架空であるとして否認するものであると解されるから、X社の帳簿書類の記載自体を否認して更正する場合に該当する。 したがって、理由付記の程度としては、 ことになる(最高裁昭和60年4月23日第三小法廷判決・民集39巻3号850頁等参照)。 なお、本件訴訟において、X社は、本件理由付記には980万円の支払自体が架空であるとは記載されていない旨主張した。これに対して、本判決は、本件理由付記は請負契約自体が締結されておらず、工事もなされていない旨記載していることを摘示した上で、課税庁が支払自体を架空と認定していることは当該記載から容易に読み取ることができるとして、X社の上記主張を排斥している。 (2) 理由付記の十分性 次のとおり、本件理由付記は、法の求める理由付記として十分なものであると考える。 上記(1)③において示した「帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料の摘示」とは、厳密にいえば、【1】「資料の摘示」という形式的な要素と、【2】当該資料が「更正処分の根拠となるもの」であり、かつ、当該青色申告者の「帳簿書類の記載以上に信憑力があるもの」であるという実質的な要素の2つから成る。 【1】において摘示すべき「資料」とは「証拠」と言い換えることができそうである。もっとも、反面調査先の応答内容を記載した質問応答録や課税庁内部の報告文書である調査官報告書などの証拠を逐一摘示することまでは求められていないという意味で、税務調査等で把握した事実そのものや当該事実が税務調査等で把握されたものである旨を摘示することも、ここでいう「資料の摘示」に該当すると解しておく。 この点、本件理由付記には、本件宅地造成費用980万円が架空経費として損金の額に算入されないと判断した根拠として、①造成の事実がないこと及び②造成工事を請負った事実がないことという具体的な事実に加えて、①の事実は造成現場の実地確認調査、②の事実は(有)K建設の代表者ほか関係者に対する反面調査により把握したことが記載されている。 そうすると、本件理由付記は、法令上の根拠を明らかにし、かつ、法令上の要件に対応する具体的な事実を帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して具体的に明示するものであり、これによって課税庁の判断過程が明らかとなるものであるといえる。したがって、本件理由付記は、上記(1)①ないし③を満たし、法の求める理由付記として十分なものである。 (3) 更なる議論① ~980万円の真実の使途や支払先が記載されていないことが与える影響~ 980万円の使途について、実際には、X社の代表者に対する賞与であると認定されて、源泉所得税の納税告知処分等が行われているのであるが、本件理由付記には、かような980万円の使途や支払先に関する記載がない。このことが、本件理由付記の十分性にどのような影響を与えるであろうか。 例えば、実際にはX社の代表者が980万円を個人的に受領し、費消しているなど、本件宅地造成費用が架空であると認定するための重要な間接事実については、理由付記への記載が求められると考えるが、更正処分に係る他の事実や証拠としていかなるものがあるのか、そのような重要な間接事実の証明の程度(証明度)はどれ程であるのか、など相対的な議論になりそうである。 いずれにしても、上記(2)で述べたとおり、本件理由付記は、法令上の根拠を明らかにし、かつ、法令上の要件に対応する具体的な事実を帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して具体的に明示するものであり、これによって課税庁の判断過程が明らかとなるものであるから、特段の事情のない限り、980万円の使途や支払先に関する記載がないことをもって、本件理由付記に不備はないという上記評価が覆えることはないと考える。 (4) 更なる議論② ~課税庁が摘示するべき「資料の信憑力の程度」と納税者の「帳簿書類の信憑力の程度」との関係~ 上記(2)【2】の「帳簿書類の記載以上に信憑力があるもの」という実質的な要素に関連する議論を進めてみたい。 本判決は、訴訟においてX社から提出された次の①ないし③の証拠及びX社の会計帳簿について、その記載内容や作成経緯に疑問があるとして、その信憑力(証明力)を低く評価している。 理由付記において、更正処分の根拠として、課税庁が摘示するべき「資料の信憑力の程度」の問題、すなわち、どの程度の信憑力のある資料を提示すべきかという点は、納税者の「帳簿書類の信憑力の程度」に左右されるという相対的な一面を有する(本連載【第23回】参照)。このことを考慮すると、理由付記において納税者の「帳簿書類の信憑力」に関する記載を要する場合もあり得るであろう。 ただし、本件理由付記は、この点に関する記載がないとしても、上記(2)のとおり、法の求める理由付記として十分なものである。 *  *  * 次回は、「有価証券評価損の損金算入の否認」に係る法人税更正処分の理由付記の事例を取り上げる。 (了)

#No. 231(掲載号)
#泉 絢也
2017/08/17

ファーストステップ管理会計 【第14回】「設備投資の経済性計算の方法」~ベーカリーはオーブンが決め手②~

ファーストステップ 管理会計 【第14回】 「設備投資の経済性計算の方法」 ~ベーカリーはオーブンが決め手②~ 〔意思決定編④〕 公認会計士 石王丸 香菜子   ベーカリーに欠かせない設備はオーブンです。オーブンの容量や性能などは、パンの品質や製造量に大きな影響を与えますので、ベーカリー経営では、オーブン設備が重要な鍵をにぎります。 業務用オーブンは高価で、多額の投資が必要となります(そのためオーブンの中古市場があるほどです)。また、投資の効果は長期間に及びます。 こうした設備投資の経済性を判断する方法は、複数あります。前回に引き続き、ベーカリーの経営者になったつもりで、新オーブン導入プロジェクトについて意思決定してみましょう。   ◆新オーブンの候補は2つ ベーカリーでは新オーブンの導入を検討し、A案とB案が候補として挙がっています。両案ともオーブン価格は500万円・耐用年数は3年で、投資の意思決定後すぐに購入するものとします。 両案の今後3年間のキャッシュインフローは、以下のように見込まれます(税金の影響を考慮した後の金額とします)。 A案は、パン専用大型オーブンです。投資後すぐにパンの大量生産が可能で、1年目からキャッシュインフローが多く生じるものの、3年目は機能が低下してキャッシュインフローは減る見込みです。 B案は、パンの他にピザを焼く機能がある特殊オーブンです。投資後すぐはあまりキャッシュインフローが多くないものの、3年目にはピザ販売について顧客への認知度を上げて、キャッシュインフローが急増すると見込んでいます。   ◆方法①:簡単に投資案の安全性を考える~回収期間法 どの案が確実に資金を回収できるかを簡単に考えたい場合には、「回収期間法」という方法があります。回収期間法とは、投資した金額を回収するまでにどれだけの期間がかかるかを計算して、早く回収できる案を採用する方法です。 両案について、回収期間を計算してみます。 A案のほうが早く投資額を回収できるので、「回収期間法」ではA案が有利ですね。 このように、回収期間法は計算が簡単で、誰でも直感的にわかるという良さがあります。 ただし、回収期間は、あくまでも投資額を回収するまでの期間ですので、投資額を回収した後、どれだけ儲かるかという収益性はわかりません。また、前回触れたように、設備投資の意思決定では、正確にはキャッシュフローの時間価値を考える(つまり投資が影響を及ぼす期間全体を考えて割引計算する)べきですので、この点でも正確性に欠けます。 しかし、企業の置かれている環境が非常に不確実で、「とにかく投資額を早期に回収したい!」という安全性を一番に考える状況ならば、一定の合理性はある方法です。 また、時間価値については、時間価値相当額を算出してキャッシュフローに調整したうえで回収期間を算定すれば考慮することができるので、実務ではこうした修正バージョンの回収期間法を利用するケースもあります。   ◆方法②:簡単に投資案の効率を考える~投下資本利益率法 せっかく新オーブンを導入するのですから、投資した金額をなるべく効率的に利用して儲けたいものですね。各案がどれだけ儲かるのかを簡単に把握したい時は、「投下資本利益率法」を使います。投下資本利益率法とは、投資額に対して、年平均でどの程度儲かるかを計算する方法です。 投下資本利益率が高いほど、投資した金額を効率的に利用してたくさん儲けたことになりますので、「投下資本利益率法」ではB案が有利です。 「投下資本利益率法」は、簡単な計算で各案の収益性を図ることができます。ただし、時間価値を考えない点で正確性に欠けるのは、「回収期間法」と同じです。   ◆方法③:正確に投資案の価値を計算する~正味現在価値法 設備投資の効果は長期間に及ぶので、正確にはキャッシュの時間価値を考える必要があります。例えば、1年で5%の利息が付く場合、1年後の105万円は、現在の(105万円÷1.05=)100万円と同じ価値です。 この発想で、各案から生じる毎年のキャッシュフローを割引率で割り引いて現時点での価値を求め、そこから現時点での投資額を差し引くと、その投資が損か得かを正確に判断することができます。この方法を「正味現在価値法」と言います。 ここでは、割引率を10%として計算してみます。 両案とも正味現在価値がプラスですので、損にはなりませんが、正味現在価値がより大きいのはA案です。キャッシュインフローの単純合計ではB案の方が多いにも関わらず、キャッシュインフローの発生が後半に偏っているため、割引計算の影響を大きく受けて、正味現在価値はA案よりも少ないことに注目してください。 このように、「正味現在価値法」は、時間価値を考慮して、各投資案の正確な価値を計算できるのが最大の利点です。 なお、(手で計算するのは面倒なので・・・)ExcelのNPV関数を利用すれば、毎年のキャッシュフローの現在価値がすぐに求められることも合わせて知っておくと便利です。   ◆方法④:正確に投資案の効率を計算する~内部収益率法 「正味現在価値法」は、投資案を正味現在価値という絶対額ベースで評価するので、各案が、投資した金額をいかに効率的に使って利益をあげるかということは、わかりません。 そこで、「正味現在価値法」と同じ発想で、投資自体の利回りを計算することで、投資効率を考える方法もあります。 難しく感じるかもしれませんが、簡単な例で考えると、100万円を1年間の定期預金として、1年後に105万円になる場合、この定期預金の利率は何%かということを考えるのと同じです。利率の高い定期預金のほうが、有利な定期預金と言えますよね。 つまり、毎年のキャッシュフローを何%で割り引けば投資額と一致するかを考えることで、投資の利回りを計算すると、投資の効率を把握することができます。 この投資の利回りを「内部収益率」と呼びます。 ・・・と言われてもどう計算すればいいかわからない、と悩まなくても大丈夫ですよ! ExcelのIRR関数を使うと、キャッシュフローを何%で割り引けば投資額と一致するかを、一発で返してくれます(あ~、便利な時代に生まれてよかった)。 というわけで、両案の内部収益率は、以下の通りです。 「内部収益率法」によっても、A案が有利になりますね。 ただし、「内部収益率法」は、投資の効率を明らかにするべく「比率」にしたことの裏返しで、投資の「規模の違い」はわかりません。仮に、投資額が100万円で1年後に150万円になる投資案と、投資額が1,000万円で1年後に1,300万円になる投資案とを比較する場合、内部収益率は前者が50%、後者が30%です。内部収益率(=効率)だけみれば前者が良いのですが、投資から得られる利益の絶対額は明らかに後者のほうが大きいですよね。 また、「比率」ですので、多数の案からいくつかを組み合わせて選択したい場合などに、投資案同士を足し合わせて考えることはできません。   ◆・・・で、結局どの方法がいいの? 設備投資の経済性を判断するための4つの方法を挙げましたが、どの方法にも一長一短があり、唯一絶対の判断方法はありません。 「正味現在価値法」は合理的で正確とは言えますが、計算の前提となる割引率をどのように設定するかで、計算に大きな影響が出る点に注意が必要です。後述しますが、正確な割引率を設定することが難しく、そのために、内部収益率法を利用する企業も多いようです。 また、今回は割愛しますが、例えば、想定期間の途中に状況次第で撤退や拡大が選択できるような投資の場合には、「リアルオプション」という考え方を利用するなど、上記以外のアプローチもあります。 様々な方法の性質や長所・短所をふまえたうえで、自社の状況に適した方法を利用する(場合によっては複数の方法で多角的に検討する)のが、望ましいと言えます。実際の最終判断にあたっては、数値に現れない定性的な面を考慮する必要もあります。 A案とB案どちらを選ぶかの最終的な意思決定は、みなさん次第というわけです。   ◆割引率って・・・何だろう? 最後に、時間価値を計算する際の「割引率」とは何かを簡単に考えてみましょう。 投資には資金が必要です。この資金は、泉のように自然に湧いてきたものではなく(そうだったらいいですが!)、誰かから調達したものですね。 企業の場合は、債権者から調達するか(=「負債」)、株主から調達するか(=「株主資本」)のいずれかです。債権者や株主には、資金提供の見返りを渡す必要があります。債権者に対しては利息を返済します。株主は株式からの配当と株式の値上がり益を期待しているので、これを見返りと考えることができます。 このような資金提供に対する見返りを「資本コスト」と呼びます。調達資金について「資本コスト」がいくらかかるかを率で表したものが、「資本コスト率」です。 投資を行うには、最低でも、資金提供に対する見返りである「資本コスト率」を上回る利益率を達成する必要があります。 正味現在価値法で用いる割引率は、その投資が最低限達成すべき利回りと考えることができるので、この資本コスト率を用います。内部収益率法では、投資案の収益率が資本コスト率に満たない場合は明らかに不採算なので、その投資案は切り捨てることになります。   ◆厄介な資本コスト率 実は、この資本コスト率を正確に算定するのは厄介な作業です。資本コスト率のうち、負債部分(=負債コスト率)は、借入の利率です。しかし、株主資本部分(=株主資本コスト率)は、株主が期待している利回りがどの程度なのか明確ではないので、何らかの仮定を置いて推計するほかありません。 ひとまず、ここでは、「投資には資金調達のための資本コストがかかっている」ということを理解してください。 資本コスト率は、次回からの【業績評価編】でも登場しますので、少しずつ掘り下げて説明していきます。 (了)  

#No. 231(掲載号)
#石王丸 香菜子
2017/08/17

〔判決からみた〕会計不正事件における当事者の損害賠償責任 【第5回】「「引受証券会社」の損害賠償責任」

〔判決からみた〕 会計不正事件における当事者の損害賠償責任 【第5回】 「「引受証券会社」の損害賠償責任」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   エフオーアイ損害賠償請求事件の概要【再掲】 1 訴訟当事者 2 粉飾決算の内容 FOI社においては、平成16年3月期において、決算が大幅な赤字となって銀行融資を受けることができなくなることを防ぐため、被告Y1(奥村元代表取締役社長)、被告Y2(上畠代表取締役専務)及び被告Y3(河野取締役)ら役員が相談の上、見込生産をして製造を終了した6台のエッチング装置につき、実際には受注がなかったにもかかわらず、受注があったように装って架空の売上げを計上することにより、実際の売上高が7億1,941万328円であるのに、決算書類には売上高が23億2,799万9,328円である旨記載する粉飾決算を行った。 FOI社は、平成17年3月期以降も、平成21年3月期までの間、売上高を実際よりも水増しして計上する方法による粉飾決算を継続した。平成21年3月期の粉飾額は115億3,639万5,000円に及び、決算書類に記載された売上高の97.3%が架空の売上げであった。 これらの粉飾は、被告Y1(奥村元代表取締役社長)、被告Y2(上畠代表取締役専務)及び被告Y3(河野取締役)ら取締役のほか、主立った幹部職員らが共謀して行ったものであった(本件粉飾)。   上場申請から上場→上場廃止に至る経緯【再掲】 1 1回目の上場申請と取下げ 2 2回目の上場申請と取下げ 3 3回目の上場申請から上場廃止(下線部は前掲より追記)   損害賠償責任に対する裁判所の判断 1 金融商品取引法の規定 判決を見る前に、引受証券会社をはじめとする関係者の損害賠償責任について、その根拠条文である金融商品取引法の規定を確認しておきたい。関係する規定は同法第17条と第21条である(一部括弧書き、条文番号などを省略するとともに、一部文言を補っている。以下、引用条文について同じ)。 そのうえで、「ただし書き」として、免責要件を定めている。 次いで、同法第21条は、以下のように規定する。 本稿で取り上げる幹事証券会社の損害賠償責任の存否は、第21条第1項4号を根拠とする。続く第2項には、免責規定として、第3号に以下の規定が置かれている。 2 金融商品取引法第21条第1項第4号及び同法第17条の意義 裁判所は、上記1に掲げる規定の趣旨について、「株式の募集・売出しを引き受ける元引受証券会社は、発行会社の事業の状況を正確に把握できる立場にあるとともに、有価証券届出書及びこれに基づいて作成される目論見書の内容を審査し得る立場にあることから、これに重い責任を課すことによって、開示書類の正確性を担保し、投資者の利益を保護する点にあると考えられる」と判示した。 そのうえで、会計監査の対象となっている財務情報部分については、「財務計算部分の数値そのものについての審査は必要ない」ものの、元引受証券会社は、「会計監査の対象となっている財務情報部分についても、会計監査の結果の信頼性を疑わせる事情の有無についての審査義務を負うと解すべきである」ことから、「財務計算部分についても、無条件にその内容を信頼することが許されるのではなく、監査証明に係る監査結果の信頼性を疑わせる事情の有無についての審査は必要であると解すべきである」と第21条第2項の免責条項を説明した。 3 引受証券会社による「相当な注意」の内容 裁判所は、自主規制団体である日本証券業協会が定めている規則等を引用する形で、「引受審査は、①発行者が将来にわたって投資者の期待に応えられるか否か、②募集又は売出しが資本市場における資金調達又は売出しとしてふさわしいか否か、③当該発行者の情報開示が適切に行われているか否かの観点から、厳正に行わなければならない」とし、さらに、「株式の新規公開における引受審査項目として、①公開適格性、②企業経営の健全性及び独立性、③事業継続体制、④コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の状況、⑤財政状態及び経営成績、⑥業績の見通し、⑦調達する資金の使途(売出しの場合は当該売出しの目的)、⑧企業内容等の適正な開示、⑨その他会員が必要と認める事項」のそれぞれについて、厳正な審査を行わなければならないと説明した。 そのうえで、「株式の新規公開に際し元引受証券会社が行う引受審査においては、発行会社が株式を公開して一般の投資者から広く資金を調達するにふさわしい企業であるかどうかという点について、厳正に審査する必要があるものと解される」ことから、「財務情報が適正に開示されているかどうか、すなわち粉飾が行われていないかどうかという点についても、当然に厳正な引受審査の対象となる」として、粉飾決算がされていないかどうかも、引受審査を行ううえでは「相当な注意」をもって、審査する必要があるとした。 そして、被告元引受証券会社らにおいては、FOI社の引受審査に当たり、「同社の財務情報に係る審査項目については、会計監査人による監査結果の信頼性を疑わせるような事情あるいは財務情報が正確でないことを疑わせるような事情が存在しないかどうかという観点から審査を行い、いずれについても存在しないことが確認できる場合には、会計監査人の監査を経た財務情報を信頼し、これが正確であることを前提に引受審査を行うことが許されていたと解すべきである」として、会計監査人の監査結果や財務情報の正確性についても、「相当な注意」をもって、引受審査を行う必要があるとして、被告みずほ証券の引受審査業務の適正性を判断することとした。 4 原告らが主張した「粉飾を疑わせる事情」と被告みずほ証券の引受審査 原告らは、被告みずほ証券が、粉飾をうかがわせる各事情について、「相当な注意を用いた」厳正な引受審査を行ったとはいえないことから、主幹事証券会社が引受審査において負う注意義務を怠った過失があり、不法行為責任を免れない、と主張した。 裁判所は、原告らが主張する粉飾を行わせる事情と被告みずほ証券の引受審査の事実認定について、以下のとおり判断した。 (1) 事情1(売上高の異常な増加)について ① 売上げの実在について、会計監査人に対するヒアリングにより、会計監査人が全取引先について残高確認を行っていることを確認した上、自らも実査を行い、それぞれの会社の担当者から、FOI社の装置を導入していることを前提とする説明を受けている。 ② FOI社の売上高が同業他社に比して急激な増加を示していることについて合理的な説明がされていると評価し、これを粉飾を示す事情として把握しなかったことはやむを得ないものということができ、この点について相当な注意を怠ったということはできない。 (2) 事情2(期末期付近における多額の売上計上)について FOI社主力装置であるエッチング装置の単価が3億から4億円と高額であること、取引先の数が少なく、当該企業の設備投資の動向により売上時期が大きな影響を受け得ること、海外企業にとって、1月から3月は新年度であり、売上げがこの時期に集中することは自然なことであること等を把握し、このような事情に照らせば、FOI社の売上げが期末(1月から3月)に集中することも不自然ではないと考えたものである。 (3) 事情3(売掛金残高の大幅な増加)、事情4(売上債権回転期間の大幅な増加)及び事情5(営業キャッシュフローの継続的な赤字) ① 被告みずほ証券は、FOI社に対する質問、役員に対するヒアリングにより、FOI社において売掛金の回収が進んでいない原因として、①FOI社は、売上計上基準として、同業他社と同じく「設置完了基準」を採用しているところ、半導体製造装置業界においては、初号機販売の場合にメーカー側が求める歩留まり率を安定的に達成するため、プロセス・インテグレーションと呼ばれる長期間のプロセス調整作業が必要であること、②FOI社は、新規参入企業として各取引先に初号機を販売している段階であり、プロセス・インテグレーションが長期間に及ぶ上、新興勢力のため取引先に早期の検収を強く要求することはできないのが現実であることといった事情を把握している。 ② 審査担当者は、売掛金が滞留している取引先についても、会計監査人による残高確認が行われていることの確認は行っていたこと、審査担当者においても、売掛金の回収状況については十分に注意を払って分析していたこと等を考慮すると、FOI社における売上債権回転期間の長期化をもって、被告みずほ証券において直ちに売掛債権の実在を疑うべきであったということまではできない。 (4) 事情6(生産能力の不足)について FOI社において売上げが大幅に増加しているにもかかわらず、設備投資の額が少額にとどまっていることについては、同社の販売数が平成20年3月期でも年間34台程度であり、しかも製造工程の相当部分の外注化が図られていたことからすれば、必ずしも不自然であるとはいえなかったというべきであり、これを粉飾を疑わせる事情とは把握しなかった被告みずほ証券の審査が相当な注意を欠いていたと評価することはできない。 (5) まとめ 被告みずほ証券は、本件粉飾を疑わせる事情について十分な審査を行い、いずれも合理的な説明が可能であることを確認したものというべきである。 5 匿名投書に対する対応 上記の【上場申請から上場→上場廃止に至る経緯】で見てきたとおり、被告みずほ証券は、FOI社の決算内容が虚偽のものであるという趣旨の匿名通報を2度にわたって受領しており、原告らは、これらの匿名通報に対する対応が金融商品取引法に違反すると主張したため、裁判所は、被告みずほ証券の対応について、次のように判示した。 (1) 第1投書に対する対応について 第1投書について、裁判所は、「事情をよく知る内部者が作成したことが推認される文書において、粉飾決算である事実が、その手口を含め具体的に指摘されていたのであるから、被告みずほ証券としては、当該文書が指摘するような手口による粉飾が実際に行われているのではないかという懐疑心をもって、粉飾の疑いを打ち消すだけの十分な引受審査を行うことが要請されていたというべきである。特に、FOI社においては、売上高が急増しているにもかかわらず売掛金の回収が進んでいないという事情が存在したところ、第1投書が指摘するような粉飾はこのような事情と整合する面があることからすると、上記の要請は高度のものとなっていたというべきである」と説明したうえで、被告みずほ証券の引受審査の内容を検討した。 被告みずほ証券が行った追加審査は、平成15年以降の全販売案件(42件)について、受注、製造から売上げ、代金回収に至る取引の全過程に係る帳票類及び預金通帳の突合作業を行うというものであった。しかし、その作業は、「各帳票類の写しの提出を受けてその内容を照合したものに過ぎないところ、仮に第1投書が指摘するように役員らが結託して注文書や検収書類を偽造していたとすれば、架空の売上げと整合するように偽造された書類の写しの突合作業を行うだけでは、売上げの真偽を確認することは困難であったことは明らか」であった。 裁判所は、被告みずほ証券としては、少なくとも、「注文書や検収書類等の原本、取引先からの入金を示す資料(預金通帳や外国被仕向送金計算書等)の原本等の提出を受け、これらが真正であることの確認を行うべき義務があった」にもかかわらず、そのような確認作業の実施が困難であったことをうかがわせるような事情が見当たらないことから、「全販売案件に係る帳票類の写しの突合作業を行うにとどめた被告みずほ証券の追加審査は、第1投書を受領したことを踏まえた審査としては不十分であったというべきである」とした。 また、第1投書において、取引先担当者と示し合わせて虚偽の注文書を発行してもらっている旨が断定的に記載されていることから、仮にこれが真実であれば、被告みずほ証券や会計監査人が行った取引先の実査や、会計監査人が行った残高確認の信頼性が根底から覆る可能性があった。裁判所は、被告みずほ証券としては、少なくとも第1投書に記載されている取引先については、売上げの実在を確認するための追加の調査を行うべき義務があったというべきであったにもかかわらず、被告みずほ証券による守秘義務を理由に取引先に対する何らの調査も行わなかったという対応は、不十分であったというべきであるとした。 (2) 第2投書に対する対応について 被告みずほ証券は、第2投書を受領した際、その内容が第1投書とほぼ同一であるということから、何らの追加の審査も行わなかった。この点について、裁判所は、「第1投書に対する追加の調査は、FOI社の役員と取引先が結託して粉飾を行っているとの指摘に対する調査としては不十分であったところ、被告みずほ証券は、第2投書を受領したことにより、改めて売上げの実在性についての調査を行う機会があったというべきであるのに、何らの追加の審査を行わなかったのであるから、この点においても主幹事証券会社としての注意を尽くしていたとは認め難い」と判断した。 6 結論 匿名投書に対する被告みずほ証券の対応について、裁判所は、「第1投書を受領したことを踏まえて行った被告みずほ証券の審査が十分なものであったとはいえず、仮に第1投書を踏まえた十分な審査を行っていれば、平成20年4月頃の時点でFOI社が粉飾決算を行っていることを発見できた可能性が少なからずあった」と結論づけた。 そのうえで、裁判所は、FOI社の2回目の上場申請及び3回目の上場申請に係る引受審査は、いずれも1回目の上場申請に係る引受審査の結果を引き継いで行われたものであるから、1回目の上場申請に係る引受審査の瑕疵は、本件上場に係るその後の引受審査にも承継されていたというべきであるとした。 さらに、裁判所は、被告みずほ証券について、本件上場に係る3回目の引受審査において、第2投書を受領し、再度FOI社の粉飾について注意深く審査をする機会があったにもかかわらず、第1投書と内容が同一であるという理由で、何らの追加の審査も行わなかったものであることから、被告みずほ証券は、本件有価証券届出書等の虚偽記載について、相当な注意を用いたにもかかわらずこれを知ることができなかったものと認めることはできないから、金融商品取引法第21条1項4号及び17条の責任を負うと結論づけることとなった。   本判決の特徴 連載【第1回】と一部重複するが、本判決の特徴は、引受証券会社が引受審査に当たって払うべき「相当な注意」について、詳細に論じていることにある。 裁判所が、「不正の兆候」に対する調査や「匿名投書」を受けての再調査に当たり、引受審査としての「相当な注意」を用いたかどうかを判断するために用いた事実認定は、経理部門、内部監査部門などの管理部門が不正の端緒を把握した際の対応にも、参考になるものであろう。 1 引受幹事証券会社の損害賠償責任を認めた判決であること 【第1回】でも言及したとおり、本判決は、有価証券届出書の虚偽記載に係る引受証券会社の金融商品取引法第21条1項4号、17条に基づく民事責任について判断を示したものであり、会計監査人の監査を受けた財務諸表に虚偽記載があったことを知らなかった引受証券会社に注意義務違反があったとして損害賠償責任を認めた初めての判決である。 責任を認めた理由については、引受審査において、2度にわたる匿名通報を受けながら、匿名通報に書かれた粉飾決算の可能性に関する審査について、「相当な注意」を用いたと認めることはできないことによるものであり、FOI事件がかなり特殊な例であることは言うまでもないことであるが、匿名を含む内部通報をどのように取り扱うべきかという、裁判所の判断を明らかにする判決となっている。 2 元引受証券会社と発行会社の関係 裁判の過程で、被告みずほ証券は、「発行会社との信頼関係に基づいて引受業務を行うことを理由に、引受審査においても、発行会社が粉飾を行っている疑いがあることを前提とするような審査を行うことはできない」と主張した。 会計監査においてもよく主張されるこうした「粉飾決算を前提とした審査は(信頼関係を破壊するので)できない」という主張に対して、裁判所は、「契約に基づく信頼関係を破壊するような審査を行うことができないという意味で、限界があることは否めない」とまずは被告の主張を是認する。 そのうえで、引受部門と独立した引受審査部門を設け、厳正な引受審査を行うことを要求している趣旨は、引受部門には期待できない厳正な審査を、独立した部門(審査部門)が行うことを期待する点にあるとして、「引受審査においては、飽くまで、発行会社が有価証券届出書等に虚偽の記載を行う可能性があることも念頭に置いた上で、契約に基づく信頼関係と矛盾しない限度で、そのような可能性を払拭するに足りる程度の厳正な審査を行う必要があるというべきである」として、被告みずほ証券の主張を一蹴した。 3 主幹事証券会社とそれ以外の元引受証券会社との間の注意義務の相違 本判決では、主幹事証券である被告みずほ証券の損害賠償責任を認めたものの、それ以外の引受証券会社の責任を認めなかった。この点について、裁判所は、以下のように注意義務の相違を説示している。 *   *  * 連載最終回となる次回は、本連載で取り上げてきた判決をもとに、「コーポレート・ガバナンスと社外取締役・社外監査役」と題して、検討を深めていく予定である。 (了)

#No. 231(掲載号)
#米澤 勝
2017/08/17

組織再編時に必要な労務基礎知識Q&A 【Q4】「企業が合併して余剰人員が生じた場合、有期雇用のパート社員を解雇できるか」

組織再編時に必要な労務基礎知識 Q&A 【Q4】 企業が合併して余剰人員が生じた場合、有期雇用のパート社員を解雇できるか   特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ   【A】 有期雇用のパート社員を解雇(契約期間の途中で労働契約を解除)する場合は、「やむを得ない事由」がある場合でなければならず、合併自体を理由に解雇することはできない。 合併により余剰人員が生じ人員削減の必要がある場合は、整理解雇の要件に照らして解雇可能か検討が必要となる。    有期雇用者の解雇 有期雇用者の解雇については労働契約法第17条に定めがあり、 とされている。したがって、有期雇用者を解雇する場合は「やむを得ない事由」がある場合でなければならない。 また、通達(平成24年8月10日基発第0810第2号)では、 とされており、契約期間の定めがないいわゆる“正社員”を解雇するよりも、有期雇用者を解雇する方が難しいと解されている。    合併の場合の労働契約 合併の場合は、存続会社又は新設会社に消滅会社のすべての権利義務が包括的に承継され、その承継される権利義務には当然に有期雇用のパート社員の労働契約も含まれる。したがって、合併後もパート社員の労働契約はそのまま存続会社等で継続されることになり、合併自体を理由に有期雇用のパート社員を解雇することは認められない。 しかし、合併に伴い事業所を統廃合する等して余剰人員が生じ、人員削減をせざるを得ない状況になることも想定される。この場合は、整理解雇の要件に照らして解雇可能か検討が必要となる。    整理解雇の要件 整理解雇とは、業績不振等の場合に使用者の経営上の必要性から人員削減のために行われる解雇をいうが、整理解雇については、過去の裁判例から、主に次の4つの点からその有効性が判断されると解されている。 上記4つの点から整理解雇の有効性が判断されるが、整理解雇は、社員本人に責めがある懲戒解雇の場合と異なり、使用者の経営上の都合により行われる解雇であるため、会社としてでき得る限りの策を講じても解雇を選択せざるを得ない場合にのみ実施すべきものといえる。 なお、合併時に人員削減を行う場合は、一般的には、合併後ではなく合併前の時期において、整理解雇に至る前に希望退職を募集すること等によって行われるケースが多い。 (了)

#No. 231(掲載号)
#岩楯 めぐみ
2017/08/17

家族信託による新しい相続・資産承継対策 【第19回】「信託契約作成上の留意点⑥」-受益者及び帰属権利者等の地位-

家族信託による 新しい相続・資産承継対策 【第19回】 「信託契約作成上の留意点⑥」 -受益者及び帰属権利者等の地位-   弁護士 荒木 俊和   委託者(【第17回】)、受託者(【第18回】)に続き、今回は信託契約における受益者及び帰属権利者等の地位について解説する。   1 受益者の信託契約における位置付け 受益者とは、受益権を有する者であり、受益権とは信託財産に関して受益者が受託者に対して請求できる権利及びその確保のために有する権利をいう(信託法第2条第6項・第7項)。 すなわち、受益者は受託者を通じ信託財産から発生する利益を享受する立場にあり、受託者が信託事務を正当に遂行することを確保するために、受託者への監督権限等の権限を有する。 家族信託の場合であれば、元の資産保有者が自己に代わって資産を管理処分することを求めて受託者に信託することが多いが、この場合は自益信託となり「委託者=受益者」になる。 受益者は受益権を持つことで信託財産に対する実質的な権利を保有することとなり、税務上の資産保有者とみなされる。   2 受益者になる資格 受益者は、信託契約において指定されれば、当然に受益権を取得することとなる(信託法第88条第1項)。 このため受益者は「受益の意思表示」等を行う必要がなく受益権を取得することから、これまで解説してきた委託者や受託者とは異なり、幼少であったり認知症であったりと、意思能力のない者でも受益者になることができる。さらに受益者連続型信託等においては、胎児など未存在の者を受益者として指定しておくこともできる。 一方で、受益者に浪費癖があるなどの理由により受益権を行使させたくないような場合には、信託契約において、受益者に対して受益権を取得したことを通知しない旨の規定を入れておくことで、受益者が受益権を取得したことを知らないようにしておくこともできる(信託法第88条第2項)。   3 受益者の受託者に対する監督権限 受益者は実質的な資産保有者として受託者に信託財産の管理処分を委ねることから、受託者を監督する各種の権限を有する。 詳細については【第8回】「よくある質問・留意点③-受託者が権限濫用を行うことを抑止するためにどのような仕組みが考えられるか-」を参照されたい。 なお、受益者自身の判断能力が低下している場合には、信託監督人又は受益者代理人を設置することで、受益者による監督機能を補完する手当が考えられる。   4 受益者が複数になる場合 家族信託では、委託者兼一次受益者が死亡した場合に、信託を終了させず、二次受益者に受益権を承継させる場合がある。このとき、相続税対策や遺留分又は相続人間の公平を図る観点から、受益権を分割して(又は準共有持分として)承継させることがある。 この結果、受益者が複数となる状況が生じるが、この場合には原則として、すべての受益者の一致によって受益者としての意思決定がなされることになる(信託法第105条第1項本文)。 しかし、現実的にはあらゆる意思決定においてすべての受益者の同意を得ることは必ずしも容易ではなく、受益者間の対立が生じたり、受益者の一部が認知症等によって意思表示ができなくなる等のリスクがある。 このため、受益者が複数となることが想定される場合には、予め信託契約において『受益者の意思決定基準』を決めておくことが重要である。 意思決定基準の例としては、「受益者のうち1人の意思表示をすべての受益者による意思表示とみなす」ことや、「受益者のうち過半数の同意があればすべての受益者による意思表示とみなす」こと等が挙げられる。また、受益者代理人を設置して、受益者代理人の意思表示によることも考えられる。   5 受益権が移転する場合 受益権は、法律上は債権と同様に扱われており、譲渡が可能である(信託法第93条第1項本文)。 ただし、家族信託においては予めスキームを決定しており、それを逸脱する受益権の譲渡は望ましくないことから、基本的には受託者の承諾がある場合を除き、受益権の譲渡を認めない旨を信託契約に規定しておくのが望ましい。 また、受益権を譲渡する場合には、対抗要件(受益権の譲渡を確定させるために必要な手続)を備える必要があるが、受託者に対する対抗要件と第三者に対する対抗要件を備えるため、受託者による譲渡に関する承諾書を作成し、それを公証役場に持参して確定日付の付与を受けることが妥当である(信託法第94条)。 なお、受益者と受託者との間には直接的な契約関係があるわけではなく、受託者が支出した信託事務に要した費用について、当然に受益者が負担するとはならないため、受益者に負担を求めるには、信託契約とは別途の合意が必要である。 筆者の場合、受益者が変更された場合には、新たな受益者と受託者との間で「費用負担に関する覚書」を締結し、受託者が信託財産から信託事務に係る費用を支出しても不足する場合には、受益者に負担させるようにしている。   6 帰属権利者等への信託財産の移転 信託終了の際、残存している信託財産(残余財産)が誰に帰属するかについて、法律上は、 の上位から順に帰属するものとされている(信託法第182条)。 しかし、資産承継に係るスキームを決めて実行される家族信託の場合、『残余財産が誰に帰属するか』は非常に大きい要素であり、遺留分や相続人間の公平性の問題もあるため、例外的な場合を除き、残余財産受益者等を決定しておくべきであると考えられる。 筆者が多く経験しているケースとしては、信託終了に伴い受託者が帰属権利者として残余財産を取得し、引き続き財産の管理処分を行うというものであるが、他にも、相続人が存在するケースでは残余財産の一部を他の相続人に帰属させたり、委託者の財産で信託財産とならなかったものについて遺言を作成し他の相続人に承継させたりするなど、全体のバランスを考慮する必要がある。 いずれにしても信託財産の帰属ばかりに近視眼的になるのではなく、委託者の財産全体を見て妥当なスキームを決定しておく必要がある。 また、受益者の死亡を原因として信託が終了し、残余財産を取得する者が受益者の相続人である場合には相続税、相続人でない場合には贈与税の課税がなされる場合があるため、留意が必要である。 (了)

#No. 231(掲載号)
#荒木 俊和
2017/08/17

法務・会計・税務からみた循環取引と実務対応 【第5回】「循環取引の実務対応①(初動対応)」

法務・会計・税務からみた循環取引と実務対応 【第5回】 「循環取引の実務対応①(初動対応)」   弁護士・公認不正検査士 下尾 裕   本連載終盤となる【第5回】【第6回】は、循環取引発覚後の実務対応について解説する。今回は初動対応のポイントを整理したい。   1 初動対応の留意点 (1) 循環取引発覚の契機 【第1回】で述べたとおり、循環取引については「不正の兆候が表れにくく発見が容易でない」という特徴があり、首謀者の財政破綻により売掛金の回収が遅延する又は循環取引に関与した取引先から接触があったことを契機に発覚するのが典型的であるが、それ以外にも、例えば次のような契機により発覚する場合がある。 これは循環取引のみならず企業不祥事一般に言えることであるが、いずれのケースについても重要なのは、循環取引への関与が疑われた時点で速やかに企業内の担当部署(監査部等)において情報を共有した上、初動対応に着手することである。 (2) 初動対応の留意点 循環取引の実務対応において重要なのは、勿論、循環取引による企業の損害を最小化することであるが、循環取引に関与が疑われた場合の初動対応としては、特に次の2つの視点が重要である。   2 循環取引の実態調査 (1) 社内調査 企業が循環取引に対応するにあたっては、その実態を正確に把握する必要があることから、初動対応として、まずは社内調査により、企業の循環取引に対する関与の有無及びその範囲、さらには、自社の役員・従業員等の関与の有無・程度を速やかに調査する必要がある。また、当然のことながらその前提として、関与が疑われる役員等のパソコン及びメールデータの確保等、調査の前提となる資料の確保が必要となる。 特に循環取引の調査においては、【第1回】で述べた介入取引のケースを想定してもらえればわかりやすいと思われるが、書面上のやりとりのみで取引が完結しているケースが多く、自社の役員・従業員等に対するヒアリング及び自社に存在する資料等のみでは、循環取引の全容(特に実需の有無)を把握することが困難な場合があることから、必要に応じて、さらに、自社の直接の取引先等に接触を図る必要が生じるケースが多い。 (2) 調査委員会(第三者委員会)設置の要否に関する検討 企業不祥事における調査は、一般に、事実関係の認定、原因の究明、関係者の責任の有無及び再発防止策の策定等を目的として行われるものであるが、さらに、自社の株主・投資家、さらには金融機関を中心とする債権者に対する説明責任を果たす意味でも非常に重要性が高い。 【第3回】で述べたとおり、特に上場企業又は有価証券報告書等提出会社(上場企業等)において、循環取引に基づく会計処理が不適切(会計不正)と評価される場合には、かかる不適切な会計処理を前提に株主総会における決算承認等、適時開示又は有価証券報告書等の提出が行われていることに起因して、概ね以下のようなリスクが発生することになる。 したがって、特に上場企業等において、循環取引の取引額が大きく、投資家の投資判断等に影響を与える可能性が高い場合等については、投資家等に対する説明責任を果たしていく前提として、調査の中立性を確保すべく、社内調査において概要が判明次第、並行して(遅くとも発覚から1ヶ月以内に)、調査委員会(第三者委員会)の設置を検討する必要が生じる。 なお、第三者委員会の構成及び運営等については、日本弁護士連合会が「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」を公表していることから、参照されたい。   3 資金繰りに関する対応 循環取引発覚後は従前の資金循環が停止することになるが、この場合、各当事者は自社の売掛先からの支払いが受けられないばかりか、さらに、自らの買掛先からは支払いを求められる場合が生じてくる。特に、首謀者の破綻により循環取引が発覚した場合には、各企業の取引額が膨らんでいる場合が多く、資金循環の停止により各企業の資金繰りを大きく毀損する場合がある。 また、ケースによっては循環取引を前提に約束手形が発行されている場合がある。約束手形に基づく手形金請求については、法律上、直接の取引先以外の請求者との関係では、原則として、【第2回】で述べたような、循環取引である(実需がない)ことを理由とする支払拒絶の主張ができない構造となっていることから、破綻時点で振出し又は裏書している約束手形を順次決済できるだけの現預金を有していない企業については、即時倒産の危険性が発生することになる。 さらに、今後の資金調達との関係でも、循環取引が発覚した場合、取引先金融機関からは新規融資を停止される可能性があるのは勿論のこと、過去に提出した決算書等の不実記載等を理由に、既存の借入債務についても、銀行基本取引約定に基づく期限の利益喪失を主張される場合がある。 よって、企業の初動においては、自社の資金繰りの状況を直ちに把握するとともに、近い将来に資金ショートの可能性がある場合には、金融機関に対する説明等の対応、さらに、民事再生等の法的整理手続又は私的整理を視野に入れた対応が必要になる。 (了)

#No. 231(掲載号)
#下尾 裕
2017/08/17

海外勤務の適任者を選ぶ“ヒント” 【第5回】「開き直りとユーモア、そして「1人で仕事ができること」」

海外勤務の適任者を選ぶ“ヒント” 【第5回】 「開き直りとユーモア、そして「1人で仕事ができること」」   中小企業診断士 西田 純   連載第5回目は、派遣者の性格や考え方が、ストレス対策の面で重要になるという視点からお話したいと思います。   1 海外勤務はストレスと無縁ではいられない 本社に比べて海外勤務では、比較的小さなオフィスで仕事をするケースが多くなると思います。小さなオフィスで限定的な責任範囲を任されるだけに、責任の所在が明確になり成果主義による評価も明快な数字としてついてまわります。 このような環境で、代表的なストレスとして考えられるのは、次のようなものでしょうか。 (1) 成果主義による評価 国内本社においても、営業部門などは同じだと思いますが、いわゆる成果主義の考え方が取り入れられており、毎期末に向けて目標達成のための施策が次々と講じられていくことと思います。結果として、普段よりも大きなストレスがかかります。 (2) 異文化の中で過ごす毎日 ローカルスタッフとの関係づくりや顧客とのコミュニケーション、現地政府との折衝まで、海外勤務は毎日が異文化との交渉に満ちています。これが積み重なると大きなストレスになります。 特に悩みがちなのが、前任者や同僚がそれを上手くこなしていた(いる)場合です。どうしても自分の場合と比べてしまいがちですが、そうなるとストレスの素を1人で抱え込むことになりかねません。 (3) 本社部門に理解されない実情 本社勤務に比べると、平日は厳しいストレスにさらされる海外勤務において、ゆとりある週末の時間は何よりの支えではないかと思います。 それなのに 「海外だとゴルフはやり放題なんだって?」 「週末とか、あちこち遊びに行けてイイなー!」 など、海外勤務というだけで、本社の同僚たちから羨望のまなざしで見られることもあると思います。 また、本社にいる人たちは、ローカルスタッフや客先とのコミュニケーションについては想像の範囲内でしか理解できないため、都度こまごまと説明でもされない限り、それが大きなストレスになるというイメージは持たない(持てない)のだと思います。 このようなコミュニケーションギャップを通じて本社との間で醸成されるストレスもまた、なかなか手ごわいものです。   2 ストレスに対して開き直れるかは“海外勤務者自身の考え方”による 考えてみれば当たり前の話なのですが、あるべきストレス対策について、海外勤務と国内勤務で大きな違いがあるわけではありません。 ただ、国内であれば社内制度や福利厚生、様々な啓発機会などを通じて会社側が担保できるものがあるのに比べて、上述したような海外勤務独特のストレス環境にどう対応するかは、「海外勤務者の自助努力に負うところが大きい」という違いは受け入れざるを得ないのです。 では実際に、どのような対応が求められるのでしょうか。 (1) ストレスに対して認知的に対応できるか? 私は今、通常よりも厳しいストレス下に置かれている。 ⇒それは〇〇が原因で、解決されるまでの期間、このストレスと対峙しなくてはならない。 ⇒それにはおおよそ〇週間程度必要であろう。 ストレスに対峙したとき、その様子をコトバにして表すと、おそらくこんなふうになると思います。 「ストレスに対して認知的に対応する」とは、言ってみればこのような形で考えを整理できるかということですが、何もしない状態に比べると、これをしただけでも不安要素は大きく軽減されます。 (2) ストレスの原因となる人に関して“アサーティブ”に振る舞えるか? 『アサーティブ』とは聞きなれない言葉だと思いますが、ストレスマネジメントの分野では 自分も相手も大事にしながら、上手に自分の気持ちや意見を相手に伝えられること とされています。 言ってみれば「気配り」の範囲だと思いますが、自分の言いたいことも併せて伝えることが大事です。 例えばエレベーターで足を踏まれて謝られたとき、「あ、いいですいいです。」と言ってため込んでしまう人と「イテー、でもいいっすよ。」と発散的に反応できる人の、微妙な差といえばそうなのですが。 (3) ストレスへの対応はマイペースか? ストレスに対峙したとき、いつもより反応スピードが明らかに速くなるタイプの人っていませんか? それとは逆に、ストレスを受けたときほどじっくりと構えるタイプの人というのも確実にいます。 いつもより反応が速くなるタイプの人は、開き直ってストレスと向き合うのではなく、自分の脇を固めて防衛に入ってしまうパターンです。 (4) 開き直りとユーモアがストレスを緩和する それでも厳しいストレスを上手にいなす知恵が「開き直りとユーモア」です。 たとえ努力が報われない場面があったとしても、仕方ないと割り切って次の最善策へと瞬時に頭を切り替えたり、後悔の対象になりがちなミスを笑いに換えたりする力は、場の雰囲気をぐっと和らげる支えになります。 ただ気をつけてほしいのは、リーダー的な立場にいる人がむやみと部下を笑いのネタにしたり、部下に無理な開き直りを強制するのは逆効果につながる場合があるということです。 笑いのネタは上司にしましょう。バレたらリーダーである自分が責任を取って謝ればいい話と割り切って。   3 候補選定上のポイント (1) その人が醸し出す“雰囲気” 上で述べたような特性は、日々の勤務状況をつぶさに見ていれば、本人の雰囲気から、ある程度は把握できるはずです。 ストレスに対して①認知的に対応できる能力があるか、②アサーティブな対応が取れるか、③マイペースを乱さずに対応しているか、④開き直りとユーモアを実践できるか、といった観点から、その人の醸し出す雰囲気を観察してみてください。 (2) ストレスマネジメントに対する理解 最近では特に、社員の健康管理という側面から、ストレスマネジメントの重要性が言われています。うつ病の予防などは、働き方改革への取り組みとも相まって、労務管理の面からも重要な課題となっています。 そのような話題に対して感性が働いているか、というのも重要な視点だと思います。   4 人材育成上のポイント (1) 開き直りとユーモアは後天的に獲得できる ① 開き直ってヘルプを頼む ストレスは自分1人で対応しなくてもいい、仕事なのだから組織の力で対応すればいいのだということを学べば、厳しい時に周りのサポートを加味した対応を取ることができます。 ② 開き直ってリラックスする じたばたしても仕方がない、むしろリラックスして対応した方が良いアイデアも浮かぶはず、と考え方を切り替えることができれば、ストレス対応能力はさらに高まります。 ③ ダジャレもアリ、ユーモアの心 開き直りに加えて、日本人ならではの知恵あるいはスキルとして、ユーモアのセンスを磨くことではないかと思います。 オヤジギャグでも、ダジャレでも、ヘタな浪花節や演歌でも構いません。周りをクスリとさせるその心遣いが、組織としてのストレス耐性を高めてくれるのです。 (2) 1人で仕事ができる 「必要以上に寂しがりな人」というのもまた、海外勤務でストレスと対峙するには不向きな人材だと言えます。 「普段から仲間が多い」のはプラスの要因ですが、何でもかんでも大勢でないと行動できないタイプの人は要観察です。 ランチにいつも大勢で連れ立って出歩く、飲み会はいつも仲間とハシゴをする、昼休みや飲み会では大声で話すのに会議では下を向く、発表役や指導役は苦手、というようなタイプがそれに該当するかもしれません。 特に海外勤務では、1人で仕事を進めることが少なくありません。そういうストレスと対峙できるには、まず国内でも1人で居られること、1人で仕事ができることが大前提であると考えてください。   5 まとめ 現代社会がもたらす仕事のストレスについて、体系的に学習することも重要ですが、組織的な対応がややもすると手薄になる海外勤務では、本人の力が重要になります。 開き直りとユーモアは、いざというとき自分を守る力になるということを、社員教育の機会などを通じて明示的に伝えるようにしてください。 (了)

#No. 231(掲載号)
#西田 純
2017/08/17

《速報解説》 空き家・空き店舗等の再生推進を目的とした「改正不動産特定共同事業法」、施行日は本年12月1日に~小規模不動産特定共同事業も登免税等の特例対象へ~

 《速報解説》 空き家・空き店舗等の再生推進を目的とした 「改正不動産特定共同事業法」、施行日は本年12月1日に ~小規模不動産特定共同事業も登免税等の特例対象へ~   弁護士 羽柴 研吾   1 はじめに 平成29年8月14日、官報第7080号において、同年6月2日に公布された不動産特定共同事業法の一部を改正する法律(以下「改正法」という)の施行に伴う関係政令を整備するための政令及び改正法の施行日を定めるための政令が公布された。   2 改正法の背景 不動産共同事業法の一部改正は、空き家・空き店舗等の再生について、不動産特定共同事業の活用をより一層促進するとともに、観光等の成長分野を中心に良質な不動産ストックの形成を促進するために行われたものである。 具体的には、空き家・空き店舗等の再生・活用事業に、地域の小規模な不動産事業者等が幅広く参入できるように、出資総額等が一定規模以下の小規模不動産特定共同事業を新設し、クラウドファンディングに対応した投資環境を整備するための改正等が行われた。これにより、小規模な不動産事業者が空き家等の再生事業に参入し、積極的な投資を呼び込むことが期待されている。   3 政令の内容 今回公布された政令は、主として、①小規模不動産特定共同事業の出資額、②小規模不動産特定共同事業者の登録に係る資本金又は出資の額、③改正法の施行日を規定するものである。   4 関連税制 不動産特定共同事業法に関して、平成25年度の税制改正によって、平成29年3月31日までの間、不動産特定共同事業法上の特例事業者が取得する不動産について、次の税制上の優遇措置(以下「本件優遇措置」という)が講じられてきた。 本件優遇措置は、平成29年度の税制改正において、平成29年4月1日から平成31年3月31日までの2年間延長されることになり、小規模不動産特定共同事業についても適用されることになった。 改正法に係る本件優遇措置は、平成29年12月1日以後に受け付ける登記から適用されることになっている。 (了) ↓お薦め連載記事↓

#No. 230(掲載号)
#羽柴 研吾
2017/08/15
#