酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第54回】 「国会審議から租税法条文を読み解く(その3)」 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 2 損失拡大未然防止説の問題点 (3) 控除対象の拡張路線 損失拡大未然防止説の更なる問題点を国会審議から導き出してみたい。 昭和52年11月2日付け第82回国会衆議院・建設委員会において、大蔵省の梅澤節男主税局総務課長(当時。後の第20代国税庁長官)は次のように説明している。 また、昭和61年2月7日付け第104回参議院・災害対策特別委員会において、大蔵省の小川是主税局税制第一課長(当時。後の第28代国税庁長官)は、屋根の雪下ろし費用に加え、「家屋の外周の雪の取除き」のみならず、「取り除いた雪の河川等への投棄のために要した支出」までも雑損控除の対象となる旨答弁している。 なお、その前年、昭和60年3月7日付け第102回国会衆議院・予算委員会第8分科会において、国税庁の岡本吉司所得税課長(当時)も同旨の発言をしていたところである。 さらに、平成3年9月6日付け第121回衆議院・建設委員会において、大蔵省の尾原榮夫主税局税制第一課長(当時。後の第33代国税庁長官)は次のように答弁し、屋根の雪下ろし費用のみならず、雑損控除の適用範囲を拡大する措置を説明している。 このように、屋根の雪下ろし費用に加え、「家屋の外周の雪並びにその雪を除去するための費用」までも雑損控除の適用範囲の拡大という形でその対象として認めてきたわけである。 家屋の外周の雪の除去は、確かに所得税法施行令206条1項2号イの「土砂その他の障害物を除去するための費用」の解釈に近いようにも思われる。 しかしながら、あくまでも同号柱書きは「住宅家財等が損壊し・・・使用することが困難となった場合」において「災害により生じた土砂その他の障害物を除去するための費用」がやむを得ない支出に当たるとしているのであって、文理上、「家屋の外周の雪並びにその雪を除去するための費用」の全てを同控除の対象として捉えることには異論を挟む余地があろう。 文理に従えば、例えば、豪雪の重みに耐えられず家が壊れて、それを除去するために要した支出は同号に該当し雑損控除の対象となると解されるが、そうでない場合の家屋の外周の雪の除去費用がそもそも同控除の対象であるといえるかについては、疑問が残るところである。 なお、同時によく議論される火山灰の除去費用については、ここにいう所得税法施行令206条1項2号イの「土砂その他の障害物を除去するための費用」に該当するケースであると思われるが、上記の除雪費とは似て非なるものである。 火山灰が堆積することで、例えば雨どいが壊れたケースは予防ではなく、まさに実際に災害による被害を受けているのであるから、当然に雑損控除の適用対象となろう。 この点については、昭和59年6月28日付け第101回国会衆議院・災害対策特別委員会において、前回触れた清水康之説明員(当時)が、雪下ろし費用の雑損控除と「降灰の場合とはちょっと事情が異なる」と説明しているとおりである。 すなわち清水説明員は、「もし雨どい等が非常に詰まりまして、その雨どい等をいわば入れかえなければいかぬというようなことでございますれば、それは個々の事情によって対応できる」としているが、これは解釈論での解決を図っているものと思われる。 なお、国土庁防災局被災対策課「桜島火山対策懇談会の提言について」によると、昭和60年分の確定申告から異常噴火による降灰除去に要した費用についての雑損控除が認められている。 (※) 昭和60年には、年間540回の噴火が観測されており、年間総降灰量は2363.1万トンを記録している(中村政道「桜島の総降灰量の推移」験震時報65巻1~4号141頁第1表)。 「家屋の外周の雪並びにその雪を除去するための費用」に話を戻せば、これについては、文理から乖離した雑損控除の拡張論であると評価されても仕方がないように思われる。これは、裏を返せば、雑損控除の適用範囲の整理がついていないことの証左であるともいえよう。 そして、そうした不明確である雑損控除の適用範囲を拡張してきた背景には、損失拡大未然防止説の考えがあるのである。 この損失拡大未然防止説は、雑損控除の解釈論において許容され得るのであろうか。疑問なしとはしない。 もっとも、同じ所得控除の中でも、特別の担税力の減殺要因への配慮を制度趣旨としている医療費控除において、近時、健康維持ないし予防の見地からの控除をも認める傾向にあり、所得控除の性質論が変容しつつある点を観察することができるようにも思われる(酒井克彦「所得税法上の所得控除にみる予防法学的変容―セルフメディケーションに関する医療費控除を中心として―」中央ロー・ジャーナル13巻1号21頁)。 結びに代えて ここまで、所得税法72条の雑損控除の適用範囲が国会審議に大きく影響を受ける形で拡張されてきたという問題を取り上げた。 この連載の主たる目的は、単に雑損控除の適用範囲を再確認することではなく、同条をいかに解釈するかを考えるため、とりわけ現行の課税実務に影響を及ぼす国税庁の考え方を知るために、国会審議の経緯が重要なツールとなり得ることを確認することにある。 ちなみに、国税庁は、更に、以下のとおり、災害防止工事費用の雑損控除の適用を認めている。 すなわち、平成18年12月8日付け文書回答〔国税庁課税部審理室長回答〕「造成宅地の災害防止工事のための支出の税務上の取扱いについて」は、宅地造成等規制法に基づく造成宅地防災区域の指定等を受けた造成宅地の宅地所有者等が行う滑動崩落防止工事に必要な費用について、所得税法施行令206条1項3号に規定する支出に該当し、災害関連支出として雑損控除の対象となる旨回答している。 文書回答制度は、法令、法令解釈通達あるいは過去に公表された質疑応答事例等において明らかにされていないものしか受け付けない建付けになっていることからすれば、上記回答は、新たな解釈と位置付けられるかもしれない(増山裕一「所得税法の雑損控除の問題点―米国税制と比較して―」大阪経大論集64巻5号109頁も参照)。 解釈論の拡張の先鞭をつけたのは国会審議であったが、そのレールはすでに確固たるものとして敷かれているように思われる。仮に、法の趣旨目的から逸脱した拡張解釈がみられるときには、それは目的論的解釈の許容するところではないから、そのような場合にはかかる拡張にいかに歯止めをかけるかを議論すべきではなかろうか。 (了)
〈平成29年度改正対応〉 所得拡大促進税制の実務 【第1回】 「制度の基礎を理解する」 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 平成25年度の税制改正で所得拡大促進税制(雇用者給与等支給額が増加した場合の法人税額の特別控除)が導入されてから既に4年が経過した。同税制は、日本経済をめぐる積年の課題である「デフレ脱却からの安定的な経済成長の達成」のために、特に雇用環境及び個人所得水準の改善を通じた経済活性化を促すために創設されたものである。 本税制の特徴は、経済活性化対策の一環として、一層の賃上げを促進すべく毎年のように改正が行われたことから、年度によって本税制の適用要件等が微妙に異なっているという点にある。また、賃上げの促進については継続的な取り組みが必要との認識から、制度創設当初、本税制の適用は3年間とされていたところ、翌年度(平成26年度)の税制改正において早速、適用期限が2年延長されたというのも特徴的である。 かねてより筆者は本誌において、本税制をテーマとした連載記事のほか、税制改正や新たな通達等の発遣の都度、速報解説記事も執筆してきた。その結果、本税制に関する情報は、おおむね、これまでの執筆記事に反映されていると確信しているが、記事が分散しているため検索が煩雑になっているという指摘もある。 そこで本連載では、最新の税制改正の状況も踏まえ、本税制に関する過去の記事を統合し全体的に見直しを行うこととした。 なお本連載は、平成29年6月22日現在有効な法令等に基づき執筆されている。特に断りのない限り単体納税制度の株式会社を前提とし、文中意見にわたる部分は筆者の私見であることを予め申し添える。 2 所得拡大促進税制の概要 青色申告法人が平成25年4月1日から平成30年3月31日までの間に開始する各事業年度(以下「適用年度」という)において国内雇用者に対して給与等を支給する場合において、一定の適用要件を満たすときには、雇用者給与等支給増加額に基づき計算される一定額を法人税額から控除する。ただし、控除税額は、法人税額の10%(中小企業者については20%)を限度とする(措法42の12の5➀)。 満たすべき適用要件及び控除税額の計算は、法人が「中小企業者」に該当するか否かで異なるため、以下それぞれ取りまとめる。 なお中小企業者とは、資本金の額が1億円以下の法人のうち、次に掲げる法人以外の法人をいう(措令27の4⑫)。 3 適用要件 適用要件は3つあり、中小企業者たる法人とそれ以外の法人で異なるため、下表に要約する(措法42の12の5①)。 4 控除税額 控除税額は、以下の算式によって計算された額の合計額となるが、法人税額の10%(中小企業者については20%)を限度とする(措法42の12の5①)。 中小企業者の上乗せ控除率は、「平均給与等支給額が比較平均給与等支給額から2%以上増加している場合」に限り認められるが、中小企業者以外の法人にこうした制約がないのは、それが適用要件として定められているためである。 すなわち、中小企業者以外の法人は、「平均給与等支給額が比較平均給与等支給額から2%以上増加している」ことが所得拡大促進税制の適用要件とされており、これを満たさなければ、そもそも本税制の適用自体を受けることができないということである。 5 用語の意義 (1) 国内雇用者 法人の使用人(法人の役員、その役員の特殊関係者及び使用人兼務役員を除く)のうち、その法人の有する国内の事業所に勤務する一定の雇用者をいう(措法42の12の5②一)。 そして「雇用者」とは、その法人の国内に所在する事業所につき作成された労働基準法第108条に規定する賃金台帳に記載された者をいう(措令27の12の5⑤)。 賃金台帳は、労働基準法により作成が義務づけられているものであるから、全ての労働者について作成されることとなる。つまり、正社員のみならず、嘱託社員、派遣社員、パートタイマー、アルバイト、日雇い労働者も対象となる(詳細は次回参照)。 (2) 雇用者給与等支給額 適用年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内雇用者に対する給与等の支給額(その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額がある場合には、これを控除した金額)をいう(措法42の12の5②三)。 ここでいう「給与等」とは、所得税法第28条第1項に規定する給与等をいう(措法42の12の5②二)。具体的には、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与をいう(所法28①)。 また、雇用者給与等支給額から控除される「その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」には、例えば、次に掲げる金額が含まれる(措通42の12の5-2)。 なお、出向先法人が出向元法人へ出向者に係る給与負担金を支出する場合において、当該出向先法人の国内事業所につき作成された賃金台帳に当該出向者を記載しているときは、その給与負担金の額は出向先法人の雇用者給与等支給額に含まれる(措通42の12の5-3)。 (3) 基準雇用者給与等支給額 基準事業年度(平成25年4月1日以後に開始する各事業年度のうち最も古い事業年度(以下単に「最も古い事業年度」という)開始の日の前日を含む事業年度)の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内雇用者に対する給与等の支給額をいう(措法42の12の5②四)。 基準事業年度の月数と適用年度の月数が異なる場合には、基準雇用者給与等支給額について以下の調整を行う(措法42の12の5②四ロ)。 調整後の基準雇用者給与等支給額 = A × B ÷ C A:その基準事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内雇用者に対する給与等の支給額 B:適用年度の月数 C:基準事業年度の月数 その法人が平成25年4月1日以後設立されたものである場合(合併、分割又は現物出資により設立されたものである場合を除く)、基準事業年度がないこととなる。 このときの基準雇用者給与等支給額は、最も古い事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内雇用者等に対する給与等の支給額の70%相当額とする(措法42の12の5②四ハ)。 (4) 比較雇用者給与等支給額 適用年度の前事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内雇用者に対する給与等の支給額をいう(措法42の12の5②六)。 前事業年度の月数と適用年度の月数とが異なる場合には、比較雇用者給与等支給額について以下の調整を行う(措法42の12の5②六ロ)。 調整後の比較雇用者給与等支給額 = D × E ÷ F D:その前事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内雇用者に対する給与等の支給額 E:適用年度の月数 F:前事業年度の月数 (5) 平均給与等支給額 平均給与等支給額とは、適用年度の継続雇用者給与等支給額を、これに対応する給与等支給者数(適用年度における給与等月別支給対象者の数を合計した数)で除して計算した金額をいう(措法42の12の5②八)。 平均給与等支給額の計算基礎となる「継続雇用者給与等支給額」は、継続雇用者に対する給与等支給額のうち、雇用保険一般被保険者に該当する者に対して支給したものに限り、継続雇用制度対象者に対して支給したものを除いたものである(措令27の12の5⑭)。 また、給与等月別支給対象者の数とは、各月ごとの給与等の支給対象となる継続雇用者の数をいう(措令27の12の5⑮)。 具体的な計算イメージは下表を参照されたい。 〈平均給与等支給額算定のイメージ〉 上表の通り、同一の月に給与等の支給が複数回行われる場合には、支給対象者となる継続雇用者の数は、それぞれの支給対象者数のうちいずれか多い数を用いることとなるので留意されたい。 なお平均給与等支給額の計算上、継続雇用者給与等支給額がゼロの場合には、これを1円とし(措令27の12の5⑭)、支給者数は1とされる(措令27の12の5⑮)。この結果、平均給与等支給額は1円として計算されることとなる。 (6) 比較平均給与等支給額 比較平均給与等支給額とは、適用年度の継続雇用者に対する前事業年度の給与等支給額(継続雇用者比較給与等支給額)を、これに対応する給与等支給者数(前事業年度における給与等月別支給対象者の数を合計した数)で除して計算した金額をいう(措法42の12の5②九)。 なお比較平均給与等支給額の計算上、継続雇用者比較給与等支給額がゼロの場合には、支給額について特別の定めはないが、支給者数は1とされる(措令27の12の5⑰)。この結果、比較平均給与等支給額は0円として計算されることとなる。 新設法人が典型例であるが、適用年度において継続雇用者が存在しない場合、継続雇用者給与等支給額及び継続雇用者比較給与等支給額はそれぞれゼロとなる。 このとき、平均給与等支給額は1円、比較平均給与等支給額はゼロ円とされる(上述)から、平均給与等支給額は比較平均給与等支給額を超えることとなるが、これをもって適用要件を充足するか否かは、法人が中小企業者に該当するか否かによって以下のように異なることとなる。 6 連結納税における取扱い 連結納税制度においても同様の措置が講じられているが(措法68の15の6、措令39の47)、単体納税制度と異なるのは、連結グループ全体で適用要件の充足性を判定するとともに、控除税額も連結グループ全体で計算した上で、各連結法人の雇用者給与等支給増加額に応じて個別帰属額を計算するということである。 7 事業税における取扱い (1) 制度の概要 平成27年4月1日から平成30年3月31日までの間に開始する事業年度について、所得拡大促進税制の適用を受ける法人に対し、事業税付加価値割の計算上、一定の調整を加えた雇用者給与等支給増加額を付加価値額から控除することとされた(地法附則9⑬)。 (2) 用語の定義 租税特別措置法に規定されている定義をそのまま用いており、事業税固有の定義はない。 (3) 適用要件 法人税における所得拡大促進税制の適用要件と同様である。すなわち以下の3つの要件を全て満たす必要がある。 (※) 増加促進割合は以下の通りである(地法附則9⑮)。 ・平成28年4月1日から平成29年3月31日までの間に開始する適用年度:4% ・平成29年4月1日から平成30年3月31日までの間に開始する適用年度:5% (4) 控除額の計算 以下の算式によって計算された金額を、付加価値額の金額から控除する。 このような調整が入るのは、雇用者給与等支給増加額を報酬給与額から直接控除してしまうと、雇用安定控除が縮小し付加価値額がむしろ増加するという計算構造になっているためである。 (5) 適用上の留意点 ① 課税標準の調整計算であること 法人税(租税特別措置法)における所得拡大促進税制は「税額控除」であるのに対し、事業税における所得拡大促進税制は「課税標準の減額調整」である。 そのため、法人税で税額控除が発生しない場合であっても、適用要件を満たしている以上、事業税における所得拡大促進税制を適用することとなる(事業税取扱通知4の2の17)。 ② 連結法人は単体ベースで適用要件を判断することとなること 連結納税制度の適用を受ける法人については、所得拡大促進税制は連結グループ全体で適用要件の充足を判定することとなる(措法68の15の6)が、事業税における所得拡大促進税制は単体法人への適用となることから、適用要件も各連結法人が単体で判断することとなる。ただし平均給与等支給額に係る適用要件については、単体法人又は連結グループ全体のいずれかで満たしていれば足りるとされている(事業税取扱通知4の2の17)。 そのため、連結グループ全体としては適用要件を満たさず、連結法人税について所得拡大促進税制を適用できない場合であっても、各連結法人が単体で適用要件を満たしている場合、事業税において所得拡大促進税制の適用できる可能性があることに留意が必要である。 ③ 当初申告要件なし 法人税(租税特別措置法)における所得拡大促進税制では当初申告要件があり、控除税額は、確定申告書等に添付された書類に記載された雇用者給与等支給増加額を基礎として計算した金額を上限とする(措法42の12の5④)が、事業税における所得拡大促進税制には当初申告要件は付されていない。 そのため、確定申告時に適用を失念した場合であっても、更正の請求が可能である点、留意が必要である。 8 住民税における取扱い 法人が中小企業者に該当する場合、法人住民税(法人税割)の課税標準となる法人税額は、所得拡大促進税制適用後の金額を基礎とする(地法附則8②)。 (了)
平成29年度税制改正を踏まえた設備投資減税の選定ポイント 【第2回】 「中小企業経営強化税制①」 アースタックス税理士法人 代表社員 税理士 島添 浩 シニアマネジャー 税理士 小嶋 敏夫 壽命 正晃 發知 諭志 今回から2回にわたり、平成29年度税制改正で創設された「中小企業経営強化税制」の要件、指定事業、対象設備及び手続き等について確認する。 なお、中小企業庁ホームページでは本税制についてのパンフレットや申請書類の様式等が公表、随時更新されているので、実際に適用されるに当たっては、下記のページについてもあわせて参照されることをお薦めする。 1 制度の概要 平成29年度税制改正で創設された中小企業経営強化税制は、中小企業等経営強化法に基づく支援措置(税制措置、金融支援)の一つである。青色申告書を提出する(1)中小企業者等が、(2)指定期間内に、中小企業等経営強化法の認定を受けた経営力向上計画に基づき(3)一定の設備を新規取得等して(4)指定事業の用に供した場合、即時償却又は取得価額の10%(資本金3,000万円超1億円以下の法人は7%)の税額控除が選択適用できる制度である。なお、本税制は、改正前の中小企業投資促進税制の上乗せ措置を改組し、新たに創設されたものである。 (1) 中小企業者等とは? 以下の法人をいう。 (2) 指定期間とは? 平成29年4月1日から平成31年3月31日までの期間。 (3) 一定の設備とは? 中小企業経営強化税制の適用対象となる設備は、生産性向上設備(A類型)と収益力強化設備(B類型)があり、以下の表のように要件・確認者、対象設備等が異なるので注意が必要である。 具体的には、A類型の場合には、対象設備につき取得価額の要件のほか販売が開始された時期に関する要件がある。一方、B類型については、対象設備の販売が開始された時期に関する要件はないものの、事業者が策定した投資計画における年平均の投資利益率が5%以上であることが要件とされているので留意されたい。 また、改正前の中小企業投資促進税制の上乗せ措置においては、法人の事業の用に直接供される減価償却資産が対象であったのに対し、本税制では中小企業等経営強化法に基づく経営力向上に関する計画に記載された経営力向上設備等を取得した場合に適用を受けることができるとされた。 したがって、例えば、事務用器具備品等は、生産、販売、役務提供といった付加価値の生成による収益の稼得に直接貢献しない、業務上いわば間接的に必要とされる設備であるため、本税制の適用対象設備に該当しないので注意が必要である。なお、取得価額の判定は「単品」で行うので留意されたい。 (※) 対象となる機械装置の販売開始日が、事業者が当該設備を導入した日の10年前の日の属する年度(その年の1月1日から12月31日までの期間)開始の日以後であること。その他の資産についても同様に判定を行う。 改正前の中小企業投資促進税制の上乗せ措置では、器具備品及び建物附属設備は対象外であったが、中小企業経営強化税制においては対象設備に追加されているので、適用の有無を検討する際には留意されたい。 なお、これらの区分については、設備を導入する事業者がどの分類で減価償却資産を管理するのかによって、税制優遇の対象とならない場合もあるため注意が必要である。 器具備品の具体例としては、以下のような設備が想定される。 一方、建物附属設備の具体例としては、以下のような設備が考えられる。 (4) 指定事業とは? 平成29年度税制改正前は、中小企業投資促進税制と商業・サービス・農林水産業活性化税制の適用対象となる事業が2つに分かれていたが、中小企業経営強化税制ではそれぞれを合わせた事業を対象としている。具体的には、以下の事業が対象となる。 なお、電気業、水道業、鉄道業、航空運輸業、銀行業、娯楽業(映画業を除く)等は対象外となるので注意が必要である。 2 適用手続き 本税制の適用対象設備は、中小企業等経営強化法に規定する経営力向上計画に記載された経営力向上設備等である。この経営力向上設備等は、前述したとおりA類型(生産性向上設備)とB類型(収益力強化設備)があり、以下の通りそれぞれ手続きが異なるため確認いただきたい。 (1) A類型:生産性向上設備 ▷生産性向上設備の要件 生産性向上設備は、以下の2つの要件を満たすものとされ、その設備等を販売するメーカー等の属する工業会等から証明書を取得する必要がある。(イ)の要件は一定の期間内に販売された設備であればよいとされ、導入する設備は最新モデルである必要はない。なお、ソフトウェア及び旧モデルがないものについては、(ロ)の要件だけ満たせばよいとされる。 ▷対象設備 前述したとおり、設備の種類ごとに取得価額と販売開始時期について要件が定められており、設備の取得価額の判定は1台、1基など単品で判定することになる。販売開始時期についても、機械装置の場合には10年以内とされ、必ずしも最新モデルである必要はない。 ▷手続きの流れ 適用を受けようとする事業者が最初に行うことは、設備を導入するメーカー等に証明書の発行を依頼することである。そして、証明書の交付を受けたら、経営力向上計画を作成し、担当省庁に申請することになる。担当省庁の認定を受けた後に設備を取得し、税務申告を行うという流れになる。 具体的な手続きの流れは以下のとおりである。 (※) 中小企業庁ホームページより ① 設備ユーザーは、当該設備を生産した機器メーカー等(以下「設備メーカー」という)に証明書の発行を依頼する。 (※) ②~③は設備メーカーと工業会等とのやりとりである。 ② 依頼を受けた設備メーカーは、証明書(様式1)及びチェックシート(様式2)に必要事項を記入の上、当該設備を担当する工業会等の確認を受ける。 (注) 設備の種類ごとに担当する工業会等を定めている。 「対象資産区分及び対応工業会リスト」(中小企業庁ホームページ) ③ 工業会等は、証明書及びチェックシートの記入内容を確認の上、設備メーカーに証明書を発行する。 ④ 工業会等から証明書の発行を受けた設備メーカーは、依頼があった設備ユーザーに証明書を転送する。 ⑤⑥ 設備ユーザーは、④の確認を受けた設備を経営力向上計画に記載し、計画申請書及びその写しとともに④の工業会証明書の写しを添付して、主務大臣に計画申請する。主務大臣は、計画認定書と計画申請書の写しを設備ユーザーに交付する。 ⑦⑧ 認定を受けた経営力向上計画に基づき取得した経営力向上設備等については、税法上の他の要件を満たす場合には、税務申告において税制上の優遇措置の適用を受けることができる。税務申告に際しては、納税書類に④の工業会証明書、⑤の計画申請書及び⑥の計画認定書(いずれも写し)を添付する。 (2) B類型:収益力強化設備 ▷収益力強化設備の要件 収益力強化設備は、年平均の投資利益率が5%以上となることが見込まれることにつき、経済産業大臣(経済産業局)の確認を受けた投資計画に記載された投資の目的を達成するために必要不可欠な設備のことをいう。 ▷対象設備 収益力強化設備については前述したとおり、生産性向上設備と同様に設備の種類ごとに取得価額の要件は定められているが、生産性向上設備のように販売開始時期に関する要件はない。 ▷投資利益率の計算 収益力強化設備で本税制の適用を受けようとする事業者は、経済産業局による投資利益率の確認書が必要となる。投資利益率の計算は、以下の算式により算定する。なお、経済産業局への申請、確認の前に、公認会計士又は税理士の事前確認が必要なので留意されたい。 対象設備の要件については、個々の設備ごとに取得価額の判定を行うのに対して、投資利益率の判定は、取得をする設備の取得価額の合計額を用いて行うことになる。 (※1) 会計上の減価償却費 (※2) 設備の取得等をする年度の翌年度以降3年度の平均額 (※3) 設備の取得等をする年度におけるその取得等をする設備の取得価額の合計額 ▷投資計画の策定単位について 投資計画の策定計画は、収益力強化設備の導入の目的(=事業の生産性の向上に特に資すること)に照らして、必要不可欠な設備の導入に係るものであり、その設備から投資利益率を算定する際に、追加的に生じる効果を正確に算出するために必要最小限のとなる単位が、投資計画の策定単位となる。 (例) 工場の生産ラインの改善投資⇒生産ライン単位(工場全体に効果が出る場合は工場単位) ▷手続きの流れ 適用を受けようとする事業者が最初に行うことは、年平均の投資利益率が5%以上である旨を記載した投資計画案につき、公認会計士又は税理士の事前確認を依頼し、事前確認書の発行を受けることである。事前確認書の発行を受けたら、経済産業局に投資計画と事前確認書を添付して確認書の発行申請を行い、確認書の発行を受けることになる。その後は、生産性向上設備と同様に経営力向上計画を担当省庁に申請し、承認を受けた後に設備を取得し、税務申告を行うという流れになる。 具体的な手続きの流れは以下のとおりである。 (※) 中小企業庁ホームページより ①② 申請書(様式1)に必要事項を記入し、必要書類(当該申請書の裏付けとなる資料等)を添付の上、公認会計士又は税理士の事前確認を受ける。公認会計士又は税理士は申請書と裏付けとなる資料に齟齬がないか等を確認し、「事前確認書(様式2)」を発行する。 ③④ 申請者は、必要に応じて申請書の修正等を行ったうえで、②の事前確認書を添付のうえ、本社所在地を管轄する経済産業局に、事前に予約した上で、申請書の内容が分かる方が申請書を持参し、説明する。 経済産業局は、③の説明を受けてから、概ね1ヶ月以内、②の事前確認書、申請書、添付書類に基づき、当該申請書が経営経営力向上設備等の投資計画であるとして適切である場合に確認書(様式3)を発行し、申請書及び必要添付書類を添付したものを渡す。 ⑤⑥ 申請者は④の確認を受けた設備について経営力向上計画に記載し、計画申請書及びその写しとともに④の確認書及び確認申請書(いずれも写し)を添付して、主務大臣に計画申請する。主務大臣は、計画認定書と計画申請書の写しを申請者に交付する。 ⑦⑧ 認定を受けた経営力向上計画に基づいて取得した経営力向上設備等については、税法上の他の要件を満たす場合には、税務申告において税制上の優遇措置の適用を受けることができる。税務申告に際しては、④の確認書、⑤の申請書及び⑥の認定書(いずれも写し)を添付する。 ⑨ ④の確認書の交付を受けた申請者は、設備の取得等をする年度の翌年度以降3年間について当該投資計画に関する実施状況報告書(様式4)を、設備の取得を行った事業年度の翌事業年度終了後4ヶ月以内に、確認書の交付を受けた経済産業局に提出する。 (3) 手続きにあたってのポイント・留意点 * * * 次回も引き続き中小企業強化税制を取り上げ、さらに中小企業等経営強化法による固定資産税の特例措置についても紹介する。 (了)
相続空き家の特例 [一問一答] 【第2回】 「「相続空き家の特例」を受けられる者 (家屋とその敷地の両方を取得した者)」 -相続空き家の特例の対象となる譲渡の範囲- 税理士 大久保 昭佳 Q X(弟)は、昨年4月に死亡した母親の家屋(昭和56年5月31日以前に建築)を、Y(姉)は、その家屋の敷地をそれぞれ相続し、耐震リフォーム後の本年10月に家屋及びその敷地を合計5,200万円で譲渡したところ、Yについて譲渡益が生じました。 相続の開始の直前まで母親はその家屋に1人で住んでいましたが、相続の時から譲渡の時までは空き家となっていました。 この場合、Yは、「相続空き家の特例(措法35③)」の適用を受けることができるでしょうか。 A Yは、被相続人居住用家屋の敷地のみを取得していることから、「相続空き家の特例」を受けることはできません。 ●○●○解説○●○● 「相続空き家の特例」の適用を受けられる者は、相続又は遺贈による被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等の取得をした個人とされています(措法35③)。 すなわち、「被相続人居住用家屋」と「被相続人居住用家屋の敷地等」との両方を取得した相続人が「相続空き家の特例」の適用を受けられることとされています。 したがって、本事例において、Yは、被相続人の居住用家屋の敷地のみを相続により取得しているため、「相続空き家の特例」を適用できないこととなります。 なお、仮に、本事例におけるXが、被相続人の居住用家被相続人の居住用家屋屋について譲渡益が生じていたとしても、Yと同じ理由で、「相続空き家の特例」を適用できないこととなります。 おって、「3,000万円特別控除(措法35①)」には、家屋と敷地の所有者が異なる場合であっても、その家屋に係る譲渡所得の金額が3,000万円の特別控除額に満たないときは、生計を一にしている親族などを要件として、その満たない金額を、その敷地に係る譲渡所得から特別控除ができる場合があります(措通35-4(居住用家屋の所有者と土地の所有者が異なる場合の特別控除の取扱い))が、「相続空き家の特例」には、家屋と敷地の両方を取得していることが要件とされていることなどから、同通達に係る取り扱いがないことにも留意が必要であると考えます。 (了)
平成29年度税制改正における 『連結納税制度』改正事項の解説 【第3回】 「研究開発税制の見直し」 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 [3] 研究開発税制の見直し 連結納税では、連結グループ全体を1つの法人とみなして研究開発税制が適用されるが、平成29年4月1日以後に開始する連結親法人事業年度から、単体納税と同様に次のような改正が行われている(平成29年所法等改正法附則1、75①)。 (1) 試験研究費の総額に係る税額控除制度について、投資増加インセンティブを組み込み、試験研究費の増減率に応じて6%~14%(現行:控除率8%~10%)の範囲でメリハリがつく仕組みを導入する(旧措法68の9①⑥二・三・九、新措法68の9①②⑤⑧二・三・四・六・八)。 【試験研究費の総額に係る税額控除制度(総額型)】 ▷税額控除限度額 ▷控除限度となる法人税額基準額 また、試験研究費の総額に係る税額控除額の個別帰属額の計算方法は、次のように改正されている(新措法68の9⑫、措令39の39条22項一・二)。 [試験研究費の総額に係る税額控除額の個別帰属額の計算方法] [ⅰの額の計算方法] [ⅱの割合] (注1) この場合の特別試験研究費は、分子と異なり、試験研究費の総額に係る税額控除制度又は中小企業者の試験研究費に係る税額控除制度の適用対象としたものを含む。 (注2) 個別増減試験研究費割合とは、当該連結法人の個別増減試験研究費/当該連結法人の比較試験研究費となる。個別増減試験研究費とは、当該連結法人の試験研究費から比較試験研究費を減算した金額をいう。 (2) 中小企業者の試験研究費に係る税額控除制度について、従来の控除率12%・控除上限25%を維持した上で、試験研究費が5%超増加した場合に控除率(最大17%)・控除上限(10%)を上乗せする仕組みを導入(旧措法68の9②⑥四、旧措令39の39④、新措法68の9③④⑤⑧五、新措令39の39⑪)。 連結親法人が中小連結親法人に該当する場合、試験研究費の総額に係る税額控除制度(総額型)を適用する代わりに、中小企業者の試験研究費に係る税額控除制度を適用することが可能となる。 ここで、「中小連結親法人」とは、「中小連結法人」のうち、連結親法人に該当するものをいう。 この場合、「中小連結法人」とは、連結親法人が中小企業者に該当する場合の連結親法人又は連結子法人(資本金の額が1億円以下のものに限る)をいう。また「中小企業者」とは、資本金の額が1億円以下の法人のうち、同一の大規模法人(資本金の額が1億円を超える法人)に1/2以上の株式を所有されている法人及び複数の大規模法人に2/3以上の株式を所有されている法人を除いたものをいう。 【中小企業者の試験研究費に係る税額控除制度】 ▷税額控除限度額 ▷控除限度となる法人税額基準額 また、中小企業者の試験研究費に係る税額控除額の個別帰属額の計算方法は、次のように改正されている(新措法68の9⑫、措令39の39条22項三・四)。 [中小企業者の試験研究費に係る税額控除額の個別帰属額の計算方法] [ⅰの額の計算方法] ◆下記以外の場合 ◆平成29年4月1日から平成31年3月31日までの間に開始する連結親法人事業年度において、増減試験研究費割合が5%を超える場合 [ⅱの割合] (注1) この場合の特別試験研究費は、分子と異なり、試験研究費の総額に係る税額控除制度又は中小企業者の試験研究費に係る税額控除制度の適用対象としたものを含む。 (注2) 個別増減試験研究費割合とは、当該連結法人の個別増減試験研究費/当該連結法人の比較試験研究費となる。個別増減試験研究費とは、当該連結法人の試験研究費から比較試験研究費を減算した金額をいう。 (3) 特別試験研究費に係る税額控除制度(オープンイノベーション型)について、その範囲と手続要件等を企業実務に合わせて緩和する。 改正内容は、単体納税と同様に以下となる(新措法68の9⑥⑧七、新措令39の39⑫⑬、新措規22の23⑩~⑳、経済産業省「特別試験研究費税額控除制度ガイドライン(平成29年度版)」)。 なお、特別試験研究費に係る税額控除制度の仕組みに改正は行われていない。 特別試験研究費に係る税額控除制度の仕組みについては、本誌掲載の拙稿『連結納税適用法人のための平成27年度税制改正/【第6回】「研究開発税制の見直し」/[7] 連結納税適用法人に係る研究開発税制の見直し/1(2)の③』を参照してほしい。 (4) 試験研究費の増加額に係る税額控除制度(増加型)を廃止し、平均売上金額の10%を超える試験研究費に係る税額控除制度(高水準型)の適用期限を、平成31年3月31日までに開始する連結親法人事業年度まで2年延長する(新措法68の9⑦)。 この場合、試験研究費の総額に係る税額控除制度又は中小企業者の試験研究費に係る税額控除制度における改正後の「控除限度となる法人税額基準額の上乗せ措置」を適用する場合は、高水準型の税額控除は適用できない(上乗せ措置と高水準型の選択制となった)。 なお、平均売上金額の10%を超える試験研究費に係る税額控除制度(高水準型)の仕組みに改正は行われていない。 高水準型の仕組みについては、『連結納税適用法人のための平成27年度税制改正/【第6回】「研究開発税制の見直し」/[7] 連結納税適用法人に係る研究開発税制の見直し/1(2)の④』を参照してほしい。 (5) 第4次産業革命型の「サービス」の開発に係る試験研究費を税額控除の対象に追加する。 改正内容は単体納税と同様に以下となる(新措法68の9⑧一、新措令39の39②③、新措規22の23①②)。 1 他の連結法人に研究開発を委託した場合の委託費も含まれるのか? 新たなサービスの開発に係る試験研究費のうち、委託費については、他の者に委託をして試験研究を行う連結親法人又はその連結子法人の試験研究のために委託を受けた者に対して支払う費用(原材料費、人件費及び経費に相当する部分に限る)をいうが、その「他の者」には、連結親法人又はその連結子法人との間に連結完全支配関係がある他の連結法人が含まれることになる(これは、従来からの「試験研究費」の対象になる委託費と同じ取扱いになっている。新措令39の39③)。 つまり、上記ⅰ~ⅳの新サービスの開発業務を他の連結法人に委託した場合の委託費は、支払者となる連結法人で新たなサービスの開発に係る試験研究費として税額控除の対象になることを意味している。 なお、試験研究費の額からは、他の連結法人からその試験研究費に充てるために支払を受けた金額を控除する取扱いとなっているが(新措法68の9①)、これは、受領側での取扱いであり、新サービスの開発業務を受託した他の連結法人では、通常、受託料とそれに掛かった費用は売上と売上原価として処理されることから、この場合について、委託者側で試験研究費の額に加算され、受託者側で試験研究費の額から控除される、という取扱い、つまり、連結納税ベースでツーペイにはならない(一方、会計処理に関係なく、受託者側でそれに掛かった費用が試験研究費に該当する場合でも、受託料は委託研究費として試験研究費の額から控除される(租税特別措置法関係通達(連結納税編)68の9(1)-1)。 2 比較試験研究費に過去の新たなサービスの開発に係る試験研究費を含めるのか? (1)試験研究費の総額に係る税額控除制度又は(2)中小企業者の試験研究費に係る税額控除制度における「比較試験研究費」について、過去の新たなサービスの開発に係る試験研究費を含める必要があるかが問題となる。 この点、まだ改正されていないが、租税特別措置法関係通達(連結納税編)68の9(1)-6(試験研究費の範囲が改正された場合の取扱い)では、「試験研究費に含まれる費用の範囲が改正された場合には、比較年度又は基準年度の試験研究費の額についてもその改正後の規定により計算するものとする。」とされているが、各制度の仕組みからしても、当然に、過去の新たなサービスの開発に係る試験研究費を含めて比較試験研究費の額を計算することになると考えられる(また、今後、平成29年度税制改正に対応した同通達が公表されることが予想される)。 3 他の連結法人で既に行っているサービスでも、「新たなサービス」に該当するのか? 新たなサービスの開発に係る試験研究費の「新たなサービス」は、条文上、他の連結法人が既に提供しているサービスは含まれない」といった規定が定められていないことから、原則どおり、単体納税と同様に、各連結法人単位で「新しい」かどうかを判定すればよい。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第28回】 「外れ馬券事件」 ~最判平成27年3月10日(刑集69巻2号434頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
電子マネー・仮想通貨等の非現金をめぐる 会計処理と税務Q&A 【第12回】 「トレーディング目的で仮想通貨を保有する場合の会計・税務」 公認会計士・税理士 八代醍 和也 A 仮想通貨による会計・税務の取扱いの各論第3回目は、トレーディング目的として保有する場合を取り上げる。 前々回は売上取引、前回は仕入取引に係る仮想通貨の取扱いについて見てきたが、未だ流通環境が未整備という我が国の現況においては、一般製商品の売買取引や役務提供取引の対価として使用されることはまだレアケースといえるから、実務的に多いのはやはりトレーディング目的での保有ということになるものと思われる。 以下、取得時、譲渡時、交換時、期末評価の処理について、設例を用いて解説していく。 1 会計処理 (1) 仮想通貨を取得した際の処理 仮想通貨の取得に係る会計処理は、保有目的による影響を受けない。つまり、これまでの販売時、購買時の処理と同様、取得時の時価で計上されることになる。 取得時において市場で成立している時価単価に基づく円貨を支払うことになるので、この会計処理は当然のものであり、特段疑問点は生じないものと思われる。 これを設例を用いて示すと以下のようになる。 (※) 1ビットコイン×@100,000円=100,000円 (2) 仮想通貨を譲渡して円転した場合の会計処理 前々回でも述べたが、仮想通貨に市場で形成される時価がある以上は、仮想通貨を取得した際とこれを譲渡して日本円に換金した際との間で時価が変動し、換金時の帳簿金額と収入金額は一致しないことが通常である。 また、この場合に生じる譲渡損益は、仮想通貨の保有目的を問わずその譲渡によって確定するものであるから、会計処理としても前々回説明したものと同様、当期の損益として処理することになると考えられる。 なお、表示区分については留意が必要である。トレーディング目的で保有する棚卸資産を譲渡した場合の損益についての会計処理は「棚卸資産の評価に関する会計基準」に定められているが、仮想通貨の有する棚卸資産に類する性格に鑑み、当該基準に従い、純額で売上高として営業損益項目に計上することが適切と考えられる。 以上の点を設例・仕訳例で示すと以下のとおりである。 (※) 売上高として計上する。 (3) 仮想通貨を交換した場合の会計処理 仮想通貨はビットコイン以外にも多数の種類が存在し、一般的にビットコイン以外の仮想通貨をオルトコインという。 上記(2)では、仮想通貨の譲渡について円転することを前提に説明を行ってきたが、仮想通貨を譲渡する場合、必ずしも円貨で決済する場合だけとは限らず、ビットコインを譲渡してオルトコインを取得する場合や、逆にオルトコインを譲渡してビットコインを取得する場合、さらには種類の異なるオルトコイン同士を交換する場合なども考えられる。 したがって、こうした「仮想通貨同士の交換を行う場合の会計処理」についても検討する必要があろう。 現在、この点について、明確な会計基準や税法の規定はないものの、大きく分けて以下の2つの考え方があるようである。 交換時点において市場で形成された交換レート(=時価)により等価交換が行われているという前提に立てば、後者の「譲渡損益を認識しない」という考え方も一応の理屈は立ちそうであるが、一方で外国通貨の交換を行った場合には、そこに換算差損益が生じていることは明らかであり企業会計においても実際に損益が認識されるところ、仮想通貨の場合においてもこれと同様であるという立場に立てば、前者の「譲渡損益を認識する」ことになる。 あくまで筆者の私見であるが、適切な企業会計の目的が会社のあらゆる事業活動の成果を貨幣的に表すということにあるのだとすれば、当該仮想通貨による交換により(少なくとも円換算した場合には)損益が生じていることは明らかであるから、譲渡損益を認識すべきであると考える。 また、国税庁ホームページには次のように、所得税に関する質疑応答事例として、外国通貨同士の交換を行った場合の取扱いが公表されている。所得税の取扱いではあるものの、一般的な企業会計の考え方とも整合するものであり、仮想通貨同士の交換に関する取扱いを検討するに当たっても斟酌すべきものと考える。 以上の点を設例・仕訳例で示すと以下のとおりである。 (4) 期末評価 連載【第9回】でも述べたとおり、仮想通貨は会計的には棚卸資産としての性格が強く、棚卸資産の評価に関する会計基準の趣旨に沿った会計処理を行うことが合理的であると考えられる。 すなわち、期末時にトレーディング目的で保有する仮想通貨については、市場で形成された時価によって期末評価を行い、当該評価によって生じた損益は当期の損益として処理することになろう。 設例・仕訳例を示すと以下のとおり。 2 消費税の取扱い 国内における課税資産の譲渡のタイミングで消費税は課税される。また、平成29年度の税制改正により仮想通貨の譲渡について消費税は課されない(【第6回】参照)。 これらを踏まえて、上記設例における消費税の課税関係を整理すると、以下のようになる。 (連載了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第60回】 株式会社ながの東急百貨店 「第三者委員会調査報告書(平成29年6月13日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【調査委員会の概要】 【株式会社ながの東急百貨店の概要】 株式会社ながの東急百貨店(以下「ながの東急」と略称する)は、1958(昭和33)年11月設立。百貨店業。資本金2,368百万円。連結売上高19,750百万円、経常損失100百万円(数字は、いずれも平成29年1月期)。従業員数304名。本店所在地は長野県長野市。JASDAQ上場。親会社である株式会社東急百貨店が議決権の57.75%を所有。株式会社東急百貨店の株を100%所有する東京急行電鉄株式会社(東証1部)の連結子会社である。 【第三者委員会調査報告書の概要】 1 調査に至る経緯 ながの東急のカスタマーセンター担当者(マネージャー職)が、「ワールドジュエリー&ウォッチフェア」という名称の催事において、適正に顧客に販売をしたように装い、商品を転売するなどの不正な取引行為を行っていたことが発覚したため、ながの東急は、日弁連の第三者委員会ガイドラインに基づき選任した外部の専門家による、第三者委員会を設置した。 不正行為者による不正の発覚経緯については、ながの東急によるリリース、第三者委員会調査報告書ともに、言及がない。記述から推測すると、2016年度におけるフェア終了後、本来の入金期日までに回収されない売上代金が多額になったため(調査時点で約19百万円)、不正が発覚したのではないだろうか。 2 調査結果の概要 (1) ワールドジュエリー&ウォッチフェアの特徴 ワールドジュエリー&ウォッチフェア(以下「フェア」と略称する)は、毎年8月から10月にかけて開催される宝飾品と時計の全社的な販売キャンペーンであり、通常の店頭販売との比較において、次のような特徴を有している。 (2) 不正の手口 不正行為者は、フェア期間中、買主として親族や知人等の名前を勝手に使用して、仕入先からブランドものの時計を持ち出し、架空の販売実績を挙げていた。持ち出した商品は、他に転売して一時的に資金を得るとともに、フェア終了後の入金期限である12月中に、販売代金を入金することを繰り返していた。 当初は、不正行為による販売金額も少額であったため、本人名義で販売を行っていたが、不正な販売金額が高額になるに従い、他の従業員の名義を借りて販売を行い、また、買主についても他の従業員の顧客名義を使用していた。 (3) 不正行為者による売上計上額の推移(報告書p.4) 第三者委員会の調査によれば、不正行為者による、不正な販売行為による売上計上額は、次のとおりである(金額には消費税額等を含む。単位:円)。 2016年度までは、8月から10月までの開催であったフェアが、2017年度からは通年開催となったことに伴い、2017年においても、本件不正が発覚する4月までの間、不正な販売行為が続けられていたことがわかる。 (4) 不正の動機(報告書p.3) 不正行為者は、2009年頃から、フェアにおける買取りから入金までの猶予期間を利用して一時的な資金を得ることを目的に、不正行為を行うようになった。不正を行った理由としては、生活費(子供の大学進学、住宅ローンなど)に充てる必要があったこと、当時の職場での取引上のトラブルが発生し、その責任を取るため自ら顧客の取引代金の穴埋めを行ったことから、資金を得たいと考えたものであると説明されている。 確かに、フェア終了後約2ヶ月間、転売資金が自由に使えるというメリットはあろうが、百貨店の小売価格以上の価格で転売することは不可能であり、不正を重ねるにしたがって資金的に苦しくなり、破綻することが自明である状況の中、2009年頃から発覚するまでの7年以上、こうした不正を続けた動機としては納得できないものを感じる。同時に、2016年まで、資金繰りが破綻しなかった理由について、調査報告書に説明がない点も気になるところである。 (5) 転売先はどこか 調査報告書冒頭には、今後の調査方法として、「転売先への委員会ヒアリング」を実施することを決定した旨の記述があるものの、報告書にはそれ以外の記述がなく、第三者委員会が転売先に対するヒアリングを実施できたのかどうかも含めて、ヒアリング内容はどのようなものであったのかは、不明である。 前述のように、フェアで取り扱う商品は、仕入先が承諾すれば値引き販売が可能であったため、不正行為者が転売によって利益を得ていた可能性も排除できないことを考えると、転売先に対するヒアリング調査は、第三者委員会として必須の手続きではなかったかと思えるだけに、転売先に関する記述がない点、奇異な印象を持ってしまう。 (6) 第三者委員会による売上の取消しが必要な金額(報告書p.31) 第三者委員会は、百貨店の売上として計上できないのは、「刑法上の詐欺に準じる違法性を持つ場合」であると判断し、取引回数及び取引金額が激増し、多額の未収入金が残っている2016年度について、「通常取引から詐欺に準じる取引へと変容」したとして、それ以前の取引については通常取引として、「決算上取消等を要しない」と判断している。 売上の取消しが必要な金額は次のとおりである(消費税額等を除く。単位:円)。 上記表中、「支払代金返済を要する取引」に掲げる金額は、不正行為者に自らの名義を貸した従業員等が、担当者責任として立替え弁済している金額を含んでいる。 (7) なぜ、発覚しなかったのか 不正行為者は、「売上実績を譲る」と称して、複数の従業員の名義を借りることを持ちかけていた。名義貸しに応じた従業員の中には、売上目標の達成に苦しんでいて積極的に承諾をした従業員もいるということである。 2016年度になると、こうした名義貸しの承諾を得ずに、不正行為者が不正に他の従業員の名義を借用して商品を持ち出すことが多くなり、社内の業務日報を見て不審に思い、不正行為者に問い質した者や担当者名義の変更を求める者もいたことが、第三者委員会のヒアリングで判明している。 また、名義を貸した他の従業員が、担当者の責任として販売代金を立替え払いしている金額が8,197,000円であったことも判明している。 不正行為者の販売に関して不審を抱いているはずの従業員が多く存在したにもかかわらず、そうした声は、コンプライアンス委員会や内部統制・コンプライアンス担当者(1名)に届かなかったようである。ながの東急の有価証券報告書を読む限り、内部通報制度に関する記述はないが、もし、内部通報制度が存在して有効に機能していれば、より早い段階で、不正を発見することが可能ではなかったのだろうか。 【調査報告書の特徴】 百貨店の催事において、売上先を偽って不正な販売行為をした従業員が、商品を転売してその代金を百貨店に入金、長く百貨店側は不正に気づかなかったが、おそらくは資金がショートして回収遅延売掛金が生じたため、不正が発覚した。 さて、従業員の不正な販売行為による売上計上は取り消されるべきか否か。 ながの東急第三者委員会は、この命題に1つの解決策を示している。 1 従業員による不正な販売行為は取り消されるべきか否か(調査報告書p.27) 第三者委員会は、本件の不正について、一連の取引が売買から決済時期までの期間を利用し、一時的な資金需要のために転売の意思をもって自ら商品を購入したものであり、本百貨店の従業員としての地位を不正に利用し、社内規則等に照らし規律違反となることは明白であると結論づけているが、不正行為に伴って、ながの東急が計上している売上高の取消しについては、以下のように慎重なコメントを述べている。 そのうえで、今回の事案において売上計上が否定されるべき取引の判断基準は、「詐欺に準じると評価できる程度の悪質性を有するか否か」とし、法的な側面から「詐欺に準じる」と判断された取引をもって「売上取消対象の取引」を識別することは、会計基準への準拠の観点からも、妥当であると判断して、不正な販売行為の額が一気に拡大し、かつ、売買代金が完済できない事態が生じた2016年度に「質的変化」が生じていることから、通常取引から詐欺に準じる取引へと変容する時期は 2016 年以降というべきであり、それ以前の取引については通常取引として、決算上取消等を要しない、との考えを示した。 2 第三者委員会の判断に対する疑問点 例えば、循環取引による会計不正では、たとえ代金の決済が終わっていたとしても、過去に遡って取引全体を取り消し、売上高及び売上原価を減額する決算修正を行うことが求められる。これは、循環取引が実際の商品が存在しているか否か(架空であるか否か)を問わず、実務上、当然の要求である。 本件不正について、第三者委員会は「売買代金の支払意思」「商品代金の支払い完了」という事実に着目して、今回の事案を不正行為者に対する「商品の販売」であるとして、すべての不正な売上の取消しを求めていないのであるが、この判断には疑問が残る。 すなわち、本件不正は、不正行為者がながの東急の社員である地位を利用して、商品を詐取し、その犯行を露見させないために、商品の転売によって資金を調達していたのであるから、百貨店としての正常な営業活動の成果である「売上」ではありえないと判断すべきではなかったか。従業員が無断で(就業規則等に違反して)、他の業者等に転売した行為が、会社定款に規定する「会社の目的」に適合するということはあり得ないのではないだろうか。 決算の修正としては、本件不正のうち、最終顧客が判明しなかったすべての取引につき、売上高と売上原価を取り消すべきである。そして、不正行為者からの入金は、商品供給先への支払に充当したうえで、まだ回収できていない商品の仕入代金相当額を、不正行為者に対する未収入金として計上するとともに、回収可能性を考慮して貸倒引当金を設定するという方法であるべきであろう。 また、フェアでの販売高に応じた販売奨励金については、不正行為者のみならず、名義を貸した他の従業員についても、全額、返還させるべきであり、この点についても決算修正(販売奨励金の取消)が必要なのではないかと思料する。 3 再発防止策 調査報告書では、第三者委員会は、今後再発防止策を提言する予定であるとしており、本稿執筆現在、まだ再発防止策は公表されていないが、6月13日付リリースでは、ながの東急として以下の管理体制の強化策が挙げられている。 4 取締役の辞任・異動 平成29年1月27日付「取締役の辞任及び重要な人事に関するお知らせ」によれば、当時常務取締役業務本部長であった田力祐志氏は、「一身上の都合」を理由に1月31日付で辞任し、翌2月1日付で親会社である株式会社東急百貨店の常勤監査役に就任予定と報じられるとともに、取締役営業本部長である宮沢宏明氏が、取締役のまま、2月1日付で、子会社の株式会社北長野ショッピングセンター代表取締役への就任が公表されている。この異動が、本件不正に対する一種の責任追及の結果であるのかどうかは不明である。 調査報告書(p.27)では、人物は特定されていないものの、「早くから名義貸しを承諾していた者」の中には、「取締役として部下の監視・監督義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り本件対象者の本件一連取引を止める措置をとらず、その結果、2017年2月以降も商品購入が継続された」と指摘している部分があるものの、上記リリースの対象となった両名については、役員報酬の減額という社内処分はされておらず、調査報告書の記述内容と社内処分との関連については判然としない。 (了)
連結会計を学ぶ 【第7回】 「連結決算日と決算日の変更」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 連結財務諸表の作成において、連結財務諸表の作成に関する期間は1年であり、親会社の会計期間に基づいて、年1回一定の日をもって連結決算日とすると規定されている(「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号。以下「連結会計基準」という)15項)。 ただし、親会社と子会社は、その決算日が必ずしも一致するとは限らないので、連結会計基準などでは一定の規定を設けている。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 連結決算日に関する規定 1 基本的な考え方 前述のように、連結財務諸表の作成に関する期間は1年であり、親会社の会計期間に基づいて、年1回一定の日をもって連結決算日とすることになる(連結会計基準15項、「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」(以下「連結財務諸表規則」という)3条1項)。 ただし、親会社と子会社は、その決算日が必ずしも一致するとは限らないので、連結会計基準は次の規定を設けている(連結会計基準15項、注解4)。 連結財務諸表規則12条及び連結財務諸表規則ガイドライン12-1では、次のように規定している。 2 連結財務諸表規則ガイドライン12-1 本来、仮決算は連結決算日に行うべきものと解されるが、上記の通り、連結財務諸表規則ガイドライン12-1は、「相当の理由がある場合には」、「連結決算日から3か月を超えない範囲の一定の日」に仮決算を行うことができるとしている。 この「相当の理由がある場合」については、四半期決算のスケジュールとの関係や、日程的に連結手続を容易に行うことを説明しているものがある(平松朗、金子裕子、柳川俊成、大橋英樹『連結財務諸表規則逐条詳解』(中央経済社、2011年10月)170、172ページ)。 Ⅲ 決算日の変更 1 決算日の変更と会計方針の変更 「会計方針」とは、財務諸表の作成に当たって採用した会計処理の原則及び手続をいい、「会計方針の変更」とは、従来採用していた一般に公正妥当と認められた会計方針から他の一般に公正妥当と認められた会計方針に変更することをいうと定義されている(「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準第24号)4項(1)及び(5))。 親会社又は子会社の決算日の変更が行われた場合、当該変更が会計方針の変更に該当するかどうかであるが、これは会計方針の変更に該当しないと考えられている(「比較情報の取扱いに関する研究報告(中間報告)」(会計制度委員会研究報告第14号。以下「比較情報研究報告」という)Q5)。 このため、決算日の変更が行われたとしても、それは会計方針の変更ではないので、遡及適用はされず、したがって、比較情報については、前連結会計年度に係る連結財務諸表を記載することになる(比較情報研究報告Q6のA(2))。 前述のように、決算日の変更は会計方針の変更に該当しないが、四半期報告制度や次年度以降の比較情報の有用性等を考慮すると、会計方針の変更の取扱いに準じて、親会社の第1四半期決算から四半期連結決算日の統一を行うことが適当と考えられる。 なお、いわゆる第4四半期において決算日の統一を行うやむを得ない場合もあると考えられる。この場合には、損益計算書を通して調整する方法のみが採用でき、実施した会計処理の概要のほか、その理由も記載することが適当と考えられる(比較情報研究報告Q6のA(1))。 2 親会社又は子会社の決算日の変更 親会社の決算日を変更すると、連結決算日を変更することになるため、その旨、変更の理由及び当該変更に伴う連結会計年度の期間を連結財務諸表に注記することになる(連結財務諸表規則3条1項、3条3項)。 なお、連結子会社の決算日が変更されたこと等により、当該連結子会社の事業年度の月数が、連結会計年度の月数と異なる場合には、その旨及びその内容を連結財務諸表に注記するものとされている(連結財務諸表規則ガイドライン3-3)。 親子会社又は子会社の決算日の変更に伴う会計処理及び比較情報の開示については、「比較情報の取扱いに関する研究報告(中間報告)」(会計制度委員会研究報告第14号)Q6に詳細に規定されているので、実際に決算日の変更を行う際には参照していただきたい。 (了)
税理士が知っておきたい [認知症]と相続問題 〔Q&A編〕 【第13回】 「高齢運転者が交通事故を起こしたケース」 クレド法律事務所 駒澤大学法科大学院非常勤講師 弁護士 栗田 祐太郎 [設問12] 私の父親は85歳で、妻(私の母親)に先立たれた後は、東北地方にある実家でひとり暮らしをしています。 田舎での生活ですので、買い物や病院に出かけるためには自動車が欠かせず、父も小さな自動車を1台所有しています。 しかしながら、3年ほど前から軽い認知症の症状が出始めていると診断されて以降、自分で車を運転するのは危険だということで、子である私たちからも父に強くお願いし、自分では車を運転しないようにしてもらっていました。 ◆ ◆ ◆ ところが、先月のある日、いつも外出に利用しているバスが悪天候で運休となったため、父は、相当久しぶりに自分で運転して買い物に出かけたようなのです。ところが、その途中、左隣のレーンで後方を走っていた軽自動車に気づかず、左折の際に衝突して相手に怪我を負わせ、その方の軽自動車を大破させてしまったのです。 それどころか、父の車は雨の中でスリップして電柱に激突したため、父は、その時に負った重傷がもとで、事故から1週間後に亡くなってしまいました。 父の法定相続人は私と私の妹の2人となりますが、今後の損害賠償等を含め、どのように対応したらよいでしょうか。 1 高齢運転者が関与する事故の増加 最近のニュースでは、高齢の運転者が関わる様々な事故が話題になる機会が多い。たとえば、高速道路の逆走や登校中の小学生の列への衝突、ブレーキとアクセルを踏み間違えて急発進し、店舗に激突する等といった事例である。 警視庁が発表した次の統計を見ても、65歳以上の高齢運転者が関与する事故件数は年々増加している傾向にある。 たとえば、東京都における交通事故の総件数自体は平成19年で約6万8,000件、平成28年で約3万2,000件と半減しているにもかかわらず、その中で高齢者運転者が関与していた割合は、平成19年において13.1%であったのが平成28年には22.3%を記録し、約1.7倍の伸びを示している。 そして、高齢者が関与する事故での事故原因で最多のものは、脇見や考えごとをしていた等による「発見の遅れ」(構成率68.6%)であった。 これは、運転者が高齢となるにつれ、危険察知や危険予測の前提となる五感での認知機能が低下していくことの表れといえよう。 このような現状を踏まえ、現在では、運転免許の更新時において、①高齢者講習や②認知機能検査が義務付けられるようになっている。 具体的には、①更新期間が満了する日における年齢が70歳以上の免許保有者が免許証の更新をしようとするときは、免許証有効期間満了日前6ヶ月以内に高齢者講習を受けなければならない。 また、②この場合に75歳以上となる場合には認知機能検査を受け、その結果に基づいた高齢者講習を受けなければならない。 加えて、③75歳以上の免許保有者が、認知機能が低下した場合に行われやすい一定の違反行為(信号無視、進路変更禁止違反、交差点右折左折方法違反等)をした場合には、臨時に認知機能検査を受けなければならない。 そして、臨時認知機能検査の結果、認知機能の低下が自動車等の運転に影響を及ぼす可能性があることを示す一定の基準に該当したときは、臨時に高齢者講習を受けなければならず、検査や講習を受けなかった場合は、免許の停止又は取消しの対象となる。 上記について、詳しくは次のホームページを参照されたい。 2 高齢運転者が負う3つの法的責任 高齢の運転者が不幸にして交通事故を発生させた場合、以下のような3つの観点での法的責任が問題となる。 (1) 行政上の責任 交通違反の内容に応じた違反点数が付加され、反則金、免許停止、あるいは免許取消し等の行政処分が課されることになる。 (2) 刑事上の責任 人身事故を起こし、人を死傷させた場合には、自動車運転死傷行為処罰法に基づき、刑罰が科せられる場合がある。この際、通常の運転の場合には、「過失運転致死傷罪」が適用されることになる。 この点、認知症等による影響が重大で、交通事故当時に、心神喪失(精神の障害により事物の理非善悪を弁別する能力またはその弁別に従って行動する能力のない状態)と認められた場合には、犯罪は成立せず、刑罰は科せられない。 あるいは、心神耗弱(精神の障害がまだ事物の理非善悪を弁別する能力またはその弁別に従って行動する能力を欠如する程度には達しないが、その能力の著しく減退した状態)と認められた場合には、犯罪は成立するものの、その刑が減刑される。 交通事故を起こした運転者がこのような心神喪失や心神耗弱の状態にあるのか等につき詳細な調査が必要な場合には、勾留期間中に鑑定留置の手続が取られることもある。 これは、運転者の身柄を病院等の専門機関に送り、責任能力の有無や程度に関し、様々な専門的検査を実施する手続である。 (3) 民事上の責任 通常の交通事故の場合と同様、被害者において生じた人的損害(人損)と物的損害(物損)の両方に関して賠償することが必要となる。 たとえば、人損では、事故によって生じた治療関係費、通院交通費、休業損害、後遺障害逸失利益、慰謝料等が、物損では、車両修理費、代車使用料等といったものが具体的な損害費目となってくる。 この点、運転者が高齢で認知症を発症している場合には、民事上の賠償責任を負う前提となる責任能力を本人が有しているのかという問題が生じる。 責任能力とは、「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能」を備えていることをいう。仮に加害者が責任能力を欠く場合には、民法上は不法行為責任を負わないと規定されているため、重大な影響がある。 実際には、人損に関しては、3,000万円までの範囲内については、加入が強制されている自賠責保険によりカバーされる。そのため、民法上の不法行為ではなく、自動車損害賠償保障法3条のいわゆる「運行供用者」責任に基づき賠償請求していくことが一般である。 このような自賠法上の請求に関し、民法の責任能力の規定に基づく免責を認めるかについては長年にわたり見解の対立があるが、現在では、被害者保護の見地を重視し、免責を認めないとする考え方が多数となっている。 他方で、物損に関しては、民法709条に基づき賠償請求していくことになるが、任意保険の支払いに関して、上記と同様に責任能力規定の適用が問題とされる余地も出てくる。 このようにして、自賠責・任意保険の双方を使用しながら、発生した損害の賠償を行っていくことになるのである。 それでは、仮に高齢運転者本人に責任能力が認められず、この者からは賠償を受けられないという結論となった場合、被害者としては誰に対して賠償をしていけばよいか。 この問題については、次回に設例を変えて検討することにしたい。 3 相続における損害賠償債務の取扱い 【設問12】において、相談者の父は不幸にも事故で死亡している。 そうすると、相談者の父が被害者に対して負う損害賠償債務は、いわゆる“マイナスの財産”として、父の法定相続人である相談者と妹の2人が各自の法定相続分で分割して(本件では2分の1ずつ)相続することが原則である。 ただし、①相談者の父が任意保険に加入していた場合には、任意保険により被害者に対して保険金が支払われ、損害が填補されることになる。 他方、②相談者の父が自賠責保険にしか加入していなかったケースで、被害者における人損の損害額が3,000万円を超える場合、あるいは物損も生じているという場合には、保険によりカバーできなかった部分につき、相談者と妹の2人が債務を相続して責任を負うこととなる。 そこで、このような場合には、相談者と妹の方で、父の遺産のプラス財産とマイナス財産とを慎重に調査・検討した上で、相続放棄をするかどうかを検討することになろう。 (了)