計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第1回】 「当期のB/Sに前期の数字が載っているミス」 公認会計士 石王丸 周夫 1 今回の事例 計算書類のドラフトには、うっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例1-1】 当期の貸借対照表(個別)の「その他利益剰余金」の欄に前期の数字が記載されている。 【事例1-1】は、貸借対照表(個別)の純資産の部だけを切り出して掲載したものです。この中の「その他利益剰余金」の数字が間違っているという事例です。 「その他利益剰余金」がどのように間違っているかというと、どういうわけか前期の数字が記載されているというのです。 計算チェックをやってみると、「その他利益剰余金」の額がおかしいことはすぐにわかります。 実はこのミス、起こるべくして起こったものです。 貸借対照表(個別)の純資産の部は、うっかりミスがよく起こる場所なのです。 2 データの使い回しがミスの原因 計算書類の決算書部分は、試算表から数字を手作業で転記して作成します。システム化が進んでいて、自動転記されるという会社もありますが、実務的には人間の判断が必要なところも多く、依然として多くの会社で手作業に依存しています。 その場合、決算書作成担当者は、前期の決算書のデータファイル(エクセルやワード等)をコピーして、そのファイルに当期の数字を上書きしていきます。 前期データの使い回しです。 そうすることにより、当期の決算書を作成します。おそらくほとんどの人がそうやっています。 【事例1-1】のミスは、その作業プロセスで起こります。前期の貸借対照表のデータをコピーして、そのデータの数字部分に当期の数字を上書きしていきます。もちろん、すべての項目を正しく上書きしていればミスは起こりません。ところが、「その他利益剰余金」のところを上書きし忘れてしまったのです。 では、なぜ他の科目ではなく、「その他利益剰余金」のところでミスしたのでしょうか。 3 転記作業のリズムが狂う 貸借対照表(個別)の中で、純資産の部には、資産の部や負債の部には通常見られない特徴があります。それは、当期の数字と前期の数字が全く同じになる科目があるという点です。 そうです。「資本金」のことです。 「資本金」の数値は、増減資がなければ変動しません。増減資は毎年度のように行われるものではありません。したがって、「資本金」の数値は、多くの会社で当期も前期も同じ数値になるのです。 当期の数字と前期の数字が全く同じ場合、試算表から貸借対照表(個別)への転記が不要になります。上書き作業が1箇所減る分、得した気分になりそうですが、そこが盲点です。 数字の転記作業というのは、機械的にどんどんやっていく方がミスしません。途中で転記不要の科目が出てきて、その科目をとばして次の科目の転記をするとなると、かえってリズムが狂います。 それがミスを誘発します。 つまり、転記不要の「資本金」の近辺の科目で、転記が必要なところまで転記せずに済ませてしまうのです。その結果、前期の数字が当期の貸借対照表(個別)に残ってしまいます。 4 類似ミスの紹介 当期の決算書に前期の数字が載っているというミスは、他にもあります。 やはり純資産の部で多発しています。以下のようなものです。 これらはいずれも前期データの使い回し(リサイクル行為)に関連して起きるミスです。 筆者はこれを『リサイクル・ミス』と呼んでいます。 〈今回のまとめ〉 前期データを使い回しながら計算書類を作成している会社では、前期の数字が当期の決算書に残ってしまうリスクがあることを知っておくこと。 貸借対照表(個別)の純資産の部では、特に前期数値が更新されずに残っているというミスが多発しているので、十分に注意して作成、見直し、計算チェックを行うこと。 (了)
J-SOXの経験に学ぶ マイナンバー制度対応のイロハ 【第3回】 (最終回) 「安全管理措置は企業ごとの状況に応じたリスクを認識して構築する」 公認会計士 金子 彰良 ◆はじめに 第2回では、具体的な安全管理措置の検討を実施するに先だって、その前提となるガイドラインの各保護措置について、マイナンバー制度対応に伴い関連事務が付加される5つの業務プロセス、「取得」「利用」「保管」「提供」「削除・廃棄」と関連付けて解説した。 安全管理措置の検討にあたっては、これら5つの業務プロセスに焦点をあてて、関連事務をどのように既存業務に取り込むかを検討し、To-Be(あるべき姿)の業務プロセスを作成する。 第3回では、制度対応の実務的なアプローチともいえる「取扱規程の作成、安全管理措置の検討のための5ステップ」について解説する。 ◆制度対応の実務的なアプローチ ▷取扱規程等の作成にあたり、統一的なモデルは提示されない ガイドラインの「(別添)特定個人情報に関する安全管理措置(事業者編)」(以下「別添資料」という)では、安全管理措置の検討のアウトプットとして、「取扱規程等の策定」をあげている。この取扱規程等には、特定個人情報等の取扱事務の流れを整理して、管理段階(取得、利用、保存、提供、削除・廃棄)ごとに、取扱方法、責任者・事務取扱担当者及びその任務等について定める。 ところで、事業者によって、扱う個人番号の規模や特定個人情報等の取扱い事務の特性は異なる。上記の取扱規程等の趣旨をくみ取るならば、実際に特定個人情報ファイルの取扱規程等を作成するためには、各事業者の具体的な事務の流れを整理する必要があろう。 すなわち、ひな型となるモデル規程があったとしても、それは参考にするにとどまり、そのまま利用することはガイドラインの趣旨と異なると言える。この点は、ガイドライン策定の過程で特定個人情報保護委員会から公表されていた「取扱規程等について統一的なモデルを提示する予定はない」との考え方にもつながる。 とはいえ、別添資料では、事務対応への配慮から、中小事業者向けの簡便的な対応案がいくつか記載されているので、このような手法の例示を参考にしながら検討することになるだろう。 ▷取扱規程の作成、安全管理措置の検討のための5ステップ ここでは、別添資料における取扱規程等の策定について、「安全管理措置を織り込む」とはどのようなことを指しているのか、もう一段階レベルを落として実務的な検討手順として5つのステップを紹介したい(図表3-1)。 図表3-1 取扱管理規程の作成、安全管理措置の検討の5ステップ ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 以下、手順ごとの概要を示す。 〇ステップ1:付加される業務の影響箇所の特定 番号法の影響は、事業者内の広範な組織にわたることが多い。従業員の個人番号を取得し、登録・管理する点で人事給与部門がイメージしやすいが、個人で顧問契約をしている税理士・不動産賃貸をしている個人オーナーなどの支払調書の作成業務を担うことの多い経理部門も対象になる。その他、情報システム部門(個人で独立しているエンジニアへの外注)、総務部門(研修の講演を依頼した個人講師)、営業部門(販促スタッフとして契約した個人)なども対象となるかもしれない。 ガイドライン別添資料の安全管理措置の検討手順では、取扱規程等の作成の前段で、個人番号を取り扱う事務の範囲と特定個人情報等の範囲、そして、事務取扱担当者の3つを明確化することを求めている。 ここでは、上記で明確化されたものをより具体的なイベントとして洗い出す作業をイメージしている。 例えば、入社(加入)、退社(喪失)、身上関係変更(氏名変更など)など個人番号を取り扱う事務を洗い出す。合わせて使用する帳票の洗い出しと個人番号等が記載されるであろう帳票、情報システムを利用している場合はメニューなども特定される。 この作業は、イベントごとにAs-Is(現状の姿)の業務プロセスを描くとスムーズである。 〇ステップ2:付加される業務の取込み 次に、As-Is(現状の姿)の業務プロセスに対して、マイナンバー制度において付加される関連事務を取り込んでTo-Be(あるべき姿)の業務プロセスを作成する。 例えば、入社のイベントであれば、As-Isの入社のフローに「取得」「保管」に関連して次の事務(業務)が付加される。 また、例えば、退社のイベントであれば、As-Isの退社のフローに「保管」「削除・廃棄」に関連して次の事務(業務)が付加される。 〇ステップ3:リスク識別・分析・対応 次に、特定個人情報等の取扱いについて、各安全管理措置の観点から見直しを行う。 ガイドライン別添資料において、取扱規程等に織り込むべき安全管理措置の具体的な内容として、「組織的安全管理措置」「人的安全管理措置」「物理的安全管理措置」「技術的安全管理措置」の4つが記載されている。ここに示された例示を参考に、事業者の規模及び特定個人情報等を取り扱う事務の特性等によって、自社に適合した手法を検討する。 例えば、情報システムを利用して個人番号関係事務を行う場合、「個人番号関係事務以外の目的で個人番号が利用されるリスク」に対応するため、技術的安全管理措置として、ユーザーIDに付与するアクセス権によって、特定個人情報ファイルを扱うことができる者を事務取扱担当者に限定しなければならない。 〇ステップ4:ロードマップ作成 ここまで検討した内容を最終的に取扱規程等に盛り込むことになる。個人番号を取り扱う事務の範囲を中心に、役割分担と業務ルールが変更され、また、情報システムの利用環境によっては既存プログラム改修とアクセス権限の設定追加・変更が必要となる。これらを対応方針としてまとめる。 〇ステップ5:計画の実行 対応方針をスケジュール化した計画を作成し、マイナンバー制度の運用が開始されるまでに実施・完了しなければならない。 ▷安全管理措置は企業ごとの状況に応じたリスクを認識して構築する 上記ステップ3の「リスク識別・分析・対応」は、特定個人情報等の取扱いについて、各安全管理措置の観点から見直しを行う。実は、ガイドライン及びその別添資料では明示的に記載されていないものの、このステップ3の作業がマイナンバー制度対応において非常に重要となる。 なぜならば、各安全管理措置は、構築されたマイナンバー制度に対応したコンプライアンス体制が有効かどうかを判断する基準となるからである。 もし、To-Beの業務プロセス上で、特定個人情報などの漏えいや滅失又は毀損に関するリスクが存在し、それらを防止又は適時に発見することができる統制が存在又は機能しなければ、安全管理措置が確保できていると説明することができない。つまり、コンプライアンス体制の構築を目的とした内部統制に不備がある状態となる。 反対に、To-Beの業務プロセス上で認識されたリスクについて、自社にとってどの程度の重要性を持つか(影響の大きさや発生可能性)を分析・評価し、それらを防止又は適時に発見することができる統制を業務プロセスに組みこむことで、リスクが十分に軽減されている(許容水準以下におさまる)のであれば、内部統制によって安全管理措置が確保できていると合理的な範囲で説明することができる(図表3-2)。 図表3-2 安全管理措置は企業ごとの状況に応じたリスクを認識して構築 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 どの程度の強い統制を組み込むかは識別されたリスク次第のため、あらかじめ規定できるものではない。 番号法では、特定個人情報について個人情報保護法よりも厳格な各種保護措置を設けているため、リスクが顕在化したときの影響の大きさを鑑みて、ITを利用した統制を組み込むことが望ましいと判断されるリスクも存在するだろう。 また、影響の大きさは無視できない一方で、発生可能性があまりにも低いリスクまで高度な安全管理措置を組み込むような過度な対応はさけるべきであろう。 事業者は自社の状況等に応じて、内部統制の機能と役割が効果的に達成されるよう、自ら適切に創意工夫を行っていくことが期待されている。 * * * 以上、3回にわたってマイナンバー制度の対応がコンプライアンスを目的とした内部統制の構築と同じであること、そのためJ-SOXで経験した業務プロセスの整備やリスク・コントロールの評価の考え方が活用できることを解説してきた。本稿が各事業者にとってマイナンバー制度対応に向けた考え方の一助になれば幸いである。 (連載了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第70回】 リース会計④ 「セール・アンド・リースバック取引」 仰星監査法人 公認会計士 薄鍋 大輔 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 (1) リース債務の返済スケジュール表 (2) 仕訳(単位:千円) ① X1年4月1日(資産売却日・リース取引開始日) (ⅰ) 資産の売却 (*1) 180,000千円×0.9×1年/6年=27,000千円 (*2) 売却益については、各期に配分するため長期前受収益として繰り延べる。 (ⅱ) リース資産の取得 (*3) リース料総額の現在価値170,000千円=見積現金購入価額(=実際売却価額)170,000千円(リース取引に関する会計基準の適用指針(以下、適用指針という)48項) (ⅲ) リース債務の返済 ② X2年3月31日(決算日) (ⅰ) 利息の未払計上、減価償却費の計上 (*4) (1)リース債務の返済スケジュール表より (*5) リース資産取得価額(実際売却価額)170,000千円をリース期間5年、残存価額ゼロで償却(所有権移転外ファイナンス・リース取引のため)。 170,000千円×1年/5年=34,000千円 (ⅱ) 前受収益の償却 (*6) 17,000千円×1年/5年=3,400千円 長期前受収益は、毎期のリース資産の減価償却費の割合に応じて償却、減価償却費から控除して表示され、減価償却費は30,600 千円(=34,000 千円-3,400 千円)となる。 ③ X2年4月1日 (期首・第2回支払日) 未払利息の振り戻し、リース料の支払い 以後も同様に会計処理を行う。 〈会計処理の解説〉 セール・アンド・リースバック取引の会計処理のポイントは「売却損益の繰延処理」です。 セール・アンド・リースバック取引(リース取引がファイナンス・リース取引に該当するもの)は、資産の売却とリース取引とが一体として行われる取引であり、その経済的実態は、保有する資産を担保とした金銭の借入れです。すなわち、取引の前後で、資産を使用収益している状況には何ら変化がない一方で、資産の売却代金が資金として企業に流入し(借入)、リース債務の返済という形で資金が流出(返済)する取引とみることができます。 会計上は、このような経済的実態を財務諸表に反映させるため、資産売却に係る会計処理において、リースの対象となる物件の売却損益を繰延処理し((2)①(ⅰ))、リース資産の減価償却費の割合に応じ減価償却費に加減して損益に計上します((2)②(ⅱ))(適用指針49項)。これにより、資産の売却損益が一時の損益として処理されないこととなり、「保有する資産を担保とした借入=資産の売却取引はない」という経済的実態を会計に反映させることができます。 ただし、当該物件の売却損失が、当該物件の合理的な見積市場価額が帳簿価額を下回ることにより生じたものであることが明らかな場合は、売却損を繰延処理せずに売却時の損失として計上します(適用指針49項)。 * * * 次回は転リースの会計処理について解説します。 (了)
最新!《助成金》情報 【第10回】 「雇用関連助成金の活用(その10) 《建設労働者確保育成助成金(後編)》」 特定社会保険労務士 五十嵐 芳樹 《再掲》 建設労働者確保育成助成金の対象となる 中小建設事業主・中小建設事業主団体 【対象となる中小建設事業主】 この助成金の対象となる中小建設事業主とは、資本金3億円以下または常用労働者数300人以下で建設労働者を雇用して建設業を行う事業主をいう。また、コースごとに対象となる事業主や事業所が異なるため、事前に確認する必要がある。 【対象となる中小建設事業主団体】 この助成金の対象となる中小建設事業主団体とは、構成員の3分の2以上が中小建設事業主である建設事業主団体をいう。 1 目的 この助成金は、若年労働者に対する建設事業の魅力や役割の啓発、労働災害予防と安全管理の啓発、技能向上の奨励などの事業に取り組む中小建設事業主を助成することで、建設業における若年労働者の確保と育成を図ることを目的とする。 2 「若年者に魅力ある職場づくり事業」の要件 若年労働者に対して策定した年間計画に従い、次のいずれかの取組みを実施すること。 3 支給額 4 手続の流れ 1 目的 この助成金は、若年労働者に対する建設事業の魅力や役割の啓発、労働災害予防と安全管理の啓発、技能向上の奨励などの事業に取り組む中小建設事業主団体を助成することで、建設事業主団体における若年労働者の確保と育成を図ることを目的とする。 対象となるのは、事業の円滑な推進のため事業推進委員会を設置し、事業推進員を置く中小建設事業主団体である。 2 「若年者に魅力ある職場づくり支援事業」の要件 対象となる事業主団体が、年間計画に従い、次の(1)に加え、さらに(2)の①~⑦のうちいずれか1つの取組みを実施すること。 (1) 年次計画策定・調査事業 若年者の入職・定着を図る雇用管理改善のための課題把握に必要な調査を行い、次の事業を実施する。 (2) 入職・職場定着事業 若年者の入職・定着に係る諸問題の改善を図るもので、次のいずれかに該当する事業。 3 支給額 4 手続の流れ 前記[Ⅵ]の4と同様。 1 目的 この助成金は、職業訓練推進のための一定の活動を行う広域職業訓練法人を助成することで、建設工事の職業訓練を中小建設事業主まで広め推進することを目的とする。 対象となるのは、広域職業訓練を実施する職業訓練法人である。 2 職業訓練の推進活動の要件 (1) 推進活動経費助成 建設工事の職業訓練推進のための次のいずれかの活動を行うこと。 (2) 施設設置等経費助成 認定訓練実施に必要な次の施設や設備の設置又は整備を行うこと。 3 支給額 (1) 推進活動経費助成 職業訓練推進活動に要した経費の3分の2相当額。 ただし、年間の訓練実施人数が2万人未満の場合は4,500万円、2万人以上3万人未満の場合は6,000万円、3万人以上4万人未満の場合は7,500万円、4万人以上の場合は9,000万円を上限とする。 (2) 施設設置等経費助成 職員及び訓練生の福利厚生施設設備以外のものの設置又は整備に要した経費の2分の1相当額。ただし、3億円を上限とする。 4 手続の流れ 5 活用のポイント 建設業界に多い中小企業の事業主と労働者へ職業訓練実施を広く推進するには、職業訓練の有効性を広くかつ複数回アピールし啓発することが効果的なため、職業訓練機関にとってこの助成金は検討する価値が高いと思われる。 また、施設設置経費の助成は支給額も多いため有効と思われるが、希望者数や重要度を考慮した職業訓練に対応した施設を十分調査検討の上で活用することが重要である。 1 目的 この助成金は、建設労働者に対して有給で建設業以外の新分野に従事させるために必要な訓練を受講させる事業主を助成することで、新分野に進出したい事業主を支援し建設労働者の雇用を維持することを目的とする。 対象となるのは中小建設事業主であり新分野教育訓練終了後1年以内に新分野に確実に進出すると認められる事業主である。 2 対象事業主と教育訓練の要件 (1) 対象事業主 次のすべてに該当する事業主であること。 (2) 対象教育訓練 次のすべてに該当する教育訓練であること。 3 支給額 [Ⅹ] 新分野教育訓練コース(経費助成) 新分野教育訓練終了後、及び新分野事業進出後それぞれにおいて教育訓練費用の3分の1が支給。ただし1人当たり20万円、一対象訓練200万円を上限とする。 [Ⅺ] 新分野教育訓練コース(賃金助成) 新分野教育訓練終了後、及び新分野事業進出後それぞれにおいて1人1日当たり3,500円。ただし、1つの教育訓練では40日を上限とする。 4 手続の流れ 5 活用のポイント この助成金は、新分野事業への進出を考えている中小建設事業主にとっては、教育訓練費用に加え賃金に対する助成もあるため、特に有効である。 1 目的 この助成金は、岩手県、宮城県、福島県の被災3県に所在する建設工事現場での作業員宿舎や作業員施設を、賃貸により整備する中小建設事業主を助成することで、建設労働者を確保し雇用を維持することを目的とする。 対象となるのは中小建設事業主である。 2 支給額 作業員宿舎の賃貸に要した費用の3分の2相当額が支給される。ただし、一事業年度当たり200万円を上限とする。 3 手続の流れ (了)
〔小説〕 『東上野税務署の多楠と新田』 ~税務調査官の思考法~ 【第5話】 「単独調査」 税理士 堀内 章典 孤独な調査官 「“できる調査官”のオーラ、か・・・」 カーブの多い京成電車に揺られ、町屋税務署での調査1年目研修を終えて帰宅する多楠は、つり革につかまり外の景色を見ている。 金杉商店の調査から1月ほど経った10月半ば、城東ブロックの税務署数署が持ち回りで行う調査1年目研修も上期は今日の町屋署で終了、年明けに行う1年目調査官各人が実際に調査した事案を持ち寄る発表会を残すのみとなっていた。 多楠は同じ部門で調査1年目の女性調査官淡路と今日昼食を共にしたときの会話を思い出していた。 ▼ ▲ ▼ 「多楠君も大変よね。新田さんと多楠君が会話をしているの見たことないもの。」 小顔で細い眉をひそめながら、淡路がテーブルを挟んで対面の多楠にささやく。2人は食事を終えコーヒーを飲んでいた。 「新田さんとは異動してから何回くらい話をしたの?」 笑いながら多楠 「さすがに何回ということはないけど、もう少し話をしてほしいというか・・・。正直いろいろ教えてほしいですよね。」 淡路 「そうよね。金杉では大きな不正を出したんでしょう。新田さんって、自慢はしないけど“できる調査官”のオーラは何となく感じるわよね。もっともっと多楠君に教えるべき調査のノウハウを持っていると思うんだけど。」 多楠は黙ってコーヒーを飲んだ。 続けて淡路 「それに比べると、三浦上席はよく教えてくれるわ。しかも熱心に。もともと“俺は万年上席”と自称して憚らない人なのに、何であんなに熱心なのかしら??」 それを聞いて多楠は、 (淡路さんが人妻とはいえ、スレンダー美人なんで、独身の三浦上席は良いところを見せようと張り切っているんじゃないですか) と喉元まで出かかったところで、慌てて飲み込んだ。 淡路 「熱心なのはありがたいけど、1分おきに呼びつけられているみたいで仕事に集中できなくて・・・これはこれで困ったものよ。ウチの旦那に言ったら、“そんな調査経験25年の大ベテランに直接調査を教えてもらえるなんて羨ましい!”ですって。もう話にもならないわ!」 淡路は新田と同じく高校卒業後の普通科採用で、人づてに聞いたところによると旦那さんも普通科採用で、旦那さんの方が2、3年上で、東京国税局の人事課に3年前配属になった優秀な人らしい。 淡路はいたずらっぽく笑みを浮かべながら言った。 「新田さんと三浦上席を足して2で割ればちょうどいいのにね。」 ▼ ▲ ▼ 車中で一人苦笑いをする多楠を見つめ、怪訝な顔をしていた女子高生が京成高砂駅で降りた。その様子に気づかないまま空いた席に腰を下ろした多楠は、疲れていたのか意識がもうろうとする中、浮かび出てきたのは、金杉商店を退出した直後に“裏は取れた。”と小さな声で言った新田の姿だった。 多楠は夢の中で叫んでいた。 “裏って、なんですか!” 次に夢は、9月末の報告会が行われている署長打ち合わせ室の様子へ。 「トイレに行こうと調査場所を離れたときに、たまたま近くを通りかかった従業員に話しかけたところ、12月のボーナスは1回しか出ていないことがわかりました。」 新田が源田署長に説明している場面であった。 新田がその従業員にどういうふうに話を切り出し、事実を確認したのかまでは、未だにわからない。 (ボクはそこが、そこが知りたいんですよ! 新田さん!!) 多楠が夢の中でまた叫んだとき、目が覚めた。 慌てて周りを見回すと、電車はすでに京成西船駅に到着していた。 多楠はここからバスで7、8分の行田団地近くの一戸建てに両親と住んでいる。 駅の改札を出て行田団地行のバス停に向かう途中、多楠は思った。 “何で新田さんの夢ばかり見るんだろう。” それだけ今の自分にとって新田さんは大きな大きな存在なのだ。あの電光石火のような調査と不可思議な言動、学ぶべき点も多いが、謎の多い男でもある。 背伸びをしながら、いよいよ明日から初めて自分一人で調査に行くんだ。頑張らないと、と心を引き締める多楠であった。 ▼ ▲ ▼ 新田の調査件数が年間30数件、多楠に割り当てられた調査件数は約半分の17件、10月半ばの時点で2人合わせて15件ほどの調査に着手していた。 今までは、新田の案件であろうと多楠の案件であろうと差異なく、準備調査書の作成や調査先での事業概況の聴き取りなど、多楠が担当するという進め方をしていた。調査1年目の研修の合間を縫って調査に出るといった結構ハードなスケジュールなのであった。 一番華々しかった金杉事案ほどでないにせよ、新田は7月から今まで11社で何らかの不正を発見し、少なくとも7桁(百万円台)から8桁(千万円台)の申告漏れ(増差所得)を把握していた。 そのうち半分はまだ調査が終了していないので、すべて結果が出たわけではないが、いつも寡黙な小泉調査官がそれを知ってポツリと“驚異的・・・”とつぶやくほどの素晴らしい事績を挙げていた。 今回多楠が一人で調査に行くことになったのは、田村統括官の発案であった。 署長報告会が終わって間もなく、新田と多楠を自席に呼んだ田村がこう言った。 「新田君、そろそろ多楠君を一人で調査に出したらどうだろう。だいぶん調査にも慣れてきたみたいだし。」 多楠は内心、 (えっ!? 慣れたもなにも新田さんからは調査のやり方なんて全然教わっていないよ! 無理無理無理!!) と思ったが、新田はあっさり 「了解しました。」 と言って机に戻ってしまった。 “やっぱり僕は新田さんにとって、ただの厄介者なのか。” ニコニコ笑っている田村の顔を見つめながら、多楠はまた気が重くなった。 (次ページへ) (前ページへ) 危険な調査先 多楠が調査に行くことになった株式会社関東貿易商会の概要は次のとおりである。 いよいよ初めての単独調査が始まった。 調査初日、多楠調査官は10時に会社へ着くと、1階の小さなショールームの横から奥の会議室に案内され、緊張する面持ちで部屋に入った。 そこにはすでに社長の武淵、経理部長の吉本、税理士の鷺沼が多楠を待っていた。 名刺交換、そしてしばし雑談をした後、小柄であまり顔色が良くない社長の武淵が勢いよく話し始めた。 「弊社はカバンや革製品の輸入販売を行っています。設立5期目の新しい会社なのでまだあまり信用がありません。ですから輸入をする際、代金を前払して製品を仕入れています。先に支払いがあるので資金繰りがあまりよくないのです。」 ひと呼吸おいた武淵は、少し声を落として言った。 「・・・多楠調査官、ここからは秘密です。気心の知れた業者仲間と手形のやり取りをしてお金の工面をしています。いわゆる“融通手形”です。このことが銀行に知れたら取引停止になってしまうので、絶対に口外しないでください。」 “しない、しない!!” と言わんばかりに慌ててうなずく多楠 “確か『融通手形』は大学の簿記会計で習ったはずだ。お互いに手形を振り出し合い、銀行で割り引く危険な手形。まさか初めての税務調査でそんな危ない手形に遭遇するなんて!” 武淵は話し続ける。 「毎回何千万円も前払いしてイタリアやフランスから空輸されてきたコンテナの中身を見るときが一番心臓に良くない。相手先は弊社より信用はあるのですが、万が一コンテナの中身が空だったりまがい物であった場合、弊社は即・・・倒産です。」 武淵から発せられる言葉には、何回もきわどい取引をやっている当事者しか出し得ない緊迫した重みがあった。さらに眉間に深いしわを寄せ話し続ける。 「毎月末、一般の手形と融通手形で2,000万円から3,000万円の手形の決済があります。12月や3月末はその倍くらいになります。今までは何とかピンチを乗り越えてきましたが、今後どうなるかわかりません。資金の手当てがつかず、夜も眠れないときもあります。崖から誤って足を滑らせるか、もうこれまでと諦めて自ら崖から飛び降りるか・・・」 多楠は心の内で叫んだ。 “おいおい、そんな物騒な話は止めてくれ!初めての調査で大変な所に来てしまった!” “でも、これって調査を何とか逃れようとする芝居なのか?いやいや、この社長、決して嘘は言っていない!” 武淵は多楠の顔をじっと見つめ、少し間をおいて、ゆっくり言った。 「なので私は・・・」 (続く)
《速報解説》 東証より「平成26年会社法改正に伴う上場制度の整備について」(公開草案)が公表 ~株式等売渡請求制度及び社外取締役等の社外性要件緩和に関する開示事由を見直し~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成27年1月30日付で、東京証券取引所は、「平成26年会社法改正に伴う上場制度の整備について」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、「会社法の一部を改正する法律」(平成26年法律第90号)に対応して、適時開示事由の見直しを行うなど所要の制度整備を図るものである。 会社法の施行期日は、「会社法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令」(政令第16号)により、平成27年5月1日とされた。 意見募集期間は、平成27年3月1日までである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 1 特別支配株主の株式等売渡請求制度関係 2 独立役員の独立性に関する開示関係 10年以上前に上場会社又はその子会社の業務執行者であった者について、独立役員に指定できることとし、指定する場合には、その旨及びその概要の開示を求めることとする。 公開草案では次のことが述べられているので、注意が必要である。 3 監査等委員会関係 上場会社が置くべき機関として、既存の監査役会又は指名委員会等に加え、監査等委員会を追加する等の改正を行う。 Ⅲ 実施時期 「会社法の一部を改正する法律」(平成26年法律第90号)の施行の日(平成27年5月1日)から実施することが予定されている。 (了)
《速報解説》 「財産債務明細書」から「調書」への移行で、より詳細な情報を提出へ ~非上場株式は「見積価額」とするなど税理士実務に配慮も Profession Journal編集部 平成27年度税制改正で、税理士にあまねく影響が及ぶといわれている改正項目が「財産債務調書」だ。現行の「財産債務明細書」に見直しを行い「財産債務調書」とされる。これまでは、その提出を怠っても数度の督促で済んでいたが、改正後は国税サイドに質問調査権が付与されるなど、税理士の業務に影響が生じることが想定されている。 〇「調書」への移行による主な改正点 今回の改正により、所得税と相続税の申告の適正性を確保することを目的として、「明細書」から「調書」へ移行するとしているが、次の点に大きな異同が生じることとなる。 〇納税者・税理士には負担増に!? 以上のように、対象者については、これまでの明細書提出者の範囲に所有財産価額基準のフィルターが加わることになるため、提出対象者数は少なくなるわけだ。しかし、その反面、調書に格上げされるために記載内容は詳細なものが要求されることとなり、税理士の実務が煩雑となるのではないかという懸念がある。 一部の税理士からは「毎年、相続財産評価を行わなければならないのか?」という負担増を警戒する声も聞こえている。 調書に記載することとなる主な財産としては、土地建物や上場株式、投資信託等の有価証券が挙げられるが、その価額等については、土地建物については固定資産税の納税通知書に記された評価額を、また有価証券については、証券会社等から年末に送付される取引報告書を、それぞれ転記すれば足りそうだ。 なお、有価証券については取得価額の併記も求められる。これは出国税にも活用が予定されるためである。 さて、ここで問題となるのが、非上場株式の取扱い。 周知のとおり、非上場株式については評価額の算定は煩雑であるわけだが、詳細な評価額の算定は求めず「見積額」とすることもできる、としている。 非上場株式の「見積額」とは、B/Sなどから単純に純資産価額を求めることなどで足りるとすることが想定されている。 〇記載不備・不提出には過少・無申告加算税も 調書の提出は、平成28年1月以後に提出することが予定されている。すなわち、提出時期は来年の確定申告と同時期となることから、税理士の負担感はぬぐえまい。 それに対して財務省は、「納税者や税理士の業務に配慮し、事務負担が過重にならないようにしたい」と語る。 こうしたことから、現在の明細書で求められている財産基準の「10万円以上」基準の是非など、調書への移行に伴って記載事項等の検討を日税連と行い税理士の声を吸い上げながら対応を考慮しているという。 調書への格上げに伴って注目されるのが、加算税の加減算によるインセンティブが盛り込まれる点だ。 これは、所得税と相続税の申告漏れがあった場合でも、調書に記載があるものについては、過少・無申告加算税を5%軽減するというもの。 その一方で、所得税の申告をしている者でも、調書の不提出や記載漏れがあった納税者に対しては、国外財産調書と同様に、過少・無申告加算税を5%加重することとなるとの措置も設けられる。 調書の不提出や虚偽記載に関しては、罰則規定は設けないとしているが、上記の申告漏れがあった場合でも、例えばそれが仮装・隠ぺいに該当すれば重加算税の対象となることから、この措置によって過少申告であるか、仮装・隠ぺいなのかという線引きが改めて問われることとなろう。 〇責任の範囲をめぐり関与先とのトラブルの懸念も 税理士は調書の作成のために、納税者にヒヤリングや納税者自身に基礎的事項を記入してもらうことなど、関与先との信頼関係に基づき調製を行うわけだが、万が一提出した調書でトラブルが生じた場合には、税理士の責任が問われないとも限らない。 そのため、今後明らかになる改正法法案などを通じて、本制度の趣旨を関与先に伝えるとともに、その責任の範囲を明確化することなども課題となろう。 (了)
2015年1月29日(木)AM10:30、 Profession Journal(プロフェッションジャーナル) No.104 が公開されました。 - ご 案 内 - Profession Journalの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第7回】 「租税法の原点を探る」 税理士 山本 守之 1 現行税法の創生 所得税法、法人税法、相続税法は昭和40年に全文改正が行われましたから、現行税法は創生されてから50年になります。つまり、現行税法は50年の歴史を持っているということです。 この全文改正は、昭和38年12月の税制調査会の答申「所得税法及び法人税法の整備に関する答申」(以下「整備答申」といいます)を基礎にしていますから、税法の基本がわからないときには、この答申を読めばよいでしょう。 例えば、収益をどの段階で計上すべきかについては、「・・・各種の意見」「(外部取引につき、①対価請求権の確定したとき、②所有権の移転又は役務の提供があつたとき、③引渡し又は対価請求につき債務者が同時履行の抗弁権を失なつたとき、④定められている債務履行期等のいずれかを基準とする意見)があつたが、個別規定で補うことにより具体的な適用は③の引渡し又は対価請求権につき債務者が同時履行の抗弁権を失なつたときによることに近くなるとしても、法的な基本基準としては②の所有権の移転又は役務の提供があつたときとすることが適当と認められる。」としています。 したがって、「所有権の移転」は当事者が売り、買いの意思表示をしたときですが、品物の引渡しをする前に売主が代金を請求したときは品物を引き渡すまでは金は払わないという「同時履行の抗弁権」を使うでしょうから、引渡し時に売上げがあったと考えることもできるのです。 これを税務では、権利確定主義というように頭の体操的用語だけで説明していますが、分かりにくいものです。 2 条文の書き方 整備答申では、「規定の内容を理解しやすいものにするため、各条文をできる限り簡素平明な表現でまとめ上げることに留意し」としながら、次のような注文をつけています。 この整備答申のように税法条文が簡易で理解しやすいように作成されていれば、税法条文は親しみやすいものとなっていたでしょうが、実際には財務省の担当官によって必要以上に複雑に、長文で難しい内容のものとされたので、税法自体が親しみにくいものとなってしまったのです。 例えば、必要以上に専門用語を使い、二重カッコどころか五重カッコ、六重カッコとしたり打ち消しを打ち消すものが多用されています。この意味では、財務官僚は昭和38年の「整備答申」を読み直し、勉強をする必要があるでしょう。 税法条文は毎年のように改正され、改正の都度法規集は分厚い難解なものになってしまいましたが、このようにしたのは誰でしょうか。 昭和38年に税制調査会が示したルールが守られなかったのは何故でしょうか。 官僚はもちろんですが、これを受け入れた税理士の側でも反省しなければならないでしょう。 3 保険差益等の考え方 納税者の所有している家居(建物)が火災で焼失して、1,000万円の火災保険金を収受したとしましょう。 この場合の建物の帳簿価額が600万円、滅失経費が30万円だとするとしますと焼太りが370万円(言葉は悪いですが)となってしまいますが、所得税法第9条(非課税所得)第17号で次のように規定してあり、非課税となります。 これに対して、法人税法では保険差益は課税しますが、同時に圧縮記帳による損金と相殺されます。 何故、このようになったかについて、整備答申では次のように説明しています。 4 損害賠償請求権 小売業を営むA商店の店舗に危険ドラックを吸った男の運転するトラックが突入して、店舗にあった商品(3,000万円)をメチャクチャにしてしまいました。 この事故でA商店は3,000万円の損金となりますが、不法行為を行った相手方に対する損害賠償請求権(3,000万円)を益金の額に算入することになります。 この場合の損害賠償請求権の益金算入時期については学説上次の2つの考え方があります。 この点について「法人税基本通達逐条解説」では、課税庁の考え方が次のように述べられています。 これらの点について、法人税基本通達では、「他の者から支払を受ける損害賠償金(債務の履行遅滞による損害金を含む。)の額は、その支払を受けるべきことが確定した日の属する事業年度の益金の額に算入するのであるが、・・・」(法基通2-1-43)(下線筆者)としています。これは、ほぼ異時両建説によっているものといえます。 注意したいのは、通達で「他の者から支払を受ける」としていますから、社内の経理部長が使い込みをした場合は、損害賠償請求権は社内の経理部長に対するもので、「他の者から支払を受ける」ものではありませんから法基通2-1-43を適用することはできません。 つまり、請求対象が社外の者か役員・使用人のような社内の者かで、適用は次のように異なるのです。 各国税局や税務大学校では、次のような判決例から同時両建説によって処理しているようです。 しかし、他人の不法行為に基づく損失と損害賠償請求権(益金)をめぐって同時両建説や異時両建説で問題を解決していた学界、税務大学校、国税庁に対して激しく批判する判決が平成24年2月29日仙台地裁でありました。ここでは損害賠償請求権がどのような場合に成立するのか、その要件は何かを問うものでした。 ここではA社の従業員が出入りの業者からリベートを受け取った事件について、原処分庁(塩釜税務署長)は、A社の従業員が受け取った手数料に係る収益を益金の額に算入せず、A社に属する手数料を費消して横領した従業員に対する損害賠償請求権の額を課税資産の譲渡等の対価の額に算入せずに隠ぺい又は仮装を行ったと判定したのです。A社は、本件手数料に係る収益は従業員ら個人に帰属するものであって、隠ぺい又は仮装を行った事実もない旨主張して争った事件です。 裁判所では、次のように判示しました。 税大や学者がキャンパスの中で「同時両建説」や「異時両建説」を振りまわすことは、実務の面からすれば誤った考え方といえるでしょう。 * * * 今回は租税解釈の原点(昭和40年全文改正)に戻って、その構成、趣旨を知るための基本的な答申(昭和38年「整備答申」)を実務家に紹介してみました。 この答申が守られていれば租税法や通達はもっと分かりやすいものになっているはずでした。この答申を基礎として、租税法の解釈の考え方を学んでください。 (了)
〈あらためて確認しておきたい〉 『所得拡大促進税制』の誤りやすいポイント 【第1回】 「給与等の範囲」 ~休業手当等の取扱い~ 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 所得拡大促進税制(雇用者給与等支給額が増加した場合の法人税額の特別控除)は、平成26年度税制改正による適用要件の緩和を踏まえ、平成27年3月期決算申告においてより多くの企業に利用されることが期待されている。 そのような中、昨年11月21日には、プロフェッションネットワーク社主催のセミナー『【平成27年3月決算・申告対応】一日で徹底理解 所得拡大促進税制-適用判断と申告実務-』を開催し、多くの受講者にお越しいただいた。本税制に対する関心の高さを実感した次第である。 このセミナー時間中、多くの受講生から、今まさに実務で直面している疑問点に関する質問をお寄せいただき、またセミナー資料の作成を通じて筆者自身、改めて気づかされる点も多かった。 そこで本連載では、全3回にわたり、本税制の適用に当たって誤りやすいと思われるポイントを紹介することとしたい。 2 本連載で取り上げる論点 - 質 問 - (休業手当等の取扱い) 以下のそれぞれのケースで支給される「手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となるか教えてください。 - 回 答 - 〈ケース1〉 ⇒ 該当しない 〈ケース2〉 ⇒ 該当する 〈ケース3〉 ⇒ 該当する 〈ケース4〉 ⇒ 該当しない - 解 説 - 所得拡大促進税制の適用対象となる「雇用者給与等支給額」とは、以下のように定義されている(措法42の12の4②三)。 ここで「給与等」とは、所得税法第28条第1項に規定する給与等をいう(措法42の12の4②二)。 所得税法第28条第1項は給与所得に関する規定であり、給与所得の対象となる「給与等」について、「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与」とされていることから、名義のいかんによらず、給与の性質を有するものは広く含まれるものと考えることができる。 したがって、お問い合わせの各ケースについては、それぞれの手当が給与所得として課税されるかどうかによって判断することとなる。 〈ケース1〉の判定 業務上のケガにより休職している社員に対して支払われる「休業手当」は、労働基準法第76条に定める「休業補償」に該当する。 同条に定める「休業補償」はまさに「補償」であって、業務疾病等に起因して労働不能状況に陥ったことに対する「償い(賠償)」としての性質を有するものである。 このように、労働基準法第76条の規定に基づく「休業補償」は、所得税法上は非課税所得とされている(所法9①三イ、所令20①二)。 なお、労働基準法では平均賃金の60%の休業補償を定めているが、企業独自の判断として、60%を超える休業補償を行うケースも考えられる(付加給付金)。この場合にあっても、その本質は「補償」である以上、付加給付金も含めた総支給額が通常支給されるべき賃金の範囲内であることなど、補償額として相当なものであれば非課税所得となる。 したがって、本ケースにおける「休業手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」には該当しない。 〈ケース2〉の判定 業績悪化に伴い自宅待機を余儀なくされる場合等、使用者責任により労働者環境を奪われ休業に至る場合には、労働基準法第26条の定めに従い「休業手当」を支払わなければならない。 同条に定める「休業手当」は、〈ケース1〉の「休業補償」とは異なり、本来であれば労働力の提供対価として受け取るべき賃金について、使用者側の都合で休業することとなった労働者の生活保障を図るため使用者側に支払が義務づけられたものであり、「賃金」の性質を有するものである。このため、労働基準法第26条に定める「休業手当」は給与所得として課税されることとなる。 したがって、本ケースにおける「休業手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」に該当する。 (※) 労働基準法の休業手当等の課税関係(所得税)については、国税庁タックスアンサーにも掲載されているため、参考にしていただきたい。 タックスアンサーNo.1905「労働基準法の休業手当等の課税関係」 なお、景気変動等の理由により一時的な雇用調整を行った事業者については、従業員の雇用を維持する場合には雇用調整助成金の支給を受けることができる。 所得拡大促進税制の適用上、雇用調整助成金は「給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」に該当し、雇用者給与等支給額の計算上はこれを控除する必要がある点に留意が必要である(措通42の12の4-2(1))。 〈ケース3〉の判定 会社の福利厚生制度の一環として「産休・育休制度」が定められ、これに基づき支払を受ける休業手当など、労働基準法第26条及び第76条のいずれにも該当しない休業手当は、一般的な取扱いにより給与所得として課税されることとなる。 したがって、本ケースにおける「休業手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」に該当する。 〈ケース4〉の判定 使用者が労働基準法第20条(解雇の予告)の規定による予告をしないで使用人を解雇する場合に、その使用者から支払われる「解雇予告手当」は、退職所得とされる。 このように「解雇予告手当」は給与所得ではなく退職所得として取り扱われることから、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」には該当しない。 (了)