《速報解説》 JICPA、「監査データ標準化に関する留意事項と データアナリティクスへの適用」の研究報告を確定 ~標準化実現後に可能になると見込まれる監査手法の概要及び留意事項を示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年3月1日、日本公認会計士協会は、「監査データ標準化に関する留意事項とデータアナリティクスへの適用」(IT委員会研究報告第60号)を公表した。これにより、2021年12月17日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。「公開草案に対するコメントの概要及び対応」も公表されている。 これは、監査データの標準化の動向を解説するとともに、監査データの標準化が実現した将来において可能になることが見込まれる監査手法の概要・留意事項に関する情報提供を目的とするものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 研究報告は、目次を含めて106ページに及ぶものなので、以下では主な内容について解説する。研究報告の概要も公表されている。 1 監査データ標準化に関するグローバルな状況 ITを活用した監査に関して、監査データの標準化が進んでおらず、データの前処理が煩雑になる、データ項目が不足するといった論点が識別されている。 監査データの標準化については、2013年に米国公認会計士協会(AICPA)からAudit Data Standardsが、また、2019年に国際標準化機構(ISO)からISO 21378 Audit Data Collection が公表されている。 2 監査データの標準化の利害関係者への影響 監査データの標準化により、次の利害関係者への影響があると考えられる。 3 ISO 21378の概観とデータの入手 ISO 21378の目的は、監査人がデータの提出を依頼し、監査業務を遂行する際に直面する共通の問題を解決することであり、監査データの内容及びフォーマットの世界的標準化によって、監査データの透明性の向上、監査データ収集プロセスの標準化、企業側と監査人側での作業重複の防止、収集までの時間の節約が促進される。 この規格は、次のモジュールで構成されており、研究報告は、その内容を詳細に説明している。 4 データの入手・アクセス 監査人が利用できる形式でデータにアクセスできるか、監査人がセキュリティとインテグリティを確保したデータを入手できるか(監査人が被監査会社のデータにアクセスして分析することにより、データが壊れたり、変更されたりしないかの懸念など)について検討している。 5 データの前処理 監査人は、被監査会社から入手したデータをツールに取り込んで監査データアナリティクス(ADA:Audit Data Analytics)を実施する場合、通常、被監査会社のデータの前処理(データクレンジング)が必要となる。 監査人は、被監査会社から入手する総勘定元帳データ、売掛債権データなどについて、ISO 21378「標準データプロファイリングレポート」を参照し、データの妥当性を確認するとともに、データの理解及び利用に当たり不可欠な質問を行うことが望ましいと記載されている。 6 データの目的適合性と信頼性 監査人は、データが監査手続の目的を適切に満たし、十分に信頼できるかどうかを検討するとし、関連する監査基準委員会報告書の規定を参照しつつ、説明している。 7 データ管理 データ保管期限、RPA(Robotics Process Automation)の利用、監査法人以外へのアウトソーシングなどについて記載している。 8 ビジュアライゼーション ADAにおいては、データを様々な種類のグラフ(例えば、チャート、散布図、トレンド・ライン)、テーブル又はダッシュボードなどの形式にして、又はそれらを組み合せることによって、視覚化して検討することがある。 ADAにおけるこれらの視覚化技術については「ビジュアライゼーション」と呼ばれることが多い。 ADAにおいては一般的に、分析対象となるデータ量の増加や分析内容の複雑化に応じて、分析結果を数値から読み取り理解することが難しくなる。 このため、分析結果のビジュアライゼーションにより、分析結果の理解可能性が高まることから、ADAの利用推進に伴いビジュアライゼーションの利用も促進される傾向にあるとのことである。 9 今後の方向性 現在公表されているISO 21378は、今後の監査データ収集においてのグローバル・スタンダードとなるもので、日本国内の影響としては、政府調達との関係から事実上の標準になると考えられるとのことである。 今後の課題として、収益認識会計基準への対応がERPに実装された場合のデータ活用、電子インボイス情報のERPでのデータ活用などがあげられている。 (了)
《速報解説》 新規株式公開時における公開価格の設定プロセスのあり方等について検討した報告書を日本証券業協会が公表 ~公正な価格発見機能の向上のために制度・実務等に関する論点等を整理~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年2月28日、日本証券業協会 公開価格の設定プロセスのあり方等に関するワーキング・グループは、「「公開価格の設定プロセスのあり方等に関するワーキング・グループ」報告書」を公表した。 これは、新規株式公開時における公開価格の設定プロセスのあり方等について検討したものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 日本における初値と公開価格の乖離について検討した結果、その本質的な原因について様々な意見が寄せられたほか、データの分析手法や評価についても複数の意見が示された。 このため、ワーキング・グループでは、初値と公開価格との乖離の問題意識について見解の一致までは至らなかったが、公正な価格発見機能の向上のために現在の公開価格の設定プロセスに改善の余地があるという問題意識について意見の一致をみたとのことである。 次の論点に整理し、検討が行われている。 Ⅲ 制度・実務等に関連する論点 1 公開価格の設定プロセスの見直し 次の改善策が記載されている。 2 発行会社や投資者への情報発信 主幹事証券会社別の初期収益率等の公表に関して、IPO銘柄について、発行会社名、上場日、主幹事証券会社、発行・売出規模、仮条件、公開価格、上場日初値、公開価格と上場日初値との乖離率(初期収益率)及び上場日から一定期間経過後の株価(終値)等について公表することなどが考えられる。 3 機関投資家との対話促進 投資者の需要を踏まえた想定発行価格を設定する観点から、プレ・ヒアリングの実務運用の留意点を周知し、発行会社と協議を行い、機関投資家の意向を確認してプレ・ヒアリングを実施することを推奨することなどが考えられる。 4 発行会社との対話促進 次の改善策が記載されている。 Ⅳ 取引所規則等に関連する論点 次の論点について検討されている。 Ⅴ その他の課題等 次の課題等について検討されている。 (了)
《速報解説》 会計士協会、「ソフトウェア制作費等に係る会計処理及び開示に関する研究資料」の公開草案を公表 ~DX環境下におけるソフトウェア関連取引に係る会計処理等の課題を抽出し検討~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年2月24日、日本公認会計士協会は、「ソフトウェア制作費等に係る会計処理及び開示に関する研究資料~DX環境下におけるソフトウェア関連取引への対応~」(公開草案。会計制度委員会研究資料)を公表し、意見募集を行っている。 これは、ソフトウェアに関するビジネスの環境変化に伴い、多様な実務が生じていることを踏まえ、ソフトウェア及びその周辺の取引に関する会計上の取扱いについて研究したものである。 国際財務報告基準(IFRS)及び米国基準との比較が詳細に行われており、また、ソフトウェアに関連する会計処理などが詳細に検討されているため、実務の参考になるものと思われる。 意見募集期間は2022年4月24日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 ソフトウェアに関するビジネスの環境変化が生じている中で、研究開発費等会計基準や研究開発費等実務指針の設定時に想定されていないソフトウェア及びその周辺の取引に関して多様な実務が生じていることから、それらで示されていないものに関する実務上の課題を抽出し、検討している。 ただし、「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)及びリース取引に関する事項については、検討対象としていない。 主に次の内容である。 1 現状の課題 実務の分析、ヒアリング及びアンケート調査を行い、研究開発費等会計基準の開発時に想定されておらず、基準の設定後に新たに生じた取引については、現行の研究開発費等会計基準に従ってどのように会計処理すべきかが必ずしも明らかではないと考えられると述べている。 特に、自社利用のソフトウェアと市場販売目的のソフトウェアというソフトウェアの分類や、収益獲得を目的とするソフトウェアを自社利用のソフトウェアとして分類した場合におけるソフトウェアの資産計上の開始時点の取扱いは現行のソフトウェア実務に合わない可能性があるとのことである。 2 クラウドサービスのベンダー側の会計処理 サービス提供のために利用するソフトウェアについて、研究開発費等会計基準における分類を確認したところ、自社利用のソフトウェアに分類(16社)、市場販売目的のソフトウェアに分類(1社)、資産計上していない(9社)という結果であった。 研究開発費等会計基準においてSaaSのベンダーがサービス提供のために利用するソフトウェアをいずれに分類すべきかについては必ずしも明らかではないが、アンケートでは、ソフトウェアそのものを販売しているわけではない点や、研究開発費等実務指針11項①の「通信ソフトウェア又は第三者への業務処理サービスの提供に用いるソフトウェア等を利用することにより、会社(ソフトウェアを利用した情報処理サービスの提供者)が、契約に基づいて情報等の提供を行い、受益者からその対価を得ることとなる場合」との類似性を挙げて、自社利用のソフトウェアに分類しているとの回答が多く見られたとしている。 次のことが述べられている。 また、次のような意見が聞かれたとのことである。 3 クラウドサービスのユーザー側の会計処理 クラウドサービスのユーザー側の会計処理について、現行の会計基準の体系の中では明確な規定は設けられていない。 クラウドサービスの中でも、特に、実務的に論点となることが多いと考えられる一般事業会社がSaaSを利用するケースを中心に、ユーザー側の会計処理(サービスの提供を受けることに対して継続的に支払う費用及びユーザーが支払う初期設定費用やカスタマイズ費用の会計処理など)について、次のように述べている。 4 デジタルゲームの制作費用の会計処理 ゲーム業界に適用される我が国の会計基準等については、研究開発費及びソフトウェアQ&Aでゲームソフトの制作に言及した記述はあるものの、ゲーム業界固有の事象について詳細に定めた取扱いはないとのことである。 デジタルゲーム開発業を主要な事業としている企業の事例を見ると、一般消費者向けのデジタルゲームの開発活動に係る会計処理にばらつきが見られる(無形固定資産として計上している企業と、流動資産として計上している企業とが混在)。 5 実務上の課題とそれを踏まえた提言 現状認識している具体的な実務上の課題とそれに係る提言として、次のことが記載されている。 (了)
《速報解説》 公認会計士法の改正等に対応した「経営者確認書」の改正を受け、 公益社団・財団法人等の理事者確認書に関するQ&A等が見直される 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年2月17日付けで(ホームページ掲載日は2022年2月22日)、日本公認会計士協会は、次のものの改正を公表した。研究報告の名称について改正されているものがあるので、改正後の名称を記載している。 これは、監査基準委員会報告書720「その他の記載内容に関連する監査人の責任」の改正及び「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」における公認会計士法の改正等に対応した監査基準委員会報告書580「経営者確認書」の改正を受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 前述の改正に対応して、理事者確認書(経営者確認書)の記載例を改正するものである。 例えば、「公益法人会計基準を適用する公益社団・財団法人及び一般社団・財団法人の理事者確認書に関するQ&A」(非営利法人委員会研究報告第22号)では、代表理事の署名に関して「(若しくは記名押印又は電子署名)」と記載しており、また、「事業報告及びその附属明細書については、最終版の提供が可能となった時点で、当該文書を発行する前に貴殿に提供いたします。」の記載の追加が行われている。 (了)
《速報解説》 国税庁が“移転価格事務運営指針”及び“AOA指針”の一部改正を公表 ~グループ通算制度への移行に伴う経過的取扱い等を示す~ 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 はじめに 令和2年度税制改正により、令和4年4月1日以後に開始する事業年度から連結納税制度が廃止されグループ通算制度へ移行することとされた。 グループ通算制度は、完全支配関係にある企業グループ内の各法人を納税単位として、各法人が個別に法人税額の計算及び申告を行う制度となるため、今回、グループ通算制度への移行に伴い、令和4年2月14日において「移転価格事務運営要領」(※1)(以下「単体指針」という)及び「恒久的施設帰属所得に係る所得に関する調査等に係る事務運営要領」(※2)(以下「AOA指針」という)について、以下の改正が行われた。 (※1) 「移転価格事務運営要領」とは、上位官庁である国税庁から下位官庁である国税局及び税務署に対して示される国税局及び税務署が移転価格税制に係る事務を運営する際の事務運営の指針をいう。納税者に対して直接適用される法律ではないが、国税局及び税務署がこれに従って移転価格税制の事務を行うことから企業もその内容を把握しておく必要がある。 (※2) 「恒久的施設帰属所得に係る所得に関する調査等に係る事務運営要領」とは、上位官庁である国税庁から下位官庁である国税局及び税務署に対して示される国税局及び税務署が外国法人の各事業年度の恒久的施設帰属所得に係る所得に関する調査又は事前確認審査及び内国法人の各事業年度の国外事業所等帰属所得に係る所得に関する調査又は事前確認審査に係る事務を運営する際の事務運営の指針をいう。納税者に対して直接適用される法律ではないが、国税局及び税務署がこれに従って恒久的施設帰属所得に係る所得に関する調査等の事務を行うことから企業もその内容を把握しておく必要がある。 なお、令和4年4月1日以後の連結法人に係る移転価格税制に関する事務運営については改正後の単体指針に定める経過的取扱いによることになり、「連結法人に係る移転価格事務運営要領」(以下において「連結指針」という)については廃止されることになる。 また、令和4年4月1日以後の連結法人の国外事業所等帰属所得に係る連結所得に関する事務運営については改正後のAOA指針に定める経過的取扱いによることになり、「連結法人の国外事業所等帰属所得に係る連結所得に関する調査等に係る事務運営要領」(以下において「連結指針」という)については廃止されることになる。 1 移転価格事務運営指針の主な改正内容 この移転価格事務運営指針の改正は、上記【8-6】を除き令和4年4月1日から適用される。なお、上記【8-6】については令和4年4月1日以後に開始する事業年度のみを対象とする事前確認について適用される。また、連結指針については、法施行日に廃止される。 2 AOA指針の主な改正内容 このAOA指針の改正は、上記【9-5】を除き令和4年4月1日から適用される。なお、上記【9-5】については令和4年4月1日以後に開始する事業年度のみを対象とする事前確認について適用される。また、連結指針については、法施行日に廃止される。 (了)
2022年2月24日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.458を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第11回】 「納税者に有利な「実質的」遡及課税とその問題性」 -国税不服審判所平成31年3月25日裁決による法令解釈と閣議決定によるその変更- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 第5回では、遡及課税は租税法律主義の下では原則として禁止されることを確認してきたが、このことは、遡及課税が納税者に不利な結果をもたらす場合についていえることである。つまり、逆にいえば、納税者に有利な遡及課税は許容されるのである。 この点に関して注目すべき動きが先月あった。それは、令和4年1月7日付けで国税庁ホームページ(ホーム/お知らせ/その他のお知らせ)に「クロスボーダーで行うデリバティブ取引の決済により生ずる所得の取扱いについて」という国税庁の見解(以下「国税庁デリバティブ所得見解」という)が公表されたことであるが、その見解は次のとおり述べている(下線筆者)。 なお、この見解の4は、納税者に不利な遡及課税をもたらすが故に原則として許容されず、その例外的許容性については、最判平成23年9月23日民集65巻6号2756頁等の判例で示された判断枠組み(第5回Ⅰ、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【36】参照)に従って判断する必要があるが、今回は、この問題には立ち入らない。 Ⅱ 国税庁による納税者に有利な「実質的」遡及課税 国税庁デリバティブ所得見解でも「参考」として引用されているとおり、「令和4年度税制改正の大綱」(令和3年12月24日閣議決定)の「五 国際課税」の「3 その他(国税)」(3)では次のとおり述べられている(下線筆者)。 この閣議決定は、デリバティブ所得に係る従来の取扱いを変更するものであるが、その従来の取扱いは、国税不服審判所平成31年3月25日裁決(LEX/DB文献番号26013006。以下「平成31年裁決」という)が非居住者の「国内にある資産の運用又は保有により生ずる所得」(平成26年法律第10号による改正前の所得税法161条1号=本件規定)の判断について示した次の見解と少なくとも結論の点では同じ見解を採用するものであったことから、この閣議決定は平成31年裁決の見解とは異なる見解を「法令上明確化する」とするもの、すなわち、平成31年裁決の見解を法令によって明確に変更(少なくとも結論の点では「否定」)しようとするものとみてよかろう。 このように前記の閣議決定が平成31年裁決の見解を明確に変更しようとした背景については、次のような指摘がされている(週刊T&Amaster編集部「税制改正大綱踏まえ国税庁が公式見解 過去のデリバティブ取引も資産の運用保有所得に該当せず」週刊T&Amaster No.915(2022年1月24日)40-41頁)。 前記の閣議決定それ自体の当否やこれを受けて示された国税庁デリバティブ所得見解の当否は措くとして、ここで指摘しておきたいのは、前記の閣議決定はデリバティブ所得の取扱いの変更について明文では遡及適用を定めていないのに対して、内閣の統括の下にある国税庁が、その閣議決定を受けてその取扱いの変更に対して「実質的に」遡及立法と同様の効力を付与した、とみることができるということである。つまり、前記の閣議決定は平成31年裁決の示した見解(非居住者のデリバティブ所得に係る従来の取扱い)を納税者に有利に変更するものであることからすると、それまで平成31年裁決の見解を是認してきた国税庁としては、その閣議決定に従い見解を改め、納税者に有利な「実質的」遡及課税を認めることにした、とみることができるのである。 このように、国税庁による納税者に有利な「実質的」遡及課税は、国家行政組織において内閣の統括の下にある国税庁の地位(国家行政組織法2条1項・3条2項、財務省設置法2条1項・18条1項参照)からすれば当然の帰結といってよかろう。 なお、平成31年裁決は、筆者がこれを国税不服審判所のホームページで初めて確認した令和4年2月1日の時点では、同ホームページの裁決事例集No.114に「公表裁決事例」として掲載されていたにもかかわらず、筆者が本稿の執筆の過程で再度確認しようとした同月16日の時点では、削除されていた。それは、前記の閣議決定を受けて示された国税庁デリバティブ所得見解によって、平成31年裁決で示された見解が明確に変更されたからであろうが、ここにも国税不服審判所の独立性(税通99条参照)の限界が露呈しているように思われる。 Ⅲ 国税庁による納税者に有利な「実質的」遡及課税の問題性 国税庁デリバティブ所得見解の3は、デリバティブ所得の取扱いの変更に伴う確定申告等(納税義務の確定)の変更について、通常の更正の請求(税通23条1項)及び通常の期間制限(同70条1項1号・2項[平成30年3月31日以前に開始した事業年度については平成27年度税制改正前の2項])に服する減額更正によることを予定しているように読めるが、問題は、果たしてそれで、デリバティブ所得について従来の取扱いを受けた納税者(非居住者・外国法人)の救済を十分に図ることができるかである。 そもそも、減額更正も、税法が定める課税要件の充足によって成立した納税義務を正しく(税法の規定どおりに)確定するために課税庁に税法によって義務づけられた処分と解すべきであり(課税処分権及び課税処分義務の観念を前提とする課税処分の捉え方について前掲拙著【136】参照)、しかも国税庁がデリバティブ所得の取扱いについて内閣の統括の下閣議決定を受けて一方的に(平成31年裁決を含め)従来の取扱いを変更しその変更後の取扱いを遡及適用することとしたものである以上、課税庁としては、更正の請求の有無にかかわらず、デリバティブ所得に係る確定申告等につき減額更正を行い、「納めすぎた税金の還付」等をすべきである。 もっとも、課税庁がそのように減額更正をしようとしても、その時点から起算して減額更正に係る通常の除斥期間に相当する期間より以前にデリバティブ所得について従来の取扱いを受けた納税者に対しては、除斥期間経過の故に減額更正をすることができないことになる。つまり、そのような納税者は、国税庁デリバティブ所得見解によっては救済されないことになるのである。 このような問題を解決するためには、減額更正について特別の期間制限を定めるべきである。この点については、国税通則法施行令6条1項5号の規定が参考になる。この規定が定める理由は、特別の期間制限が認められる減額更正の理由とはされていないが(税通71条1項2号、同令30条・24条4項参照)、ただ、「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額の計算の基礎となつた事実に係る・・・・・・国税庁長官の法令の解釈」が変更され「変更後の解釈が国税庁長官により公表された」場合を想定するものである点で、国税庁デリバティブ所得見解による減額更正の理由と類似する。 国税通則法施行令6条1項5号の規定は、親から贈与されたゴルフ会員権の名義書換料について従来の課税実務上の取扱いとは異なり取得費該当性を認めた最判平成17年2月1日訟月52巻3号1034頁に伴って、同施行令平成18年改正(平成18年政令第132号)によって新設され、同号所定の理由が特別の更正の請求をすることができる「やむを得ない理由」(税通23条2項3号)の1つとされたが、特別の期間制限が認められる減額更正の理由とはされなかった。つまり、国税通則法施行令6条1項5号所定の理由が減額更正に係る通常の除斥期間の経過後に生じた場合には、課税庁は減額更正をすることができず、したがって、納税者としては結果的にはその理由による特別の更正の請求をすることができない(しても意味がない)ことになるのである。 国税通則法がそのような結果を容認したのは、確定申告に係る更正や決定に対してその根拠となる法令の解釈を争って争訟を提起することが可能であること等を考慮したからであると解される(前掲拙著【135】(ハ)参照)。この点では、国税庁デリバティブ所得見解の場合とは事情が異なる。というのも、国税庁デリバティブ所得見解は、納税者が提起した争訟の結果に伴って示されたものではなく、国税庁が内閣の統括の下閣議決定を受けて一方的に示したものであるからである。 このように考えてくると、国税庁デリバティブ所得見解の場合のように国税庁長官が閣議決定を受けて法令の解釈を変更し変更後の解釈を公表する場合を想定して、これを理由とする減額更正について特別の期間制限を認め、併せて特別の更正の請求も可能にするよう法令の改正をすべきである。具体的には、そのような理由を定める国税通則法施行令6条1項6号を新設した上で、同号所定の理由を同令24条4項所定の理由から除外しないようにすべきである。 Ⅳ おわりに 以上において、国税庁デリバティブ所得見解の3について、それがデリバティブ所得に対する納税者に有利な「実質的」遡及課税をもたらすものであること及びその遡及課税の実施には減額更正の期間制限との関係で限界があることを明らかにし、そのような限界があるという問題を解決するための立法提案を行った。 このような検討作業は、既に述べたように、前記の閣議決定それ自体の当否に立ち入らないことを前提にして、行ったものであるが、ただ、国税庁デリバティブ所得見解の「真の」問題性は、令和4年度税制改正大綱がデリバティブ所得の取扱いの変更を「法令上明確化する」と明記するにとどまり、その法令の規定を遡及適用するものとする旨を明記せず、その代わりに、国税庁が内閣の統括の下行政内部の取扱いでその法令の規定を「実質的に」遡及適用することとしたことにあるように思われる。 デリバティブ所得の取扱いを「法令上明確化する」ことは、課税要件明確主義の見地から望ましいことであるが、その「明確化」した取扱いが課税実務上の従来の取扱いを変更するものである以上、課税要件明確主義の見地からは、その「明確化」した取扱いの遡及適用を法令上明文で定めるべきである。その際、併せて、その遡及適用を実効性あるものにするために、特別の更正の請求及び減額更正に係る特別の期間制限について所要の措置を講ずるべきである。 (了)
組織再編成・資本等取引の税務に関する留意事項 【第7回】 「試験研究を行った場合の税額控除(後半)」 公認会計士 佐藤 信祐 ←(前回) 5 平均売上金額 (1) 基本的な取扱い 平均売上金額とは、適用年度及び当該適用年度開始の日前3年以内に開始した各事業年度の売上金額の平均額をいう(措法42の4⑧十一)。具体的には、適用年度の売上金額及び当該適用年度開始の日前3年以内に開始した各事業年度(以下、「売上調整年度」という)の売上金額(※14)の合計額を当該適用年度及び当該各売上調整年度の数で除して計算した金額により算定される(措令27の4㉙)。 (※14) 適用年度の月数と売上調整年度の月数とが異なる場合には、その異なる売上調整年度の売上金額に当該適用年度の月数を乗じてこれを当該売上調整年度の月数で除して計算した金額とする。 ただし、以下に掲げる合併法人等(合併法人、分割承継法人、被現物出資法人又は被現物分配法人をいう)に該当する場合には、以下のように計算を行う(措令27の4㉚)。なお、基準事業年度の売上金額についても類似の特例が設けられている(措令27の4⑭⑮)。 (※15) 残余財産の全部の分配に該当する現物分配である場合には、当該適用年度開始の日の前日から当該適用年度終了の日の前日までの期間内においてその残余財産が確定したものをいう。 (※16) 基準事業年度の売上金額につき、基準事業年度開始の日から適用年度終了の日までに分割等(分割又は現物出資)が行われたものに係る分割法人等については、基準事業年度の売上金額を0とする特例も定められている(措令27の4⑭三)。そして、イ及びロの合併法人からは「基準事業年度開始の日から適用年度終了の日までに分割等(分割又は現物出資)が行われたものに係る分割法人等」を除くことから、適用年度において合併を行い、かつ、基準事業年度開始の日から適用年度終了の日までに分割等を行った場合にも、基準事業年度の売上金額は0円になる。 (※17) 未経過法人に該当する場合には、基準日から合併法人等の設立の日の前日までの期間を当該合併法人等の事業年度とみなした場合における当該事業年度を含む。 (※18) 残余財産の全部の分配に該当する現物分配である場合には、その残余財産の確定の日の翌日。 (※19) 残余財産の全部の分配に該当する現物分配である場合には、当該売上調整年度のうち最も古い売上調整年度開始の日の前日から当該適用年度開始の日の前日を含む事業年度終了の日の前日までの期間内においてその残余財産が確定したものをいう。 (※20) 未経過法人に該当する場合には、基準日から合併法人等の設立の日の前日までの期間を当該合併法人等の事業年度とみなした場合における当該事業年度を含む。 ここでいう月別売上金額とは、その合併等に係る被合併法人等の当該合併等の日前に開始した各事業年度の売上金額(※21)をそれぞれ当該各事業年度の月数(※22)で除して計算した金額を当該各事業年度に含まれる月(※23)の売上金額とみなした場合における当該売上金額をいう(措令27の4⑮)。 (※21) 分割事業年度等にあっては、当該分割等の日の前日を当該分割事業年度等の終了の日とした場合の当該分割事業年度等に係る売上金額。 (※22) 分割事業年度等にあっては、当該分割事業年度等の開始の日から当該分割等の日の前日までの期間の月数。 (※23) 分割事業年度等にあっては、当該分割事業年度等の開始の日から当該分割等の日の前日までの期間に含まれる月。 なお、現物分配により試験研究用資産の移転を受けていない場合において、当該現物分配により試験研究用資産の移転を受けていない旨の届出をしたときは、上記の特例を適用しないことができる(措令27の4㉜、措規20㊻)。 (2) 分割又は現物出資の特例 分割又は現物出資を行った場合には、分割又は現物出資の日以後2ヶ月以内に「分割等による移転売上金額の計算方法の認定申請書」「分割等による売上金額の区分に関する届出書」を提出することにより、以下のように計算を行うことも認められている(措令27の4㉛)。なお、基準事業年度の売上金額についても同様の特例が設けられている(措令27の4⑰一、措規20⑩⑮)。 (※24) 移転事業に係る売上金額をいう。 (※25) 未経過法人に該当する場合には、基準日から分割承継法人等の設立の日の前日までの期間を当該分割承継法人等の事業年度とみなした場合における当該事業年度を含む。 (※26) 未経過法人に該当する場合には、基準日から分割承継法人等の設立の日の前日までの期間を当該分割承継法人等の事業年度とみなした場合における当該事業年度を含む。 この場合における月別移転売上金額とは、その分割等に係る分割法人等の当該分割等の日前に開始した各事業年度の移転売上金額をそれぞれ当該各事業年度の月数(※27)で除して計算した金額を当該各事業年度に含まれる月(※28)の移転売上金額とみなした場合における当該移転売上金額をいう(措令27の4⑱)。 (※27) 分割事業年度等にあっては、当該分割事業年度等の開始の日から当該分割等の日の前日までの期間の月数。 (※28) 分割事業年度等にあっては、当該分割事業年度等の開始の日から当該分割等の日の前日までの期間に含まれる月。 6 適用除外事業者 中小企業者に該当する場合であっても、適用除外事業者に該当するときは、中小企業技術基盤強化税制の適用を受けることができない。 適用除外事業者とは、当該事業年度開始の日前3年以内に終了した各事業年度(以下、「基準年度」という)の所得の金額の合計額を各基準年度の月数の合計数で除し、これに12を乗じて計算した金額が15億円を超える法人をいう(措法42の4⑧八)。なお、15億円を超えるかどうかの判定上、基準年度において合併、分割、現物出資又は事業譲受(以下、「合併等」という)を行った場合には、一定の調整計算を行う必要がある(措令27の4㉒三、㉓三)。ただし、以下のいずれかに該当する場合にのみ調整計算が必要になることから、合併等を行った場合に常に調整計算が必要になるわけではない(措令27の4㉔一)。 (了)
〔令和4年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第4回】 (最終回) 「「所得拡大促進税制の見直し(大企業)」 「所得拡大促進税制の見直し(中小企業者等)」 「法人税の軽減税率」」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和3年度税制改正における改正事項を中心として、令和4年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。第3回は「研究開発税制の見直し」及び「大企業に対する租税特別措置の適用除外の見直しと延長」について解説した。 最終回となる第4回は「所得拡大促進税制の見直し(大企業)」、「所得拡大促進税制の見直し(中小企業者等)」及び「法人税の軽減税率」について解説する。 1 所得拡大促進税制の見直し(大企業) 所得拡大促進税制とは、青色申告書を提出している法人が給与等支給額を一定以上増加させた場合に、その増加額の一定割合について税額控除が認められる制度である。ただし、当期の法人税額に一定の割合を乗じた金額が、控除限度額となる。 中小企業者等以外(大企業)に対しては、設備投資の要件を設け、「賃上げ・投資促進税制」(中小企業者等も選択適用可能)としていたが、令和3年度税制改正において次のように見直された上で、「人材確保等促進税制」として令和5年3月期まで2年間延長されている。 ① 要件の見直し 次のように要件の見直しが行われている。 ② 控除税額の見直し 次のように控除税額の見直しが行われている。 (※) 雇用者給与等支給額の前事業年度からの増加額が上限。 この改正は令和3年4月1日以後に開始する事業年度から適用されるため、令和4年3月期決算申告には適用されることになる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 2 所得拡大促進税制の見直し(中小企業者等) 令和3年度税制改正における所得拡大促進税制の見直しにおいては、中小企業者等を対象とした制度も次のように見直しが行われた上で、令和5年3月期まで2年間延長されている。 なお、中小企業者等であっても、上記「1 所得拡大促進税制の見直し(大企業)」で解説した「人材確保等促進税制」を選択して適用することも可能である。 ① 要件の見直し 次のように要件の見直しが行われている。 ② 控除税額の見直し 控除率や控除上限については、変更なし。 この改正は令和3年4月1日以後に開始する事業年度から適用されるため、令和4年3月期決算申告には適用されることになる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 3 法人税の軽減税率 中小企業者等において、800万円までの課税所得に適用される軽減税率は本来19%だが、令和3年3月期決算申告までは、特例措置により15%に引き下げられていた。 この措置は令和3年3月31日までに開始する事業年度が対象であったが、令和3年度税制改正により2年間(令和5年3月31日までに開始する事業年度まで)延長された。したがって、令和4年3月期決算申告においても、15%が適用される。 【法人税率(令和3年3月期と変化なし)】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (連載了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例107(法人税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆役員給与の損金不算入(法法34) 法人が役員に対して支給する給与の額のうち「定期同額給与」、「事前確定届出給与」、「業績連動給与」のいずれにも該当しないものの額は損金の額に算入されない。また、上記に該当するものであっても、不相当に高額な部分の金額は、損金の額に算入されない。 ◆定期同額給与(法法34①一、法令69①) 定期同額給与とは、次に掲げる給与をいう。 ◆経営の状況の著しい悪化に類する理由(法基通9-2-13、国税庁「役員給与に関するQ&A(平成24年4月改訂版)」) 経営の状況が著しく悪化したことその他これに類する理由とは、経営状況が著しく悪化したことなどやむを得ず役員給与を減額せざるを得ない事情があることをいうのであるから、法人の一時的な資金繰りの都合や単に業績目標値に達しなかったことなどはこれに含まれない。このため、例えば、次のような場合の減額改定は、通常、業績悪化改定事由による改定に該当することになる。 (了)