「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例101(消費税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆事業廃止届出書(消法57①三) 事業者が事業を廃止した場合には、その旨を記載した届出書を速やかに当該事業者の納税地の所轄税務署長に提出しなければならない。なお、事業廃止により、「消費税課税事業者選択不適用届出書(第2号様式)」、「消費税課税期間特例選択不適用届出書(第14号様式)」、「消費税簡易課税制度選択不適用届出書(第25号様式) 」、「任意の中間申告書を提出することの取りやめ届出書(第26-(3)号様式)」、「消費税申告期限延長不適用届出書(第28-(15)号様式)」のいずれかの届出書に事業を廃止した旨を記載して提出した場合には、他の不適用届出書等及び事業廃止届出書の提出があったものとして取り扱われる。 また、事業廃止届出書を提出した場合には、これらの不適用届出書等の提出があったものとして取り扱われる。 ◆「事業廃止届出書」と「簡易課税制度選択不適用届出書」の関係 「事業廃止届出書」を提出した場合には、「簡易課税制度選択不適用届出書」の提出があったものとして取り扱われるため、その提出日の属する年の翌年から、「簡易課税制度選択届出書」はその効力を失う。したがって、個人事業を再開した場合で、簡易課税を選択したいときは、その再開した日の属する年の末日までに再度「簡易課税制度選択届出書」を提出しなければならない。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第43回】 「買換家屋が共有の場合」 -買換家屋の床面積要件の判定- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、居住用の家屋とその土地を売却しましたが、多額の譲渡損失が出てしまい、新居購入にあたっては銀行で住宅ローンを組み、妻と共有(各持分1/2)で家屋(床面積90㎡)とその土地を購入しました。 買換家屋の床面積(50㎡以上)に係る要件以外の適用要件が具備されている場合に、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A 買換家屋が共有物である場合は、その家屋の全体の床面積により判定することから、「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 「居住用財産買換の譲渡損失特例」に係る買換家屋については、一棟の家屋の床面積のうちその個人が居住の用に供する床面積が50㎡以上であるものと規定されています(措令26の7⑤一)。 そして、買換家屋が共有物である場合には、その家屋の全体の床面積(その家屋のうちその独立部分を区分所有する場合には、その独立部分の床面積)により判定するとされています(措通41の5-14(買換家屋の床面積要件の判定)(2))。 したがって、本事例の場合、共有家屋の全体の床面積により判定されることから、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができることとなります。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第8回】 「請求の追加的併合が行われ、後で訴訟を提起した日が出訴期限を超えた場合にその訴訟が適法なものか否かが争われた判例」 税理士 菅野 真美 ▷審査請求が認められなかった場合の救済措置 第7回において、「固定資産の価格に不服がある場合は、原則的には、公示の日から納税通知書の交付を受けた日後3ヶ月を経過する日までの間に固定資産評価審査委員会への審査の申出ができる(地方税法第432条第1項)。申出を受けた日から30日以内に審査決定し(地方税法第433条第1項)、決定のあった日から10日以内に通知しなければならない(地方税法第433条第12項)。そしてこの決定に不服がある場合は、取消しの訴えを提起することができる(地方税法第434条第1項)。ただし、固定資産の価格について訴えることができるのは、固定資産評価審査委員会への審査の申出を行い、その決定の取消しの訴えによることに限定されている(地方税法第434条第2項)」と述べた。 そして、固定資産の価格について不服で固定資産評価審査委員会に審査の申出をし、その決定に不服な場合、裁判所に訴えることができる期間は、処分又は裁決があったことを知った日から6ヶ月以内である。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない(行政事件訴訟法第14条第1項)。 次に、固定資産の価格以外の問題について不服な場合、納税者は、処分があったことを知った日の翌日から起算して3ヶ月以内に審査請求ができる(地方税法第19条、行政不服審査法第18条第1項)。審査請求に基づく裁決に不服な場合は、処分又は裁決があったことを知った日から6ヶ月以内である(行政事件訴訟法第14条第1項)。 1つの事案について、同じ被告と原告の間で請求を追加して、複数の訴えが行われる場合がある。このような場合のことを原告による請求の追加的併合といい、この場合、出訴期間の遵守については、処分の取消しの訴えは、裁決の取消しの訴えを提起した時に提起されたものとみなすとされている(行政事件訴訟法第20条)。 固定資産の価格についての不服なのか、それ以外の項目についての不服なのか、判別が不透明な場合がある。このような場合、納税者の方で、自分の不服を認めてもらうための手段として、同じ問題について、固定資産評価審査委員会に審査の申出をしながら、審査請求をし、その結果を受けて訴訟をすることができるが、後で訴訟を提起した日が出訴期限を超えてしまった場合、その訴訟は適法なものか否かについて争われた事案を検討する。 ▷どのような事案か この事案の経緯は以下のようになる。 (※) なお、審査請求に係る被告は東京都知事、審査申出に係る被告は東京都固定資産評価審査委員会とする。 ▷なぜ、出訴期限を過ぎて東京都固定資産評価審査委員会を相手に訴訟を起こしたのか Xは次のように主張した。 しかし、東京都固定資産評価審査委員会は、出訴期間を経過しているから違法であると主張した。 ▷審査申出(東京都固定資産評価審査委員会への申出)事項に該当するか否か 審査申出事項についての不服がある場合に該当するか否かであるが、Xは、価格そのものに対する不服の申出であるにもかかわらず審査申出を却下した決定は違法であると主張した。 対する東京都固定資産評価審査委員会は、本件審査申出による不服は課税客体が存在しないことを理由とするもので、評価に関するものではないから審査を申し出ることはできず、賦課決定処分の取消しの形で争われるべきものであり、審査申出を不適法とする決定は適法であると主張した。 他方、東京都知事は、Xの主張は見方を変えれば家屋の評価の誤りであり、登録価格に対する不服を理由として賦課決定処分の取消しを求めるものと解されるが、そうするとXは固定資産税の賦課決定処分の取消理由とすることができない本件登録価格に対する不服を本件各処分の取消理由として主張していることになるから、Xの審査請求には理由がないと主張した。 このように東京都の中でも主張が分かれ、各々が正当性を主張した。 ▷裁判所の判断 裁判所は次のように判断し、Xの請求を認めて、平成21年3月6日付の審査の申出に対する決定を取り消した。 このように判決では、納税者のとった訴訟戦術が功を奏して納税者勝訴を導いた。しかし、審査請求を行うべき事案なのか、固定資産評価審査委員会への申出を行うべき事案なのかが微妙な場合は、両者に不服を訴え、訴訟を起こさなければ解決が難しいというのは、一般の納税者にとってはあまりにもハードルが高い。 なお、この判決では、昇降機設備が家屋に含まれるか否かは判断されていない。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第60回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 (4) 法人税法施行令18条の2第3項 法人税法施行令18条の2第3項は次のとおり定めている。 これは、資産の販売等に係る収益について、引渡し等事業年度の確定した決算で収益の経理又は申告調整をし、法人税法22条の2第1項又は第2項の適用により当該事業年度の益金の額に算入された場合に、事後的な事情により、当該資産の販売等に係る第4項に規定する価額又は対価の額(収益基礎額)が変動したときは、法人税法施行令18条の2第1項の適用があるときを除き、その変動により増加又は減少した収益基礎額について、その変動することが確定した事業年度の益金の額又は損金の額に算入することを定めている。 条文を整理すると次のようになる。 上記要件❶を見ると明らかなとおり、法人税法施行令18条の2第3項は、資産の販売等に係る収益について、引渡し等事業年度の確定した決算で収益の経理又は申告調整をし、法人税法22条の2第1項又は第2項の適用により当該事業年度の益金の額に算入された場合を前提とする。 かように、資産の販売等に係る収益について、当初申告において、法人税法22条の2第1項又は第2項により引渡し等事業年度の益金の額に算入されていることを要件としている点で法人税法施行令18条の2第1項と異なることに注意を要する(財務省『平成30年度 税制改正の解説』278頁)。 法人税法施行令18条の2第1項の要件③は「同条第1項又は第2項に規定する事業年度(引渡し等事業年度)後の事業年度の確定した決算において修正の経理(第5項各号に掲げる事実が生ずる可能性の変動に基づく修正の経理を除く)をした場合において」となっていた(本連載第59回参照)。 このことと比較すると、この第3項は法人による修正の経理を前提としていないことに気が付く。 そして、この第3項の上記要件❸(注)を見ると、修正の経理を行い、法人税法18条の2第1項の適用がある場合には、この第3項の適用がないことがわかる。つまり、第1項が第3項に優先して適用されるのである。法律効果部分も、修正の経理を前提としない書き振りとなっている。 法人税法施行令18条の2第1項の法律効果は「その修正の経理により増加し、又は減少した収益の額相当額は、その修正の経理をした事業年度の所得の金額の計算上、益金の額又は損金の額に算入する」となっていた(本連載第59回参照)。 このことと比較すると、この第3項は変動による収益の増減額を「その変動することが確定した事業年度」の益金の額又は損金の額に算入するものであることが強調される。 もちろん、上記要件❸があるから、益金又は損金の額に算入される収益の増減額は、法人税法22条の2第4項の範囲内の額ということになる。 法人税法施行令18条の2第3項に関して、立案担当者は、要旨次のとおり説明している(財務省『平成30年度 税制改正の解説』279頁。ただし図表は筆者作成)。 このように、法人税法施行令18条の2第3項は、事後的な事情により、対価の変動があった場合の益金又は損金の計上時期に関する規定であり、これも収益認識会計基準における変動対価の関係で設けられたものである。 同項は、事後的に対価の額が変動する場合は、変動による収益の増減額を変動する金額が確定したときの損益に反映させるものであり、例えば、変動する金額が確定するまでに1年以上かかってしまい、事業年度を越えてしまったような場合に、確定する前に何かの調整をしなければいけないのかというと、その必要はないということになる(髙橋正朗「平成30年度法人税基本通達等の一部改正について」租税研究832号7頁参照)。 (了)
フロー・チャートを使って学ぶ会計実務 【第56回】 「共通支配下取引の事業譲渡」 RSM清和監査法人 公認会計士 西田 友洋 【はじめに】 今回は、親会社と100%子会社の間で行われる共通支配下取引の事業譲渡を解説する。 ※各ステップをクリックすると、それぞれのページに移動します。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 子会社以外を分離先企業として、現金等のみで事業分離を行う場合、個別財務諸表上、原則として「投資の清算」となる。そのため、譲渡した事業に係る株主資本相当額と現金等の差額を移転損益として認識する(企業会計基準第7号「事業分離等に関する会計基準」10)。 親会社が子会社から事業を譲り受ける場合、垂直関係の企業再編であるため、個別財務諸表上の帳簿価額ではなく、連結財務諸表上の帳簿価額により譲り受ける(企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」41、(注9))。また、現金等と移転事業に係る株主資本相当額の差額は、「のれん又は負ののれん」として認識する(企業会計基準適用指針第10号「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」448(2))。 共通支配下取引の場合、事業譲渡前後で連結全体に変わりはないため、【STEP1】で認識した移転損益と【STEP2】で認識したのれん又は負ののれんを消去する。 《設例》 Y社はX社が設立し、X社が保有するY社株式は5,000である。 Y社(100%子会社)はX社(親会社)に現金を対価(5,000)として、A事業を譲渡した。 Y社のA事業の事業譲渡日前日の貸借対照表は以下のとおりである。 なお、「個別財務諸表上の帳簿価額=連結財務諸表上の帳簿価額」である。 〈会計処理〉 1 分離元企業Y社の会計処理 (※1) 帳簿価額。 (※2) 差額。 2 分離先企業X社の会計処理 3 連結財務諸表における会計処理 《開始仕訳》 《移転利益の修正》 * * * 以上、3つのステップをまとめたフロー・チャートを再掲する。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 (了)
〈事例から学ぶ〉 不正を防ぐ社内体制の作り方 【第9回】 「会社の有効な仕組み作りとトレードオフの関係」 米国公認会計士・公認内部監査人 打田 昌行 はじめに 東京オリンピックは今までにないメダルラッシュとなりました。大きな声援が送られた一方で、新型コロナウイルスによるパンデミックがとどまることはなく、残念なことに感染者の増加もみられました。そうしたなか、経済活動と感染予防策について、オリンピック中も繰り返し報道がされていたのは、みなさんご存じのとおりです。オリンピックを円滑に運用して成功に導くために、これ以上感染の広がりを防ごうとすれば、酒類の提供を禁止し、営業活動を制限するなどして経済を犠牲にせざるを得ません。 こうして、さみしいことに、わが街にある馴染みの居酒屋や飲食で多くの人が賑わう路地裏が次々と姿を消しつつあります。逆に経済をしっかりしようとすれば、感染対策が緩みます。極端な言い方をすれば、経済をとるのか、国民の命をとるのかということになります。もし経済をとれば、政府は国民の命を犠牲にしているといわれ、他方国民の方を向けば、経済が立ち行かなくなります。こうした対策のゆらぎが繰り返されているのはご存じのとおりです。 このようなお互いに相容れない関係を「トレードオフ」といいます。自分が欲しいと思っているメリットや価値を手に入れようとすれば、他の大切なものを手放すか、犠牲にせざるを得ません。今、経済と国民の命は、お互い相容れない、トレードオフの関係にあります。 実はこのトレードオフの関係を理解することは、会社の仕組み作りを考える場合にとても大切です。そこでトレードオフの関係を正しく理解するために、いくつかトレードオフの具体例を以下に挙げてみます。 《1》 トレードオフを考える たとえば、速く走るクルマを開発しようとする会社が、車体の軽量化に取り組み、車体の厚みを薄くすることで開発に成功したとします。しかし、クルマの速度の高速化が実現できたとしても、車体の厚みが薄くなれば、運転者の身体に対する安全が危ぶまれかねません。この場合に、クルマの速度の高速化と運転者の身の安全はトレードオフの関係にあるといえます。 また、もの作りの会社、とりわけ中堅・中小の会社では、親会社や顧客から常に短納期が求められます。つまり、顧客による発注から納品までのリードタイムをいかに短期化するかが求められています。なんとか納期を守って納品しようとするあまり、品質管理がないがしろとなり、品質検査の偽りが問題となるケースが後を絶ちません。対応の仕方によっては、このリードタイムの短縮と品質管理は、トレードオフの関係となります。 最近報道された三菱電機の検査体制をめぐるコンプライアンスの問題も、単なる製造、検査部門の怠慢と捉えるのではなく、顧客の厳しい短納期要請になんとか応えようとする社内構造の問題が根本にあるのではないかと考えることもできます。 《2》 会社の仕組み作りとトレードオフの関係 トレードオフという関係を念頭においたうえで、具体的な会社の仕組み作りについて考えます。会社の仕組み作りのなかで、誤りや不正を防ぐための典型的なアプローチの1つであり、基本的なスタイルのなかに相互牽制があります。みなさんもご存じの仕組みです。2人以上の者が合理的な意思を持って、会社のために、お互いの仕事を確認し合う仕組みを指します。担当者が起案をして、権限者がそれを決裁、承認する。一方の者がシステムにデータを入力し、他の者が入力した結果の正確さや漏れのないことを確認する。どこの会社でも行われる身近な仕組みです。 この相互牽制のメリットはお互いに仕事を分担、確認し合うので、一方が休んだり、出張で不在となっても、業務が滞ることはありません。またお互いのチェック機能が働くため、誤りや不正を予防することもできます。 相互牽制には、こうした多くのメリットを見出すことができますが、他方で仕事を複数人の間で分担するため、1人で行うよりも効率性は相対的に下がり、分担によって人手がかかる分、人件費などコストの増加にもつながります。 相互牽制は会社の仕組み作りのなかで、重要な働きをする一方で、それを導入する場合は、背景にトレードオフの関係が存在していることを十分に認識する必要があります。仕組みの利便性を理解しつつも、現場にいるみなさんが、どのような仕組みが会社にとって最善なのかを具体的に判断するということが、大切になります。 《3》 トレードオフを加味した有効な仕組み作り それではどのようにその判断をするのか、具体的な事例を挙げて考えます。 (1) 実地棚卸を例に考える 商品や製品など在庫を倉庫に保管する会社では、実際の商品や製品が帳簿上の数と比べて差がないか、定期的に実地棚卸を行っていると思います。この商品や製品を数える作業は、二人一組で実施するのが原則です。一方が数え、他方が数量を記録します。一見すると1人で数え、記録をした方が効率的でコストも要しないと考えがちですが、もし1人でそれを行えば、商品や製品を盗み、数量を操作することができ、記録を誤る恐れもあります。このため在庫を数える際には二人一組に基づく相互牽制を使って、互いの牽制を図ります。大切な会社資産を守るために、棚卸の効率やコストを加味したとしても、相互牽制によって得られるメリットが勝るという判断が、そこには働いています。 こうした実地棚卸は、たとえば銀座の高級宝石店のバックヤードでも行われていますので、二人一組による相互牽制を怠ると、たいへんな損害を被りかねないということを理解できると思います。 (2) 小口現金の管理を例に考える それではもう1つ、小口現金の管理を例に考えます。小口現金の払出しと、出納簿への記帳をするという2つの仕事を、1人の担当者に任せてしまうと、個人的な利益のために現金を着服したうえに、領収書を偽装して、自分で残高を記録し、不正を隠ぺいできます。そのため、必ず2人で分担し、相互牽制を図る必要があると一般にはいわれます。 確かに、その通りだと思います。しかし、事業所あるいは小規模な営業所によっては、それほど多額な額に到らない小口現金のために、人件費をかける余裕などはないと考えるところもあるでしょう。つまりこれは、先ほどの実地棚卸の例とは正反対に、相互牽制によって得られるメリットより、犠牲として支払うコストの方がはるかに上回ると考えるケースです。 このように判断できる場合は、なにも常に2人による相互牽制のかたちに拘泥する必要はありません。たとえば払出しと残高の管理は1人の担当者に任せて兼務させながら、上長や上司が定期的に状況を確認して、牽制を図るという工夫が考えられます。さらに上長や上司が多忙で、確認をする余裕がないというのであれば、抜き打ちによる確認を行って、担当者が適切な管理を怠っていないかどうか、適時牽制を図るということもできるはずです。 上司や上長による抜き打ちの確認は、定期的な確認ほど強い効果はもたらしませんが、少なくとも担当者に対して管理者の眼を意識させる一定の心理的な牽制効果をもたらすことは間違いありません。 《4》 犠牲に見合うメリットを踏まえた会社の仕組み作り 相互牽制は、どの会社にも見られる身近なアプローチですが、裏側で働くトレードオフの関係をよく理解し、適切に用いることが必要です。相互牽制を導入したことによって、負担する犠牲にふさわしい、あるいはそれを凌ぐメリットを、みなさんがきちんと手に入れることができているのかどうかを具体的に判断し、現場にふさわしい仕組みや工夫を取り入れてほしいと思います。 (了)
収益認識会計基準を学ぶ 【第11回】 「取引価格に基づく収益の額の算定と取引価格の算定」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 収益認識会計基準の5つのステップの3番目は、取引価格を算定することである(収益認識会計基準17項(3))。 今回は、取引価格に基づく収益の額の算定と取引価格の算定について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 取引価格に基づく収益の額の算定 履行義務を充足した時に又は充足するにつれて、取引価格(収益認識会計基準54項の定めを考慮する)のうち、当該履行義務に配分した額について収益を認識する(収益認識会計基準46項)。 収益認識会計基準54項は、収益認識会計基準51項に従って見積もられた変動対価の額については、変動対価の額に関する不確実性が事後的に解消される際に、解消される時点までに計上された収益の著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限り、取引価格に含めると規定している。 Ⅲ 取引価格の算定 1 定義 取引価格とは、財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ると見込む対価の額をいう。ただし、第三者のために回収する額は除かれる(収益認識会計基準8項)。 取引価格の算定にあたっては、契約条件や取引慣行等を考慮する(収益認識会計基準47項)。 取引価格の算定は、変動対価又は現金以外の対価の存在を考慮し、金利相当分の影響及び顧客に支払われる対価について調整して行う(収益認識会計基準17項(3))。 次の事項に注意する(収益認識会計基準48項、49項)。 2 取引価格の算定要素 取引価格を算定する際には、次の①から④のすべての影響を考慮する(収益認識会計基準48項)。 3 変動対価 変動対価とは、顧客と約束した対価のうち変動する可能性のある部分をいう(収益認識会計基準50項)。 例えば、次のものである(収益認識適用指針23項)。 契約において、顧客と約束した対価に変動対価が含まれる場合、財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ることとなる対価の額を見積もることになる(収益認識会計基準50項)。 次の事項に注意する(収益認識会計基準51項~55項、140項~143項、収益認識適用指針24項~26項、126項)。 4 契約における重要な金融要素 契約の当事者が明示的又は黙示的に合意した支払時期により、財又はサービスの顧客への移転に係る信用供与についての重要な便益が顧客又は企業に提供される場合には、顧客との契約は重要な金融要素を含むものとする(収益認識会計基準56項、144項、収益認識適用指針27項)。 収益認識会計基準57項に従って、重要な金融要素の影響について約束した対価の額を調整するにあたっては、契約における取引開始日において企業と顧客との間で独立した金融取引を行う場合に適用されると見積もられる割引率を使用する(収益認識適用指針29項)。 次の事項に注意する(収益認識会計基準57項、58項、収益認識適用指針28項、127項、128項)。 5 現金以外の対価 契約における対価が現金以外の場合に取引価格を算定するにあたっては、当該対価を時価により算定する(収益認識会計基準59項)。 また、現金以外の対価の時価を合理的に見積もることができない場合には、当該対価と交換に顧客に約束した財又はサービスの独立販売価格を基礎として当該対価を算定する(収益認識会計基準60項)。 次の事項に注意する(収益認識会計基準61項、62項)。 6 顧客に支払われる対価 顧客に支払われる対価は、顧客から受領する別個の財又はサービスと交換に支払われるものである場合を除いて、取引価格から減額する(収益認識会計基準63項)。 顧客に支払われる対価が顧客から受領する別個の財又はサービスと交換に支払われるものである場合には、当該財又はサービスを仕入先からの購入と同様の方法で処理する(収益認識適用指針30項)。 ただし、顧客に支払われる対価が顧客から受領する別個の財又はサービスの時価を超えるときには、当該超過額を取引価格から減額する。顧客から受領する財又はサービスの時価を合理的に見積もることができない場合には、顧客に支払われる対価の全額を取引価格から減額する(収益認識適用指針30項)。 顧客に支払われる対価に変動対価が含まれる場合には、取引価格の見積りを収益認識会計基準50項から54項に従って行う。 顧客に支払われる対価は、企業が顧客(あるいは顧客から企業の財又はサービスを購入する他の当事者)に対して支払う又は支払うと見込まれる現金の額や、顧客が企業(あるいは顧客から企業の財又はサービスを購入する他の当事者)に対する債務額に充当できるもの(例えば、クーポン)の額を含む(収益認識会計基準63項、145項)。 顧客に支払われる対価を取引価格から減額する場合には、次の①又は②のいずれか遅い方が発生した時点で(又は発生するにつれて)、収益を減額する(収益認識会計基準64項)。 (了)
税理士事務所の労務管理Q&A 【第3回】 「労働時間の管理②(労働時間の把握義務)」 特定社会保険労務士 佐竹 康男 労働時間の管理は、使用者の責務です。第3回は労働時間の把握義務について解説します。 * * 解 説 * * 1 労働時間管理の義務化 「働き方改革」により「労働安全衛生法」が改正され、2019年4月から企業(事業所)には従業員の労働時間の把握が義務化されました。 (1) 適用される事業所 労働時間の把握義務化が適用される事業所は、労働基準法が適用されるすべての事業所です。規模、業種を問いませんので、税理士等の士業の事務所もその適用対象になります。 (2) 対象となる労働者 労働時間の把握義務化の対象となる労働者は、管理監督者や裁量労働制(連載【第2回】参照)の適用労働者も含め、高度プロフェッショナル制度の対象者(※1)を除くすべての労働者です。雇用形態、勤務時間、役職等にかかわらず、すべての労働者についての労働時間の把握が義務化されています。 (※1) 高度プロフェッショナル制度とは、一定の年収要件(年収1,075万円以上)を満たし、高度の専門知識等を有する労働者を対象に、労働時間に基づいた制限を撤廃する制度です。 (3) 事業所としての対応 使用者には労働時間を適正に把握する責務があります。労働時間の適正な把握を行うためには、1日何時間働いたかではなく、労働日ごとに始業時刻及び終業時刻を使用者が確認・記録し、これに基づき何時間働いたかを次の方法により把握する必要があります。 ① 客観的な記録による労働時間の把握 従業員の労働時間の把握方法として、以下のとおり、原則として、タイムカード等の客観的な記録により労働時間を確認し、記録する必要があります。 〈労働時間の把握方法〉 (※2) 「自ら現認する」とは、使用者自ら、あるいは労働時間管理を行う者が、直接始業時刻や終業時刻を確認することをいいます。 (※3) タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基本情報とし、必要に応じて、例えば使用者の残業命令書及びこれに対する報告書など、使用者が労働者の労働時間を算出するために有している記録とを突き合わせることにより確認し、記録します。 ② 例外的に自己申告による把握が認められる場合 事業場外労働等でやむを得ず客観的な方法により労働時間を把握できない場合には、例外的に下記の措置を講ずることにより、「自己申告」による労働時間の把握が認められます。 労働者に正しい自己申告を求めることと、その申請によって使用者も労働者に不利益を被らないよう注意することが、適切な対応として定められています。 〈自己申告制が認められるために講ずべき措置〉 (参考) 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」 2 労働時間の記録に関する書類の保存期間等 (1) 賃金台帳への適正な記入 使用者は事業規模にかかわらず、事業場ごとに賃金台帳を調製し、労働日数、労働時間数、休日労働時間数、時間外労働時間数、深夜労働時間数等を適正に記入しなければなりません(労働基準法第108条)。 残業代の未払い等は、使用者が労働時間を適切に管理していない場合に生ずることが多いため、労働基準法では、賃金台帳に労働時間を適正に記入することを使用者に義務付けています。 (2) 労働時間の記録に関する書類の保存 使用者は労働者の出勤簿やタイムカードなどの労働時間に関する記録を、賃金台帳などとともに5年間(経過措置により、当分の間3年間)保存しなければなりません(労働基準法第109条)。 出勤簿・タイムカード等は、その他労働関係に関する重要な書類に属します。 具体的には、使用者が自ら始業・終業時刻を記録したもの、タイムカード等の記録、残業命令書及びその報告書、労働者が自ら労働時間を記録した報告書等が該当します。 3 適切な労働時間管理の実施 労働時間の管理は、労働者ではなく使用者の責務です。就業規則の作成義務は従業員数が10人未満の場合は生じませんが、労働時間管理は1人でも従業員を雇っていれば、原則としてすべての事業所で義務が生じます。 しかし、従業員人数が少ない小規模の企業は、労働時間管理を安易に考え、適切な管理を怠っている事業所も少なくありません。 税理士事務所等の士業においては、事業場外労働は少ないと思いますので、タイムカード等の客観的な記録により労働時間を確認し、記録する必要があります。現時点でまだ労働時間の把握が十分でないのであれば、早急に適切な対応が必要となります。 また、賃金台帳を適切に調製していない場合や、労働者のタイムカードなどの労働時間に関する記録の保存期間に違反した場合には、罰則(30万円以下の罰金刑)もありますので注意が必要です。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例62】 株式会社グローバルダイニング 「2021年12月期第2四半期決算短信〔日本基準〕(連結)」 (2021.7.30) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社グローバルダイニング(以下「グローバルダイニング」という)が2021年7月30日に開示した「2021年12月期第2四半期決算短信〔日本基準〕(連結)」である。前年同期は、コロナ禍の影響により売上高が2,451百万円、最終利益が△940百万円の赤字であったのに対して、当期は売上高が4,714百万円、最終利益が587百万円にまで回復した。 これは、コロナ前の2019年12月期第2四半期を上回る好業績である。同期は売上高が4,683百万円、最終利益が7百万円だったのである(2019年8月2日開示「2019年12月期第2四半期決算短信〔日本基準〕(連結)」)。 2 業績予想を修正 グローバルダイニングは、今回の開示と同時に「営業外収益の計上及び通期連結業績予想の修正に関するお知らせ」も開示している。2021年2月12日に開示した「2020年12月期決算短信〔日本基準〕(連結)」では、2021年12月期の業績予想について、売上高は6,000~7,000百万円、最終利益は未定としていたが、売上高を9,484百万円に上方修正し、最終利益を1,023百万円と予想した。 コロナ前の2019年12月期の売上高は9,610百万円、最終利益は△331百万円であったので(2020年2月12日開示「2019年12月期決算短信〔日本基準〕(連結)」)、売上高はコロナ前の水準に戻ると予想している。「修正の理由」は次のとおりである。 2021年12月期第2四半期の業績が回復したのは、緊急事態宣言・まん延防止等重点措置下において、営業時間の短縮や酒類の提供自粛の要請に応じず、通常営業を行ったからである。コロナ禍のなか外食への需要は全体として低下しているはずだが、多くの飲食店が要請に応じるなか、グローバルダイニングの店舗は通常営業を行っているため、同社の店舗へ外食を求める人達が押し寄せたのだろう。 「この調子で行けば」と考え、業績予想を修正したようである。しかし、同社に追随する飲食店が増えれば、また、コロナの影響がより深刻になれば、修正後の予想の達成は難しくなるかもしれない。 3 賛否両論 グローバルダイニングの方針については賛否両論あるだろう。しかし、現状、多くの人達が会食等を控え、多くの飲食店が時短営業等の要請を受け入れているなかでは、「否」の方が多数派なのではないだろうか。 確かに一律の営業時間の短縮や酒類の提供自粛の要請はおかしいと思う。感染拡大に影響するかどうかは、店舗によって異なるはずである。仮に完璧な感染予防対策がなされている店舗であれば、営業時間を短縮する必要もないし、酒類を提供しても問題ないだろう(今後登場するかもしれないが、会食する場合でも、個人間が完全に透明な板で区切られていれば、感染の心配はないだろう)。 また、「おひとりさま」であれば、何時まで食事をしていようが、お酒を飲もうが構わないはずである。そういえば、この7月からテレビ東京系でドラマ「孤独のグルメ」の新しいシーズンが始まった。相変わらず主人公は1人で飲食店に入り、黙って(心のなかでつぶやきながら)食事を楽しんでいる(お酒は飲まないが)。ただ、これまでと異なり、お店に入る際は手指消毒をし、食事のとき以外はマスクを着用している。 徹底した対策を行ったうえで、「当社の店舗における感染予防対策は完璧であり、感染を拡大させることは絶対にありませんので、通常営業を継続させて頂きます」と宣言すれば、「賛」の方が多数派になったかもしれない。 4 集団免疫ができている? ウイルスやワクチンについて様々な情報が流布しており、戸惑うことが多い。専門家がいうことも同じとは限らない。冷静にならないと、自分に都合良く情報を解釈してしまうおそれがあるのだが、企業の経営者のなかにも独自の見解を持つ方がいるようである(従業員のワクチン接種を禁じる経営者や、マスク着用を禁じる経営者もいるらしい)。 グローバルダイニングは、適時開示ではないが、ホームページ上で「グローバルダイニング代表・長谷川の新型コロナウイルスに対する考え方」をこれまで2回開示している。なお、「グローバルダイニング代表・長谷川」とは、同社の創業者であり代表の長谷川耕造氏である。ちなみに、長谷川氏は2020年12月末時点で同社の株式を6割超保有しており(第48期有価証券報告書)、同社において絶対的な存在だといえる。 まず2020年4月24日の1回目の開示には次のような記載がある。 次に2020年8月5日の2回目の開示には次のような記載がある。 そして、2021年7月30日、今回の開示と併せて行った記者会見で長谷川氏は次のように発言している(2021年7月31日付日本経済新聞)。 集団免疫が既にできているか否かについて、感染症の専門家ではない筆者には判断できないが、本稿執筆時点(2021年8月10日)において感染拡大が収まる気配は見られない。 (了)
2021年8月19日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.432を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。