〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第103回】 「アジレント事件(高判令5.2.16)(その2)」 ~所得に対する租税及びある種の他の租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とルクセンブルク大公国との間の条約10条1項、2項、3項~ 税理士 大野 道千 2 検討 本件は、条約に定めがない用語の解釈について、日蘆租税条約3条2項が定める文脈に従って、「the accounting period for which the distribution of profits takes place」の政府訳文「利得の分配に係る事業年度の終了の日」にある「事業年度」の意義を国内法令(法人税法13条)を参照して日本の法令における用語の意義を検討した。二重課税の排除という租税条約の目的を達成するためには、条約用語の解釈においては、両締約国間で統一された一義的かつ明確な規定が望ましいと考えられる。しかしながら、租税条約の適用実務上、実行可能性確保の観点から租税条約には多数の不確定概念が用いられ(※1)、国内法参照は一定程度不可欠な要素となっている。 (※1) 木村弘之亮「二重課税条約の解釈」法学研究68巻6号4頁(1995)。 そこで、本稿では、租税条約の解釈における租税条約の国内法参照規定の意義と解釈の安定性について検討する。 (1) 租税条約における国内法参照規定の意義と課題 日蘆租税条約3条2項のような国内法参照の規定は世界中のほとんどすべての租税条約に取り入れられており(※2)、国内法を参照することによって租税条約の負担を軽減し、租税条約における適用の実行可能性を高めるという利点を有する(※3)。 (※2) 木村・前掲(※1)43頁。 (※3) 同上[木村]。 一方、両締約国がその都度異なる意義を同一の条約において適用した結果、二重課税や二重非課税が生じる可能性がある(※4)。また、租税条約は「実行可能性を確保するため多数の不確定概念を用いて」(※5)おり、「国内租税法の場合よりもさらに一層相違なる解釈を施される余地を残している」(※6)ため、解釈する締約国に利するような傾向になる(※7)という懸念もある。 (※4) 木村・前掲(※1)43-44頁。 (※5) 同上[木村]4頁。 (※6) 同上[木村]。 (※7) 同上[木村]。 (2) OECDモデル租税条約における国内法参照規定の前提要件 OECDモデル租税条約3条2項は、租税条約上の「用語」の解釈のみを規制したものである(※8)。すなわち、国内法参照は条約上の言葉または言葉のグループの解釈のみにおいて必要とされ、国内法の一般的法思想を用いて条約を解釈したり、国内法を援用して不明瞭な条約問題を解明したりする余地はない(※9)。また、「参照される国内法は税法であるかどうかを問わないが、租税条約上定義されていない用語が、当該租税条約の対象税目に適用される租税法令と他の法令(当該租税に適用されない租税法令を含む)とで異なる意味を持つ場合には、前者における意味が優先する」(※10)。 (※8) 木村・前掲(※1)44頁。 (※9) 同上[木村]。 (※10) 谷口勢津夫『租税条約論』22頁(清文社、1999)。 (3) 解釈の安定性の観点からみた静態的解釈と動態的解釈の対立 どの時点の国内法を参照するかについて、静態的解釈と動態的解釈の2つの解釈手法がある。動態的解釈とは、条約適用時に有する意義を有すべきものとして解釈する手法を指し、静態的解釈とは、条約締結時に有する意義を有するとして解釈する手法を指す(※11)。現在OECDモデル租税条約では、動態的解釈手法によって解釈するよう定められている(※12)。動態的解釈は実行可能性の点で優れており、国内法に法改正があった場合も条約が対応している場合にはその条約は有効性を維持し続ける(※13)。 (※11) 川端康之「我が国の租税条約の解釈適用に関する省察」日税研論集78号235頁(2020)。 (※12) 同上[川端]235頁。 (※13) 木村・前掲(※1)55-56頁。 一方、国内法に重大な改正があった場合に、租税条約をそのまま適用することは妥当性を欠くこともあり得る(※14)。OECDモデル租税条約3条2項において、動態的解釈が明確化される契機となった判例が「メルフォード」事件である。「メルフォード事件」では、加独租税条約の「利子」条項に関して、静態的解釈と動態的解釈のいずれの解釈手法によって解釈するか(保証料を利子に含めないとする静態的解釈をとるか利子に含めるとする動態的解釈をとるか)をめぐって争われ、カナダ最高裁は最終的に静態的解釈を採用した(納税者勝訴)。本事件の敗訴を受け、カナダ財務省は最高裁判決を否定する租税条約解釈法を制定し、さらにOECDモデル租税条約への動態的解釈の要件化を主張した結果、1995年OECD改定モデル条約3条2項において動態的解釈が明確化された(※15)。 (※14) 木村・前掲(※1)56頁。 (※15) 村井正『入門国際租税法[改訂版]』36頁(清文社、2020)。 (4) まとめ 租税条約の適用実務上、多数の不確定概念が用いられる租税条約の解釈において、条約に定めのない用語の解釈にあたり、実行可能性の観点から国内法参照はやむを得ないかもしれない。しかし、条約解釈の余地の中で恣意的に国内法の法意によって条約の文言を解釈するようなことになれば、条約の文言を無視することになり、treaty overrideとの批判を招きかねない。 また、条約に定めのない用語の解釈にあっては、条約はできる限り条約や文脈を参照して解釈しなければならず、3条2項に拠って機械的に国内法の意味に変換してしまうことも避けなければならない。加えて、当該租税に適用される租税法令と他の法令とで異なる意味を持つ場合に当該租税に適用される租税法令における当該用語の意義を優先することは、通説の借用概念統一説から大きく乖離することにもなりかねない。借用先の私法概念から大きく離れることになれば、税務当局に利するような恣意的な解釈の余地を与えることになる。恣意的な解釈の余地を排除し、法的安定性を確保する観点からも3条2項の適用によって条約と国内税法の関係が逆転することはあってはならない。 「メルフォード事件」を契機とする3条2項の改定が実質的に税務当局を利する方向に向けた修正となった経緯に鑑みても、同項の適用においては、納税者の予見可能性や法的安定性の観点から極めて慎重な解釈が求められる。本件は、日本で租税条約に定めがない用語の解釈について争われた最初の事例であるとされる(※16)。本件の「複数の観点から文言の解釈について検討した上で、それらが実質的に一致することを確認して最終的な解釈を確定するという手法」(※17)は、条約文言に対する慎重な解釈手法として位置づけられる。しかし、条約文の解釈をめぐる問題を包括的に解消するものではなく、今後も詳細な議論を重ねる必要がある。 (※16) 「日本:国税庁が公表した『租税条約における「利得の分配に係る事業年度の終了の日」の取り扱いについて』が及ぼす実務への影響について」Corporate & TaxGlobal Update ニューズレター Vol. 85(30August2023)。 (※17) 木村浩之「租税条約上の配当所得条項における保有期間要件に係る文言の解釈」ジュリ1578号11頁(2022)。 (了)
【新基準対応版】 〈一から学ぶ〉 リースの会計と税務 【第5回】 「借手の会計処理」 ~リース開始日~ 公認会計士・税理士 喜多 弘美 【第4回】では、リースの識別とリース期間について整理しました。今回からは借手の会計処理を見ていきます。まず今回は、リース開始日における会計処理からスタートです。 借手は、リース開始日に「使用権資産」と「リース負債」を計上します。 「使用権資産」とは、「借手が原資産をリース期間にわたり使用する権利を表す資産」をいいます(会計基準第10項)。簡単にいうと、借りた物件を契約期間中に使用できる権利を資産として計上するということです。 一方、「リース負債」とは、将来支払うリース料の支払義務を表す負債をいいます。 では、それぞれの計上額はどのように決まるのでしょうか? ポイントは、計算の順番です。まず、「リース負債」から計算した後、その金額を基に、「使用権資産」の計上額を決定します。それぞれの計上額の決め方を具体的に見ていきましょう。 1 リース負債の計上額 借手は、リース負債の計上額を算定するにあたって、原則として、リース開始日において未払である借手のリース料からこれに含まれている利息相当額の合理的な見積額を控除し、現在価値により算定します(会計基準第34項)。 簡単にいうと、リース負債は、これから支払う予定のリース料を、リース開始日時点のお金の価値(現在価値)で計算した金額で計上します。 借手のリース料には、会計基準上、複数の項目が含まれますが、今回はわかりやすいように、毎月一定額のリース料を支払う一般的な契約を前提にお伝えします。そのため、「借手のリース料」は、これから支払う予定のリース料として考えてください。たとえば、毎月10万円のリース料を5年間支払う契約であれば、600万円(=月10万円×12か月×5年間)と計算できます。 (1) 「現在価値」ってなに? 次に、「現在価値」とはなんでしょうか? 現在価値とは、将来受け取ったり支払ったりするお金を、今のお金の価値に置き換えた金額のことです。たとえば、私たちが100万円をもらうことになり、受取日を今日か10年後のどちらかを選べるとしましょう。あなたなら、どちらを選びますか? 多くの人が、今日受け取ることを選択すると思います。つまり、同じ100万円でも、今日の100万円の方が、10年後の100万円より価値が高いと考えられます。 そのため、将来支払うリース料は、ただ合計するだけではなく、リース開始時点のお金の価値(現在価値)に直して計算します。現在価値を計算するときに使う割合を割引率といいます。 (2) 現在価値の算定に使う割引率 銀行から100万円を借りると、借りた100万円だけでなく、利息も含めて返済します。同じように、リース料には物件の代金だけでなく、リース会社がお金を立て替えたことに対する利息も含まれています。 リース会社が、実際にそのリース契約で見込んでいる利率(貸手の計算利子率)を知っている場合には、その利率により現在価値を算定します。しかし、借手が貸手の計算利子率を知りえない場合は、借手がリース会社ではなく銀行などから同じ金額を借りるとしたら適用されると合理的に見積もられる利率を使います(適用指針第37項)。 割引率は高いほど、現在価値は小さくなり、低いほど現在価値は大きくなります。 たとえば、毎月10万円のリース料を5年間支払う契約であれば、現在価値は、支払う金額を単純に合計した金額600万円よりも小さい金額になります。したがって、リース負債として計上する金額は600万円ではなく、それより小さい金額になります。 2 使用権資産の計上額 リース負債の計上額が決まったら、次は使用権資産の計上額を決めます。使用権資産は、リース負債を基礎として、以下の項目を加算・控除して計算します(会計基準第33項)。 3 仕訳例 上記①~③の加算や④の控除がない場合、使用権資産とリース負債の計上額は同じになります。その場合の仕訳は、次のとおりです。 (例) リース開始日におけるリース負債が1,000円の場合 さらに付随費用が200円かかった場合は、上記2②でお伝えしたように、その金額を使用権資産に加算します。仕訳は、次のようになります。 借方には、物件を使用する権利として使用権資産1,200円を計上します。一方、貸方には、将来支払うリース料の現在価値であるリース負債1,000円と、付随費用の支払いによる現預金200円の減少を計上することになります。 * * * このように、リース開始日には、リース負債を計算し、その金額を基に使用権資産を計上します。全体の流れをまとめると、次のようになります。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 企業会計基準委員会「『リースに関する会計基準』の公表(2024年10月)」を参考に著者作成 (了)
期中会計基準を学ぶ 【第4回】 「棚卸資産、固定資産などの会計処理」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、期中適用指針における棚卸資産、固定資産などの会計処理について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 棚卸資産 1 実地棚卸の省略 期中会計期間末における棚卸高は、前年度に係る実地棚卸高を基礎として、合理的な方法により算定することができる(期中適用指針6項)。 2 棚卸資産の簿価切下げに係る方法 期中会計期間末における棚卸資産の簿価切下げについては、期中洗替え法によるとし、期中洗替え法によることを原則としている(期中適用指針7項、BC19項)。 従来、「四半期財務諸表に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第14号)では、棚卸資産の簿価切下げに係る方法として年度決算において切放し法を適用している場合について、継続適用を条件に四半期切放し法と四半期洗替え法の選択適用を認めていたが、期中適用指針では、期中洗替え法を原則としている(期中適用指針BC17項~BC19項)。 ただし、次のように、一定の条件のもとに、期中切放し法の適用も例外的に認められている(期中適用指針7項、BC19項)。 これは、従前から期中会計期間末に切放し法を適用していた企業においては、これまで会計方針の選択にあたり年度と同様の会計方針を採用していたものであり、期中洗替え法が原則となるとしても、これまでの会計方針の選択の判断が必ずしも否定されるものではないなどの理由による(期中適用指針BC14項、BC15項、BC19項)。 3 棚卸資産の簿価切下げにあたっての簡便的な会計処理 期中会計期間末における通常の販売目的で保有する棚卸資産の簿価切下げにあたっては、収益性が低下していることが明らかな棚卸資産についてのみ正味売却価額を見積り、簿価切下げを行うことができる(期中適用指針8項)。 次のことに注意する(期中適用指針8項)。 4 原価差異の配賦方法における簡便的な会計処理 予定価格等又は標準原価を用いているために原価差異が生じた場合、当該原価差異の棚卸資産と売上原価への配賦は、年度決算と比較して簡便的な方法によることができる(期中適用指針9項)。 Ⅲ 経過勘定項目 経過勘定項目は、財務諸表利用者の判断を誤らせない限り、合理的な算定方法による概算額で計上することができる(期中適用指針10項)。 経過勘定項目は、企業会計原則注解(注5)に規定されており、前払費用、前受収益、未払費用、未収収益があげられている。 Ⅳ 固定資産 1 減価償却費の算定における簡便的な会計処理(合理的な予算制度の利用) 固定資産の年度中の取得、売却又は除却等の見積りを考慮した予算を策定している場合には、当該予算に基づく年間償却予定額を期間按分する方法により、減価償却費を計上することができる(期中適用指針11項)。 ただし、期中に取得、売却又は除却する固定資産の減価償却費に重要性がある場合には、その部分について適切に反映するよう当該期間按分額を調整する(期中適用指針11項)。 2 減価償却費の算定における簡便的な会計処理(定率法を採用している場合) 減価償却の方法として定率法を採用している場合には、年度に係る減価償却費の額を期間按分する方法により、減価償却費を計上することができる(期中適用指針12項)。 3 減損の兆候 期中会計期間における減損の兆候の把握にあたっては、使用範囲又は方法について当該資産又は資産グループの回収可能価額を著しく低下させる変化を生じさせるような意思決定や、経営環境の著しい悪化に該当する事象が発生したかどうかについて留意することとする(期中適用指針13項)。 4 「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」の改正 「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第6号)145-2項では、期中会計基準において「有価証券の減損処理及び棚卸資産の簿価切下げに係る方法」について洗替え法を原則とすることとしたが、固定資産の減損会計について洗替え法の採用を求めるものではないと記載されている。 Ⅴ のれん のれんの償却開始時期は、企業結合日となる(期中適用指針14項)。 みなし取得日(期中会計基準20項並びに「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第10号)117項及び121項また書き)による場合には、当該みなし取得日が期中会計期間の期首であるときは、償却開始は期中会計期間の期首からであり、期中会計期間の末日であるときは翌期中会計期間の期首からとなる(期中適用指針14項)。 (了)
税理士事務所の労務管理Q&A 【第33回】 「時間単位での年次有給休暇」 特定社会保険労務士 佐竹 康男 時間単位で取得できる年次有給休暇を導入している事業所は、増加傾向にあります。従業員にとっては利便性が向上して働きやすさにつながります。今回は時間単位の年次有給休暇導入時の手順と留意点について解説します。 * * 解 説 * * 1 年次有給休暇の時間単位付与 年次有給休暇(以下「年休」という)の最低付与単位は、「1日単位」であり、「半日単位」は事業所が認めれば与えてもいいとされていましたが、平成22年4月の労働基準法の改正により「時間単位」での付与が認められるようになりました。 労働基準法によって付与が義務付けられた年休のうち、時間単位で付与できるのは5日までです。6日分以上を時間単位で付与することは認められません。 2 時間単位での年休導入の手順 時間単位の年休を導入する際には、労使協定(※)を締結し、就業規則への記載が必要です。 (※) 労使協定とは、使用者と従業員の過半数を代表する者が合意の上で締結する書面による協定をいいます。 (1) 労使協定の締結 年休を時間単位で与える場合には、労働者の範囲、取得可能日数の上限、1日の年次有給休暇に相当する時間数等を労使協定で定めなければなりません(下記の協定(例)参照)。 労使協定がない限り、時間単位の付与はできません。 〈年次有給休暇の時間単位での付与に関する労使協定(例)〉 (2) 就業規則への記載 常時10人以上の労働者を使用する事業場においては、就業規則の作成が義務付けられています(労働基準法89条)。休暇については、就業規則での記載が義務付けられている事項(絶対的必要記載事項という)に該当するため、時間単位の年休を導入する場合は、その制度内容を就業規則に規定しなければなりません。 〈就業規則規定(例)〉 3 時間単位の年休導入のメリットと留意点 時間単位の年休を導入することにより、従業員にとっては年休の取得方法において、選択肢が増え、取得もしやすくなります。働きやすさが向上し、ワークライフバランスにも繋がります。 ただし、時間単位年休は、年5日の年休取得義務(※)のカウントには含まれず、使用者は別途「1日または半日単位」で5日以上取得させる必要があります。 (※) 年5日の年休取得義務とは、年次有給休暇が10日以上付与される労働者に対して、使用者は付与日から1年以内に5日分の休暇を時季を指定して取得させる義務をいいます。 したがって、1日・半日単位と時間単位の取得状況を区別して管理する必要があり、導入後は年休管理が多少煩雑になるので、導入するときは事務担当者とも十分に協議してください。 (了)
〔業種別Q&A〕 労使間トラブル事例と会社対応 【第19回】 「派遣における解雇・雇止めの問題」 〈人材派遣業・人材紹介業〔Q2〕〉 弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所 パートナー弁護士 石居 茜 【Q】 当社は登録型の人材派遣会社です。この度、3ヶ月単位での契約更新を繰り返し、同一の派遣先(特定の部署)で通算3年以上勤務してきた有期雇用の派遣労働者について、派遣先との労働者派遣契約が期間満了で終了することになりました。これに伴い、派遣元である当社との雇用契約も更新せず、期間満了をもって終了(雇止め)にしたいと考えています。 このように何度も契約更新を重ねて長期間勤務している派遣労働者であっても、「派遣先との契約が終了したこと」を理由に雇止めすることは法律上問題ないのでしょうか。また、雇止めを行うにあたって、派遣元が講ずべき手続きや実務上の注意点があれば教えてください。 【A】 有期雇用の派遣労働者に対する期間満了時の雇止めについては、通常の有期契約労働者と同様に、労契法第19条(雇止め法理)が適用されます。ただし裁判例の傾向として、派遣労働者の場合は、同一の派遣先で長期間勤務し反復更新されていたとしても、派遣元と派遣先との契約が商取引であることなどを理由に、雇用継続への合理的期待(更新への期待)が認められにくい、あるいは「派遣契約の終了」自体が雇止めの客観的・合理的な理由になりやすいと判断される傾向にあります。 もっとも、何ら事前の対応をせずに安易に雇止めをすることは紛争を招くリスクが極めて高く、特に通算3年以上同一組織単位に派遣される見込みがある労働者については、派遣法上、派遣先への直接雇用の依頼や、新たな派遣先の提供などの「雇用安定措置」を講じる義務があります。 さらに、3回以上の更新または1年を超える継続勤務がある場合は、少なくとも30日前までの雇止め予告が必要です。これらの義務や実務上のステップを怠ると、雇止めが無効と判断されたり、行政指導の対象になったりする可能性があります。 ▲ ▼ ▲ 解 説 ▲ ▼ ▲ 1 派遣労働者における「雇止め法理」(労契法19条)の適用 有期雇用の派遣労働者との雇用契約が期間満了を迎えた際、更新を拒否して契約を終了させる「雇止め」については、労契法第19条が適用される。 同条に基づき、①過去に反復して更新され、実質的に期間の定めのない(無期)契約と実質的に異ならない状態にある場合(同条1号)、または②労働者が契約期間満了時に「当然に更新される」と期待することについて合理的な理由がある場合(同条2号)には、雇止めに「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が必要とされる。これらを欠く雇止めは認められず、従前と同一の労働条件で契約が更新されたものとみなされる(雇止め無効)。 2 派遣労働者の合理的期待と裁判例の傾向 派遣労働における雇止め法理の適用にあたっては、通常の直接雇用労働者と比較して、雇用継続への「合理的期待」が認められにくい、あるいは派遣契約の終了が雇止めの「合理的理由」になりやすいという特徴がある。これには派遣特有の三面関係(派遣元、派遣先、派遣労働者)が影響している。 主要な裁判例として、以下の判断が示されている。 これらの裁判例が示すように、期間途中の解雇が厳格に制限されるのに対し、期間満了による雇止めについては、企業間の商取引である「労働者派遣契約の終了」という外部的要因が雇止めを正当化する事情として重視されやすい傾向にある。しかし、派遣先による不当な動機に基づく解除や、派遣元による雇用継続への努力が著しく欠けている場合には、雇止めが無効とされるリスクもあるため、慎重な判断が求められる。 3 派遣法に基づく「雇用安定措置」の履行義務 派遣元は、単に「派遣契約が終了したから」という理由だけで直ちに雇止めを行ってよいわけではない。派遣法第30条に基づき、派遣元は派遣労働者の雇用の維持を図るための「雇用安定措置」を講じる義務がある。 特に、今回の質問のように「同一の組織単位(課やグループなど)に継続して3年間派遣される見込みがある者(対象者A)」に該当する場合、派遣元は以下のいずれかの措置を講じる「義務」を負う。 【雇用安定措置における実務上の留意点】 4 実務的な雇止め手続きと注意点 上記の法的・義務的背景を踏まえ、実際に雇止めを進める際には、以下の実務対応を確実に行う必要がある。 派遣元企業としては、自社が雇用主として労働関連法規の責任を負っていることを強く意識し、派遣法上の雇用安定措置を適正に履行したプロセスを客観的な証拠(派遣元管理台帳の記載など)として残した上で、手続きを厳格に進めるべきである。 (了)
▼ ▼ ▼ 解説 ▼ ▼ ▼ 1 手形払い等の禁止(禁止行為の拡充) 改正前の下請法の下では、委託事業者は、受領日から60日以内のできる限り短い期間内において支払期日を定めたうえ、その支払期日までに製造委託等代金を支払わなければならないこととされていたが、その支払手段については、現金払いを原則としつつも、手形やその他の支払手段(電子記録債権、ファクタリングなどの一括決済方式)による支払も認められていた。 そのため、例えば、委託事業者が受領日から60日以内の支払期日に手形を交付すれば、手形の交付は現金払いと同様に取り扱われるため、中小受託事業者は、代金の支払期日に手形を受け取ることはできるものの、そこから手形サイトに相当する期間を待たなければ現金を受領することができず、実質的には支払が繰り延べられているのと等しい結果となっていた。また、中小受託事業者が、資金繰りのために、手形サイトの期間を待たずに受け取った手形を現金化しようとすると、割引料が必要となるため、実質的に製造委託等代金の全額を受領することはできない。 このような状況に対して、公正取引委員会及び中小企業庁は、手形サイトが60日を超える手形は割引困難手形(改正前下請法第4条第2項第2号)に該当するものとして運用を行ってきたが、取適法は、このような手形払いに対する規制をもう一段推し進め、取適法上の支払手段として、手形サイトに関係なく、手形払いを全面的に禁止することとした(取適法第5条第1項第2号かっこ書き)。 2 電子記録債権・一括決済方式による支払 電子記録債権やファクタリングなどの一括決済方式は、電子記録債権の満期日やファクタリング方式などにおける債権譲渡の決済日を製造委託等代金の支払期日よりも後に設定することによって、満期日または債権譲渡の決済日まで支払を繰り延べることができるため、手形の代替手段となる。 取適法は、これら手形以外の代替的支払手段についても、「製造委託等代金の支払期日までに当該製造委託等代金の額に相当する額の金銭と引き換えることが困難であるもの」は、支払遅延に該当するとした(取適法第5条第1項第2号かっこ書き)。 「製造委託等代金の支払期日までに当該製造委託等代金の額に相当する額の金銭と引き換えることが困難であるもの」とは、「金銭による支払と同等の経済的効果が生じるとはいえない支払手段」をいい、例えば、①一括決済方式または電子記録債権の支払の期日(いわゆる満期日・決済日等)が代金の支払期日より後に到来する場合において、中小受託事業者が代金の支払期日に金銭を受領するために、当該支払手段を担保に融資を受けて利息を支払ったり、割引を受けたりする必要があるものや、②一括決済方式または電子記録債権を使用する場合に、中小受託事業者が当該支払手段の決済に伴い生じる受取手数料等を負担する必要があるものが、これに該当する(運用基準「第4、2、(5)」)。 公正取引委員会は、委託事業者が支払期日における割引料等を代金の額に上乗せするなどしてこれを負担する場合であっても、「支払期日に金銭を受領するために、中小受託事業者において割引を受ける等の行為を要するとき」は、「割引を受ける」という作為を要する点で、「金銭による支払と同等の経済的効果が生じるとはいえない支払手段」にあたり、支払遅延に該当するとしている(運用基準「第4、2、(5)」、テキスト65頁「Q80」参照)。 したがって、電子記録債権または一括決済方式の満期日・決済日を製造委託等代金の支払期日よりも前に設定するか(代金支払の繰延べという目的は達成できない)、現金化するための割引料等のコストを委託事業者が自ら負担し、かつ、製造委託等代金の支払期日に(中小受託事業者の作為を要することなく)自動的に割引が行われるような方策を講ずるなどの場合でなければ、取適法の適用対象となる取引の支払手段として、電子記録債権またはファクタリングなどの一括決済方式による支払を用いることは許されず、利用に関する実務上のハードルは高いと考えられる。 (連載了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例118】 昭和ホールディングス株式会社 「代表取締役選任が出来ていないこと、経営の現況と今後の方針」 (2026.7.8) 公認会計士/開志創造大学大学院事業創造研究科教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、昭和ホールディングス株式会社(以下「昭和ホールディングス」という)が2026年7月8日に開示した「代表取締役選任が出来ていないこと、経営の現況と今後の方針」である。 同社の開示は本連載【事例95】でも取り上げたが、それは、定時株主総会において、定足数が満たされないため、取締役を選任できないという内容だった。今回の開示は、タイトルのとおり、取締役会において新たな代表取締役を選ぶことができないという内容である。今度は、取締役会の定足数を満たすことができないのだろうか。 2 代表取締役の「選任」ができない? 今回の開示の「代表取締役の選任が出来ていないことと今後の見込み(対応方針)」の記載は、次のとおりである。 やはり取締役会の定足数を満たすことができないからであった。定時株主総会だけでなく取締役会までも定足数を満たさないとは、上場会社としてはもちろん、会社としての体をなしていない。 なお、タイトルだけでなく本文中においても何度も、新たな代表取締役を選ぶことについて「選任」といっているが、正しくは「選定」である(会社法362条2項・3項)。今回の開示の問合せ先とされている昭和ホールディングス取締役の細野敦氏(以下「細野氏」という)は、同社の第125期有価証券報告書の「役員の状況」によると、弁護士である。 3 定時株主総会の定足数は? 本連載【事例95】で見たとおり、昭和ホールディングスの定時株主総会は、2021年3月期から2024年3月期にかけて、ずっと定足数を満たさないため、取締役を選任できていなかった。2025年3月期の定時株主総会も同様だった(2025年1月10日開示「第123回定時株主総会継続会における定数を必要とする議案の結果について」、2025年6月30日開示「第123回定時株主総会終結及び第124回定時株主総会における定数を必要とする議案の結果について」、2026年3月19日開示「第124回定時株主総会継続会における定数を必要とする議案の結果について」)。 しかし、今回の開示の「代表取締役の選任が出来ていないことと今後の見込み(対応方針)」に「2026年6月29日に開催された株主総会後、選任された取締役」とあるように、2026年3月期の定時株主総会では、定足数を満たすことができたのか、取締役を選任できたようである。 同社は、今回の開示の前、2026年6月30日に「第125回定時株主総会における代表取締役の異動(退任)と取締役選任結果に関するお知らせ」を開示していた。それによると、これまで同社の取締役だった此下竜矢氏(以下「此下氏」という)・渡邉正氏・庄司友彦氏・戸谷雅美氏の4名(2025年3月期の定時株主総会まで取締役は選任できていなかったのだが)は取締役に選任されず、此下氏がこれまで同社の代表取締役であったため、新たな代表取締役の選定が必要になったということのようである。 4 取締役間の対立 今回の開示の「代表取締役の選任が出来ていないことと今後の見込み(対応方針)」に「2026年6月30日、代表取締役選任を議題として取締役会を開催する旨全取締役に招集通知を発出し、ニコラス・ジェームズ・グロノウ取締役と細野敦取締役が出席」とあるが、「第125回定時株主総会における代表取締役の異動(退任)と取締役選任結果に関するお知らせ」によると、ニコラス・ジェームズ・グロノウ氏(以下「ニコラス氏」という)と細野氏は取締役に選任されている。 ニコラス氏と細野氏も、これまで同社の取締役だったのだが(2025年3月期の定時株主総会まで取締役は選任できていなかったのだが)、彼らと取締役に選任されなかった此下氏ら4名との間には対立があったようである。昭和ホールディングスは2025年9月26日に「当社(監査等委員である取締役を除く)取締役の地位確認等請求訴訟の判決についてのお知らせ」を開示しているが、その「判決の内容」の記載は次のとおりである。 この判決に対して、同社、すなわち、その時点では此下氏側は控訴することとして、2025年10月10日に「当社(監査等委員である取締役を除く)取締役の地位確認等請求訴訟についてのお知らせ」を開示している。このように、ニコラス氏・細野氏と此下氏ら4名は、お互いに「俺たちがこの会社の取締役だ。お前らは取締役ではない。出て行け」といいあって、争っていたようである。 5 監査等委員である取締役とは 「第125回定時株主総会における代表取締役の異動(退任)と取締役選任結果に関するお知らせ」によると、これまで監査等委員だった取締役(2025年3月期の定時株主総会まで取締役は選任できていなかったのだが)は、引き続き取締役に選任されている(同社の第125期有価証券報告書の「役員の状況」によると、戸谷雅美氏はそれまで監査等委員ではなかった)。 今回の開示の「代表取締役の選任が出来ていないことと今後の見込み(対応方針)」には「監査等委員である取締役3名が出席せず、取締役会は成立しませんでした。なお、その際、監査等委員である取締役は、取締役会を招集した細野敦取締役に対して一切の連絡をしてこず、現在まで監査等委員である取締役3名とは、連絡は取れておりません。」とある。 「当社(監査等委員である取締役を除く)取締役の地位確認等請求訴訟の判決についてのお知らせ」の「判決の内容」にあるとおり、2021年3月期の定時株主総会において、ニコラス氏や細野氏を取締役候補者とする動議が提案された。昭和ホールディングスは2021年7月15日に「当社監査等委員会による第120回定時株主総会における議決権及び運営に関する調査結果に関するお知らせ」を開示しているが、それによると、監査等委員である取締役は、その当時からニコラス氏と細野氏に対して良い心証を持っていなかったようである。 同社の第125期有価証券報告書の「役員の状況」によると、監査等委員である取締役は、ニコラス氏と細野氏よりも前に同社の取締役に就任しており、此下氏ら側と交流があることがうかがえる。また、同有価証券報告書の「コーポレート・ガバナンスの概要」には、2026年3月期の取締役会への各取締役の出席状況が記載されているのだが、ニコラス氏と細野氏はすべて欠席であるのに対して、ほかの取締役のほとんどはほぼすべてに出席している。ニコラス氏と細野氏は、監査等委員である取締役とも良好な関係を築けていなかったようである。 6 子会社が子会社でなくなった結果 今回の開示には「当社の経営の現況と今後の方針」も記載されており、それは次のとおりである。 昭和ホールディングスの事務は、子会社の昭和ゴム株式会社(以下「昭和ゴム」という)が行っていたようなのだが、「昭和ゴム株式会社が当社の子会社でなくなった結果」とあるとおり、昭和ゴムは、昭和ホールディングスの子会社ではなくなっている。 少しややこしいのだが、昭和ゴムは、昭和ホールディングスの他の子会社に取得されたため、昭和ホールディングスの子会社ではなくなっているのである。昭和ホールディングスは子会社から資金を借りており、昭和ゴムの株式はその子会社から担保として取られたのである(2026年6月25日開示「連結子会社からの借入に伴う連結子会社に対する子会社株式の担保提供に関するお知らせ」、2026年6月26日開示「連結子会社からの担保権行使通知書の受領、及び連結子会社の異動に関するお知らせ(連結子会社から持分法適用関連会社への異動)」)。 子会社から子会社を取られるという奇妙な話なのだが、昭和ゴムの株式を取得した他の子会社の取締役会長は此下氏、代表取締役は庄司友彦氏である。 7 もっと早く ニコラス氏と細野氏は此下氏ら4名をようやく追い出すことができたのだが、勝者といえるだろうか。今回の開示の「当社の経営の現況と今後の方針」に「当社は、実印、会計帳簿、預金通帳等一切の物・データ類を占有しておらず、その占有場所・保管場所も不明の状態」とあるように、もう昭和ホールディングスはどうにもならない状態といえる。ニコラス氏と細野氏は法的措置を取ろうとしているのかもしれないが、ここまで来ると、そうする意義があるのか疑問に思えてくる。 こうした状態であるので、当然といえば当然なのだが、同社は上場廃止となることが決まった(2026年7月27日「当社株式の上場廃止の決定及び整理銘柄の指定に関するお知らせ」)。東京証券取引所が2026年7月24日に出した「上場廃止等の決定」の「理由の詳細」の記載は次のとおりである。 しかし、「上場会社として必要な内部管理体制が確保されていること」は、本連載【事例95】のときから確認できていなかったはずである。会社としての体をなしていない、こうした会社をこれまで上場させておいてよかったのだろうか。もっと早く「内部管理体制等が適切に整備される又は適切に運用される見込みがないと認められるか否かについて」確認すべきではなかったのだろうか。 (了)
令和8年熊本地震に関する 税務・企業経営面の《資料リンク集》 このページでは「令和8年熊本地震」に関して各府省庁・主な団体等から公表された情報ページのうち、特に税務・企業経営の面で有用なページへのリンク先をまとめています。 新たな情報の公表により、随時更新します。
《速報解説》 会計士協会が金融商品会計実務指針の改正等を受け、 「投資事業有限責任組合における会計上及び監査上の取扱い」の改正案を公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026年8月21日、日本公認会計士協会は、「業種別委員会実務指針第38号「投資事業有限責任組合における会計上及び監査上の取扱い」の改正」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、2025年3月11日公表の改正移管指針第9号「金融商品会計に関する実務指針」、2025年6月23日公表の「投資事業有限責任組合契約書例及びその解説(令和7年版)」(経済産業省産業組織課・新たなモデルLPAの作成等のための有識者検討会)に対応するものである。 意見募集期間は2026年9月18日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 用語の一般性や有限責任事業組合(LLP)と区別するため「有責組合」を「LPS」に変更している。 改正移管指針第9号「金融商品会計に関する実務指針」では、特定の要件を満たした場合に、組合員はその出資する組合等の構成資産に含まれるすべての市場価格のない株式(出資者である企業の子会社株式及び関連会社株式を除く)について時価をもって評価し、組合等への出資者の会計処理の基礎とすることが認められている。 また、「投資事業有限責任組合契約書例及びその解説(令和7年版)」が公表され、その25条4項では、「無限責任組合員は、本組合が保有する投資証券等の評価を、[時価/IFRS会計基準で定める公正価値/米国において一般に公正妥当と認められる会計基準で定める公正価値/International Private Equity and Venture Capital Valuation Guidelineで定める公正価値測定のガイドラインに準拠した方法]を用いて実施するものとする」と記載されている。 上記を受けて、次のように改正する提案を行っている。 監査報告書の文例なども改正する。 Ⅲ 適用時期等 2027年1月1日以後開始する事業年度又は会計期間に係る監査から適用する。 ただし、2026年12月31日以後終了する事業年度又は会計期間に係る監査から適用することを妨げない。 適用初年度の取扱いに注意する。 (了)
《速報解説》 国税庁、第5回有識者会議にて非上場株式の評価見直しの方向性を明示 ~簿価純資産を基礎とする残余利益方式の採用を示唆~ 税理士 柴田 健次 国税庁は令和8年8月20日、「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の第5回を開催し、その資料が公開された。 1 はじめに 第1回から第4回までの有識者会議では、会計検査院指摘の実態整理と国税庁が問題視する圧縮スキームの開示(第1回)、学術・実務家による評価通達本体への根本的問題提起(第2回)、中小企業・実務家・会計学の三者三様の視点(第3回)、国税庁による論点整理と当局として意見を求める6事項の提示(第4回)と、議論が段階的に進展してきた。 これに対し、第5回有識者会議では、「これまでの議論を踏まえた、国税庁の考える評価の見直しの方向性」として、国税庁が具体的な改正方針を初めて明示した点で、極めて重要な会議となった。 本稿では、第5回資料の要点を整理し、改正の方向性を読み解く。改正時期については、これまでの速報においても申し上げたとおり、令和9年度税制改正大綱において法人版事業承継税制の見直しと併せて議論がなされ、令和9年中に非上場株式の評価方法を明らかにした上で、令和10年の相続・遺贈・贈与から適用されるものと筆者は推測している。 2 国税庁が示した評価の見直しの方向性 ―3つの柱 第5回資料は、「これまでの議論を踏まえた、国税庁の考える評価の見直しの方向性」として、①評価体系、②評価方式、③インカムアプローチ、の3つの柱で改正の方向性を示した。 第一に、評価体系については、「評価方式間におけるかい離により、異なる規模の企業間の不公平と租税回避スキームの横行」を問題として指摘した上で、「規模別の区分を廃止し、広範の企業を共通の評価方式で評価することが考えられるか?」との方向性が示された。これは、第4回会議において「当局として意見を求める6事項」の第二として提示された「評価方式の一本化」を、より具体的な方向性として一歩踏み込んだものである。現行の大会社・中会社・小会社という会社規模区分自体を廃止し、単一の評価方式へ移行する方針が明確化されたといえる。 第二に、評価方式については、次の3つの方向性が示された。 第三に、インカムアプローチについては、(a)配当還元方式、(b)DCF法、(c)残余利益方式の3方式について、①適用ができない企業、②予測期間以降の残存価値、③将来予測の難易度、の3つの観点から特徴が比較整理された。配当還元方式は「配当を操作している企業(配当をゼロに抑制している企業等)」で適用不可、DCF法は「成長期(スタートアップ等)の企業(設備投資等によりFCFがマイナスの企業)」で適用不可であるのに対し、残余利益方式は「特には見あたらない」とされた。予測期間以降の残存価値についても、配当還元方式・DCF法が相対的に大きいのに対し、残余利益方式は「明らかに小さい」とされ、その理由として「現時点の保有資産を評価するため、将来予測への依存が小さい」ことが示された。将来予測の難易度についても、残余利益方式は「将来利益の予測は比較的容易」であり、「過去の実績から一定の予測可能」と整理された。 3 残余利益方式(簿価純資産ベース)の評価方法イメージ 第5回資料は、「仮に」残余利益方式(簿価純資産ベース)を採用した場合の評価方法のイメージを具体的に示した。株価の計算に必要なものは、①直前期末の貸借対照表(簿価純資産)と②過去数年分の損益計算書等(当期純利益)のみであり、配当金の額は資本変動計算書から確認するとされている。これにより、「複雑な業種目判定や時価純資産価額の算定が不要」となり、「法人税申告書等から容易に把握可能」との実務適用上の利点が示された。第3回にて日本税理士会連合会が指摘した「算定作業の過度な負担と複雑性」の問題への根本的対応となる。 企業収益と株式評価額の水準のイメージとしては、下記図のとおり、「期待収益率以上の収益率の会社」については「簿価純資産価額以上の株式評価額」となり、他方「期待収益率以下 又は 赤字の会社」については「簿価純資産価額以下の株式評価額」となる旨が示された。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 2026年8月20日(第5回)資料」3頁より抜粋 「還元率」については、「例えば『上場株式の平均期待収益率』等を参考にCAPM(資本資産価格モデル)により算定してはどうか」との方向性が示されている。 この評価方法は、第3回会議で櫻井委員が提案した残余利益モデルを、簿価純資産ベースに簡素化した形といえる。時価純資産(清算価値)ではなく簿価純資産を用いる点で、第3回の日本税理士会連合会の建議書が示した「税務上の簿価純資産価額の採用」との親和性が高く、また実務家・税理士の事務負担への配慮もなされている。 4 租税回避スキーム(評価額圧縮スキーム)への対応の方向性 第5回資料は、「今回の見直しにおいては、多種多様な租税回避スキームへの対応も実施する必要がある」とし、「スキームへの対応は、企業価値評価の実務において当然に行われている対応も参考としてはどうか」との基本認識を示した上で、4類型のスキームへの具体的対応の方向性を明示した。 第一に、会社規模等の操作による評価額圧縮への対応である。「大会社ほど相対的に低い評価額となることから、意図的に会社規模を操作し、評価額を圧縮するスキーム」に対する対応として、「会社規模に応じて異なる方法を用いるのではなく、規模に関わらず単一の評価方式とすることで対応できないか?」との方向性が示された。これは、上記2で示された「規模別の区分を廃止し、広範の企業を共通の評価方式で評価する」との方向性と整合するものであり、会社規模操作型のスキーム(第4回別添2の事例①・③等)への根本的対応となる。 第二に、利益等の恣意的な操作による評価額圧縮への対応である。「オペレーティング・リース・役員報酬・役員退職金等により、利益等を一時的に操作することで、評価額を圧縮するスキーム」に対する対応として、「企業価値評価の実務における対応を参考に、評価は企業の正常利益により行い、非経常的な損益を除外して評価することにより、評価額の恣意性を排除することができないか?」との方向性が示された。第2回会議で熊谷委員(日本M&Aセンター)が指摘した「営業権算定上の損益修正(高額な役員報酬、節税目的の保険、オペレーティングリースなど節税商品の損益、非経常的な損益の修正)」の実務が、税務評価の場面にも導入されることが明確化された。 第三に、グループ法人税制を活用した評価額の圧縮への対応である。「完全支配関係法人間でグループ法人税制を活用し、税負担なく親会社の利益・資産を子会社へ移転し、評価額を圧縮するスキーム」に対する対応として、「企業価値評価の実務における対応を参考に、完全支配関係にあるグループ法人はグループ全体として評価を行うことで、評価額の操作性を排除することとしてはどうか?」との方向性が示された。第4回資料でも「連結財務諸表を前提とした株式の評価を行い、子会社・孫会社の収益・資産状況を親会社の株価に反映」との対応方針が示されていたが、第5回では「完全支配関係にあるグループ法人はグループ全体として評価を行う」とより明確な方針として提示された。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 2026年8月20日(第5回)資料」7頁より抜粋 第四に、株主構成等の操作による配当還元方式の濫用への対応である。「株主構成や議決権割合を操作することで、配当還元方式のみを適用し、評価額を90%以上圧縮するスキームも可能」であり、また「従業員持株会等により、固定価格で買取る株式を活用することで、支配株主の株価を引き下げるスキーム」への対応として、「特例的評価方式である配当還元方式の趣旨を貫徹できるよう、適用する株主の範囲について整理、あわせて、固定価格株式の取扱いも見直してはどうか?」との方向性が示された。「株主構成の操作では、企業価値の総額から最大で約98%もの評価額圧縮を行う事例も存在」との具体的圧縮効果も示されており、第4回別添2の事例⑥(評価額約98%減)への具体的対応となる。 5 総括(私見) 最後に、第5回会議の資料を踏まえた筆者の私見を述べておきたい。 第一に、第5回会議は、これまでの4回の議論を踏まえて、国税庁が具体的な評価見直しの方向性を初めて明示した点で、有識者会議の議論が実質的な最終段階に入ったことを示す極めて重要な会議といえる。特に、(イ)規模別区分の廃止と単一評価方式への一本化、(ロ)類似業種比準方式の存置は困難、(ハ)インカムアプローチ(残余利益方式)を主軸とする、(ニ)簿価純資産ベースで評価する、という4点は、改正の骨格として概ね明らかになったといえる。第4回では「意見を求める6事項」として提示されていたものが、第5回では「国税庁の考える見直しの方向性」として一歩踏み込んで示されており、議論が具体化する段階に入ったことがうかがえる。 第二に、注目すべきは、「清算を前提とした『時価』ではなく、継続を前提として『簿価』を用いるべきではないか?」との方向性である。これは、時価純資産(清算価値)による評価に代わり、簿価純資産を基礎とする残余利益方式の採用を示唆するものであり、実務家・税理士の事務負担軽減の観点からも合理的な方向性といえる。第3回会議で日本税理士会連合会が提示した「税務上の簿価純資産価額の採用」の提案が、国税庁の方向性として採用された形となる。もっとも、簿価純資産をベースとすることで、時価との乖離が別の形で生じる可能性もあり、その点は評価の安全性配慮としてどう位置付けるかが今後の論点となろう。例えば、帳簿に記載のない借地権については、計上する必要がないとすると実際の企業価値を適正に反映していないとの問題もあるため、一定の簿価純資産の修正は必要になるものと思料される。 第三に、租税回避スキームへの対応として、①規模別区分の廃止、②正常利益による評価(非経常的損益の除外)、③グループ全体としての評価、④配当還元方式の対象株主範囲の整理、の4類型が具体的に示された点は極めて重要である。特に②の「非経常的な損益の除外」及び③の「グループ全体としての評価」は、これまで実務家が退職金等を活用した株価対策及び組織再編・グループ法人税制を活用して行ってきた株価対策の多くを、根本から見直す方向性であり、実務家への影響は極めて大きい。改正リスクと総則6項適用リスクの双方の観点から、現行スキームの継続には慎重な判断が求められる段階に入ったといえる。 次回以降の有識者会議では、これらの方向性を踏まえた具体的な制度設計、租税回避スキームへの対応等、いよいよ最終段階に入るものと予想される。 今後の有識者会議の議論を引き続き注視していきたい。 (了) ↓お勧め連載記事↓