M&Aに必要な デューデリジェンスの基本と実務 -共通編- 【第3回】 「デューデリジェンスのプロセス②」 公認会計士・公認不正検査士 松澤 公貴 ←(前回) | (次回)→ 【Phase2 調査実施段階】 デューデリジェンスで実施する手続は、主に①資料の査閲、②マネジメントインタビュー及び③現地調査である。ディールブレイカー(Deal Breaker)については、可能な限り調査実施段階で、適時に確認する必要がある。また、調査実施の過程で状況に応じて重点調査項目の変更や追加が必要になる場合もある。 よって、デューデリジェンス期間中には、外部の専門家チームを含めたプロジェクトチーム内にて、定期的で密なコミュニケーションが不可欠となる。実務的には、随時外部の各専門家とコミュニケーションをとるほか、定期的な報告会を設定することが一般的である。 ① 資料の査閲(Document Review) 【第2回】で紹介した「事前資料依頼リスト」を提示し、デューデリジェンスの当日にデータセンターで開示を受けるか、送付を受けるのが基本である。その他調査実施段階で、新たに追加資料を請求することもある。 資料の査閲により質問事項が発生した場合、いわゆる「QAシート」を作成し、対象会社等の担当者から書面又は口頭にて回答を入手することになる。 ② マネジメントインタビュー(Management Interview) マネジメントインタビューは、経営者等に口頭で聴取を行うものである。主に経営者の意向や方向性、資質等を判断する場であり、また、契約書や議事録等の書面資料からは明らかにならない実態を聴取する場にもなる。インタビューの時間は限られているため、効率的かつ効果的に質問をしなければならない。 効率的かつ効果的な質問を実施するためには、経営者等に対しては詳細すぎる質問などは避けて、後日上記の「QAシート」にて回答してもらうことも検討すべきであり、また質問事項は事前に提示して目を通してもらうべきである。 なお、マネジメントインタビュー質問票のサンプルは、下記のとおりである。 ◆マネジメントインタビュー質問票サンプル(中小企業の製造業を想定) ③ 現地調査 外観・経年劣化の状況、境界の状況、構造の特殊性、周辺の環境等を確認するため、対象会社等の保有する重要な不動産や対象会社等が不動産業の場合は、外部の専門家を含めて現地調査が必要であろう。 また、製造業等で工場や倉庫を含めて買収する場合には、全体オペレーションの状況、有害物質の使用状況、廃棄処理の流れを意識して、現地調査を実施すべきである。例えば、法務デューデリジェンスにおいては、労働時間の実態や就業規則の掲示・備置き状況、安全衛生環境など、労働関連法上の問題点の有無を確認する上でも、事業所の現地調査が有用である。 【Phase3 結果分析・評価段階】 デューデリジェンスの結果、検出事項や検討課題はディールイシュー(Deal Issue)と呼ばれる。各分野のデューデリジェンスの実施責任者を中心に、重要なディールイシューを取りまとめ、プロジェクトリーダーに報告を行う。ディールイシューのうち、買収を断念せざるを得ないような重要な問題がディールブレイカーであり、解決策を見出すことができなければ、ディールを断念する以外に方法はないことになる。ここで、買い手候補は、この取引に係る交渉を先に進めるか否かの決断を行うことになる。 ディールブレイカーが存在しない場合、デューデリジェンスの結果を踏まえて、買収価額、買収スキーム、契約内容、買収手続、買収後の事業運営方針などを検討することになる。最終的な買収条件は相手方との最終交渉を経て決定されることになるが、スムーズな最終交渉のためには、デューデリジェンスの結果と対応方針を最終交渉開始前に整理しておく必要がある。 ◆検出事項(ディールイシュー)の取りまとめ表サンプル 【実務事例3-1】 買い手候補であるストンパディー社は、デューデリジェンス実施の結果(価値評価上の問題の検出)を受けて、対象会社の事業計画のダウンサイドリスクの検討を踏まえてシナリオを再検討し、最終的な取引価額にどの程度の影響をもたらすかを検討した。 (了)
AIで 士業は変わるか? 【第10回】 「AIの進化がもたらす将来の税務の姿」 大阪学院大学法学部教授 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 野村総研の「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に」というニュースリリース(2015.12.2)の見出しを知っている人は多いであろう。 AIによって、会計事務所の多くの仕事は、浸食されるという。税理士の業務は、税理士法2条及び同法2条の2において、①税務代理、②税務書類の作成、③税務相談、④会計業務、そして⑤租税に関する訴訟の補佐人となっている。 この中で、②と④は、税理士事務所の主たる業務である(③は、将来において、AIによって全て代替可能になることはないので、この業務は税理士にとってますます重要になる)。②と④の業務内容は数字を扱うことが多いことから、AIにふさわしい仕事である。今でもこの分野は、昔と比べるとコンピュータ化が進んでおり、会計・税務ソフトを使えば、簡単に確定申告書等は作成できる。 国税庁のホームページでも、「確定申告書等作成コーナー」を利用して、申告書・決算書・収支内訳書等を作成することは可能で、さらにそのままe‐Taxで申告もできる。したがって、確定申告書を提出する必要のある給与所得者(不動産所得・事業所得も同様である)などは、税理士に作成を依頼しなくても、自分で申告することができる。 今後は、これらのソフト機能がますます発展し、例えば、仕訳の数値をキーボードを叩かなくてもスキャナーや音声で入力することが一般化する。そうすると、誰でも簡単に確定申告書を作成することができることから、アメリカのように多くの人が確定申告を行うことになれば、「年末調整がサラリーマンから確定申告の機会を奪っている」という批判も、回避できるであろう。 ◆ ◆ ◆ AIの発展によって、専門知識(税務)の確認等がさらに容易になる。今でも多くの税理士等は、グーグル等を使って、調べたいことを検索している。将来、ビッグデータから必要な(税務)情報を簡単に検索できる「税務相談システム」を国税庁が開発・提供し、それを納税者が利用できるようになれば、多くの国民は税理士に頼らず、このシステムを利用して、自ら税務判断をすることになる。もちろん、ビッグデータの中には、過去の税務判例・裁決なども入っていることから、税務調査での争いなども、容易に解決できそうである。 もっとも、税務署もAIによる調査対象の選定等を行い、AIに基づく税務調査を行うことになる。また、裁判所においても、AIを使うことによって、時間をかけず、速やかに判決を言い渡すことが可能となる。現在、人間の裁判官は、200件ぐらいの事件を持っているという。AIの裁判官であれば、それ以上の件数をこなし、しかも、その判断は、人間の裁判官と比較して、より正確、かつ、迅速である。 いつの日か、シンギュラリティが訪れ、AIが人間を超えたときには、ペッパーのような姿の裁判官の地位は、不動になるであろう。それによって、納税者の権利救済制度は、格段にアップすることが期待される。また、裁判プロセス自体も、AIによって簡素化され、税務訴訟では本人訴訟が多くなり、弁護士の登場する機会は少なくなるかもしれない。 ◆ ◆ ◆ 相続税において最も税理士を悩ますのは、財産評価である。相続税・贈与税の課税物件は、財産である。その中で、土地の評価は特に難しい。例えば、10人の土地評価の専門家に1つの土地の評価をさせると、10通りの評価額が出される。 今後、土地自体がセットバックを要する土地であるとか、都市計画道路予定地の区内にある土地かどうかなど、土地に関するさまざまな法的規制等の情報(もちろん財産評価基本通達や路線価等も含まれる)をビッグデータから導き出せるようなシステムを国税庁が開発し、納税者にそのシステムを提供すれば、納税者は、土地の地番と地形図の情報を画面に入力することによって、自動的に土地の評価額が導かれ、土地評価に関する争いは少なくなるし、財産評価額を簡単に計算できるようになれば、税理士に依頼せずに、納税者自ら相続税の申告書を作成することができる。 現在の画像認識技術からすれば、どんなに変形した土地であっても、AIが簡単に土地を識別し、そして評価するであろう。国税庁の提供した財産評価システムで導かれた(通達に従った)評価額は、恣意性のない評価額として、自動的に課税庁によって承認され、争いの対象にならない。今のAIの技術からすると、このようなシステムは近いうちに実現するものと思われる。 ◆ ◆ ◆ 平成30年度税制改正では、「大法人の法人税及び地方法人税の確定申告書、中間申告書及び修正申告書の提出は、平成32年4月1日以後開始事業年度から、e‐Taxで行わなければならない」こととされた。また、青色申告者もe‐Taxを利用することによって、青色申告特別控除の控除額(65万円)を維持することが可能となる。 これらの改正は、申告手続の電子化促進のための環境整備といわれているが、さらに国家は、その先に予想される、AIによる大きな社会変化の波への対応を見据えているのである。 (了)
《速報解説》 会計士協会、研究報告「内部統制報告制度の運用の実効性の確保について」を公表 ~近年の「開示すべき重要な不備」を分析、留意事項を紹介~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成30年4月6日、日本公認会計士協会は、「内部統制報告制度の運用の実効性の確保について」(監査・保証実務委員会研究報告第32号)を公表した。 これは、平成28年3月に公表された「会計監査の在り方に関する懇談会」の提言「-会計監査の信頼性確保のために-」において、「内部統制報告制度の運用状況については必要な検証を行い、制度運用の実効性確保を図っていくべき」とされたことを踏まえて、内部統制報告制度について所期の目的を達成するような運用が定着しているのかどうかについて検討を行ったものである。 目次を含めて61ページあるが、参考資料として、その概要(10ページ)が公表されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 開示すべき重要な不備に関する主な内容 開示すべき重要な不備の半数近くが訂正内部統制報告書により報告されている。 これは次のようなことを示していると考えられる(2ページ、32ページ)。 1 開示すべき重要な不備の全体分析 次の傾向が見られるとのことである。 2 長期にわたり不正が看過されていた事例 次の事例がある。 不正発覚後の訂正内部統制報告書において、組織が有する倫理観や役員及び従業員のコンプライアンス意識の欠如を開示すべき重要な不備の内容として記載している事例が多い(7ページ)。 Ⅲ 内部統制の構築・評価の留意事項 研究報告では、「1.大規模企業における内部統制」、「2.子会社管理における内部統制」及び「3.新興企業における内部統制」に分けて記載している。 「1.大規模企業における内部統制」の主な内容を要約すると次のようになる。 Ⅳ ITの利用及び統制 ITの利用及び統制の不備に言及している企業16社のうち、誤謬事例が6社、不正事例が11社(1社重複)であった(25ページ)。 誤謬事例は次のとおりである。 不正事例は次のとおりである(研究報告では11社の不正事例が記載されている)。 (了)
《速報解説》 中小企業庁、事業承継税制の特例制度適用に必要な 「特例承継計画」等の様式を公表 ~認定経営革新等支援機関による指導・助言内容の記載欄も~ Profession Journal 編集部 既報のとおり平成30年度税制改正関連法が成立したことで、10年間限定の特例措置である「非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予及び免除の特例」(新措法70の7の5~70の7の8)、いわゆる事業承継税制の特例制度が創設され、平成30年1月1日以後の贈与等より適用される(H30所法等附118条26項・27項)。 この特例制度を受けるには、通常の事業承継税制と同様、経営承継円滑化法の省令(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律施行規則)に定められた手続を経る必要があるが、今回の特例制度創設に対応する形でこの省令も改正が行われ、4月1日より施行されている。 このように特例制度の適用に必要な手続が4月からスタートしたことを受け、中小企業庁は4月2日付でこれら手続に必要な申請書のうち一部の様式の公表を開始した。 特に今回の特例制度は通常の事業承継税制とは異なり、特例代表者や特例後継者の氏名、株式等承継後5年間の経営計画等を記載した「特例承継計画」を作成する必要があるが、この特例承継計画の様式(施行規則第17条第2項の規定による確認申請書(様式第21))も公表されている(上記の中小企業庁ホームページではワードデータによるダウンロードが可能)。 〈特例承継計画(様式)〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 上記の通り特例承継計画は備考・記載要領を含め4枚構成のシンプルなものとなっており、4枚目は「(別紙)認定経営革新等支援機関による所見等」とされ、中小企業経営力強化支援法の認定を受けた税理士などの「認定経営革新等支援機関」の名称等や指導・助言を行った年月日、指導・助言の内容を記載しなければならない。 今回公表されたページでは他にも、「平成30年度事業承継税制の改正の概要」や「納税猶予を受けるための手続」が掲載されており、特に「納税猶予を受けるための手続」では次のように、承継計画の策定から年次報告書・継続届出書の提出まで、特例制度に必要な手続の全体像を把握することができる。 (※) 中小企業庁「納税猶予を受けるための手続」より 上図によると、特例承継計画は贈与の実行(又は相続の開始)まで(かつ、原則平成35年3月31日まで)に指定の窓口へ提出し都道府県知事の確認を受ける必要があり、その後、「贈与の実行(又は相続の開始)⇒認定申請(承継計画を添付)」という流れになることから、平成25年4月に廃止された経済産業大臣の事前確認制度に近い手順ともいえそうだ。 (※) 平成25年3月までは、贈与等の前に、経営承継円滑化法に基づき、会社が計画的な事業承継に係る取組みを行っていることについて、経済産業大臣の確認を受ける必要があった。 なお、同ページ内では特例制度用の認定申請書もワードデータによるダウンロードが可能となっており、「第一種特例認定申請書」(「先代経営者」から後継者への贈与・相続等)、「第二種特例認定申請書」(「先代経営者以外の株主」から後継者への贈与・相続等)ごとに、それぞれ【贈与の場合の様式】【相続の場合の様式】に分かれており、選択するスキームや制度に応じた様式を用いることになる。 中小企業庁は「詳細な手引きや記載例については順次ホームページに掲載予定」としている。また、「年次報告書」など現在ホームページ上で未公表の様式については、冒頭で紹介した改正省令が掲載された官報(平成30年3月31日付 特別号外第7号:p723~803)でその内容を確認することができる。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2018年4月5日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.263を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.63- 「消費増税、駆け込み需要とその反動を防ぐ工夫」 東京財団政策研究所研究主幹 中央大学法科大学院特任教授 森信 茂樹 事業者もそろそろ消費税率10%引上げへの準備を始めたようで、筆者のところにも関係業界から消費税関連の講演依頼が来はじめている。 リフレ派は金融緩和政策の効果が上がらない理由を、自らの論理的破たんを棚に上げて、すべて消費増税のせいにする。しかし統計を丹念に見ると、消費増税の影響は、97年も14年も1年程度で回復し、元の経済軌道に戻っている(97年はその後、金融危機という別要因が生じ、長い停滞期に入った)。 そもそも増税を行うのだから、経済に負荷が生じるのは避けられない。問題は、社会保障などに必要な財源の確保という課題と、1年程度の経済へのマイナス効果の比較考量・バランスの問題である。 そうはいっても、税率引上げの前後で駆け込み需要とその反動が起こることは、経済の振幅を大きくし、経済活動に大きなマイナスの影響を及ぼすので、可能な限り避ける必要がある。 * * * 3月31日付の日経朝刊は「増税ショック、軽減探る 消費税「柔軟な転嫁」議論 景気安定効果、中小にも利点」と題して、1面トップでこの問題を取り上げている。使われているグラフは、筆者が作成したものである。 一方、消費税(付加価値税=VAT)率を最近引き上げたドイツ(06年に16%から19%へ引上げ)と英国(10年に15%から17.5%へ、11年に20%へ引上げ)では、増税の前後で駆け込み需要や反動減は全くといってよいほど見られない。 筆者の考える理由は以下の点である。 第1に、事業者の価格に対する誤解-すなわち、価格は需要と供給により決まるのであり、消費税というコストによって決まるのではない。欧州の事業者の最大関心事は、今後のコスト変動を予測し、自らのマージンを最大化することにある。消費税率の引上げが分かっていれば、「あらかじめ」価格を変更するということも行われている。欧州ではこれを便乗値上げとは言わない。 第2に、事業者の消費税に対する誤解-消費税は売上全体として転嫁できていればよい(消費税法)のだが、品目ごとに消費増税分だけ転嫁しようとする傾向が強い。引上げの前日に徹夜して一斉に値札を張り替えるようなことをするのは、日本だけだ。 * * * そこで、10%への増税時には、わが国の小売事業者に、より価格形成の自由度を与えることが必要ではないか。マスコミや世論も、安易に「便乗値上げ」という言葉を使うべきではない。また、「便乗値上げ」を禁止するパンフレットの根拠となっている消費税転嫁対策特別措置法を見直す必要がある。 2月20日の経済財政諮問会議で安倍総理は、消費増税に伴う経済の変動を少なくする方策について、「欧州の事例にも学びつつ」検討するよう事務方に指示している。さてどうなるか。 (了)
海外移住者のための 資産管理・処分の税務Q&A 【第1回】 「移住後に国内不動産を賃貸する場合の留意点」 税理士・行政書士 島田 弘大 ◆連載開始に当たって◆ 昨今では個人事業主、フリーランスや老後の海外移住を始め、中小企業のオーナー社長自身が海外に移住するというケースは珍しいものではなくなった。外務省が公表する「海外在留邦人数調査統計(平成28年10月1日現在)」を見ても、統計を開始した昭和43年以降最多数を記録するなど、海外移住が増えていることは明らかである。 移住する前には様々な検討をする必要があるが、税務については重要な検討事項の1つであろう。例えば、既に保有している国内資産をどのように管理していくべきか、又は移住する際に処分してしまった方が良いのかといった判断を迫られることになるが、この判断にも税務上の留意点をおさえることが非常に重要である。 本連載ではケースごとにこれらの留意点について、特に日本からの移住者が多く筆者もその情勢に詳しいシンガポールの税制を交えて解説していく。 Question 私は来年、海外への移住を検討しています。現在、国内に保有している持家については、移住後、賃貸することを検討していますが、税務上気をつける点はありますか。 あるいは、移住前に売却した方が良いでしょうか。 Answer 1 はじめに 海外への移住を検討している日本の居住者(個人)が日本に持家を所有している場合、この持家を処分したが方が良いのか、それとも保有し続けても問題は生じないだろうか。国際税務の観点から、以下検討する。 2 国外転出時課税 (1) 制度の概要 保有し続ける場合、まず検討しなければならないのが『国外転出時課税制度』である。 国外転出時課税制度(いわゆる出国税)とは、平成27年7月1日以後に出国する「一定の高額資産家」を対象に、出国時に未実現のキャピタルゲインに対して特例的に課税を行う制度である(所法60の2)。 「一定の高額資産家」とは、下記2つの要件を満たす居住者をいう(所法60の2⑤)。 この制度の対象となってしまうと、その資産の含み益に対して出国時に課税されることになるわけだが、上記の通り、有価証券等の「対象資産」を1億円以上持っていなければ国外転出時課税の対象から外れることになる。つまり、「対象資産」が非常に重要と言える。 この「対象資産」に不動産が含まれていなければ、保有していたとしても出国時にその含み益に対して課税されることはない。 (2) 国外転出時課税制度の対象となる資産 それでは次に、具体的にその対象資産がどのように規定されているかを確認する。 所得税法第60条の2において、下記が国外転出時課税の「対象資産」になると規定されている。 (3) 不動産は対象とならない 対象資産は上記の通り限定列挙されているが、その中に不動産は含まれていない。つまり、現行法(2018年3月4日時点)においては、不動産は国外転出時課税の対象資産には含まれない。 したがって、不動産を保有したまま出国したとしても、国外転出時課税制度の影響はない。 3 移住後に持家を賃貸・売却した場合 (1) 非居住者に対する課税 それでは、海外に移住して非居住者となった後に、日本の持家を賃貸又は売却した場合、どのような課税関係になるのか。日本でも確定申告が必要になるのか。 (2) 売却した場合 非居住者が不動産売却に係る譲渡所得については、確定申告が必要となる。 その所得については居住者が受ける場合に準じた所得計算を行うため、他の所得とは分離して課税(申告分離課税)される(所法5②、161①五、164①二、165)。また、長期譲渡所得の課税の特例も原則として非居住者にも適用されるため、所有期間によって長期譲渡所得と短期譲渡所得の2つに区分し、税金の計算も別々に行うことになる(措法31)。 なお、「居住用財産の特別控除」などの特別控除や10年超所有の軽減税率なども原則として居住者と同様に適用される。 (3) 賃貸した場合 賃貸して賃料収入を得ている場合も不動産所得として確定申告が必要になる(所法5②、161①七、164①二、165)。 (4) 納税管理人の選任が必要 上記の通り、非居住者となった後も日本の持家を売却又は賃貸すると基本的には日本で確定申告が必要になる。この場合、納税管理人を定めて「所得税の納税管理人の届出書」を納税地の所轄税務署長に提出しなければならないため注意が必要である(国通法117)。 (5) 確定申告により還付される場合も 確定申告には「手間がかかる」というデメリットだけではない。確定申告を行うことにより還付される可能性も十分考えられる。 売却した場合も賃貸した場合も、その金額や借り手・買い手の状況等にもよるが、非居住者の場合は売却金額・賃借料について源泉徴収されている可能性がある。 通常、最終的な確定税額よりも多く源泉徴収されている可能性が高く、確定申告をすることにより還付されるケースも多くある。 (6) 住民税の取扱い 住民税は毎年1月1日時点で日本国内に住所を有する者の、その「前年度の所得」に対して課税される。したがって、賃料を受け取った年や譲渡所得を得た年の翌年1月1日時点で日本に居住していなければ、原則としてそれらの所得に対して住民税は課税されないこととなる。 4 持家を所有し続けることのリスク (1) 居住者・非居住者 上記1~3で検討した通り、不動産は国外転出時課税の対象にはならず、また移住後に売却・賃貸した場合も日本で確定申告が必要になり手間がかかるものの、きちんと納税管理人を定めて確定申告を行えば特に問題はないと考えられる。 ただし、所有し続けることのリスクがないわけではない。 それは「居住者・非居住者の判定」である。 (2) 居住者・非居住者の判定の重要性 そもそもなぜ居住者・非居住者の判定に注意しなければならないのか。 日本の税法上、居住者の場合は所得が生じた場所が日本国の内外を問わず、そのすべての所得に対して課税されることになる。いわゆる、『全世界所得課税』である。つまり、居住者は国外にある不動産の貸付・譲渡による収益などの国外源泉所得に対しても日本で課税されることになる。 一方で、非居住者(居住者以外の個人をいう)の場合は、日本国内において生じた所得(国内源泉所得)に限って課税されるため、上記のような国外源泉所得には課税されない(所法5②)。 したがって、非居住者の方が課税される範囲が少ないため、「居住者か非居住者か」という線引きは非常に大きな意味を持つことになる。 (3) 持家との関連性 実はこの持家について、居住者か非居住者かを判断する際に影響がある可能性がある。 日本の所得税法において、『居住者』とは、国内に『住所』を有し、又は、現在まで引き続き1年以上『居所』を有する個人をいい、『居住者』以外の個人を『非居住者』と規定している(所法2①三・五)。 ここでは詳細の説明は避けるが、条文上はその定義が明確ではないため、実務的にはとても難しい判断をしなければならないケースが多くある。 滞在地が2ヶ国以上にわたる場合に、その住所がどこにあるかを判定するためには、例えば、住居、職業、資産の所在、親族の居住状況、国籍等の客観的事実によって判断することになる(所基通2-1)。 例えば、移住した後もその持家に家族が引き続き居住者している場合や、帰国した際にはそこに引き続き住む場合などは非常に注意が必要である。 居住者・非居住者は様々な客観的事実をもとに総合的に判断されるため、このような場合でも、直ちに居住者に該当してしまうわけではないが、上述の通り、親族の居住状況や資産の所在についても過去の判例では判断の構成要素とされているため、この居住者・非居住者の判定に影響を与えてしまう可能性も考えられる。 持家を維持し続ける場合には、この点も注意が必要と言える。 つまり、持家は移住前に必ず売却した方が良いというわけではないが、その持家の利用状況等によっては注意が必要である。 5 居住地国の税制と租税条約 ここまで日本の国内法について見てきたが、最後に、移住先である居住地国での税制と租税条約についても触れておきたい。 まず、居住地国の税法によって日本国内の不動産に対しても課税されるか確認する必要がある。例えば、シンガポールであれば個人の国外源泉所得は課税対象とはされていないため特に気にする必要はないが、居住地国において申告・納税義務がないかは確認が必要である。 また、その居住地国と日本との間の租税条約の確認も必要となる。ただ、不動産の賃貸料や譲渡による所得について、租税条約では基本的に不動産の所在する国においてその国の法令に従って課税することができるとされているため、日本側では1~4で述べた通りの取扱いになると考えられる。 (了)
〔平成30年4月1日から適用〕 改正外国子会社合算税制の要点解説 【第4回】 「適用免除基準及び会社単位の合算課税額の計算」 税理士 長谷川 太郎 1 押さえておきたいポイント 2 適用免除基準(租税負担割合の計算)に関する改正 ① 概要 合算対象となる外国法人を入り口で絞るトリガー税率は廃止されたが、適用免除基準として租税負担割合が採用されている。 ペーパー・カンパニー等の特定外国関係会社については、租税負担割合が30%以上の場合には合算課税の適用が免除となり、特定外国関係会社以外の外国関係会社(対象外国関係会社及び部分対象外国関係会社)については、租税負担割合が20%以上の場合には合算課税の適用が免除となる(措法66の6⑤一・二、⑩一)。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 租税負担割合の計算に関する改正内容は以下の通りである。 ② みなし納付外国法人税額を分子から除外 外国関係会社が本店所在地国において軽減され、または免除された外国法人税の額で、内国法人がその外国関係会社から受けた配当等について間接外国税額控除の適用を受けるとした場合(間接外国税額控除は平成21年度税制改正により一定の経過措置期間を経て廃止となっている)に、租税条約の規定によりその外国関係会社が納付したものとみなされる額を租税負担割合の計算上、分子の額に含めるとされていたが、今回の改正により分子に含める項目から除外されている。 ③ 無税国に本店がある場合の租税負担割合の計算 改正前の制度においては、「法人の所得に対して課される税が存在しない国に外国関係会社の本店がある場合」には、租税負担割合の判定をすることなく、特定外国子会社等に該当するとされていた。しかしながら、第三国に所在する支店等も含めた外国関係会社全体としてみれば実体のある事業を営んでいる場合があることから、今回の改正では、外国子会社の本店がいわゆる無税国に所在する場合に、本店所在地国において課される税が存在しないという点で判定する仕組みを廃止し、租税負担割合の計算を行うこととされている。 なお、平成30年度税制改正において、租税負担割合の分母となる「所得の金額」について、「本店所在地国における税法令に基づく所得の金額」がないことから、分母の金額は「決算に基づく所得の金額につき、税法令がある国に所在する外国関係会社が計算する場合と同様の調整を加えて計算した金額」とされ、その所得の金額がない場合や欠損の金額となる場合には、租税負担割合は零とする(適用免除基準を充足できない)とされる改正が行われる見込みである。 3 適用対象金額の計算 ① 概要 合算課税となる課税対象金額に関する計算方法は、改正前と基本的に同様(改正により実質支配基準の影響を新たに考慮)で、適用対象金額に請求権等勘案合算割合を乗じて計算した金額とされている(措令39の14①)。 適用対象金額は特定外国関係会社または対象外国関係会社の各事業年度の決算に基づく所得の金額につき本邦法令基準または現地法令基準によって計算した金額に、繰越欠損金額及び納付・還付法人所得税の額に関する調整を加えた金額(措法66の6②四)とされており、基本的な計算の仕組みは改正前と同様である。 【課税対象金額の計算】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 今回の改正においては、適用対象金額に算入しない受取配当金の緩和措置及び繰越欠損金の規定の整備が行われている。また、平成30年度税制改正において、企業買収後の組織再編を円滑に行えるように、一定の株式譲渡益を適用対象金額から控除する規定が設けられる予定である。 ② 適用対象金額に算入しない受取配当等 適用対象金額の計算に関して控除される受取配当金に係る持分割合(25%以上)要件に関して、主たる事業が化石燃料を採取する事業等である法人で、日本が締結した租税条約の相手国に化石燃料を採取する場所を有するものから受ける配当等については、持株割合の要件を10%以上と緩和された(措令39の15①四)。 ③ 適用対象金額の計算上控除する欠損金額 特定外国関係会社または対象外国関係会社に該当しなかった事業年度及び合算課税の適用免除となる事業年度において生じた欠損金額については、控除対象となる欠損金額から除くとされている(措令39の15⑤一)。これは、改正前の規定で特定外国子会社等に該当しない事業年度に生じた外国関係会社の欠損金を控除対象から除くとする考え方と同様である。 また、今回の改正で部分対象関係会社や外国金融子会社等として欠損金額が生じるケースがある(詳細は別途解説)が、これらについては、特定外国関係会社または対象外国関係会社の適用対象金額からは控除されないとされている。 なお、改正前の制度における特定外国子会社等において生じた欠損金額については、引き続き特定外国関係会社または対象外国関係会社の適用対象金額から控除されるとされており、部分合算課税の金額からは控除されない。 ④ 一定の株式譲渡益の適用対象金額からの控除 平成30年度税制改正において、買収後の事業再編を円滑に行えるように、一定の株式譲渡益を適用対象金額から控除する規定が設けられる見込みである。 例えば下図のように、外国法人であるS1社を買収した際にS1社の子会社としてペーパー・カンパニー(S2社)があり、さらにその子会社としてS3社があったとする。 この場合において、事業実体のないS2社を買収後に清算(S3株式をS1社へ分配)したり、グループ内再編を行い、地域統括会社等へS3株式を譲渡しようとすると、S2社が特定外国関係会社に該当するため、S3株式に含み益がある場合には内国法人であるP1社において多額の合算課税が生じる可能性がある。 よって、このように買収直後にグループ内再編等を行う場合には、一定の条件、期間を設け、株式譲渡益を適用対象金額から控除する規定が設けられる予定となっている。 平成30年度税制改正大綱においては、特定外国関係会社または対象外国関係会社(一定の内国法人が株主等である場合を除く)が、外国関係会社に該当することとなった外国法人の統合に関する基本方針及び統合に伴う組織再編の実施方法等を記載した計画書に基づき、一定の期間内に、その有する対象株式等を当該特定外国関係会社または対象外国関係会社に係る内国法人または他の外国関係会社(特定外国関係会社を除く)に譲渡した場合において、その譲渡の日から2年以内に当該譲渡をした特定外国関係会社等の解散が見込まれること等の要件を満たすときは、その対象株式等の譲渡による利益の額を、当該譲渡をした特定外国関係会社等の適用対象金額の計算上控除するとされている。詳細は改正後の租税特別措置法施行令等を確認する必要がある。 4 課税対象金額 課税対象金額に関する計算方法は、改正前と同様に請求権等勘案合算割合を乗じて計算した金額とされている(措令39の14①)。 実質支配基準が導入されたことに伴い、規定が整備されており、実質支配がある外国法人に対しては100%保有扱いとなるが、内国法人が一部株式を直接保有している等の場合には、以下の②、③のような計算となり、割合が100%を超えないような規定となっている。 (※) 財務省「平成29年度税制改正の解説」P688より抜粋 (了)
組織再編税制の歴史的変遷と制度趣旨 【第32回】 公認会計士 佐藤 信祐 (《第4章》 平成13年から平成17年までの議論) (6) 事業継続要件 五枚橋氏は、 と述べられている(※1)。 (※1) 五枚橋實「企業組織再編税制にかかる誤り事例と留意点について」租税研究658号63頁(平成16年)。 現在では、50%超100%未満の子会社が、親会社にだけ不動産を貸しており、他の事業を行っていない事例はそれほど多くはないが、平成16年当時では、議論の対象となっていた事例である。 (7) 従業者引継要件 五枚橋氏は、 と解説されている(※2)。 (※2) 前掲(※1)64頁。 すなわち、すでに解説したように、事業単位の移転であることの要件の1つとして従業者引継要件が要求されたという経緯を考えれば、75%の従業者の引継ぎであっても従業者引継要件を満たすと判断することもできるし、90%の従業者の引継ぎであっても従業者引継要件を満たさないと判断されてしまうことも考えられる。 このように、「おおむね」という不確定概念の解釈においては、制度趣旨を踏まえた判断が必要になると考えられる。 (8) 事業規模要件 五枚橋氏は、一方の法人が不動産管理業と不動産仲介業を行っており、他方の法人が不動産仲介業を行っている事例について、不動産仲介業だけを切り離して事業規模要件の判定を行うことができるのかにつき、 と解説されている(※3)。しかし、「不動産仲介した後、管理社員を派遣しているケースの場合には全く関係ないというわけにはいかないと思っている」(※4)とも述べられている。 (※3) 前掲(※1)64-65頁。 (※4) 前掲(※1)65頁。 さらに、事業規模要件が関連する事業の規模を比較することに注目し、 と述べられており(※5)、この見解に従えば、関連する事業の全てを含めて事業規模要件の判定を行うべきということになる。 (※5) 前掲(※1)64-65頁。 【第27回】で解説したように、立法当初では、阿部泰久氏が と解説されていたが(※6)、平成16年時点になると、その見解は、国税当局から否定されていると言える。 (※6) 阿部泰久(発言)阿部泰久・山本守之「企業組織再編税制の考え方と実務検討」税務弘報49巻6号33頁。 さらに、平成19年度税制改正により、事業関連性要件の「関連性」について明確化され、五枚橋氏の見解よりもさらに広い関連性が認められるようになった。そのため、上記の不動産管理業、不動産仲介業の事例についても、現段階では、不動産仲介業だけを切り出して比較することは認められない可能性が高いと思われる。 (9) 包括的租税回避防止規定 五枚橋氏は、 と述べられている(※7)。 (※7) 前掲(※1)67頁。 この点につき、佐々木浩氏も、 と述べられている(※8)。 (※8) 佐々木浩(発言)仲谷修ほか『企業組織再編成税制及びグループ法人税制の現状と今後の展望』130頁(大蔵財務協会、平成24年)。 実際に、玉突き型の組織再編については、否認事例も公表されており(※9)、実務上も問題になりやすいところであるため、留意が必要である。 (※9) 平成28年7月7日非公開裁決事例TAINSコードF0-2-672。 上記のほか、平成16年12月7日に名古屋国税局の谷口勝司氏の講演が、平成17年5月19日、平成17年12月7日に東京国税局の櫻井光照氏の講演があり、本講演内容については、谷口勝司「組織再編税制の概要と申告上の留意点」租税研究666号24-37頁(平成17年)、櫻井光照「企業組織再編税制について」租税研究670号43-78頁(平成17年)、櫻井光照「企業組織再編税制について」租税研究678号31-75頁(平成18年)にそれぞれ掲載されているが、本連載ですでに触れた内容に重複するものが多いため、本稿では解説を行わない。 * * * 次回以降では、平成18年度から平成21年度までの税制改正に触れたうえで、その期間に公表されている財務省、国税局及び税務専門家の見解について解説する予定である。 (了)
租税争訟レポート 【第36回】 「馬券の払戻金に係る所得区分と外れ馬券の必要経費性 (最高裁判所平成29年12月15日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 馬券の払戻金に係る所得区分については、本連載【第22回】で取り上げた最高裁判所平成27年3月19日判決により、所得税基本通達の一部が改正され、一定の場合には、「馬券の払戻金に係る所得は、営利を目的とする継続的行為から生じた所得として雑所得に該当する」という注書きが加えられた(所得税基本通達34-1)。 一方、今回取り上げる訴訟では、類似事件として、上記最高裁判決(以下「別件最高裁判決」と略称する)を参照しつつ、第1審では原告・納税者の主張を退け、控訴審では控訴人・納税者の主張を認容するというかたちで判決が分かれていた。 本稿では、争いに終止符を打った平成29年12月15日の最高裁判所の判決を検討するとともに、再度改正が行われることとなった所得税基本通達34-1注書きについても、その狙いを検証することとする(パブリック・コメントについては、4月2日で締め切られている)。 なお、本件の第1審については本連載【第24回】・【第25回】、控訴審については【第28回】でそれぞれ取り上げているが、最高裁判決までの論点を整理するため、それらの判決についてもあらためて言及したい。 【事案の概要】 本件は、馬券の的中による払戻金に係る所得(以下「競馬所得」という)を得ていた原告が、平成17年分から平成21年分の所得税に係る申告期限後の確定申告及び平成22年分の所得税に係る申告期限内の確定申告を行い、その際、原告が得た競馬所得は雑所得に該当するとして総所得金額及び納付すべき税額を計算していたところ、所轄税務署長であった稚内税務署長から、本件競馬所得は一時所得に該当し、上記各年の一時所得の金額の計算において外れ馬券の購入代金を総収入金額から控除することはできないとして、平成23年3月14日付けで平成17年分から平成21年分の所得税に係る各更正及び各無申告加算税賦課決定を、平成23年3月30日付けで平成22年分の所得税に係る更正及び過少申告加算税賦課決定を、それぞれ受けたため、①本件競馬所得は雑所得に該当し、上記各年の雑所得の金額の計算において外れ馬券の購入代金も必要経費として総収入金額から控除されるべきである、②仮に本件競馬所得が一時所得に該当するとしても、その総収入金額から外れ馬券を含む全馬券の購入代金が控除されるべきであるから、本件各処分は違法であるとして、本件各更正処分のうち確定申告額を超える部分及び本件各賦課決定処分の取消しを求める事案である。 【第1審判決:東京地方裁判所平成27年5月14日】 第1審である東京地方裁判所は、以下のとおり、原告である納税者の訴えを棄却する判決を言い渡した。 (※) 第1審についての詳細は【第24回】・【第25回】を参照。 1 馬券の払戻金に係る所得区分 原告による馬券の購入は、原告の陳述によっても、レースの結果を予想して、予想の確度に応じて馬券の購入金額を決め、どのように馬券を購入するのかを個別に判断していたというものであって、その馬券購入の態様は、一般的な競馬愛好家による馬券購入の態様と質的に大きな差があるものとは認められず、自動的、機械的に馬券を購入していたとまではいえないし、馬券の購入履歴や収支に関する資料が何ら保存されていないため、原告が網羅的に馬券を購入していたのかどうかを含めて原告の馬券購入の態様は客観的には明らかでないことからすると、原告による一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するというべきほどのものとまでは認められない。 そうすると、本件競馬所得は、結局のところ、個別の馬券が的中したことによる偶発的な利益が集積したにすぎないものであって、営利を目的とする継続的行為から生じた所得に該当するということはできない。 別件最高裁判決がその理由中で説示するとおり、営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するものであるから、これらの事情が異なれば結論が異なるのが当然であるところ、原告は、別件当事者と同等以上の金額の馬券を購入し、同等以上の利益を得ていたものの、原告の具体的な馬券の購入履歴等が保存されていないため、原告が具体的にどのように馬券を購入していたかは明らかでなく、原告が別件当事者のように馬券を機械的、網羅的に購入していたとまでは認めることができないという本件の事実関係及び証拠関係の下では、原告による一連の馬券の購入が一体の経済的活動の実態を有するとまでは認めることができず、本件競馬所得が営利を目的とする継続的行為から生じた所得には該当するものということはできない。 2 外れ馬券の必要経費該当性 本件競馬所得を構成する収入は馬券が的中したことよる払戻金であるところ、原告による一連の馬券の購入は一体の経済活動の実態を有するものとまでは認められず、馬券が的中したことによる払戻金に関して「その収入を生じた行為をするため直接要した金額」又は「その収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額」は、結局のところ、当該払戻金に個別的に対応する馬券の購入代金、すなわち、的中馬券の購入代金ということになるから、一時所得である本件競馬所得に係る総収入金額から控除されるのは的中馬券の購入代金に限られることになる。一方、当該払戻金に個別的に対応しない馬券の購入代金、すなわち、外れ馬券の購入代金は、何ら収入を発生させていない以上、一時所得である本件競馬所得に係る総収入金額からは控除されないことになる。 【控訴審判決:東京高等裁判所平成28年4月21日】 第1審判決を不服とした納税者は当然、控訴し、控訴審である東京高等裁判所は以下のように判示して、一転、納税者の主張を認め、処分行政庁による処分の取り消しを命じた。 (※) 控訴審についての詳細は【第28回】を参照。 1 馬券の払戻金に係る所得区分 控訴審では、別件最高裁判決を引用する形で、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」について、次のように解釈する。 そのうえで、控訴人の馬券購入について、以下のように要約し、別件最高裁判決の当事者との間に、「馬券の購入方法に本質的な違いはない」と認めた。 その結果、「本件競馬所得は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」として、一時所得ではなく雑所得に該当するというべきである」として、原審の認定を覆したものである。 2 外れ馬券の必要経費該当性 控訴人による馬券の購入の実態は、大量的かつ網羅的な購入であって、個々の馬券の購入に分解して観察すべきものではなく、外れ馬券を含む一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するのであるから、的中馬券の購入代金の費用のみならず、外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金の費用が、的中馬券の払戻金という収入に対応するものとして、必要経費に当たると解するのが相当である。 【最高裁判決:最高裁判所第二小法廷平成29年12月15日】 控訴審の判決を不服とした国側が上告を行った結果、最高裁判所は、次のように判示した。 なお、最高裁判所は、「所論の点に関する原審の判断は、以上の趣旨をいうものとして、是認することができる。論旨は採用することができない」として、原審である東京高等裁判所の判決については、趣旨は是認できるが、その趣旨を導いた論旨は採用できないとしている。 1 馬券の払戻金に係る所得区分 最高裁判所はまず、別件最高裁判決を引用する形で、雑所得に区分される営利を目的とする継続的な行為から生じた所得について、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である」とした。 そのうえで、被上告人の馬券購入の期間、回数、頻度その他の態様に照らせば、その行為は、継続的行為といえるものであり、かつ、被上告人の利益発生の規模、期間その他の状況等に鑑みると、その行為は、客観的にみて営利を目的とするものであったということができると結論づけ、所得税法35条1項にいう雑所得に当たると解するのが相当であると判示した。 2 外れ馬券の必要経費該当性 外れ馬券についても、最高裁判所は次のように、必要経費に該当することを認めた。 【解説】 被上告人である納税者が、当時の住所地を管轄する稚内税務署長から更正処分等を受けたのは、平成23年3月14日付けであった。異議申立、不服審査を経て、最高裁判所まで争った結果、納税者の主張は認められ、国税庁は再び所得税基本通達の改正を余儀なくされたわけだが、その間、実に6年9ヶ月を要している。 筆者は、控訴審判決を取り上げた本連載【第28回】でも、「最高裁平成27年3月10日判決を踏襲したものであり、常識的な判決」であり、「所得税基本通達との再改正の必要性」についても言及していたので、最高裁判所の判断は予想どおりであったと言えるが、原審である東京高等裁判所の判断をさらに拡大する方向で判決が言い渡された点は、良い意味で予想を超えるものであった。 1 最高裁判所判決と下級審判決との相違 本件は、第1審、控訴審を通して、『馬券を購入する』という行為が「営利を目的とする継続的行為」であるかどうかを判断するキーワードとして、別件最高裁判決を受けて改正された所得税基本通達34-1注書きに記された「一体の経済活動の実態」を有するか否かが争点となっていた。 第1審では、「具体的な馬券の購入履歴等が保存されていない」ことから、「馬券を機械的、網羅的に購入していたとまでは認めることができない」ことを理由に、一体の経済活動の実態を有するとはいえないとしたのに対し、原審である東京高等裁判所は、「独自のノウハウに基づいて長期間にわたり多数回かつ頻繁に当該選別に係る馬券の網羅的な購入をして100%を超える回収率を実現することにより多額の利益を恒常的に上げていた」点が、一体の経済活動の実態を有すると判断したものであった。 ところが、最高裁判所の判決には、「一体の経済活動の実態」という文言はなく、被上告人の馬券購入行為そのものを継続的行為であり、客観的にみて営利を目的とするものであると判断しており、「一体の経済活動の実態」という抽象的な判断基準を排除している点が大きく異なっている。 司法における判断は、行政における通達の規定や文言に左右されるものではなく、所得税法の規定をいかに事実に当てはめていくべきかを示した判決であると理解したい。 2 所得税基本通達34-1の再改正 本件最高裁判所判決を受けて、国税庁は「競馬の馬券の払戻金に係る課税について」というお知らせを2月に公表し、パブリック・コメントを経たうえで、通達の改正を行う意向を明らかにした。 公表されている改正案を現行のものと比較すると、以下のとおりである。 国税庁によれば、この(注)1部分を以下のように改正するという「改正案」が示され、パブリック・コメントの募集がされている。 2行目の「又は」以下に馬券購入の行為の態様が書き加えられ、「回収率が100%を超える」ことを条件とすることが明記される同時に、「網羅的な購入」「一体の経済活動の実態」といった文言が削除されている。 ここで、国税庁が付加した馬券購入の態様を細かく見てみたい。 要求されているのは、大きく分けて、①馬券の購入で利益を得るための一定のパターンを見出し、そのパターンに従ってほぼすべてのレースで多数の馬券を購入すること、②回収率が期間総体として100%を超えていることの2点であると読むことが可能であろう。 とはいえ、①のような購入パターンが実際に存在するかどうかは疑問であり、立証する手法としては、購入した馬券が当たるという結果しかない。であれば、大量の馬券を年間通して購入し続けたうえで、100%を超える回収率を続けていれば、営利を目的とする継続的行為と認めるという改正でいいのではないだろうか。 3 回収率が100%に達しない場合は一時所得 国税庁による上記の「競馬の馬券の払戻金に係る課税について」で《参考》としてリンクを貼られている「最高裁平成29年12月15日判決及び東京高裁平成28年9月29日判決の概要」では、馬券購入行為による所得を事業所得として確定申告書を提出していた納税者の主張が退けられた東京地方裁判所平成28年3月4日判決を受けた控訴審判決である東京高等裁判所平成28年9月29日判決の概要が紹介されている。 同判決は、馬主でもある納税者が、馬券購入行為により生じた損失を事業所得として申告していたものであるが、納税者が、平成20年から22年までの3年間ずっと馬券の購入による損失を出し続け、総額として約7,000万円の損失を被っていること、馬券購入の方法は、一般の競馬愛好家による選定方法による馬券購入の範ちゅうに入るものであることなどから、営利を目的とする継続的行為から生じた所得に該当するということはできないと判断した第1審、東京地方裁判所平成28年3月4日判決を支持したものであり、国税庁による前記「お知らせ」によれば、最高裁判所は、平成29年12月20日に上告を棄却したということである。これを受けて、「お知らせ」には、以下のコメントが付されている。 (了)