《速報解説》 「監査役等とのコミュニケーション」等の改正に関する公開草案が公表 ~コミュニケーションを行うべき「統治責任者」に監査等委員会を追加するなど 改正会社法への対応も~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成27年2月26日(掲載日)、日本公認会計士協会は、監査基準委員会報告書260「監査役等とのコミュニケーション」等の改正に関する公開草案を公表し、意見募集を行っている。 今回の改正は、以下の事項について行うものである。 意見募集期間は、平成27年3月27日までである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 Ⅲ 適用時期等 基本的に、平成27年4月1日以後開始する事業年度に係る監査及び同日以後開始する中間会計期間に係る中間監査から適用する。 ただし、改正後の監査基準委員会報告書の公表日を基準にして適用されるものがあるので、注意が必要である(外部のレビュー又は検査結果の伝達など)。 (了)
2015年2月26日(木)AM10:30、 Profession Journal(プロフェッションジャーナル) No.108 が公開されました。 - ご 案 内 - Profession Journalの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第8回】 「大学(簿記学校等)の法人税教育の問題点」 税理士 山本 守之 1 法人税の性格 政府は、法人税率引下げの財源として、受取配当についての課税割合を次のように改正しました。 法人の受取配当金益金不算入の理由について、簿記学校や大学の「税務会計」の講座を持っている教授は、法人税の性格から説明しているようです。 法人税の性格については次の3つに区分されます。 (1)は、法人と個人は独立した経済実体として把握するので、法人所得を課税客体として法人税を、個人所得を課税客体として所得税を課税し、その間には二重課税は存在しないという考え方です。 この考え方を整理してみると次のようになります。 この考え方の根拠を「法人は法の擬制したものではなく、自然人のほかに実在する法的主体たる実体を備えた団体である」というギールケの唱えた法人実在説によるものとして説明されることがありますが、これは適切ではありません。 租税政策の1つとして置かれる法人税制が私法の学説によって左右されるべきではないからです。 (2)は、法人自体を担税力の主体とせずに、法人は個人の集合体に過ぎず、法人の所得は配当等という形でいずれ資本主に分配されるのであるから、法人所得に対する課税は資本主たる個人の所得税の前取りとして認識するという考え方があります。 この考え方は次のような論拠によるものでしょう。 この考え方を「本来の法的主体は自然人のみであり、法人は法が擬制して認められる人格者に過ぎない」というザビニーの提唱した法人擬制説に求めることがありますが、法人実在説の場合と同様に租税法の分野に、法人の法律的性格に関する私法上の議論を持ち込むのは適切なものとはいえません。 (3)は、法人税を個人所得税の果たし得ない独立の価値ある租税とする考え方で、アメリカのリチャード・グードの主張するものです。 この考え方では、法人税は、所得と富の集中の最も大きな要素をなしている配当と株式所有の根源である会社利潤を削減することによって分配の平等に貢献するという課税効果をもっており、累進税率を持つ個人所得税ほど完璧な税ではないとしても、消費税や公債等の歳入調達手段に比べれば、現実に即した次善の税であるとするのです。 つまり、法人税の他の税にみられない価値を投資と消費、雇用と国民所得に及ぼす経済的効果に見出すという立場です。 2 わが国の立法当局と税制調査会の考え方 (1) 法人擬制説を支持する考え方 税制調査会が法人擬制説によっていることを明確に打ち出したのは「現行のわが国の法人税制は、昭和25年のシャウプ勧告に基づく税制改正以来、法人は株主の集合体であるという考え方から、法人税はその負担が最終的に株主に帰属するという意味で、個人株主の所得税の前取りと観念する立場で構成されている」(「『今後におけるわが国の社会、経済の進展に即応する基本的な租税制度のあり方』についての答申」税制調査会、昭和39年12月)という税制調査会の答申です。 これらについては立法当局の国会答弁でも同じで、「現行税制は法人税を個人株主所得税前払いである」(水田三喜男大蔵相、昭和42年衆議院)としたり、「現行の税制は株主所得税は前払い」(塩崎潤主税局長、昭和42年大蔵委員会答弁)としています。 (2) 法人擬制説への疑問 税制調査会では、「シャウプ勧告によるいわゆる法人擬制説を基礎とし、個人については配当控除、法人については配当益金不算入の措置を講じて、同一の所得に対して二重に課税されないような建前をとっているが、現実の法人の機能、株式投資の実態等からみると、この課税方式には疑問を持たざるをえない。ことに、シャウプ勧告は、株式の譲渡所得の完全課税を前提として法人擬制説を組み立てているのであるが、現在では、既にこの前提がくずれているから、税制として今後再検討の余地がある」(「最近の諸情勢に即対応すべき税制改正について」臨時税制調査会、昭和41年12月)として法人擬制説に疑問を呈しています。 政府委員答弁では、塩崎主税局長はシャウプ勧告を受けた法人税法改正は「法人擬制説的法人の効果や仕組み等については、殆ど議論もせず、日本政府は、法人税制についてはシャウプ勧告をそのまま丸呑み」したことが原因としています。 吉国二郎氏も大蔵省主税局のなかに「(法人)実在説的な考え方から、法人課税の当初から法人独立主体課税説という考え方が根強く存在し、それがだんだん出てきて、受取配当に始めは課税していなかったのが、やがて60パーセント課税し、1940年改正では結局全額課税して、法人・個人は別々に独立して両方課税するということになった」と語っています。 このような考え方が、まず、「株主である個人を離れて法人に独自の負担を求めないという考え方に対しては、一方において法人の現実の経済活動を考えた場合大法人と中小法人との間の実態的な経済上の格差が存することが常に意識されるとともに、大法人では一般株主は企業とは法律的にはともかく経済的には全く別個の存在になっているので、むしろ法人の実態的活動に着目して株主とは別個に法人独自の負担を求めることが社会経済の実態に合致するのではないかという考え方があり、従来種々の角度から検討が加えられてきており〈中略〉」(「長期税制のあり方についての中間答申」税制調査会、昭和41年12月)としていましたが、議論が法人税をあまりに観念的にとらえていたという反省に立って、「これまでの混乱の原因が法人税をあまりに観念的にとらえすぎる傾向があったことにかえりみ、むしろ法人税を企業独自の負担と考えるような社会的意識や税制の歩みを端的に認めつつ検討を加えることが望ましい」(税制調査会、昭和41年12月)として、法人擬制説の単純な考え方に問題があるとしています。 (注) (2)については、鈴木一水著『税務会計分析』(2013年、森山書店)を参考にしています。 (3) 法人擬制説、実在説の否定 これらの反省の結果を示したのが昭和55年11月の「財政体質を改善するための税制上とるべき方策についての答申」であり、次のように述べています。 また、平成12年7月の中期答申においては、法人税・所得税の負担調整に関する基本的仕組みについて次のように述べています。 このような問題点の指摘に対して、大学の税務会計の教授が、「法人実在説と法人擬制説」という単純な理解で講義を進めているのは悲しい限りです。 このような状況であるので、税調では、受取配当等益金不算入の規定(税負担の調整)を置く理解を次の通りとしています。 3 大学教育の問題点 以上述べたような経過をたどっていますが、心配なのは大学の税務会計の教授等のなかには、いまでも法人擬制説、実在説から抜けきらず、法人税法を法人税の性格から教えているものが少なからずあり、このような単純な議論には心を痛めています。 (了)
[平成27年3月期] 決算・申告にあたっての留意点 【第4回】 (最終回) 「貸倒引当金の経過措置等その他の留意点」 公認会計士・税理士 新名 貴則 平成26年度税制改正における改正事項を中心として、平成27年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。第3回は、「所得拡大促進税制の適用要件緩和」と、「研究開発税制の拡充」について解説した。 最終回となる第4回は、その他の留意すべき点をまとめて解説する。 1 貸倒引当金の経過措置 平成23年度税制改正により、以前は大法人にも認められていた貸倒引当金は、一部の中小法人等及び一部業種の法人等(金融保険業等を営む法人、リース業を営む一定の法人等)を除いて、損金算入が認められないこととなった。 ここでいう中小法人等とは、次の法人のことである。 ただし、改正によって貸倒引当金の損金算入が認められなくなる法人にも、経過措置が設けられている。繰入限度額が段階的に圧縮されて、3年経過後に廃止されることになったのである。経過措置による繰入限度額は次のとおりである。 【貸倒引当金の経過措置】 したがって、経過措置の対象となっている3月決算法人においては、平成27年3月期の繰入限度額は「改正前の繰入限度額の4分の1」となる点に注意が必要である。 2 消費税における課税売上割合の計算方法の見直し 平成26年度税制改正において、消費税の課税売上割合の計算方法が一部変更されている。課税売上割合の計算は、次の計算式によって行う。 金銭債権の譲渡について、改正前はその譲渡代金の全額を上記算定式の分母に算入することとされていたが、改正後は譲渡代金の5%を分母に算入することとされた。 この改正は平成26年4月1日以後に行われる金銭債権の譲渡について適用されるので、3月決算法人においては平成27年3月期から適用されることになる。多くの法人にとってはほとんど影響はないと考えられるが、金銭債権の譲渡を行うことのある法人では注意が必要である。 3 地方法人税の導入(平成27年3月期は適用なし!) 平成26年度税制改正により、地方自治体間の税源の偏りを是正し、財政力格差の縮小を図ることを目的として地方法人税(国税)が導入された。これと併せて、法人住民税・法人事業税・地方法人特別税の税率が見直された。 ただし、この改正は平成26年10月1日以後に開始する事業年度について適用されるため、3月決算法人においては平成28年3月期からの適用となる。 4 平成27年度税制改正大綱(平成27年3月期には影響なし!) 平成26年12月30日、自由民主党と公明党は平成27年度税制改正大綱を発表した。この中で様々な法人税関連の改正が予定されているが、平成27年3月期決算には影響のない内容となっている。 5 留意事項の再確認 最後に、本連載で取り上げた平成27年3月期における留意事項を列挙する。自社に該当するものがどれであるか再確認していただきたい。 (連載了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例23(法人税)】 税理士 齋藤 和助 《事例の概要》 関与先法人の代表者より事業承継対策の相談を受け、税理士は持株会社である被害者法人を設立することを勧めた。関与先法人の代表者はこれに従い、被害者法人を設立した。そして、株式購入資金を関与先法人からの借入金により行い、借入金返済のため設立初年度に関与先法人より配当を受けた。 税理士は、被害者法人と関与先法人は完全支配関係のため受取配当金は全額益金不算入となり、被害者法人は他に所得がないことから、申告書上欠損金が発生し、受取配当金に係る源泉所得税が全額還付になると説明していた。しかし、実際には関与先法人株式の配当計算期間中3ヶ月しか同社株式を所有していなかったため、按分計算により2分の1しか還付を受けることができなかった。 これにより、還付不能額について損害が発生し賠償請求を受けた。 《賠償請求の経緯》 HX5.12 関与先法人の代表者より事業承継対策の相談を受け、持株会社を設立。 HX6.2 親族より関与先法人株式を取得。取得のため関与先法人より借入れを行う。 HX6.4 借入金返済を配当金で行うため、持株会社が所有する株式を配当優先株式に変更。 HX6.6 持株会社においては受取配当金に係る源泉所得税が全額還付になると説明し、関与先法人の株主総会により持株会社への配当を決議。 HX6.10 関与先法人より配当を受け借入金を返済。 HX6.12 決算作業中に源泉所得税が全額還付できないことが発覚。 《基礎知識》 ◆所得税額控除(法人税法68条) 法人が配当金を受ける場合は、所得税が源泉徴収される。この源泉所得税は、本来、法人税の前払的性格を有するものであることから、法人税から控除することができる。法人税額から控除できる所得税は配当の計算の基礎となった期間のうち、その元本を所有していた期間に対応する部分である。 ただし、期中で新たに取得した場合には選択により期央で取得したものとして2分の1が控除できる。 ◆100%グループ内の法人からの受取配当等の益金不算入(法人税法23条1項・2項) 完全支配関係がある法人間の配当等の額については、負債利子の控除はなく配当等の額の全額を益金の額に算入しない。 《税理士の落とし穴》 《税理士の責任》 税理士は関与先法人の代表者より事業承継対策の相談を受けた際、持株会社を設立することを勧めた。税理士のスキームは、 というものであった。 依頼者は税理士のスキームに従い持株会社を設立し、関与先法人から配当を受けた。しかし、持株会社は関与先法人の配当計算期間中3ヶ月しか同社株式を所有していなかったため、按分計算により2分の1しか還付を受けることができなかった。税理士は決算作業中に自らこのミスに気づいている。 所得税額控除の計算方法を正しく理解し、配当を翌期に延期するなどして、計算期間を通して所有するようにしていれば全額還付は受けられたことから、税理士に責任がある。 《予防策》 [ポイント①] スキームの構築は慎重に 税理士が構築したスキームで対策を実行する場合には、スキームの説明資料が依頼者の判断のポイントとなるため、慎重に作成する必要がある。特に本事例のように税理士サイドから提案するような場合には、単独では行わず、チームを組んで対応するのが望ましい。 [ポイント②] 契約書を作成する 相続対策の場合、長年にわたって行われることが多い。このような場合には関与時点で契約書を交わして、受任業務の内容、具体的な成果物、それに対する報酬、責任の範囲などを明確化しておくことが必要である。 (了)
法人税に係る帰属主義及び AOAの導入と実務への影響 【第8回】 「改正の内容⑦」 税理士法人トーマツ パートナー 税理士 小林 正彦 3-1-15 PEに係る取引に係る文書化 本支店間取引は内部取引であるため、取引として認識されていないものも多いとみられる。今回の改正において帰属主義と同時にAOAを導入したことから、平成28年4月1日以降開始事業年度においてPE帰属所得を有する外国法人は、本店と支店が分離独立した企業であるとした場合に取引があったと認識すべき取引はこれが行われたものとして、PE帰属所得を計算することとされた。 内部取引が存在したかどうかを認識する際の出発点が、機能・事実分析である。 その結果を文書化することが今回の改正で義務化された。 (1) 外部取引に関する事項 PEを有する外国法人は、外部と行った取引のうちPEに帰せられるもの(PE帰属外部取引)については、次の事項を記載した書類を作成しなければならない(法法146の2①、法規62の2)。 AOAでは機能が果たされている部門で所得を認識することになるので、例えば、日本支店において販売機能を果たしている場合で、収益の記帳が外国の本店で一括して行われている場合には、日本支店が本店とは別個の分離した独立の企業と擬制した場合の収益を日本支店のPE帰属国内源泉所得と認識する必要がある。この場合、実際に所得の送金を行うかどうかは各国の制度に従うことになる。 また、AOAにおいては、リスクは機能に従うことになるため、リスク負担をしている部門は機能が属する部門であると整理する点に留意する必要がある。例えば、日本支店で重要な販売機能を果たしているが取引の記帳は本店のみで行っている場合、販売不振に陥って損失が発生した場合の財務上のリスクを本店がすべて負うからといって、すべての利益を本店が享受すると考えるべきでない。販売機能が重要な機能であるとすれば、販売機能が所在する日本支店が財務上のリスクを負うべきであり、そのリスク負担に見合う資本を配賦されるべきということになる。 なお、機能とは通常は人的機能を意味するとされているが、通常のリスクを超えるリスクが顕在化したときに損失を部門間でどのように負担するかという問題があり、人的機能だけが収益の配分に相応しいという考え方を超えて、資本にもリスク負担機能という「機能」を果たすことができることを認めるべきであるとの考え方もある。このような資本の機能を認識する外国法人は、その内容とそれが合理的であるという説明をした文書を用意しておく必要がある。そうした文書を用意したからといって、それがすべて税務当局に認められるとは限らないが、税務当局が税務調査を行う場合には、まずその文書の内容に基づいて調査を進めることになるので、納税者の認識が認められる可能性はそうした文書がない場合に比べて格段に高くなるとみられる。 (2) 内部取引に関する事項 PEを有する外国法人は、内部取引に関して次の書類を作成しなければならないこととされた(法法146の2②、法規62の3)。 3-1-16 更正及び決定 (1) 更正及び決定 外国法人の申告、納付及び還付に関する規定については、改正前は内国法人の規定を準用することとしていた(旧法法147、旧法令193)が、改正により別途規定することとされた(法法147)。 (2) PE帰属所得に係る行為又は計算の否認 外国法人のPE帰属所得に係る課税については、PEと本店等の同一法人内部で機能、資産、リスクの帰属を人為的に操作して税額を調整することが比較的容易であるため、同族会社の行為計算否認規定に類似した租税回避防止規定が設けられた(法法147の2)。 3-1-17 帳簿書類の備付け等 内部取引を認識することになったことに伴い、PEを有する外国法人については、帳簿書類への記録の対象となる取引に内部取引を含めることとされた(法法150の2①、法規66①、67等) また、PE帰属所得に係る所得の金額の計算上認識することとされた内部取引は、証憑類に相当する書類の作成が義務付けられた(法法146の2②、法規62の3)。この書類は青色申告の承認を得ていない外国法人についても保存する帳簿書類に加えられた(法規67①~④、66等)。 (了)
貸倒損失における税務上の取扱い 【第37回】 「法人税基本通達改正の歴史⑥」 公認会計士 佐藤 信祐 昭和29年度に公表された「売掛債権の償却の特例等について(昭和29年7月24日直法1-140)」と題する通達については、実質的な部分貸倒れとして債権償却引当金を認めるものであり、平成10年度税制改正まで債権償却特別勘定と名称を変えながらも、その取扱いは継続していた。 本稿においては、昭和55年改正前法人税法における部分貸倒れの議論について解説を行うこととする。 6 昭和55年改正前法人税法における部分貸倒れの議論 昭和29年度において、「売掛債権の償却の特例等について(昭和29年7月24日直法1-140)」と題する通達が公表されたが、第32回、第33回で解説したように、そもそも貸倒損失については、それが確定した場合においてのみ認められており、それを緩和するための目的で、貸倒準備金、債権償却引当金がそれぞれ導入されたものである。しかしながら、貸倒準備金については法令においてその位置付けが明らかであったのに対し、債権償却引当金は法令の根拠なく、通達によって法令を緩和したところがあり、かなり政策的な意味合いが強かったと考えられる。 ここまでの流れにつき、昭和53年当時の書籍であるが、 と書かれている。すなわち、企業会計上はともかくとして、法人税法上は、債権償却特別勘定については、貸倒引当金のようなものではなく、部分的な貸倒れとして整理をする論者もいたということが言える。 また、第32回で解説したように、債権の評価損については、昭和29年度個別通達が公表される前であっても認められておらず、課税当局における一般的な解釈としては、部分貸倒れを容認するという立場ではなかったと考えられる。これに対し、故田中勝次郎博士は、外的原因(すなわち時価の変動)による価値の低落と内的原因(例えば一部の滅失)による価値の低落に分け、後者については、資産の評価損を禁止する規定の射程から外れると主張していた。 なお、このような外的原因と内的原因に分ける考え方については、平成10年度税制改正後において、金子宏教授が部分貸倒れを容認すべきという理論を展開される中で、法人税法上の損失を、損益取引に基づき実現した損失と、所有資産の価値の減少という未実現の損失に分けたうえで、貸倒損失については前者の問題であるとして、 とした主張にも似ている。 そして、当時、国税庁法人税課に所属していた武田昌輔教授は、貸倒損失について定めた当時の法人税基本通達116について、 と述べられている。 さらに、第34回で解説したように、昭和39年度においては法人税基本通達の改正が行われ、「容易に処分できない担保物がある場合、担保物が劣後的である場合において、担保物の価額を超える部分の金額についての貸倒れの容認(法基通78の7)」が認められるようになった。この点につき、太田洋弁護士は、 と指摘されている。なお、「昭和39年以来」ではなく、「昭和25年以来」とされているのは、「金融機関の貸倒金の取扱いについて(昭和25年直法1-42)」を意識されてのことと推定される。また、そもそも債権償却特別勘定について法令上の根拠を見出そうとするならば、部分貸倒れを容認したと位置付けるほかなく、 という主張に繋がってくることになる。 しかしながら、もともと、シャウプ勧告前においては貸倒損失の計上はかなり厳格に捉えられており、それを緩和するために、昭和25年税制改正により貸倒準備金制度が導入するとともに、昭和29年度に「売掛債権の償却の特例等について(昭和29年7月24日直法1-140)」と題する通達を公表したという経緯を考えると、部分貸倒れについては容認されていなかったと考えられ、債権償却引当金、債権償却特別勘定については、かなり政策的な意味合いの強いものであったと言える。 さらに、第34回で解説したように、昭和39年度税制改正において、貸倒引当金と債権償却特別勘定の関係について、 と解説されており、本来であれば認められるべきではないものを通達により容認したという租税法律主義の立場からすると問題があるという状態であったことから、平成10年度税制改正により個別評価金銭債権に対する貸倒引当金として法令による明文化を図ったという経緯を考えると、このような歴史的な背景を前提として、現行法上の解釈論にまで展開し、現行法上、部分貸倒れが容認されるべきであるという主張は行き過ぎではないかと考えられる。 部分貸倒れの議論については、法人税基本通達9-6-2と対立するものであるが、金子宏教授他多くの学者により主張されているため、本連載においていずれ詳細な分析を行う予定である。本稿においては、部分貸倒れについての歴史的な位置付けについてご理解いただければと思う。 次回においては、昭和55年度の法人税基本通達の改正について解説を行う予定である。 (了)
経理担当者のための ベーシック税務Q&A 【第24回】 「リースか購入か」 仰星税理士法人 公認会計士・税理士 草薙 信久 1 法人税法上のリース取引の分類 リース取引には、ファイナンス・リース取引とオペレーティング・リース取引の2種類があります。 オペレーティング・リース取引とは、ファイナンス・リース取引以外のリース取引をいい、経済的な実質が賃貸借取引であるリース取引で、一般的にはレンタルと呼ばれています。 法人税法上のリース取引とは、資産の賃貸借(土地の賃貸借を除く)のうち、次の要件のすべてを満たすものをいい、ファイナンス・リース取引は法人税法上のリース取引に該当します。 また、法人税法上のリース取引のうち、次のいずれにも該当しないものは、所有権移転外リース取引として区分されます。 リース取引の多くは所有権移転外リース取引です。以下の説明でのリース取引は、一般に多く利用されている所有権移転外リース取引を指すものとします。 2 リース取引の特徴 リース取引の会計上の特徴としては、以下の点が挙げられます。 (1) 費用の平準化が可能 定率法による減価償却費の初期負担を、リース取引により、期間中は定額で、残存価額の問題を考慮せず全額を経費処理することができます。なお、平成19年度税制改正により、平成19年4月1日以後に取得する減価償却資産については償却可能限度額及び残存価額が廃止され、1円まで償却することとされました。 (2) 早期の費用化が可能 リース期間はリース資産の法定耐用年数よりも短く設定できるため、法定耐用年数よりも短い期間で費用化することができます。一方、購入の場合には、特別償却が可能な場合もあります。 (3) オフバランス処理が可能 会計上は、重要性が乏しい1件300万円以下のリース取引は賃貸借処理が可能なため、リース資産をオフバランス化できます。一方、税務上は賃貸借処理を認める規定はないため、リース資産を取得したものとみなして処理する必要があります。 3 設例 リース取引にした場合と購入した場合を、法人税の節税効果の観点から比較してみます。設例においては、会計上は、重要性が乏しいリース取引であり、賃貸借処理を行っているものとします。また、税務上は、売買があったものとして処理することが必要ですが、リース料と減価償却費が一致し、申告調整はないものとします。 (1) 購入の場合 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます(以下同じ)。 各事業年度で経費として計上できる減価償却費の額は、複合機の耐用年数(5年)で、定率法での償却率(0.500)に基づいて算定しています。また、節税効果額は、減価償却費×法定実効税率で算定しています。法定耐用年数の5年間で、購入時の支払額が2,000,000円(A)、節税効果額は800,000円、総支出額は1,200,000円(B)となります。 (2) 金利・手数料を含まないリース取引の場合 最初に、金利や手数料等を含まないリース取引の前提で算定します。 リース料は、簡便的に毎期一定の定額払いで算定しています。また、節税効果額は、リース料×法定実効税率で算定しています。リース期間の4年間で、リース料の支払額が2,000,000円(C)、節税効果額は800,000円、総支出額は1,200,000円(D)となります。 このように、金利や手数料等を考慮しない場合、5年間トータルでの節税効果額は購入とリースの総支出額は同一となります。ただし、購入した方が1~2年目の累計での節税効果額が高くなります。 (3) 金利・手数料を含むリース取引の場合 リース期間の4年間で、リース料の支払額が2,160,000円(E)、節税効果額は864,000円、総支出額は1,296,000円(F)となります。 一般的に、リース料の内訳は、本体価格、付随費用、固定資産税、金利、手数料等です。したがって、金利や手数料等を考慮した場合、これらの諸費用が含まれる分だけ、購入よりもリース取引の方が総支出額は必ず多くなります。このケースでは、総支出額で比較すると、リース取引の方が96,000円多く支払うことになります。 また、通常は法定耐用年数よりも短い期間でリース契約を締結しますので、リース取引では、購入した場合よりも短い期間で経費を計上することができます。購入の場合には、資産の管理や償却資産税の申告等の事務負担が発生しますので、あえてリース取引を選択する場合もあります。 したがって、リース取引を選択するケースは、購入資金が不足し、資金繰り面でリース取引を選択せざるを得ない場合が多いように思われます。ただし、メンテナンスサービス等がセットとなっていて使い勝手がよい場合、車両のリースのように台数が増えると保険料が安くなり総支出額が抑えられる場合、管理コストの面でメリットがある場合、常に最新の設備を導入したい場合等は、リース取引を選択することが考えられます。 4 税額控除と特別償却 中小法人等が平成10年6月1日から平成29年3月31日までの期間内に新品の機械及び装置等を購入した場合には、特別償却又は税額控除が認められます。来年度以降の課税所得の発生が見込めない場合や当年度の所得を圧縮したい場合には、特別償却を選択する場合もありますが、一般的には、税額控除を選択した方が有利となります。 一方、リース取引では、特別償却を選択することはできません。また、税額控除についても、資本金の額が3,000万円以下の中小法人等に限定されており、適用要件のハードルが高く設定されています。 (了)
フロー・チャートを使って学ぶ会計実務 【第14回】 「退職給付引当金(原則法)」 仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋 【はじめに】 今回は、退職給付引当金(原則法)の会計処理について解説する。原則法とは、数理計算により退職給付引当金を算定する方法である。なお、簡便法による退職給付引当金、複数の事業主により設立された確定給付型企業年金制度及び確定拠出制度については、解説していない。 退職給付引当金(原則法)は、個別財務諸表と連結財務諸表で会計処理が異なるため、【STEP1】から【STEP9】で個別財務諸表における会計処理を解説してから、【STEP10】で連結財務諸表における会計処理を解説する。 また、解説の都合上、個別財務諸表における会計処理については、期末での会計処理(【STEP1】から【STEP4】)を解説してから、期中での会計処理(【STEP5】から【STEP9】)を解説する。過去勤務費用の算定については、期中で会計処理を行う可能性もあるが、【STEP4】で数理計算上の差異とともに解説している。 ※各ステップをクリックすると、それぞれのページに移動します。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 (次ページ【STEP1】へ進む) (前ページ【はじめに】へ戻る) 従業員に将来支払う退職給付(退職金、退職年金)は、勤務期間を通じた労働の提供に伴って発生するものであり、賃金の後払いの性格を有する。そのため、退職給付のうち、当期に帰属する部分については、「退職給付費用」として費用計上し、また、「退職給付引当金」として負債に計上する必要がある(企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準(以下、「基準」という)53、54)。年金資産(【STEP3】参照)の運用状況によっては、負債ではなく、前払年金費用として資産に計上する場合もあるが、本解説では、退職給付引当金を前提に解説する。 退職給付引当金及び退職給付費用を算定するにあたって、まず、期末時に退職給付見込額(退職により支給されると見込まれる退職給付の総額)のうち、当期に帰属する部分を算定する必要がある。 なお、これ以降については、従業員非拠出の確定給付企業年金制度で、退職給付債務の計算を年金数理人に依頼している場合を前提として解説する。 ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。 (1) 退職給付見込額の期間帰属方法の選択 退職給付見込額のうち、当期に帰属する部分を算定する方法には、期間定額基準と給付算定式基準がある(基準19)。各社は、いずれかの方法を選択する必要がある。なお、期間帰属方法について、連結会社間で、必ずしも統一する必要はない(企業会計基準適用指針第25号「退職給付に関する会計基準の適用指針」(以下「適用指針」という)77)。 (2) 期間定額基準による退職給付見込額の算定 期間定額基準では、2つの段階に分けて退職給付見込額を算定する。 ① 退職時の退職給付見込額の見積り 退職率、死亡率、予想昇給率等を織り込んで、入社から退職までの全期間における退職給付見込額を見積る(適用指針7~9)。なお、一時的に支払われる早期割増退職金は、勤務期間を通じた労働の提供に伴って発生した退職給付という性格を有していないため、退職給付見込額の見積りには含めない(適用指針10)。 なお、期末時点において受給権を有していない従業員についても、退職給付見込額の計算の対象となることに留意が必要である(適用指針7)。 ② 当期までに帰属する退職給付見込額の算定 「①の見積額×勤務年数÷退職時の勤務年数」により、当期までに帰属する退職給付見込額を算定する。 (3) 給付算定式基準による退職給付見込額の算定 給付算定式基準では、以下の3つの段階に分けて退職給付見込額を算定する。 ① 当期までの退職給付見込額の見積り 退職一時金制度の給付算定式に従って、当期までの各勤務期間に帰属する退職給付額を見積る(適用指針7、9)。一時的に支払われる早期割増退職金については、退職給付額の見積りには含めない(適用指針10)。 給付算定式基準では、期間定額基準と異なり、退職時の退職給付見込額を算定せずに、①の段階で当期までの期間に帰属する退職給付額を見積るのが特徴である。 なお、期末時点において受給権を有していない従業員についても、退職給付見込額の計算の対象となることに留意が必要である(適用指針12)。 ② 当期までに帰属する退職給付見込額の算定 ①の見積額に退職率、死亡率、予想昇給率等を織り込んで、当期までに帰属する退職給付見込額を見積る(適用指針7、8)。 ここで、会社の退職一時金制度がポイント制やキャッシュ・バランス・プランの場合には、「平均ポイント比例(平均拠出付与額比例)の制度として扱う方法」と「将来のポイントの累計(拠出付与額)を織り込まない方法」がある(退職給付会計に関する数理実務基準・数理実務ガイダンス(以下「ガイダンス」という)5.2.2⑦⑧)。 「平均ポイント比例(平均拠出付与額比例)の制度として扱う方法」の場合、予想昇給率を織り込んで、当期までに帰属する退職給付見込額を見積る。一方、将来のポイントの累計(拠出付与額)を織り込まない方法」の場合、予想昇給率を織り込まないで、当期までに帰属する退職給付見込額を見積る。 ③ 著しく高い水準の判断 給付算定式基準による場合、勤務期間の後期における給付算定式に従った退職給付が、初期よりも著しく高い水準となるときには、当該期間の退職給付が均等に生じるとみなして補正しなければならい(基準19)。 「著しく高い水準」は、基準や適用指針で明らかになっていないため、各社で決定する必要がある。 なお、会社の退職給付制度がポイント制又はキャッシュ・バランス・プランの場合で、「平均ポイント比例(平均拠出付与額比例)の制度として扱う方法」を採用している場合、期間定額基準に近い結果が得られる場合がある。 (次ページ【STEP2】へ進む) (前ページ【STEP1】へ戻る) 期末時に【STEP1】で算定した退職給付見込額について割引計算を行い、退職給付債務を算定する(基準16)。 ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。 (1) 割引率の設定方法の決定 割引率は、安全性の高い債券(国債、政府機関債及び優良社債)の利回りを基礎として決定するが、退職給付支払ごとの支払見込期間を反映するものでなければならない。そして、割引率は、退職給付支払ごとの支払見込期間を反映するものでなければならない。 具体的には、退職給付の支払見込期間ごとに設定された複数の割引率を使用する方法(例えば、「イールドカーブ直接アプローチ」)、又は、退職給付の支払見込期間及び支払見込期間ごとの金額を反映した単一の加重平均割引率を使用する方法(例えば、「イールドカーブ等価アプローチ」「デュレーションアプローチ」「加重平均期間アプローチ」)がある(適用指針24、ガイダンス3.2.2)。 また、これらの方法により割引率を設定するには、イールドカーブ(期間の異なるスポットレート(割引債の利回り)の集合)が必要となる(ガイダンス3.2.1)。 各社は、この4つの方法から割引率の設定方法を決定する。 ① イールドカーブ直接アプローチ イールドカーブ直接アプローチとは、イールドカーブそのもの、すなわち、退職給付見込期間ごとに、スポットレートを割引率として使用する方法である(ガイダンス3.2.2①)。言い換えると、退職給付債務の算定において、複数の割引率を使用することになる。最も理論的である。 ② イールドカーブ等価アプローチ イールドカーブ等価アプローチとは、イールドカーブ直接アプローチにより計算した退職給付債務と等しい結果が得られる割引率を、単一の加重平均割引率とする方法である(ガイダンス3.2.2②)。 ③ デュレーションアプローチ デュレーションアプローチとは、退職給付債務のデュレーション(退職給付の支払いまでの期間を金額(現在価値)で加重平均したもの)と等しい期間に対応するスポットレートを単一の加重平均割引率とする方法である。この方法はイールドカーブの形状を十分に反映しない(ガイダンス3.2.2③)。 ④ 加重平均期間アプローチ 加重平均期間アプローチとは、退職給付の金額で加重した平均期間(加重平均期間)に対するスポットレートを単一の加重平均割引率とする方法である。この方法もイールドカーブの形状を十分に反映しない(ガイダンス3.2.2③)。 (2) 重要性の判定 割引率は、期末のものを使用するのが原則である。しかし、前期末に用いた割引率により算定した場合の退職給付債務と比較して、期末の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定されないときは、前期末の割引率を使用することができる(適用指針30)。退職給付債務が10%以上変動すると推定されるときは、当期末における割引率を算定する。 10%以上変動すると推定されるかどうかは、ガイダンス付録1の早見表が参考となる。なお、当該早見表は、基本的に、退職給付の支払見込期間及び支払見込期間ごとの金額を反映した単一の加重平均割引率を使用する方法(上記(1)②③④の方法)の場合に使用できるものである。 なお、「重要性」を適用せずに、毎期、期末の割引率を使用することもできる。 (3) 退職給付債務の算定 期末日における退職給付債務は、原則として貸借対照表日現在の給与・人事データ及び計算基礎等(以下「データ等」という)を用いて計算する。しかし、貸借対照表日現在のデータ等をもとに退職給付債務の算定を年金数理人に依頼すると、決算に間に合わない可能性がある。そのため、データ等について、貸借対照表日前の一定日のデータ等を利用することができる(適用指針6)。 ただし、データ等を貸借対照表日より前のものを用いている場合、退職給付債務の算定において調整が必要となる。したがって、データ等を貸借対照表日現在のものを用いているか否かで検討過程が異なる。 データ等を貸借対照表日現在のものを用いている場合は①を、貸借対照表日前のものを用いていない場合は②を検討する。 ① 貸借対照表日「現在」のデータ等を用いている場合 貸借対照表日「現在」のデータ等を用いて、【STEP1】で算定した退職給付見込額を(1)及び(2)で算定した割引率により割引計算を行い、退職給付債務を算定する。データ等が貸借対照表日「現在」のため、退職給付債務も貸借対照表日現在の金額となる。 ② 貸借対照表日「前」のデータ等を用いている場合 貸借対照表日「前」のデータ等を用いて、【STEP1】で算定した退職給付見込額について(1)及び(2)から算定した割引率により割引計算を行い、退職給付債務を算定する。データ等が貸借対照表日「前」のため、算定した退職給付債務に対して調整が必要となる。 調整方法には、以下の2つがある。 (注) データ等の基準日とは、データ等を貸借対照表日前の一定の日のものを用いている場合の当該日のことをいう。 各社は、(ⅰ)又は(ⅱ)の方法から選択する。 (ⅰ) データ等の基準日のデータ等を用いて、退職給付債務をデータ等の基準日で算定した上で、調整する方法 この方法では、データ等の基準日で退職給付債務を算定し、データ等の基準日から貸借対照表日までの期間の勤務費用や退職給付支払額を適切に調整して貸借対照表日現在の退職給付債務を算定する。 具体的な計算式は以下のとおりである(ガイダンス6.2.1①)。 (ⅱ) データ等の基準日のデータ等を用いるが、貸借対照表日時点の退職給付債務を算定した上で、調整する方法 この方法では、データ等の基準日のデータ等を用いて、貸借対照表日時点の退職給付債務を算定した上で、調整期間の新入者及び退職者の異動データを用いて退職給付債務を調整する。 具体的な計算式は以下のとおりである(ガイダンス6.2.1②)。 なお、(ⅰ)及び(ⅱ)の方法とも、データ等の基準日から貸借対照表日までに重要なデータ等の変更があったときは退職給付債務を再度計算し、合理的な調整を行う必要がある(適用指針6)。 (次ページ【STEP3】へ進む) (前ページ【STEP2】へ戻る) ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。 年金資産とは、特定の退職給付制度のために、その制度について企業と従業員との契約(退職金規程等)等に基づき積み立てられた、次のすべてを満たす特定の資産をいう(基準7)。 また、退職給付信託(退職給付目的の信託)についても、一定の要件を満たしている場合には、年金資産に該当する(適用指針18)。 年金資産の額は、期末における時価(公正な評価額)により算定する(基準22)。時価は年金資産の受託会社である信託銀行や生命保険会社が算定したものを使う。 (次ページ【STEP4】へ進む) (前ページ【STEP3】へ戻る) 数理計算上の差異とは、年金資産の期待運用収益と実際の運用成果との差異、言い換えると、退職給付債務の数理計算に用いた見積数値と実績との差異及び見積数値の変更等により発生した差異をいう。この差異のうち、損益計算書上に費用又は費用のマイナスとして会計処理されていないものを「未認識数理計算上の差異」という(基準11)。 過去勤務費用とは、退職給付水準の改訂等に起因して発生した退職給付債務の増加又は減少部分をいう。過去勤務費用のうち、損益計算書上に費用又は費用のマイナスとして会計処理されていないものを「未認識過去勤務費用」という(基準12)。 ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。 (1) 数理計算上の差異の算定 数理計算上の差異は、年金資産と退職給付債務から生じ、期末に算定する。ただし、未認識数理計算上の差異は、貸借対照表に計上されない。 ① 年金資産から生じる数理計算上の差異 年金資産から生じる数理計算上の差異は、期末時に、以下のように算定する。 ② 退職給付債務から生じる数理計算上の差異 退職給付債務から生じる数理計算上の差異は、期末時に、以下のように算定する。 (2) 過去勤務費用の算定 過去勤務費用は、退職金規程等の改訂に伴い退職給付水準が変更された結果生じる。したがって、改訂前の退職給付債務と改訂後の退職給付債務の改訂時点における差額により算定する(適用指針41)。ただし、未認識過去勤務費用は、貸借対照表に計上されない。 過去勤務費用は改訂日(労使の合意の結果、規程や規約の変更が決定され周知された日)現在で認識・測定することから(適用指針105)、貸借対照表日時点で算定するとは限らず、改訂日が期中で行われれば、その改訂日時点で算定することになる。 なお、給与水準の変動(ベースアップ)による退職給付債務の変動は、過去勤務費用には該当しない(適用指針41)。 (次ページ【STEP5】へ進む) (前ページ【STEP4】へ戻る) 退職給付引当金(原則法)の会計処理においては、期中に退職給付費用を計上する。退職給付費用は、勤務費用、利息費用(【STEP6】)、期待運用収益(【STEP7】)、数理計算上の差異に係る当期の費用処理額(【STEP8】)、過去勤務費用に係る当期の費用処理額(【STEP8】)で構成される(基準14)。 退職給付費用の会計処理は以下のとおりである。 【会計処理(税効果は除く)】 退職給付費用の構成のうち、まず、勤務費用について解説する。 勤務費用とは、1 期間の労働の対価として発生したと認められる退職給付をいい、退職給付見込額のうち当期に発生したと認められる額を割り引いて計算する(基準8、17)。 ここで、勤務費用も退職給付債務と同様に、データ等を貸借対照表日のものを用いているか否かで、勤務費用の算定過程が異なる。そのため、データ等が貸借対照表日現在のものの場合は、(1)を検討し、貸借対照表日前の場合は、(2)を検討する。 ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。 (1) 貸借対照表日「現在」のデータ等を用いている場合 前期末に、当期の勤務費用を算定し、当期に退職給付費用として計上する。 (2) 貸借対照表日「前」のデータ等を用いている場合 データ等が貸借対照表日「前」のため、算定した勤務費用に対して調整が必要となる。 調整方法には、以下の2つがあり、退職給付債務で選択した方法(【STEP2】(3)②)と同様の方法を選択する。 各社で、①又は②のいずれかの方法を選択する。 ① データ等の基準日のデータ等を用いて、勤務費用をデータ等の基準日で算定した上で、調整する方法 データ等の基準日で勤務費用を算定し、必要な調整を行い、貸借対照表日現在の勤務費用を算定する。当該算定は、前期末に行い、当期に退職給付費用として計上する。 具体的な計算式は、以下のとおりである(ガイダンス6.2.1①)。 ② データ等の基準日のデータ等を用いるが、貸借対照表日時点の勤務費用を算定した上で、調整する方法 データ等の基準日のデータ等を用いて、貸借対照表日時点の勤務費用を算定した上で、調整期間の新入者及び退職者の異動データを用いて勤務費用を調整し、貸借対照表日における勤務費用を算定する。当該算定は、前期末に行い、当期に退職給付費用として計上する。 具体的な計算式は、以下のとおりである(ガイダンス6.2.1②)。 なお、①及び②の方法とも、データ等の基準日から貸借対照表日までに重要なデータ等の変更があったときは勤務費用を再度計算し、合理的な調整を行う必要がある(適用指針6)。 (次ページ【STEP6】へ進む) (前ページ【STEP5】へ戻る) ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。 利息費用とは、割引計算により算定された期首時点における退職給付債務について、期末までの時の経過により発生する計算上の利息をいう(基準9)。利息費用は、期首の退職給付債務に前期末で使用した割引率(【STEP2】参照)を乗じて計算する。 なお、期中に退職給付債務の重要な変動があった場合には、これを退職給付債務に反映させて、利息費用を計算する(適用指針16)。 (次ページ【STEP7】へ進む) (前ページ【STEP6】へ戻る) 期待運用収益とは、年金資産の運用により生じると合理的に期待される計算上の収益をいう(基準10)。期待運用収益の計算では、以下の2つを検討する。 ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。 (1) 長期期待運用収益率の設定 長期期待運用収益率とは、合理的に期待される収益率をいう(基準23)。長期期待運用収益率は、年金資産が退職給付の支払に充てられるまでの時期、保有している年金資産のポートフォリオ、過去の運用実績、運用方針及び市場の動向等を考慮して、各社で前期末(又は、当期首)に設定する(適用指針25)。例えば、過去3年から5年等の運用実績をもとに設定することが考えられる。 なお、当年度の退職給付費用の計算に用いられる長期期待運用収益率は、当期損益に重要な影響があると認められる場合のほかは、見直さないことができる(適用指針31)。 (2) 期待運用収益の計算 期待運用収益は、期首の年金資産の額に(1)で設定した長期期待運用収益率を乗じて計算する。ただし、期中に年金資産の重要な変動があった場合には、これを期首の年金資産に反映させて、期待運用収益を計算する(適用指針21)。 (次ページ【STEP8】へ進む) (前ページ【STEP7】へ戻る) 【STEP4】で認識した数理計算上の差異及び過去勤務費用は、費用処理する。 ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。 (1) 未認識数理計算上の差異の費用処理 数理計算上の差異は、原則として、各年度の発生額について発生年度に費用処理する方法又は平均残存勤務期間以内の定額法により費用処理する。定率法によることもできる(適用指針35)。 数理計算上の差異の費用処理年数を変更する場合には合理的な変更理由が必要となる(適用指針39)。 (2) 未認識過去勤務費用の費用処理 過去勤務費用も数理計算上の差異と同様に、原則として、各年度の発生額について発生年度に費用処理する方法又は平均残存勤務期間以内の定額法により費用処理する。定率法によることもできる(適用指針42、35)。ただし、頻繁に発生するものでない限り、定額法による費用処理を行うことが望ましい(適用指針42)。 数理計算上の差異と同様に、過去勤務の費用処理年数を変更する場合には合理的な変更理由が必要となる(適用指針42、39)。 なお、過去勤務費用と数理計算上の差異は発生原因又は発生頻度が相違するため、費用処理年数はそれぞれ別に設定することができる(適用指針43)。 (次ページ【STEP9】へ進む) (前ページ【STEP8】へ戻る) 企業年金への掛金の拠出及び企業年金から退職者へ退職金の支払いが行われた時も会計処理を検討する必要がある。 ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。 (1) 企業年金への掛金の拠出 会社から企業年金へ掛金を拠出した場合、その分、年金資産が増加するため、退職給付引当金が減少する。 【会計処理(税効果は除く)】 (※) 掛金額 (2) 企業年金から退職金の支払い 企業年金から退職者へ退職金の支払いが行われた場合、退職給付債務が減少する。同時に年金資産も同額減少する。したがって、退職給付引当金の金額には、何ら影響はないため、会計処理は不要である。 (次ページ【STEP10】へ進む) (前ページ【STEP9】へ戻る) ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。 【STEP1】から【STEP9】までは、個別財務諸表における会計処理を解説した。ただし、【STEP8】の未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用については、個別財務諸表と連結財務諸表で会計処理が異なる。 個別財務諸表では、未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用は、貸借対照表に計上されないが、連結財務諸表では、未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用については、税効果を調整した上で、純資産の部の「その他の包括利益累計額」に「退職給付に係る調整累計額」として計上する(適用指針33(2))。 また、個別上の退職給付引当金と未認識数理計算上の差異の合計額は、積立不足の場合、「退職給付に係る負債」として固定負債に計上する。積立不足でない場合は、「退職給付に係る資産」として固定資産に計上する(基準27)。 さらに、その他の包括利益累計額に計上されている未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用のうち、当期に費用処理された部分については、税効果を調整した上で、その他の包括利益の調整(組替調整)を行う(適用指針33(3))。 以上のように、個別財務諸表と連結財務諸表で会計処理が異なるため、連結財務諸表を作成する際は、個別財務諸表で行った会計処理を修正する必要がある。 《設例》 【前提条件】 (1) X1年3月末の連結財務諸表における会計処理 ① 勘定科目の修正 (※) 個別財務諸表と連結財務諸表で勘定科目が異なるため、勘定科目を修正する。 ② 未認識数理計算上の差異の連結貸借対照表への計上 (2) X2年3月末の個別財務諸表における会計処理 ① 勤務費用及び利息費用の会計処理 ② 未認識数理計算上の差異の償却 ③ 期末の個別財務諸表 退職給付引当金 1,000+200+100=1,300 未認識数理計算上の差異 500-100=400 (個別貸借対照表には計上しない。) (3) X2年3月末の連結財務諸表における、あるべき会計処理 あるべき会計処理を解説してから、(4)で連結修正仕訳を解説する。 ① 勤務費用及び利息費用の会計処理 ② 未認識数理計算上の差異の組替調整 (4) X2年3月末の連結財務諸表における連結修正仕訳 (3)の会計処理になるように(2)の個別財務諸表で行った会計処理を修正する。 ① 勤務費用及び利息費用の会計処理 費用処理額は同じであるが、勘定科目が異なるため、勘定科目のみ修正する。 ② 未認識数理計算上の差異の組替調整 (2)②で個別財務諸表上で認識した退職給付引当金100は、連結財務諸表上、X1年3月末で認識済みである。 そのため、修正が必要となる。また、繰延税金資産も同様である。 (次ページ【STEP11】へ進む) (前ページ【STEP10】へ戻る) ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。 退職給付引当金(退職給付に係る負債)を原則法で会計処理している場合、以下の注記が必要となる(基準30)。 なお、会社計算規則では、必ずしも上記のような注記は求められていない。 * * * 以上、11のステップをまとめたフロー・チャートを再掲する。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第4回】 「不要な「行」と「列」の削除忘れ」 公認会計士 石王丸 周夫 1 今回の事例 計算書類のドラフトには、うっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例4-1】 連結株主資本等変動計算書に、数値の入っていない「行」が残されている。 【事例4-1】の赤い太線で囲んだところをご覧ください。 「新株の発行」という行です。合計欄に「-」(バー)が表示されている以外は、何も入力されていません。 「新株の発行」とは増資のことです。当連結会計年度中に増資がなされた場合は、「新株の発行」という行を設けて、数値を入力します。 この事例では、「新株の発行」の行に数値が何も入力されていないことからもわかるように、増資はありませんでした。その場合は、「新株の発行」という行は不要になるので、行を削除しなければなりません。にもかかわらず、削除を忘れてしまったというミスです。 このようなミスについては、気づいた時点で直せばよいと思っている人も多いでしょう。しかし、ミスに気づくためには知っておくべきこともあります。 実はこのミス、起こるべくして起こったものです。 株主資本等変動計算書(連結・個別)では、このミスがよく起きているのです。 2 株主資本等変動計算書は注意力が落ちた状態で作成される 人間の注意力には時間的な限界があります。30分とか1時間とかそんなものです。休憩を入れることによって、その限界を先延ばしすることもできますが、それでも長くは続きません。必ず限界が来ます。 そして、限界に到達して、注意力が途切れたところで起きるのが、うっかりミスなのです。 計算書類の作成者も人間です。やはり、注意力には限界があります。後の作業になればなるほど、注意力が落ちてきます。 株主資本等変動計算書は、貸借対照表、損益計算書の次に位置する三番目の決算書です。貸借対照表と損益計算書でさんざん気を使って転記作業をやったあとに作成するのが、株主資本等変動計算書です。 つまり、連結であれ個別であれ、株主資本等変動計算書は、注意力の落ちた状態で作成される決算書というわけです。 そこでは、うっかりミスがいつ起きてもおかしくありません。 3 毎期発生しない事象でミスが起きる 【事例4-1】のミスは、注意力の落ちた状態でなされた作業で起きた『リサイクル・ミス』です。 【事例4-1】の連結株主資本等変動計算書の作成者は、前期データの使い回し(リサイクル行為)を行ったのです。前期の連結株主資本等変動計算書のデータファイルのコピーを作成し、そのファイルに当期の数字を上書き入力していくことにより、当期の連結株主資本等変動計算書を作成したのです。 この作成者にとって運が悪かったのは、前年度に増資があり、かつ当年度にそれがなかったということです。増資というのは毎年のように行われることではありませんので、こういうことがよくあるのです。 そうすると、前年度の連結株主資本等変動計算書には「新株の発行」という行が設けられていますが、当年度の連結株主資本等変動計算書にはこれが不要ということになります。 したがって、前年度の連結株主資本等変動計算書のフォームをリサイクルする場合は、「新株の発行」の行を削除する手間が発生します。この手間を忘れてしまったのが【事例4-1】です。 このミスは「新株の発行」が毎期発生する事象でないことに原因があります。作成者は前年と少し違うフォームのものを作成しなければなりません。人間は変化に対応することが苦手なので、そこでミスをするのです。 4 不要な「列」の削除忘れもある 【事例4-1】の原因がわかると、次のような類似事例が起こることも予想できます。 【事例4-2】 連結株主資本等変動計算書に、数値の入っていない「列」が残されている。 この【事例4-2】は、「行」ではなく「列」の削除忘れです。 これもリサイクル・ミスです。前年度の連結株主資本等変動計算書には少数株主持分の期首残高がありましたが、前年度末にはそれが消滅してしまいました。当年度については、少数株主持分は期首から一切発生していないため、列そのものが不要ですが、前年度のフォームに少数株主持分の列があり、それを削り忘れてしまったため、こういうミスになってしまったというわけです。 〈今回のまとめ〉 株主資本等変動計算書(連結・個別)が完成したら、数値の入力されていない行や列が残っていないか確認すること。 (了)