〈桃太郎で理解する〉 収益認識に関する会計基準 【第9回】 「もしボス猿が陰にいたとしたら~本人か代理人かで異なる収益表示」 公認会計士 石王丸 周夫 1 “ひとかじり”しかできないサル 桃太郎のところへ、近くのサル山からサルがやってきた場面です。 「桃太郎さん、お腰につけたきびだんごを、1つ私にくださいな。」 「鬼ヶ島について来るならあげましょう。」 「もちろんついていきます!」 「では、1つあげよう。」 きびだんごをもらったサルは、さっそくその場でひとかじりしました。けれどもそれ以上は食べず、かじった残りを木の葉で大事に包みました。 「おや、それしか食べないのかい?」 「ボス猿に言われているのです。桃太郎さんからきびだんごを1つもらったら、ひとかじりだけして、残りは持って帰ってこいと。」 「ボス猿、ねぇ・・・」 実際の『桃太郎』には、ボス猿がいるという話はありませんが、ここではサルがボス猿の指示を受けて桃太郎のところにやって来たことにしてみました。 そこでは、サルが収益認識するにあたって検討すべきことがあります。 それは「収益の額をいくらにするか?」ということです。 サルの収益は、桃太郎からもらったきびだんご「ひとつ」分なのか、あるいは実際に食べることができた「ひとかじり」分なのか、どちらでしょうか。 収益認識会計基準では、この点についてルールが設けられています。 まず、サルが桃太郎からきびだんごをもらった時の、サルの貸借対照表を示しておきましょう。きびだんごは1つ100円とします。 資産サイドに載っているのは、サルが桃太郎からもらったきびだんご1つです。サルにとってはひとかじりしかできないきびだんごですが、サルがいったん1つもらったことは事実なので、貸借対照表上、きびだんご1つ分(100円)を計上します。 負債サイドはサルの義務を示しています。サルはきびだんご1つの見返りに、鬼退治に同行することを約束したので、このあと履行するその約束(義務)を負債に計上します。金額はきびだんご1つと同額の100円です。この100円がまるごと収益になるのなら「前受金」としますが、そこはまだ結論が出ていないため、ここでは「仮受金」としています。 サルはきびだんごをもらうと、すぐにひとかじりします。ひとかじりした直後の貸借対照表は以下のとおりです(ひとかじり分を30円とします)。 サルがかじった分は、サルが桃太郎に提供する労務サービスの原価になります。サルが収益を計上するタイミングに合わせて原価計上するので、それまではサル自身に対する前渡金としておきます。なお、きびだんごの残高はその分減っています。 ここまでは特に異論ありませんね。 問題はここからです。 2 サルはボス猿の代理人? 桃太郎の一行は鬼ヶ島に到着しました。 サルは、すぐに城門を乗り越え、中から門の鍵を開けると、すぐさま鬼に立ち向かっていきました。サルは桃太郎のところへ来る前に、鬼との戦い方もボス猿から教わっていたようです。 このあと、鬼との戦いは無事に終わり、桃太郎一行は宝物を持って、おじいさんとおばあさんのところへ帰ってきます。サルはその時点で履行義務を充足したことになり、収益を認識します。 さて、ここで問題になるのは、先ほど述べたように、「サルの収益は100円なのか30円なのか」という点です。 鬼退治同行サービスがサル自ら提供するサービスだというのなら、サルの収益は100円です。その場合、ボス猿に差し出す70円分のきびだんごについては費用とします【収益と費用の総額表示】。 そうではなくて、鬼退治同行サービスがボス猿の提供するサービスであり、サルはその手伝いにすぎないというのなら、サルの収益はひとかじり分の30円です。これは、もらったきびだんご100円からボス猿に差し出す70円分を引いた残りの額です【収益と費用の純額表示】。 前者の場合、サルの役割は『本人』、後者の場合は『代理人』と呼ばれます。 その見極めのポイントは、鬼退治同行サービスが桃太郎に提供される前において、「サルがそのサービスを支配しているかどうか」という点です。 わかりやすく言えば、「主導権を握っているかどうか」ということです。 握っていれば「本人」、握っていなければ「代理人」です。 ここでは特に、ボス猿がサービスの提供先を指図している点に着目します。ボス猿はサルに桃太郎のところへ行くように指示しているので、サルの意思で勝手に別のところに行くことはできません。したがって、このサービスを支配しているのはボス猿だと考えられます。 これに加えて、以下の3点も参考にします。サルがいずれにも該当しなければ、サルは代理人とみなされる可能性が高いです。 ① サービス提供に際し、主たる責任を有しているか。 ② 在庫リスクを有しているか。 ③ 価格設定の裁量権を有しているか。 まず①です。サルはボス猿に言われたとおりに戦っているだけであり、鬼退治同行サービスを主導したのは、サルではなくボス猿の方だったと読めます。したがって、①はサルに該当しません。 次は②ですが、サルはあらかじめこのサービスを生産してストックしていたわけではなく、在庫リスクは負っていません。したがって、②もサルには該当しません。 ③は価格設定の裁量権ですが、ボス猿がきびだんごを「1つ」もらってこいと命令しており、サルの取り分についても「ひとかじり」であるとボス猿が決めていました。価格設定の裁量権はボス猿にあると読めます。したがって、③もサルには該当しません。 以上から、サルは①~③のいずれにも該当せず、総合的に考えて「代理人」であると判定されます。したがって、サルが計上する収益は、ボス猿から許された「ひとかじり」に相当する30円ということになります。 ▷今回のまとめ 取引における役割が、収益の表示金額を左右することがあります (了)
企業結合会計を学ぶ 【第16回】 「事業分離の会計処理④」 -受取対価が現金等の財産と分離先企業の株式である場合の分離元企業の会計処理- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 事業分離に関する受取対価については、本連載における次の回で解説している。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 受取対価が現金等の財産と分離先企業の株式である場合の分離元企業の会計処理(分離先企業が子会社となる場合) 現金等の財産と分離先企業の株式を受取対価とする事業分離において、分離先企業が子会社となる場合や子会社へ事業分離する場合、分離元企業は次の処理を行う(事業分離等会計基準24項、109項、109-2項、結合分離適用指針99項、104項、230項、232項)。 Ⅲ 受取対価が現金等の財産と分離先企業の株式である場合の分離元企業の会計処理(分離先企業が関連会社となる場合) 現金等の財産と分離先企業の株式を受取対価とする事業分離において、分離先企業が関連会社となる場合や関連会社へ事業分離する場合、分離元企業は次の処理を行う(事業分離等会計基準25項、110項、結合分離適用指針105項)。 Ⅳ 受取対価が現金等の財産と分離先企業の株式である場合の分離元企業の会計処理(分離先企業が子会社、関連会社及び共同支配企業以外となる場合) 子会社、関連会社及び共同支配企業以外へ事業分離した後も引き続き分離先企業が子会社、関連会社及び共同支配企業以外である場合や事業分離により分離先企業が子会社、関連会社及び共同支配企業以外となる場合(分離先企業の株式がその他有価証券に分類される場合)において、その対価として現金等の財産と分離先企業の株式を受け取った場合、分離元企業は、原則として、移転損益を認識する(事業分離等会計基準23項、結合分離適用指針106項)。 当該分離先企業の株式の取得原価は、移転した事業に係る時価又は当該分離先企業の株式の時価のうち、より高い信頼性をもって測定可能な時価に基づいて算定する(事業分離等会計基準26項、結合分離適用指針106項)。 なお、その時価が移転した事業に係る時価の場合、当該分離先企業の株式の取得原価は、当該移転した事業に係る時価と対価として受け取った現金等の財産の時価との差額として算定する(結合分離適用指針106項)。 (了)
「働き方改革」でどうなる? 中小企業の労務ポイント 【第4回】 「残業時間の上限規制(その2)」 -労働時間管理のための計画的な業務配分と事前申請制度の活用- Be Ambitious社会保険労務士法人 代表社員 特定社会保険労務士 飯野 正明 前回は新たに法定された残業時間の上限規制と、それに伴い変更となった36協定の手続きといった労働時間のルールについて説明しました。今回はこれらのルールを守るために必要となる労働時間管理のポイントについてお話します。 まずは、労働時間のルールについて改めて整理しておきましょう。 ▷新しい労働時間のルール ① 法定労働時間を超える労働(時間外労働)は1ヶ月45時間以内が原則 この時間外労働の原則は、すべての従業員が知っておかなければなりません。もちろん、管理職が管理するべき事項ですが、何もかも管理職頼みとするのは無理があるでしょう。 時間外労働は毎日積み重ねられていくものであるため、リアルタイムでの時間把握が必要となります。従業員自身の労働時間のことは自らで管理させるのが確実であるため、会社としては従業員に自らの労働時間の管理を促すよう呼びかけていく必要があります。 「私の今月の時間外労働がこのままだと45時間を超えそうなのですが・・・」と部下が自ら上司に言ってくれるようになることが会社としては理想的です。 なお、1日の時間外労働の上限は各社の36協定において締結されているものであり、その時間に対する制限は特にありません。 ② 特別条項付き36協定を締結することによって、月45時間を超える時間外労働が許されるが、年6回以内でなければならない 労働時間の管理を行う立場としては、1年のうち従業員の時間外労働が45時間を超える可能性がある月を「6回」想定・計画しておく必要があります。年間の業務スケジュールを立て、特別条項を適用しそうな月を予め洗い出しておくのです。 例年と違うタイミングで特別条項を適用する場合には、当初計画した分と合わせて月45時間を超える時間外労働が年6回以内に収まるのかを確認しながら、従業員に時間外労働を行わせる必要があります。 例えば、1年のうち、春と秋が忙しい従業員Aさんは、例年5ヶ月程度、特別条項を適用して時間外労働を行っています。つまり、あと1回しか特別条項を適用できないわけです。しかしながら、今年は、例年であれば業務が落ち着いている8月に臨時の業務が入ってしまい、45時間を超える時間外労働を行うことになりました。 計画どおりであれば、Aさんはこれ以上45時間を超える時間外労働を行うことができません。しかし、もし年末に臨時の業務が入ってしまったら、どうしたらよいでしょうか。 その場合は同僚や上司に助けを求め、業務の分散化を図るなどして、なんとしてもAさんの時間外労働を45時間以内に抑えなければなりません。 なお、この場合における「1年」とは、各社の36協定の有効期間の「1年」となります(仮に36協定の有効期間が6/1~5/31の1年だとすれば、その期間となります)。 ③ 特別条項を適用する場合は、36協定に定める所定の手続きが必要 特別条項を適用する場合は、36協定に記載されている「労使協議の上」や「通告の上」などの所定の手続きが必要です。 つまり、もともと定めた時間外労働の限度時間(原則:1ヶ月45時間・1年360時間)を超える前に、管理者としては「超えそうだ」ということに気づく必要があり、かつ、「超える前に」所定の手続きを経ることで限度時間を超える時間外労働を従業員に行わせることが可能となるのです。この一定の手続きを経ないで時間外労働を行わせた場合には、法律違反(※)となってしまいます。 (※) 法律違反をした会社に対しては「6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金」が科せられる恐れがあります。 法律違反とならないためにも、前述したように従業員自身による労働時間管理をさせることもさることながら、当然ながら管理職も部下の時間外労働の現状を定期的に確認するなど、限度時間を「超える前」に手を打てる体制を全社的に整えておく必要があります。 ④ 時間外労働は1年720時間以内とし、かつ、「時間外労働」+「休日労働」は1ヶ月100時間以内で、2~6ヶ月の各期間における1ヶ月あたりの平均は80時間以内 法改正前の36協定では、「時間外労働」の上限時間と「法定休日」に労働させることのできる日数の上限を定めており、時間と日数は別での管理となっていました。 しかしながら法改正後は、従業員の「時間外労働」と「休日労働」の合計時間が限度時間となるので、常に把握する必要があります。 〔図表〕 36協定における限度時間 〔図表〕のとおり、特別条項の有無にかかわらず、1年を通して常に「時間外労働」+「休日労働」を1ヶ月100時間未満、2~6ヶ月平均で80時間以内に収めなければなりません。 例えば、特別条項の適用とはならない45時間以内の時間外労働であっても、休日労働を加えて1ヶ月100時間未満としなければ法律違反となってしまいます。 ▷労働時間管理のシミュレーション 以下では、法改正後の労働時間管理をシミュレーションしながら解説していきます。 下記の〔事例〕は、ある従業員の4月から9月までの時間外労働等の実績です。 〔事例〕 ある従業員の時間外労働等の実績 まず、6・8・9月においては1ヶ月45時間を超えた「時間外労働」となっていますので、特別条項の適用を受けなければなりません。つまり、45時間を超える前に36協定で定める所定の手続きが必要となります。 次に、各月の「時間外労働」と「休日労働」の合計を見ていくと、いずれも100時間未満となっているので、法律違反ではありません。 最後に、9月を終えた時点での2~6ヶ月の平均を見ると となり、すべて80時間以内となっているので法律違反とはなりません。 では、10月の「時間外労働」+「休日労働」は何時間以内に抑えれば法律違反とはならないのでしょうか。 2~6ヶ月の平均(10・9月、10・9・8月、10・9・8・7月、10・9・8・7・6月、10・9・8・7・6・5月)のすべての時間を80 時間以内とするには、10月の「『時間外労働』+『法定休日』≦81時間」とする必要があるのです。 このことを10月が始まる前(9月が終了した時点)で、本人と管理職が確認したうえで働くことが法律違反とならないために重要なこととなります。 ▷計画的な業務配分 今後は、管理職が部下の時間外労働等をリアルタイムで把握しておかなければ、残業を指示することができなくなります。 〔事例〕の場合、10月が繁忙期であれば、直近の労働時間を抑えておく必要があるのです。そのようにして、11月以降も常に直近2~6ヶ月の平均が80時間以内となるよう「時間外労働+休日労働」を行わせなければなりません。 なにしろ1ヶ月45時間を超える時間外労働は年6回しかできないのです。今後は、月単位、季節単位、年単位などで計画的に業務を配分して従業員の労働時間をコントロールすることが重要となります。 また、従業員自身も自らの業務の進捗状況と時間外労働等を把握して、必要に応じて上司に報告・相談ができる体制が理想的です。 ▷事前申請制度の活用 従業員に時間外労働や休日労働を行わせる場合には「事前申請制度」を活用することをおすすめします。従業員から事前申請を行わせることで、 といったことについても目を配ることが可能となります。 労働時間管理のためにも特定の人に業務を集中させない仕組みづくりが求められます。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例13】 「土地の所有者が借地上の建物を取り壊す場合の方法」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私は、父から相続した土地を所有しています。その土地は、祖父の代に「A」という方が借りており、数年前まで「B」という方が住んでいたと父から聞いていました。現在、借地上の建物は「A」名義で登記されたままであり、物置として利用されているようです。 ある日、私の自宅に、その土地の所在する市役所から空き家特措法に基づく助言の通知が届きました。借地上の建物は、昨今の風水害で倒壊のおそれがある状態となっているようです。私には、その土地を使用する予定はなく、建物の倒壊の危険もあるので、土地を更地にしておきたいと考えています。どのような方法が考えられますか。 1 はじめに 大都市や地方に限らず、借地上の建物の所有者が不明又は行方不明になっている事案が一定数存在する。このうち、借地上の建物が保安上の危険な状態になっているような事案においては、土地の所有者は、建物に対する管理等の権限を有していないため、民法上の事務管理(民法697条)として応急処置をするような場合を除いて建物を取り壊すことはできない。 また、市町村長には、空き家等対策の推進に関する特別措置法(以下「空き家特措法」という)上、特定空家等の所有者等に対し、除却等の措置を命じる権限が与えられたが、建物に対する管理等の権限を有していない土地の所有者に対して、建物の除却命令までは出すことはできない。 このような建物を放置することは、周囲への危険が増大するだけでなく、不動産の利活用という観点からも妥当ではない。 そこで今回は、保安上危険な状態になっている建物が借地上に存在する場合に、土地の所有者が更地にするために建物の取壊しを求めていく方法について検討することとしたい。 2 借地上の建物の所有者を特定する方法 建物所有目的の借地の場合、借地人が建物を賃貸に供する場合には、土地所有者の承諾は要件とはならないため、実際の居住者と建物の所有者が一致しないこともある。また、建物の所有者に相続が発生していても、相続登記がなされない場合には、建物の所有者の特定はますます困難になる。本件のような事案の土地の所有者としては、借地上の建物の所有者を特定する作業から始める必要がある。 本件では、建物の名義人は「A」であるが、「B」が相談者の祖父や父親に地代を支払っていたと証拠上認められる場合には、「B」が建物の所有者である可能性が高い。なお、筆者の経験上、建物の賃借人が、借地人に代わって、土地の所有者に対して地代相当額を支払っていたような事案もあり、本件のような「B」が必ずしも建物の所有者であるとは限らないが、「B」が地代を支払っていたことは、「B」が建物の所有者であると判断する有力な証拠となるだろう。 次に、「B」がどのようにして「A」から建物の所有権を取得したのかが問題になるところ、「A」から売買契約によって建物の所有権が譲渡されたのであれば、所有権移転の登記を受けているはずである。本件のように、建物の登記名義人が「A」である原因としては、「B」が「A」を相続した後に、相続登記をしていないということが想定される。「A」の相続が開始しており、複数の相続人によって建物が共有されている場合には、建物を取り壊すためには、全員の同意が要件(民法251条)となるため、この点からも「A」の相続の状況を確認することが必要となる。 「A」の相続開始の有無は、「A」の住民票の除票等を確認すれば判明する。ただし、住民票の除票の保存年限は、住民登録が抹消されてから5年(住民基本台帳法施行令34条)とされているので、保存年限を理由に除票を取得できない場合には、登記簿上の建物所在地を本籍地と仮定するなどして、「A」の戸籍の附票を取得して、「A」の生存の有無や現住所を把握することが考えられる(戸籍の附票も保存年限が5年とされているので、留意が必要である。なお、政府は、平成31年3月15日に、住民票の除票の保存年限を5年から150年に延長する法案を閣議決定した)。 「A」の戸籍情報を取得できれば、「A」の相続人を特定していくことが可能となる。なお、「B」にも相続が開始している可能性があるので、「B」の相続開始の有無については、「A」同様に、「B」の住民票の除票や戸籍の附票を確認する中で判明するであろう。 以下では、上記のような調査によって、「B」が「A」の唯一の相続人(相続放棄をしたと認められる事情はない)であることまで判明したが、「B」の連絡先までは特定できなかった場合を想定して、建物の除却をする方法を検討することとしたい。 3 建物の取壊しを求める方法 (1) 不在者財産管理人を利用する方法 本件においては、建物が倒壊の危険もあることから、取壊しを前提とした手法を検討する必要がある。本件では「B」の行方が不明であることから、不在者財産管理人の選任を申し立て、不在者財産管理人に、借地契約の合意解除及び建物の取壊しの権限外行為許可を得させる方法が考えられる。 この場合、申立人となる土地の所有者は、家庭裁判所に予納金を支払う必要があるが、建物の除却を前提としている場合には、予納金には管理人の報酬に加えて、解体費用の見込額も含めて納付することが求められる可能性があるので留意が必要である。 上記のような方法は、土地の所有者が建物取壊費用を負担することを受忍できるような場合には、有効な方法となるだろう。 (2) 失踪宣告を利用する方法 次に、「B」が行方不明になってから7年を経過している場合には、失踪宣告を申し立てる方法が考えられる。失踪宣告が認められ、「B」に相続人が存在する場合には、当該相続人との間で、相続人が建物を取り壊すことを前提として、借地契約の合意解除の交渉を行うことになる。 一方、「B」に相続人が存在しない場合(相続放棄の場合を含む)には、相続財産管理人を申し立て、上記(1)の不在者財産管理人と同様の方法をとることになるだろう。 (3) 建物収去土地明渡請求をする方法 さらに、土地の所有者は、賃料不払等を理由に債務不履行解除をしたとして、建物収去土地明渡請求訴訟を「B」に対して提起する方法が考えられる。この場合、「B」は行方不明であるため、裁判書類の送達は公示送達によって行われることになる。土地の所有者は、請求認容判決を債務名義にして強制執行をすることになるが、その費用は、事実上、土地の所有者が負担することになるだろう。 なお、公示送達事案の場合でも、原告は、借地契約の内容と解除原因を最低限主張しなければならないので、過去の資料を確認して、月額の賃料額や履行遅滞となっている期間等を特定する必要がある。 ところで、平成4年8月1日以前に成立した借地契約においては、旧借地法の建物の「朽廃」による借地権の消滅という構成も考えられるが、物置として利用されているような場合は、「朽廃」と認められる可能性は低いと思われる。 (4) その他(行政の代執行を要請する方法) 土地の所有者が、市町村長に対して、空き家特措法に基づく略式代執行を要請する方法が考えられる。もっとも、空き家特措法においては、代執行に要した費用について、「B」の不在者財産管理人の選任を市町村が申し立て、「B」の有する財産から回収することが想定されている。 そのため、借地の場合には、本件の相談者の所有する土地から回収することはできず、その他に「B」に換価可能な財産が見込まれない場合には、市町村長が略式代執行を適時に行わないことも想定される。そのため、本件のように建物倒壊の危険が切迫しているような場合には、略式代執行による建物の取壊しを期待することは妥当ではないように思われる。 (5) 小括 上記の検討からすると、訴訟提起の方法は、土地の所有者の時間的・経済的負担が最も重い方法と考えられるので、一般論としては、上記(1)や(2)の方法を選択されることになるだろう。建物の取壊しを求めて訴訟提起が行われるのは、上記(2)のように相続人との間で協議が成立しないような場合など限られた場面になるように思われる。 4 空き家の解体費用の補助金を活用する方法について 老朽化した空き家を所有者として取り壊す場合、市町村による補助金を利用できることがある。補助金を受けられる要件は市町村によるが、その多くは、新耐震基準適用前の昭和56年5月31日までに建築された建物であることを要件としている。 建物の取壊し費用は相当の負担になるため、建物の所有者としては、補助金を利用することも視野に入れて対応されたい。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第20話】 「個人住民税の非課税措置」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「子供の貧困対策として・・・未婚ひとり親を支援する・・・」 浅田調査官は、平成31年度の税制改正大綱を見ながらつぶやく。 「これって・・・どう思います?」 昼休みに新聞を読んでいる中尾統括官に尋ねる。 「・・・でもそれは・・・所得税ではなく、個人住民税の非課税措置の話だろう?」 中尾統括官は迷惑そうに答える。 「ええ・・・まぁ、そうなんですけど・・・この『未婚のひとり親』の規定が、『事実婚状態でない』ということになっているのですが・・・その判定は難しいと思うんです・・・」 そう言いながら、該当する地方税法の条文を読む。 「これが、地方税法24条の5第1項2号の規定です。」 浅田調査官は、中尾統括官に条文を見せる。 「そして・・・この『単身児童扶養者』については、地方税法23条1項12の2号で、次のように規定しています。」 「上記の下線部分を読むと、結局、事実婚であれば、単身児童扶養者に該当しないことになりますが・・・この『事実婚であるか否か』の判定については・・・実務上、難しいのではないかと・・・そういえば、内縁関係も事実婚と同じなのですか?」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「・・・『事実婚』という概念は、一般的には、当事者間の主体的な意思に基づく選択によって婚姻届を出さないまま共同生活を営むことをいう・・・これに対して『内縁関係』は、当事者間に婚姻意思がありながらも婚姻の届出を出すことができないような社会的事情がある場合をいうから・・・この地方税法23条1項の2は、その趣旨から、当然、内縁関係も含まれることになるだろうな。」 中尾統括官の説明は続く。 「そして、児童扶養手当法に基づいて、『児童扶養手当が支給されない場合』としては、次のケースがある・・・」 中尾統括官は、浅田調査官を見ながら、ペンを執る。 「このように、支給される児童扶養手当については、事実婚を排除する手法として、事実婚状態でないことを確認した上で支給されることになっている・・・そこで地方税法23条1項12の2号では、『児童扶養手当の支給を受けている当該児童』という規定を挿入することで、個人住民税の非課税から事実婚を排除している・・・」 中尾統括官の説明に、浅田調査官は頷く。 「ところで、シングルマザーって・・・日本では多いのかな・・・」 中尾統括官は頸を傾げる。 「厚生労働省の調査によると、母子世帯になった理由として、2011年に「未婚の母」(7.8%)が「死別」(7.5%)を初めて上回り、2016年にはその差がさらに広がって、「未婚の母」(8.7%)「死別」(8%)になっています・・・」 浅田調査官は右手に厚生労働省の「全国ひとり親世帯等調査結果報告」のコピーを持っている。 「しかし・・・この個人住民税の非課税措置に対しては、逆に結婚を選択しないカップルの増加を助長し、伝統的な家族観を揺るがす懸念がある・・・という批判もある。」 中尾統括官は、数日前に読んだ新聞記事を思い出す。 「ところで、未婚のひとり親にも寡婦控除を適用すべきであるという意見があるけれど、もともと寡婦控除は、結婚した後に、配偶者と死別したり離婚した者の所得税や住民税を控除するという趣旨の制度であって、未婚のひとり親をその中に入れること自体、違和感があると・・・私は思う・・・」 中尾統括官は腕を組みながら、言う。 「ただ、与党の平成31年度税制改正大綱の検討事項の4では、次のように書かれています。」 そう言うと、浅田調査官は、ゆっくりと読み上げる。 「・・・ということで、寡婦控除と未婚のひとり親の関係の議論は来年度に持ち越されたわけですが・・・厚生労働省の統計によると、母子世帯の母親の年間就労収入は、全体の平均が200万円ですが、未婚の場合は177万円になっていることを考えると、国としても早急に対策を講じなければ深刻な問題になりますし・・・子供の貧困対策は、税金だけでは十分に対処しきれないと思います・・・」 浅田調査官は、真剣な顔で言う。 (つづく)
《速報解説》 JIPCAより「非営利組織における財務報告の基礎概念」及び 「非営利組織モデル会計基準」の公開草案が公表される ~法人形態を超えた財務報告の共通性向上を図る~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2019年4月26日、日本公認会計士協会は、非営利組織会計検討会による報告「非営利組織における財務報告の検討~財務報告の基礎概念・モデル会計基準の提案~」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、非営利組織における財務報告の在り方に関する「財務報告の基礎概念」と「モデル会計基準」について検討した報告書である。 意見募集期間は2019年6月3日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 非営利組織における財務報告の共通性を高めていく必要性が高まっているとの認識のもとで、非営利組織における財務報告の基礎概念及び非営利組織モデル会計基準(以下「モデル会計基準」という)の案を提案している。 次の附属資料がある。 1 モデル会計基準の位置付け モデル会計基準は、非営利組織に該当する法人に適用される会計基準のモデルとなる枠組みとして位置付けられ、非営利組織に該当する法人に適用される複数の会計基準間の相互整合性を高め、財務報告の目的を達成することを可能とする。 2 企業会計の基準との関係 財務報告の基礎概念、認識及び測定に関する個別論点の検討に当たっては、非営利組織の財務報告目的及び組織特性の反映を基軸としつつ、企業会計との整合性を考慮している。 3 対象組織 モデル会計基準は、民間非営利組織を対象としているので、営利企業及び公共部門に属する経済主体(政府、自治体、独立行政法人その他の政府機関等)は対象組織に含まれない。 また、組織の大小にかかわらず、全ての非営利組織に共通して適用すべき会計の在り方を提示しているものである。 4 財務報告の基礎概念 非営利組織の組織特性、財務報告の目的、有用な財務情報の質的特性、財務諸表の構成要素、認識と測定といった財務報告の基礎となる概念を検討し、「非営利組織における財務報告の基礎概念」として取りまとめている。 資源提供者及び債権者を非営利組織の財務報告における主たる情報利用者と考えている。 非営利組織の財務報告における財務諸表の構成要素である資産、負債、純資産、収益、費用について整理している。そのほか、認識及び測定についても整理している。 5 モデル会計基準 モデル会計基準は、財務報告の基礎概念を受けて、非営利組織において財務諸表を作成するためのルールを定めたものであり、非営利組織の各現行制度、その下に運用されている各会計基準、実務上の取扱いを踏まえて整理し、以下について記載している。 (了)
《速報解説》 改正企業結合会計基準を受け「財務諸表等規則」等の改正が公布 ~条件付取得対価に係る注記を追加~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成31年4月26日、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則及び連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第27号)が公布された。これにより、平成31年2月18日から意見募集していた公開草案が確定することになる。 これは、平成31年1月16日に公表された「企業結合に関する会計基準」(改正企業会計基準第21号)などによる条件付取得対価に関する改正を受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 条件付取得対価に関する改正 財務諸表等規則8条の17第1項8号(取得による企業結合が行われた場合の注記)を次のように改正する(連結財務諸表規則15条の12第1項9号も同様)。 Ⅲ 適用時期等 改正後の府令は公布の日(平成31年4月26日)から施行する。 次のように経過措置が規定されている。 (了)
2019年4月25日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.316を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第58回】 「なぜ休憩スペースがあると外食扱いとなるのか」 -軽減税率の判定をめぐる疑問- 税理士 山本 守之 日本の消費税増税がいよいよ2019年10月1日に施行されますが、同日から適用される8%の軽減税率をめぐって、国が定める適用の基準は複雑になっています。 飲食料品やそばの出前、宅配ピザなどは軽減税率8%が適用されるのに対して、スーパーやコンビニで買った弁当を「イートインコーナー」で食べる場合は外食扱いとなるため、標準税率10%が適用されます。さらに、単なる「休憩スペース」がある店で購入する弁当も、そこで食べれば10%、持ち帰れば8%が適用されます。 この場合、実際は品物と金銭を受け渡す段階で「テイクアウト」か「外食」かを選ばなければなりません。そうなると、テイクアウトとして品物を受け取っていながらイートインコーナーか休憩スペースで飲食をしたら、取扱いはどうなるのでしょうか。 答えとしては、品物を受け取った段階では持ち帰りとしても、その後に外食に変えれば、外食扱いとして10%が適用されます。 平成30年11月に国税庁が改訂した「消費税の軽減税率制度に関するQ&A(個別事例編)」のQ&A46では、次のように定めています。 (スーパーマーケットの休憩スペース等での飲食) 売場にイスがあれば、一般的には「お休みください」という意味であり、必ずしも「外食」で使用するとは限りません。上記のQ&Aでは、設備の有無で「外食」と決めつけてしまっています。 また、Q&A47では、次のように書かれています。 (飲食可能な場所を明示した場合の意思確認の方法) テーブルやイスを置きながら「飲食はお控えください」という意味は分かりかねます。「飲食設備」があることで「外食」という判断はいかがなものでしょうか。 さらに、Q&A48は次のようになっています。 (イートインスペースで飲食される物の限定) フランスでは、軽減税率は5.5%、外食は10%の取扱いとなっていますが、品物を渡すときに「テイクアウトか外食か」を客に選ばせ、テイクアウトであれば品物を紙に包み(5.5%)、外食であればトレーにのせてくれます(10%)。 しかし日本では、コンビニなどでイートインコーナーはなくとも休息スペースはあるという場合に「飲食はお控えください」と掲示をした上で、実際に客に飲食させていなければ一律8%とし、客への意思確認は不要だとしています。 問題は、品物引渡し時に「テイクアウト」としながら店で食べると脱税になるのか、また、引渡し時の判定でいいのかということです。 フランス方式でいえば、品物の引渡し時にはテイクアウトと意思表示したものの、店内で飲食(外食)してしまったという場合です。日本方式では「税を免れる」と言うそうですが、フランス方式では品物の引渡し時に判定を行うのだから問題にしないという考え方もあります。 休憩スペースがあるということは、そこで休んだり、飲食したりすることも許されるということであり、税の問題にはならないという考え方はできないのでしょうか。「疲れたからイスに座って休む」、「イスに座って楽しい時間を過ごす」ということは、人として自然な行動ではないでしょうか。 「店に飲食コーナーがあれば、そこでの飲食は10%となる」、「休憩タイムにイートインコーナーを利用すれば外食になる」という単純な考え方でいいのでしょうか。 イスとテーブルがあるか否かだけではなく、「判定は引渡し時に決めるので、その後は問題にしない」という考え方が日本でもできるはずです。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第10回】 「租税法律主義と実質主義との相克」 -税法の目的論的解釈の過形成②- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 第7回では、税法の目的論的解釈の過形成①として、外国税額控除余裕枠利用[りそな銀行]事件・最判平成17年12月19日民集59巻10号2964頁を素材にして、課税減免制度濫用の法理を検討し、同法理の下で行われる法創造は租税法規の趣旨・目的の法規範化論ともいうべきものであり租税法律主義の下では許容されない旨を述べた。そこでは、課税減免制度濫用の法理は、課税減免制度の趣旨・目的からいわば「不文の濫用規制要件」ともいうべき法規範を創造し、これを事案に適用して課税減免制度の適用を否認する考え方であることを明らかにした。 今回は、税法の目的論的解釈の過形成に関する研究の一環として、課税減免制度が濫用規制要件を明文で定める場合における当該規定(濫用禁止規定)の解釈適用について、いわゆるヤフー事件・最判平成28年2月29日民集70巻2号242頁を素材にして、検討することにする。なお、以下の叙述は、拙稿「権利濫用」金子宏=中里実編『租税法と民法』(有斐閣・2018年)15頁、25頁以下をベースにして、これに加筆したものである。 Ⅱ ヤフー事件最判の判断枠組み ヤフー事件は、適格合併等について未処理欠損金額の引継ぎを認める課税減免規定(法税57条2項)をその趣旨・目的に反して利用(濫用)しその適用を受けることによる租税回避(税法上の課税減免規定の濫用による租税回避。【66】=拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)の欄外番号。以下同じ)を否認するために、濫用禁止規定(法税57条3項、132条の2)を適用することができるかどうかが争われた事件である。 最高裁は、未処理欠損金額の引継ぎの制限規定(法税57条3項)という個別的濫用禁止規定と、組織再編成に係る行為計算否認規定(同132条の2)という包括的濫用禁止規定とを、いわば「重畳的に」適用することができることを前提とした上で、後者の解釈適用に関する判断枠組みについて次のとおり判示した(下線・太字・[]書筆者)。 以上の判断枠組みについて若干の整理・検討を行うと、第1に、❶の下線部は、法人税法132条の2の不当性要件の解釈によって定立された規範であるが、この規範は、不当性要件という規範的要件を、「濫用」という規範的評価を要する要素を含む「濫用要件」ともいうべき規範的要件に言い換えたものと解される。 第2に、❸の下線部は、「『濫用』という用語が抽象的な概念であるため、その意味内容を具体的に敷衍して示したもの」(徳地淳=林史高「判解」法曹時報65巻5号(2017年)1504頁)であり、濫用要件(規範的要件)の評価根拠事実を説示した部分であると解される。したがって、「観点」の中で説示された事実が、(不当性要件の言い換えである)濫用要件に該当する事実(要件事実)であると解される。このことは、この判決における「当てはめ」に関する次の判示(下線・[]書筆者)からも、明らかである。 第3に、この「当てはめ」に関する判示は、裁判官による事実判断の構造のうち「間接事実から要件事実を推認する事実判断の構造」(伊藤滋夫『事実認定の基礎-裁判官による事実判断の構造〔初版補訂〕』(有斐閣・2000年)77頁)を前提とするものと解される。つまり、❸の下線部の「観点」の中で説示された事実が要件事実(主要事実)であり、これを推認させる間接事実が、❷の下線部の「事情」の中で説示された事実であると解されるのである。この点については、「前述[=❷の下線部]の考慮事情の①及び②において、法人の行為・計算が不自然であり、かつ、租税回避以外にその合理的な理由となる事業目的等が存在しない場合には、上記の租税回避の意図の存在[=❸の下線部の前半]を推認し得るのが通常であると解されよう。」(徳地=林・前掲1531頁)と解説されているところである。 Ⅲ 制度濫用基準と経済的合理性基準 ヤフー事件最判の判断枠組みに関する以上の整理・検討を基にして、❸の下線部で説示された「観点」と、❷の下線部で説示された「事情」との内容的関連について、検討しておこう。 ❸の「観点」は、前述したように、「濫用」という抽象的な概念の「意味内容を具体的に敷衍して示したもの」であるから、「観点」の中で説示された内容が「濫用」の具体的内容である。 今回の冒頭に掲げた平成17年最判では、「取引自体によっては外国法人税を負担すれば損失が生ずるだけである」という経済的合理性のない取引によって(外国税額控除の余裕枠の利用による)租税利益を享受しようとすることをもって、「外国税額控除制度を濫用するもの」(制度濫用基準)とされたのであるから、ここでいう「濫用」は、経済的合理性のない取引による租税利益の享受を意味するものと解される。 この意味での「濫用」概念を、ヤフー事件最判のいう「濫用」は継承したものと解される(法税132条の2の不当性要件に係る制度濫用基準)。すなわち、同最判で組織再編税制に係る各規定(具体的には法税57条2項)の「濫用」とされたのも、❸の「観点」の中で示された、経済的合理性のない行為によって(欠損金の引継ぎによる)租税利益を享受しようとすることであると解されるのである。その理由は以下のとおりである。 確かに、❸の「観点」の中で説示された事実は、一見すると、経済的合理性のない行為であるようには思われないかもしれない。しかし、組織再編税制は、「近年、わが国企業の経営環境が急速に変化する中で、企業の競争力を確保し、企業活力が十分発揮できるよう、商法等において柔軟な企業組織再編成を可能にするための法制等の整備が進められてきている。」(税制調査会「会社分割・合併等の企業組織再編成に係る税制の基本的考え方」(平成12年10月3日)第一(1))ことを受けて、税制上も一定の企業組織再編成を経済的合理性のある行為として承認し、その承認のための適格要件を充足する企業組織再編成(適格企業組織再編成)について資産の譲渡損益の課税繰延べ、欠損金の引継ぎ等の措置を講じたものと考えられる。 したがって、❸の「観点」の中で説示された「組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様」の行為は、内容的には、経済的合理性のない行為を意味すると解される。つまり、適格要件は、企業組織再編成について税制の観点から「経済的合理性のある行為」と「経済的合理性のない行為」とを切り分けるための要件であるということができるのである。 要するに、❸の「観点」の中で説示された事実は、前述のとおり、濫用要件(規範的要件)の要件事実であるが、この事実は、私人の実際の経済生活における多種多様な経済活動のうち、企業組織再編成という活動の場面における経済的合理性を前提にして、そのような経済的合理性のない行為を表現したものと解されるのである。 そうであるからこそ、従来、法人税法132条1項の解釈適用において経済的合理性の欠如(不当性要件の評価根拠事実=要件事実)を推認させる間接事実として述べられてきた事実が、❷の「事情」の中で説示されたものと解される。法人税法132条1項について、通説は次のように述べている(金子宏『租税法〔第23版〕』(弘文堂・2019年)533頁)。 この見解のいう①と②は、❷の下線部における「①」と「②」の「事情」にそれぞれ対応すると考えられる。 以上のように考えてくると、ヤフー事件最判は、法人税法132条1項の不当性要件に係る経済的合理性基準にいう「不合理、不自然」(最判昭和53年4月21日訟月24巻8号1694頁が是認する札幌高判昭和51年1月13日訟月22巻3号756頁)を要件事実論の観点から分解して、「不自然」を❷の「事情」のうち「①」の中で、「不合理」を❷の「事情」のうち「②」の中で考慮することによって、法人税法132条の2の不当性要件に係る制度濫用基準を、同法132条1項の経済的合理性基準に「接合」しようとしたものと解される(法人税法132条1項と同法132条の2における不当性要件の統一的解釈)。 以上を要するに、ヤフー事件最判が示した制度濫用基準は、経済的合理性基準の一場合であるといえよう。あるいは、経済的合理性基準は制度濫用基準の実質的内容をなすといってもよかろう(【71】)。 Ⅳ おわりに ❷の「事情」に関する以上の理解から、不当性要件=濫用要件の評価根拠事実(要件事実)である経済的合理性の欠如に係る次のような事実判断の構造を導き出すことができよう。 ❷の「事情」のうち、「①当該法人の行為又は計算が、通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものである」という事情は、経済的合理性の欠如を推認させる間接事実であるのに対して、「②税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在する」という事情は、上記の推認を覆す事実(積極否認事実)である。 このような事実判断の構造は、❷の「事情」の認定について国(税務官庁)と納税者に対して対等な攻撃防御(主張立証)の機会を保障するものといえよう。このことは、不当性要件について「不当に」という不確定法概念の故に、同要件の趣旨・目的(租税負担の公平の実現)を斟酌した緩やかな解釈(「過形成」)がその余地を生み出す、税務官庁の要件判断に関する裁量に対して、司法的統制を及ぼすことに資するであろう(第4回参照)。 ヤフー事件最判は、以上で述べたとおり、法人税法132条の2の不当性要件に係る制度濫用基準を、同法132条1項の不当性要件について判例が確立してきた経済的合理性基準に「接合」することを前提にして、国(税務官庁)と納税者に対して対等な攻撃防御の機会を保障する事実判断の構造を明確に示すことによって、不当性要件の目的論的解釈の場面で、その過形成に対して「歯止め」をかけ、その目的論的解釈を租税法律主義の下で許容される解釈の枠内にとどめたという意味で、妥当な判断である。 (了)