ふるさと納税(平成27年度税制改正対応)のポイント 【第3回】 「『ワンストップ特例制度』の創設、 住民税「特例控除額」の上限額の拡充」 ~平成27年度税制改正事項~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 【1】 「ワンストップ特例制度」の創設 (1) 改正の概要 改正前は、ふるさと納税について税の軽減を受けようとする場合には、確定申告を行う必要があった。 平成27年度税制改正で、一定の要件を満たす場合には、確定申告を行わなくても税の軽減を受けることができる特例が創設された(ワンストップ特例制度)。 この特例を利用するためには、ふるさと納税を行うときに一定の手続が必要となる。その手続を行うと、ふるさと納税先の自治体からふるさと納税を行った人の住所所在地の自治体へ寄附金税額控除額に関する情報が連絡され、その情報に基づいて翌年分の住民税が自動的に減額される。 (2) 特例適用の要件 「ワンストップ特例制度」の適用を受けることができるのは、次の要件をすべて満たす場合である(地方税附則7)。 〈イメージ図〉 (総務省ホームページより) (3) 特例の適用を受けることができない場合 (2)で示した要件をすべて満たしていなければ特例を適用することはできないため、次のような場合には、原則通り確定申告を行う必要がある。 (4) 特例適用上の注意点 ① 同一自治体に対し複数回のふるさと納税をした場合 同一の自治体に対し、同年内に複数回のふるさと納税をした場合には、1つの自治体に対するものとしてカウントされる。ただし、ふるさと納税の都度、申請書の提出は必要となる。 ② 申請書の内容に変更があった場合 申請書を提出した後、住所変更等、申請書の内容に変更が生じた場合には、翌年の1月10日まで(平成27年のふるさと納税の場合には、平成28年1月10日まで)に、申請書を提出した各自治体に対し「寄附金税額控除に係る申告特例申請事項変更届出書」を提出しなければならない。 ③ 税が軽減されるタイミング 特例の適用を受けると、所得税の軽減分も「申告特例控除額」として、翌年度分の住民税からまとめて減額される(地方税法附則7の2、7の3)。 したがって、特例を受ける場合と受けない場合では、所得税の軽減分について減額されるタイミングが異なることとなる。 【第2回】で解説した〈ケース1〉を例にとると、所得税が軽減されるタイミングは次の通りとなる。 【2】 住民税「特例控除額」の上限額の拡充 (1) 改正の概要 住民税の寄附金税額控除額のうち、特例控除額の上限額が約2倍に拡充された。具体的には、改正前は住民税所得割の10%相当額であったものが、改正後は住民税所得割の20%相当額となった(地方税法37の2、314の7)。 (2) 改正の影響 【第2回】で解説した〈ケース2〉を例にとると、改正後は特例控除額の上限額が拡充され、結果として改正前よりも税の軽減額も増加することとなる。 ふるさと納税の額(100,000円)が同じでも、改正前後で住民税の特例控除額の上限額が22,600円から45,200円へ拡充された結果、税の軽減額の合計も42,405円から65,005円へ増加している。 (3) 注意点 住民税「特例控除額」の上限額は約2倍に拡充されたが、それでも上限額があることに変わりはない。(2)の結果からもわかるように、〈ケース2〉では、改正後の方が税の軽減額は増えているものの、改正前後を通じて特例控除額が上限額を超えており、ふるさと納税の額100,000円から2,000円を差し引いた98,000円相当の税の軽減は受けられない。 * * * 次回(最終回)は、ふるさと納税に関する実務上の疑問点をQ&A方式で解説する予定である。 (了)
研究開発税制における平成27年度税制改正のポイント 【第2回】 「特別試験研究費の要件確認」 税理士法人山田&パートナーズ 税理士 吉澤 大輔 1 特別試験研究費に係る税制改正の流れ (1) 平成27年度の税制改正の概要 前回まとめたとおり、従来、総額型の一部を構成していた特別試験研究費に係る税額控除制度が、平成27年度税制改正により総額型と別枠になり、また、特別試験研究費の額の範囲も見直された。 当該改正により、企業が行う研究開発投資の戦略次第では、今後適用できる税額控除額に大きな影響を及ぼすものと考えられる。 (2) 近年の税制改正の流れ ① 平成25年度税制改正 (ア) 改正の内容 適用対象の範囲が追加された。 イ 他の者と共同して行う試験研究 ロ 特定中小企業者に委託する試験研究 (イ) 上記イの改正の趣旨 「日本経済再生に向けた緊急対策」(平成25年1月11日閣議決定)で、「企業が自前主義ではなく、自他の技術等を幅広く活用して事業化や価値創造に取り組むこと」すなわち「オープンイノベーション」の取組を加速させることが決定されたことによる。 ② 平成27年度税制改正 (ア) 改正の内容 イ 税額控除制度の改組 総額型と別枠で、適用事業年度の法人税額の5%相当額を上限に、次の金額の合計額の税額控除を受けることができる。 (a) 損金算入される特別試験研究費のうち、特別試験研究機関等を共同して行う試験研究または特別試験研究機関等に委託する試験研究に係る試験研究費の額の30%相当額 (b) 損金算入される特別試験研究費のうち、(a)の試験研究費の額以外の試験研究費の額の20%相当額 ロ 特別試験研究及び特別試験研究費の額の範囲 (a) 特別研究機関等のうち試験研究独立行政法人を国立開発法人とする (b) 特定中小企業者に委託する試験研究の委託先の範囲を拡充する (c) 特定中小企業者へ支払う試験研究に際して必要な知的財産権の使用料を追加する (イ) 改正の趣旨 「日本再興戦略改訂2014」(平成26年6月24日閣議決定)において、「企業が行き過ぎた技術の自前主義・自己完結主義から脱却し、機動的なイノベーションを目指すオープンイノベーションを強力に推進するための環境整備を図る」ことが決定されたことによる。 2 特別試験研究費の具体的な範囲 特別試験研究費の具体的な範囲をまとめると、以下のとおりである。 (参考:平成27年度版「特別試験研究費税額控除制度ガイドライン」(経済産業省)) 3 繰越(中小企業者等)税額控除限度超過額に係る税額控除制度の廃止 繰越税額控除限度超過額制度とは、総額型の税額控除額が適用事業年度の法人税額の30%相当額を超過したため全額を控除することができなった場合において、翌事業年度に限り、当該超過した金額を繰り越して控除することができる制度である。 この制度は主に以下の理由を勘案した結果、平成27年度税制改正において適用期限の到来をもって廃止された。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第10回】 「建設協力金、保証金の受入れのある賃貸借契約書」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は貸ビル業を行っています。 賃借人予定者との間で、建物賃貸借予約契約書を結びましたが、この場合の印紙税の取扱いはどうなりますか。 第1号の3文書(消費貸借に関する契約書)に該当し、記載金額30,000,000円、印紙税額20,000円となる。 [検討1] 予約契約書は印紙税法上の契約書に該当するか 印紙税法上の契約には、その予約を含むこととされている(通則5)。 また、ここでいう「予約」とは、本契約を将来成立させることを約する契約をいい、本契約と同様に取り扱われる。(基通15) [検討2] 建物賃貸借契約は課税文書に該当するか 建物等のように、土地以外のものが賃貸借の目的である契約の場合においては一般的に、不課税文書に該当するが、課税文書に該当するか否かについては、文書全体を一つとして判断するのみでなく、その文書に記載されている個々の内容についても判断し、単に文書の名称又は呼称及び形式的な記載文言によることなく、その記載文言の実質的な意義に基づいて判断するものとする(基通3)。 [検討3] 建設協力金、保証金の取扱い 貸ビル等の賃貸借契約に際して授受される金銭のうち、敷金のように賃貸料債権等を担保とする目的のものは消費貸借契約には当たらない。 保証金に関しても一般的には、敷金のように賃貸料債権等を担保する目的であるものの、賃貸借期間と関係なく、契約終了前に返還することとされているものや、契約期間終了後においても返還を保留するようなものは、一定の債務を担保するものとは認められない。このような場合は、保証金という名目であっても、消費貸借の目的と判断されることとなる。 また、建設協力金については、賃貸ビル等の建設にあたり、建設資金の調達の方法として、入居希望者等から資金提供を受けようとするものであり、消費貸借といえる。 したがって、事例の場合においては建設協力金として一定の金額を受領した場合に、賃貸借契約期間などに関係なく、賃貸借契約の終了前に賃借人に返還することとされており、消費貸借に関する契約書に該当する。 ▷ まとめ 貸ビル業者等がビル等の賃貸借契約又は使用貸借契約(その予約を含む。)を借受人等との間で結ぶ際に借受人等から建設協力金、保証金等として一定の金銭を受領し、当該ビル等の賃貸借又は使用貸借契約期間に関係なく、一定期間据え置き後一括返還又は分割返還することを約する契約書は、第1号の3文書(消費貸借に関する契約書)として取り扱う(基通第1号の3文書の7)。 (了)
貸倒損失における税務上の取扱い 【第47回】 「法人税基本通達9-6-1(1)の具体的内容」 公認会計士 佐藤 信祐 第44回から第46回までは、本連載における中間的な議論のまとめとして、貸倒損失の法律論について解説した。 第47回目以降においては、法人税基本通達の具体的な内容について解説を行う予定である。 本稿では、法人税基本通達9-6-1(1)に規定する「更生計画認可の決定又は再生計画認可の決定」について解説を行うこととする。 1 更生計画認可の決定又は再生計画認可の決定 (1) 原則的な取扱い 法人税基本通達9-6-1(1)では、更生計画認可の決定又は再生計画認可の決定があった場合には、これらの決定により切り捨てられることとなった部分の金額について、その事実の発生した日の属する事業年度において貸倒れとして損金の額に算入することが明らかにされている。 この場合には、法的に債権が消滅していることから、損金経理を行うか否かにかかわらず、損金の額に算入されることになる。その結果、ある事業年度で損金の額に算入することを失念した場合には、その後の事業年度で損金の額に算入することはできず、損金の額に算入すべきであった事業年度に遡って、減額更正をすることになる。 そして、会社更生法201条では、「更生計画は、認可の決定の時から、効力を生ずる。」と定められており、民事再生法176条では、「再生計画は、認可の決定の確定により、効力を生ずる。」と定められている。 そのため、厳密に言えば、会社更生法の場合には、認可決定時点において損金の額に算入し、民事再生法の場合には、認可決定の確定時点において損金の額に算入すべきであろう。 しかしながら、法人税基本通達9-6-1では、いずれも「更生計画認可の決定又は再生計画認可の決定があった」時点であると規定していることから、認可決定時点において損金の額に算入すべきであるという結論になる。 そして、更生計画又は再生計画が途中で修正され、追加で債権放棄をする必要が生じた場合には、新たな修正計画が認可決定された時点で貸倒損失として損金の額に算入することになる。 また、当然のことであるが、更生計画認可の決定又は再生計画認可の決定があったとしても、連帯保証人が存在するのであれば、当該連帯保証人に対する保証責任の追及を行う必要があり、当該連帯保証人に対する債権についても法的に切り捨てられた場合に限り、貸倒損失として損金の額に算入されることになる。 (2) 停止条件又は解除条件付債権放棄 なお、実務上、債権放棄について停止条件や解除条件が付されていることがある。すなわち、民法127条1項において、「停止条件付法律行為は、停止条件が成就した時からその効力を生ずる。」と規定されており、同条2項において、「解除条件付法律行為は、解除条件が成就した時からその効力を失う。」と規定されている。そのため、停止条件が付されている場合には、債権放棄が行った時点で貸倒損失として損金の額に算入し、解除条件が付されている場合には、更生計画認可の決定又は再生計画認可の決定があった時点で損金の額に算入することになる(※1)。 (※1) 中村慈美『不良債権処理と再生の税務』234-239頁(大蔵財務協会、平成24年) (3) 非更正債権の取扱い 法人税基本通達14-3-7において、 と規定されている。 すなわち、更生債権としての手続きに参加しなかった場合において、更生計画認可の決定があったときは、もはや回収することが期待できないことから、指定期限が過ぎた時点でそれは予測できるものであるが、法的に債権が消滅するのは、更生計画認可の決定時点であることから、この時点で貸倒損失として損金の額に算入することになる。 なお、払込期日までに払込みをしなかったことにより失う債権については、払込期日が経過した時点で貸倒損失として損金の額に算入することになるため、留意が必要である(※2)。 (※2) 大澤幸宏『法人税基本通達逐条解説』1313頁(税務研究会、第7版、平成26年) ただし、極めて稀なケースであるとは思われるが、相当の金額を回収することができることが明らかであるにもかかわらず、他の債権者に対する贈与の意図をもって、意図的に更正債権等としての手続きに参加しなかった場合には、寄附金に該当する余地はあると考えらえる。 (4) 更正手続中又は再生手続中の債権放棄 国税庁のHPにおける質疑応答事例では、「更生手続中における貸倒損失」について解説されている。 すなわち、会社更生法47条5項においては、 と規定されており、民事再生法85条5項においても、 と規定されている。 このような法令を根拠として、少額の更生債権又は再生債権を早期に処理するために、以下のような手続きを行った事案に対しての質疑応答事例である。 ① 総額が50万円以下の債権は全額を弁済する。 ② 総額が50万円を超え250万円以下の債権については、50万円を超える部分の金額に相当する債権を放棄することを条件として、50万円を支払う。これによる弁済を受けない場合は、その金額を更生債権として更生計画に組み入れることとし、債権者はあらかじめ定められた日までにそのいずれによるかの意思表示をする。 このような場合には、裁判所の許可を受けた更正手続又は再生手続の一環として、一定額の弁済を条件として債権放棄が行われることから、実質的には、更生計画認可の決定又は再生計画認可の決定があった場合と変わらないため、寄附金として処理することは相当ではなく、債権放棄の時点で損金の額に算入することができると考えられる。 (5) ゴルフ経営会社の取扱い バブル崩壊により、多くのゴルフ経営会社が破綻したことは記憶されている読者もいると思われるが、筆者も数多くのゴルフ経営会社の再生案件に関与した。 ゴルフ場には、預託金制、株主会員制、社団法人制の3つがあるが、このうち、社団法人制はいわゆる名門と言われているゴルフ場が多く、通常、譲渡が困難であると言われている。これに対し、預託金制、株主会員制のゴルフ会員権については、譲渡をすることが可能であり、バブル期には、資産運用のひとつとして取り扱われていた。 法的整理の対象となったゴルフ経営会社の多くは預託金制を採用しており、その返還が困難になったことから、やむなく法的整理に至ったゴルフ場も少なからず存在していた。さらに、ゴルフ場が開設に至らなかった案件も存在し、当時の時代背景を思わせるものである。 本稿校了段階では、ゴルフ経営会社の破綻はひと段落しており、今後、それほど多くのゴルフ経営会社が破綻するとは思えないが、依然として経営環境が厳しいゴルフ経営会社が存在すること、一部の後進国においてバブル期のゴルフ会員権と類似の動きが見受けられることを考慮すると、ゴルフ経営会社が破綻した場合における貸倒損失の取扱いについて検討しておくことは意義のあることだと考えている。 なお、本稿は、貸倒損失の取扱いについての解説であることから、預託金制のゴルフ会員権に限定したうえで解説を行うこととする。 国税庁のHPにおける質疑応答事例では、「ゴルフ会員権が金銭債権に転換する時期」として、破産法、特別清算の案件については、「破産手続開始の決定があった時点でゴルフ会員権は実質的に金銭債権に転換する」「特別清算の開始決定があった場合にも、その決定があった時点でゴルフ会員権は実質的に金銭債権に転換する」としたものの、会社更生法、民事再生法の案件については、「ゴルフ場経営会社に更生手続開始の決定や再生手続開始の決定があったことをもって、ゴルフ会員権が金銭債権に転換すると解することはできません」としている。 本質疑応答事例は、貸倒引当金についての質疑応答事例であるが、ゴルフ会員権の法的性質をよく表しており、①ゴルフ場施設の優先的利用権、②預託金返還請求権、③年会費支払義務などの債権債務関係を内容とする会員とゴルフ場経営会社との間の契約上の地位であるとされている(※3)。 (※3) 最高裁平成7年9月5日判決・民集49巻8号2733頁 すなわち、純粋な金銭債権としての性格を有していないことから、預託金の回収が困難であるという理由だけでは、貸倒引当金として計上することは認められない。そのため、貸倒引当金として計上するためには、金銭債権に転換するということが必要であり、本質疑応答事例はそのことについて明らかにしたものである。 これに対し、本稿で問題とするゴルフ経営会社が更生計画認可の決定又は再生計画認可の決定を受けた場合における貸倒損失の取扱いであるが、別の質疑応答事例では、「ゴルフ会員権の預託金の一部が切り捨てられた場合の取扱い」として、「再建型の倒産手続などによって預託金の一部切捨てが行われた場合も、契約変更により、預託金返還請求権の一部が金銭債権として顕在化した上で、その一部が切り捨てられたとみることができます。」としている。 解釈論として、「金銭債権として顕在化した」という点については、やや疑問が存在するものの、債務者側であるゴルフ経営会社において債務免除益が計上されることとのバランス上、債権者側であるゴルフ会員権所有者において貸倒損失が計上されるというのはひとつの整理の仕方であると考えられる。 なお、実務上、ゴルフ会員権を預託金の額面金額よりも高い値段で取得していることが考えられるが、貸倒損失として計上することができるのは、あくまでも、切り捨てられた預託金に相当する部分の金額であり、それ以上の金額についてまで評価減を行うことはできない。 さらに、逆のケースとして、ゴルフ会員権を預託金の額面金額よりも安い値段で取得していることも考えられる。例えば、預託金が500万円であるゴルフ会員権を300万円で取得した場合において、預託金のうち50万円を超える部分の金額について切り捨てられたときは、50万円については預託金が残っていることから、貸倒損失として計上することができる金額は、250万円になるという点に留意が必要である。 次回では、法人税基本通達9-6-1(2)(3)の取扱いについて解説を行う予定である。 (了)
会計上の『重要性』 判断基準を身につける ~目指そう!決算効率化~ 【第7回】 「赤字のときはどうする?「重要性の基準値」算定方法」 公認会計士 石王丸 周夫 今回は、会社が赤字の時に「重要性の基準値」をどうやって求めるかについて解説します。 まず手始めに、以下の問題にチャレンジしてみてください(解答は問題のすぐ下にあります)。 いかがでしたか。正解できたでしょうか。 【第6回】で解説したとおり、重要性の基準値の最もオーソドックスな算定方法は以下のようなものでした。 営利企業であれば、ほとんどの場合はこの算式で求めますが、ひとつ疑問が生じます。 それは、『会社が赤字だったらどうするのか?』ということです。 赤字の場合、税引前利益はマイナス値なので、上記の算式にそれを当てはめると、重要性の基準値はマイナス値になってしまいます。それでよいのでしょうか。 以下、この解答について触れながら、解説していきます。 《マイナス値はありえない》 重要性の基準値がマイナス値になってしまった場合、全く意味をなさないことは説明するまでもないでしょう。 重要性の金額というのは、取引金額や科目残高の重要度を、金額を物差しにして測るための基準値です。それがマイナス値ということだと、取引金額や科目残高はすべて、重要性の基準値より大きくなってしまいます。 そこで思いつくのは、マイナス値として算定された値の「絶対値」を重要性の基準値にしようという案です。 しかし、これもあまり意味がありません。会社が税引前損失を計上した場合、それは営利企業としての本来の姿ではありません。税引前損失は異常値なのです。 異常値をもとに算定した値を重要性の基準値にすることは、適切ではないでしょう(⇒したがって、問題7のアの記述は誤りです)。 《赤字の原因となった損失を除外する方法》 マイナス値はダメ、その絶対値もダメということだと、どうすればよいでしょうか。 そもそも赤字の場合は重要性判断の必要性はないのでは、と考えたくもなります。赤字というのは、それ自体が異常なわけですから、赤字の額が多少ブレたとしても問題にはされないかもしれません。そうであるなら、会社の数字に重要性があるかないかを議論する機会はないのではないかという理屈です。 しかし、重要性判断が全く必要ないということはありません。赤字であっても資産・負債の残高もあれば、売上高もちゃんと計上されています。そうした勘定残高や取引高の重要性を金額で測る場面はあるのです(⇒したがって、問題7のイの記述は誤りです)。 ではどうするのかというと、赤字をもたらした原因に着目するという方法が考えられます。 例えば、多額の減損損失を計上したために赤字になったというケースを考えてみてください。その減損損失がなければ、いつも通りの黒字決算だったというようなケースです。 そのようなケースでは、減損損失の額を除外したベースで重要性の基準値を求めます。以下のような計算式になります。 上の算式中の「(税引前損失+減損損失)」の部分は、この会社の本来の正常損益を示しているといえます。それを指標にして重要性の基準値を求めるというわけです。 《他のベンチマークを使用する方法》 正常損益は他の方法でも求めることができます。過去数期間におけるその会社の税引前利益の平均値を取るといった方法です。 赤字の場合の対処法は他にもあります。指標として税引前利益以外の財務諸表項目を使う方法です。 会計監査の実務でも、売上高、純資産、売上高、総資産等の項目を、重要性の基準値の算定のための指標に使用している例はいくらでもあります(⇒したがって、問題7のウの記述は正しいです)。 ただし留意点もあります。 第一は、なぜその指標を使うのか、なぜ税引前利益を使わないのかという理由を明確にしておくことです。 監査実務では、この点をきちんと監査調書に書いていないと、後で問題になります。 第二は、指標に掛ける率を何%にするかという点です。 例えば売上高を指標に選んだ場合、それに掛ける率は、5%では大きすぎます。一般に、会社の売上高は税引前利益よりも相当大きいので、税引前利益を指標に選んだ時と同じ5%を使ったのでは、重要性の金額が大きくなりすぎてしまうからです。 以上が赤字の場合の対処法になりますが、上記で紹介した方法は、赤字の場合だけでなく、税引前利益が極端に小さい場合や税引前利益が毎年大きく変動するような場合にも適用できます。 (了)
『繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(案)』への 対応ポイント 【第3回】 「企業の分類の見直しと 監査委員会報告第66号との比較(その2)」 公認会計士 阿部 光成 前回に引き続き、「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」(日本公認会計士協会。以下「監査委員会報告第66号」という)と比較しながら、「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(案)」(企業会計基準適用指針公開草案第54号。以下「公開草案」という)における企業の分類を取り上げ、(分類4)と(分類5)に関するポイントについて解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 企業の分類に関する公開草案と監査委員会報告第66号の比較(分類4と分類5) 企業の分類に関して、公開草案と監査委員会報告第66号を比較すると次のようになる(公開草案26項から31項)。 Ⅱ (分類4)に関する留意点 前述のように、(分類4)の企業でも、将来の一時差異等加減算前課税所得の発生を合理的に説明できるときは、(分類2)又は(分類3)として取り扱うことが規定されている。 企業は、この合理的な説明を行うであろうし、監査人においては、その説明の適切性を判断することになるので、次のことが公開草案を実務に適用した際のポイントになると考えられる。 公開草案は、上記事項に関する例として次のものをあげているので、今後の実務への適用に際して、参考になるものと考えられる(85項~87項)。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第88回】 金融商品会計⑩ 「貸倒懸念債権における貸倒引当金」 仰星監査法人 公認会計士 上村 治 日本公認会計士協会準会員 永井 智恵 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:千円) 【貸倒懸念債権に係る貸倒引当金の計上】 (A社に対する売掛金2,000千円-受入保証金1,000千円)×60%=600千円 〈会計処理の解説〉 金融商品会計基準では、貸倒懸念債権については債権の状況に応じて、財務内容評価法、又はキャッシュ・フロー見積法のいずれかの方法により貸倒見積高を算定することとされています(金融商品会計基準 第28項(2))。 「財務内容評価法」とは、担保又は保証が付されている債権について、債権額から担保の処分見込額及び保証による回収見込額を減額し、その残額について債務者の財政状態及び経営成績を考慮して貸倒見積高を算定する方法です(会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」(以下、「金融商品実務指針」)第113項(1))。 (なお、キャッシュ・フロー見積法は、元本の回収および利息の受取に係るキャッシュ・フローを合理的に見積ることができる債権(主に貸付金やリース債権など)について用いられます。本事例の債権は売掛金であるため、今回は財務内容評価法について詳しく説明します。) 財務内容評価法を採用する場合には、債務者の支払能力を総合的に判断する必要があります。 しかし、一般事業会社においては、債務者の支払能力を判断する資料を入手するのは困難な場合もあります。 そのような場合には、例えば、貸倒懸念債権と初めて認定した期には、担保の処分見込額及び保証による回収見込額を控除した残額の50%を引き当て、次年度以降において、毎期見直す等の簡便法を採用することも考えられます(金融商品実務指針 第114項)。 本事例において、当社はA社と営業取引を行うにあたり、A社から1,000千円の保証金を受け取っています。そのため、当該保証金部分を控除した残額の1,000千円について、A社の支払能力を考慮し、回収不能と見込まれる部分、すなわち貸倒見積高を算定します。 * * * 次回は、破産更生債権等における貸倒引当金について解説します。 (了)
社外取締役の教科書 【第3回】 「社外取締役の職務・活動内容(その1)」 クレド法律事務所 駒澤大学法科大学院非常勤講師 弁護士 栗田 祐太郎 1 社外取締役は、会社に対してどのような義務を負うか? これから社外取締役の職務活動を説明していくに際し、活動の前提としての義務、すなわち社外取締役が会社に対して負う義務につき確認したい。 その名称が示すとおり、社外取締役も会社法上の「取締役」であることに変わりはない。そのため、法が取締役に対して課している各種義務については、社外取締役も等しく負うことになる。 これについて整理すると、下記のようになる。 このうち「善管注意義務」や「取締役の対第三者責任」(会社外の者に対する法的責任)については、取締役の経営責任等に関連して近時多く問題とされている。これに関しては、本連載において改めて詳しく取り上げる。 今回は、それ以外の各種義務につき、社外取締役において特に注意すべき点を説明する。 2 忠実義務とはなにか? 取締役は、委任者である会社から、「会社の経営」につき委任を受けている関係にある(会社法330条)。 このような立場となることを了解して取締役に就任した以上、会社の利益と取締役個人との利益とが衝突するおそれがある場合に、会社の利益を優先させるべきであることは当然である。 このような義務を「忠実義務」という(法335条)。 これは、取締役であれば、社内・社外にかかわらず全員が負う義務である。 そして、会社法は、忠実義務が問題となる典型例(上記の囲み参照)につき個別に条文を設けて具体化している。 以下では、そのうちでも特に重要な競業避止と利益相反取引の禁止につき説明する。 3 競業避止義務について 取締役は、自己又は第三者のために、会社の事業の部類に属する取引(競業取引)をしようとするときは、①取締役会設置会社では、取締役会において、②これを設置していない会社では、株主総会において、事前に取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない(法356条1項1号)。 そして、取締役会設置会社においては、競業取引を行った取締役は、取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない。 これがいわゆる「競業避止義務」と言われるものである。 もし、取締役がこのような義務を負わないとすれば、会社は、当該取締役により顧客や取引先を奪われ、重大な不利益を被る。会社の利益を保護するためには、当然の義務といえよう。 なお、上記の「競業取引」とは、会社が現実に行っている事業はもちろんのこと、開業準備中の事業や一時休止中の事業も含まれる。 社外取締役の場合、他社で自ら事業を行ったり、別企業の経営に役員として参画している者も多い。そのため、社内出身の取締役よりも競業取引を行う可能性は高いとも言えるから、十分に注意が必要である。 4 利益相反取引の禁止について 取締役は、自己又は第三者のために、会社と取引をしようとするとき(利益相反取引)は、前記の競業取引と同様の会社の承認を受けなければならない(法356条1項2号・3号)。 これもまた、そのような取引について当該取締役が決定権や代表権を有する場合はもちろん、そうでない場合にも、他の代表取締役等と結託することで自己又は第三者に有利で、かつ会社に不利益を与えるような取引を行うおそれがあるため、これを防止しようとしたものである。 このような利益相反取引の禁止についても、社外取締役に対して規制が及ぶ。 社外取締役に就任している会社と、社外取締役が自ら経営する会社ないしは関与する会社との間で取引を行うことは、相互のシナジー効果を目指す上でも十分あり得る話であり、会社法上の規制を順守する必要がある。 紙幅の関係で詳しくは取り上げないが、いかなる場合が利益相反取引に該当するのか、該当するとしてどのような社内手続を経る必要があるのか等については、普段から十分確認しておく必要がある。 5 社外取締役が義務違反を回避するためのポイント (1) 社外取締役本人ができる工夫 それでは、上記に述べた各種義務、特に競業避止義務や利益相反取引の禁止に違反することを防止するために、どのような準備が必要か。 社外取締役本人としては、まず何よりも、法が上記の各種義務を取締役に課していることを知識として持っておく必要がある。 とはいえ、法律専門家と同程度の知識を常にアップデートすることは現実的でなく、またその必要もない。 各種義務に関して概括的な知識を有していれば、義務違反が問題となりそうな状況を迎えた際に、「ひょっとして・・・」という感覚が生まれる。そのような問題意識が湧き上がることこそが重要なのである。いったん問題意識が芽生えれば、事前に専門家や当該会社に相談する機会を持つことができる。 このようにして、社外取締役自ら、義務違反を防ぐことは可能である。 (2) 会社ができる工夫 会社としても、万一、社外取締役において各種義務違反が生じた場合は、会社の内外に対し、法が定める各種手続を実施したり、事態の顛末を公式発表する等の事後処理を行う必要が生じる。これに割かなければならない労力や費用は決して軽視できない。 そこで、会社が被る人的・経済的な負担のみならず、レピュテーションリスク(市場・社会における企業評価の低下)等が生じることを避けるため、会社としては次のような工夫が考えられる。 また、万一、法令違反等の問題事例が発覚した場合には、以下のような対応が必要となる。 社外取締役が積極的に活動し、企業価値の向上に貢献すると言っても、それは法が求める最低条件の義務をクリアしていることが大前提となる。 この点すらもグレーな状態であれば、その会社は「コンプライアンス軽視」との不名誉なレッテルを貼られ、株主は勿論のこと、取引先や株式市場においても企業姿勢に理解を得ることは難しくなる。 以上の観点も踏まえた、普段からの取り組みが重要となる。 (了)
コーポレートガバナンス・コードのポイントと 企業実務における対応のヒント 【第10回】 「新様式で提出されたコーポレート・ガバナンス報告書の概観」 PwCあらた監査法人 マネージャー 公認会計士 足立 順子 〔コーポレート・ガバナンス報告書の概観の対象会社〕 2015年6月1日よりコーポレートガバナンス・コードの適用が始まった。 コーポレート・ガバナンス報告書は定時株主総会後遅滞なく提出するものとされているが、適用初年度に限り6ヶ月の猶予期間が認められており、3月決算会社であれば6月の定時株主総会後6ヶ月を経た12月頃に提出する企業が多いと想定していた。 しかしながら、コード適用から1ヶ月余りであるにもかかわらず、新様式でのコーポレート・ガバナンス報告書を提出する企業があり、中にはコード適用初日の6月1日に提出する企業もあった。 新様式でのコーポレート・ガバナンス報告書の提出の出足が意外にも早いという印象であり、実効的なコーポレートガバナンスの実現に対する企業の真摯な取組状況が見てとれる。 今回は、2015年6月25日までに新様式でのコーポレート・ガバナンス報告書を提出した30社のうち、〈表1〉のJPX日経インデックス400の企業14社について、どのような開示が行われたか概観してみる。 なお、文中の意見に相当する部分は、筆者の私見であることをお断りしておく。 〈表1〉 2015年6月25日までに新様式でのコーポレート・ガバナンス報告書を提出したJPX日経インデックス400の企業 (出所:日本取引所グループ東京証券取引所 コーポレート・ガバナンス情報サービスを基に筆者が作成) 〔各原則を実施せずエクスプレインした会社数〕 2015年6月25日までに提出したJPX日経インデックス400の企業14社のうち、新様式のコーポレート・ガバナンス報告書の【コーポレートガバナンス・コードの各原則を実施しない理由】の項目を開示したのは13社であり、そのうち「各原則全て実施している、もしくは、記載すべき事項はないと開示した会社」が8社、「各原則を実施しない理由を開示した会社」が5社あった。 各原則を実施しない理由を開示した5社に関して、実施しない理由を原則別に見ると、内訳は〈表2〉のとおりであった。 〈表2〉 コーポレートガバナンス・コードの各原則を実施しない理由 (出所:日本取引所グループ東京証券取引所 コーポレート・ガバナンス情報サービスを基に筆者が作成) 10項目にわたったエクスプレイン事例となっており、項目は比較的多岐にわたっているようである。 章別に見ると、株主の権利・平等性の確保で1項目、適切な開示と透明性の確保で2項目、取締役会等の責務で7項目となっていた。 また、取締役会の実効性評価結果に関してエクスプレインした会社が4社あり、内訳は「取締役会の実効性の分析や評価は行っているものの結果の概要を開示していない企業」が2社、「取締役会の実効性の分析や評価の方法を検討している企業」が2社であった。 取締役会の実効性評価は日本にはあまり馴染みがなく、企業からも取締役会の実効性評価は誰がどのように行うべきかわからない、といった声が多く聞かれる。また、3月決算会社の場合は、6月1日のコード適用直後に開催される定時株主総会において次年度の取締役が選任されるため、選任前の取締役に対する評価期間が短すぎるという指摘もある。 そのため、コード適用後に提出される新様式でのコーポレート・ガバナンス報告書では、エクスプレインする事例が多く見られることが想定されていた。もちろん、コード適用前から取締役会の実効性に関する分析や評価を行っている会社もあり、コード適用後に結果の概要まで開示した企業は称賛に値しよう。 企業はできるだけコンプライしたいと考えていると思われるが、エクスプレインした企業は、項目によっては、準備中につきエクスプレインすることはやむを得なかったのであろう。エクスプレインした企業は、コンプライできていないことを正直に開示し準備状況を説明したり、準備を行う目標時期を明示したりしている。率直に状況をエクスプレインする姿勢は、企業トップの個性が反映されている結果とも言えるであろう。 〔コードの各原則に基づく開示〕 コーポレート・ガバナンス報告書には、コードで開示が要求されている11項目について、【コーポレートガバナンス・コードの各原則に基づく開示】に記載することとされている。 開示方法の詳細なひな型は公表されていないため、【コーポレートガバナンス・コードの各原則に基づく開示】にて11項目を企業のホームページのURLの掲載による参照も織り交ぜながら1項目ずつ丁寧に説明している企業もあれば、項目毎に特に詳細な説明はせず、すべての項目について企業のホームページのURLを掲載する参照方式を採用する企業もあった。 中でも、コード適用初日に新様式のコーポレート・ガバナンス報告書を提出した大東建託株式会社は、コードで開示が要求されている11項目のみならず、基本原則・原則・補充原則の73原則すべてについて、取組状況や取組方針を企業のホームページに掲載し、そのURLをコーポレート・ガバナンス報告書に掲載しており、注目を集めた。 〔これから新様式のコーポレート・ガバナンス報告書を提出する企業に向けて〕 これから新様式のコーポレート・ガバナンス報告書を提出する企業は、下記の点に留意の上でコーポレート・ガバナンス報告書を作成することが、コーポレートガバナンス・コードの趣旨に沿っていると考えられる。 (了)
〈IT会計士が教える〉 『情報システム』導入のヒント (!) 【第10回】 「ビジネスプロセスの標準化とシステム導入」 公認会計士 中原 國尋 はじめに 情報システムを導入するにあたって、自社の業務に適合するソフトウェアをゼロから開発することは、昨今、ほとんど行われていない。ある程度自社の業務に適合すると思われる業務ソフトウェア(パッケージソフトウェア)を選定し、当該ソフトウェアに基づいて、自社で使用できるような変更・修正を施したうえで、実際の業務で使用することが多いのである。 今回は、情報システムの導入がパッケージソフトウェアベースで行われることが一般的な理由や、実際にシステムを導入する際に考慮すべき点について検討を進めたい。 ▼業務で情報システムを使用する目的▼ 今更ではあるが、コンピュータが得意なこと(使用することによるメリット/特性)を次のように整理することができる(監査基準委員会報告書 315 「企業及び企業環境の理解を通じた重要な虚偽表示リスクの識別と評価」 A52)。 特に、大量のデータをあらかじめ定められた方針や規定に従って、一貫して処理し、複雑な計算を実行できることが挙げられており、コンピュータは定型処理を得意とするものであることが第一に示されている。 通常の業務処理は、いくつかの取引パターンごとに処理する方法が(明示的であれ、黙示的であれ)定められており、そのパターンに従って順次処理が行われている。そのパターンは同じ手順の処理であることから、当初手作業で実施していた業務について、同じ処理を繰り返し実施することをコンピュータにやらせるために、情報システム化が進んでいくことになった。 その段階では、自社の業務プロセスの一部が自動化(情報システム化)される状況にあったのである。 情報システムを使用する目的は、省力化であった。担当者が繰り返し行っていた業務をコンピュータが担うことによって、処理の正確性と速度が改善されることになったのである。その後、情報システムが発展することによって業務処理を担うコンピュータシステム(業務ソフトウェア)の利用範囲が広くなることに従い、業務システムが担う役割にも変化が訪れている。 すなわち、業務処理の省力化だけではなく、作成する情報の適時性・可用性・正確性の向上、情報の二次利用の促進、情報システムを用いることによるコントロール(内部統制)の強化などである。このように、情報システム利用の目的が広がっていくなかで、パッケージ化された情報システム(業務ソフトウェア)の充実度も増加しているのである。 ▼ERPは標準化されたプロセスを提供するものではない▼ パッケージソフトウェアの中でも、業務遂行に従って蓄積された情報を効果的に分析し、活用することによって、経営意思決定の適時性や適切性に資する情報を提供できるERP(Enterprise Resource Planning)パッケージの活用が広がっているところにある。 さて、ERPパッケージの構成要素として、たとえば、会計、在庫管理、仕入管理、販売管理、回収管理などが存在する。ERPに限らないが、業務アプリケーションソフトウェアを設計するにあたって、想定される業務フローに基づいた業務処理を想定し、それを業務アプリケーション化することで構築されている。 すなわち、業務アプリケーションソフトウェアごとに想定されている業務フローが異なるのである。もちろん、業種特性別にパッケージ化している場合、たとえば建設業の場合には、工事進行基準や工事完成基準への対応が必要になるとともに、工事原価の集計にあたって給与システムとの連携が必要になる。また、商社向けであれば、海外取引が想定されることから複数通貨の取扱いが可能なことが要求され、あるいは売上と仕入が同時に計上されるような仕組みの導入が求められる。 しかし、業種特性に基づく違いではなく、一般販売システムを想定する場合であってもたとえば受注入力の方法や入力が可能な情報の範囲、売上計上を行う際のタイミング等、業務アプリケーションによってそれぞれ処理可能な範囲が異なっている。このようにパッケージごとに想定される業務フローが異なっているのであるが、想定されている業務フローが理論的に効率的な設計を検討した結果であるならば、当該パッケージソフトウェアにおいて想定されている業務フローは、有効性・効率性の高い業務フローとなっていると考えることができるのである。 特にERPパッケージの場合には、ERPパッケージで想定されている業務フローに従った業務設計を行うことで、優れた業務処理を自社に取り込める可能性がある。しかしながら、ERPが想定している業務フローが、自社にとって必ずしも有効性・効率性の高い業務とは限らないことに留意する必要がある。 企業は置かれている状況や構成員によって、百社百様である。業務アプリケーションソフトウェアが想定している業務フローが100%当てはまる可能性は決して高くないのである。そうであるならば、自社の業務フローの有効性・効率性を高めるために、万難を排してパッケージソフトウェアで想定されている業務フローを適用することが、必ずしも良い解決策ではないことがわかる。 ERPパッケージが想定している業務フローは、あくまでも業務フローのひとつを提案しているにすぎず、したがって、自社の状況を踏まえることなく、パッケージに依存した業務フローを適用することは、良い効果を生むことはない。 ▼システム導入後も今(導入前)の業務処理を継続する?▼ ERPパッケージで想定されている業務に単純に依存しないのであれば、現在実施している業務フローを実現することを優先すべきなのだろうか。 情報システムを利用した業務システムを導入するメリットを最大限利用するのであれば、コンピュータを利用することによるメリットを考慮に入れつつ、業務フローを設計することが望まれる。その際に業務アプリケーションを利用することは、開発工数を抑制する良い手段になりうることから、現行業務を分析したうえで、将来的な自社の標準化した業務フローを想定し、当該業務フローを実現することができるパッケージを選定し、当該パッケージをベースにした導入を進めていくことが必要になる。 パッケージが有する機能を前提にしつつ、将来的に想定される自社の業務フローを設計していくのだが、その際に可能な限りパッケージソフトウェアで実現可能な機能の範囲内で検討を進めるべきである。しかしながら、自社としてどうしても譲れない取引処理等もあると思われる。そのような部分が発生することはやむを得ないが、その場合でもパッケージソフトウェアそのものを改修する選択肢以外にも、個別に当該処理を実現可能なソフトウェアを用意し、処理結果を業務アプリケーションソフトウェアに渡すなどの他の選択肢も想定される。 多店舗/多拠点であるならば、各拠点での業務を均質化することで、業務の効率性を高めることができるとともに、本社からの業務のモニタリングをすることが容易になる。したがって業務システムを導入する際に、拠点ごとの業務処理をどのようにすべきかを関係各所で十分に検討することによって、ローカライズされた業務については極力排除し、情報システムを利用するために自社で標準的な拠点業務フローを設計することが望まれる。 せっかく情報システムを導入するのであれば、従来からの業務処理をそのまま維持することは、業務フローの効率化を図るうえでももったいないため避けるべきであり、従来から行われている業務処理の特性を維持しつつ、業務アプリケーションで提案されている有効な業務フローを参考にして、業務フローのレベルアップを図る最も良い機会を精一杯活用すべきである。 ▼効果的なシステム導入のために、誰が何を判断すべきか▼ ERPパッケージの導入は、パッケージの選定、業務フローの確定、システム導入(カスタマイズ含む)のステップで行われる。全社にわたるシステムの導入となる場合が多いため、通常は組織横断的なプロジェクトチームが組成され、当該プロジェクトが責任を持って判断していくことになる。 パッケージの選定にあたっては、ベンダーの実績等も重要であるが、それだけで選定するのは大変リスクが大きい。パッケージの選定基準を予め整理したうえで、当該選定基準にのっとって評価することで、比較的自社に適合するパッケージを選択することが可能になると考えられる。 将来の業務フローを設計するにあたっては、現場レベルでの処理の実効性を考慮に入れつつ、最終的には各部門の長が決定すべきである。その際には、フローチャートを作成する等、分析・設計した内容を共有できるようにすることが必要となる。 選定したパッケージと設計した業務フローを前提として、実際にシステム導入を行う。パッケージを利用するといっても、ERPは通常、半製品の状態で提供されていることが多く、あらかじめ必要な設定を行わない限り使用することはできない。設計した業務フローとの適合性を考慮しつつ、カスタマイズ等を必要に応じて加えることによって導入を進めていく。 ベンダーを中心とした導入過程では、導入過程で発見した課題とその解決過程を課題管理表のような形で取りまとめ、品質を確保しながらの導入を行うことが必要となる。ベンダーがテストを重ねながら導入を進めていくことが多いと思われるが、最終的にはユーザー側で受入テストを行い、ユーザー部門の長によってリリース判定を行うことが求められる。 ▼まとめ▼ ERPパッケージであれ、ERPではない業務システムであれ、業務システムの導入にあたっては、業務効率の向上や有効性の向上を図っていくべきである。そのためには業務の標準化を行うことが求められるが、標準化は必ずしもパッケージに依存することとイコールではないことに留意する必要がある。 自社の業務を分析し、業務フローを設計することで自社にとって有効性・効率性の高い業務フローを実現するための業務システム導入を志向することが必要である。 (了)