生産性向上設備投資促進税制の実務 【第3回】 「生産ラインやオペレーションの改善に資する 設備投資計画の確認申請書〔記載例〕」 税理士法人オランジェ 代表社員 税理士 小幡 修大 前回は、生産性向上設備投資促進税制(措法42の12の5)のうち「生産ラインやオペレーションの改善に資する設備」について解説した。 その中で、経済産業大臣確認までの手続を説明したが、今回は設備ユーザーが作成する「産業競争力強化法の生産性向上設備等のうち生産ラインやオペレーションの改善に資する設備投資計画の確認申請書」の具体的な記載例を紹介する。 なお、この書類には別紙として確認申請書の根拠資料や公認会計士又は税理士による事前確認書を求められているが、紙面の関係上それらについては次回以降に紹介する。 《記載例》 「産業競争力強化法の生産性向上設備等のうち生産ラインやオペレーションの改善に資する設備投資計画の確認申請書」 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (了)
貸倒損失における税務上の取扱い 【第19回】 「判例分析⑤」 公認会計士 佐藤 信祐 日本興業銀行事件にかかわる第1審判決、控訴審判決及び上告審判決の内容は、第15回から第18回までで解説した通りである。 第19回目以降においては、これらの判決の内容について分析を行い、貸倒損失についての法人税法上の考え方について考察を行うこととする。 (4) 評釈 ① 法人税法22条の考え方について (ⅰ) 法人税法22条3項 法人税法22条3項柱書においては、「内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、次に掲げる額とする。」としており、同項3号において、「当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの」を掲げている。すなわち、法人税法37項に規定する寄附金に該当しない限り、貸倒損失を損金の額に算入することができるという整理になる。 すなわち、まずは法人税法22条3項3号をどのように解釈すべきであるかという点が問題になる。なぜなら、同項2号においては、「当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額」としており債務確定主義が明確に規定されているものの、貸倒損失の根拠規定である同項3号においては、債務確定主義が明確に規定されていないからである。 この点が、最高裁における上告申立て理由にも「損失の損金算入要件という重要な法令事項に関する重大な解釈の誤り」として記載されており、納税者側の主張としては、第1号に定める「原価」、第2号に定める「費用」と異なり、第3号に定める「損失」については、「確定」という概念は存在せず、「損失」という事実が発生した事業年度において損金の額に算入されるべきであると記載されている。 最高裁判決においては直接的にはこの点には触れられておらず、貸倒損失の計上においては金銭債権の全額が回収不能であることを要するとしているに過ぎないが、控訴審判決においては、「ある損金をどの事業年度に計上すべきかは、具体的には、収益についてと同様、その実現があった時、すなわち、その損金が確定したときの属する年度に計上すべきものと解すべき」であるとしており、「損失」についても「確定」していることが必要であると指摘している。 また、品川芳宣教授によると、 と指摘されている。 これに対し、大淵博義教授は、 と指摘されている。 このように、学説上は争いがあるものの、資産の評価損について「別段の定め」により法人税法33条において厳格に規定されているのに対し、貸倒損失について確定という要素がいらないということになれば、実質的に金銭債権の評価損を認めることになってしまうため、実務上は、貸倒損失についても確定という要素が必要であると解するべきであると考えられる。 (ⅱ) 法人税法22条4項 さらに、法人税法22条4項において、「前項各号に掲げる額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものとする。」としているため、貸倒損失の計上については、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って処理されることになるはずである。 この点につき、品川芳宣教授は、 として、大阪地裁昭和44年5月24日判決を紹介されている。 さらに、日本興業銀行事件における控訴審判決では、 として、法人税法独自の基準により公正処理基準の検討を行うべきであるとしている。 また、品川芳宣教授が紹介された大阪地裁昭和44年5月24日判決(行集20巻5・6号675頁、判タ238号263頁、金判168号8頁、税資56号703頁)であるが、 と判示している。ただし、本判決については、貸倒損失に関する通達が現在ほどは整備されておらず、「売掛債権の償却の特例等について(昭和29年7月24日直法1-140、直所1-77)」に委ねられていた時代であり、かつ、納税者側も と主張し、結果として、債権金額の全額ではなく、一部についての損金処理を争っていることから、ある程度は割り引いて読む必要がある判決ではある。しかしながら、前述のように、日本興業銀行事件における控訴審において、同趣旨の内容が判決文に記載されていることや、上告審においても、「当該金銭債権の全額が回収不能であることを要すると解される」としていることから、企業会計よりも厳格に捉えるべきということになると考えられる。 これに対し、山田二郎弁護士は、銀行業の統一経理基準について触れたうえで、 としたうえで、 と批判されている(※)。 (※)そのほかにも、公正処理基準の中に法人税法独自の基準を入れることは許されないという意見として、大淵博義(2009)、中里実(2002)がある。 このように異論はあるものの、過去の判例を見る限り、法人税法における貸倒損失については、その損失の確定について、かなり厳格に捉える必要があるというのが実務的な解釈になると考えられ、むしろ、日本興業銀行事件では、債務者側の事情だけでなく、債権者側の事情も考慮すべきであるとした点で、過去の判例よりも納税者にとって有利に判断していると考えられる。 次回以降は、第1審判決において、被告及び原告のいずれとも論拠として主張している法人税基本通達9-6-1(3)(4)、9-6-2、9-4-1に当てはめを行う形でそれぞれ検討を行うこととする。 (了)
〔しっかり身に付けたい!〕 はじめての相続税申告業務 【第23回】 「小規模宅地特例の適用をめぐる判断」 税理士法人ネクスト 公認会計士・税理士 根岸 二良 企業オーナーや大規模な土地所有者ではない、一般の方の相続税申告業務を行う場合で、東京のような都市部に自宅を所有しているケースでは、自宅土地の評価、及びその小規模宅地特例の適用が、非常に重要となる。 そこで今回は、相続税の小規模宅地特例の評価について説明を行うこととする。 1 小規模宅地特例の概要 小規模宅地特例(正式には「小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例」(租税特別措置法69条の4))とは、自宅土地に関してわかりやすくいえば、他界した方・相続で取得した方が生前から自宅として居住しており、かつ、相続後も、相続で取得した方が自宅として居住している場合に、このような自宅土地に対して、現預金などの相続財産と同じように相続税を課するのは酷であろうという趣旨から設けられた制度であると考えられ、その自宅土地の相続税評価額が一定割合減額される特例制度である。 つまり、自宅土地について、相続前後で居住用として継続利用されている場合、潜在的には経済的な価値はある一方で、売却せずに居住継続している場合には、その経済的な価値に見合う金融資産を得るわけではないため、現預金のような相続財産と同様に相続税を課税するのは酷であろうという判断がされていると推測される。 小規模宅地特例が適用される宅地としては、以下のものがある(租税特別措置法69条の4第3項)。 企業オーナーや個人事業主以外の、一般の方の相続税申告業務という観点からは、(1)特定居住用宅地等及び(2)貸付事業用宅地等のみが対象となるため、本稿ではこの2つに限定して説明を行う。 (1) 特定居住用宅地等 分かりやすく言えば、他界した方の自宅土地が、この特定居住用宅地等に該当する(*1)。 具体的な要件については次回に検討するが、特定居住用宅地等として小規模宅地特例が適用できる場合には、上限240㎡までの自宅土地について、相続税評価額の80%が評価減されることとなる(租税特別措置法69条の4第2項)(*2)。 (2) 貸付事業用宅地等 賃貸アパート、マンションなどの敷地が該当する。 こちらも具体的な適用要件については次回に検討を行うが、貸付事業用宅地等として小規模宅地特例が適用できる場合には、上限200㎡までの当該土地について、相続税評価額の50%が評価減されることとなる(租税特別措置法69条の4第2項)。 2 小規模宅地特例の適用判断 小規模宅地特例が適用できる土地が1つのみである場合には、小規模宅地特例を適用する土地について「どこを選択するか」という問題は生じない。 不動産としては自宅土地のみを所有する方の相続税申告案件であれば、「特定居住用宅地等として小規模宅地特例が適用できるか否か」の判断がポイントとなる。 一方、自宅土地と賃貸アパートを所有している方の相続税申告業務では、以下の判断が必要となる。 上記のうち(1)相続税の対象となる土地(借地権含む)のそれぞれについて、小規模宅地特例の適用要件を満たしているか否かの判断、つまり、小規模宅地特例の適用要件については次回に検討することとし、今回は(2)小規模宅地特例の適用要件を満たす土地について、どの土地に小規模宅地特例を適用するかの判断について検討を行うこととする。 (A) 賃貸アパート敷地が複数あり、いずれにも小規模宅地特例が適用できる場合 相続人全員の相続税総額を最小にするという視点から、以下すべて検討を行う。 小規模宅地特例が適用できる賃貸アパート敷地が複数ある場合、それぞれの土地の㎡当たりの相続税評価額が高いものから順番に適用し、適用上限面積200㎡まで選択することで、相続税総額を最小化することになる。 (B) 自宅土地と賃貸アパート敷地が一箇所ずつあり、いずれにも小規模宅地特例が適用できる場合 それぞれの土地の㎡当たりの相続税評価額が同じであれば、自宅土地についてまず小規模宅地特例を適用し、適用できる枠が余っている場合には、賃貸アパート敷地について、その適用できる枠まで適用する(*5)。 自宅土地と賃貸アパート敷地とが近隣にある場合、賃貸アパート敷地は貸家建付地評価となるため、自用地評価の約8割となり、多くの場合では、自宅敷地のほうが賃貸アパート敷地よりも㎡当たりの相続税評価額は大きくなることが多い。 この場合にも、自宅敷地にまず小規模宅地特例を適用し、適用できる枠が余っている場合には、賃貸アパート敷地について、その適用できる枠まで適用する。 自宅土地よりも賃貸アパート敷地のほうが、㎡当たりの相続税路線価が高い場合には、それぞれに小規模宅地特例を優先的に適用した場合の土地評価圧縮額を各々計算し、有利な方を選択することとなる。 (了)
企業結合会計基準に対応した 改正連結実務指針等の解説 【第4回】 「取得関連費用(付随費用)の会計処理」 公認会計士 布施 伸章 ◆ 解説 ◆ 1 企業結合における取得関連費用(付随費用を含む)の取扱い 平成25年改正の企業結合会計基準では、取得関連費用(外部のアドバイザー等に支払った特定の報酬・手数料等)は発生した事業年度の費用として処理することとされ(企業結合会計基準26項)、また、主要な取得関連費用の内容及び金額の注記が求められることとされた(企業結合会計基準49項(3)④)。 2 個別上の子会社株式の取得原価の算定における付随費用の取扱い 個別財務諸表における子会社株式の取得原価は、金融商品会計基準及び金融商品会計実務指針に従って算定することになる(企業結合会計基準94項)。 金融商品会計実務指針56項では、金融資産(デリバティブを除く)の取得時における付随費用(支払手数料等)は、取得した金融資産の取得価額に含めることとされており(経常的に発生する費用で、個々の金融資産との対応関係が明確でない付随費用は、取得価額に含めないことができる)、また、金融商品会計Q&AのQ15-2では、個別財務諸表における子会社株式の取得原価には、購入手数料その他、その有価証券の購入のために直接要した費用を含めることとされている。 3 取得関連費用と付随費用との関係 子会社株式の取得原価に含める付随費用(支払手数料等)は、改正前企業結合会計基準26項の「取得とされた企業結合に直接要した支出額のうち、取得の対価性が認められる外部のアドバイザー等に支払った特定の報酬・手数料等」が相当するものと考えられる。 他方、平成25年改正の企業結合会計基準26項における取得関連費用には間接費も含まれるものと考えられることから(企業結合会計基準94項)、取得関連費用には、付随費用より広い範囲の支出が含まれるものと考えられる(金融商品会計Q&AのQ15-2)。 4 付随費用に関する連結財務諸表と個別財務諸表との調整 子会社株式の取得及び一部売却したときの取得関連費用(付随費用)の個別上と連結上の会計処理を設例により解説する。 なお、以下の解説中の仕訳では、付随費用の会計処理に焦点を当てるため、付随費用に関する部分を区分して記載している。 〔前提〕 X1年3月にX社はY社株式のすべて(100株)を1,000(@10)で購入し、その際、手数料等の付随費用を100支払った。 支配獲得時のY社の純資産は1,000であり、その時価と簿価は一致していた。 X2年3月にX社はY社株式の一部(60株)を1,200(@20)で売却した。なお、X2年3月期のY社の損益はゼロであった。 なお、本設例は、付随費用の会計処理の理解を目的とするため、残存株式の保有割合と有価証券の保有区分との関係は無視する。 (1) 子会社株式取得時の付随費用の会計処理 子会社株式の取得関連費用(付随費用を含む)(100)は、個別上は、付随費用は子会社株式の取得価額に含めることとされているが、連結上、発生した連結会計年度の費用として処理される。 (2) 子会社株式売却時の付随費用の会計処理 【ケース1】 子会社株式の一部売却後も支配関係が継続している場合 (※) NCI(Non Controlling Interest)=非支配株主持分 子会社株式を一部売却したものの、残存株式が子会社株式である場合(支配は継続)、連結上、親会社の持分変動による差額は資本剰余金に計上されるため、売却価額(1,200)と親会社持分の減少額(600=1,000×60%)との差額(600)は資本剰余金に計上される。 付随費用については、子会社株式の売却持分に対応した額(60)を、連結上は、資本剰余金に振り替えることになる。 【ケース2】 子会社株式の一部売却により、残存株式が関連会社株式となった場合 (※) 開始仕訳及びその振戻処理は省略している。 子会社株式の一部売却により、残存株式が関連会社株式となった場合(支配の喪失)、連結上、親会社の持分変動による差額は損益に計上されるため、売却価額(1,200)と親会社持分の減少額(600=1,000×60%)との差額(600)は損益に計上される。 付随費用については、子会社株式の売却持分に対応した額(60)を、連結上は、個別財務諸表に計上された子会社株式売却損益の修正として処理することになる。 なお、持分法適用関連会社の株式の帳簿価額には、原則として付随費用が含まれることになるが(持分法実務指針2-2項(3))、本設例のように、支配を喪失して子会社から関連会社となり、持分法を適用することとなった場合には、連結上、支配獲得時に生じた取得関連費用は発生時に費用処理されていることから、関連会社株式の投資原価には過年度に費用処理した支配獲得時の付随費用を含めないことになる(資本連結実務指針46-2項、66-7項)。 【ケース3】 子会社株式の一部売却により、残存株式がその他有価証券となった場合 (※) 開始仕訳及びその振戻処理は省略している。 子会社株式の一部売却により残存株式がその他有価証券となった場合には、連結上、親会社の持分変動による差額は損益に計上されるため、売却価額(1,200)と親会社持分の減少額(600=1,000×60%)との差額(600)は損益に計上される。 付随費用については、子会社株式の売却持分に対応した額(60)を、連結上は、個別財務諸表に計上された子会社株式売却損益の修正として処理することになる。 また、売却後のその他有価証券の帳簿価額は、個別上の帳簿価額によることになる(当該帳簿価額には付随費用(40)が含まれる)。このため、連結上、既に費用処理されている付随費用を資産計上するため、連結範囲から除外される際に、連結株主資本等変動計算書上の利益剰余金の区分に「連結除外に伴う利益剰余金減少高(又は増加高)」等、その内容を示す適当な名称をもって計上することになる(資本連結実務指針46-2項、66-7項)。 5 税効果会計との関係 子会社株式に関する支配獲得時の付随費用や追加取得時の付随費用の会計処理が、連結上と個別上とで異なることから、子会社への投資の個別貸借対照表上の価額と連結貸借対照表上の価額との間に差額が生じることになる。 当該差額は、連結財務諸表固有の一時差異に該当するため、連結税効果実務指針32項(子会社への投資に係る将来減算一時差異について繰延税金資産を計上するための要件)又は37項(配当送金されると見込まれるもの以外の将来加算一時差異)に準じて繰延税金資産又は繰延税金負債の計上の可否及び計上額を決定する。なお、繰延税金資産又は繰延税金負債を計上するときの相手勘定は、法人税等調整額となる(連結税効果実務指針40項及び40-2項のなお書き)。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第45回】 資産除去債務① 「会計処理の概要」 仰星監査法人 公認会計士 菅野 進 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 ① X1年4月1日(設備Aの購入時) ② X2年3月31日(期末時) ③ X6年3月31日(設備Aの除去時) 〈会計処理の解説〉 資産除去債務とは、有形固定資産に係る将来の不可避的な義務に関連して生じる除去費用を当期の負債として財務諸表に反映させたものをいいます。 我が国においては、資産除去債務に関する会計基準が適用される前は、電力業界の原子力発電施設の解体費用等の例を除き、有形固定資産の除去に係る将来の不可避的な義務を財務諸表に反映させる会計処理は、行われていませんでした。 しかし、資産除去債務に関する会計基準の適用によって、例えば、定期借地権契約で賃借した土地の上に建設した建物等を除去する義務、鉱山等の原状回復義務、建物等の除去に伴い付随的に発生するアスベストやPCBを除去する義務等はすべて資産除去債務として整理されることとなりました。 それでは、資産除去債務の会計処理の概要を本事例に沿って見てみましょう。 本事例においては、まず、設備Aを取得した時点で、当該設備を使用後に除去する法的義務が生じることが明らかであるため、資産除去債務を計上する必要があります。 そのため、設備Aの除去に要する将来キャッシュ・フロー100を見積もり、当該将来キャッシュ・フローを現在価値に割り引いた86が資産除去債務として負債に計上されます。同時に、資産除去債務として計上された86と同額を、設備Aの帳簿価額に加えます(①の仕訳)。 設備Aの帳簿価額に加えられた86は、減価償却を通じて、設備Aの残存耐用年数である5年間にわたり、各期に費用配分されます。また、時の経過による資産除去債務の調整額3は、発生時に利息費用として処理します。当該調整額3は、期首の資産除去債務の帳簿価額86に当初資産除去債務計上時の割引率である3%を乗じて算定されます(②の仕訳)。 なお、資産除去債務の履行時の資産除去債務残高100と資産除去債務の履行のために実際に支払われた額120との差額20は発生時の費用として認識されます(③の仕訳)。 設備Aの取得から除去までの費用計上額と資産除去債務の変動をまとめると、下記の表のとおりとなります。 * * * 次回は「資産除去債務の適用範囲」です。資産除去債務についてもう少し詳しく見てみましょう。 (了)
IT業界の労務問題と対応策 【第1回】 「日本のIT業界、拡大の変遷」 社会保険労務士法人スマイング 代表社員 特定社会保険労務士 成澤 紀美 本連載では、拡大を続けるIT業界においてどのような労務問題が起きているかを明らかにしたいが、第1回では、まず、日本におけるこの業界の変遷について触れておきたい。 「IT業界」というと、先進的な技術が次から次と生まれ、スピード感があり、常に世の中の先頭を走っている業界というイメージがあるのではないか。 「IT業界」はコンピュータの登場からその歴史が始まり、インターネットの普及により今では社会の多方面に影響する業界となっている。 1946年、米国で世界初のコンピュータENIAC(エニアック)が開発され、1951年、世界で初めての商用コンピュータが米国政府連邦統計局向けに納入されたのが商用ビジネスとしての普及の第一歩となる。 日本国内では、商用ネットワークは1960年代から実用化が始まっていたが、中小企業や個人向けのネットワークが登場するのは、1995年以降になる。 1980年代に個人向けコンピュータである「パソコン(パーソナル・コンピュータ)」が登場し、さらにパソコンを動かすための基本ソフトであるWindowsの普及により、中小企業や個人でのコンピュータ利用が一気に拡大していく。 1995年以降、国内でインターネットが爆発的な広がりをみせ、当たり前のようにホームページやE-mailを利用するようになった。さらにインターネットの登場で、家庭生活からオフィスでの仕事のやり方までが激変した。 また、携帯電話の普及も我々の生活を一変させる。 1996年以降、本格的に普及し始めた携帯電話は、2000年に入ると1人1台以上保有するまでに普及し、その機能も充実していく。 そして、2007年にアップル社のiPhoneが登場すると、携帯電話市場は一変する。 携帯電話からスマートフォンへと携帯電話市場の潮流は向きを変え、さらにiPadの登場で、新たにタブレット端末市場が登場した。 コンピュータに対する企業の取組みも変化し、今では、商用システムから個人向けアプリケーションと、多種多様な機種・システムが求められている。 さらに、2011年に発生した東日本大震災により、一気にクラウドコンピューティングが進み、コンピュータ産業はクラウドコンピューティングとビッグデータの時代に入りつつあるといえる。 これらの流れから生まれた「IT業界」。ひとくくりに表現されることが多いようだが、実は様々な業種・職種が混在しているのがIT業界といえる。 業界構造から見ると、主に大きく4つに分けられる。 1つ目は携帯ゲーム、SNS、ネット決済などの「インターネットサービス」に注力する業界。 2つ目にコンピュータに必要不可欠なオペレーションシステムや、ワープロ機能・表計算機能など様々な機能を実現させるアプリケーションなどを開発する「ソフトウェア開発」に注力する業界。 3つ目にコンピュータ自体や、その周辺機器などを開発する「ハードウェア開発」に注力する業界。 そして4つ目にインターネットを始めとしたネットワーク環境に必要不可欠な「通信インフラ」を取り扱う業界となる。 次回は、IT業界にありがちな労務トラブルについてお伝えしたい。 (了)
事例でわかる消費税転嫁対策特別措置法のポイントQ&A 【第10回】 「業種別の転嫁拒否等の留意点〔②製造業〕」 のぞみ総合法律事務所 弁護士 大東 泰雄 弁護士 山田 瞳 1 製造業者に対する多数の指導 公正取引委員会及び中小企業庁が平成26年5月13日に公表した「平成26年4月までの消費税転嫁対策の取組について」によれば、公正取引委員会及び中小企業庁が平成26年4月までの間に行った転嫁拒否等の行為に対する勧告・指導1,219件のうち、492件が製造業者に対するものであった。この件数は、卸売業・小売業よりも多く、業種別内訳の中で最大の数となっている。 製造業者に対する指導件数が最大となった理由は、製造業においては、部品等の仕入や製造委託など、他社に対価を支払って物品の提供を受けるという取引が事業の重要な部分を占め、製造原価として大きな負担を強いることになるため、これらの費用を少しでも削減したいという考えが、減額や買いたたき等の行為を誘引することとなりやすいからであると考えられる。 したがって、製造業者は、引き続き公正取引委員会及び中小企業庁による摘発を多数受けることが予想されるため、転嫁拒否等の行為を行うことのないよう、入念な注意が必要となる。 なお、本連載第1回で解説したように、消費税転嫁拒否等の禁止対象となる取引は極めて広範に及ぶものの、製造業者においては、特に部品等の仕入・発注取引に注意が必要であろう。 2 買いたたき及び減額に関する留意点 (1) 部品等を新規に採用する場合 本連載第4回及び第6回で解説したように、買いたたきとは、商品・役務の対価の額を、通常支払われる対価よりも低く定める場合をいう。 そして、「通常支払われる対価」について、公正取引委員会「消費税の転嫁を阻害する行為等に関する消費税転嫁対策特別措置法、独占禁止法及び下請法上の考え方」(以下「公取委ガイドライン」という)は という一文を載せているのみであり、それ以上の解説を行っていない。 そのため、「消費税率引上げ前の対価」が存在しない新規採用の部品等について、「通常支払われる対価」がどのように判断されるかは、ガイドライン上全く明らかにされておらず、公正取引委員会等による調査の現場でどのような判断がなされていくか、不透明と言わざるを得ない。 もっとも、公正取引委員会「『消費税の転嫁を阻害する行為等に関する消費税転嫁対策特別措置法、独占禁止法及び下請法上の考え方(案)』に対する意見の概要とこれに対する考え方」(以下「公取委パブコメ考え方」という)には、以下の記述がある。 これによれば、新規採用の部品等については、当該買手(完成品メーカー等)と売手(部品メーカー等)との間における、同種や類似の部品等の従前の購入・発注価格が参照される一方、市価や他の当事者間における購入・発注価格は基本的には検討されないということになりそうである。 したがって、新規に採用する部品等の購入・発注単価については、当該買手が当該売手から従前より購入したり、発注したりしている部品等の消費税率引上げ前の価格との対比が重要になると思われる。 (2) 既存の部品等に対する定期値引き要請等 製造業においては、継続して特定の部品等の納入を受ける場合、完成品メーカー等が部品メーカー等に対し、定期的に値引きを求め、部品メーカー等がこれに応じているという状況が見受けられるように思われる。 しかし、前述のとおり、公取委ガイドラインは、「通常支払われる対価」について、 と述べ、消費税率引上げ前後の価格の比較が問題となることを明らかにしているのみで、消費税率引上げ後、新たに値引きを行う際の考え方については言及していないため、このような場合における当局の考え方は、不透明な部分が多いと言わざるを得ない。 もっとも、消費税転嫁対策特別措置法は、消費税率引上げのタイミングに限らず、平成29年3月31日まで引き続き適用されるから、消費税率引上げ時に一旦その分だけ対価を引き上げたが、その後値下げを行うという場合にも、買いたたきの問題は生ずるのであり、公取委ガイドラインの上記記述は、典型的な場面について述べたものにすぎないと解される。 定期値引き要請等における考え方の参考になる情報としては、公取委パブコメ考え方における以下の記述がある。 これによれば、「消費税率引上げ分を値下げしてほしい」などと要請する場合に限らず、本体価格について(例えば3%や5%の)値引きを求め、値引きさせた本体価格に8%の消費税相当額を上乗せして支払うような場合にも、買いたたきの問題が生ずるということになる(公取委パブコメ考え方26番参照)。 他方で、買いたたきに当たらない「合理的な理由」が認められるためには、基本的には特定供給事業者のコスト削減等の客観的事情が必要とされるが(本連載第6回)、そのような事情がない場合であっても、当事者の交渉経緯や取引実態によっては、「合理的な理由」が認められる可能性があることが示唆されている(公取委パブコメ考え方27番参照)。 これらを踏まえると、今後の定期コストダウン要請等は、一律に禁止されるものではないが、当局の調査に対し「合理的な理由」を説明できるよう、これまで以上に慎重な対応が求められるといえる。 一例としては、以下のような対応が考えられるであろう。 (3) 買いたたき等の被害を受けた場合の対応 第9回で解説したように、近年、バイイングパワーの増大を背景に、大規模小売事業者が製造業者よりも強い立場に立つ例が多くみられる。そのため、製造業者は、大規模小売事業者等から買いたたきを受ける可能性がある。 このような場合には、消費税転嫁対策特別措置法において報復措置が強力に禁止されていること(同法3条4号)などを踏まえ、公正取引委員会・中小企業庁等に報告することを検討すべきであろう。報告の手段としては、電話や面談のほか、逐次行われる書面調査(本連載第7回参照)への回答として記載することも有効である。 3 商品購入、役務利用または利益提供の要請に関する留意点 公取委ガイドラインが挙げる問題事例(第1部第1、4(6))の中には、製造業で起こる可能性がある事例も多数含まれているが、特に製造業に特有なものとしては、以下のものがある。同様の行為を行うことのないようにご留意いただきたい。 4 独占禁止法・下請法に抵触する行為 第9回で解説したとおり、特定事業者(買手)が、消費税転嫁の拒否に関連して、受領拒否、納期の延期、不当返品、支払遅延、取引拒絶、差別対価、不当な給付内容の変更、不当なやり直し等を行った場合には、消費税転嫁対策特別措置法には違反しないものの、独占禁止法上の優越的地位の濫用や、下請法違反として取締りを受ける可能性がある。 消費税率引上げに伴う優越的地位の濫用規制や下請法に関する考え方は、公取委ガイドライン第1部第2及び第3において解説されており、ここには多数の問題事例が記載されているが、製造業で問題となりやすい事例をピックアップすると、以下のとおりである。 これらに類する行為を行うことのないよう、ご留意いただきたい。 (了)
エコ関連(環境・エネルギーに関する) 助成金・補助金とはどういうものか? 【第1回】 「関連する助成金・補助金の特徴と留意点」 行政書士 石下 貴大 1 エコ関連の助成金とは? よく「助成金」というと、雇用関係のものがイメージされやすいが、エコ関連(いわゆる環境・エネルギーに関する)助成金にも多様な種類のものがある。 エコ関連というと非常に広い概念であるが、大きく分けると に関し普及促進するための「助成金」「補助金」に分けられる。 地球温暖化、砂漠化、生物多様性、環境破壊、資源の枯渇など地球を取り巻く環境問題は多岐にわたっており、我が国としても環境問題への課題は多い。 中でも化石燃料を輸入に頼っている日本にとって、エネルギー問題は非常に重要な問題である。 2010年6月に策定されたエネルギー政策基本法の第三次計画では、2030年に向けた目標として、エネルギー自給率と化石燃料の自主開発比率を倍増して自主エネルギー比率を約70%とすること、電源構成に占めるゼロ・エミッション電源(原子力及び再生可能エネルギー由来)の比率を約70%とすることなどを記載している。 また二酸化炭素の削減目標についても2009年に、排出量を2020年までに1990年比で25%削減するという目標を打ち出した(その後原発の問題もあり2013年の条約第19回締約国会議(COP19)で2020年に「05年比3.8%削減」に修正)。 こうした状況の中で、特にエネルギー問題、低炭素社会への実現に向けた助成金や補助金が地方自治体、環境省、経済産業省、その他外郭団体などから公募されている。 2 どのようなケースで使えるか? エコ関連の助成金・補助金といっても、所管部署が違えば助成金額、補助率、申請主体から申請するための要件も異なる。 また、これらは毎年決まった時期に公募されるというわけではなく、例えば去年公募されていた助成金や補助金が今年はないというケースも珍しくない。 廃止されていないまでも、助成金額や助成率、要件などが変わっていることはよくあるので、申請に当たっては注意が必要だ。 また、助成金や補助金は返済義務がないのがメリットといえるが、先に支払っている費用に対して一部補填されるというものである。 例えばスーパーで使用している照明をすべてLED照明に換える場合に、関連する助成金の申請が通ったとしても、先にそのLEDの代金や工事費を支払い、その金額に対して助成金が支払われるのである。 当然、申請した際の計画との整合性を報告書の形で提出するので、助成金ありきではなく、それぞれの募集事項に合う事業計画をお持ちの場合に検討したほうがよい。 その一方で、太陽光発電システムの設置工事に関しては、要件を満たせば補助金が支給されるというものもある。以前あったエコポイントも同様といえるだろう。 3 それぞれの補助金のカテゴリについて 省エネ、創エネ、蓄エネについて、それぞれもう少し具体的にみていこう。 ① 『省エネ』・・・LED、空調、厨房機器、エコキュート等の省エネ機器など ② 『創エネ』・・・自家発電、コージェネレーションシステム、燃料電池、エネファームなど ③ 『蓄エネ』・・・蓄電池などの蓄エネ設備 * * * 以上、今回はそれぞれの分類と概要についてみてきたが、次回は先日公募されたばかりで、今注目されている「エネルギー使用合理化等事業者支援補助金」について、申請上の注意点などを踏まえながら具体的に見ていきたい。 (了)
会社を成長させる「会計力」 【第10回】 「終わりなきリスクマネジメントへの取組み」 島崎 憲明 《経営改革に成功した総合商社のリスク管理》 総合商社5社の2014年3期の連結純損益は、 三菱商事 4,447億円 三井物産 4,221億円 伊藤忠商事 3,102億円 住友商事 2,230億円 丸紅 2,109億円 となり、各社のROEも資本コストを大幅に上回る高パフォーマンスとなった。 総合商社が業績を伸ばしてきた背景として、資源・エネルギー関連の収益が大きく寄与していることが指摘されるが、2000年初めからのダイナミックな経営改革の実行により、総合商社の収益力が改善されたことに注目すべきであろう。 つまり、資本コストを意識し、「低リスク低リターン」取引から「高リスク高リターン」取引へ、「リスクのないところにリターンはない」、「リスクとリターンはトレードオフの関係にある」という認識への変化である。 これは、「リスクを回避する経営」から、「リスクを取り、リスクを管理する経営」への転換であった。 総合商社各社はアニュアルレポートにおいて、リスクマネジメントへの取組みについて詳説しており、住友商事では2004年度、2007年度、2013年度のアニュアルレポートでリスクマネジメントの特集を組んでいる。 そのうち2004年度では、高度なリスク管理ができてこそ、複雑かつ多様なビジネスを行う資格があるとして、次のように説明している。 さらに2013年度では、リスクマネジメントの基本方針として、 と述べている。 《欧米に比べ遅れていたリスク管理体制》 1990年後半から2000年初めにかけて総合商社各社が推進した経営改革は、不採算事業の縮小・撤退と成長事業・コア事業に経営資源を集中して収益の極大化を図ることであったことは、既に本連載において述べたところである。 事業の集中と選択を関係者の納得の下で進めるために、資本コストを意識したグループ共通のモノサシを開発し、この共通のモノサシ(リスク・リターン指標)を活用した事業ポートフォリオ管理を進めることで収益基盤の改善を実現した。 さらには、グループとして取りうるリスクの許容度を定め、想定最大損失(リスクアセット)は、会社全体の体力に当たる株主資本の範囲内に収めるという大原則を決め、それを徹底した。 計測可能リスクと計測不能リスクとを「統合的に管理する仕組み」(ERM : Enterprise Risk Management)を構築したのである。 筆者が企業の抱えるリスクについて初めて網羅的に認識したのは、1996年にリスク・リターン指標の開発を手掛けた際に、コンサルタント会社(A.T.Kearney 社)からリスク・プロファイルについて説明を受けた時であった。 今から17年ほど前になるが、それほど古い話ではなく、これがリスクの定量的把握と統合的リスク管理の仕組みを構築する契機となった。 当時の資料では「企業を取り巻くリスク」として次のように整理している。 日本においては、今でこそリスクマネジメントが広く理解されているが、当時は「目からウロコ」の話であった。 この種の研究はアメリカが一歩も二歩も進んでいたように思う。いわゆる日本的経営は終身雇用、銀行などからの間接金融、株式の持合などに特徴があると言われていたが、このようなビジネス環境下では、企業を取り巻くリスクについて欧米ほどは意識しなくてもよかったし、リスクに対するセンスや感応度があまり磨かれなかったのかもしれない。 ただし、日本企業が市場から資金を調達し、海外での投融資やグローバルマーケットでのビジネス展開が増えてくるにつれ、欧米並みのリスクマネジメントが必要となってきたのである。 《各リスクにおいて重要なこと》 上記のRiskを整理してみると、「計測可能リスク」と「計測不能リスク」に大別することができる。 計測可能リスクは、「定量化が可能なリスク」であり、定量化の手法が開発されれば数字に基づくリスク管理が可能になる。企業が抱えるリスクが企業の体力に比べて妥当な水準にあるかとか、リスクの分散度合いなどを客観的に把握しながらの経営に進化していくのだ。 計測可能リスクは 投資 信用 市場 集中 の4つに整理できる。 以下では、そのうち「投資」、「信用」、「集中」リスクの管理と計測不能リスクについて、住友商事2013年度アニュアルレポートを参考に説明する。 《リスク管理は制度ではなく『人』が行う》 どれだけ堅牢なリスクマネジメント・システムを構築しても、ビジネスに伴うリスクを完全に防ぐことはできない。 このためリスクが顕在化したら、それを早期に発見し、迅速かつ適切な対応をとり、損失の累増や二次損失の発生を抑止する体制の整備が必要となる。 そのためには、かかる事態発生の報告が間髪入れず、しかるべき部署に報告されること、すなわち、事態が発生したら「まずは一報」を徹底し、対策・対応が後手に回らぬことが肝要である。 リスクマネジメントのフレームワークは、いったん作り上げたら、これで良いというものではない。 企業を取り巻く外部環境は常に変化しており、企業による新たな事業への取組みは止むことがない。これらの動きに適切に対応していくには、経営トップの主導のもと、構築した制度のタイムリーな見直しと、役職員一人一人のリスク管理能力のレベルアップを図るための教育・研修を欠かすことはできない。 要は、リスク管理を行うのは「制度ではなく人だ」ということを忘れてはならないのである。 (了)
私が出会った[相続]のお話 【第6回】 「誤った遺産分割アドバイスにご注意を」 ~目先の節税対策が“争続”リスクに~ 財務コンサルタント 木山 順三 〔Oさんからのご依頼〕 Oさんは、Oさんのご主人の後妻としてO家に入り、Oさんのご主人と先妻との間には2人の子供(長男、長女)がいました。しかしながらOさんは、Oさんのご主人と先妻との子供たちとは養子縁組をしていませんでした(Oさんと長女との関係がうまくいっていなかったのが1つの理由)。 そんな時、Oさんのご主人の相続が発生したのです。 相続手続については、担当税理士のもとに遺産分割協議も整い、不動産を含む各自への財産分与も無事に行われました。 それから10年近く経ち、Oさんはご自身の係累が少ないことを考え、自らのこれからの行く末と、財産の管理と処分等に思い悩むようになっていました。 そんなある日、共通の友人の紹介で、Oさんから私のもとにアドバイスしてもらいたい旨のご依頼があったのです。 〔亡夫の長男に〕 まずOさんに、Oさんの相続人に当たる該当者を聞きました。 するとOさんは、自分の親戚は短命の人が多く、今までもほとんど音信がなくわずかに甥が一人いるはずだけだとのことでした。そして自分の財産は付き合いの薄い親戚よりも、亡くなった夫の子供(長男)に遺贈したいとのことでした。 その理由は、自分が亡くなったら夫のお墓に入れてもらい、夫の長男に祭ってもらうためということです。 ただしOさんは、養子縁組までするつもりはありませんでした。それというのも、Oさんのご主人と先妻は死に別れでなく生き別れであり、今も子供たちと行き来している模様だからです。 次に私は、Oさんの夫から相続した財産を含む、Oさん自身の財産明細を提出してもらいました。そのうえで今後のOさんのゆとりある生活の維持と、将来の相続対策を講じなければなりません。 その結果、金融資産等については全く問題がありませんでした。 ところが、居宅マンションを含む不動産のうち、収益不動産(事務所用テナントビル)については、大いに問題があることが判明しました。 〔事務所用テナントビルの所有関係〕 本物件は夫からの相続財産で、その遺産分割処理が将来リスクを抱えていました。 すなわち、事務所用ビル(建物)はすべてOさんの所有だったのですが、敷地は、Oさんには1/2、亡夫と先妻との子供たちに1/4ずつ共有持ち分で相続されていたのです。 どうやら税理士としてもOさんの立場を考慮し、潤沢な生活費を維持するためフロー所得を生ずるような分割としたのかもしれません(あるいは生前からの故人の希望かもしれませんが・・・)。 しかし、このままで突然にOさん自身の相続を迎えるとすると、どのような事態が予想されるでしょう。 まず、事務所用テナントビルの建物とその敷地の1/2は、Oさんの甥が相続することになります。一方、敷地の1/4ずつは、亡くなったOさんのご主人の子供たち2人の所有物となっています。 このように1つの収益物件を、他人同士の3人(うち2人は兄妹)が所有することになるのです。 やはりご主人の遺産分割の際に、不動産については単独所有にしておくべきだったのです。 Oさんに万一のことがあったときは、今以上に複雑な状態となります。 〈夫死亡時の収益不動産の分割状態〉 〔早急な対策が必要です!〕 そこで、この状態を解決するためには 等が考えられます。 このほか養子縁組対応なども考えられますが、前述のとおり先妻への感情面と亡夫の長女との不仲もあり、主に上記の①~④の方法を検討することにしました。 Oさん自身、自分が万一のときは、亡夫の長男に不動産を遺贈するつもりでした。それでも一部はまだ亡夫の長女の所有であり、長男の単独所有が望めないことや、お金で所有すれば自分も思いのまま活用できることから、生前にこの物件の売却をする決心をしました。 その結果、ちょうど亡夫の子供たちもお金が必要であったということで、本物件の売却に同意してくれました。 売りに出すと幸いにして比較的高く売却でき、各々の持分に応じて売却金を分配しました。 さあ、これでややこしい不動産も解決しました。 しかし、まだ居宅マンション(すべてOさんが所有)や金融資産があり、いずれにしても遺言書作成を早急にしなくてはなりません。 〔相続人が・・・13人?!〕 そこでOさんの希望通り、すべて亡夫の長男に遺贈する旨の遺言書作成のため、関係書類を取り寄せることになりました。 するとどうでしょう。 驚きの事実関係が判明したのです・・・ Oさんは複雑な家庭に育ち、戦前の3歳の時に養子に出され、しかも両方の両親とも早くから死に別れていました。そんなわけで生家との付き合いも全くなく(自分では養子に出されたという認識もなかった)、今日まで唯一、甥が1人いるというだけのつもりでした。 ところが戸籍謄本を取り寄せてみると、初めて自分には生家があることが判明し、次にその生家・養家と合わせ計13人(ほとんどが代襲相続人)もの推定相続人がいることが確認されました。 もしOさんの遺言書作成前に相続事態が発生すれば、法定相続人13人に相続権が移ります。当然ながらその13人は、Oさんの財産を期待するはずです。 大変なことになりました。 早急に亡夫の長男へ遺贈する旨の遺言書を作成する必要があります。 しかしながら、たとえ遺言書を作成したとしても、遺言執行に際しての告知等、13人もの相続人への対応は、執行者にとって大変な負担となります。 また、仮に自筆証書遺言書にて遺贈文言等の要件不備があった場合はどうなるでしょうか。 その遺言書の有効性の問題で「争族」になることが必至です。 このことから、できるだけ公正証書遺言書にて作成することをお勧めしました。 そして本件は、私の紹介する信頼のおける弁護士にその内容を検証してもらい、いざ相続に際しては、弁護士を遺言執行者として遺産の整理をお願いすることにしたのです。 〈判明後の家族構成〉 〔そもそもの原因は何ですか?〕 もし不動産の整理をしなかったら? もし遺言書を作成していなかったら? 当初考えていた法定相続人が甥1人でなく、なんと13人もの相続人がいるのがわからないままだったのです。 そしてOさんのご主人の子供2人が、同じ不動産を、13人の他人と共有することになっていたのです。 その複雑さを考えるだけで、ゾッとしますね。 最初の遺産分割が、このようなリスクを発生させることもあるのです。 Oさんのケースでは、本来、収益マンションをOさんが全部相続し、亡夫の子供たちへはその見合い分を金融資産で分与すべきだったのです。 * * * いかに将来まで見据えた分割協議が大切であるかがお分かりいただけたかと思います。 なおOさんには、自宅マンション以外の金融資産については、自分自身が元気な間に大いに活用し、生活をエンジョイされることをお勧めしたのは言うまでもありません。 Oさんは現在、年何回かの海外旅行を心行くまで楽しまれ、海外先からその様子を知らせるお葉書が私の事務所へ時々届けられます。 (了)