〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第34回】 「移転価格税制と住民訴訟(地判平7.3.6、高判平8.3.28)(その3)」 ~旧日米租税条約11条、25条1項、租税条約実施特例法7条、8条、国税通則法23条2項3号、同施行令6条1項4号~ 税理士 中野 洋 9 検討 (1) 本件日米合意の租税条約適合性 ◎適合しない課税の対象について(「条約」か「規定」か) 第一審判決では、「条約に適合しない課税」については、特に判示することもなく、前記6(1)②の判示のとおり、同条約における経済的二重課税に対して相互協議の申立てを行うことができるとした。 控訴審判決では、租税条約の「目的」や「常識」という概念により広く解し、「移転価格の調整によって生ずる経済的二重課税は、少なくとも租税条約の精神に反する」というOECD租税委員会の見解を根拠とした。 第一審、控訴審ともに、どの条項に適合しない課税をいうのかについて、具体的な判示をしておらず、これらの考え方によると、条約の目的や精神から経済的二重課税があれば、日米条約25条1項にいう「この条約に適合しない課税」ということになりかねない。では、その場合には寄附金による二重課税はどうなるのか。寄附金課税が国内立法であることから、寄附金課税を直接禁止する条項が租税条約に存在せず、特殊関連企業条項に違反しているわけではない点などから、相互協議の対象にはならないと考えられている(※13)。しかしながら、締約国間の経済的二重課税と広く解した場合には、相互協議の対象になると解さざるを得なくなる。 (※13) 国際税務研究グループ前掲(※12)書258頁。 そこで、経済的二重課税といった基準によって広く解釈するのではなく、具体的にどの条項に違反しているから「この条約の規定に・・・適合しない」(※14)といったアプローチが必要である。この点については「一方の締約国により独立企業の原則に基づく移転価格課税が行われた場合には、他方の締約国においてそれに対する対応措置が行われるまでは『適合しない課税』が存在することとなり、移転価格課税が相互協議の対象とされる直接の根拠は、経済的二重課税の存在そのものではなく『特殊関連企業条項に適合しない課税』である」(※15)という解釈が適切であろう。また、前記8(1)②の金子教授の解釈は、条約執行説を基礎に置くものであるが、同説の是非はさておき、「適合しない課税」を特殊関連企業条項との関係で整理しようとしている点に賛同する。 (※14) この点については、当時と現在の日米条約の国税庁資料にも表れている。例えば、当時の日米条約についての『租税関係法規集』国税庁(1998年)では、「この条約に適合しない」となっているのに対して、現在は「この条約の規定に・・・適合しない」となっている。 (※15) 国際税務研究グループ前掲(※12)書242頁~243頁。さらに「経済的二重課税が存在するから相互協議を行わなければならないのではなく、条約の規定に適合しない課税が存在するから相互協議を行い、それを回避することにより二重課税が結果的に排除されることになるのである」と続ける(同243頁)。 (2) 本件国税処分の適法性 第一審と控訴審の判示の違いとして、特例法7条は必要ではないと判示した第一審とは異なり、控訴審では、本件日米合意が特例法7条の施行後に成立していることから問題なしとした。さらに、控訴審判決は、特例法7条には対応的調整を遡ってなし得る期間についてなんらの制限がないとして、通常の更正の請求期限を経過した期間の対応的調整も可能であるとした。 当時においても国内的調整措置としては、既に国通法23条2項3号、国通令6条1項4号があった。これらの規定で十分であったかどうかについては「国税一般について、更正の請求の手続きを一般的に定めたものであり、これらに該当することを理由として更正の請求がなされた場合には、個々の税法の課税要件の実体規定に基づいて、その内容を吟味して判断すべきであり、この規定のみで直ちに更正の請求が認められるわけではない」(※16)とする見解がある。特例法7条もまた手続規定であり、実体規定ではないものの、このような理解に基づけば、第一審判決の見解は妥当ではなく、少なくとも特例法7条は必須であったと思われる。 (※16) 荻野豊『実務 国税通則法』大蔵財務協会(1994年)149頁 小松教授は「対応調整の直接的な法的根拠は、租税条約の相互協議条項に求めることになる。租税条約の相互協議条項に基づく対応調整の義務を履行するための国内法上の実施規定である特例法7条(対応調整)が導入された趣旨は、相互協議条項では具体的な調整の方法などについては必ずしも明らかになっているとは言いがたい。そこで、・・・我が国が行う対応調整についても国内法上の取扱いを明確にしようとしたもの」(※17)と述べている。 (※17) 小松芳明『国際租税法講義[増補版]』税務経理協会(1999年)269頁。この見解は、『昭和61年度版 改正税法のすべて』大蔵財務協会(1986年)214頁の特例法の改正の趣旨と同様のものである。このような対応的調整の直接的な法的根拠を相互協議条項に求める解釈は、日米条約25条2項及び4項が対応的調整の役割を果たす規定であるからであろう。2項では所得又は所得控除、税額控除その他の租税の減免の配分について、合意するように努めるため協議できる旨規定しており、4項では合意に達した場合、合意に従って租税の還付等を行う旨規定されている。 一方、谷口教授は、特例法7条を実体法との関係においても整理する。曰く「特殊関連企業条項を一方の締約国における移転価格課税の側面と他方の締約国における対応的調整の側面とを併有する規定であると考えると、特殊関連企業条項こそが対応的調整の実体法的根拠であり、しかも同条項は課税制限規範として国内で直接適用され、対応的調整を直接根拠づけると解されるから、7条の規定は、実体法的には特殊関連企業条項との関係で、手続法的には相互協議条項との関係でそれぞれ確認規定であると解すべきであろう」(※18)。なお、ここでいう特殊関連企業条項は、日米条約11条1項を指している。 (※18) 谷口勢津夫『租税条約論』太陽社(1999年)頁45頁 このような解釈は倉内氏の見解と共通の認識に立っている。倉内氏は「特殊関連企業条項(第一項)は、発生の経緯、置かれている位置から考えて、二重課税を回避するために課税権を配分する目的を担った規定という一面があると解される。したがって、この第一項により、課税権の配分を行うには独立企業の原則によるべきであることと、独立企業の原則に従って課税権の配分を行う限りにおいて、他方の国の課税権に優先することという効果が生じると解される。したがって、独立企業の原則に従った課税は他方の国の課税権に優先し、第二項がなくとも他方の締約国に対応的調整の義務を発生させる」(※19)としている。このような点を踏まえると、適合するかしないかの対象は、独立企業原則に適合するかしないか、というふうに言い換えることができる。 (※19) 倉内敏行「相互協議の対象について-「租税条約に適合しない課税」の解釈に関する一考察-」税務大学校論叢27号(1996年)169頁 最後に、対応的調整の定義について考えてみる。モデル条約の特殊関連企業条項(1項の独立企業原則による配分と2項の対応的調整)は、米国のIRC482条をなぞった規定である。そして、対応的調整は、所得振替防止の観点から、所得等を配分する際の他方の減額調整を指す。IRC482条は国内外を通じて適用される規定であるところ、国内取引の場合には、自動的な調整機能としての側面を有する。すなわち、一方の所得の増額に対応して、他方の所得を減額することであり、所得振替防止の観点からは、課税庁の権限において、他方の対応的調整を要件として、一方の所得を増額することが認められる(※20)。しかしながら、国際取引の場合には、国家間の利害が対立するため、自動的な調整というわけにはいかない。課税管轄が異なるため、他方の減額調整は、相互協議による合意と合意後の国内実施手続きの両方を含めた概念ということになる。 (※20) 増井良啓『結合企業課税の理論』東京大学出版会(2002年)187頁~190頁 国際取引における対応的調整は、実務手続きの観点からは、合意後の国内実施手続きを指すが、機能的な観点からは相互協議による合意を含めた概念ということができる。他方の減額調整は、手続的側面からは、相互協議における合意と合意後の国内実施手続に分けて考える必要があるところ、控訴審判決は混同していた。その原因はこの辺りにあるのではないかと考える。 10 総括 本件においては、特殊関連企業条項の独立企業原則に適合しない課税として、個別事案協議の申出を行い、合意に基づいて、対応的調整を行うという流れになる。したがって、日米条約25条1項の協議は、日米条約11条1項に適合しない課税を理由に行われるので、モデル条約9条2項の対応的調整に相当する規定の有無は何ら関係がないという理解となる。同規定は確認規定である。 租税条約における特殊関連企業条項と国内法との関係を整理すれば、筆者は制限効果説の立場から、特殊関連企業条項が両締約国の国内法を制限するという解釈に注目している(制限効果説に基づく特殊関連企業条項違反説(※21))。この説によると、特殊関連企業条項に適合しない課税は、この条項によって制限された締約国の国内法にも違反することになり、その違反の効力は、移転価格課税を行った一方の締約国のみならず、対応的調整をしない他方の締約国にも及ぶ。そして「一方の締約国の移転価格課税がこの独立企業原則に適合するものである場合には、他方の締約国が対応的調整義務を負う」ことになる(※22)。 (※21) 谷口前掲(※18)書116頁~117頁 (※22) 谷口前掲(※18)書111頁~114頁 本事案に関する村井正先生の一角塾の講評では「当時はラフな議論をしていたし、移転価格税制に関する誤解も多かった」という意見があった。諸外国(主に米国)に対する牽制として、あるいは、伝家の宝刀として導入すべし、という議論もあった(※23)。伝家の宝刀ということは滅多に抜くわけにはいかない。モデル条約9条2項を自動的調整規定と誤解していた可能性も否定できず、当時は、制度に対する理解も定着していなかったものと思われる(※24)。 (※23) 金子前掲(※5)書363頁~364頁 (※24) また、移転価格税制が導入される約7年前の解説本ではあるが、五味雄治・小沢進『日米租税条約逐条別解説[非売品]』日本租税研究協会(1979年)53頁によると、第11条(特殊関連企業)の冒頭に「本条項は、『特殊関連者の行為計算否認』を規定するものである」と解説している。また、第一審のXの主張においては「我が国においては・・・脱税防止等の観点から税務当局が企業全体の総所得を見直した上で必要な課税処分をすることができるという税制(移転価格税制)は採用されておらず」と述べており、導入前は脱税防止のための行為計算否認規定と理解されていた可能性もある。 11 終わりに この事件では「移転価格税制の適用によって、地方団体が莫大な税収を、その徴収からはるか後に失うこととなる可能性を示し・・・地方団体が関与する余地がなく、国の決定に一方的かつ全面的に拘束される(※25)」という点が詳らかになったが、このことは一方では、わが国で移転価格課税による増額更正が行われた場合、地方公共団体にとっては思わぬ税収となることを示唆しているし、納税者の立場から見れば、国税の増額更正処分に連動して、多額の地方税の追徴課税が生じることを意味している。 (※25) 渋谷雅弘『所得課税の理論と実務―移転価格と金融取引』有斐閣(1997年)181頁 本事案は移転価格税制の適用に付随する対応的調整についての問題であったが、移転価格課税に連動した付随的な課税という意味では、第二次調整という問題がある。本件の場合でいうと、米国子会社への輸出価格が独立企業間価格に比べて高額であるとして、課税上の取引価額を減額したわけだが、これはあくまで課税上の措置であり、実際の取引価格は減額されていない。米国は第二次調整を行う国であるため、実際の取引価格と課税上の取引価格の差額については、子会社から親会社に対して配当があったとして、みなし配当課税がされるはずである。また、相手国でみなし配当課税された源泉所得税は、わが国で外国税額控除の対象とならない。対応的調整によって、関連当事者間の経済的二重課税が解消されたと思ったら、別の二重課税が待ち受けているのである。しかも、第二次調整は国内法の問題であるとされているため、通常は、相互協議の対象とならない。わが国は第二次調整による課税を行わないことから、第二次調整による課税リスクは、相手国の国内法によって引き起こされる。 (了)
有価証券報告書における作成実務のポイント 【第2回】 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 今回は、有価証券報告書のうち、第一部【企業情報】第1【企業の概況】4【関係会社の状況】から5【従業員の状況】までの作成実務ポイントについて解説する。 なお、本解説では2023年3月期の有価証券報告書(連結あり/特例財務諸表提出会社/日本基準)に原則、適用される法令等に基づき解説している。 1 【関係会社の状況】の作成実務ポイント ここでの関係会社の範囲とは、連結子会社、持分法適用関連会社、親会社、その他の関係会社(提出会社が他の会社等の関連会社である場合における当該他の会社等)をいい、当連結会計年度の関係会社の状況について記載する。作成ポイントは、以下のとおりである。 (※1) 特定子会社とは、以下の特定関係のいずれか1つ以上に該当する子会社をいう。 ・提出会社の最近事業年度に対応する期間において、提出会社に対する売上高の総額又は仕入高の総額が提出会社の仕入高の総額又は売上高の総額の10%以上 ・提出会社の最近事業年度の末日において純資産額が提出会社の純資産額の30%以上に相当する場合(提出会社の負債の総額が資産の総額以上である場合を除く) ・資本金の額又は出資の額が提出会社の資本金の額の10%以上に相当する場合 (※2) 主要な損益情報等は、内部取引消去前の金額で記載することが考えられる。 【事例:東京汽船(株)2023年3月期の有価証券報告書】 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 2 【従業員の状況】の作成実務ポイント 従業員の状況では、当連結会計年度末の従業員の状況を記載する。作成ポイントは、以下のとおりである。 〈「管理職に占める女性労働者の割合」、「男性労働者の育児休業取得率」、「労働者の男女の賃金の差異」について、法律と開示義務の関係〉 【事例:持田製薬(株)2023年3月期の有価証券報告書】 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 【事例:(株)ミンカブ・ジ・インフォノイド2023年3月期の有価証券報告書】 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (了)
開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第18回】 「賃貸等不動産に関する注記」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表における賃貸等不動産に関する注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 賃貸等不動産に関する注記は、重要性の乏しいものを除き、次の事項を記載することとされています。 ① 賃貸等不動産の状況に関する事項 ② 賃貸等不動産の時価に関する事項 なお、連結注記表を作成する株式会社は、個別注記表における注記を要しないため、連結計算書類の作成義務のある会社では個別注記表における当該注記は不要です。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、連結注記表、個別注記表それぞれ次のような注記が考えられます。 【連結注記表】 【個別注記表】 2 注記事項の解説 (1) 賃貸等不動産に関する注記の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき賃貸等不動産に関する注記事項は次のとおりです。なお、重要性が乏しい場合は注記を省略できます(会社計算規則第110条第1項)。 (※1) 連結注記表を作成する株式会社は、個別注記表における注記を要しません(会社計算規則第110条第2項)。 (2) 注記事項の解説 賃貸等不動産の時価に関する注記は、時価情報に対するニーズが拡大している等の背景を踏まえ、国際的な会計基準とのコンバージェンスを図る観点から求められるようになりました。 「賃貸等不動産」とは、棚卸資産に分類されている不動産以外のものであって、賃貸収益又はキャピタル・ゲインの獲得を目的として保有されている不動産(ファイナンス・リース取引の貸手における不動産を除く)をいいます。したがって、物品の製造や販売、サービスの提供、経営管理に使用されている場合は賃貸等不動産には含まれません。 それでは、実際の注記を見ていきましょう。 [三愛オブリ株式会社 2023年3月期 連結注記表] ※三愛オブリ株式会社「第92回定時株主総会の招集に際しての電子提供措置事項」8頁より抜粋。 [東急不動産ホールディングス株式会社 2023年3月期 連結注記表] ※東急不動産ホールディングス株式会社「第10回定時株主総会 その他の電子提供措置事項(交付書面省略事項)」23頁より抜粋。 * * * 次回の第19回は、「関連当事者に関する注記」をテーマに解説します。 (了)
税理士事務所の労務管理Q&A 【第17回】 「休日労働と代休、休日の振替」 特定社会保険労務士 佐竹 康男 法定休日に労働した場合は、35%以上の割増賃金を支払わなければなりません。 休日労働について代休付与や休日の振替で対応している事業所もあります。今回は、休日労働と代休や休日の振替との関係について解説します。 * * 解 説 * * 1 休日労働 休日は、原則として毎週1回以上与えなければなりませんが、4週間を通じ4日以上の休日を与える変形休日制を採用することも可能です。この法定休日に労働させた場合には、35%以上の割増賃金が必要となります。 〈法定休日に労働させた場合〉 法定休日を日曜日にした場合は、土曜日や国民の祝日など他の休日に労働しても休日労働にはなりません。したがって、土曜日の労働に対しては35%以上の割増賃金の支払いは必要ありません。ただし、その日の労働時間が8時間を超えた場合や、以下のとおり1週間の労働時間が40時間を超えた場合は時間外労働になりますので25%以上の割増賃金が必要になります。 〈法定休日以外の休日に労働させた場合〉 同じ休日でも法定休日とそれ以外の休日では割増率が違ってくるため、労使間で十分協議の上、就業規則で法定休日を規定してください。 2 休日労働と代休 休日労働をした場合は、後日代休を与えたからといっても、法定休日に労働したという事実は変わりませんので、35%以上の割増賃金を支払わなければなりません。 代休とは、実際に休日に労働させた後に、その代償として他の労働日の労働義務を免除することをいいますが、労働基準法では、代休について規定がありません。 代休を取った場合にその日の賃金をどうするかは、労使間で協議の上、定めることになります。有給でも無給でも構いません。 3 休日の振替 休日の振替とは、業務等の都合によりあらかじめ休日と定められた日を労働日とし、他の特定の労働日を休日とすることです。 例えば、以下のようにもともと休日であった日曜日をその週の水曜日と振り替えた場合、日曜日が労働日になり水曜日が休日になります。この場合、日曜日は休日ではないので、休日労働に対する割増賃金の支払義務は生じません。 〈日曜日と水曜日を振り替えて日曜日に労働させた場合〉 ただし、その日の労働時間が8時間を超えた場合や振り替えたことにより、その週の労働時間が40時間を超えるときは、時間外労働に対する割増賃金が発生します。 休日の振替を行う場合には、就業規則において、できるだけ休日振替の具体的な事由と振り替えるべき日を規定することが望ましく、また、振り替えるべき日については、振り替えられた日以降できる限り近接している日が望ましいとされています。 以下の就業規則例を参考にしてください。 〈就業規則例〉 (了)
〈一問一答〉 副業・兼業に関する担当者のギモン 【第7回】 「副業・兼業と従業員の健康管理」 弁護士法人東町法律事務所 弁護士 木下 雅之 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 労働者の健康管理 会社は、労働者が副業・兼業をしているか否かにかかわらず、労働安全衛生法第66条などの法令の規定に基づき、健康診断、長時間労働者に対する面接指導、ストレスチェックやこれらの結果に基づく事後措置等の健康確保措置を実施しなければならない。 この点、副業・兼業ガイドラインは、会社が労働者の副業・兼業を認めている場合の健康管理に関し、会社は、労働者に対して、健康保持のため自己管理を行うよう指示し、心身の不調があれば都度相談を受ける旨を伝えるとともに、副業・兼業の状況を踏まえ、必要に応じて法令が規定する内容を超えた健康確保措置を実施するなど、労使の話し合い等を通じ、副業・兼業を行う労働者の健康確保に資する措置を実施することが適当であると指摘している。また、副業・兼業を行う労働者の長時間労働や不規則な労働による健康障害を防止する観点から、働き過ぎにならないよう、自社での労務と副業・兼業先での労務との兼ね合いの中で、時間外労働の免除や抑制等を行うなど、それぞれの事業場において適切な措置を講じることができるよう、労使で話し合うことが適当であるとも指摘している(副業・兼業ガイドライン3(3)イ)。 2 使用者の安全配慮義務 労働者が過重労働に起因して死亡したり、うつ病に罹患して自殺したりするようなケースにおいて、これまでの裁判例は、会社の安全配慮義務違反による債務不履行責任を認めており、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」と判断されてきた(電通事件=最高裁平成12年3月24日判決民集54巻3号1155頁。なお、同判決は、不法行為責任の注意義務に関する判断であるが、その後の裁判例は、この注意義務と同一内容の義務を労働契約上の安全配慮義務として肯定している)。 また、労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定し、会社の安全配慮義務を法律上も明記している。 このような安全配慮義務の具体的な内容として、過重労働に起因する疾病・死亡・自殺等のケースにおいては、会社は、以下のような義務の履行を求められる。 3 副業・兼業と安全配慮義務 それでは、万が一、労働者が副業・兼業に伴う過重労働により健康を害した場合に、本業先の企業は、副業・兼業を認めていたという事情により、安全配慮義務違反の責任が認められたり、責任が重くなったりすることがあるのか。あるいは、副業・兼業を行う労働者が長時間労働や不規則な労働によって健康に悪影響を及ぼす可能性が想定されるような場合に、本業先の企業は、安全配慮義務の履行の一環として、副業・兼業の許可を取り消す義務を負うのであろうか。 この点、副業・兼業は、本来労働者の私生活における行為であるため、本業先の企業が当然にその中止等について指示する権限を有するものではない。また、そもそも安全配慮義務は、会社による管理支配が及ぶ状況があることを前提とするが、副業・兼業先における業務について本業先の企業の管理支配が及ぶわけでもない。加えて、副業・兼業は、基本的に労働者の自発的意思によって行われるものであり、安易な許可の取消しは、キャリア形成の観点から労働者が行った自己決定を否定する結果ともなりかねない。 これらの事情に加え、一般的な健康管理は、本来、労働者の自己責任によって行われるべきものであることも併せ考慮すると、仮に労働者が副業・兼業に伴う過重労働によって健康を害した場合であっても、副業・兼業を認めていたという事情をもって、当然に本業先の企業に安全配慮義務違反の責任が認められると解するのは相当でないように思われる。 他方で、本業先の企業として、労働者が実際に健康を害する高度の危険があると把握したような場合、例えば、健康診断やストレスチェック等における医学的知見をもとに当該労働者が疾病に至る高度の危険を有すると判断されるような場合には、上記①および②の義務の履行として、当該労働者に対するヒアリング等によって疲労の蓄積や体調悪化の原因・程度を把握するとともに、上記③および④の義務の履行として、労働時間や業務の軽減等の措置をとる義務が生じるものと解される。この場合、労働者の疲労の蓄積や体調悪化の原因が副業・兼業の業務状況にあると認められるときは、副業・兼業の許可を取り消す措置(【第4回】参照)を検討する必要がある場合もあろう。 副業・兼業ガイドラインも、副業・兼業の場合には、副業・兼業を行う労働者を使用するすべての使用者が安全配慮義務を負っているとしたうえで、副業・兼業に関して安全配慮義務違反が問題となり得る場合としては、使用者が、労働者の全体としての業務量・時間が過重であることを把握しながら、何らの配慮をしないまま、労働者の健康に支障が生じるに至った場合等が考えられるとしている(副業・兼業ガイドライン3(1)ア)。 (了)
事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第27回】 「中古車販売会社の保険金過剰請求事件 -現場の声が上がってこなかった理由」 弁護士 原 正雄 2023年7月25日、中古車販売会社のBM社が記者会見を開いた。事故車両の修理の際に意図的な損壊や不要な部品交換などを行って保険金を過剰に請求していた、その責任を取って社長が辞任する、という内容であった。BM社はその後、国土交通省からの自動車整備の事業停止処分や民間車検場の指定取消、金融庁からの保険代理店登録の取消に至った。 今回の不正はBM社のBP部門で生じたものであった。BPとは「bodywork & paint」すなわち鈑金塗装のことで、車両の修理を意味する。BM社の事業は中古車の買取・販売が中心であり、BP部門の売上はグルーブ全体の2~3%にすぎない。そうした部門でなぜ本件のような重大な問題が生じたのか。また、そうした重大な問題が生じていることについて、なぜ経営陣に報告が上がってこなかったのか。2023年6月26日付の特別調査委員会の調査報告書に基づいて以下分析する。 1 不正の内容 特別調査委員会のサンプルテストによれば、検証対象の約44%に不正の疑いがあった。また、アンケート(回答率97.9%)によれば、回答者の27.2%が「自ら不正に関与した」と回答し、17.8%が「他の者による不正を見聞きした」と回答した。BM社のBP部門において不正が蔓延していた状況が窺える。その手法は、以下のとおりであった。 (1) 損傷の確認 BM社は、損保会社から車両修理案件の紹介を受ける。BM社は、BP工場で修理車両を受け入れ、フロント(または工場長)が損傷を確認し、写真を撮影する。 ところがBP工場では、損傷の確認時に物理的に車体に傷を付け、修理範囲を拡大させることがあった。また、損傷がないのにあるように装う写真や、損傷を実際より広範囲に装う写真を撮影することなどもあった。 BM社では、損保各社との修理代の交渉を一括して行う部門として「PT」という部署があった。「PT」はBP工場からそうした写真などのデータ送信を受け、そのまま初期見積書を作成し、損保会社に送信していた。 (2) 鈑金作業・塗装作業 損保会社が初期見積書を確認した後、BP工場は初期見積書に基づき、修理や部品交換、塗装作業を行う。 ところが、BP工場では、不要な部品交換を行うことがあった。また、人力で牽引可能であるのに工賃が高額なタワー牽引を行うことがあった。さらに、タワー牽引をしていないのにしたと装う写真を撮影することなどもあった。 塗装においても、不要な塗装を行うことがあった。また、高機能塗装をしていないのにしたと装う写真を撮影することなどもあった。 (3) 損保会社との協定 修理後、「PT」はBP工場から修理状況の写真を受け取り、その内容を確認して協定見積書を作成し、損保会社に送付する。それに基づいて損保会社は保険金を支払う。 しかし、上記によってBM社は、協定において使用していない部品の費用や、実施していない作業の費用を計上し、過剰な保険金を請求していた。 2 不正の原因 上記の不正が行われた原因として、損保会社との交渉を一括して行う部署である「PT」の問題と、営業目標である「アット」の問題があった。 (1) 「PT」の問題 「PT」では、初期見積りが過大となる傾向にあった。初期見積りで想定しなかった修理が事後に追加になっても損保会社に認めてもらうことが容易ではなかった。そのため、追加修理が発生しないよう、当初から多めに見積もっていたからである。 これに対して、以前には「PT」が過大な初期見積りをしても、作業員が不要と判断して行わないことがあった。 しかし、「PT」では、わずか20名ほどの担当者で年間4万件超の協定を取り扱う。そのため、業務過多で連日の深夜業務を余儀なくされていた。実際の修理内容が初期見積りと異なると、「PT」担当者の作業が増え、負担をさらに高める。また、「PT」は、現場が修理内容を縮小することについて、行うべき修理を行わないもので手抜きである、と受け止めていた。そのため、BP本部は、BP工場に対して繰り返し、初期見積りどおりに修理するよう指示する旨の通達を行った。 結果として、現場であるBP工場では、初期見積りに記載がある以上、不要な作業でも行うべきである、という風潮が生じてしまったものと解する。 (2) 「アット」の問題 アンケートで「自ら不正を行った」と回答した従業員の58.6%が、不正を行った理由について「上司からの指示」と回答した。不正が行われた時期についても、回答者の19.6%が「特定の者が上司であった期間」を選択した。不正が上司の指示によって行われていたことが窺える。 上司が不正を指示した原因として、BP部門における「アット」という営業目標の問題があった。BM社では、修理案件1件当たりの工賃と部品粗利の合計金額を「アット」と呼んでいた。「アット」の目標値は、1件当たり14万円前後であった。「アット」目標未達の工場長は、強い非難を受ける。この点についてBP工場の従業員は「売上の低いフロントや工場長は、月末に近づくと、どうやって数字を達成するんだと詰められ、未達だとぼろくそに文句を言われていた」、「まともな職場ではおよそ使われない言葉で罵倒されることが日常的に行われていた」と述べている。 もっとも、修理案件の数は、損保会社からの紹介に左右される。工賃は、修理車両の損傷状況で決まる。そのため、現場の努力によって「アット」を向上させることは困難であり、現場のノルマとして「アット」目標を設定することは不合理であった。この点についてBP工場の従業員は「要するに過剰な初期見積りどおりに作業をすることを求めるものであるから、現場に不正を指示しているのだと思った」と述べている。 その結果、プレッシャーに耐え兼ねた工場長らが不正を行うようになり、工場長の転勤や工場長間の情報交換などを通じて全国30ヶ所のBP工場に伝播していった。 なお、「PT」は現車の確認はしておらず、BP工場からデータ送付された写真やチェックシートを見るだけである。そのため、損傷や作業等の不審な点にすぐ気付くことはできなかったようである。また、修理費用が高額な方がノルマ達成の観点からは望ましい、という事情もあった。結果として「PT」を通じてBP工場の不正が発見されることはなかった。 3 BM社における報告体制の問題 上述のとおり、BP工場では不正が蔓延しており、その原因はBM社の組織体制と経営方針にあった。ところが、特別調査委員会の調査では、A社長は、そうした不正を全く知らなかったと弁明した。 (1) 内部通報制度の不備 経営陣が不正を把握できなかった要因の1つに、内部通報制度が不十分であったという事情があった。 BM社では、ハラスメント事案に関する通報制度は整備されていた。そのため、ハラスメントについては相応の通報実績もあった。しかし、通報対象はハラスメント事案に限られている上、通報後の対応に関する規程も整備されていなかった。 (2) 従業員からの告発の黙殺 現場の声が上がってきても、経営陣が適切に対応していなかったという事情もあった。 2022年1月頃、S店BP工場の作業員H(A社長の甥)が、A社長に対して不正を告発するLINEメッセージを送信した。同メッセージには、証拠として不要な作業を指示するチェックシートの写真等も添付されていた。そのため、A社長は、同メッセージ等をBP部長であるFに転送し、調査するよう指示した。 もっとも、H作業員は以前からS店BP工場のG工場長に不満を持ち、度々苦情を申立てていた。A社長とF部長は、今回の告発もその延長だろうと先入観を抱いてしまった。その結果、F部長は当該工場を訪問したものの、実質的な調査を行わなかった。F部長が行ったのは、H作業員と話をしてG工場長に協力するよう求め、G工場長との話し合いをさせるという対応であった。そうした対応は、F部長からA社長にもLINEメッセージで「Hさん自身反省してGさんに協力すると言って頂きました。Gさんも含め、三人でHさんの思いとGさんの思いと、話し合いを行い、蟠りを解きました」と報告された。 上記について特別調査委員会は、特段の調査もせずにH作業員を懐柔して黙らせたものであって、もみ消しとも言いうる状況であった、と評価している。 (3) 現場の声を拾い上げようとする姿勢の欠如 以上のとおりBM社の経営陣は、現場の声を拾い上げることができなかった。これは、BM社の経営陣に、現場の声を聞きたいという意識がなかったからであった。経営陣は全国のBP工場を巡回していたが、清掃が行き届いているか等を点検するだけで、現場の声を聞くという姿勢は示してこなかった。経営陣の側から従業員に歩み寄らなければ、現場の悩みや不正の情報を吸い上げることはできない。特別調査委員会は、経営陣が現場の実情に全く気付いていなかったとすれば、そのこと自体が深刻な問題である、と評価している。 今回の問題が発覚した後、特別調査委員会は、BP工場従業員へのアンケートやヒアリングを実施した。その際にA社長は、全対象者に向けて「全てを洗いざらい申告してほしい」とのメッセージを出した。その結果、不正についての申告などが数多く寄せられたとのことである。経営陣が歩み寄りの姿勢を見せれば、BM社においても現場の声が上がってくることが分かる。 4 結語 本件の教訓として、経営陣が現場の声に耳を傾ける姿勢を示すことがいかに大切か、ということがある。そうした姿勢を見せれば、現場からは声が上がってくる。 現場の声を聞く姿勢を示す方法の1つとして、経営陣が現場を視察するときは、現場の従業員に積極的にヒアリングをすべきである。 また、内部通報制度を誠実に運用するとのメッセージを発することも重要である。経営陣が内部通報制度について真摯なメッセージを発すれば、不正などに直面した従業員が内部通報制度を利用する可能性は飛躍的に高まる。 今回の事案はBM社に固有の特殊事案ではない。あらゆる会社に該当し、起こり得る問題である。経営陣は、経営上の重要な課題の1つとして、現場の声を拾い上げることができる体制を構築すべきである。 (了)
プラス思考の経済効果 【第22回】 「2023年・2024年の大谷選手の経済効果」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに 2023年の大谷翔平選手の活躍は素晴らしいものでした。打者としては9月4日までのアスレチックス戦に出場して、打率3割4厘、ホームラン44本、打点95、得点102、盗塁20で日本人初のホームラン王を獲得、投手としては8月24日のレッズ戦まで23試合に登板して10勝5敗、防御率3.14、167奪三振の素晴らしい成績でした。そして、アメリカンリーグの2度目のMVPを獲得しました。 今回は、2023年・2024年の大谷選手の経済効果を推計してみましょう。 2 2024年の大谷選手の所属球団は? この原稿を書いている時点では、大谷選手の2024年の所属チームは未確定です。エンゼルスに残るのでしょうか、それとも他球団に移籍するのでしょうか。大谷選手を欲しがらない球団はないでしょう。ただし、長期契約となると、契約金は史上最高額になると予想されています。そうなると、実際に契約できるのは、経営状況が良く財政力のある球団というように絞られてきます。執筆時点では、今所属しているエンゼルスの他に、ヤンキース、メッツ、ブレーブス、ドジャース、フィリーズ、レッズ、ジャイアンツ、レンジャーズ、パドレス、マリナーズなどの球団名が挙げられています。 3 2023年の大谷選手の経済効果 大谷選手の経済効果の計算の基になる直接効果は次の8項目です。 (1) アメリカ国内の直接効果 ① 本拠地エンゼル・スタジアムの観客増加による消費額 2023年のエンゼルスの観客数は約264万人でした。エンゼルスの関係者の話では大谷選手が在籍していなかった時と比べて、大谷選手が出場すると1試合約5,000人の観客が増えるとのことでしたので、大谷選手の出場試合数を考慮すると約33万5,000人の観客が増加したことになります。MLBのデータから観客1人当たりの消費額を約1万円とすると、エンゼル・スタジアムの観客増加による消費額は約33億5,000万円となります。 ② 大谷選手の年俸 2023年の大谷選手の年俸は約43億4,000万円でした。 ③ 大谷選手のスポンサー契約料 2023年に大谷選手は、シューズメーカーの「ニューバランス(NB)」と新規契約を結びました。この時、アメリカの経済雑誌「フォーブス」は大谷選手のスポンサー収入を、日本の企業とアメリカの企業を合わせて約49億円と発表しています。 ④ 大谷選手による放映権収入 2022年のNHKなどを含むエンゼルスの大谷選手関係の放映権収入は約69億4,800万円であったので、2023年も同額であると仮定します。 ⑤ 大谷選手のグッズの売上高 2022年の大谷選手のグッズの売上高は約9億8,400万円でした。2023年は人気が沸騰したので、その金額を上回り約11億円と推定します。 ⑥ エンゼル・スタジアムなどへの日本企業の広告料 大谷選手の活躍で日本企業がエンゼル・スタジアムなどエンゼルス関係の野球事業に宣伝広告を出しています。それは総額約10億円と想定されています。 (2) 日本国内の直接効果 ① 大谷選手応援ツアーの売上高 日本から大谷選手応援のアメリカツアーに参加した人たちの費用は、総額約12億円と推定されています。 ② 大谷選手のグッズの売上高 日本での大谷選手のグッズの売上高はWBC優勝の影響もあり約5億円と推定されています。 その結果、2023年の大谷選手の直接効果は約233億3,800万円となり、産業連関分析をすると経済効果は約504億1,008万円となりました。 4 2024年の大谷選手の経済効果 大谷選手は2023年9月19日に「右肘靭帯損傷」で2度目の手術を受けました。これで来シーズンはDHの打者としてのみ登場することになりました。この手術で大谷選手の選手としての価値が下がったかというと、長期的に見てほとんど下がっていないと言われています。そのため、手術したにもかかわらず大谷選手を希望する球団は非常に多いのです。 本稿では、大谷選手がエンゼルスに残留するケースと、移籍先として最有力であると言われているドジャースに移籍したケースの2つの場合を分析してみます。 (1) エンゼルスに残留するケース 大谷選手が2024年もエンゼルスに残留する場合には、2023年の経済効果と比べてあまり大きな変化はないと想定されます。年俸は増加しますが、投手としての登板がなくなるので、観客が伸び悩む可能性があるからです。2024年もエンゼルスがこれまでと同じようにプレーオフに出場できない成績であれば、観客数はほとんど増加しないと考えられます。そこで、エンゼルスに残留する時は、年棒約60億円の1年間程度の短期契約になると想定されます。その時は、2024年の経済効果は2023年とほぼ同額の約500億円になると想定されます。 (2) ドジャースに移籍するケース ドジャースは、歴史のある人気球団です。エンゼルスと同じカリフォルニア州にあり、日本人にもなじみのある球団で、経済力も豊かです。 ドジャースは人気球団ですので、2023年の主催ゲームではMLB最高の約384万人の観客を集めました。これは、エンゼルスよりも120万人も多いのです。そのため、大谷選手がエンゼルスに残留する時よりも、かなり大勢のファンがドジャー・スタジアムに詰めかけるでしょう。さらに、ドジャースに移籍すると10年契約で最低でも約750億円の契約料と言われています。また、エンゼル・スタジアムに広告を出している日本企業は大谷選手が移籍するとほとんどすべてがドジャー・スタジアムに広告を移すでしょう。そして、大谷選手のスポンサー契約料も増加するでしょう。 これらのことを考慮しますと、大谷選手がドジャースに移籍すると、直接効果は約298億円で、産業連関分析をすると経済効果は約643億6,800万円となります。大谷選手がエンゼルスに残留する場合と比べて約140億円増加することになります。 5 まとめ 最近の大谷選手の経済効果の推移を見ると以下のようになります。年々、大谷選手の経済効果はシーズンでの活躍とともに増加してきています。 〈大谷選手の経済効果(2024年は予測値)〉 2024年の大谷選手はお金を求めて球団を決めるのではなく、自分の希望を聞き入れ二刀流を認めてくれて、そしてシーズンが終わってからプレーオフやワールドシリーズに出場できる強い球団を求めていると考えられます。 ドジャースを含めて2024年以後10年前後の長期契約で5億ドル(約750億円)以上の契約を提示する球団は、この契約期間中に大谷選手がケガをしないで二刀流で活躍してくれれば十分採算が合うと考えていると思われます。 さあ、どの球団が大谷翔平選手のハートを射止めることができるでしょうか。 (了)
《速報解説》 中小企業者等の少額減価償却資産の特例、適用期限の延長に加え対象法人の見直しあり ~令和6年度税制改正大綱~ Profession Journal編集部 取得価額30万円未満の減価償却資産を対象とした「中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例」(措法67の5)については、「令和6年度税制改正の大綱」(12月22日(金)閣議決定)において令和8年3月31日までの2年延長が示されたが、下記の通り一部対象法人の見直しも行われる。 大綱(P62)では本制度について、下記のように記述されている(下線部は編集部による)。 下線部のとおり、いわゆる電子申告が義務化された法人(事業年度開始の日における資本金の額又は出資金の額が1億円超)については、従業員要件を300人以下(現行500人以下)に引き下げるとされている。 ここで、そもそも本制度が中小企業を対象とした特例措置であるとの認識の間で混乱が生じる恐れがあるため、以下で整理したい。 本制度の対象となるのは「中小企業者等」(措法67の5①)のうち、事務負担に配慮する必要があるとして「常時使用する従業員の数が500人以下」(令和2年度改正で1,000人以下から引下げ)とされている(措法67の5①、措令39の28①)。 この「中小企業者等」は措法67の5①上、「中小企業者(措法42の4⑲七、措令27の4⑰)」と「等」に分けられ、後者の「等」は「農業協同組合等(措法42の4⑲九)」を指し、下記の組合等が該当する。 ここで、「中小企業者(措法42の4⑲七、措令27の4⑰)」は資本金の額又は出資金の額が1億円以下とされているため(※1)電子申告義務化法人の対象外となるが、「等」すなわち「農業協同組合等(措法42の4⑲九)」については、本制度の適用にあたり資本金・出資金の制約がない。 (※1) 中小企業者に係るもう一方の要件である「資本又は出資を有しない法人のうち従業員数1,000人以下」は、本制度独自の要件である上記の500人以下の従業員数要件があるため考慮外。 このため「農業協同組合等(措法42の4⑲九)」は、「常時使用する従業員の数が500人以下」という要件については「中小企業者(措法42の4⑲七、措令27の4⑰)」と共通するものの、資本金又は出資金1億円超、すなわち電子申告義務化法人の対象であっても本制度の適用が可能とされる。 (※2) 組合等のうち電子申告義務化の対象となるものについては、e‐Taxホームページ「大法人の電子申告の義務化について」にある「電子申告の義務化の対象法人一覧表(組織区分別)」を参照されたい。 ここまでの解説については本誌にも寄稿いただいている鯨岡健太郎公認会計士・税理士の著作『中小企業の判定をめぐる税務』(清文社 刊)に図解されているため、そちらをご覧いただきたい。 上記を踏まえ、令和6年度税制改正大綱で示された内容を整理すると、本制度の適用対象である「中小企業者等」のうち、「電子申告が義務化された(資本金又は出資金1億円超の)農業協同組合等」については、「常時使用する従業員の数が500人以下」との要件を「300人以下」とする改正案が見えてくる。 ちなみに12月22日(金)に公表された経済産業省による税制改正資料(P22)においても、「従業員数については、中小企業者は500名以下、出資金等が1億円超の組合等は300名以下が対象」(赤字が改正箇所)と解説されている。 なお、上記改正案の施行時期については大綱に記載がないため、今後の法案等で確認する必要がある。 (了)
《速報解説》 草案からの修正を経て、RSの特例に関して 取締役等の死亡などの事由の取扱いにつき明確化を図る 「企業内容等開示ガイドライン」の改正が、金融庁より公表される 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023(令和5)年、12月26日、金融庁は、「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」の改正を公表した。 これにより、2023年11月6日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。パブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方も公表されており、公開草案から修正されている箇所もある。 これは、株式報酬として交付される株式が譲渡制限付である場合に、有価証券届出書の提出を不要とする特例に関して、取締役等の死亡などの事由の取扱いについて明確化を図るものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 総額1億円以上の有価証券の募集又は売出しを行う際には、有価証券届出書の提出が必要とされている。 他方、株式報酬として交付される株式が譲渡制限付である場合(いわゆる譲渡制限付株式(RS:Restricted Stock))については、有価証券届出書の提出を不要とし、臨時報告書の提出で足りるとする特例が設けられている。 「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」の改正は、株式報酬について発行会社の株式報酬規程やRSの割当契約等において、次の事由が生じた際、譲渡制限を解除する旨の条項が含まれている場合であっても、上記の特例の譲渡制限期間の要件を満たし、有価証券届出書の提出が不要であることを明確化するものである Ⅲ 適用日 2023年12月26日付で適用される。 (了)
《速報解説》 会計士協会、独立監査人が実施する中間・期中財務諸表に対するレビューの草案を公表 ~合わせて「四半期開示制度の見直しに関する留意点(レビュー編)」も公開~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年12月22日、日本公認会計士協会は、次のものを公表し、意見募集を行っている。 これは、「四半期レビュー基準の期中レビュー基準への改訂及び監査に関する品質管理基準の改訂について(公開草案)」(企業会計審議会監査部会)を受けたものである。 なお、「四半期開示制度の見直しに関する留意点Vol.1~レビュー編~」も公表されている。 意見募集期間は2024年1月22日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー(公開草案) 金融商品取引法における中間財務諸表に対するレビューを対象とする。 現行の「四半期レビュー」(四半期レビュー基準報告書第1号)を改正し、「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー」(期中レビュー基準報告書第1号)として公表する。 「四半期レビュー」を「期中レビュー」へ、また、「四半期財務諸表」を「中間財務諸表」へなどの用語の改正を行う。 質問、分析的手続を中心としたレビュー手続であり、保証水準は「限定的保証」である。 適正表示の枠組みを対象とする。 Ⅲ 独立監査人が実施する期中財務諸表に対するレビュー(公開草案) 金融商品取引法における中間財務諸表に対するレビュー以外の期中レビューを対象とする。 任意の期中レビューを想定し、「独立監査人が実施する期中財務諸表に対するレビュー」(期中レビュー基準報告書)を新設する。 質問、分析的手続を中心としたレビュー手続であり、保証水準は「限定的保証」である。 適正表示及び準拠性の枠組みを対象とする。 Ⅳ 適用時期等 「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー(公開草案)」の適用時期等は次のとおりである。 「独立監査人が実施する期中財務諸表に対するレビュー(公開草案)」の適用時期等は次のとおりである。 (了)