《税理士のための》 登記情報分析術 【第4回】 「権利部「甲区」の見方」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 1 権利部「甲区」について 不動産に関する登記記録の権利部は、「甲区」と「乙区」から構成され、「甲区」には主に所有権に関する事項が登記される。「甲区」を見れば、不動産の所有者が誰か分かるようになっている。多くの登記記録は、誰が所有者であるか明確であるが、なかには所有者の特定が難しいものもある。本稿では、「甲区」の見方の基本的ルールや、分析のポイントについて解説を行う。 2 基本的なルール 「甲区」には過去の所有者も記載されており、所有権の移転の経緯が分かるようになっている。基本的に最後に「甲区」に登記された所有者が、現在の所有者である。 【記載例1:登記記録「甲区」】 3 共有の登記記録 【記載例1】で紹介したような単独所有の不動産であれば、所有者の特定は難しくない。これが共有になると所有者の特定が難しくなる。読者の方は【記載例2】の所有者が誰であるか瞬時に特定できるだろうか。 【記載例2:共有の登記記録】 【記載例2】の不動産は、山田花子(持分4分の2)、佐藤良子(持分4分の1)、山田一郎(持分8分の1)、山田愛(持分8分の1)が現在の所有者(共有)である。順位番号2番では、最初の所有者である山田太郎の死亡により、山田花子、佐藤良子、山田新太郎を相続人とする相続登記がされている。その後、共有者である山田新太郎の死亡により、順位番号3番で、山田一郎、山田愛を相続人とする相続登記がされている。 実務では【記載例2】よりも複雑に共有関係が構成されているものもあり、読み解くことが困難な場合もある。このときに役立つのが、「所有者事項証明書」である。所有者事項証明書は、不動産の登記記録のうち現在の所有者についての情報を記載したものである。法務局で取得することができるが、インターネットで登記情報を入手できる「登記情報提供サービス」でも、「所有者事項情報」として入手することが可能である。現在の所有者のみが記載されるため、共有関係が複雑な登記記録の場合は取得するとよいだろう。 【記載例3:所有者事項情報】 4 数次取得の場合 【記載例2】のような共有の登記記録以外にも、所有者が数回に分けて所有権を取得している「数次取得」の登記記録も所有者を把握することが難しい。具体例としては、【記載例4】のような登記記録がある。 【記載例4:数次取得の登記記録】 【記載例4】の登記記録における現在の所有者は佐藤太郎である。一度に不動産の所有権を取得するのではなく、数回に分けて持分を取得しているため、佐藤太郎がどれだけの持分を持っているのか分かりにくい。ヒントになるのが、順位番号2番、順位番号3番では、佐藤太郎が「共有者」と登記されているのに対して、順位番号4番では「所有者」として登記されている点である。登記の申請の仕方にもよるため100%ではないが、持分を数回に分けて取得した者が、最終的にすべての持分を取得した場合には「所有者」として登記されることになる。細かい点ではあるが、迷いが生じた場合には参考になるポイントであるといえる。 税理士の顧客には資産承継対策のために、不動産の生前贈与を多年にわたり繰り返している人も少なくない。司法書士でも読み解くのに苦労する不動産もあるが、本稿で紹介したノウハウを活用すれば実務に役立つだろう。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第45回】 「鑑定評価書には表立って登場しない「不動産の価格に関する諸原則」」 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 不動産鑑定評価基準(以下、単に「基準」と呼ぶ場合はこの基準を指します)には、「不動産の価格に関する諸原則」という独立した1つの章が設けられています(総論第4章)。 「不動産の価格に関する諸原則」は、基準の根底にあって鑑定評価の理論的基礎をなすものであり、不動産鑑定士が単なる経験的感覚のみによって鑑定評価額を導き出すことのないよう合理的な指針を定めたものです。この原則自体、鑑定評価書には表立って登場しませんが、決して机上の空論ではなく、現実に発生する不動産の価格現象を分析する上で重要な拠り所となっています。 今回は、「不動産の価格に関する諸原則」とはどのようなものであるかにつき、全体的なイメージを捉えた上で、特に鑑定実務に直接かかわりの深いいくつかの原則を掲げて鑑定評価書を読む際の手助けとしたいと思います。 2 「不動産の価格に関する諸原則」とは ちなみに、基準に掲げられている「不動産の価格に関する諸原則」とは以下のものを指します。なお、( )内は基準の文章を筆者が簡潔にまとめたものです。 上記の趣旨からそれとなく読み取ることができると思われますが、これらの原則は一般の経済法則に基礎を置くものが多い反面、鑑定評価に特有のものも含まれています。 以下、そのいくつかを掲げて解説しますが、これらは鑑定評価書には価格原則という形での直接的な記載はないものの、税理士の方々が知っておけば鑑定評価書を読む際に役立つものと思われます。 3 鑑定評価に特有の価格原則 (1) 最有効使用の原則 基準では、最有効使用の原則の趣旨を次のとおり掲げています(下線は筆者によります)。 ここで、「その不動産の効用が最高度に発揮される可能性に最も富む使用」(※)とは、住宅地であれば快適性、商業地であれば収益性、工業地であれば生産性の高さを最も発揮させることのできる使用方法を意味しています。 (※) 基準がこのように少々回りくどい表現をとっているのは、昭和39年3月の基準制定時に、アメリカ不動産鑑定人協会テキストブック「不動産鑑定評価論」に掲載されていた「最高最善の使用の原則(Principle of Highest and Best Use)」を翻訳して基準に取り入れたという背景があるようです。 また、最有効使用の判定に当たっては、鑑定実務の上では、案件ごとに次の視点を念頭に置いて検討を行っています(対象不動産が最有効使用の状態にない場合には減価要因として織り込む必要が生じるからです)。 これを判定するために不動産鑑定士が必ず考慮に入れるのが近隣地域における標準的な使用方法であり、これと対象不動産の現状の使用状況を比較することを通じて、最有効使用の判定につなげているのが通常です(その意味では、次に述べる「適合の原則」や「均衡の原則」と深い関連があるといえます)。 また、最有効使用の原則の適用に当たっては、良識と通常の使用能力を持つ人(一般人)による使用方法を前提としており、特殊な才能を持つ人(=通常以上の収益をあげ得る能力を有する人)による使用方法ははじめから前提としていない点に留意が必要です。 (2) 適合の原則 不動産の収益性(又は快適性、生産性)が最高度に発揮されるためには、対象不動産がその環境に適合していることが必要となります。これが適合の原則といわれるものです。 したがって、不動産の最有効使用を判定するためには、対象不動産が環境に適合しているかどうかを分析することが不可欠といえます。 鑑定評価書のなかに、「対象建物は環境と適合している」とか、「対象建物は環境との適合を欠く」という趣旨の記載が行われているのはこのためです。 (3) 均衡の原則 均衡の原則とは、敷地内に建物が適正に配置されているなど、敷地との均衡が保たれている場合に、その効用が最高度に発揮される(=最有効使用の状態にある)ことを意味しています。 したがって、不動産の最有効使用を判定するためには、適合の原則とともに、均衡の原則に当てはめて現実の使用状況を調査することが不可欠といえます。 鑑定評価書のなかに、「対象建物は敷地と適応している」とか、「対象建物は敷地との適応を欠く」という趣旨の記載が行われているのはこのためです。 4 まとめ 「不動産の価格に関する諸原則」などというと、いかにも専門的で堅苦しく、理論上の産物に過ぎないのではないかと受け止められる方もいらっしゃるのではないでしょうか。これらの原則のなかには、突き詰めていけば経済学的に奥深いものも含まれていますが、鑑定実務の上ではむしろ常識的な捉え方が集約された価格原則(最有効使用の原則、適合の原則及び均衡の原則)の適用が中心となっているといえます。 その意味で、筆者は、「不動産の価格に関する諸原則」はきわめて現実的な側面を反映するものであり、鑑定実務にも十分活用されている原則であると受け止めています。 (了)
《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第5回】 「資料でわかる“長期・積立・分散”投資」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 「長期・積立・分散」とは、投資で失敗しないためのおまじないとも言える言葉です。おまじないといっても単なる願掛けではなく、データに基づく金融分析から導かれた法則です。今回は、この「長期・積立・分散」という投資の3つのキーワードについて、資料をもとに解説していきます。 〇長期投資 まず、こちらの資料から見ていただきましょう。これは金融庁がNISA特設ウェブサイトで公開しているデータです。 (出典) 金融庁「つみたてNISA早わかりガイドブック」6ページより抜粋 「保有期間5年」の棒グラフを見ると、ピンク色の棒がいくつかあるのが分かります。これは、後述する「分散」かつ「積立」で投資を行ったとしても短期間で見てみると元本割れが起こったことを示しています。 一方「保有期間20年」であれば、緑色の棒しかなく、つまり元本割れがなかった、しかも、年率の運用成果が4~6%のケースが最も多かったことが分かります。これが「長期」運用が良いという証拠です。 実際、このデータをもとに金融庁はつみたてNISAを新たに創設したとも言われています。NISA制度ができた当初は非課税期間が5年の一般NISAしかなく、なかなか国民に長期の資産運用が根付かない、また金融機関も手数料欲しさに回転売買を推奨するという課題を持っていました。そこで、「非課税期間が20年」という特徴を前面に出すことで自然に長期運用に国民の意識が向くようにとの想いがあったと言われています。 もちろん長期とは何も20年に限ったことではありませんし、20年経てば必ずすべての人が利益を得られるというわけではありません。しかし、市場の波を俯瞰して見られるくらいの心構え、長期的に経済の成長を見届けるという意識はとても重要です。 〇積立投資 「積立」とは、市場での値段に一喜一憂せず、コツコツと定時定額で買い付けを行うということです。相場は上がれば下がる、下がれば上がるを繰り返します。もちろん値段が安い時に買って値段が高い時に売ればもうかりますが、いつが買い時か、いつが売り時かを判断するのは容易ではありません。 市場の動きは予測することができないのだから、アップダウンを気にせずに「定時定額」、決まった時に決まった金額で投資商品をコツコツと買い付けることを「ドルコスト平均法」と言ったりします。 積立投資についても金融庁に資料があるので紹介します。 (出典) 金融庁「つみたてNISA早わかりガイドブック」4ページより抜粋 ここでは、積立で投資商品を買い付けることで、値段が高いところでは「高値づかみを防ぎ」値段が安いところでは「たくさん仕入れる」ことができると分析しています。図にある例では定時定額で購入した方が、購入口数(量)を多く持つことができています。利益は、単価×量で計算しますから、量を多く持った方がもうかるのです。これが、積立が資産運用に適している理由です。 もちろんここでも前提条件は「成長が期待できる市場に投資すること」です。定時定額購入は、値段のアップダウンを繰り返しながらも、長期的に成長する市場で有効であるという点は、付け加えておきます。 〇分散投資 「分散」については、国の年金を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のウェブサイトに面白い例え話が掲載されているのでご紹介します。 (出典) GPIFウェブサイト これは、アイスクリームの会社とおでんの会社に同時に投資をすると、リターンが安定するということを示した図です。暑い年に売上が伸びるアイスクリーム(青色の線)と、寒い年に売上が伸びるおでん(赤色の線)、両方合わせたら緑色の線で表すように上下の振れが小さくなることが見て取れます。 ちなみに、この緑色の線の変動は、リターンのブレ幅、すなわち「リスク」を表現しています。ブレが小さくなることイコールリスクが低減されたことになります。 では、投資対象をおでん会社ではなく扇風機メーカーの株式に変えたらどうでしょうか。アイスクリームも扇風機も暑い年に売れるという売上の傾向が共通しています。これでは異なる会社に投資をしても、緑色の線が同じように変動しますから、リスクを抑えることにはなりません。 (出典) GPIFウェブサイト もちろん実際の運用の場ではここまで単純な話ではないですが、考え方としては、市場での動きが異なる資産を組み合わせることで、リターンの変動を抑制できる、すなわちリスクを低減できるとしています。 典型的な分散投資の例は、株と債券です。この2つはアイスクリームとおでんのように、市場では逆の動きをすることで知られています。株価が上がれば、債券の値段は下がり、株価が下がれば債券の値段は上がるというのが基本セオリーです。また、為替もよく分散投資に利用されます。例えば円とドルは、円高の時はドル安、円安の時はドル高と、やはりアイスクリームとおでんのような関係です。 上記の特徴を活かし、日本の株と債券、世界の株と債券に投資先を分散させることを「基本の4資産」と言います。これはGPIFが実際に私たちの年金を運用する際に実行している分散投資で、GPIFの2001年度以降の収益率(年率)は執筆時点で3.97%と発表されています。 〇未来をつくる投資 投資はギャンブルのようなものだとおっしゃる方もいますが、資産運用はただ直感でモノを買ったり、売ったりすることではありません。過去の市場を分析したり、市場の動きを緻密に計算したりと研究を重ねながら、理論的に進められています。また、資産運用の本質は経済の成長を応援することですから、投資とは将来に向けて成長するであろう「資産」にお金を振り向けていくことだという認識はぜひ持っていただきたいところです。 具体的には、こういうサービスや製品があったら、もっと私たちの暮らしは良くなるだろうという想いを持った投資家が、その会社の株を購入し株主になることでその会社を支えます。その会社は、世の中にモノやサービスを提供し喜んでもらい、対価としてお金を受け取り、そのお金で次のモノやサービスを提供し、次第に成長していきます。 良い会社のモノやサービスは、私たちの暮らしを良くしてくれますから、さらにその会社を応援すると、もっと暮らしが豊かになります。投資は「ありがとう」の連鎖と表現されることもありますが、確かに投資をした人もしてもらった人も「ありがとう」と言える世界は、私たちが目指す世界そのものではないでしょうか。 〇投資と投「機」 資産の成長とともに利益を得るのではなく、短期で株や為替などを売買する手法は、ギャンブルに近いものでしょう。価値を生み出す「資産」に投資をするのではなく、市場が変動する「機」つまりタイミングにお金を投じるので、こちらは「投機」と言われます。そもそも「投資」ではないのです。 市場の変動だけに着目して取引をすると、それは単なる取り合いですから、必ず利益を得る人と失う人が存在します。このように、片方が利益を得ると、もう片方は同じだけ損をし、全体としてはプラスマイナスゼロになることを「ゼロサム」と言います。 一方、投資では、資産価値の向上を目的とするため、成長のための「時間」を受け入れます。その時間を使って、資産は価値を高め付加価値を産みます。その付加価値は、投資された会社にとっても投資家にとっても利益を生む源となります。このように、全体がプラスになることにより、各部分もそれぞれ同時にプラスになることを「プラスサム」と言います。 * * * 「長期・積立・分散」の意味、皆さんは腹落ちしていただけたでしょうか。とはいえ、市場は時に大きく荒れるものです。どうしても気持ちが揺れてしまい、「今解約しないと大変な損失を被ってしまうのではないか」と手放したい欲求に負けそうになることもあるでしょう。 そうならないためにも、投資を始める際に「長期で成長が期待できる投資先」を選び、「高値づかみをしないようにコツコツ積立で購入」し、「市場の複雑な動きにも対応できるように投資先を分散」させるという基本を心で理解し、行動することがとても重要になるのです。参考にしていただけましたら幸いです。 (了)
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《速報解説》 上場承認前届出書にかかる改正として 「企業内容等の開示に関する内閣府令」等が公布される ~IPOの公開価格設定プロセス等について見直す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023(令和5)年9月15日、「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第66号)が公布された。これにより、2023(令和5)年6月30日から意見募集されていた案が確定することになる。 「「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」等に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」も公表されている。 これは、新規公開(IPO)の公開価格設定プロセス等について見直すものであり、上場日程の短縮化や日程設定の柔軟化の課題に対する改善策として、あらかじめ上場承認前に有価証券届出書(以下「承認前届出書」という)を提出することが考えられ、その際の承認前届出書の記載事項について改正するものである。 「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」も改正する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 日程関連の記載(「企業内容等開示ガイドライン」5-8-2-3) 承認前届出書において、上場日に紐づく次の日程について、一定の幅を持った期間での記載を可能とする改正を行う。 Ⅲ 株式数関連の記載(「企業内容等の開示に関する内閣府令」9条9号) 承認前届出書において、発行数や売出数について「未定」と記載することを可能とする改正を行う。 Ⅳ 価格関連の記載(「企業内容等の開示に関する内閣府令」9条9号、「企業内容等開示ガイドライン」5-8-2-2及び5-8-3) 承認前届出書において、価格関連の次の項目について記載しないことを可能にする改正を行う。 上記のほか、承認前届出書の位置づけに関連した事項として、承認前届出書に、上場承認前の募集又は売出しの相手方に関する記載を求める等の改正を行う。 Ⅴ 施行期日等 「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第66号)は、2023(令和5)年9月15日に公布され、2023年10月1日から施行する。 「企業内容等開示ガイドライン」は、2023年10月1日に改正され、同日から適用する。 (了)
《速報解説》 会計士協会、意見募集を経て「倫理規則に基づく報酬関連情報の開示に関するQ&A(研究文書)」等を確定 ~インボイス制度導入で想定される立替経費の取扱いについても言及~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年9月7日付で(ホームページ掲載日は2023年9月13日)、日本公認会計士協会は、倫理規則実務ガイダンス第1号「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」の改正、倫理規則研究文書第1号「倫理規則に基づく報酬関連情報の開示に関するQ&A(研究文書)」及び「公開草案に対するコメントの概要及び対応」を公表した。これにより、2023年6月15日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。 2022年7月25日改正の倫理規則では、会計事務所等は、監査業務の依頼人が社会的影響度の高い事業体である場合、報酬関連情報に関する透明性の確保の観点から、監査役等とのコミュニケーションとともに、依頼人又は会計事務所等による報酬関連情報の開示が求められている。 上記は、会計事務所等が改正倫理規則に基づいて報酬関連情報の集計、算定及び開示を行う際の実務上の参考となる考え方を示すものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)関係 Q410-13-1の補足において、依頼人と会計事務所等のそれぞれが法令等又は倫理規則に基づく開示のために報酬に関する情報を集計し、算定する際、報酬の集計範囲や算定プロセスの相違等により、両者の間に差分が生じることがあると記載している。 これらの情報は、いずれも同一の会計事務所等及びネットワーク・ファームに係る報酬に関する情報であるため、依頼人の監査役等を含む利害関係者に対して会計事務所等の独立性の評価に関連すると合理的に考えられる情報を整合的に提供する観点から、次の(1)及び(2)を満たす場合には、依頼人が算定した報酬に関する情報を、倫理規則R410.31項に基づく報酬関連情報として取り扱うことができるものと考えられるとしている。 Ⅲ 倫理規則に基づく報酬関連情報の開示に関するQ&A(研究文書)関係 次の事項について、取扱いを示している。 1 金融商品取引法及び会社法に基づく監査の監査報告書における報酬関連情報の開示(Q1) 社会的影響度の高い事業体である監査業務の依頼人が、金融商品取引法に基づく監査及び会社法に基づく監査の両方を受け、報酬関連情報の開示を行っている場合には、金融商品取引法又は会社法に基づくいずれかの監査報告書において報酬関連情報を開示することで足りるとされている(倫理規則に関するQ&A Q410-13-4)。 したがって、金融商品取引法に基づく監査の監査報告書において報酬関連情報を開示する場合には、会社法に基づく監査の監査報告書では、その開示を省略することが考えられる。 ただし、依頼人は、会社法施行規則に基づいて、事業報告において会計監査人の報酬を開示することが求められているため(会社法施行規則126条2号及び8号)、会計事務所等は、会社法に基づく監査の監査報告書において開示を省略する場合であっても、会社法に基づく監査の際に、依頼人が開示する報酬に関する情報について検討することが考えられる。 2 比較年度に関する報酬関連情報の開示(Q2) 「過年度の比較情報―対応数値と比較財務諸表」(監査基準報告書710)に基づいて、監査報告書における監査意見が対応数値方式で表明される場合、通常、過年度の比較情報に関連する報酬関連情報の開示は求められないものと考えられる。 3 四半期レビュー及び中間監査における報酬関連情報の開示(Q3) 社会的影響度の高い事業体の年度の財務諸表の監査業務において報酬関連情報を開示する場合には、四半期レビュー及び中間監査において報酬関連情報を別途開示することまでは求められない。 四半期レビュー及び中間監査に対する報酬は、当該年度の監査業務における報酬関連情報に含めて開示すれば足りるものと考えられる。 4 臨時計算書類及び訂正報告書に関する監査における報酬関連情報の開示(Q4) 訂正報告書に関する監査報酬について、過年度の訂正報告書の財務諸表の対象期間にそれぞれ按分計算し、訂正報告書の対象期間に係る報酬に加えて開示することが考えられる。 ただし、訂正報告書に関する監査報酬を、例えば、当該訂正報告書に関する監査業務を実際に実施した会計年度の監査報酬に含めて開示することも考えられる。 このほか、臨時計算書類の監査に関する報酬関連情報の開示についても記載している。 5 投資法人に関する報酬関連情報の開示(Q5) 投資法人に関しては、「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令」4条10項において、金融商品取引法に基づく監査の監査報告書において報酬関連情報は記載しないことができるとされている。 会計事務所等は、法令等及び倫理規則のいずれも遵守することが求められているため(倫理規則R100.6項、R100.7項、R100.7 JP項及び第100.7 A1項)、両者の規定に相違がある場合は、法令等により禁止されている場合を除いて、いずれか厳しい規定を遵守することになる。 したがって、投資法人が社会的影響度の高い事業体に該当する場合は、報酬関連情報を開示することとなる(Q5のAのなお書きにも注意する)。 6 報酬関連情報の集計範囲及び算定基準(Q6) 報酬関連情報の集計範囲及び算定基準については、財務諸表の対象期間における契約金額、支払額、発生額又は請求額のいずれか、また、当年度末をまたいで次年度にかけて提供する単独の非監査業務の場合、業務完了時の年度の報酬に含めてよいのかなどの論点がある。 報酬関連情報の集計範囲及び報酬金額の算定基準(契約金額、支払額、発生額又は請求額)は、次のとおりとすることが考えられるが、継続して採用することを前提として、他の合理的と考えられる集計方法によることも認められるものと考えられる。 なお、依頼人のグループ内において一貫した集計範囲及び算定基準を用いることが考えられる。 監査業務及び監査以外の業務のいずれについても、業務報酬単価と業務提供時間に基づいて報酬額が決定される契約の場合には請求額とする等、倫理規則R410.31項の要求事項を踏まえ、業務契約の形態に応じた合理的と考えられる報酬額を報酬関連情報の集計範囲に含めることが考えられる。 7 非連結子会社の報酬関連情報(Q11) 非連結子会社に関する報酬の開示は、当該報酬が会計事務所等の独立性の評価に関連することを知っている場合又はそのように信じるに足る理由がある場合に開示が求められる(倫理規則R410.31項(3))。 このため、例えば、会計事務所等の独立性を評価する上で影響しないと想定され、報酬関連情報の開示が求められないと判断した場合等には、当該非連結子会社に係る報酬を集計範囲に含めないことが考えられる。 一方、監査の過程等で入手可能な情報から、非連結子会社に関連して会計事務所等の独立性の評価に影響を与える可能性がある情報(例えば、非保証業務の事前了解の過程において、会計事務所等やネットワーク・ファームが、依頼人の企業グループの規模に対して重要な契約金額の業務を受嘱する等の情報)を捕捉した場合には、会計事務所等の独立性の評価への影響を慎重に判断し、当該非連結子会社に係る報酬を集計範囲に含めることが考えられる。 8 親事業体及び関連会社の報酬関連情報(Q12) 報酬関連情報の集計範囲については監査業務の依頼人及びその子事業体(連結又は非連結を問わない)のみであり、親事業体や関連会社に関する情報は含まれないという理解でよいかについては、報酬関連情報の集計範囲には、親事業体や関連会社は含まれない(倫理規則R410.31項)とのことである。 9 連結計算書類を作成していない場合の報酬の集計範囲(Q14) 監査業務の依頼人が連結計算書類を作成していない場合(会計事務所等の監査対象が計算書類等のみである場合)であっても、倫理規則に準拠して開示する報酬関連情報は、子事業体を含む連結ベースの開示となるのか、また、ネットワーク・ファームに係る報酬も集計範囲に含めるのかについては、次のように記載している。 社会的影響度の高い事業体である監査業務の依頼人が連結計算書類を作成していない場合、連結子会社は存在しない。 一方、非連結子会社に関する報酬の開示は、当該報酬が会計事務所等の独立性の評価に関連することを知っている場合又はそのように信じるに足る理由がある場合に開示が求められる(倫理規則R410.31 項)。 したがって、これに該当する非連結子会社からの報酬が存在する場合には、ネットワーク・ファームが受領している報酬も含めて報酬関連情報の集計範囲に含めることになるものと考えられる。 10 決算期の異なる子事業体の取扱い(Q16) 決算期の異なる子事業体に係る報酬については、Q6のAを踏まえ、次のとおりとすることが考えられるが、継続して採用することを前提として、他の合理的な集計方法によることも認められるものと考えられる。 11 立替経費の取扱い(Q17) インボイス制度導入に伴い立替経費を報酬に含めるようになった場合であっても、開示する報酬金額には、立替経費や消費税等を含めないことが適当と考えられるので、立替経費を報酬金額に含める形式の契約であっても、監査業務の依頼人との間で経費相当額として合意している金額については、開示する報酬金額から控除することが考えられる。 また、立替経費を報酬に含めて請求することが継続して行われている場合には、継続して採用することを前提として、開示する報酬金額から控除しないことも認められるものと考えられる。 12 倫理規則が求める報酬関連情報の監査業務の依頼人による開示(Q18) 依頼人が有価証券報告書において倫理規則で求められている報酬関連情報を開示している場合であっても、法令等に基づいて、監査報告書において報酬関連情報を記載することが金融商品取引法に基づく監査における監査報告書において求められる。 13 報酬関連情報の開示に係る工数(Q26) 会計事務所等による報酬関連情報の集計及び算定又は依頼人による開示情報の検討には一定の工数を要することが想定される。 これらの手続によって発生が予想される関連工数については、倫理規則の要求事項に基づく開示に関連する業務であることから、依頼人の財務諸表に対する監査業務の一環として、倫理規則に基づく報酬関連情報に含めて開示することが考えられる。 (了)
《速報解説》 国税庁、「高速道路利用料金に係る適格簡易請求書の保存方法」について「お問合せの多いご質問」へ掲載 ~クレジットカード利用明細書は適格請求書に該当しないとの見解~ Profession Journal編集部 国税庁は9月15日付でインボイス制度に関する「お問合せの多いご質問」を更新(前回更新は8月21日)、以下2つの問答を追加問として掲載した。 このうち問④(高速道路利用料金に係る適格簡易請求書の保存方法)では、ETCシステムを利用し、後日、クレジットカードにより料金を精算している場合で、クレジットカード会社から受領するクレジットカード利用明細書の保存により仕入税額控除を行うことはできるかとの問いに対し、「クレジットカード利用明細書は、そのカード利用者である事業者に対して課税資産の譲渡等を行った他の事業者が作成及び交付する書類ではなく、また、課税資産の譲渡等の内容や適用税率など、適格請求書の記載事項も満たしませんので、一般的に、適格請求書には該当しません。」と回答したうえで、この場合の対応について、通行料金確定後、高速道路会社が運営するホームページ(ETC利用照会サービス)を通じて適格簡易請求書の記載事項に係る電磁的記録(「利用証明書」)をダウンロードし、それを保存する必要があるとしている。 また、高速道路の利用が多頻度にわたるなどの事情により、すべての高速道路の利用に係る利用証明書の保存が困難なときは、クレジットカード会社から受領するクレジットカード利用明細書(個々の高速道路の利用に係る内容が判明するものに限る。また、取引年月日や取引の内容、課税資産の譲渡等に係る対価の額が分かる利用明細データ等を含む)及び、利用した高速道路会社及び地方道路公社などの任意の一取引(複数の高速道路会社等の利用がある場合、高速道路会社等ごとに任意の一取引)に係る利用証明書をダウンロードし併せて保存することで、仕入税額控除を行って差し支えないとしている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2023年9月14日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.535を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第123回】 「節税商品取引を巡る法律問題(その17)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅻ まとめ 1 金融リテラシー教育との親和性 これまで、この連載では、節税商品過誤訴訟の実態などを通して、節税商品取引における投資者保護の必要性を論じてきた。既述のとおり、そこには特別の議論が待っていると思われる。 なぜなら、①節税商品には特殊構造が認められるにも関わらず、②説明者の専門的知識の欠如という問題が所在するからであった。節税商品取引においては税理士の役割が期待されるところ、投資者と税理士を繋ぐためにも、税理士でない者に係る消極的説明義務の議論が欠かせないことを指摘した。 また、投資者サイドのレベルを引き上げることも重要である。一般の投資者は租税法について不知であったり、誤解をしていることが多々あるため、租税リテラシーが重要になるといえよう。本稿で論じてきたことの出発点はここにあったといってよい。 具体的にいえば、節税商品取引に係る情報提供すなわち広報活動の重要性と、積極的な成人向け租税リテラシー教育の展開である。金融教育の領域では、多くの議論を経由して、しっかりとした金融リテラシー教育が展開されつつあるが、それに比して、租税リテラシー教育はどうであろうか。 もっとも、金融リテラシー教育と租税リテラシー教育を分断して議論する必要はなく、広い意味での金融リテラシー教育として租税に関する情報提供をも包摂させる仕組みが構築されてもよいであろう。 OECDは、金融教育一般を次のように定義している(OECD, “OECD/IFNE HIGH-LEVEL PRINCIPELS ON NATIONAL STRATEGIES FOR FINANCIAL EDYCATION”, 2012.8. 金融経済教育研究所「OECD/IFNE 金融教育のための国家戦略に関するハイレベル原則(仮訳)」5頁(2012)(金融広報中央委員会HP「知るぽると」))。 ここに租税リテラシー教育が包摂される余地は十分にあると考えている(※)。 (※) ともすると、金融リテラシー教育について、いわば個人の金儲けのための教育であるとか、証券市場の活性によって特定の団体が潤うというような特定の私的利益獲得のためのものであるという批判があるが、租税リテラシー教育をも包摂することによって、金融リテラシー教育に対する上記のような疑問や批判論は溶解されることにもなり得るであろう(金融リテラシー教育への疑問として、それが金融商品選択教育、マネーゲーム教育にすぎないと指摘する見解として、例えば、稲本滋「金融教育の再編成が急務」New finance45巻4号42頁(2015)など参照。他方、再反論として、観音寺命「日本の金融教育の現状とこれからの課題-各国との比較を通じて」レファレンス790号117頁(2016))。 2 納税環境整備への道 租税法研究領域では、従来、「国」と対峙する「納税者」という関係を前提として、いわば行政救済的視角からその手続法や納税環境整備の議論が展開されてきたきらいがあるが、ここでは、むしろ租税行政と国民が同じ方向をみて、あるべき納税環境の整備、あるべき投資環境の整備に努力すべきではなかろうか。 高齢化社会が到来して、多くの国民が老後資金への不安を抱えているなかにあって、政府は自助努力の必要性を唱え、金融リテラシー教育を展開しようとしているが、その際に、誤った節税情報に振り回されてしまうことのないように、行政指導を徹底するとともに、国民の側のリテラシーレベルの向上に尽力すべきではなかろうか。 前述したとおり、研究会報告書が、「『生活スキルとしての金融リテラシー』を身に付けることが金融経済教育の目的の一つであり、金融や経済についての知識のみならず、家計管理や将来の資金を確保するために長期的な生活設計を行う習慣・能力を身に付けること、保険商品、ローン商品、資産形成商品といった金融商品の適切な利用選択に必要な知識・行動についての着眼点等の習得、事前にアドバイス等の外部の知見を求めることの必要性を理解することが重要である」と指摘している点を想起すれば、そこに租税制度の知識が欠落していいはずはないのである。 (了)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第18回】 「国税通則法38条(36条~40条)」 -繰上請求の意義と位置づけ- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法38条(繰上請求) 1 国税通則法上の国税徴収規定 既に第1回の2で述べたように、国税通則法はその制定の経緯からして国税徴収法の延長線上で制定されたとみるべきものであり、両法は「実は[手続の]実体的には一本のやつを、便宜主義的に二本に分かれている」(研究会「国税通則法をめぐって」ジュリスト251号(1962年)10頁、14頁[志場喜徳郎発言])というようにみることができる。 このような見方によれば、国税通則法と国税徴収法との関係を整序する規定が必要になるように思われるが、そのような規定のうち国税通則法の側の規定を以下では「国税通則法上の国税徴収規定」ということにすると、これに該当するのは、国税通則法「第3章 国税の納付及び徴収」のうち特に「第2節 国税の徴収」に定められた同法36条ないし40条の規定である。また、国税通則法41条ないし45条は、「第3節 雑則」に規定されているが、それらの内容の大半は実質的には同法上の国税徴収規定を構成するとみてよい。 こうしてみると、国税通則法上の国税徴収規定には内容的には雑多なものが含まれているように思われる。この点については、国税通則法の性格や国税徴収法との関係を明らかにするためにも、検討しておく必要があると思われるので、国税通則法の制定の経緯も含め、長くなるが次の解説(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)18-19頁。下線筆者。同516頁も参照)を引用しておくことにしよう。 さて、国税通則法上の国税徴収規定のうち同法36条が定める納税の告知については、前回の1で国税の納付(同法第3章第1節)の方式を検討する際に、自主納付方式と並ぶ納付方式である納税告知方式に関連して、その内容をごく簡単にみたところである。また、前回は主として申告納税方式による国税等の納付について検討したが、その納付の方式である自主納付方式については、国税通則法上の国税徴収規定は、基本的には、督促について規定する同法37条と滞納処分について規定する同法40条によって構成される。 督促に関する国税通則法37条は、自主納付方式における納税の請求の基本規定である。督促は「滞納処分の前提となるもの」であり「国税に関する法律に基づく処分」(税通75条1項)に該当すると解されるが(最判平成5年10月8日訟月40巻8号2020頁)、そうすると、納税の告知(徴収処分。前回1参照)も含め、国税の請求は行政処分として取消争訟の対象となるものと解される。 国税通則法38条は納税の請求について特殊な形態の措置を定めている。繰上請求(税通38条1項・2項)と繰上保全差押え(同条3項・4項)がこれであるが、後者は強制換価手続消費税等徴収特例(同39条)と同じく(理由は異なるが)、国税通則法上の国税徴収規定として規定することが妥当かどうか疑問に思われるので、この点については、項を改めて検討することにする。 2 繰上請求と繰上保全差押え等 私法上の債権については、契約自由の原則により、期限の利益の放棄を約定することができるが(民法136条2項)、租税法律主義(合法性の原則)の下ではそのような約定は許容されないので、繰上請求は、納期限の利益の剥奪及びその要件を法定することによって国税債権の保全を図り国税の徴収を確保するための措置である。 国税通則法38条は、同法制定前の国税徴収法上のいわゆる繰上徴収の制度(43条)を引き継いだものである。この制度は次のようなものであった(志場ほか共編・前掲書503頁。下線筆者)。 繰上徴収の制度については、「未確定の国税について、法定申告期限前に繰り上げて課税するいわゆる繰上賦課ができるかどうか、またできるとすれば、どの範囲でできるのか、というような点が、必ずしも明らかでなく、講学上においてのみならず、実務の上でも、多くの問題を惹起せしめていたのである」(中川一郎=清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所・加除式[1989年追録第5号加除式])F204/1-F205頁[中川一郎/吉良実執筆])が、国税通則法の制定により、納税義務の「成立」と「確定」とが明確に区別されたこと(15条1項。第10回参照)に伴い、「租税債権の成立した租税については繰上徴収ができるとすることが適当である」とされ、かつ、「『繰上徴収』という語は、その内容からみて適切ではないので、この際『繰上請求』とすることが望ましい」とされた(税制調査会『国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)』(昭和36年7月)60頁。下線筆者)。 繰上請求は、一定の事由に該当する場合において「納付すべき税額の確定した国税(・・・・・・)でその納期限までに完納されないと認められるものがあるとき」、税務署長がその納期限を繰り上げて納付を請求することができるようにする措置である(税通38条1項)。確かに、繰上請求に係る期限までに任意に納付がされないときは、徴収職員は督促を要しないで直ちに滞納処分を開始し滞納者の財産を差し押さえなければならないこととされているが(税徴47条1項2号括弧書)、しかし、繰上請求それ自体は、納税義務の確定した国税に係る本来の納期限に代えて別の納期限を設定する処分である以上、納税の請求の枠内に位置づけることができる「一種の請求行為」(志場ほか共編・前掲書508頁)である。 これに対して、繰上保全差押えは、繰上請求ができる一定の事由に該当する場合(税通38条1項各号)において、納税義務の成立した国税等で「その確定後においては当該国税の徴収を確保することができないと認められるものがあるとき」、税務署長が繰上保全差押決定をすることができるようにする措置である(同条3項)。繰上保全差押決定は、「その国税の法定申告期限(・・・・・・)前に、その確定すると見込まれる国税の金額のうちその徴収を確保するため、あらかじめ、滞納処分を執行することを要すると認める金額を決定すること」(税通38条3項柱書)であることから、繰上保全差押えは、「保全のためにする直接的な処分権限それ自体」(志場ほか共編・前掲書508頁)を税務署長に授権する措置であり、その意味では、「滞納処分の一環として位置づけられるべきもの」(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【154】)といえよう。 そうすると、繰上保全差押えは、繰上請求と同じ条文で規定するのが(税制調査会・前掲答申別冊60頁の言葉を借りると)「その内容からみて適切でない」と考えられ、むしろ、国税通則法の制定前の国税徴収法上の繰上賦課と同じ性格の措置(これより対象国税の範囲を拡大した点では、徴収法的性格がより強い措置)とみて、国税通則法の制定後も「繰上徴収」の名称のまま国税徴収法で規定することにした方が妥当であったように思われる。もっとも、これを保全差押え(税徴159条)と相前後して規定するのであれば、繰上保全差押えという名称の方がよいかもしれない。保全差押えは、法定申告期限後にされる点で繰上保全差押えとは異なるが、「未確定の国税の保全措置」(志場ほか共編・前掲書508頁)という点では基本的には同様の措置とみることができるからである。 なお、国税通則法39条は、国税通則法制定前の国税徴収法で繰上徴収(43条)の次の条文(44条)で定められていた規定であるが、現行国税徴収法11条(強制換価の場合の消費税等の優先)と一体となって初めて消費税等の徴収を確保することができるのであるから、やはり国税徴収法で規定することにした方が妥当であったように思われる。 以上のようにみてくると、次の見解(中川=清永編・前掲書F54-F55頁[吉良実執筆])も強ち不当とはいえないように思われる。 (了)