フロー・チャートを使って学ぶ会計実務 【第52回】 「パフォーマンス・シェア・ユニットの会計処理」 RSM清和監査法人 公認会計士 西田 友洋 【はじめに】 「パフォーマンス・シェア」とは、中長期の業績目標の達成度合いに応じて交付される株式による報酬のことである。パフォーマンス・シェアの導入方法としては、以下の2つの方法がある。 「初年度発行-業績連動譲渡制限解除型」とは、譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)の譲渡制限解除の条件に業績等条件を課すものである。これは、平成29年度税制改正により、税務上損金算入が認められないことになったため、今後、導入する企業は多くないと考えられる。 「業績連動発行型(事後交付型、パフォーマンス・シェア・ユニット)」とは、初年度に役員等に対して業績等に連動する金銭債権等を付与することを決定し、その後、一定の業績等連動期間後に実際に付与された金銭債権等を現物出資財産として払い込みをしてもらい、株式を発行するものである。平成29年度税制改正により、一定の要件を満たす場合には、税務上損金算入が認められることとなった。 「業績連動発行型(事後交付型、パフォーマンス・シェア・ユニット)」は、業績条件の達成度合いに応じて株式数が変動するため、「初年度発行-業績連動譲渡制限解除型」よりもインセンティブ効果が高いと考えられる。 今後、企業が導入する場合は、「業績連動発行型(事後交付型、パフォーマンス・シェア・ユニット)」が多いと考えられることから、本解説では、「業績連動発行型(事後交付型、パフォーマンス・シェア・ユニット)」を前提に解説する。 また、「業績連動発行型(事後交付型、パフォーマンス・シェア・ユニット)」の会計処理については、会計基準が定められていないため、会計制度委員会研究報告第15号「インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告(以下、「研究報告」という)」に記載されている会計処理に基づいて解説する。 ※各ステップをクリックすると、それぞれのページに移動します。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 【STEP1】では、以下の会計処理について検討する。 (1) 株主総会及び取締役会決議日時点 決議時点では、株式や新株予約権の発行がなく、また、何らかの義務が生じていないことから、会計処理は必要ないと考えられる(研究報告Ⅵ6.(3)①ア)。 (2) 業績評価期間中の各期末日(四半期決算日を含む) パフォーマンス・シェア・ユニットでは、労働等の役務の提供を受ける企業が、事前に定められた条件(業績の達成度合いに連動する株式数の決定方法)に従い、事後的に役員等に金銭債権等を付与し、当該金銭債権等の現物出資を受ける。 当該金銭債権等は、業績評価期間の役務に対応する形で事後的に付与されるため、パフォーマンス・シェア・ユニット導入時から株式交付時点までに係る役員等からの役務提供について、業績評価期間にわたり株式報酬費用等及び対応する負債(引当金)を計上することが考えられる(研究報告Ⅵ6.(3)①イ)。 また、株式報酬費用等の金額の算定方法であるが、当初決議時点において、業績目標の達成度合いごとに「株数」を決定する場合では、業績目標の達成度合いだけでなく、株価の変動によっても交付される株式の時価総額が異なる。この場合、最終的な金銭債権等の金額は、「業績評価期間の末日等の株価 × 株数(業績目標の達成度合いにより変動)」という算式で決定され、業績評価期間の経過期間に応じて義務が生じていると考えられる。そのため、費用計上額も毎期末の時価(株価)により算定していくことになると考えられる。 具体的には、事業年度をまたいで業績評価期間が設定されている場合に、各期末の費用計上累計額は以下のとおり算定され、前期末時点での費用計上累計額との差額が当期に費用計上される(研究報告Ⅵ6.(3)②)。 なお、業績目標の達成見込みは、条件と業績目標の達成可能性を勘案し、期待値法又は最頻値法などの方法の中から、適切と考えられる方法を用いて、金額を算定することが考えられる(研究報告Ⅵ6.(3)②)。 【STEP2】では、(1)業績条件達成の場合と(2)不達成の場合の会計処理について検討する。 (1) 業績条件達成の場合 提供された役務等に対する金銭債権等は、業績条件が達成された時点で現物出資として払い込まれる。したがって、業績評価期間中は【STEP1】(2)のとおり、負債(引当金等)に計上しておき、業績条件が達成された場合、役員等に付与された金銭債権等が現物出資されて株式が発行され、その時点で負債から資本に振り替えるような会計処理を行うことが考えられる(研究報告Ⅵ6.(3)①ウ)。 具体的には、業績条件が達成された場合、負債(引当金)を金銭債務等の確定債務に振り替え、付与した金銭報酬債権は、現物出資として払い込まれるため、金銭債権等と資本金を認識する。 なお、自社に対する金銭債権等が現物出資により払い込まれるため、金銭債権等と金銭債務等は混同により消滅する(研究報告Ⅵ6.(3)①ウ)。 (2) 業績条件が不達成の場合 業績条件を達成できなかった場合、株式の発行(又は自己株式の処分)は行われないため、負債として計上した金額を株式報酬費用等を相手勘定として振り戻すことが考えられる(研究報告Ⅵ6.(3)①エ)。 《設例》 3月決算の会社で、業績連動報酬制度を導入した。 〈会計処理〉 1 X11年3月期 (※1) 基準交付株式数10,000株 × 業績連動係数1.17(※2) × 株価100円 × 対象者1名 ×(職務執行期間9ヶ月 ÷ 36ヶ月)= 292,500 (※2) 業績連動係数1.17 =(X11年3月期実績100億円 + X12年3月期予想120億円 + X13年3月期予想130億円)÷ 目標連結営業利益300億円 2 X12年3月期 (※3) 基準交付株式数10,000株 × 業績連動係数1.13(※4)× 株価110円 × 対象者1名 ×(職務執行期間21ヶ月 ÷ 36ヶ月)- X11年3月期株式報酬292,500円 = 432,583 (※4) 業績連動係数1.13 =(X11年3月期実績100億円 + X12年3月期実績110億円 + X13年3月期予想130億円)÷ 目標連結営業利益300億円 3 X13年3月期 (※5) 基準交付株式数10,000株 × 業績連動係数1.17(※6)× 株価130円 × 対象者1名 ×(職務執行期間33ヶ月 ÷ 36ヶ月)- X11年3月期株式報酬費用292,500円 - X12年3月期株式報酬費用432,583円 = 669,167 (※6) 業績連動係数1.17 =(X11年3月期実績100億円 + X12年3月期実績110億円 + X13年3月期実績140億円)÷ 目標連結営業利益300億円 4 X14年3月期 (※7) 基準交付株式数10,000株 × 業績連動係数1.17(※6)× 株価150円 × 対象者1名 ×(職務執行期間36ヶ月 ÷ 36ヶ月)- X11年3月期株式報酬費用292,500円 - X12年3月期株式報酬費用432,583円 - X13年3月期株式報酬費用669,167円 = 360,750 * * * 以上、2のステップをまとめたフロー・チャートを再掲する。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 (了)
社外取締役と〇〇マルマル 【第7回】 「社外取締役と買収防衛策」 西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士・ニューヨーク州弁護士 野澤 大和 1 はじめに 近時、わが国においてアクティビスト(物言う株主)の活動が再び活発になっている。また、従来はあまり見られなかったが、わが国においても事業会社による他の会社への現経営陣の賛同を得ないで行う買収(以下「敵対的買収」という)も見られるようになってきた。アクティビストや他の事業会社による経営権取得を目的とする敵対的買収への対抗策の1つとして買収防衛策が検討されることがある。しかし、買収防衛策はその運用次第では経営陣の自己保身に利用されるおそれもあることから、経営陣の恣意的な判断を排除するための仕組みが必要となる。 そこで、本稿では、買収防衛策の概要とともに、経営陣の恣意的な判断を排除するために設置される独立委員会の機能と社外取締役が果たす役割について解説する。 2 買収防衛策の概要 (1) 買収防衛策の仕組み わが国における一般的な買収防衛策は、いわゆる「事前警告型」と呼ばれるものである。事前警告型買収防衛策とは、一般的に、①対象会社の株式の大規模買付を行おうとする者に対して、遵守すべきルールをあらかじめ設定し、②当該ルールが遵守される場合には、原則として差別的行使条件付の新株予約権無償割当て等の対抗措置を発動しない一方で、当該ルールを遵守しない場合又は当該ルールを遵守した場合でも対象会社の企業価値を毀損するときは例外的に対抗措置を発動するという特徴を有している。買収防衛策の導入手続としては、株主総会の承認を得るのが通常であるが、事前警告型と異なり、「有事導入型」の場合は取締役会決議で導入する事例(※1)もある。 (※1) 太田洋=松原大祐=政安慶一「東芝機械の『特定標的型・株主判断型』買収防衛策について〔上〕」旬刊商事法務2240号(2020)12頁参照。 なお、わが国において、事前警告型を中心とする買収防衛策を導入している企業の数は、2015年には478社であったが、2020年5月末時点では、4割減少し、289社となっている(※2)。 (※2) 2020年6月20日付日本経済新聞朝刊13頁「買収防衛策 新たに7社」参照。 (2) なぜ買収防衛策が必要とされるのか 買収防衛策が必要とされる理由(※3)としては、主に、①敵対的買収が株主にとって利益になるかどうかについては、株主より取締役会の方が情報を持っているため、取締役会の判断に委ねた方が株主の利益になること、②株主以外のステークホルダー(特に、従業員)の利益になること(※4)、③価格差がある二段階買収等の強圧性(※5)が生じる買収手法に対して強圧性を排除すること、④株主の適切な判断を可能とするための情報提供及び検討期間を確保するために必要であること、⑤取締役会により・・良い買収条件を求めて買収者と交渉する力を与えるために必要であること等が挙げられる。 (※3) 議論の詳細については、田中亘『企業買収と防衛策』(商事法務、2012年)29~36頁、松中学「買収防衛策とその法的規律」法学教室433号(2016年)35頁参照。 (※4) 松井秀征「敵対的企業買収と防衛策」江頭憲治郎編『株式会社法大系』(有斐閣、2013年)606~607頁。 (※5) 「強圧性」とは、例えば、公開買付けが成功した場合において、買付けに応じなかった株主は、応じたときよりも不利に扱われることが予想されるときは、たとえ大多数の株主が、買付価格は客観的な株式価値よりも低いと考えているときでも、買付けに応じるように強いられるという問題である(田中・前掲(※3)45頁)。 3 独立委員会の機能と社外取締役の役割 (1) 独立委員会の機能 買収防衛策は、敵対的買収が買収者の意図したとおりに行われることを困難にする効果を持つような行為である(※6)。そのため、買収防衛策は、その運用次第では、経営陣の保身を目的に利用される可能性があるため、実務上は、取締役会により恣意的に買収防衛策が発動されるリスクの対処として、社外取締役又は社外監査役を中心とした「独立委員会」等の名称を付した任意の委員会が設置され(※7)、買収防衛策の発動は独立委員会の勧告に基づいてする仕組みとされることが多い(※8)。 (※6) 田中・前掲(※3)1頁。 (※7) 経済産業省=法務省「企業価値・株主共同の利益の確保または向上のための買収防衛策に関する指針」(2005年5月27日)13頁、企業価値研究会「近時の諸環境の変化を踏まえた買収防衛策の在り方」(2008年6月30日)16頁。 (※8) 田中・前掲(※3)214頁。 取締役会の監督機能には、会社との利益相反が生じる業務執行の監督が含まれるが、利益相反に対処する方法は、通常、利益相反が生じている問題の意思決定を経営陣から独立した意思決定主体に委ねることで行われる(※9)。そこで、経営陣から独立した機関として、社外取締役又は社外監査役を中心とした独立委員会が設置される。独立委員会において、買収者からの情報提供期間及び取締役会評価期間の延長の可否や買収防衛策の発動の当否等について議論されることで、買収防衛策の発動プロセスにおける取締役の判断の恣意性が排除され、当該プロセスの公正性が担保されることとなる。 (※9) 川濱昇「取締役会の監督機能」森本滋=川濱昇=前田雅弘『企業の健全性確保と取締役の責任』(有斐閣、1997)25~26頁。 (2) 社外取締役の役割 社外取締役は、経営陣から独立した立場で、会社と業務執行を行う経営者との間の利益相反を監督する機能が期待されている(※10)。買収防衛策の恣意的な運用による経営陣の自己保身という会社と経営陣との利益相反を監督するために、社外取締役が独立委員会の委員として活動することは、まさに社外取締役に期待されている役割であると考えられる。 (※10) 坂本三郎編著『一問一答平成26年改正会社法〔第2版〕』(商事法務、2015)19頁注1。 なお、令和元年会社法改正によりセーフ・ハーバーとして社外取締役への業務執行の委託に関する規律(改正会社法348条の2)が設けられたことから、今後、実務において、買収防衛策における独立委員会の委員として社外取締役を選任する場合に念のため当該規律に基づく社外取締役への業務執行の委託が行われる可能性がある。 4 おわりに アクティビストや事業会社による敵対的買収の懸念が現実的になっている近時の状況に鑑みると、今後、新たに買収防衛策を導入したり、導入の検討をしたりする企業が出てくることも想定し得る(※11)。 (※11) 日本経済新聞朝刊・前掲(※2)13頁参照。 この点、コーポレートガバナンス・コードは、買収防衛策の目的が経営陣・取締役会の保身であってはならないことを前提に、上場会社に対して、買収防衛策の導入・運用について、株主に対する受託者責任を全うする観点から、その必要性・合理性の検討を行い、適正な手続を確保するとともに、株主への十分な説明を行うことを求めているが(原則1-5)、買収防衛策それ自体を否定していない。 買収防衛策を導入する企業の社外取締役には、経営陣と会社との利益相反の監督という役割を自覚した上で、コーポレートガバナンス・コードの趣旨を踏まえ、買収防衛策が経営陣の自己保身に利用されることがないように健全に運用されるよう監督していくことが期待されている。 (了)
《速報解説》 国税庁、新型コロナウイルスに係る所得税関連のFAQを更新 ~海外勤務者の給与所得の取扱いやPCR検査費用等の医療費控除適用可否を明確化~ Profession Journal編集部 コロナ禍に見舞われた2020年も残すところ約2か月となり、これから年末に向けて確定申告を意識する時期となるが、国税庁は10月23日付けで「国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への対応と申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ」を更新、所得税の取扱いに関する7つの問答を新たに公表した。 新設の7問は大きく、①新型コロナウイルス感染症対策として日本の出入国が制限される中での海外勤務者など影響のある者に関する所得課税の取扱い、②マスク購入やPCR検査などコロナ関連の支出に関する医療費控除の適用可否に分かれている。 ①については、例えば日本に事務所等を有しない外国法人への転職で、現地で勤務する予定(1年以上)であった者が、新型コロナウイルス感染症の世界的拡大で日本から出国することができず、国内の所在地で外国法人の業務に従事(在宅勤務)している場合、この者は居住者に該当するため、外国法人から支払われる給与については給与所得として、確定申告書の提出及び納税が必要となる旨が示されている(外国法人の源泉徴収義務はなし)。 上記のようなケースでは、今後ビジネス目的の渡航が緩和され海外勤務地へ向かうことになった場合、原則として出国の日までに(準)確定申告と納税をするか、納税管理人を定めて税務署へ届け出ることで法定期限(翌年3月15日)までに申告・納税をすることになるため、手続等、失念しないよう注意しておきたい。 上記を含め、新たに以下の問答が公表されている。 ②については、一時深刻な品不足となり高額での取引も見られたマスクの購入費用については、病気の感染予防を目的に着用するものであり医療費控除の対象とはならないとし、新型コロナウイルス感染症のPCR検査費用については、感染の疑いがあるとして医師等の判断により受けた場合の検査費用は医療費控除の対象となる(公費負担分を除く)が、単に感染していないことを明らかにする目的で受けるPCR検査など、自己の判断により受けた場合の検査費用は医療費控除の対象とはならない(※)としている。 (※) ただしPCR検査の結果、「陽性」であることが判明し、引き続き治療を行った場合には、その検査は治療に先立って行われる診察と同様に考えることができるため、その場合の検査費用については、医療費控除の対象となる(所基通73-4)。 上記を含め、新たに以下の問答が公表されている。 なお上記新問の他に、既存の問答「個人に対して国や地方公共団体から助成金が支給された場合の取扱い」において、Go Toキャンペーン事業における給付金が一時所得に区分されるとした内容の更新が行われている。 (了)
《速報解説》 会計士協会、改訂監査基準案に対応した 監基報540「会計上の見積りの監査」等(公開草案)を公表 ~新たな概念である「固有リスク要因」の導入や定義の明確化等を図る~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年10月23 日、日本公認会計士協会は、監査基準委員会報告書540「会計上の見積りの監査」等(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、企業会計審議会が改訂を予定している監査基準の内容を反映させるためのものである。監査基準の改訂に関する公開草案では、監査人は、会計上の見積りの合理性を判断するために、経営者が行った見積りの方法の評価、その見積りと監査人の行った見積りや実績との比較等により、十分かつ適切な監査証拠を入手しなければならないなどの改訂を予定している。 意見募集期間は2020年11月24日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 監査基準委員会報告書540(以下「監基報540」という)の主な改正点は次のとおりである。 1 定義 「会計上の見積り」とは、適用される財務報告の枠組みに従って、金額の測定に見積りの不確実性を伴うものをいう(11項(1))。 「見積りの不確実性」とは、正確に測定することができないという性質に影響される程度をいう(11項(3))。 「固有リスク要因」とは、内部統制が存在していないとの仮定の上で、アサーションに虚偽表示が生じる可能性のある状況及び事象の特性である(A8項。《付録1 固有リスク要因》を参照)。 2 適切な運用 監基報540において、適用される財務報告の枠組みに照らして合理的であるとは、次の事項を含め、適用される財務報告の枠組みにおいて要求される事項が適切に適用されていることを意味する。この「適切に適用されている」という用語は、適用される財務報告の枠組みに準拠しているだけでなく、その枠組みにおける測定基礎の目的に合致した判断が行われることを意味している(9項、A13項)。 3 リスク評価手続 企業及び企業環境を理解する際、監査人は、企業の会計上の見積りに関連する事項を理解しなければならない。 例えば次の事項である(12項)。 そして、監査人は、当年度における重要な虚偽表示リスクの識別と評価に役立てるために、過年度の会計上の見積りの確定額又は該当する場合には再見積額について検討しなければならない(13項)。 4 経営者がどのように会計上の見積りを行ったかの検討 監査人は、経営者がどのように会計上の見積りを行ったかを検討する場合、次の事項に関連する重要な虚偽表示リスクについて十分かつ適切な監査証拠を入手する必要がある。そのために、リスク対応手続として、22項から25項に従って立案し実施する手続を含めなければならない(21項)。 5 会計上の見積りに関する注記事項 監査人は、会計上の見積りに関する注記事項(25項(2)及び28項(2)に記載されている見積りの不確実性に関する注記事項を除く)について、アサーション・レベルで評価した重要な虚偽表示リスクに関する十分かつ適切な監査証拠を入手するためのリスク対応手続を立案し実施しなければならない(30項)。 6 コミュニケーション 監査役等、経営者とのコミュニケーションに際し、監査人は、会計上の見積りに関してコミュニケーションを行うべき事項があれば検討し、重要な虚偽表示リスクの原因が見積りの不確実性に関するものかどうか、又は会計上の見積り及び関連する注記を行う上での複雑性、主観性もしくはその他の固有リスク要因の影響に関するものかどうかについて考慮しなければならない(37項)。 7 適用の柔軟性 監基報540の要求事項の適用の柔軟性に関する指針が規定されている(3項、A20項からA22項、A63項、A67項及びA84項)。 Ⅲ 適用時期等 (了)
《速報解説》 会計士協会、「内部監査人の作業の利用」等の改正(公開草案)を公表 ~海外構成単位の監査におけるダイレクトアシスタンス防止への対応~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年10月21日、日本公認会計士協会は、監査基準委員会報告書610「内部監査人の作業の利用」等(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 従来から、我が国では内部監査人による監査人の直接補助(ダイレクトアシスタンス)を禁止しているが、海外の構成単位の監査においても内部監査人が構成単位の監査人を直接補助することがないようにする。 意見募集期間は2020年11月24日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 我が国では、法令により、監査人がその職務を行うに当たり、被監査会社の使用人等を補助者として使用することが禁じられている。 このため、本報告書は、監査人が監査手続を実施するに当たり、内部監査人が監査人を直接補助する場合を取り扱わないこととしている。 そこで、構成単位の監査においても内部監査人が構成単位の監査人を直接補助することがないようにするため、海外の構成単位の監査人とコミュニケーションを行うことが必要になることがあるとしている(A4-1)。 Ⅲ 適用時期等 改正後の本報告書は、2021年3月31日以後終了する事業年度に係る監査及び同日以後開始する中間会計期間に係る中間監査から適用する。 (了)
《速報解説》 監査基準改訂案を受け、監基報720の大幅な改正(公開草案)が公表される ~年次報告書等開示書類の「その他の記載内容」に関する監査人の責任を規定~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年10月21日、日本公認会計士協会は、監査基準委員会報告書720「監査した財務諸表が含まれる開示書類におけるその他の記載内容に関連する監査人の責任」等の改正(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、企業会計審議会が改訂を予定している監査基準の内容を反映させるためのものである。監査基準の改訂に関する公開草案では、監査した財務諸表を含む開示書類のうち当該財務諸表と監査報告書とを除いた部分の記載内容(その他の記載内容)について、監査人の手続を明確にするなどの改訂を予定している。 意見募集期間は2020年11月24日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 監査基準委員会報告書720(以下「監基報720」という)は、その名称を監査基準委員会報告書720「その他の記載内容に関連する監査人の責任」と改正する予定である。 監査報告書の文例も示されている。 監基報720の主な改正点は、次のとおりである。 1 定義 「その他の記載内容」とは、監査した財務諸表を含む開示書類のうち当該財務諸表と監査報告書とを除いた部分の記載内容をいう(11項(1))。 その他の記載内容は、通常、財務諸表及びその監査報告書を除く、企業の年次報告書に含まれる財務情報及び非財務情報である。 付録1では、その他の記載内容に含まれる可能性のある数値又は数値以外の項目の例が記載されている。 「年次報告書」とは、法令等又は慣行により経営者が通常年次で作成する単一又は複数の文書であり、企業の事業並びに財務諸表に記載されている経営成績及び財政状態に関する情報を所有者(又は類似の利害関係者)に提供することを目的としているものをいう(11項(3))。 監基報720は、決算短信等の財務情報の速報には適用されない(7項)。 2 その他の記載内容の通読及び検討 監査人は、その他の記載内容を通読しなければならず、通読の過程において、次のことを行わなければならない(13項)。 また、監査人は、13項に従ってその他の記載内容を通読する過程において、財務諸表又は監査人が監査の過程で得た知識に関連しないその他の記載内容について、重要な誤りがあると思われる兆候に注意を払わなければならない(14項)。 3 重要な相違があると思われる場合など 監査人は、重要な相違があると思われる場合(又は重要な誤りがあると思われるその他の記載内容に気付いた場合)、当該事項について経営者と協議し、必要に応じてその他の手続を実施する(15項)。 4 監査報告書 監査人は、監査報告書に「その他の記載内容」又は他の適切な見出しを付した区分を設けなければならない(20項)。 「その他の記載内容」区分には、次の事項を含めなければならない(21項)。 ただし、12項に基づいて実施した手続の結果、その他の記載内容が存在しないと判断した場合には、その他の記載内容が存在しないと判断した旨及びその他の記載内容に対していかなる作業も実施していない旨を記載する(21項)。 Ⅲ 適用時期等 (了)
2020年10月22日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.391を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第76回】 「法人税法における3つの誤り」 税理士 山本 守之 1 法人税法のうち損金計上が否認されるもの 通常の営業費のうち損金不算入とされるものが大きく3つあります。①役員給与の損金不算入、②寄附金の損金不算入、③交際費等の損金不算入です。これらの現行法での取扱いに対して、法人は納得いかないものです。 2 役員給与 (1) 役員給与の損金性の判断基準 法人の役員は資本主によって選任され、その委任に基づいて業務を執行する(会社法329)立場にあります。税法では、役員がこのような特殊な地位にあることも配慮して、その給与の損金算入について次のような規制を設けています。 役員給与(①退職給与、②新株予約権によるもの、③使用人兼務役員の使用人分給与は除かれます)のうち次のもの以外は損金の額に算入しません。 (注) 「事前」とは、その給与に係る職務執行の開始の日と会計期間開始の日から3月を経過する日とのいずれか早い日。 国税庁では、「役員給与に関するQ&A」(平成18年6月)の下記Q3の事例について、次のように答えています。 このように、役員給与の損金算入要件が平成18年度から大きく変わったことについて、財務省の説明では、「(平成18年改正前までは)役員に支給する給与が定期のものか臨時的なものかという支給形態によって損金算入の可否を区別していたが、改正後は、役員給与がその職務執行前にあらかじめ支給時期・支給額が定められていたものに基づくものであるか否かによって損金算入の可否を区分することとされた。」(『税務弘報』2006年6月臨時号小崎純弥稿)としていました。 この場合の職務執行前にあらかじめ支給時期が定められている形態を、次の3つに区分しています。 しかし、筆者は、役員給与が職務執行前にあらかじめ支給時期、支給額が定められているか否かで損金性判断の基準とすることは適当ではないと考えています。 役員給与は法律通りだと、企業会計基準委員会の次のような考え方と反します。 そこで、「あらかじめ支給額と支給時期が定められた役員報酬・賞与」と「算定手続等の適正性・透明性が確保された業績連動型報酬・賞与」を損金の額に算入することにしたとされています。 実は、平成18年度改正では、別段の定めとして役員給与を原則損金不算入としました。その理由について恣意性排除だと財務省は説明していますが、これは理論的に問題があります。 役員給与は役員の法人に対する役務提供の対価であるから、原則はあくまで損金の額に算入されるべきで、一定のものを別段の定めとして損金不算入とする立法は認められるでしょう。 しかし、現行法は役務提供の対価である役員給与を原則損金不算入とし、損金の額に算入されるものについてだけ規定するという規定手法をとっており、租税法の立法として認められるものではありません。 法人税法第34条については、財務省に勤務していた者からも次のような批判があります。財務省は反省して見直すべきでしょう。 (朝長英樹「法人税制改革に向けて-取り組むべき課題の概要-」『税経通信』Vol.62、No.10、2007年7月号、118頁) ここでいう「恣意性排除」とは、節税をもくろむ納税者が役員給与を利用して租税回避をはかる事例がありますから、いっそ役員給与を損金不算入とし、一定のもの(定期同額給与、事前確定届出給与、業績連動給与)だけを損金算入とすれば租税回避を防止できるという岡引的な発想で書かれていることを意味しているのかもしれません。 理論的に問題があっても法律として制定されてしまえば、訴訟で争っても救済されません。法解釈と異なり、立法上の問題点は「法の支配」の論理で解決できないのでしょう。そのため租税法律主義以前の問題のような気がしてなりません。 (2) 日税連による重点要望事項 平成23年11月9日の第16回税制調査会に日税連が提出した平成24年度税制改正に関する重点要望事項では、次のように書かれています(傍点筆者)。 法人税法第34条の規定について財務省では次のように述べています。 (「平成19年度の法人税関係(含む政省令事項)の改正について」『租税研究』日本租税研究協会、平成19年7月、23頁) また、税の実務雑誌や日税連の機関紙(『税理士界』)でもこれにならって、当時同様の解説を載せていました。 「役員給与を原則損金不算入としたわけではない」という主張が、平成19年ごろ異常な形で急激に増えていました。 しかも、その論理は財務省の説明と全く同じで、論文の中の事例等も同一であり、どうやら「ある力」が働いているようでした。 上記の「役員給与を原則損金不算入としたわけではない」という主張がありますが、役員給与は法人税法第22条第3項からみて損金であり、法人税法第34条により本質的に損金性を有していることは当然です。しかし、法人税法第34条の第1号から第3号以外は損金不算入となってしまうことから「原則損金不算入ではないか」と指摘されているのです。 「立法技術上、このように規定しなければならなかった」というのは、立法者の言い訳に過ぎません。 損金の額に算入すべき役員給与を原則損金不算入とする別段の定めを置くことは、違法といえないまでも立法作法に反すると、多くの実務家が指摘しているのです。 これは筆者の主張と同じです。日税連が筆者の考え方を理解するようになったことを喜ぶべきでしょうか、悲しむべきでしょうか。 3 寄附金 (1) 寄附金課税の趣旨 寄附金の損金算入についての規制措置は昭和17年2月の旧臨時租税措置法の改正によって設けられました。創設の当時は太平洋戦争の最中であり、寄附金が激増し、一方で税率が非常に高率であったことから、法人の支出する寄附金を全額損金算入するとすれば、国の財政収入の確保を阻害するばかりではなく、寄附金の出捐による法人の負担が、法人税の減収を通じて国に転嫁され、課税の公平上適当ではないとする考えから創設されました。 平成に入ってからも寄附金損金不算入の趣旨を次のように述べたものがあります。 (渡辺淑夫著『寄附金課税の知識』1989年、財経詳報社) また、寄附金については、「事業関連性」との関係から次のように処理されています。 (2) 寄附金の額 法人税法37条7項では、「・・・いずれの名義をもってするかを問わず、内国法人が金銭その他の資産又は経済的利益の贈与又は無償の供与をした場合」には寄附金の額が生ずることを規定し、同条8項では低廉譲渡又は低廉供与をした場合の実質的な贈与又は無償の供与部分は寄附金の額に含まれると規定しています。 注意したいのは、「合理的な経済目的その他の事情」が存すれば寄附金課税は行われないことです。 もっとも、法人税基本通達9-4-1~2のように基本通達で寄附金とするものは適当ではないとして、除外しているものもあります。 (3) 親会社の責任 B社はA、C両社の指導の下に余剰人員の整理、諸経費縮減などの経営努力をしています。 親会社A社は部品の供給をB社に依存しているため、B社が倒産すればその供給がストップし、多大な損失を受けます。つまり、B社支援はA社が蒙るであろう、より大きな損失を回避するためであると考えられます。 また、法人は社会的な存在であり、子会社等が倒産すれば親会社の社会的信用に傷がつき、有形、無形の損失を受けます。B社支援はこのような損失を回避するためであると考えられます。 課税庁の公式解説でも、「近年多く発生している子会社等の再建支援事案においては、無利息・低利融資の他に、債権放棄、資金贈与、経費負担等の方法による利益供与も行われているが、これらの方法による利益供与についても、無利息・低利融資と同様に、子会社等の倒産を防止するためにやむを得ず採られた措置と認められる場合には、単純に贈与とみるべきではない。」(『法人税基本通達逐条解説』税務研究会出版局)としています。 もちろん、この場合の再建(整理)計画については経済的合理性が担保されていなければなりません。このため寄附金課税が行われないと判断するには、①支援額の合理性、②支援者による債権管理の有無、③支援者の範囲の相当性、④支援割合の合理性が検討されることになるでしょう。 一般に法人税基本通達9-4-2の適用は、次の要素を主体に判断されます。 課税庁では、子会社の整理又は再建をする場合の損失負担等に経済的合理性を有しているか否かは、次の項目について総合的に検討することにしています。 子会社等の整理の場合は、上記のⒷは倒産の危機に至らないまでも経営成績が悪いなど、放置した場合には今後より大きな損失を蒙ることが社会通念上明らかであるかを検討します。また、Ⓔは子会社等の整理には一般的にその必要はないですが、整理に長期間を要するときは、その整理計画の実施状況等の管理を行うこととしているかを検討することになります。 ちなみに、アメリカでは、親会社が子会社を支援するものは寄附金として課税しません。親会社が子会社を支援するのは当然であるから、寄附金を損金不算入としないのです。日本のように子会社の支援を課税する考え方はないのです。 4 交際費等 (1) 交際費等の課税要件 法人の各事業年度の所得の金額の計算上損金不算入の対象となる交際費等の範囲については、「交際費等とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するもの(専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用その他政令で定める費用を除く。)をいい、〈中略〉」(措法61の4④)と定義されています。 ところで、現実に裁判例で示される交際費等の課税要件(成立要件)は、次のように「旧二要件説」「新二要件説」「三要件説」に区別することができます。 (2) 萬有製薬事件と課税要件 上記のように交際費等の課税要件は3つに区別されており、課税要件を明確に定めることのできない国税の対応は納税者としては困るところです。以下ではこのような状況において、三要件説が必要とされた代表的な事例として、「萬有製薬事件」を紹介します。 製薬会社であるX社は、主として医家向医薬品の製造販売を事業内容としています。その医薬品を購入している大学病院の医師等から、発表する医学論文が海外の雑誌に掲載されるようにするための英訳文につき、英文添削の依頼を受け、これをアメリカの添削業者2社に外注していました。 X社は医師等から国内添削業の平均的な英文添削料金を収受しましたが、X社がアメリカの添削業者に支払った添削料金はその3倍以上で、その差額は次のようになっていました。 結局、上記の差額金額はX社が負担していたことになります。 これに対して国側は、英文添削を依頼した医師等はX社の「事業に関係のある者」に該当し、添削料の差額負担分は、支出の目的が医師等に対する接待等のためであって交際費等に該当するとして更正処分(1994(平成6)年3月期)をしました。 この事件は審査請求から訴訟に発展し、国税不服審判所の裁決及び第一審の判決(東京地裁)ではいずれも国側処分を是としましたが、控訴審(東京高裁)では納税者が逆転勝訴し、国側は上告を断念したため、控訴審判決が確定しました。 交際費等の第3の成立(課税)要件は、行為の態様として「接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為」であることが必要であるとされていますが、判決では、交際行為(接待等に該当する行為)を「一般的に見て、相手方の快楽追求欲、金銭や物品の所有欲などを満足させる行為をいうと解される。」としていることは注目すべきです。 この点は国側の主張である「支出の目的がかかる相手方に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のためであれば足り、接待等が、その相手方において、当該支出によって利益を受けていると認識できるような客観的状況の下に行われることは必要でない。(中略)交際費等に該当する接待等の行為は、相手方の欲望を満たすものである必要はない。」とは大いに異なるところです。 結局、判決では、東京高裁は、行為の態様からみると、 として交際費課税を取り消したのです。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第1回】 「居住用財産の譲渡損失特例に係る「措法41の5」と 「措法41の5の2」の主な相違点」 -居住用財産の譲渡損失特例の概要- 税理士 大久保 昭佳 Q 居住用財産の譲渡損失の損益通算及び繰越控除に係る2つの特例のその適用要件に係る類似点及び相違点の概要を説明してください。 A 適用要件ごとに比較すると次のとおりです。 (1) 居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の損益通算及び繰越控除の特例(措法41の5) (2) 特定居住用財産の譲渡損失の損益通算及び繰越控除の特例(措法41の5の2) ●○●○解説○●○● 上記(1)の「居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の損益通算及び繰越控除の特例(措法41の5)」(以下、本連載では「居住用財産買換の譲渡損失特例」という)は、平成10年度税制改正において、地価高騰期に住宅ローンを組んで住宅を取得したものの、バブルがはじけ、地価は大幅に値下がりし、子供の成長等のライフステージに応じた住宅買換えが思うように進まない経済状況を踏まえ、住宅市場の活性化を通じて景気対策にも資するために創設された特例です。 上記表の概要のとおり、一定の要件の下で、居住用財産の譲渡損失の金額がある場合には、その譲渡損失について、その譲渡年と翌年以後3年内の各年分の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額の計算上控除する特例となっています。 そして、上記(2)の「特定居住用財産の譲渡損失の損益通算及び繰越控除の特例(措法41の5の2)」(以下、本連載では「特定居住用財産の譲渡損失特例」という)は、平成16年度税制改正において、新たに住宅を取得しなくとも、住宅ローンが残っている住宅を譲渡した場合の一定の損失については、同様の損益通算及び繰越控除できる特例が追加されました。 従来、土地等建物を譲渡し損失が発生した場合には、別荘等の生活に通常必要でない財産の譲渡損失以外は、その年度の総所得金額等との損益通算が原則可能でしたが、その制度は平成16年度以降廃止されたため、現行税制下、居住用財産の譲渡損失特例は、総所得金額等との損益通算及び繰越控除が唯一可能な特例です。 【第2回】以降から、その適用要件に係る詳細を一問一答形式により解説していきます。 (了)
取引先企業が倒産したときに対応すべき 税務・会計上の留意事項 【第1回】 「貸倒損失及び貸倒引当金の税務処理」 公認会計士・税理士 新名 貴則 新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、世界的に経済が大打撃を受けており、経営状況が悪化する企業が増加している。政府や自治体が様々な給付金等を創設し、企業の救済を図っているが、残念ながら倒産する企業も出ている。 そこで本連載では、このような情勢に応じ、取引先企業が倒産したときに、税務・会計上どのような点に留意すべきかについて解説する。 【第1回】では税務上の留意点について解説する。 1 貸倒損失の計上 取引先企業が倒産し、その企業に対する売掛金等の債権が回収不能となった場合、その損失額を貸倒損失として計上することになる。ただし、税務上貸倒損失として損金算入が認められるためには、厳しい要件が設定されている。 具体的には、税務上、貸倒損失として損金算入が認められるためには、次の3つのいずれかに該当する必要がある。 「① 法律上の貸倒れ」の場合は、損金経理をしているか否かにかかわらず、その事実が発生した事業年度の損金に算入される。 「② 事実上の貸倒れ」の場合は、回収できないことが明らかになった事業年度に、貸倒れとして損金経理をすることで損金算入が認められる。ただし、当該債権について担保物があるときは、その担保物を処分した後でなければ貸倒れとして損金経理をすることはできないことに注意が必要である。 「③ 形式上の貸倒れ」の場合は、売掛債権(売掛金等のことであって、貸付金等は含まない)について、備忘価額を控除した残額を貸倒れとして損金経理することで、損金算入が認められる。 2 貸倒引当金の計上 (1) 税務上の貸倒引当金を計上できる法人 取引先企業が経営破綻に陥った場合、税務上、貸倒損失を損金算入することまでは認められなくても、貸倒引当金を計上することができる場合がある。ただし、平成23年12月の税制改正により、税務上の貸倒引当金の計上は次の法人だけに認められている。 資本金1億円超の法人においては、会計上貸倒引当金を計上したとしても、税務上は認められないため、全額否認する必要がある。 (2) 税務上の貸倒引当金の概要 税務上の貸倒引当金には、次の2種類がある。 取引先が倒産してしまった場合には、個別評価金銭債権として貸倒引当金を算定することになる。 (3) 個別評価金銭債権の貸倒引当金 税務上、個別評価金銭債権に係る貸倒引当金の計上が認められるためには、次の4つのいずれかに該当する必要がある。これらに該当する場合は、繰入限度額を上限として損金算入が認められる。 (※1) 次の金額を控除する。 ・債務者から受け入れた金額があるため、実質的に債権とみられない金額 ・担保権の実行、金融機関又は保証機関による保証債務の履行その他により取立て等の見込みがあると認められる金額 (※2) 債務者から受け入れた金額があるため実質的に債権とみられない部分の金額や、保証債務の履行その他により取立て等の見込みがあると認められる部分の金額を控除する。 一口に倒産と言ってもその意味するところは幅広く、取引先の状況に応じて判断する必要がある。貸倒損失を損金算入できる状況にまで至っている場合は貸倒損失を計上するが、そこまでには至っていなければ、貸倒引当金の計上を検討することになる。 本連載では、取引先が倒産した場合を想定しているので、「④ 外国の回収不能な公的債権」以外のいずれかに該当するか否かを検討することになる。 なお、次回は会計上の留意点について解説する。 (了)