公開日: 2018/04/26 (掲載号:No.266)
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AIで士業は変わるか? 【第12回】「税務会計の分野において、AIに『代替し得るもの』と『代替し得ないもの』」

筆者: 田川 嘉朗

カテゴリ:

AI

士業変わるか?

【第12回】

「税務会計の分野において、

AIに『代替し得るもの』と『代替し得ないもの』」

 

税理士法人レガシィ            
代表社員・資産税法人税務部 統括パートナー
税理士 田川 嘉朗

 

アーサー・C・クラーク原作、スタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」(1968年)における人工知能・HAL9000型コンピュータの描写に見られるように「AIが人間に代替し得るか?」というテーマに関する議論は古くからあったが、近年になって、インターネットが普及し、コンピュータが扱えるデータ量や演算速度などが飛躍的に向上し、実際に将棋や囲碁などの対局において、コンピュータがトップクラスの棋士に勝ってしまうような事例が増えてきたことなどから、より現実的な問題として、我々が考えなければならない重要な命題へと変貌を遂げてきているように思う。

例えば、症例数・手術数の多寡により、技術的な判断に優劣が生じやすい医療の世界においては、より多くの症例を持っており、さらに高度な解析技術や演算速度を備えたAIの方が、一人の優れた医師、あるいは総合病院の医師の集団などよりも、遙かに的確な判断を下せるといった近未来のイメージには一定の蓋然性があり、AIの登場によって、医療の現場は確実に変わっていくことが容易に予測し得る。

ただし、それはあくまで必要な判断材料が充分に揃った段階以降での話であり、初期段階の現場、すなわち検査項目を的確に判断し、正確な検査を行うといったアナログな業務にまで及ぶわけではない。つまり、医療におけるAIの優位性は、あくまで現場を統率する熟練医師が求められるような高度な判断を要するレベルでのみ意味を有するものであり、その判断材料を収集し、これを分類・整理して医師に提示することを主たる業務とする末端の検査などの現場においては、AIに代替し得るような業務がそれほどあるとは思えない。

*  *  *

さて、この問題を税務会計業界に置き換えてみたらどうであろうか?

税務会計業界においても、顧客の自宅や事務所などに訪問して、原始資料を収集し、これを分類・整理して会計ソフトなどに入力して加工することを主たる業務とする末端の現場では、基本的にはデジタルに移行する前段階のアナログな作業を中心として行っているに過ぎない部分が多く、AIがその業務の多くを奪ってしまうといったことは考えにくい。

だが、資料収集後、通帳や業者の報告書など、原資資料の数値を直接読み取れたり、容易にパターン化できたりするものの集計・解析業務は容易にAIに代替され得るであろうし、現場を統率する熟練した税理士・会計士が行う高度な判断を要する業務であっても、将来、AIにその一部を奪われてしまう可能性は充分に考えられる。職業会計人の多くの判断は経験値に基づいており、その経験値がデータとしてパターン化され、AIの内部に取り込まれてしまえば、そうした判断の優劣に関しては、必ずしも人間の方が優れているということにはならないものと推測されるからである。

ただし、そこには基本的に個別性の少ないルーティンの業務や経常的な業務に関することに限られるという前提が付く。我々が扱う業務には、決して経常的とは言い難い臨時的な所得や資産評価を扱う資産税業務(譲渡・相続・贈与)があり、さらに言えば、経済の世界における価値基準や取引の形態、様々な需給バランスなどが日々変化している中で、例えば仮想通貨に関するもの、信託取引に関するものに代表されるように、行政が定める会計基準や税法などのルール自体が、必ずしも現実の取引実態に追いついていないものも少なくないからである。

つまり、AIが取り込むデータ自体が経験値として成熟していない、もしくは元となるデータの入手・分析をするのに一定のハードルが存するような分野においては、AIの業務やその判断はほとんど役に立たなかったり、その弾き出した判断が誤ったもの、あるいは近い将来有効性を失うものとなったりする危険性があるため、AIの優位性が必ずしも確定しているとは言い難く、結果として、熟練した税理士・会計士の判断の方が状況に対応し得るものとなるのではないだろうか。

*  *  *

さて、筆者が専門としている資産税業務自体は前述した通り、元々、経常的に発生するものではないため、総論的に言えば経験値を蓄積しにくい分野と言える。それでも各論的にその個々の業務内容を見ていくと、パターン化に向く業務と向かない業務とが混在している。

例えば、相続税・贈与税の申告における単純な(個別性の低い)土地の評価業務、上場株式や公社債の評価業務、自社株式の評価業務(ただし、固有性の高い資産評価に関するものを除く)、過去の預金の入出金調査(被相続人及び親族・同族会社の過去5~6年分の取引記録の付け合わせ)業務、賃貸不動産に係る債務控除の対象となる敷金や土地・建物の評価に用いる賃貸割合のベースとなる床面積の集計業務などは、比較的容易に数値の拾い方をパターン化することが可能であるため、将来、AIに取って代わられる蓋然性は充分に考えられる。

これに対して、個別性の高い土地の評価(高低差のある土地、容積率の異なる二以上の地域にわたる土地、土壌汚染のある土地、敷地内の建物に居住用部分・事業用部分・賃貸部分が混在しているものなど)業務、脱税指向のある非協力的な顧客に税務上のリスクを伝えた上で、疑義のある親族名義の通帳や保険証券などを預かってくる業務、相続人や包括受遺者の遺産分割協議に同席して、税務上の観点や将来の生活設計の観点から様々なアドバイスを行う業務、納税に充てる資金を捻出する方法につき、想定し得る複数の案の中から顧客に合ったものを提示していく業務などは、いずれもホームメイドで行わざるを得ない部分が大きいため、基本的にAIが代替していくことは困難であろう。

*  *  *

最後に、AIが容易に予測し得ないものの存在について触れてこの稿を終えたい。

税務会計の世界においては、通常、経済的な利益の多寡が基本的な価値基準となるわけだが、一方で「人間は必ずしも損得勘定だけで行動するわけではない」という事実がある。

宮崎駿の映画「千と千尋の神隠し」(2001年)において、湯屋に勤める多くの者が川の神の置き土産の砂金を欲しがるのに対して、主人公の千尋は巨大化したカオナシから砂金を与えられようとしても何ら関心を示さず、これを拒絶する。同様に我々が損益分岐点を示し、明らかにこちらが有利であるといった分析をしても、全ての顧客がそうした有利な選択をするとは限らない。

人間には必ずしも合理的な構造を持っているとは言い難い〈心=内的世界〉があり、あるいは第三者には理解し得ない〈好悪の感情〉や〈地縁・血縁などによるしがらみ〉といったものに突き動かされて、敢えて不合理な選択をしてしまうケースもある。そうした〈心〉や〈感情〉や〈しがらみ〉といったものをデータ化し、パターン化し、数値化することは容易ではないものと推測されるため、AIには代替し得ない領域が必ず残ることとなる。

例えば、音楽の再生メディアとして、デジタルのCDがアナログレコードに取って代わり、さらにハイレゾ音源といったCDを遙かに上回る高音質のデータ音源が登場しても、相変わらず手間のかかるアナログレコードを聴く人々がいる。そこには合理性や利便性といったものだけでは説明のつかない人間の〈心〉が作用しているからであり、その意味において、おそらくAIには人間を完全に代替することはできないであろう。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

AI

士業変わるか?

【第12回】

「税務会計の分野において、

AIに『代替し得るもの』と『代替し得ないもの』」

 

税理士法人レガシィ            
代表社員・資産税法人税務部 統括パートナー
税理士 田川 嘉朗

 

アーサー・C・クラーク原作、スタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」(1968年)における人工知能・HAL9000型コンピュータの描写に見られるように「AIが人間に代替し得るか?」というテーマに関する議論は古くからあったが、近年になって、インターネットが普及し、コンピュータが扱えるデータ量や演算速度などが飛躍的に向上し、実際に将棋や囲碁などの対局において、コンピュータがトップクラスの棋士に勝ってしまうような事例が増えてきたことなどから、より現実的な問題として、我々が考えなければならない重要な命題へと変貌を遂げてきているように思う。

例えば、症例数・手術数の多寡により、技術的な判断に優劣が生じやすい医療の世界においては、より多くの症例を持っており、さらに高度な解析技術や演算速度を備えたAIの方が、一人の優れた医師、あるいは総合病院の医師の集団などよりも、遙かに的確な判断を下せるといった近未来のイメージには一定の蓋然性があり、AIの登場によって、医療の現場は確実に変わっていくことが容易に予測し得る。

ただし、それはあくまで必要な判断材料が充分に揃った段階以降での話であり、初期段階の現場、すなわち検査項目を的確に判断し、正確な検査を行うといったアナログな業務にまで及ぶわけではない。つまり、医療におけるAIの優位性は、あくまで現場を統率する熟練医師が求められるような高度な判断を要するレベルでのみ意味を有するものであり、その判断材料を収集し、これを分類・整理して医師に提示することを主たる業務とする末端の検査などの現場においては、AIに代替し得るような業務がそれほどあるとは思えない。

*  *  *

さて、この問題を税務会計業界に置き換えてみたらどうであろうか?

税務会計業界においても、顧客の自宅や事務所などに訪問して、原始資料を収集し、これを分類・整理して会計ソフトなどに入力して加工することを主たる業務とする末端の現場では、基本的にはデジタルに移行する前段階のアナログな作業を中心として行っているに過ぎない部分が多く、AIがその業務の多くを奪ってしまうといったことは考えにくい。

だが、資料収集後、通帳や業者の報告書など、原資資料の数値を直接読み取れたり、容易にパターン化できたりするものの集計・解析業務は容易にAIに代替され得るであろうし、現場を統率する熟練した税理士・会計士が行う高度な判断を要する業務であっても、将来、AIにその一部を奪われてしまう可能性は充分に考えられる。職業会計人の多くの判断は経験値に基づいており、その経験値がデータとしてパターン化され、AIの内部に取り込まれてしまえば、そうした判断の優劣に関しては、必ずしも人間の方が優れているということにはならないものと推測されるからである。

ただし、そこには基本的に個別性の少ないルーティンの業務や経常的な業務に関することに限られるという前提が付く。我々が扱う業務には、決して経常的とは言い難い臨時的な所得や資産評価を扱う資産税業務(譲渡・相続・贈与)があり、さらに言えば、経済の世界における価値基準や取引の形態、様々な需給バランスなどが日々変化している中で、例えば仮想通貨に関するもの、信託取引に関するものに代表されるように、行政が定める会計基準や税法などのルール自体が、必ずしも現実の取引実態に追いついていないものも少なくないからである。

つまり、AIが取り込むデータ自体が経験値として成熟していない、もしくは元となるデータの入手・分析をするのに一定のハードルが存するような分野においては、AIの業務やその判断はほとんど役に立たなかったり、その弾き出した判断が誤ったもの、あるいは近い将来有効性を失うものとなったりする危険性があるため、AIの優位性が必ずしも確定しているとは言い難く、結果として、熟練した税理士・会計士の判断の方が状況に対応し得るものとなるのではないだろうか。

*  *  *

さて、筆者が専門としている資産税業務自体は前述した通り、元々、経常的に発生するものではないため、総論的に言えば経験値を蓄積しにくい分野と言える。それでも各論的にその個々の業務内容を見ていくと、パターン化に向く業務と向かない業務とが混在している。

例えば、相続税・贈与税の申告における単純な(個別性の低い)土地の評価業務、上場株式や公社債の評価業務、自社株式の評価業務(ただし、固有性の高い資産評価に関するものを除く)、過去の預金の入出金調査(被相続人及び親族・同族会社の過去5~6年分の取引記録の付け合わせ)業務、賃貸不動産に係る債務控除の対象となる敷金や土地・建物の評価に用いる賃貸割合のベースとなる床面積の集計業務などは、比較的容易に数値の拾い方をパターン化することが可能であるため、将来、AIに取って代わられる蓋然性は充分に考えられる。

これに対して、個別性の高い土地の評価(高低差のある土地、容積率の異なる二以上の地域にわたる土地、土壌汚染のある土地、敷地内の建物に居住用部分・事業用部分・賃貸部分が混在しているものなど)業務、脱税指向のある非協力的な顧客に税務上のリスクを伝えた上で、疑義のある親族名義の通帳や保険証券などを預かってくる業務、相続人や包括受遺者の遺産分割協議に同席して、税務上の観点や将来の生活設計の観点から様々なアドバイスを行う業務、納税に充てる資金を捻出する方法につき、想定し得る複数の案の中から顧客に合ったものを提示していく業務などは、いずれもホームメイドで行わざるを得ない部分が大きいため、基本的にAIが代替していくことは困難であろう。

*  *  *

最後に、AIが容易に予測し得ないものの存在について触れてこの稿を終えたい。

税務会計の世界においては、通常、経済的な利益の多寡が基本的な価値基準となるわけだが、一方で「人間は必ずしも損得勘定だけで行動するわけではない」という事実がある。

宮崎駿の映画「千と千尋の神隠し」(2001年)において、湯屋に勤める多くの者が川の神の置き土産の砂金を欲しがるのに対して、主人公の千尋は巨大化したカオナシから砂金を与えられようとしても何ら関心を示さず、これを拒絶する。同様に我々が損益分岐点を示し、明らかにこちらが有利であるといった分析をしても、全ての顧客がそうした有利な選択をするとは限らない。

人間には必ずしも合理的な構造を持っているとは言い難い〈心=内的世界〉があり、あるいは第三者には理解し得ない〈好悪の感情〉や〈地縁・血縁などによるしがらみ〉といったものに突き動かされて、敢えて不合理な選択をしてしまうケースもある。そうした〈心〉や〈感情〉や〈しがらみ〉といったものをデータ化し、パターン化し、数値化することは容易ではないものと推測されるため、AIには代替し得ない領域が必ず残ることとなる。

例えば、音楽の再生メディアとして、デジタルのCDがアナログレコードに取って代わり、さらにハイレゾ音源といったCDを遙かに上回る高音質のデータ音源が登場しても、相変わらず手間のかかるアナログレコードを聴く人々がいる。そこには合理性や利便性といったものだけでは説明のつかない人間の〈心〉が作用しているからであり、その意味において、おそらくAIには人間を完全に代替することはできないであろう。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

連載目次

AIで士業は変わるか?
(全20回)

  • 【第7回】 デジタルで実現する未来の会計監査
    加藤信彦(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ 統括責任者、公認会計士)
    小形康博(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ、公認会計士)

筆者紹介

田川 嘉朗

(たがわ・よしろう)

税理士
税理士法人レガシィ 代表社員・資産税・法人税務部 統括パートナー

【得意分野】
事業承継対策全般、美術品を所有する資産家の相続事案、相続財産の財団等への寄附に関するコンサルティング業務、土地評価をめぐる税務争訟、相続税の税務調査事案における課税当局との折衝、収用事案・保証債務履行事案等に関する譲渡税のコンサルティング業務など

【著者略歴】

1961年 東京都杉並区生まれ 20代の時に出版社に勤務し、美術雑誌の編集長、営業課長などを歴任

1990年 税理士法人レガシィの前身である株式会社FPステーションに入社、税理士試験に合格(合格科目=簿記論・財務諸表論・所得税法・法人税法・相続税法)

1992年 税理士登録

1999年 『月刊税理』7月号に「無償返還届出貸宅地をめぐる現行評価実務の矛盾点」を寄稿

2005年 『月刊税理』10月号に「広大地新通達が引き起こす相続事案の問題点~広大地評価の光と影」を寄稿

2008年 行政書士登録

2014年 代表社員

2016年 統括パートナー、「民法(相続関係)等の改正に関する中間試案」に対する意見を発信

2018年 税理士法人名にて角川新書「やってはいけないキケンな相続」(株式会社KADOKAWA)を刊行

これまでに日本経済新聞・読売新聞・サンケイ新聞・NHKなど、多数のメディアの取材を受けている

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