〈ポイント解説〉
役員報酬の税務
【第47回】
「M&Aを契機とした借地権の返還」
税理士 中尾 隼大
【 質 問 】
当社はM&Aの対象会社であり、現在交渉が大詰めです。当社は、代表取締役が個人で保有する土地の上に本社を建てていますが、買手側はM&Aが成約した暁には本社を移転することを検討しているようです。なお、本社を建築した際、「土地の無償返還に関する届出書」は提出していません。
本社を移転した場合には、当社は借りていた土地を現代表取締役に返還することとなりますが、このようなケースにおいて、借地権の返還に係る課税関係はどのようになるのでしょうか。
【 回 答 】
貴社が役員へ借地権を無償で返還したとしても、課税関係は生じないと思われます。
○●○● 解 説 ●○●○
(1) 借地権の無償譲渡等に係る課税関係
地主がその所有する土地に借地権を設定した場合、地主はその土地を自由に使用収益できなくなること等から、借地権の設定はその土地に関する権利の部分的な譲渡であると考えられている。このような事情に鑑みて、借地権の設定時及び返還時において、地主と借地権者との間で権利金(返還の場合には立退料)の受渡しが行われる慣行がある地域もある。
借地権の設定時においては、権利金に換えて相当の地代によることも税務上認められており、権利金や相当の地代の受渡しが行われた場合には、その取引は正常な取引条件でなされたものとして法人の課税所得が計算されることとなる(法令137)(※1)。
(※1) なお、法人税法上の借地権は、「地上権又は土地の賃借権」と定義されている(法令137かっこ書き)。
これに対して、借地権を返還する場合において、このような取引慣行があるにもかかわらず、地主から借地権者に対して立退料等の支払いが行われなかった場合には、地主に対して贈与があったものとされるのが税務上の原則的な取扱いである。この場合において、地主が法人の役員を兼ねていた場合には、役員に対する給与とされ、かつ定期同額給与等に該当しないとして税務リスクが生じる可能性を検討する必要がある。
ここで、立退料等の支払いがない場合においても、以下の法人税基本通達13-1-14(1)~(3)に該当する場合には、立退料等の授受がない場合でも例外的に認められる。
【法人税基本通達13-1-14(借地権の無償譲渡等)〔抜粋〕】
その譲渡又は借地の返還に当たり通常収受すべき借地権の対価の額又は立退料等の額に相当する金額を収受していないときであっても、その収受をしないことが次に掲げるような理由によるものであるときは、これを認める。
(1) 借地権の設定等に係る契約書において将来借地を無償で返還することが定められていること又はその土地の使用が使用貸借契約によるものであること(いずれも13-1-7に定めるところによりその旨が所轄税務署長に届け出られている場合に限る。)。
(2) 土地の使用の目的が、単に物品置場、駐車場等として土地を更地のまま使用し、又は仮営業所、仮店舗等の簡易な建物の敷地として使用するものであること。
(3) 借地上の建物が著しく老朽化したことその他これに類する事由により、借地権が消滅し、又はこれを存続させることが困難であると認められる事情が生じたこと(下線部筆者)。
上記通達の理由のうち、(3)の下線を付した「その他これに類する理由」の該当性判断が難しいと思われるが、具体的な判断基準は通達中に示されていない。しかし、上記通達の理由(3)の解説として「経済環境の変化等により、従前の借地上の建物をそのまま利用することが経済的に困難となり、仮に他に転用するとすれば、相当の改造、改修その他の資本的支出をしなければならない状況において、このような再投資をしても、更に経営を継続することについて採算の見通しが全く立たないため、やむを得ず借地契約を解消するというような事例とか、従来、従業員宿舎用地等として借地していた状況において、工場移転に伴って従業員宿舎が不要になったので、これを取り壊して土地を返還するというような事例が、ここでいう借地権を存続させることが困難であると認められる事情に当たると考えてよいと思われる」とする解説がある(※2)。
(※2) 高橋正朗編著『法人税基本通達逐条解説 十訂版』(税務研究会出版局、2021)1379-1380頁。
上記解説によれば、借地権を有する法人にとって、土地の上にある建物に経済的・状況的な利用価値がなくなったことを受け、コスト面に鑑みて借地権を返還したような場合には、無償返還が認められる事由に当たると判断してよいと思われる。
(2) 借地権を返還したことに関して課税関係が争われた事例
ここで、借地権の返還において上記通達の理由(3)の適用が争点となった事例として、国税不服審判所平成22年7月9日裁決がある(※3)。以下にその概要を記載する。
(※3) 裁決事例集等未登載、TAINS:F0-2-370。
【概要】
納税者は、建設機械用部品の製造業を営む法人であり、納税者の役員個人が所有する土地の上に建物を有していた。当該建物につき、当該役員との賃貸借契約を合意解除した上で当該役員に譲渡した際、納税者は建物価額の金額のみ役員に支払っていたところ、課税庁より、収受すべき借地権相当額の金額の授受がないため、借地権の無償の譲渡等として益金の額に算入すると同時に、役員への役員賞与であるため損金の額に算入することはできないとして更正処分等を受けたため、これを不服として取消しを求めたのが本件である。主な争点は、法人税基本通達13-1-14(3)への該当性である。
国税不服審判所は、納税者が借地権を無償で返還していることを認定した上で、経済環境の変化等により、従前の借地上の建物をそのまま利用することが経済的に困難となり、やむを得ず借地契約を解消したものであるため法人税基本通達13-1-14(3)に該当するとして、納税者の主張を認め、課税庁の処分を取り消した。
この事例では、国税不服審判所によって法人税基本通達13-1-14(3)についての趣旨が示されている。それによると、「経済的合理性の面から見て、借地契約の存続が困難であるという場合には、借地権としての交換価値がほとんどなく、当事者間に借地権の価額に相当する贈与も認められず課税関係が生じないとするもので、ある程度弾力的に無償返還を認めるという趣旨であ」ることがその趣旨であるとされている。そして、その適用については、通達の例示中にある「著しく老朽化したこと」に限らず、「経済環境の変化等により、従前の借地上の建物をそのまま利用することが経済的に困難となり、仮に他に転用するとすれば、相当の改造、改修その他の資本的支出をしなければならない状況において、このような再投資をしても、更に営業を継続することについての採算の見通しが全く立たないため、やむを得ず借地契約を解消するというような場合などが当たる」とした。
また、国税不服審判所が認定した事実の中に、経営立て直しのために財産を処分する旨の覚書の取り交わしの日から3日後に、当該役員は納税者の代表取締役の地位を譲り、代表権のない取締役になった上、本件覚書等に役員あるいは株主としての権利を制限する事項が明確に盛り込まれたという点がある。これは事実上、当該役員は納税者の経営方針等に関する決定権限を失ったものと認められるとされた上で、その後になされた合意解除は、納税者において本件建物が従来の使用目的を果たせなくなり、不必要な賃借料の削減というコスト面から、土地所有者である当該役員に申し出て合意されたものとみることが相当であり、土地所有者の都合による解除とはいえない旨が示されている。
(3) M&Aの場面への適用について
上記通達の理由(3)の解説やこのような事例から、通達が例示する建物の老朽化という事情のほか、移転により借地権を維持することに経済合理性がなくなったために地主に返還した場合には、立退料等の支払いがない場合においても認められる余地があると考えられる。
M&A後に本社移転が検討されるのであれば、本社移転を選択したのは買手を含む法人側の経営上の判断であるため、地主である現代表取締役の個人的な都合ではないと捉えられる可能性は高いだろう。もっとも、このようなケースが想定されるのであれば、借地権の設定時において「土地の無償返還に関する届出書」を提出しておくことにも一考の余地がある。また、本社ではなく、工場等を移転させる場合には、ISO認証等のハードルが別途存在することについても留意する必要があるだろう。
〔凡例〕
法法・・・法人税法
法令・・・法人税法施行令
法規・・・法人税法施行規則
法基通・・・法人税基本通達
措法・・・租税特別措置法
措令・・・租税特別措置法施行令
措規・・・租税特別措置法施行規則
措通・・・租税特別措置法関係通達
所令・・・所得税法施行令
所基通・・・所得税基本通達
消法・・・消費税法
消基通・・・消費税法基本通達
相法・・・相続税法
相基通・・・相続税法基本通達
財基通・・・財産評価基本通達
通法・・・国税通則法
通令・・・国税通則法施行令
地法・・・地方税法
地令・・・地方税法施行令
地規・・・地方税法施行規則
(例)法法34①一・・・法人税法34条1項1号
(了)
「〈ポイント解説〉役員報酬の税務」は、毎月第3週に掲載されます。