公開日: 2020/06/18 (掲載号:No.374)
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〈ポイント解説〉役員報酬の税務 【第15回】「D&O保険の概要とM&Aへの活用」

筆者: 中尾 隼大

〈ポイント解説〉

役員報酬税務

【第15回】

「D&O保険の概要とM&Aへの活用」

 

税理士 中尾 隼大

 

【 質 問 】

当社は、役員に対する責任追及に備えるため、いわゆるD&O保険への加入を検討しています。

D&O保険に関しては近年、課税庁から税務上の取扱いが公表されたり、昨年の会社法改正では手続規定が新たに創設されたりしたようですが、その内容を教えてください。

また、昨今の潮流といえるM&Aを実施する場合、D&O保険を活用してリスクヘッジする方法は何かあるのでしょうか。


【 回 答 】

現在、D&O保険のうち、株主代表訴訟に関する特約部分の保険料を法人が負担した場合、所定の手続きをとることを要件として役員個人に対する給与課税がなされず、法人税の所得計算上は損金算入されることとなります。

従来は当該特約部分に関して、会社法上の利益相反行為に該当するという見解があったため問題とされていましたが、経済産業省の報告書により指針が示されたことに加え、昨年の会社法改正により明文化されることが決まっています。

また、M&Aの実施に関しては、M&A対象企業がランオフ・カバーによりリスクヘッジを図ることも一案です。

○●○● 解 説 ●○●○

(1) D&O保険とは

「D&O保険」とは、Directors and Officers Liability Insuranceの略語であり、一般的には「役員等賠償責任保険」や「会社役員賠償責任保険」と訳されるものである。その内容は、会社の取締役などの役員らが負う可能性のある損害賠償責任をカバーするものであり、具体的には、役員個人が負担すべき損害賠償金や弁護士費用等をその対象としている。

すなわち、役員は経営に携わる上で多くの責任を負い(※1)、その責任が果たせないときは株主代表訴訟(会社法847他)・会社訴訟(会社法423)・第三者訴訟(会社法429他)により損害賠償請求がなされる可能性があるため、D&O保険はそれらへの備えとして設計された保険である。

(※1) 一般的に、役員は会社に対する責任として善管注意義務や忠実義務、監視・監督義務等を負い、第三者に対しては不法行為責任や会社法上の特別責任を負うこととなる。

このうち、株主代表訴訟が、会社に生じた損害を株主が会社に代わって役員に対して責任を追及するものであるため、その保険料を会社が負担することは利益相反行為に該当するという見解があり、会社法上の問題とされていた。したがって、従来は株主代表訴訟に対するD&O保険の対応は、特約として保険商品に組み込まれてきたところである。

この問題に鑑みて、当該特約部分に係る保険料については、税務上は役員に対する給与課税を要し(※2)、当該特約部分につき役員個人の負担とすることも実際の運用として行われていた。

(※2) 国税庁「会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の取扱いについて(平成6年1月20日付課法8-2・課所4-2)」1(2)

 

(2) 利益相反取引問題の解決と現状

このような取扱いは、有能な人材を外部招聘等によって確保したい企業にとってハードルとなる。この点、平成27年に経済産業省の「コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会」が報告書「コーポレート・ガバナンスの実践~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~」を公表しており、以下の所定の手続きを経た場合には利益相反問題が解消されるとし、会社が株主代表訴訟特約に関する保険料を会社法上適法に負担できると示したことで、この問題は一応の解決をみた(※3)

(※3) 経済産業省は国税庁にこの場合の税務上の取扱いについて照会をしており、その内容は後述する。

【所定の手続き】

 取締役会の承認

 社外取締役が過半数の構成員である任意の委員会の同意又は社外取締役全員の同意の取得

その後、昨年12月11日には会社法改正が公布され、D&O保険に関する規定も新設されている。その主たる内容は以下の通りである(会社法430の3(新設、公布日から1年6ヶ月以内に施行予定))。

 D&O保険契約の内容は、株主総会(取締役会設置会社にあっては取締役会)の決議によらなければならない。

 取締役や執行役を被保険者とするD&O保険契約の締結は、利益相反取引等の規定が適用されない。

(※4) 当該契約がある場合には、役員の氏名や補償内容等を事業報告に記載することが求められる。

今回の会社法改正のうちD&O保険に関しては、その取扱いが初めて明文化されたものであり、大きな意義があるといえる。

これに対して、税務上の取扱いは、経済産業省からの照会を受けた国税庁が、上記【所定の手続き】の要件を満たす限り、「役員に対する経済的利益の供与はないと考えられることから、役員個人に対する給与課税を行う必要はありません」と回答している(※5)。したがって、一定の場合には役員に対して給与課税がなされず、法人が負担した当該保険料は損金算入されることとなる。

(※5) 国税庁「新たな会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の取扱いについて(情報)(平成28年2月24日)

ここで、上記の【所定の手続き】要件は、社外取締役の存在が前提となっている。したがって、社外取締役がいないケースにおいて、当該特約部分の保険料は役員に対する経済的利益供与として従来通り給与課税がなされることとなる(※6)。なお、対象役員が複数存在する場合の各役員の給与課税額は、役員の人数や報酬額等、合理的に按分して計算すべきである点に留意したい。

(※6) 櫻井光照著『役員の税務と法務』(大蔵財務協会、2017年)934頁。

 

(3) D&O保険のM&Aへの活用

上場企業の多くが加入しているとされるD&O保険であるが、近年では中小企業においてもそのニーズが高まっているといえる。この背景には、中小企業においても役員個人が損害賠償を請求されうるという認識が深まっているということがあるのだろう。

このようなD&O保険は、M&Aにおいても有効に作用することがある。すなわち、M&Aを行うにあたり株式譲渡スキームを選択した場合、買収対象企業となる会社に偶発債務が潜んでいるリスクは完全に解消することはできない。通常はデュー・デリジェンスを実施する等して偶発債務等の発見に努めるが、それでも対象会社の旧役員の不正等が買収後に発覚することもなくはない(※7)。このような場合、旧役員の善管注意義務等が問題となる他、買収を判断し、買手企業となった会社の役員に対して善管注意義務等が問われることも考えられる。

(※7) 役員に不正があった場合に想定される税務上の論点については、【第8回】【第11回】参照。

例えば、対象会社側、買手側が共にD&O保険契約を締結していたとしても、M&Aのクロージング前後において、対象会社側は買収後に行った行為に起因する損害賠償請求は免責となるためD&O保険を解約することが通常であり、買手側においても支配権を得る前の行為に起因する損害賠償請求は免責となるため、どちらの保険でも補償されない可能性がある。

このようなケースにおいてD&O保険によりリスクヘッジを図るには、対象会社側が保険契約内容を見直す他、ランオフ・カバー(run-off cover)を契約するという選択肢がある。ランオフ・カバーとは、新たに親会社となる会社ではなく、既存の保険(この場合はM&A対象会社が保険契約者となる保険)の補償の効果を残存させることを意味し、平成27年には経済産業省もその必要性を指摘している(※8)

(※8) 経済産業省 コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会「コーポレート・ガバナンス・システムの実践~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~」別紙2「会社賠償責任保険(D&O保険)の実務上の検討ポイント7頁

したがって、M&Aの場面においては、対象会社側でランオフ・カバーを活用することも、M&A交渉の円滑化やリスクヘッジのための手段として一考の余地があると思われる。

〔凡例〕
法法・・・法人税法
法令・・・法人税法施行令
法規・・・法人税法施行規則
法基通・・・法人税基本通達
措法・・・租税特別措置法
措令・・・租税特別措置法施行令
措規・・・租税特別措置法施行規則
措通・・・租税特別措置法関係通達
所令・・・所得税法施行令
(例)法法34①一・・・法人税法34条1項1号

(了)

「〈ポイント解説〉役員報酬の税務」は、毎月第3週に掲載されます。

〈ポイント解説〉

役員報酬税務

【第15回】

「D&O保険の概要とM&Aへの活用」

 

税理士 中尾 隼大

 

【 質 問 】

当社は、役員に対する責任追及に備えるため、いわゆるD&O保険への加入を検討しています。

D&O保険に関しては近年、課税庁から税務上の取扱いが公表されたり、昨年の会社法改正では手続規定が新たに創設されたりしたようですが、その内容を教えてください。

また、昨今の潮流といえるM&Aを実施する場合、D&O保険を活用してリスクヘッジする方法は何かあるのでしょうか。

連載目次

〈ポイント解説〉

役員報酬の税務

筆者紹介

中尾 隼大

(なかお・しゅんた)

税理士
税理士法人中尾総合事務所 所長
https://www.nakao-tax.com

中国税理士会税務研究所 研究員

平成22年 税理士法人プライスウォーターハウスクーパース(現:PwC税理士法人)入所
平成24年 税理士登録
平成25年 税理士法人中尾総合事務所設立 現在に至る

【著作・論文】
「一般社団法人を利用した租税回避スキームに関する試論」第40回 日税研究賞 税理士の部 入選
「これで万全!!2019年10月 消費増税・軽減税率対策 転嫁・インボイスはこう進める」共著(ぎょうせい・2019)
「個人版事業承継税制のポイントと有利判定シミュレーション」共著(日本法令・2019)
「ワークフロー式消費税[軽減税率]申告書作成の実務」共著(日本法令・2020)
「消費税 適用判断の原則と例外」共著(新日本法規・2021)

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