〈ポイント解説〉
役員報酬の税務
【第19回】
「使用人兼務取締役に係る役員報酬と事業報告」
税理士 中尾 隼大
【 質 問 】
役員報酬は会社法上の役員に支給するものと理解しています。そうだとすれば、上場企業である当社の特定の人材を使用人兼務取締役とし、当該人材の総支給額のうち使用人部分としての給与部分の割合を高めることで、事業報告に反映させる役員報酬の総額を抑えることができるのかもしれないと思っています。
このような案につき、可能かどうかを含め、税務上や会社法上の論点を教えてください。
【 回 答 】
税務上は、使用人としての給与部分は損金算入され、役員給与に関する規定の適用は受けないことが原則です。しかし、賞与について一定の場合には損金不算入となることに加え、過大役員給与の実質基準判定は総支給額にて判定されます。
これに対して、会社法上は通常、株主総会等で使用人としての給与部分まで決議する必要はありませんが、事業報告においては、最低でも役員報酬部分と使用人給与部分の割合等、ある程度の情報は開示する必要があるのではないかと考えます。
いずれにしても、使用人としての給与額は給与テーブル等を設定し、使用人としての職務内容に相当する給与額を客観的に決定することは最低限必要でしょう。
○●○● 解 説 ●○●○
(1) 使用人兼務取締役の位置づけ
会社法上、監査役は使用人を兼ねることができず(会社法335②)、監査等委員である取締役は、監査等委員会設置会社等の使用人を兼ねることができない(会社法331③)。しかし、これら以外の取締役に関してはこのような規定がなく、株式会社において使用人と取締役を兼ねる例は従来から多数存在していた。現在では、使用人兼務取締役を認める考えが支配的見解となっている。使用人兼務取締役は、その名の通り委任契約に基づく取締役としての地位と(※1)、労働契約に基づく使用人としての地位の2つの地位を有することとなる。
(※1) 取締役と会社の関係については【第10回】参照。
これに対し、法人税法は「使用人兼務役員」と称して、使用人と取締役を兼ねる立場を対象とした規定が設けられており、法人の役員のうち、部長、課長、支店長、工場長、営業所長、支配人、主任等の、法人の使用人としての職制上の地位を有し、かつ、常時使用人としての職務に従事するもののみが使用人兼務役員となることができると示されている(法法34⑥、法基通9-2-5)。したがって、社長や理事長、副社長や専務等の職制上の地位を有する役員は、使用人兼務役員となることはできない(法令71①、法基通9-2-4)(※2)。
(※2) 「専務取締役」に選任されていない役員が当該名称を付した名刺を持ち営業活動を行っていた場合に、使用人兼務役員に該当するとされた事例として、国税不服審判所昭和56年1月29日裁決(裁決事例集No.21-107頁、TAINS:J21-3-03)がある。
また、【第1回】のみなし役員と同じく、同族会社の特定株主等に該当する役員も使用人兼務役員とは取り扱われないこととなる(法令71①五、法基通9-2-7)。
(2) 使用人としての給与部分の取扱い
このような使用人兼務取締役に対して報酬を支給する場合、取締役に対する役員報酬については株主総会等で決議することは当然として、使用人としての給与部分も役員報酬と同様、株主総会等で決議するべきなのかという問題がある。
この点については、既に最高裁判決が存在しており、「使用人として受ける給与の体系が明確に確立されている場合においては、使用人兼務取締役について、別に使用人として給与を受けることを予定しつつ、取締役として受ける報酬額のみを株主総会で決議することとしても、取締役としての実質的な意味における報酬が過多でないかどうかについて株主総会がその監視機能を十分に果たせなくなるとは考えられない(下線部筆者)」と示している(※3)。
(※3) 最高裁昭和60年3月26日判決(判例時報1159号150頁、TAINS:未搭載)。仮に各取締役が使用人としての給与を自由に決定できるのであれば、会社法上の利益相反取引とみなされる可能性もあるため(会社法356①二)、株主総会にその事実を開示して承認を受ける必要があると思われる。
その上で、法人税の所得計算においては、使用人兼務役員の使用人としての給与や賞与は損金算入されるということが前提となる(法法34①括弧書き)。この場合において、使用人としての賞与に関しては事前確定届出給与に関する届出書の提出も不要となる。しかし、使用人としての賞与について、他の使用人と異なる時期に支給したり、通常の賞与時期に支給せず未払金として計上したりした場合には、当該使用人賞与部分は損金不算入となる(法令70三、法基通9-2-26)。
使用人兼務役員に係る役員給与を考える上で特に注意したい点は、このような過大役員給与の判定である。すなわち、過大役員給与の判定の場面で(※4)、実質基準については使用人の給与部分がその判定対象に含まれ(法基通9-2-21)、形式基準においては、株主総会等で役員給与部分のみ決議していることを前提に、使用人としての職務相当として認められる範囲のみが形式基準判定の対象外となることに留意したい(法令70一ロ)。
(※4) 詳細は【第3回】参照。
したがって、会社法上、税務上双方において、このような使用人と取締役を兼ねるリスクを回避するためには、使用人としての給与額は給与テーブル等を設定し、客観的に決定することが最低限必要となる。また、使用人としての職務相当を超えた額を形式的に使用人給与として支給した場合は、税務上の疑義が生じるだろう(※5)。
(※5) 使用人としての給与の適正額の考え方は法人税基本通達9-2-23に示されており、それによると、①類似職務に従事する他の使用人に対して支給した給与額に相当する金額、②比準すべき使用人がいない場合には、当該使用人兼務役員が役員になる直前に受けていた給与の額等、を斟酌して適正額を判断することとなる。
(3) 事業報告への反映
本件は上場企業であるため、公開会社としての事業報告が必要となる(会社法施行規則119以下)(※6)。事業報告では、株式会社の会社役員に関する事項のうち、役員等の報酬の総額や、各会社役員の報酬等の額又はその算定方法に係る決定に関する方針の概要などを明らかにしなければならない(会社法施行規則121四~六)。
(※6) 会社法上は、公開会社につき、発行する株式の全部又は一部について譲渡制限を課していない会社と位置付けている(会社法②五)。
すなわち、冒頭の質問にあった使用人としての給与部分の取扱いは会社法施行規則で明示されていないため、事業報告に反映させる義務はないと考えられる。しかし、「会社役員に対する重要な事項」であれば事業報告に反映させる必要があるため(会社法施行規則121十一)、例えば取締役としての役員報酬部分よりも使用人としての給与の方が極端に高額な場合等は、使用人兼務取締役が支給を受ける金額全てを示す必要もあるだろう。
なにより、上場企業であれば、株主総会で使用人兼務取締役に係る人件費について質問を受けることもある。株主からの信頼を獲得するためには、使用人兼務取締役が支給を受ける総額のうち、役員報酬部分と使用人部分の割合等、ある程度の情報は開示する必要があるのではないかと思われる。したがって、使用人の給与額の割合を高め、事業報告に反映させないようにすることは、リスキーだと言わざるを得ないだろう。
〔凡例〕
法法・・・法人税法
法令・・・法人税法施行令
法規・・・法人税法施行規則
法基通・・・法人税基本通達
措法・・・租税特別措置法
措令・・・租税特別措置法施行令
措規・・・租税特別措置法施行規則
措通・・・租税特別措置法関係通達
所令・・・所得税法施行令
所基通・・・所得税基本通達
通法・・・国税通則法
通令・・・国税通則法施行令
(例)法法34①一・・・法人税法34条1項1号
(了)
「〈ポイント解説〉役員報酬の税務」は、毎月第3週に掲載されます。