〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A
【第43回】
「アパート等の空室がある場合の貸付事業用宅地等の特例の適否」
税理士 柴田 健次
[Q]
被相続人である甲は令和4年5月1日に相続が発生し、その所有する賃貸用のAマンションの土地(300㎡)及び建物を配偶者である乙が相続し、引き続き、貸付事業の用に供しています。Aマンションは、昭和50年に被相続人が購入し、第三者に賃貸しています。Aマンションの建物は3階建てで部屋数15室ですが、各部屋の床面積は同一です。相続開始時点において、15室のうち3室(101号室、201号室、301号室)は空室となっていますが、その空室の状況は、下記の通りとなります。
Aマンションの貸家建付地の評価をする際には、101号室部分については空室の期間が長く、301号室については退去後募集も行っていないため、その2部屋は自用地として賃貸割合を13室/15室として評価を行うこととします。路線価は100,000円、借地権割合は60%、借家権割合は30%となりますので、Aマンションの評価額は下記の通りとなります。
100,000円 × 300㎡ ×(1 - 60% × 30% × 13室/15室)= 25,320,000円
賃貸割合が13室/15室であることから、101号室及び301号室部分について小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例の適用を受けることはできないことになるのでしょうか。また、仮に特例の適用を受けることができる場合には、101号室及び301号室の自用地部分から優先的に特例の適用を受けることは可能でしょうか。
[A]
101号室部分については、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の対象になりますが、301号室は特例の対象になりません。また、特例を適用するにあたって、101号室から優先的に特例を受けることは可能であると考えられます。◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆
1 アパート等の空室がある場合の貸付事業用宅地等の特例の取扱い
貸付事業用宅地等の特例は、相続開始の直前において被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の貸付事業の用に供されていた宅地等に適用されます(措法69の4③四)ので、貸付事業の用に供されていない部分については、原則的には特例の適用を受けることができません。ただし、相続開始の時において一時的に賃貸されていなかったと認められる部分については特例を認めるとされています(措通69の4-24の2)。
国税庁からの情報(資産課税課情報第9号 令和3年4月1日(事例6) 共同住宅の一部が空室となっていた場合(参考))においては、空室部分の特例が認められる場合として、下記の通り説明がなされています。
被相続人又は被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」 という。)の事業の用に供されていた宅地等とは、相続開始の直前において、被相続人等の事業の用に供されていた宅地等で、その宅地等のうちに被相続人等の事業の用に供されていた宅地等以外の用に供されていた部分があるときは、その被相続人等の事業の用に供されていた部分に限られる(措令 40 の2④)。
例えば、相続開始の直前に空室となったアパートの1室については、相続開始時において継続的に貸付事業の用に供していたものと取り扱うことができるか疑義が生ずるところであるが、空室となった直後から不動産業者を通じて新規の入居者を募集しているなど、 いつでも入居可能な状態に空室を管理している場合は相続開始時においても被相続人の貸付事業の用に供されているものと認められ、また、申告期限においても相続開始時と同様の状況にあれば被相続人の貸付事業は継続されているものと認められる。
したがって、そのような場合は、空室部分に対応する敷地部分も含めて、アパートの敷地全部が貸付事業用宅地等に該当することとなる。
(下線部は筆者による)
2 空室がある場合の貸家建付地の取扱い
貸家建付地の評価は、原則として相続開始時点において賃貸されていなかったものは自用地として評価を行いますが、継続的に賃貸されてきたもので、課税時期において、一時的に賃貸されていなかったと認められる部分は賃貸されていたものとして貸家減額を認めています(評価通達26)。
『継続的に賃貸されてきたもので、課税時期において、一時的に賃貸されていなかったと認められる』部分に該当するかどうかについては、国税庁質疑応答事例において、下記の通り判断するとされています。
アパート等の一部に空室がある場合の一時的な空室部分が、「継続的に賃貸されてきたもので、課税時期において、一時的に賃貸されていなかったと認められる」部分に該当するかどうかは、その部分が、①各独立部分が課税時期前に継続的に賃貸されてきたものかどうか、②賃借人の退去後速やかに新たな賃借人の募集が行われたかどうか、③空室の期間、他の用途に供されていないかどうか、④空室の期間が課税時期の前後の例えば1ケ月程度であるなど一時的な期間であったかどうか、⑤課税時期後の賃貸が一時的なものではないかどうかなどの事実関係から総合的に判断します。
なお、上記の1ヶ月基準はあくまでも1つの事例であり、募集の状況、修繕等の状況、近隣周辺の状況等によってもその空室期間の長短の判断は異なることになりますが、最近の裁判事例では、空室期間の長短を重要な要素として位置付けています。
平成20年6月12日裁決(TAINSコード:F0-3-296)では、1年11ヶ月の空室があったマンションについて貸家減額を認めた事例となりますが、平成29年5月11日大阪高裁判決(TAINSコード:Z267-13019)では、空室期間5ヶ月について貸家減額を認めなかった事例であり、大阪高裁は下記の通り判示しています。
相続財産につき、貸家及び貸家建付地として所要の減額を行うか否かは、課税時期において当該財産が現実に賃貸されているか否かを基準に判断すべきであって、現実に賃貸されていない場合には、借家権が存在することに伴う種々の制約による経済的価値の低下がない以上、貸家及び貸家建付地として所要の減額を行わないのが原則であり、課税時期に現実に賃貸されていないにもかかわらず、一時的空室部分として評価して賃貸されているものに含めることとして差し支えないとする評価通達26(注)2の定めは例外的な取扱いを定めたものにすぎない。そして、評価通達26(注)2が「「賃貸されている各独立部分」には、継続的に賃貸されていた各独立部分で、課税時期において、一時的に賃貸されていなかったと認められるものを含むこととして差し支えない」と定めるとおり、課税時期において賃貸されていなかったことが「一時的」なものであることを要件としていることからすると、上記例外的な取扱いが認められるか否かを判断するに当たっては、賃貸されていない期間(空室期間)が重要な要素となることは明らかである。
そうすると、一時的空室部分該当性の判断に当たっては、現実の賃貸状況、取り分け、空室期間の長短を重要な要素として考慮しなければならないのであって、これを考慮せずに、本件各空室部分が「継続的に賃貸の用に供されている」状態にあるという理由のみで上記例外的な取扱いを認めることはできない。また、本件各空室部分の空室期間は、最も短い場合でも5か月であり、「例えば1か月程度」にとどまらずに、むしろ長期間に及んでいるといえるから、「一時的」なものであったとはいえない。
(下線部は筆者による)
3 アパート等の空室がある場合の小規模宅地等の特例と貸家建付地の比較
アパート等の空室がある場合の小規模宅地等の特例と貸家建付地の賃貸割合の取扱いは似ていますが、それぞれの趣旨が異なるため、判断基準も異なると考えられます。
貸家建付地の減額は、借家権を起因とするものであるため、相続開始前後の空室期間の長短を重要視して、賃貸割合を計算しますが、小規模宅地等の特例は、貸付事業の継続性を重要視し、相続開始の直前において被相続人等が貸付事業を行っていたかどうか、対象宅地等を取得した親族が相続税の申告期限までに貸付事業を継続していたかどうかが問題となります。
したがって、空室期間がある程度長い場合であったとしても、その期間の間、募集もしており、かつ、いつでも入居可能な状態であれば、貸付事業を継続していることになると考えられます。
4 本問の場合における特例の適用の可否
部屋ごとに特例の適否を判断すると、下記の通りとなります。
5 自用地からの優先適用の適否
上記4の判断により部屋ごとの貸家減額と特例の適否は、下記の通りとなります。
貸付事業用宅地等の特例の限度面積は200㎡であるのに対して、本問のAマンションは300㎡となります。原則的には比例配分的に特例を適用することになりますが、小規模宅地等の特例は、小規模宅地等の特例の対象となる宅地等を取得した親族全員の同意で選択したものについて特例を受けることができるものとされています(措法69の4①)ので、自用地部分から優先的に特例を受けることはできるものと考えられます。
それぞれの考え方に基づき、小規模宅地等の特例の計算をした場合には、小規模宅地等の減額金額は、下記の通りとなります。
(1) 比例配分的に特例を適用した場合
① 貸家建付地部分の評価
100,000円 × 300㎡ × 13室/15室 ×(1 - 60% × 30%)= 21,320,000円
② 101号室部分の評価
100,000円 × 300㎡ × 1室/15室 = 2,000,000円
③ 貸家建付地及び101号室部分の評価額の合計
① + ② = 23,320,000円
④ 小規模宅地等の減額金額
③ × 200㎡/280㎡(※)× 50% = 8,328,571円
(※) 300㎡ × 14室/15室 = 280㎡
(2) 自用地部分から優先的に特例を受けた場合
① 貸家建付地部分の評価
100,000円 × 300㎡ × 13室/15室 ×(1 - 60% × 30%)= 21,320,000円
② 101号室部分の評価
100,000円 × 300㎡ × 1室/15室 = 2,000,000円
③ 小規模宅地等の特例金額
101号室の敷地部分20㎡(300㎡ × 1室/15室)から優先的に特例適用し、残りの180㎡(200㎡ - 20㎡)について貸家建付地部分から適用
② × 50% + ① × 180㎡/260㎡(※)× 50% = 8,380,000円
(※) 300㎡ × 13室/15室 = 260㎡
★実務上のポイント★
貸家建付地として賃貸割合に含まれなかった部分についても特例は認められる可能性がありますので、その点は十分に注意する必要があります。
〔凡例〕
措法・・・租税特別措置法
措令・・・租税特別措置法施行令
措通・・・租税特別措置法関係通達
評価通達・・・財産評価基本通達
(例)措法69の4①・・・租税特別措置法第69条の4第1項
(了)
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