〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A
【第69回】
「相続発生後に賃貸併用住宅を建て替えた場合における
小規模宅地等の特例の適用の可否」
税理士 柴田 健次
[Q]
被相続人である甲(相続開始は令和5年1月21日)は、賃貸併用住宅(区分所有登記はされていません)とその敷地であるA土地を所有し、1階から4階までを賃貸用(8部屋で各部屋の床面積は同一、そのうちの4部屋は令和3年から空室で募集もしていません)として5階部分を甲とその配偶者である乙及び長男である丙の居住の用に供していました。甲の相続人は乙及び丙の2人ですが、全ての財産及び債務は丙が承継しています。
賃貸の用に供して50年以上経過し建物も老朽化してきたため、相続によりA土地及び賃貸併用住宅を承継した丙は建替えを行うことにしました。建替え後の建物は、1階から3階までを賃貸用(6部屋で各部屋の床面積は同一)として4階は乙の居住用として、5階は丙の居住用として利用することになっています。
丙は、令和5年9月に工事請負契約を締結し、賃借人には立退料を支払い、10月中に建物の取り壊しを行っていますが、相続税の申告期限において建物は未完成です。
この場合におけるA土地に係る小規模宅地等の特例の適否はどうなりますか。
なお、甲はA土地及び建物以外は貸付事業を行っていませんので、事業的規模以外の貸付事業に該当します。
【工事請負契約の内容】
・工事請負契約日:令和5年9月1日
・引渡予定日:令和6年8月1日
・工事請負金額:200,000千円
・鉄筋コンクリート造:5階建て(各階の床面積は同一)
・支払時期
着手金:60,000千円(工事請負契約日)
中間金:60,000千円(令和6年3月1日)
最終金:80,000千円(引渡日)
[A]
小規模宅地等の特例の適用は、下記のとおりとなります。- 特定居住用宅地等の特例の適用面積:20㎡
- 貸付事業用宅地等の特例の適用面積:40㎡
◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆
1 一時的に賃貸されていなかったと認められる部分がある場合における貸付事業用宅地等の特例の適用
貸付事業用宅地等の特例については、課税時期の直前において貸付事業の用に供されていない部分は認められませんが、一時的に賃貸されていなかったと認められる部分については、貸付事業用宅地等に該当するものとされています(措通69の4-24の2)。
国税庁からの情報(資産課税課情報第9号 令和3年4月1日(事例6) 共同住宅の一部が空室となっていた場合(参考))においては、空室部分の特例が認められる場合として、下記のとおり説明がなされています。
被相続人又は被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」 という。)の事業の用に供されていた宅地等とは、相続開始の直前において、被相続人等の事業の用に供されていた宅地等で、その宅地等のうちに被相続人等の事業の用に供されていた宅地等以外の用に供されていた部分があるときは、その被相続人等の事業の用に供されていた部分に限られる(措令 40 の2④)。
例えば、相続開始の直前に空室となったアパートの1室については、相続開始時において継続的に貸付事業の用に供していたものと取り扱うことができるか疑義が生ずるところであるが、空室となった直後から不動産業者を通じて新規の入居者を募集しているなど、 いつでも入居可能な状態に空室を管理している場合は相続開始時においても被相続人の貸付事業の用に供されているものと認められ、また、申告期限においても相続開始時と同様の状況にあれば被相続人の貸付事業は継続されているものと認められる。
したがって、そのような場合は、空室部分に対応する敷地部分も含めて、アパートの敷地全部が貸付事業用宅地等に該当することとなる。
(下線部は筆者による)
本問の場合においては、8部屋中4部屋については、長期間空室で入居者を募集していませんので、貸付事業用宅地等に該当しないことになります。したがって、相続開始直前において貸付事業の用に供されていた宅地等は、40㎡(80㎡×4/8)となります。
2 申告期限までに事業用建物等を建て替えた場合における小規模宅地等の特例の適用
特定居住用宅地等の特例で同居親族が取得した場合には、相続税の申告期限までの居住継続要件があります(措法69の4③二イ)。また、貸付事業用宅地等の特例にも相続税の申告期限までの貸付事業の継続要件があります(措法69の4③四)。
したがって、相続後、相続税の申告期限までの間に事業用又は居住用の建物等の建替えを行った場合には、上記の要件を満たさず、特例の適用を受けることができなくなってしまいます。
しかしながら、事業や居住の継続の観点から一時点で判断することは適当ではありませんので、相続税の申告期限までの間に建替え工事に着手された場合には、租税特別措置法関係通達69の4-19において救済措置があります。その内容は下記のとおりとなります。
租税特別措置法関係通達69の4-19(申告期限までに事業用建物等を建て替えた場合)
措置法第69条の4第3項第1号イ又はロの要件(特定事業用宅地等の事業継続要件)の判定において、同号に規定する親族(同号イの場合にあっては、その親族の相続人を含む。)の事業の用に供されている建物等が同号イ又はロの申告期限までに建替え工事に着手された場合に、当該宅地等のうち当該親族により当該事業の用に供されると認められる部分については、当該申告期限においても当該親族の当該事業の用に供されているものとして取り扱う。
(注) 措置法第69条の4第3項第2号イ及びハ(特定居住用宅地等の同居親族及び生計一親族の居住継続要件)、同項第3号(特定同族会社事業用宅地等の事業継続要件)並びに同項第4号イ及びロの要件(貸付事業用宅地等の事業継続要件)の判定については、上記に準じて取り扱う。
(下線部分は筆者加筆)
上記通達の留意点は、下記のとおりとなります。
(1) 通達の緩和措置がある要件
上記通達で緩和措置があるのは、相続税の申告期限までの事業継続要件又は居住継続要件となりますので、具体的には下記のとおりとなります。
特定居住用宅地等の特例における配偶者及び別居親族については、相続税の申告期限までの居住継続要件はありませんので、準用の取扱いはありません。
(2) 適用範囲
小規模宅地等の特例は、相続開始の直前において、被相続人又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等を対象としています(措法69の4①)。この相続開始の直前の要件を満たしているもののうち、事業の用又は居住の用に供されると認められる部分についてのみ適用を受けることができます。
例えば、相続開始の直前において、事業の用に供されていた宅地等の面積が50㎡で相続後の建替えで事業の用に供される見込みの宅地等の面積が70㎡である場合には、50㎡のみが特例の対象になります。反対に事業の用に供されていた宅地等の面積が80㎡で相続後の建替えで事業の用に供される見込みの宅地等の面積が60㎡である場合には、60㎡のみが特例の対象になります。
すなわち、相続開始の直前の事業の用に供されていた宅地等の面積を限度として、事業継続が認められる部分が特例の対象となります。
(3) 租税特別措置法関係通達69の4-5との違い
租税特別措置法関係通達69の4-5(事業用建物等の建築中等に相続が開始した場合)の取扱いについては、前回解説をしていますが、相続開始前に建替えを行った場合の救済措置であるのに対して、本問は相続開始後に建替えを行った場合の救済措置となります。
前者が相続開始時点における工事請負契約で建築される建物の利用見込状況に応じて判定することになるのに対して、後者は相続開始直前における建物の利用状況及び建替え後の建物の利用見込状況に基づき判定されます。
3 本問の場合の当てはめ
(1) 特定居住用宅地等の特例の適用面積
相続開始の直前において居住の用に供されていた宅地等の面積(20㎡)と建替え後の居住用部分の宅地等の面積(40㎡)のいずれか低い方が特定居住用宅地等の特例の適用面積となります。
(2) 貸付事業用宅地等の特例の適用面積
相続開始の直前において貸付事業に用に供されていた宅地等(40㎡)と建替え後の貸付事業用宅地等(60㎡)のいずれか低い方が貸付事業用宅地等の特例の適用面積となります。
★実務上のポイント★
相続開始前に建て替えた場合(【第68回】で解説)と相続開始後に建て替えた場合(本問で解説)で取扱いが異なりますので、それぞれで適用される通達と特定居住用宅地等及び貸付事業用宅地等の要件等を確認しておきましょう。
〔凡例〕
措法・・・租税特別措置法
措令・・・租税特別措置法施行令
措規・・・租税特別措置法施行規則
措通・・・租税特別措置法関係通達
所法・・・所得税法
所令・・・所得税法施行令
所基通・・・所得税基本通達
地法・・・地方税法
地令・・・地方税法施行令
法令・・・法人税法施行令
円滑化規則・・・中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律施行規則
(例)措法70の6の8②一・・・租税特別措置法第70条の6の8第2項第1号
(了)
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