ハラスメント発覚から紛争解決までの
企 業 対 応
【第36回】
「逆パワハラの申告があった場合の対応のポイント」
弁護士 柳田 忍
【Question】
当社の社員Bから、上司であるA部長からパワハラを受けているとの申告があったため、A部長のヒアリングを実施したところ、A部長はパワハラの事実を否定するとともに、むしろ自分が部下Bから逆パワハラを受けていると主張しました。逆パワハラとは、部下から上司に対するパワハラのことを意味すると理解していますが、A部長は自分にかかったパワハラの嫌疑をそらすため、逆パワハラにあっているなどと虚偽の主張をしているのではないかと疑っています。A部長の申告に対して、どのように対応するべきでしょうか。
【Answer】
逆パワハラは、パワハラ指針等においてパワハラになり得るものとして認められています。上司には人事権等があるため、部下からパワハラを受けるはずはないと思われがちですが、逆パワハラの申告を虚偽であると決めつけることなく、上司が人事権を行使できる状況にあったのかなどを慎重に見極めるべきです。● ● ● 解 説 ● ● ●
1 逆パワハラとは
逆パワハラとは、部下や後輩から上司や先輩に対するパワハラのことを指す。
この点、パワハラとは、次のように定義されている(労働施策総合推進法第30条の2第1項)。
① 職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③ その雇用する労働者の就業環境が害されること
「パワハラ指針」(※1)によると、①「優越的な関係を背景とした」言動とは、当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指すとされているが、典型的には、職務上の地位が上位の者(上司等)がその優越的な関係を背景に部下に対して行う言動が想定されていると思われる。
(※1) 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)。
もっとも、同指針においては、「同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの」や「同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの」も「優越的な関係を背景とした」言動に含まれるとされており、逆パワハラもパワハラに含まれ得ることが明記されている。また、報道等においてもしばしば部下から上司に対するパワハラ事件が取り上げられているし(※2)、実務上もその存在を認められているものである(※3)。
(※2) 最近のケースとしては、中学校で事務職員が校長や教頭ら同僚職員合わせて6人に対してパワハラ行為を繰り返したとして停職6ヶ月の懲戒処分となった例が報道されている(2023年2月27日付けのNHK NEWS WEB等)
(※3) パワハラ該当事案における加害者と被害者の関係の割合について、部下から上司に対するものは7.6%とされており、少なくない割合の逆パワハラが認められたことが示されている(厚生労働省が発表した「令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」)。
しかし、実際に会社において逆パワハラを認めて懲戒処分等を行ったことがあるというケースは意外と少ないのではないか。弊職も、従前は逆パワハラの相談を受けることはあまり多くはなかったが、最近、逆パワハラの事案が増加しているようにも感じられるため、今回、テーマとして取り上げた次第である。
2 逆パワハラを疑うべき場合
逆パワハラはなぜ典型的なパワハラに比べて認定されにくいのか。逆パワハラを行えば、通常は懲戒処分や異動の対象となったり、勤務評定で不利益な評定をされたりすることが予測できるため、そもそも逆パワハラが行われるはずがない、と一般に考えられていることが、逆パワハラが認められにくい1つの理由であろう。
また、逆パワハラが行われたのであれば、対象となった上司からの何らかの対抗措置(懲戒処分等)がとられるはずであり、それがとられていない以上は、仮に部下から上司に対する何らかの言動があったとしても、②業務上必要かつ相当な範囲を超えていない、又は、③その雇用する労働者の就業環境が害されていない、など推定されてしまうということも、逆パワハラが認定されにくい一因であろう。
逆に言えば、逆パワハラを行う者が懲戒処分や異動の対象となったり勤務評定で不利益な評定をされたりするといった組織のあるべき機能が働いていない場合には、逆パワハラに注意する必要があるということになる。
具体的には、以下の状況・兆候が見られる場合に注意すべきである。
(1) 上司が部下の勤務状況を評価・評定する体制となっていない
このような場合、上記の組織のあるべき機能が働く前提を欠くことから、逆パワハラを疑うべき状況にあると言える。
(※4) 京都地判平成27年12月18日は、医事課長Xが職場の上司や部下からのいじめ行為等によりうつ病に罹患したと主張して、労災保険法に基づき、療養の給付及び休業補償給付を請求し、処分行政庁に給付をしない旨の処分がなされたことから、取り消しを求めて提訴したところ、裁判所はXのうつ病発症につき業務起因性を認め、請求を認容したという事案である。同事案においては、医事課長Xが医事課の職員の仕事内容をチェックしたり、勤務状況を評価・評定して上司に報告する体制がとられておらず、Xだけで上記状況の是正を図ることが困難であったという事情が認められている。
(2) 当該上司を軽く扱うような雰囲気が醸成されている
このような場合、上司が懲戒処分等の手段に訴えようとしても、会社が真剣に対処しないなどの理由により、上記組織のあるべき機能が働かない状況が発生する恐れがある。
(※5) 前掲(※4)の京都地判平成27年12月18日においては、事務部長が医事課長Xのことを指して「それはあのぼんくらのことだろう」と発言するなど、職場においてXを軽く扱うような雰囲気が醸成されていたとの事情が認められている。
(3) 会社が従業員からの申告について真剣に対処しない風潮がある
このような場合においても、上司が逆パワハラを行っている者の懲戒処分や異動を会社に訴えても会社に取り合ってもらえないといった事態が起きることがある。また、上司が上記の組織のあるべき機能が働かないであろうと端から諦めてしまうことも多い。
(4) 上司の能力が部下よりも劣る場合・上司が部下よりも年下の場合・上司が女性の場合等
逆パワハラを行った部下に対して懲戒処分等を実施するためには、逆パワハラを受けていることを会社に告げることになるが、部下より能力が劣る上司、年下の上司、女性の上司は、逆パワハラを受けたことを会社に告げることにより会社からの評価が下がるのではないかと心配し、懲戒処分等の手段に訴えることをためらうことがある。
上司の能力が部下よりも劣る場合とは、例えば上司がITに関する知識が乏しく、PC等のIT機器の扱いを苦手とする場合などが挙げられる。また、上司が年下の場合や女性の場合、逆パワハラの申告を行うと、「若いやつは根性がない」とか「女性はすぐに音を上げる」といったステレオタイプ的な偏見や決めつけがなされることを恐れて、上記の組織のあるべき機能の発動に訴えることができないといったことも考えられる。
(※6) 前掲(※4)の京都地判平成27年12月18日においては、エクセルを使用したことがなくその基本機能すら理解できていなかった医事課長Xが、部下から「エクセルのお勉強してください。分からなかったら娘さんにでも教えてもらってください。」などと、通常の企業においては部下が上司に対して行うことなど到底考えられない発言を行った事実が認定されている。
3 まとめ
上記のとおり、組織の構造上、部下から上司へのパワハラは想定しづらいため、会社としては、逆パワハラの申告があっても今ひとつ信用できないというのは理解できる。特に、本問のように、上司がハラスメントの嫌疑をかけられて初めて逆パワハラの申告を行ったような場合には、より一層信じがたいといった気持ちになるのではないか。
しかし、逆パワハラがあるということは、組織の機能に何らかの歪みが生じていることのサインでもある。会社においては、そのようなサインを見逃さずに対処していくことが、職場環境の改善・整備につながるものである。
(了)
「ハラスメント発覚から紛争解決までの企業対応」は、毎月第2週に掲載されます。