ハラスメント発覚から紛争解決までの
企 業 対 応
【第31回】
「ハラスメントの懲戒処分の勘所」
弁護士 柳田 忍
【Question】
ハラスメント事案の行為者に対して、懲戒処分を科すべきか否か、懲戒処分を科すべきとしてどの種類の懲戒処分を科すべきかについて、判断に迷うことがよくありますが、判断のポイントなどはありますか。【Answer】
懲戒処分を実施するべきか否かや、いかなる種類の懲戒処分を科すべきかは、非違行為が犯罪行為に該当するなど重大なものか、行為者に対して事前に注意・指導を行うなどして改善の機会を与えたか等の基準に照らして判断することがポイントになります。● ● ● 解 説 ● ● ●
1 ハラスメントと懲戒処分
懲戒処分とは、企業秩序に違反した労働者に対して科される制裁罰であり、使用者が一方的に行うものである。懲戒処分の行使が認められるためには、労働契約法上の根拠が必要であり、労働協約や個別の労働契約、就業規則等に懲戒の種別及び事由を定めておく必要がある。
また、懲戒処分を行うためには、労働者の非違行為が就業規則等に定めた懲戒事由に該当し、かつ、懲戒処分が対象労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められなければならない(労働契約法15条)。
ハラスメント防止措置の一環として、ハラスメントを行ってはならない旨の方針を明確化し、ハラスメントの行為者については、厳正に対処する旨の方針や対処の内容を就業規則等の文書に規定することが求められているため、多くの企業の就業規則等において、各種ハラスメントは懲戒事由として定められているものと思われる。
問題は、ハラスメント行為が懲戒事由に該当するとしても、懲戒処分に客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められるか否かという観点から、懲戒処分を行ってもよいものか、懲戒処分を行うとしてもどの種類の懲戒処分を行うべきか、という点である。
非違行為に照らして懲戒処分が重すぎる場合は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、懲戒処分が無効になる。一方、非違行為に照らして懲戒処分が軽い場合には、基本的にはその処分の有効性が争われることはなく、また、仮に争われたとしても、当該懲戒処分の有効性は否定されないであろうが、今後の同種事案の懲戒処分に影響を与えるおそれがある。すなわち、懲戒処分の規定は従業員に公平に適用されなければならず、同種事案には同程度の懲戒処分が科されなければならないという原則があり、同種事案に照らして不当に重い処分は無効となる可能性があるのである。
よって、下手に軽い懲戒処分を行うと、今後、同種事案の行為者に対して重い懲戒処分を科すことが困難となる可能性があるので、懲戒処分を行う際には、重すぎず、軽すぎないよう、慎重な判断が必要となる。
2 懲戒処分を実施するか否かの判断基準
まず、そもそも懲戒処分を実施するべきか否かで判断に迷うことも多いであろうが、以下の全てないし多くを満たす場合は、懲戒処分を実施しないという判断も合理的ではないかと思われる。
① 非違行為の内容が誰もが問題視する程に悪質ではない
② 行為者が過去にハラスメント行為に及んで注意・指導等を受けたことはない
③ 被害者が1人である
④ 非違行為が1回だけである
⑤ 行為者が事実を認め、反省の意を示している
⑥ 被害者が宥恕の意思を示している
⑦ ハラスメントのタイミングで被害者が精神疾患等を発症していない
⑧ 行為者がハラスメント行為に及んだ原因が会社側にもある
⑨ 被害者側にも非が認められる
上記①については、ある言動がハラスメントに該当するか否かは、当事者の関係、当該言動がなされた状況、当該言動の態様等、様々な要素を考慮して判断されるものであり、ある言動がハラスメントに該当するか否かを決めることは簡単ではないことが多い。しかし、例えば、殴る、蹴る、物を投げつけるといった有形力の行使、「クビにしてやる」、「死ね」といった暴言、相手に性行為を強要する行為、女性の胸や臀部などを触る行為などは、どのような状況でなされたとしても問題になる可能性が高いであろうことに異論はないであろう。このような言動がなされたか否かが、まずは、懲戒処分を行うべきか否かの判断基準となり得る。
上記②については、事前に改善の機会が与えられた(が改善せず、再びハラスメント行為に及んだ)か否かが懲戒処分の有効性を判断する要素となり得るため、行為者が過去にハラスメント行為に及んで注意・指導等を受けたか否かも、懲戒処分を行うべきか否かの判断基準となり得る。
上記⑦については、被害者が精神疾患等を発症したか否かはあくまで結果に過ぎないことではあるし、ハラスメント(だけ)が原因で精神疾患等を発症したかも定かではない場合もある。しかし、被害者がハラスメントを受けたタイミングで精神疾患等を発症した場合、当該精神疾患等はハラスメントに起因すると推測されることが一般的であるし、精神疾患等を発症するほどのハラスメントが行われたことの推測が働くため、懲戒処分を行うべきか否かの判断基準となり得る。
上記⑧について、行為者が業務過多のストレス等によりハラスメント行為に及ぶケースがよく見られる。この場合は、ハラスメントの責任は会社側にもあると評価することも可能であり、必ずしも行為者のみを責められない場合もあろうことから、行為者を懲戒処分の対象としないという判断もあり得る。
上記⑨については、主に、被害者の勤務態度が著しく悪かったり、行為者を挑発したりしたため、行為者がかっとなってハラスメント行為に及んだ場合などが考えられる。被害者側に非があるからといって、ハラスメント行為が認められなくなるわけではないが、行為者に制裁を科すべきかという観点からは、考慮に入れる余地がある。
3 懲戒処分の種類を決める判断基準
一般に、軽い順から、譴責、減給、出勤停止、懲戒解雇といった種類の懲戒処分を規定しているケースが多いものと思われるが、懲戒処分をするべきであると判断した場合、譴責・減給といった比較的軽めの処分にするか、出勤停止といった比較的重めの処分にするか、懲戒解雇という最も厳しい処分にするかで迷うこともあろう。この場合の判断基準は以下のとおりである。
まず、懲戒解雇は労働者にとって死刑宣告に等しいとも言われる厳しい処分であるから、これを行うことができるのは限られた場合となる。例えば、非違行為が、殴る、蹴るといった暴行罪(刑法208条)・傷害罪(同204条)、脅すといった脅迫罪(同222条)、性行為を強要するといった強制性交等罪(同177条)、暴行又は脅迫を用いて体に触るといった強制わいせつ罪(同176条)等、犯罪行為に該当する場合には懲戒解雇処分とすることに客観的に合理的な理由や社会通念上の相当性が認められることが多いであろう。
また、上記のとおり、事前に改善の機会が与えられた(が改善せず、再びハラスメント行為に及んだ)か否かは懲戒処分の有効性を判断する重要な要素となり得るところ、特に懲戒解雇のような重い処分については、事前に改善の機会が与えられていない場合は、無効となる可能性が高い(T大学事件(東京地判平成27年9月25日労経速2260号13頁)は、行為者と被害者が少なくとも外面的には良好な人間関係を保っており、行為者の言動により被害者が深刻な被害感情を持っていることに行為者が思い至らなかったとしてもやむを得ないこと等からすると、より軽い処分を経て改善・更生の機会を与えないまま、大きな経済的損失を伴う停職処分を科したことは社会通念上相当性を欠く旨判示し、2ヶ月の停職処分を無効とした)。
よって、基本的には、過去に注意・指導や懲戒処分を受けて改善の機会を与えられた場合でなければ、懲戒解雇を選択するべきではないということになる(もっとも、犯罪行為のような、改善の機会を与えられるまでもなく悪質であることが明らかな非違行為については、改善の機会が与えられていなくても、懲戒解雇が有効になる余地がある)。
一方、出勤停止については、出勤停止処分の期間中は無給となるため、その期間次第では労働者に大きな不利益を与えるものとなり、労働者から処分無効の主張がなされるリスクが高いものであるから、譴責・減給とするか、出勤停止とするかについても慎重な判断が必要となる。原則として、事前の注意・指導等がない非違行為については、出勤停止処分を科さないことが安全であるといえよう。
(了)
「ハラスメント発覚から紛争解決までの企業対応」は、毎月第2週に掲載されます。