公開日: 2018/03/29 (掲載号:No.262)
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AIで士業は変わるか? 【第8回】「移転価格等の国際税務におけるデジタル化・AI活用の可能性」

筆者: 水村 浩司

カテゴリ:

AI

士業変わるか?

【第8回】

「移転価格等の国際税務におけるデジタル化・AI活用の可能性」

 

EY税理士法人 移転価格部
水村 浩司

 

世界経済フォーラムが、プロフェッショナルサービスにおけるデジタル化に関する白書を発行して、1年が経ちました。当該白書では、デジタル化を進めるにあたり、ビジネスモデルの変革、機械学習・深層学習等の活用、デジタル・アジリティ(デジタル化への対応速度)及び人材育成が、プロフェッショナルサービスにおいて重要な課題となると論じられていましたが、移転価格を含む国際税務分野においても、デジタル化の波が押し寄せています。

各国の税務当局は、ペーパレス化、電子化、オンライン化やビッグデータの活用といったデジタル化を進めています。例えば、納税者の会計データの定期的提出や、デジタルインボイスの導入を進めており、デジタルインボイスは、メキシコ、中国、ロシア、ブラジルで既に義務化されています。また、国税庁も、2017年6月に10年後の税務行政の将来像を公表し、情報通信技術(ICT)や人工知能(AI)を活用した納税者の利便性の向上、課税・徴収の効率化・高度化を将来像として掲げ、今後も税務行政のデジタル化が国内外で進むものと考えられています。

移転価格分野について、簡単に説明すると、移転価格は、多国籍企業のグループ会社間の製品、サービス等の価格を指し、移転価格税制がしばしば「国家間の税金の取り合い」に係る税制と表現されるとおり、各国の課税所得を左右する移転価格が高い又は低いと各国税務当局に指摘され、課税を受けるリスクが存在します。移転価格課税は、海外事業を展開している企業にとって避けては通れない税務リスクの1つであり、各企業の税務担当者は、各国での移転価格課税リスクを低減するため、移転価格の適切な設定・モニタリング、税務文書の作成等を行っています。

国際税務分野では、経済開発協力機構(OECD)が推進する「税源浸食と利益移転(BEPS)」プロジェクトを基に、多国籍企業のグローバル・ビジネスを税務面から補足し、租税回避を防ぐため、国際課税原則や各国国内税法の改正が行われています。同プロジェクトの取組の1つとして、各国で新たな移転価格コンプライアンス文書の作成の義務化が進んでおり、例えば、同文書の1つである国別報告書(Country by Country Report;CbCR)では、多国籍企業グループの世界全体での納税状況等に関する報告書を作成し、税務当局と共有することが要求されます。納税者がCbCRを税務当局に提出した後、情報交換規定等に基づき各国の税務当局に自動交換され、各国の税務当局に企業の税務データがますます蓄積していくこととなります。

そのため、各企業は、CbCR等の移転価格文書コンプライアンスはもとより、各国の税務当局による最新の税務執行に即した対応が必要であり、本社によるグループ各社の移転価格文書や移転価格調査の情報管理等の重要性が増しています。

このように税務当局が税務執行の強化、デジタル化等に積極的に取り組む一方、各企業での移転価格等の実務は依然としてマニュアル作業が多く、税務対応に不十分なシステム・データ処理や移転価格モニタリング体制の未整備等もあり、各企業の税務担当者の実務負担が重く、デジタル化が進んでいるとは言い難い状況です。

このような状況の下、各企業は、移転価格管理プロセスの現状把握と見直し等の最適な管理体制構築の必要性に迫られています。例えば、マニュアル作業の多くなっている移転価格業務(例:移転価格の設定・調整、移転価格文書の作成等)について、業務の標準化・自動化は、グループ各社の文書化対応やグループ内取引に係る移転価格モニタリング等の適切なガバナンス体制を構築するには不可欠と考えられます。

移転価格業務の標準化・自動化は、業務最適化を目的として、各企業での実務プロセスを把握する現状分析、ITシステム・ソフトウェアを活用したプロセス設計を行う必要があり、プロフェッショナルファームは、各企業の移転価格実務・課題を適切に把握するだけでなく、各企業の抱えるデジタル化の問題に対しても解決策を提示することが求められます。また、グループ各社の文書化対応やグループ内取引に係る移転価格モニタリングでは、グループ内で情報共有を行うためのプラットフォーム、収集したデータを可視化するBI(Business Intelligence)ツール、ダッシュボード等の活用が考えられ、税務データの適切な管理も検討する必要があります。

今後、税務プロフェッショナルに求められる役割において、企業の税務業務の代行等を行う作業中心型から、企業の相談相手となる問題解決型へのシフトが加速し、また、スキルセットも税務知識はもとより、データアナリティクスやデータベース等の知識を融合させて企業が抱える課題解決に活かす知見が求められるようになると考えられます。

【参考】

・World Economic Forum White Paper “Digital Transformation Initiative Professional Services Industry”(January 2017)

・国税庁「税務行政の将来像~スマート化を目指して ~」(2017年6月)

・国税庁「税源浸食と利益移転(BEPS: Base Erosion and Profit Shifting)への取り組みについて-BEPSプロジェクト-

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

AI

士業変わるか?

【第8回】

「移転価格等の国際税務におけるデジタル化・AI活用の可能性」

 

EY税理士法人 移転価格部
水村 浩司

 

世界経済フォーラムが、プロフェッショナルサービスにおけるデジタル化に関する白書を発行して、1年が経ちました。当該白書では、デジタル化を進めるにあたり、ビジネスモデルの変革、機械学習・深層学習等の活用、デジタル・アジリティ(デジタル化への対応速度)及び人材育成が、プロフェッショナルサービスにおいて重要な課題となると論じられていましたが、移転価格を含む国際税務分野においても、デジタル化の波が押し寄せています。

各国の税務当局は、ペーパレス化、電子化、オンライン化やビッグデータの活用といったデジタル化を進めています。例えば、納税者の会計データの定期的提出や、デジタルインボイスの導入を進めており、デジタルインボイスは、メキシコ、中国、ロシア、ブラジルで既に義務化されています。また、国税庁も、2017年6月に10年後の税務行政の将来像を公表し、情報通信技術(ICT)や人工知能(AI)を活用した納税者の利便性の向上、課税・徴収の効率化・高度化を将来像として掲げ、今後も税務行政のデジタル化が国内外で進むものと考えられています。

移転価格分野について、簡単に説明すると、移転価格は、多国籍企業のグループ会社間の製品、サービス等の価格を指し、移転価格税制がしばしば「国家間の税金の取り合い」に係る税制と表現されるとおり、各国の課税所得を左右する移転価格が高い又は低いと各国税務当局に指摘され、課税を受けるリスクが存在します。移転価格課税は、海外事業を展開している企業にとって避けては通れない税務リスクの1つであり、各企業の税務担当者は、各国での移転価格課税リスクを低減するため、移転価格の適切な設定・モニタリング、税務文書の作成等を行っています。

国際税務分野では、経済開発協力機構(OECD)が推進する「税源浸食と利益移転(BEPS)」プロジェクトを基に、多国籍企業のグローバル・ビジネスを税務面から補足し、租税回避を防ぐため、国際課税原則や各国国内税法の改正が行われています。同プロジェクトの取組の1つとして、各国で新たな移転価格コンプライアンス文書の作成の義務化が進んでおり、例えば、同文書の1つである国別報告書(Country by Country Report;CbCR)では、多国籍企業グループの世界全体での納税状況等に関する報告書を作成し、税務当局と共有することが要求されます。納税者がCbCRを税務当局に提出した後、情報交換規定等に基づき各国の税務当局に自動交換され、各国の税務当局に企業の税務データがますます蓄積していくこととなります。

そのため、各企業は、CbCR等の移転価格文書コンプライアンスはもとより、各国の税務当局による最新の税務執行に即した対応が必要であり、本社によるグループ各社の移転価格文書や移転価格調査の情報管理等の重要性が増しています。

このように税務当局が税務執行の強化、デジタル化等に積極的に取り組む一方、各企業での移転価格等の実務は依然としてマニュアル作業が多く、税務対応に不十分なシステム・データ処理や移転価格モニタリング体制の未整備等もあり、各企業の税務担当者の実務負担が重く、デジタル化が進んでいるとは言い難い状況です。

このような状況の下、各企業は、移転価格管理プロセスの現状把握と見直し等の最適な管理体制構築の必要性に迫られています。例えば、マニュアル作業の多くなっている移転価格業務(例:移転価格の設定・調整、移転価格文書の作成等)について、業務の標準化・自動化は、グループ各社の文書化対応やグループ内取引に係る移転価格モニタリング等の適切なガバナンス体制を構築するには不可欠と考えられます。

移転価格業務の標準化・自動化は、業務最適化を目的として、各企業での実務プロセスを把握する現状分析、ITシステム・ソフトウェアを活用したプロセス設計を行う必要があり、プロフェッショナルファームは、各企業の移転価格実務・課題を適切に把握するだけでなく、各企業の抱えるデジタル化の問題に対しても解決策を提示することが求められます。また、グループ各社の文書化対応やグループ内取引に係る移転価格モニタリングでは、グループ内で情報共有を行うためのプラットフォーム、収集したデータを可視化するBI(Business Intelligence)ツール、ダッシュボード等の活用が考えられ、税務データの適切な管理も検討する必要があります。

今後、税務プロフェッショナルに求められる役割において、企業の税務業務の代行等を行う作業中心型から、企業の相談相手となる問題解決型へのシフトが加速し、また、スキルセットも税務知識はもとより、データアナリティクスやデータベース等の知識を融合させて企業が抱える課題解決に活かす知見が求められるようになると考えられます。

【参考】

・World Economic Forum White Paper “Digital Transformation Initiative Professional Services Industry”(January 2017)

・国税庁「税務行政の将来像~スマート化を目指して ~」(2017年6月)

・国税庁「税源浸食と利益移転(BEPS: Base Erosion and Profit Shifting)への取り組みについて-BEPSプロジェクト-

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

連載目次

AIで士業は変わるか?
(全20回)

  • 【第7回】 デジタルで実現する未来の会計監査
    加藤信彦(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ 統括責任者、公認会計士)
    小形康博(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ、公認会計士)

筆者紹介

水村 浩司

(みずむら・こうじ)

EY税理士法人 移転価格部

▷2014年EY税理士法人移転価格部に入所

▷自動車・産業機械、通信、消費財、医療機器、製薬、商社、金融業界に属する日系及び外資系企業に対する移転価格コンサルティング業務に従事し、特に日米、日加、日豪及び日印を含む事前確認申請、相互協議対応に深く関与

▷移転価格リスク対応案件、BEPS行動13対応案件の他、無形資産評価、事業モデル効率化等の業務にも多数従事

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