公開日: 2018/06/14 (掲載号:No.272)
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AIで士業は変わるか? 【第18回】「AIで税理士業は変わるか」

筆者: 橋本 純

カテゴリ:

AI

士業変わるか?

【第18回】

「AIで税理士業は変わるか」

 

デロイト トーマツ税理士法人 
パートナー 税理士 橋本 純

 

今後、AI(人工知能)を中心とした技術開発によって、税務の世界、特に税理士を取り巻く世界はどのように変化するか、また変わらないものは何であろうか。

1 AIの進化と税務への関わり

① AIに取って代わられる職業

皆さんもご存知かもしれないが、「AIの進化により、将来なくなるかもしれない職業は何か?」といった情報は、しばしば巷で見聞きするであろう。そのリストに必ず上位にランクされている職業に税理士がある。

おそらくそれら記事を書いている者の多くが参考にしている元データは、「THE FUTURE OF EMPLOYMENT」というイギリスのオックスフォード大学のオズボーン博士らが書いた論文であろうと思われる。その論文では、「税理士」とは書かれておらず、「税務申告書作成者(Tax Preparers)」となっているものの、それが「税理士」として巷では言われているものになる。

確かに、税金の計算は、論理的に行われるものであるし、誰が計算しても、同じ前提であれば同じ金額が算定されるように税法で規定されているものであるから、早期より税務申告書作成ソフトが普及したように、税務AIも普及をして、その結果、税務申告書作成はすべてAIに置き換わってしまう、という想定は容易につく。

この予測を前提とすると、将来なくなるかもしれないと言われる職業をわざわざ目指す者も減ってくるであろうし、事実、わが国では、過去数年にわたって税理士試験の申込者数は減少しており、今後もその傾向が続くとすると、日本の税理士業界にとっても人材確保の面で先行きが危ぶまれる。

だからこそAIを活用しなければならないとも言えるし、そもそも労働生産人口が減少する中では税理士業界に限らずAIの活用は避けて通れない議論である。では、「果たして本当にAIにより税理士は脅威に追い込まれるのか?」を次項以降で考察する。

なお、余談であるが、税理士試験申込者数の減少は、税理士試験の合格者数が変わらない限り、合格率の相対的な上昇につながる話であり、真剣に勉強する者にとっては、むしろ試験には合格しやすくなっているという点で税理士試験の魅力が上がっているかもしれない、とは言いすぎであろうか。

② 税理士の仕事がAIに取って代わられるか?

そもそも税理士の立場からすると、確かに税務申告書作成は業務上重要な位置を占めているもの、我々はそれのみを業としているわけではなく、むしろ税務申告書に反映する前の会計上の取り扱いや、会計処理以前の取引形態の相談、契約書への反映のさせ方などの相談業務への対応が、より高い比重を占めているはずである。

これら相談業務において我々が最も時間をかける点は、『その取引や事案の前提条件は何か』といった理解である。これら前提条件の理解などをAIが代替して置き換わる、といった想定はオズボーン博士もしていない。その予測では、比較的単純な判断あるいは定型的な判断が置き換わることが前提であり、我々の業務で日常触れているような複雑な経済事象を十分理解して判断することは、当面の間AIにはできないと思われる。

したがって、我々が日ごろクライアントから受けるようなレベルの税務相談業務が主である限り、税理士業務がAIに取って代わられることはないと考える。少なくとも、前提条件を理解し、その条件を整理する部分までは人間が行う分野であり、税務AIは教科書的な回答をするための補助にすぎない使い方に留まるであろう。それでも、うまい使い方をすれば、相当に有用であるはずである。

また、仮にAIにより税務申告書作成業務の一部が置き換わったとしても、それは、昔、手書きの申告書作成に一生懸命であった計理士が(いかにきれいに数字を書くか、桁をそろえるかなどもその一部であったろう)、税務申告書作成ソフトを使うようになって、果たして廃業に追い込まれたか?と考えてみるとよい。

決してそのような事態は起きなかったわけであるし、税理士としての職分にも何ら変化は起きなかったわけであるから、税務申告書作成がAIにより自動化されたとしても、脅威にはならず、むしろ利便性を享受できる、といった前向きなとらえ方をすればよいと思う。

したがって、税理士の業務において、AIは脅威である、といった見方は間違いで、むしろ有効活用すべきツールである、と考えるべきであるし、その利便性を追求すべく努力すべきである。

③ 国税の取り組み

日本の国税庁は、平成29年6月に、「税務行政の将来像~スマート化を目指して~」という国税の将来あるべき姿の考察を発表している。その中では、以下のように複数にわたり、AIの活用をうたっている。

・インターネット上での調査へのAIの活用

・財産評価へのAIの活用(自動計算)

・税務相談へのAIの活用

・納税督促などのシステムとAIの活用

上記のいずれも、現段階では実現していないし、今後2~3年で実現するようなものでもないが、5~10年後を考えると、一部が実用化されていると想定される。国税がAIの活用で目指しているものは、それにより限られた人的資源をより高度な業務(調査など)へ転用させることである。

国税がこのような取り組みをすでに構想として持っている以上、民間の税理士が同等あるいはそれ以上の対応を目指すことは当然である。いずれも視点は「業務の高度化」のためのAIの活用であり、比較的付加価値の低い業務あるいは時間がかかる業務を置き換えることを目標としている。税理士としても、同様の視点でAIの活用を考えるべきであろう。

④ AIとの競合

高度な相談業務を執り行えるAIが出現した場合(前提条件などは人間が整理整頓したうえで質問等を投入することが必要と考えられるものの)、そのAIは税理士との知識レベルと競合するであろうか。おそらく、答えは「競合する」あるいは「凌駕する」であろう。

AIの学習量には制限がないのであるから、教科書的な質問対応に限れば、巷で出版されている問答集のすべてや、あるいは条文もすべて覚えたうえで回答を導き出そうとすることは、AIであれば可能である。税理士は生身の人間である以上、すべての条文を丸暗記している税理士などいない。よって、特定の分野に限っては、競合あるいは脅威である、と言えるだろう。

しかし、繰り返しになるが、企業あるいは個人が直面するあらゆる経済事象の背景を理解し、またその取引を行う心理背景、経済事情なども理解したうえで、回答を導き出すことは、人間ならではの能力であるし、その人間としての判断はAIに置き換わることはないだろう。したがって、やはり、AIとは競合するのではなく、活用する、といった姿勢で臨むべきである。

 

2 税理士としてあるべき姿とは

① 税理士の仕事のスタイルの変化

将来的に申告書作成がAIなどにより自動化すると、申告書作成プロセスのノウハウや、ソフトウェアの使い方、はたまた正確な電卓のたたき方、調書の作成など、従来、若手が学んでいた取り組みはだんだん不要になるだろう。

自分では申告書作成は行わない(ただしチェックはする)という税理士が増えてくると、相対的に、相談業務の比重が高まるはずである。それは税理士としての本分、税法に関わる法律家、といった側面が強まることにつながるし、税理士として望ましい方向性になると思われる。

② AIに代替されない税理士としての役割

まずは、税法をしっかり理解することである。AIがどんなに進化した世界になっても、税法自体がなくなることは想像できない。また、AIの回答は100%正解ではない、という前提では、必ず専門家がチェックするプロセスが残されるはずである。また、そもそも税法を理解していなければ、AIにデータの正しい投入もできないし検証もできない。

したがって、税理士としては、「税法の専門家」として、条文の理解に努める重要性がますます高まるものと思われる。

③ 税理士を目指す者へのメッセージ

冒頭に記載した通り、巷では「税理士」はなくなる職業の上位にランクされる常連であり、したがって若者がこれから目指す職業ではない、と思われる者も多いであろう。しかし、現場の第一線の税理士としては、そのような世界は来ないと考える。

税理士がなくなる世界が来たときは、いわゆる「シンギュラリティ」が訪れたときであり、税理士がなくなることを悲しんでいる場合ではないのだから、それを考えても仕方がない。

現在の技術予測を前提とすれば、税理士業界は、むしろ「AIを有効活用できる最前線にいる」と捉えて、これからの変化を楽しめばよいだろう。

今後数十年変わらないであろう職業の世界を楽しむか、大きく変わっていく世界を楽しむかは個人のし好の問題もあろうかと思うが、人間社会は進化していく、といった視点で、職業上の変化を味わいたいし、その最前線にある税理士業界は、きっと他の職業よりも楽しい職業かもしれない、と思いたい。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

AI

士業変わるか?

【第18回】

「AIで税理士業は変わるか」

 

デロイト トーマツ税理士法人 
パートナー 税理士 橋本 純

 

今後、AI(人工知能)を中心とした技術開発によって、税務の世界、特に税理士を取り巻く世界はどのように変化するか、また変わらないものは何であろうか。

1 AIの進化と税務への関わり

① AIに取って代わられる職業

皆さんもご存知かもしれないが、「AIの進化により、将来なくなるかもしれない職業は何か?」といった情報は、しばしば巷で見聞きするであろう。そのリストに必ず上位にランクされている職業に税理士がある。

おそらくそれら記事を書いている者の多くが参考にしている元データは、「THE FUTURE OF EMPLOYMENT」というイギリスのオックスフォード大学のオズボーン博士らが書いた論文であろうと思われる。その論文では、「税理士」とは書かれておらず、「税務申告書作成者(Tax Preparers)」となっているものの、それが「税理士」として巷では言われているものになる。

確かに、税金の計算は、論理的に行われるものであるし、誰が計算しても、同じ前提であれば同じ金額が算定されるように税法で規定されているものであるから、早期より税務申告書作成ソフトが普及したように、税務AIも普及をして、その結果、税務申告書作成はすべてAIに置き換わってしまう、という想定は容易につく。

この予測を前提とすると、将来なくなるかもしれないと言われる職業をわざわざ目指す者も減ってくるであろうし、事実、わが国では、過去数年にわたって税理士試験の申込者数は減少しており、今後もその傾向が続くとすると、日本の税理士業界にとっても人材確保の面で先行きが危ぶまれる。

だからこそAIを活用しなければならないとも言えるし、そもそも労働生産人口が減少する中では税理士業界に限らずAIの活用は避けて通れない議論である。では、「果たして本当にAIにより税理士は脅威に追い込まれるのか?」を次項以降で考察する。

なお、余談であるが、税理士試験申込者数の減少は、税理士試験の合格者数が変わらない限り、合格率の相対的な上昇につながる話であり、真剣に勉強する者にとっては、むしろ試験には合格しやすくなっているという点で税理士試験の魅力が上がっているかもしれない、とは言いすぎであろうか。

② 税理士の仕事がAIに取って代わられるか?

そもそも税理士の立場からすると、確かに税務申告書作成は業務上重要な位置を占めているもの、我々はそれのみを業としているわけではなく、むしろ税務申告書に反映する前の会計上の取り扱いや、会計処理以前の取引形態の相談、契約書への反映のさせ方などの相談業務への対応が、より高い比重を占めているはずである。

これら相談業務において我々が最も時間をかける点は、『その取引や事案の前提条件は何か』といった理解である。これら前提条件の理解などをAIが代替して置き換わる、といった想定はオズボーン博士もしていない。その予測では、比較的単純な判断あるいは定型的な判断が置き換わることが前提であり、我々の業務で日常触れているような複雑な経済事象を十分理解して判断することは、当面の間AIにはできないと思われる。

したがって、我々が日ごろクライアントから受けるようなレベルの税務相談業務が主である限り、税理士業務がAIに取って代わられることはないと考える。少なくとも、前提条件を理解し、その条件を整理する部分までは人間が行う分野であり、税務AIは教科書的な回答をするための補助にすぎない使い方に留まるであろう。それでも、うまい使い方をすれば、相当に有用であるはずである。

また、仮にAIにより税務申告書作成業務の一部が置き換わったとしても、それは、昔、手書きの申告書作成に一生懸命であった計理士が(いかにきれいに数字を書くか、桁をそろえるかなどもその一部であったろう)、税務申告書作成ソフトを使うようになって、果たして廃業に追い込まれたか?と考えてみるとよい。

決してそのような事態は起きなかったわけであるし、税理士としての職分にも何ら変化は起きなかったわけであるから、税務申告書作成がAIにより自動化されたとしても、脅威にはならず、むしろ利便性を享受できる、といった前向きなとらえ方をすればよいと思う。

したがって、税理士の業務において、AIは脅威である、といった見方は間違いで、むしろ有効活用すべきツールである、と考えるべきであるし、その利便性を追求すべく努力すべきである。

③ 国税の取り組み

日本の国税庁は、平成29年6月に、「税務行政の将来像~スマート化を目指して~」という国税の将来あるべき姿の考察を発表している。その中では、以下のように複数にわたり、AIの活用をうたっている。

・インターネット上での調査へのAIの活用

・財産評価へのAIの活用(自動計算)

・税務相談へのAIの活用

・納税督促などのシステムとAIの活用

上記のいずれも、現段階では実現していないし、今後2~3年で実現するようなものでもないが、5~10年後を考えると、一部が実用化されていると想定される。国税がAIの活用で目指しているものは、それにより限られた人的資源をより高度な業務(調査など)へ転用させることである。

国税がこのような取り組みをすでに構想として持っている以上、民間の税理士が同等あるいはそれ以上の対応を目指すことは当然である。いずれも視点は「業務の高度化」のためのAIの活用であり、比較的付加価値の低い業務あるいは時間がかかる業務を置き換えることを目標としている。税理士としても、同様の視点でAIの活用を考えるべきであろう。

④ AIとの競合

高度な相談業務を執り行えるAIが出現した場合(前提条件などは人間が整理整頓したうえで質問等を投入することが必要と考えられるものの)、そのAIは税理士との知識レベルと競合するであろうか。おそらく、答えは「競合する」あるいは「凌駕する」であろう。

AIの学習量には制限がないのであるから、教科書的な質問対応に限れば、巷で出版されている問答集のすべてや、あるいは条文もすべて覚えたうえで回答を導き出そうとすることは、AIであれば可能である。税理士は生身の人間である以上、すべての条文を丸暗記している税理士などいない。よって、特定の分野に限っては、競合あるいは脅威である、と言えるだろう。

しかし、繰り返しになるが、企業あるいは個人が直面するあらゆる経済事象の背景を理解し、またその取引を行う心理背景、経済事情なども理解したうえで、回答を導き出すことは、人間ならではの能力であるし、その人間としての判断はAIに置き換わることはないだろう。したがって、やはり、AIとは競合するのではなく、活用する、といった姿勢で臨むべきである。

 

2 税理士としてあるべき姿とは

① 税理士の仕事のスタイルの変化

将来的に申告書作成がAIなどにより自動化すると、申告書作成プロセスのノウハウや、ソフトウェアの使い方、はたまた正確な電卓のたたき方、調書の作成など、従来、若手が学んでいた取り組みはだんだん不要になるだろう。

自分では申告書作成は行わない(ただしチェックはする)という税理士が増えてくると、相対的に、相談業務の比重が高まるはずである。それは税理士としての本分、税法に関わる法律家、といった側面が強まることにつながるし、税理士として望ましい方向性になると思われる。

② AIに代替されない税理士としての役割

まずは、税法をしっかり理解することである。AIがどんなに進化した世界になっても、税法自体がなくなることは想像できない。また、AIの回答は100%正解ではない、という前提では、必ず専門家がチェックするプロセスが残されるはずである。また、そもそも税法を理解していなければ、AIにデータの正しい投入もできないし検証もできない。

したがって、税理士としては、「税法の専門家」として、条文の理解に努める重要性がますます高まるものと思われる。

③ 税理士を目指す者へのメッセージ

冒頭に記載した通り、巷では「税理士」はなくなる職業の上位にランクされる常連であり、したがって若者がこれから目指す職業ではない、と思われる者も多いであろう。しかし、現場の第一線の税理士としては、そのような世界は来ないと考える。

税理士がなくなる世界が来たときは、いわゆる「シンギュラリティ」が訪れたときであり、税理士がなくなることを悲しんでいる場合ではないのだから、それを考えても仕方がない。

現在の技術予測を前提とすれば、税理士業界は、むしろ「AIを有効活用できる最前線にいる」と捉えて、これからの変化を楽しめばよいだろう。

今後数十年変わらないであろう職業の世界を楽しむか、大きく変わっていく世界を楽しむかは個人のし好の問題もあろうかと思うが、人間社会は進化していく、といった視点で、職業上の変化を味わいたいし、その最前線にある税理士業界は、きっと他の職業よりも楽しい職業かもしれない、と思いたい。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

連載目次

AIで士業は変わるか?
(全20回)

  • 【第7回】 デジタルで実現する未来の会計監査
    加藤信彦(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ 統括責任者、公認会計士)
    小形康博(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ、公認会計士)

筆者紹介

橋本 純

(はしもと・じゅん)

税理士
デロイト トーマツ税理士法人 パートナー

日本におけるタックスマネジメントコンサルティング部門のリーダー。多くの企業の税務コンプライアンスやM&Aに関する業務などに20年以上携わる。
税務ソフト作成を手掛けた経験を踏まえ、テクノロジーの導入とコンサルティングにも注力している。

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