公開日: 2018/05/24 (掲載号:No.269)
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AIで士業は変わるか? 【第15回】「テクノロジーが税務サービス業界与えるインパクト」

筆者: 高木 宏

カテゴリ:

AI

士業変わるか?

【第15回】

「テクノロジーが税務サービス業界与えるインパクト」

 

PwC税理士法人 金融部 パートナー
公認会計士・税理士 高木 宏

 

AIを含むテクノロジーは、既存の業界地図をあっさり塗り替えてしまうほどの力があります。“アマゾンエフェクト”はその端的な例ですが、たとえば自動車産業において、5年後または10年後は、従来の自動車メーカーではなく、電気自動車メーカーのテスラや自動運転の実験を繰り返しているグーグルやアップル、あるいは、今は全くその存在が知られていないベンチャー企業が主要な地位を占めている可能性があります。

税務サービス業界においても、さまざまなテクノロジーが日々開発されており、今後も相当なスピードで進みそうです。

日本には言語の壁があるので、これまでアメリカの企業が行ってきたような、付加価値の低いサービスをインド等の国外にアウトソースしてしまうオフショアリングはあまり進んでいませんでした。AIを含むソフトウェア開発についても、まずは英語圏で開発が先行する可能性はありますが、中国で滴滴出行が先に自国マーケットを抑えウーバーを追い出してしまったように、日本で開発されたテクノロジーがデファクトスタンダードになる日が来るかもしれません。あるいはドコモのiモードのように、一世を風靡しても、後から「ガラパゴスだった」と言われてしまうかもしれません。

1年後、2年後、3年後に、どのようなテクノロジーが主流になっているのかを見極めるのは、本当に難しいです。また、テクノロジーも大切ですが、新しいサービスが出てきたときに「自分のビジネスにどのように活用できるか」をいち早く考える俊敏性も、今後さらに重要になると思います。

以下では、現在税務サービス業界で提供されているサービスのうち、どのようなサービスがこれからテクノロジー、AIに置き換わっていく可能性が高く、どのようなサービスが置き換わらずにプロフェッショナルな仕事として残っていくかを考えてみましょう。

税務業界のサービスは多岐にわたりますが、主なものには、

 記帳代行

 現金出納

 申告書の作成サービス

 申告書を作成するにあたって、どのような処理が適切か分析して判断材料を提供するサービス

 自社グループの再編または、合併、買収等により、自社グループを超えた再編に際して、どのような税務上の問題点があるか、またはストラクチャーが税務上望ましいかを検討するサービス

 企業が海外進出・投資するにあたって、他国の税務を検討、また複数の国にまたがる取引をそれぞれの国の国内法、租税条約等を検討し、望ましいストラクチャーを検討するサービス

 国境を越えてモノとサービスが提供されるときの適切な価格を決定することを支援する移転価格税制サービス

 買収先企業の税務リスクを調査する税務デューデリジェンス業務

 相続に関連して発生する相続税対策、相続税の申告書作成サービス

 (サービスではありませんが)英語を含むコミュニケーション能力

などが挙げられます。1つずつ検討してみましょう。

まず、の記帳代行サービスは、かなり近い将来、影響を受けることになると思います。銀行の預金通帳、請求書、領収書等は、スキャンすればPCが読み取って仕訳を起こしてくれるようになるでしょうから、今のテクノロジーがさらに進化して廉価になれば、遅かれ早かれこのサービスを手作業でやることはなくなり、仕事のボリューム及び価格は劇的に下がる可能性があります。

の現金出納も、現在は請求書を自動的に読み取って支払ってくれるようなことはありませんが、これも遅かれ早かれ自動でできるようになると思います。

の申告書作成サービスも、かなりの作業が自動化されるでしょうから、サービスのボリューム、単価が下がると覚悟する必要があります。「紙でプリントアウトしてチェックして」とか「手打ちをして」といった作業は、どこまで自動化できるかを今から検討しておく必要があります。クライアントが自社で行うよりも依頼した方が安い、というくらいの価格競争力をつけておく必要がありそうです。

の申告書の作成に付随して発生するサービスは、データベースが充実してくれば、かなりの部分が不要になります。ただし、難しい判断の部分は、税務リスクとベネフィットを勘案する必要がありますので、最後までプロフェッショナルのアドバイスが必要になると思います。

以降については、テクノロジーへの置き換えがなかなか難しいサービスです。企業再編に絡む税務サービスは、まずクライアントとのディスカッションの中で問題点が浮き彫りになって、分析・検討へと進む場合が多く、高いコミュニケーション能力が求められる分野です。これがAIに置き換わるまでには、ずいぶん時間がかかるように思います。

AIを使った開発にはコストがかかりますから、将棋や囲碁のように決まったルールが何十年も続くのであれば開発コストを吸収できますが、毎年変わる税制と企業のニーズ(これもクライアントの組織の中でもさまざまな部門の方がさまざまな思惑で動かれるので単純ではありません)をすべて考慮に入れるようなソフトウェアを開発することは、コストとベネフィットが釣り合わないように思います。

は、さらに複数の国における税法と取扱い、次々と変わっていくモノやサービスの提供を考慮に入れなければならないので、AIに置き換えるのはなかなか難しいでしょう。

の移転価格税制の分野におけるデータ収集の部分では、AIが活用されれば、省力化と正確性の向上が見込まれるように思います。しかし、機能分析や最終的にどのfactorにどの程度の比重を置いて移転価格を決定していくかというような判断の部分をAIに置き換えることは難しいように思います。ただ、各国の税務当局がデータを持ち寄ってデータ集積を図るような動きがあれば、税務プロフェッショナルが提供するサービスの内容も大きく変わるかもしれません。

の税務デューデリジェンス業務は、これまでプロフェッショナルの経験や勘に頼ってきたところもあり、また、監査業界でテクノロジーの導入が進めば、AIを含むテクノロジーを活用して、網羅的な作業が短期間で可能になる可能性があります。

の相続税関連については、これも高いコミュニケーション能力が問われる分野ですので、AIを使って代替する、ということが難しい分野だと思います。

最後のコミュニケーションにおける英語の役割ですが、今後は単純な作業がなくなり、テクノロジーを活用しながら、密なディスカッションの中で判断をしていくことが増えていくと思われ、そのような状況においては、自動翻訳ソフトウェアを使ってコミュニケーションすることで信頼関係を築けるとも思えないので、今後も英語の苦手な日本人が英語の研鑽から解放されることはないと思います。ただし、廉価で使い勝手の良い言語変換機が開発されれば、簡単な作業系の依頼についてはどの事務所でも対応できる、ということになると思います。

◆  ◆  ◆

ここまでを簡単にまとめると、(1)単純な作業はAIを含むテクノロジーが代替してくれるが複雑なコンサルティング業務はなくならない、(2)新しいテクノロジーを利用するにはシステム投資が重要になるので、資金力、収益力、グローバルネットワークが重要な競争力になる可能性がある、(3)高いコミュニケーションスキルとヒューマンスキルがさらに重要になる、(4)これからはクリエイティブな考え、発想が重要で、暗記力はあまり問題ではなくなる、(5)英語は引き続き万国の共通言語として重要なコミュニケーションのツールとしてあり続ける、というようなことではないかと思います。

今後、AIをはじめとするテクノロジーの活用によって、会計士試験、税理士試験の難関をくぐり抜けてきた優秀な人材に相応しい、クリエイティブで高度な業務が仕事の中心となっていくと思います。

(なお、以上述べてきたことは筆者の個人的見解であることを念のためお断りさせていただきます。)

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

AI

士業変わるか?

【第15回】

「テクノロジーが税務サービス業界与えるインパクト」

 

PwC税理士法人 金融部 パートナー
公認会計士・税理士 高木 宏

 

AIを含むテクノロジーは、既存の業界地図をあっさり塗り替えてしまうほどの力があります。“アマゾンエフェクト”はその端的な例ですが、たとえば自動車産業において、5年後または10年後は、従来の自動車メーカーではなく、電気自動車メーカーのテスラや自動運転の実験を繰り返しているグーグルやアップル、あるいは、今は全くその存在が知られていないベンチャー企業が主要な地位を占めている可能性があります。

税務サービス業界においても、さまざまなテクノロジーが日々開発されており、今後も相当なスピードで進みそうです。

日本には言語の壁があるので、これまでアメリカの企業が行ってきたような、付加価値の低いサービスをインド等の国外にアウトソースしてしまうオフショアリングはあまり進んでいませんでした。AIを含むソフトウェア開発についても、まずは英語圏で開発が先行する可能性はありますが、中国で滴滴出行が先に自国マーケットを抑えウーバーを追い出してしまったように、日本で開発されたテクノロジーがデファクトスタンダードになる日が来るかもしれません。あるいはドコモのiモードのように、一世を風靡しても、後から「ガラパゴスだった」と言われてしまうかもしれません。

1年後、2年後、3年後に、どのようなテクノロジーが主流になっているのかを見極めるのは、本当に難しいです。また、テクノロジーも大切ですが、新しいサービスが出てきたときに「自分のビジネスにどのように活用できるか」をいち早く考える俊敏性も、今後さらに重要になると思います。

以下では、現在税務サービス業界で提供されているサービスのうち、どのようなサービスがこれからテクノロジー、AIに置き換わっていく可能性が高く、どのようなサービスが置き換わらずにプロフェッショナルな仕事として残っていくかを考えてみましょう。

税務業界のサービスは多岐にわたりますが、主なものには、

 記帳代行

 現金出納

 申告書の作成サービス

 申告書を作成するにあたって、どのような処理が適切か分析して判断材料を提供するサービス

 自社グループの再編または、合併、買収等により、自社グループを超えた再編に際して、どのような税務上の問題点があるか、またはストラクチャーが税務上望ましいかを検討するサービス

 企業が海外進出・投資するにあたって、他国の税務を検討、また複数の国にまたがる取引をそれぞれの国の国内法、租税条約等を検討し、望ましいストラクチャーを検討するサービス

 国境を越えてモノとサービスが提供されるときの適切な価格を決定することを支援する移転価格税制サービス

 買収先企業の税務リスクを調査する税務デューデリジェンス業務

 相続に関連して発生する相続税対策、相続税の申告書作成サービス

 (サービスではありませんが)英語を含むコミュニケーション能力

などが挙げられます。1つずつ検討してみましょう。

まず、の記帳代行サービスは、かなり近い将来、影響を受けることになると思います。銀行の預金通帳、請求書、領収書等は、スキャンすればPCが読み取って仕訳を起こしてくれるようになるでしょうから、今のテクノロジーがさらに進化して廉価になれば、遅かれ早かれこのサービスを手作業でやることはなくなり、仕事のボリューム及び価格は劇的に下がる可能性があります。

の現金出納も、現在は請求書を自動的に読み取って支払ってくれるようなことはありませんが、これも遅かれ早かれ自動でできるようになると思います。

の申告書作成サービスも、かなりの作業が自動化されるでしょうから、サービスのボリューム、単価が下がると覚悟する必要があります。「紙でプリントアウトしてチェックして」とか「手打ちをして」といった作業は、どこまで自動化できるかを今から検討しておく必要があります。クライアントが自社で行うよりも依頼した方が安い、というくらいの価格競争力をつけておく必要がありそうです。

の申告書の作成に付随して発生するサービスは、データベースが充実してくれば、かなりの部分が不要になります。ただし、難しい判断の部分は、税務リスクとベネフィットを勘案する必要がありますので、最後までプロフェッショナルのアドバイスが必要になると思います。

以降については、テクノロジーへの置き換えがなかなか難しいサービスです。企業再編に絡む税務サービスは、まずクライアントとのディスカッションの中で問題点が浮き彫りになって、分析・検討へと進む場合が多く、高いコミュニケーション能力が求められる分野です。これがAIに置き換わるまでには、ずいぶん時間がかかるように思います。

AIを使った開発にはコストがかかりますから、将棋や囲碁のように決まったルールが何十年も続くのであれば開発コストを吸収できますが、毎年変わる税制と企業のニーズ(これもクライアントの組織の中でもさまざまな部門の方がさまざまな思惑で動かれるので単純ではありません)をすべて考慮に入れるようなソフトウェアを開発することは、コストとベネフィットが釣り合わないように思います。

は、さらに複数の国における税法と取扱い、次々と変わっていくモノやサービスの提供を考慮に入れなければならないので、AIに置き換えるのはなかなか難しいでしょう。

の移転価格税制の分野におけるデータ収集の部分では、AIが活用されれば、省力化と正確性の向上が見込まれるように思います。しかし、機能分析や最終的にどのfactorにどの程度の比重を置いて移転価格を決定していくかというような判断の部分をAIに置き換えることは難しいように思います。ただ、各国の税務当局がデータを持ち寄ってデータ集積を図るような動きがあれば、税務プロフェッショナルが提供するサービスの内容も大きく変わるかもしれません。

の税務デューデリジェンス業務は、これまでプロフェッショナルの経験や勘に頼ってきたところもあり、また、監査業界でテクノロジーの導入が進めば、AIを含むテクノロジーを活用して、網羅的な作業が短期間で可能になる可能性があります。

の相続税関連については、これも高いコミュニケーション能力が問われる分野ですので、AIを使って代替する、ということが難しい分野だと思います。

最後のコミュニケーションにおける英語の役割ですが、今後は単純な作業がなくなり、テクノロジーを活用しながら、密なディスカッションの中で判断をしていくことが増えていくと思われ、そのような状況においては、自動翻訳ソフトウェアを使ってコミュニケーションすることで信頼関係を築けるとも思えないので、今後も英語の苦手な日本人が英語の研鑽から解放されることはないと思います。ただし、廉価で使い勝手の良い言語変換機が開発されれば、簡単な作業系の依頼についてはどの事務所でも対応できる、ということになると思います。

◆  ◆  ◆

ここまでを簡単にまとめると、(1)単純な作業はAIを含むテクノロジーが代替してくれるが複雑なコンサルティング業務はなくならない、(2)新しいテクノロジーを利用するにはシステム投資が重要になるので、資金力、収益力、グローバルネットワークが重要な競争力になる可能性がある、(3)高いコミュニケーションスキルとヒューマンスキルがさらに重要になる、(4)これからはクリエイティブな考え、発想が重要で、暗記力はあまり問題ではなくなる、(5)英語は引き続き万国の共通言語として重要なコミュニケーションのツールとしてあり続ける、というようなことではないかと思います。

今後、AIをはじめとするテクノロジーの活用によって、会計士試験、税理士試験の難関をくぐり抜けてきた優秀な人材に相応しい、クリエイティブで高度な業務が仕事の中心となっていくと思います。

(なお、以上述べてきたことは筆者の個人的見解であることを念のためお断りさせていただきます。)

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

連載目次

AIで士業は変わるか?
(全20回)

  • 【第7回】 デジタルで実現する未来の会計監査
    加藤信彦(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ 統括責任者、公認会計士)
    小形康博(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ、公認会計士)

筆者紹介

高木 宏

(たかぎ・ひろし)

PwC税理士法人 金融部 パートナー。 公認会計士・税理士。

日本の不動産会社、リース会社、機関投資家に対して国外のアウトバウンド投資に際しての投資ストラクチャーに関する税務アドバイス、外資系ファンド、海外年金、ソブリンウェルスファンドに対して日本向けインバウンド投資に際しての投資ストラクチャーに関する税務アドバイス、J-REITに対する税務アドバイスを行っている。

【主な共書】
・『金融・投資商品の税務Q&A』(清文社)
・『リース取引の会計と税務』(税務研究会)
・『開発型不動産証券化の知識と実際』(ぎょうせい)
・『知的財産ビジネス』(日経BP)
・『International Leasing』(Tolley)

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