AIで
士業は変わるか?
【第2回】
「AI時代に変容を遂げる士業の姿」
株式会社マネーフォワード
取締役兼Fintech研究所長
瀧 俊雄
2017年3月15日の日経新聞記事「AI襲来、眠れぬサムライ」は、AIの活用により士業の仕事が意味をなさなくなる可能性に触れ、反響を呼んだ。クラウド会計ツールを提供し、記帳業務の自動化をセールスポイントにする当社にも、その解説を求める講演依頼が後を絶たない。
技術が仕事を奪っていった歴史は、電話交換手や、馬車の事例でよく語られる。今回の場合にはAI(人工知能)という、まるで人間の代替物が浮上してきたことで、24時間働き続ける人造人間がでてくるような喩え方が新しい。しかし、少し考えれば、人造人間が奪う仕事が、なぜ士業のものに限定されるのかという謎に気づく。
このような謎が生まれてしまった理由は、これら論調が形成される元となった、2013年に発表されたフレイ=オズボーン論文が日本に紹介された過程にある。
同論文の原題は「THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?」、和訳すると「雇用の将来:コンピューター化により雇用はどれだけ脅かされるか」であり、コンピューターによる自動化を通じて、米国の702業種の業務のうちどれほどが自動化されるかを順位付けた内容となる。だが重要なのは、それは人工知能を正面から取り上げたものではなく、単純なロボット化・自動化を含めた影響分析であることだ。
ただ、士業の仕事が奪われるという文脈が付けられたのは、同論文において失われる仕事の上位10種に、納税準備の業務や、データ入力業務が含められたためである。原典も読まず、士業の実務を知らない人間から見れば、「ああ、それでAIが士業の仕事を奪うのだな」という理解が行われてもおかしくはない。
だが、現場を少しでも知る人にとって、考え方は全く異なるのではないだろうか。
税務の現場では、もちろん帳簿データにおける税務判断や、税務申告といった、まさに有資格者でしか行えない業務が存在する。ただし、実際に顧客満足の源泉となっているのは、既に発生した経営状況を会計資料や税務手続きとして対応することにあるのではなく、これからの会社の意思決定に影響を与える点にあるのではないだろうか。過去の企業の成功・失敗事例を元に、経営者が陥りそうな悪い判断を事前に察知したり、経営資源の活用改善を促すことが「先生」と言われる所以ではないだろうか。
この5年ほどの人工知能ブームは、コンピューターが学習を行う過程で「ディープラーニング」と呼ばれる手法が大きな分析の改善をもたらしたことに端を発する。もっとも、前述の論文において示唆される、なくなる仕事の特徴は、実はディープラーニングを必要としない、より初歩的な自動化ツールによるものである。具体的には、税法や仕訳のあり方といった、既に何らかの答えが行政や会社単位で存在しているものに対して、適切な質問文を投げ込めば、従来と同じ答えが導かれる、というものである。
仕訳の記帳のような、質問文を入れる方法が、これまでは手入力で行われる場合には、その際に同時に科目の判断までを行うことが業務上は効率的であった。しかし、銀行やクレジットカード、電子マネーなどの利用明細がインターネット上で入手可能となっている現在は、入力自体を自動化し、付随する判断も自動化することが合理的な作業方法となる。入力作業の自動化自体は真新しいものではないが、クラウド化やキャッシュレス化によって、様々なデータをすぐに活用できる環境が整った中、飛躍的にルールに則った記帳業務を自動化することの旨味が発生してきた。この動きは更に、今後の数年間で大きく前進する可能性がある。
その可能性を象徴するのが、政府が2017年に未来投資戦略において設定した4つの領域の目標数値である。
1つ目は主要な銀行における銀行のAPI開放であり、銀行の入出金データを会計・財務ソフトがタイムリーに取得し、リアルタイムな帳簿付けを可能としていくものである。2つ目はキャッシュレス比率の倍増であり、小口現金による支出はなくなり、経費用の電子マネーやクレジットカードを支給される未来はすぐそこにある。3つ目は中小企業におけるクラウドサービスの活用推進であり、これによって士業は単なる入力・操作の業務から、経営判断の支援へと仕事の比重が移ることとなる。そして最後が現金サイクルの高速化であり、請求回収サイクルを情報技術を駆使して短期化し、資金繰りの悩みを抜本的に変えることを企図している。
これらそれぞれの要因はどれも、バックオフィスという「会社が会社であるための手続き」のために費やす時間から、会社の本分でもある、商品やサービスを通じて顧客の満足に向けて振り向けることを可能とするものだ。士業の仕事も、そのバックオフィスの負担を減らすことに一役買いながらも、究極的には顧客満足の資源配分を補佐することに、シフトしていくものとなる。
フレイ=オズボーン論文に話を戻したい。同論文では、コンピューター化によって奪われない上位の仕事も示している。最もなくならないのは「治療に向けたセラピスト」である。手術前や入院中における精神的なケアは、患者が心の安定を保ち、ひいては免疫力にも影響する大事な仕事である。仮に手術が一定の確率で失敗する、といった真実があったとしても、それを受け容れるような会話は、高度化した人工知能であっても対応することは困難であろう。
同じようなことは、経営者の意思決定についても言えないだろうか。
経営者も、孤独な一人の個人である。そのような人に対しての、多面的な支えとなることが、AI時代に変容を遂げた士業の姿といえるのではないか。
(了)
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