公開日: 2018/03/01 (掲載号:No.258)
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AIで士業は変わるか? 【第4回】「AIで不動産鑑定士の業界はどうなるか」

筆者: 芳賀 則人

カテゴリ:

AI

士業変わるか?

【第4回】

「AIで不動産鑑定士の業界はどうなるか」

 

株式会社東京アプレイザル 代表取締役
不動産鑑定士 芳賀 則人

 

AIの進化による影響の前に、まず、「不動産鑑定士は何をやっているか」を知っていただく必要があります。

不動産鑑定士にとって最もと言っていいほど重要な業務として、地価公示法に基づく地価公示価格(毎年1月1日付けの評価額が公示される)の鑑定評価があります。

この業務に全ての不動産鑑定士が携わっているわけではありませんが、全国で約3,200人の鑑定士が行っている業務です(筆者も昭和58年~平成25年度まで公示価格の評価員でした)。

この公示価格が相続税評価の元になる路線価(公示価格の80%程度に設定)と固定資産税評価(公示価格の70%に設定)の大元を担っていることは周知の通りです。

公示価格は国土交通省より毎年3月20日頃に発表されますので、国がエイヤッと決めたかのように見えますが、実は公示地点を毎年毎年、不動産鑑定士が周辺の取引事例を収集・選択・分析して、対象不動産である公示地の鑑定評価を行っているのです。

公示地は更地(土地上に何も建っていない)であり、整形な土地を条件とします。ですから、鑑定評価の類型としては基本的な案件であり、難易度は高くありません。

しかし、1公示地点の評価において取引事例を5か所程度集めそれとの要因比較により公示価格を算定するのですが、1年前との時点修正率をどのように判断するのかが、やや難しい判断を必要とします。この取引事例が昨年度のものと比べて明らかに高ければ変動率はプラスになりますし、低ければマイナスになります。

この判断は人間でやっているのが現状です。

また、先ほど「要因の比較をする」と述べましたが、次の4つの要因があります。

 交通接近条件(駅への距離)

 街路条件(道路幅員)

 環境条件(雰囲気等)

 行政条件(用途地域や容積率)

これらが鑑定評価において最も重要で基本です。

この4つの項目のうち筆者がいつも悩むのは、の環境条件です。他の3つは全て定量化(数値化)できますが、環境条件は人によって価値観が違うのと同様に、その地域の雰囲気とか居住性を数値化することを求められますので、この判断は極めて難しいと思っています。

つまり、人間の感性(この感性が人によって違うので困ります)に頼っているのが、現状の鑑定評価なのです。

また、商業地域はもっと複雑です。駅からの距離が50m、いや10m違うだけで、また、道路1本違うだけで人の流れが大きく異なることがあります。それだけで価格が倍になったり半分になったりします。

ただし、商業地域はそのビルの家賃が分かれば収益性が判断できます。収益価格が評価を決める大きなポイントであることは論を待たないでしょう。しかし、利回りも未だに不動産鑑定士の判断によるところが大きいのです。

ここで、今までの論についてAI化が可能かどうか考えてみます。

まずは取引事例の分析です。ただし、今のところ全ての売買取引を事例化する仕組みが確立されていません。国土交通省により取引当事者に「その値段はいくらだったか」をアンケ―ト方式によりお願いベースで聞くに止まっています。

このため、公示地1ポイントごとに比較可能なものはせいぜい10件ぐらいの事例しかなく、AIを使うほどのデータがそろっていないのが実情です。AIを使うには、すべての取引当事者に強制的に価格を提示させて、データベース化することが必要です。個人情報保護法との兼ね合いで、ここがネックになると思います。

逆にいうと、取引事例、例えば市区町村ごとに何千件単位の数がそろい、環境条件を町や丁ごとに数値化させ、さらに個別的な要因の格差付けを決めておけば、大いに可能性が出てきます。これは相続税の路線価評価も固定資産税評価も同様です。あくまでも筆者の感覚ですが、5年後には公示地のAI化が進んでいる気がします。

また、先に述べた収益価格を決める最も重要な還元利回りも、多くのデータベース(物件によってかなり異なるのでデータ化が困難かも)が必要になりますので、容易ではありません。

しかし、一般の鑑定評価において標準的な土地の鑑定は、それほど頻度が高くありません。特に郊外地主層が所有する土地は(元々の農地が切り売りされたり、道路や公園に取られたり、ハウスメーカーの言うままに建てたり等)、相続において相続人の間で分割する上でも難しい判断が求められる、かなり個性豊かな土地が多いのが実態です。

さらに、会社(中小企業や同族法人)所有地の場合、権利関係が複雑なケースが多いのが特徴です。親会社・子会社・社長親族共有などでぐちゃぐちゃな状態です。

つまり、公示地のような典型的な更地や標準的な土地は少ないのです。

いわば、個性の塊のような土地を持っている人々にとって、単なる土地評価をすれば良いわけではなく、人との関係性の中において土地評価の位置づけがあるということです。

分かりやすく言うと、コンサルタント的な要素が土地評価に組み込まれないと、そのお客様の役には立たないということです。

少し大げさですが、「人の心の中に土地評価がある」のかもしれません。

これは不動産鑑定の世界だけではないと思われます。建築の世界でも不動産の売買仲介の世界でも、生命保険の世界でも、その人の生活事情や資産背景などが大きく関わってきます。ただし、機械的な計算や判断で済む分野等、AIに任せることは今後どんどん進歩するでしょう。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

AI

士業変わるか?

【第4回】

「AIで不動産鑑定士の業界はどうなるか」

 

株式会社東京アプレイザル 代表取締役
不動産鑑定士 芳賀 則人

 

AIの進化による影響の前に、まず、「不動産鑑定士は何をやっているか」を知っていただく必要があります。

不動産鑑定士にとって最もと言っていいほど重要な業務として、地価公示法に基づく地価公示価格(毎年1月1日付けの評価額が公示される)の鑑定評価があります。

この業務に全ての不動産鑑定士が携わっているわけではありませんが、全国で約3,200人の鑑定士が行っている業務です(筆者も昭和58年~平成25年度まで公示価格の評価員でした)。

この公示価格が相続税評価の元になる路線価(公示価格の80%程度に設定)と固定資産税評価(公示価格の70%に設定)の大元を担っていることは周知の通りです。

公示価格は国土交通省より毎年3月20日頃に発表されますので、国がエイヤッと決めたかのように見えますが、実は公示地点を毎年毎年、不動産鑑定士が周辺の取引事例を収集・選択・分析して、対象不動産である公示地の鑑定評価を行っているのです。

公示地は更地(土地上に何も建っていない)であり、整形な土地を条件とします。ですから、鑑定評価の類型としては基本的な案件であり、難易度は高くありません。

しかし、1公示地点の評価において取引事例を5か所程度集めそれとの要因比較により公示価格を算定するのですが、1年前との時点修正率をどのように判断するのかが、やや難しい判断を必要とします。この取引事例が昨年度のものと比べて明らかに高ければ変動率はプラスになりますし、低ければマイナスになります。

この判断は人間でやっているのが現状です。

また、先ほど「要因の比較をする」と述べましたが、次の4つの要因があります。

 交通接近条件(駅への距離)

 街路条件(道路幅員)

 環境条件(雰囲気等)

 行政条件(用途地域や容積率)

これらが鑑定評価において最も重要で基本です。

この4つの項目のうち筆者がいつも悩むのは、の環境条件です。他の3つは全て定量化(数値化)できますが、環境条件は人によって価値観が違うのと同様に、その地域の雰囲気とか居住性を数値化することを求められますので、この判断は極めて難しいと思っています。

つまり、人間の感性(この感性が人によって違うので困ります)に頼っているのが、現状の鑑定評価なのです。

また、商業地域はもっと複雑です。駅からの距離が50m、いや10m違うだけで、また、道路1本違うだけで人の流れが大きく異なることがあります。それだけで価格が倍になったり半分になったりします。

ただし、商業地域はそのビルの家賃が分かれば収益性が判断できます。収益価格が評価を決める大きなポイントであることは論を待たないでしょう。しかし、利回りも未だに不動産鑑定士の判断によるところが大きいのです。

ここで、今までの論についてAI化が可能かどうか考えてみます。

まずは取引事例の分析です。ただし、今のところ全ての売買取引を事例化する仕組みが確立されていません。国土交通省により取引当事者に「その値段はいくらだったか」をアンケ―ト方式によりお願いベースで聞くに止まっています。

このため、公示地1ポイントごとに比較可能なものはせいぜい10件ぐらいの事例しかなく、AIを使うほどのデータがそろっていないのが実情です。AIを使うには、すべての取引当事者に強制的に価格を提示させて、データベース化することが必要です。個人情報保護法との兼ね合いで、ここがネックになると思います。

逆にいうと、取引事例、例えば市区町村ごとに何千件単位の数がそろい、環境条件を町や丁ごとに数値化させ、さらに個別的な要因の格差付けを決めておけば、大いに可能性が出てきます。これは相続税の路線価評価も固定資産税評価も同様です。あくまでも筆者の感覚ですが、5年後には公示地のAI化が進んでいる気がします。

また、先に述べた収益価格を決める最も重要な還元利回りも、多くのデータベース(物件によってかなり異なるのでデータ化が困難かも)が必要になりますので、容易ではありません。

しかし、一般の鑑定評価において標準的な土地の鑑定は、それほど頻度が高くありません。特に郊外地主層が所有する土地は(元々の農地が切り売りされたり、道路や公園に取られたり、ハウスメーカーの言うままに建てたり等)、相続において相続人の間で分割する上でも難しい判断が求められる、かなり個性豊かな土地が多いのが実態です。

さらに、会社(中小企業や同族法人)所有地の場合、権利関係が複雑なケースが多いのが特徴です。親会社・子会社・社長親族共有などでぐちゃぐちゃな状態です。

つまり、公示地のような典型的な更地や標準的な土地は少ないのです。

いわば、個性の塊のような土地を持っている人々にとって、単なる土地評価をすれば良いわけではなく、人との関係性の中において土地評価の位置づけがあるということです。

分かりやすく言うと、コンサルタント的な要素が土地評価に組み込まれないと、そのお客様の役には立たないということです。

少し大げさですが、「人の心の中に土地評価がある」のかもしれません。

これは不動産鑑定の世界だけではないと思われます。建築の世界でも不動産の売買仲介の世界でも、生命保険の世界でも、その人の生活事情や資産背景などが大きく関わってきます。ただし、機械的な計算や判断で済む分野等、AIに任せることは今後どんどん進歩するでしょう。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

連載目次

AIで士業は変わるか?
(全20回)

  • 【第7回】 デジタルで実現する未来の会計監査
    加藤信彦(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ 統括責任者、公認会計士)
    小形康博(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ、公認会計士)

筆者紹介

芳賀 則人

(はが・のりひと)

不動産鑑定士
株式会社 東京アプレイザル 代表取締役
一般社団法人 相続知識検定協会 代表理事
一般社団法人 事業承継検定協会 理事
50歳になったら相続学校 東京本校 校長

税理士・公認会計士とのネットワークを推進して、現在1,000会計事務所と鑑定業務に関し提携契約を結び、相続における鑑定評価を中心に業務を展開。延べ参加人数12,000人を超える実績の実務セミナーを主催し、講演、執筆など幅広く活躍中。

【経歴等】
1953年 北海道留萌市出身
1975年 神奈川大学法学部卒業
1981年 不動産鑑定士登録(国土交通省第3803号)、東京アプレイザル設立
1983年 国土庁土地鑑定委員会鑑定評価委員嘱
2003年 NPO法人相続アドバイザー協議会 設立 理事長就任
2010年 50歳になったら相続学校 開講
2011年 一般社団法人相続知識検定協会 設立 代表理事就任、50歳になったら相続学校 東京本校 校長就任
2015年 NPO法人相続アドバイザー協議会 特別顧問

【主な著書】
財産評価基本通達の適用で注意したい! 土地評価15パターン」(2017、清文社)
実例でわかる!広大地評価」(2016、清文社)
 

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