公開日: 2018/03/22 (掲載号:No.261)
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AIで士業は変わるか? 【第7回】「デジタルで実現する未来の会計監査」

筆者: 加藤 信彦、小形 康博

カテゴリ:

AI

士業変わるか?

【第7回】

「デジタルで実現する未来の会計監査」

 

新日本有限責任監査法人       
アシュアランス・イノベーション・ラボ
統括責任者 公認会計士  加藤 信彦
公認会計士  小形 康博

 

会計監査はイノベーションの過渡期にある。第3次ブームとも言われるAI(人工知能)の進展と普及、業務の自動化を実現するRPA(robotic process automation)に注目が集まり、監査先企業に限らず筆者ら監査法人にとってもデジタル戦略が重要な経営課題になっている。

本稿では、デジタルを起点に、会計監査の将来像を示してみたい。なお、技術の進展は目覚ましく、あくまで執筆時点における筆者個人の一考察であることをお断りしておく。

 

デジタル情報とアナログ情報

多くのビジネスの現場では、デジタルとアナログが混雑している。

例えば、文章作成ソフトを使用して社内文書を作成し、それを印刷して承認者の上司の捺印をもらう。前半はデジタル情報であったものが、紙にした途端にアナログ情報になる。この場合、会計監査では上司が捺印した紙の資料を提示してもらい、アナログ情報を監査することになる。

ところが、社内イントラネット上で上司の承認が完結されるようペーパーレスが進めば、会計監査ではそのデジタル情報を監査できることになる。もっとも情報がデジタルになることで、情報を保存するサーバの保守やデータへのアクセス管理といった別の内部統制の検証が監査手続として必要になってくる。

監査先企業の子会社や事業部ごとにデータの形式が異なることは珍しいことではないが、今後、形式の整ったデータが揃うことで、監査の範囲を効率的に飛躍的に拡大できる環境が整う。データの標準化は監査法人側に限らず、生産・販売管理、コンプライアンスなど監査先企業においても統合的な経営管理の重要な武器になる。

こうしたデジタル化は、監査先企業とそれを監査する監査法人のニーズが一致するのである。

 

変わりつつある会計士の仕事

会計監査ではこれまで、表計算ソフトを用いて監査先企業から入手した財務データを加工し、経験をもとに異常点を識別していたが、前捌きである大量データ処理に時間を費やすことが多かった。

最近はデータをわかりやすく可視化するソフトウェアが普及し、ある程度のデータ加工はソフトウェアが担ってくれるため、会計士はデータをさまざまな角度から分析する時間に充てることができるようになった。円の大きさや色から視覚的に瞬時にリスクを捉えたり、子会社や商品などデータの並びを自在に変えたりすることで、短時間で様々な角度からの分析が可能となった。

財務データの動きから監査先企業の異常な取引やビジネスの変化を捉え、新たなリスクを識別した場合は早期に監査先企業に伝える。ようやく会計監査の仕事の醍醐味を多く感じることができるようになった。

 

データ・アナリティクス人材の育成

当監査法人が加盟するEYは、昨年11月、EY Badges(バッジ)というデータ・アナリティクスやAIなど最先端技術のスキル取得を後押しする社内資格認定制度を導入した。

ドメイン(専門領域)ごとに「ブロンズ・シルバー・ゴールド・プラチナ」という4段階のレベルを設け、「研修・経験・貢献」の3つの視点からデジタルバッジを付与する。デジタル時代に即し、現在そして将来の会計監査を見据えた人材育成に活用し始めている。

特徴は、AI、RPA、ブロックチェーンといった最先端技術と並ぶもう1つの大きなドメインに、データ・アナリティクスを位置付けた点にある。例えば、データの可視化(data visualization)というサブ・ドメインでは専門研修を受けること、監査で実践した経験、分析結果を生かした業務改善などの貢献の3つを考慮し、デジタルバッジが与えられる。

制度導入から間もなく、日本エリアにおけるバッジ取得者第1号が監査法人で誕生した。

彼女はITとデータ分析を得意とするプロフェッショナルで、実は会計士ではない。

そうしたITリテラシーを備え、新たな領域に挑戦できる人材が、今後の会計監査の重要な戦力になってくるのではないか。

 

大学との連携

データ・アナリティクスは、米国の大学で会計学を学ぶ学生にとって必要不可欠になりつつあるようである。

米国のEYでは現地の大学と連携し、その大学の学生が履修できるデータ・アナリティクスの専門プログラムを設けている。大学に分析ツールと分析データ(架空の企業のもの)を提供し、学生のデータ・アナリティクスのスキル養成を支援している。

非常に実践的なプログラムで、将来を担う会計人材の早期育成にもつながっているようである。

 

AIと会計監査

AIについても少し触れておきたい。AIはデータ・アナリティクスを高度化させる要素技術の1つになる。

当監査法人では、分析に用いるデータを大きくマクロ情報とミクロ情報に区分し、AIの研究と監査業務での実用化を進めている。

まず、当法人では2016年7月より、有価証券報告書などの公開情報(マクロ情報)に機械学習を活用した「不正会計予測モデル」を実用化させ、昨年12月より一部の機能が監査チーム側でも利用可能になった。同業他社と時系列で比較した監査先企業の財務状況や、監査先企業で注目されているキーワードをワードクラウドで可視化するなど、監査現場で活用し始めている。

もう一方のミクロ情報については、昨年11月、監査先企業の会計仕訳データに機械学習を適用し膨大な仕訳データからの異常検知を効率的に行う「AIによる会計仕訳の異常検知アルゴリズム」を実用化させている。

これまでの勘定科目間の相関分析といえば、売上・売掛金・現金といった少数の勘定科目の相関に着目することが多かったが、このアルゴリズムは監査先企業が使用する全ての勘定科目の相関に着目する。実証実験では、約700科目間の相関を分析し、その中から異常な仕訳を識別した例もある。

膨大なデータを解析することに長けたAIの活用によって、効率的に監査範囲を拡大し、会計士に新たな示唆を提供してくれると期待している。

 

未来の会計監査

当監査法人では昨年、少し先の未来の会計監査を描いたイメージ動画を制作した。

監査先企業のシステムからRPAでデータを自動的にインポートし、AIを搭載したデータ分析ツールにより異常が検知されればアラートが発信される。

監査先企業においてもブロックチェーンなど先端デジタル技術の活用が進み、会計監査ではデータ分析などの専門家の関与が不可欠になり、会計士の仕事は異常点を深く分析し、監査先企業とのコミュニケーションがさらに重視される。

高いセキュリティ環境の下で在宅勤務が普及し、プロとしての仕事の醍醐味と柔軟な働き方を両立できるような、より魅力的な職業になっている。

そのような未来の会計監査の姿とプロフェッショナルの将来像を示した。
なお、すでに一部の技術は実用化を進めている。

先端デジタル技術がいかに進展しても、会計監査の主役は人である。

私たちプロフェッショナルが長年の会計監査で培った知見・経験に先端デジタル技術を融合させ、デジタル時代に相応しい高品質な会計監査の実現、そして次世代の監査人の育成に注力していく所存である。

➤➤アシュアランス・イノベーション・ラボ

未来の監査「Smart Audit」実現を目指す研究組織。公認会計士を中心に、コンピュータ・サイエンティストやデータ・サイエンティストらが関与し、AI・RPA・Blockchain・Droneを監査業務に実用化する研究開発を進めている。

開発した監査アプローチ・監査ツールを監査チームに組織的に展開する役割を担うDigital Audit推進部とともに、総勢100名以上の体制で、未来の監査「Smart Audit」実現を目指している。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

AI

士業変わるか?

【第7回】

「デジタルで実現する未来の会計監査」

 

新日本有限責任監査法人       
アシュアランス・イノベーション・ラボ
統括責任者 公認会計士  加藤 信彦
公認会計士  小形 康博

 

会計監査はイノベーションの過渡期にある。第3次ブームとも言われるAI(人工知能)の進展と普及、業務の自動化を実現するRPA(robotic process automation)に注目が集まり、監査先企業に限らず筆者ら監査法人にとってもデジタル戦略が重要な経営課題になっている。

本稿では、デジタルを起点に、会計監査の将来像を示してみたい。なお、技術の進展は目覚ましく、あくまで執筆時点における筆者個人の一考察であることをお断りしておく。

 

デジタル情報とアナログ情報

多くのビジネスの現場では、デジタルとアナログが混雑している。

例えば、文章作成ソフトを使用して社内文書を作成し、それを印刷して承認者の上司の捺印をもらう。前半はデジタル情報であったものが、紙にした途端にアナログ情報になる。この場合、会計監査では上司が捺印した紙の資料を提示してもらい、アナログ情報を監査することになる。

ところが、社内イントラネット上で上司の承認が完結されるようペーパーレスが進めば、会計監査ではそのデジタル情報を監査できることになる。もっとも情報がデジタルになることで、情報を保存するサーバの保守やデータへのアクセス管理といった別の内部統制の検証が監査手続として必要になってくる。

監査先企業の子会社や事業部ごとにデータの形式が異なることは珍しいことではないが、今後、形式の整ったデータが揃うことで、監査の範囲を効率的に飛躍的に拡大できる環境が整う。データの標準化は監査法人側に限らず、生産・販売管理、コンプライアンスなど監査先企業においても統合的な経営管理の重要な武器になる。

こうしたデジタル化は、監査先企業とそれを監査する監査法人のニーズが一致するのである。

 

変わりつつある会計士の仕事

会計監査ではこれまで、表計算ソフトを用いて監査先企業から入手した財務データを加工し、経験をもとに異常点を識別していたが、前捌きである大量データ処理に時間を費やすことが多かった。

最近はデータをわかりやすく可視化するソフトウェアが普及し、ある程度のデータ加工はソフトウェアが担ってくれるため、会計士はデータをさまざまな角度から分析する時間に充てることができるようになった。円の大きさや色から視覚的に瞬時にリスクを捉えたり、子会社や商品などデータの並びを自在に変えたりすることで、短時間で様々な角度からの分析が可能となった。

財務データの動きから監査先企業の異常な取引やビジネスの変化を捉え、新たなリスクを識別した場合は早期に監査先企業に伝える。ようやく会計監査の仕事の醍醐味を多く感じることができるようになった。

 

データ・アナリティクス人材の育成

当監査法人が加盟するEYは、昨年11月、EY Badges(バッジ)というデータ・アナリティクスやAIなど最先端技術のスキル取得を後押しする社内資格認定制度を導入した。

ドメイン(専門領域)ごとに「ブロンズ・シルバー・ゴールド・プラチナ」という4段階のレベルを設け、「研修・経験・貢献」の3つの視点からデジタルバッジを付与する。デジタル時代に即し、現在そして将来の会計監査を見据えた人材育成に活用し始めている。

特徴は、AI、RPA、ブロックチェーンといった最先端技術と並ぶもう1つの大きなドメインに、データ・アナリティクスを位置付けた点にある。例えば、データの可視化(data visualization)というサブ・ドメインでは専門研修を受けること、監査で実践した経験、分析結果を生かした業務改善などの貢献の3つを考慮し、デジタルバッジが与えられる。

制度導入から間もなく、日本エリアにおけるバッジ取得者第1号が監査法人で誕生した。

彼女はITとデータ分析を得意とするプロフェッショナルで、実は会計士ではない。

そうしたITリテラシーを備え、新たな領域に挑戦できる人材が、今後の会計監査の重要な戦力になってくるのではないか。

 

大学との連携

データ・アナリティクスは、米国の大学で会計学を学ぶ学生にとって必要不可欠になりつつあるようである。

米国のEYでは現地の大学と連携し、その大学の学生が履修できるデータ・アナリティクスの専門プログラムを設けている。大学に分析ツールと分析データ(架空の企業のもの)を提供し、学生のデータ・アナリティクスのスキル養成を支援している。

非常に実践的なプログラムで、将来を担う会計人材の早期育成にもつながっているようである。

 

AIと会計監査

AIについても少し触れておきたい。AIはデータ・アナリティクスを高度化させる要素技術の1つになる。

当監査法人では、分析に用いるデータを大きくマクロ情報とミクロ情報に区分し、AIの研究と監査業務での実用化を進めている。

まず、当法人では2016年7月より、有価証券報告書などの公開情報(マクロ情報)に機械学習を活用した「不正会計予測モデル」を実用化させ、昨年12月より一部の機能が監査チーム側でも利用可能になった。同業他社と時系列で比較した監査先企業の財務状況や、監査先企業で注目されているキーワードをワードクラウドで可視化するなど、監査現場で活用し始めている。

もう一方のミクロ情報については、昨年11月、監査先企業の会計仕訳データに機械学習を適用し膨大な仕訳データからの異常検知を効率的に行う「AIによる会計仕訳の異常検知アルゴリズム」を実用化させている。

これまでの勘定科目間の相関分析といえば、売上・売掛金・現金といった少数の勘定科目の相関に着目することが多かったが、このアルゴリズムは監査先企業が使用する全ての勘定科目の相関に着目する。実証実験では、約700科目間の相関を分析し、その中から異常な仕訳を識別した例もある。

膨大なデータを解析することに長けたAIの活用によって、効率的に監査範囲を拡大し、会計士に新たな示唆を提供してくれると期待している。

 

未来の会計監査

当監査法人では昨年、少し先の未来の会計監査を描いたイメージ動画を制作した。

監査先企業のシステムからRPAでデータを自動的にインポートし、AIを搭載したデータ分析ツールにより異常が検知されればアラートが発信される。

監査先企業においてもブロックチェーンなど先端デジタル技術の活用が進み、会計監査ではデータ分析などの専門家の関与が不可欠になり、会計士の仕事は異常点を深く分析し、監査先企業とのコミュニケーションがさらに重視される。

高いセキュリティ環境の下で在宅勤務が普及し、プロとしての仕事の醍醐味と柔軟な働き方を両立できるような、より魅力的な職業になっている。

そのような未来の会計監査の姿とプロフェッショナルの将来像を示した。
なお、すでに一部の技術は実用化を進めている。

先端デジタル技術がいかに進展しても、会計監査の主役は人である。

私たちプロフェッショナルが長年の会計監査で培った知見・経験に先端デジタル技術を融合させ、デジタル時代に相応しい高品質な会計監査の実現、そして次世代の監査人の育成に注力していく所存である。

➤➤アシュアランス・イノベーション・ラボ

未来の監査「Smart Audit」実現を目指す研究組織。公認会計士を中心に、コンピュータ・サイエンティストやデータ・サイエンティストらが関与し、AI・RPA・Blockchain・Droneを監査業務に実用化する研究開発を進めている。

開発した監査アプローチ・監査ツールを監査チームに組織的に展開する役割を担うDigital Audit推進部とともに、総勢100名以上の体制で、未来の監査「Smart Audit」実現を目指している。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

連載目次

AIで士業は変わるか?
(全20回)

  • 【第7回】 デジタルで実現する未来の会計監査
    加藤信彦(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ 統括責任者、公認会計士)
    小形康博(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ、公認会計士)

筆者紹介

加藤 信彦

(かとう・のぶひこ)

新日本有限責任監査法人
Digital Audit推進部長 / アシュアランス・イノベーション・ラボ 統括責任者
公認会計士


小形 康博

(おがた・やすひろ)

新日本有限責任監査法人
Digital Audit推進部 / アシュアランス・イノベーション・ラボ
公認会計士

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