公開日: 2018/06/28 (掲載号:No.274)
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AIで士業は変わるか? 【第20回】「AIの進歩が会計専門家の業務に与える影響」

筆者: 中里 拓哉

カテゴリ:

AI

士業変わるか?

【第20回】
(最終回)

「AIの進歩が会計専門家の業務に与える影響」

 

公認会計士・税理士 中里 拓哉

 

1 AIの目覚ましい進歩

最近の下記の事象を見ると、AIの進歩は目覚ましいことがわかります。

囲碁の世界チャンピオンや将棋の名人がAIに負けました。

放射線画像診断では、AIは人間の認識力を超越しています。

人間の手を借りつつも、AIが「星新一賞」の一次審査に合格しました。

東大合格は無理でも、AIは中堅の大学の合格レベルだそうです。

こうしたことから「シンギュラリティ(この用語は、一般にAIが人知を超える状況として使用されています)の到来」を予言する方もいるようです。しかし、下記のを理由として、「ここ数十年の間は、シンギュラリティは到来しない」というのが専門家の大方の意見のようです。

 

2 AIの限界

AIによる小説や絵画は、多くのデータから見出された規則性に基づく「模倣」であって、創造的なものではありません。画像認識や碁将棋についてもビッグデータを利用した限定した作業に特化した力であって、汎用性があるわけではありません。

またAIには、

「読む」(文書を読解して筆者の意図を把握すること)
「書く」(自らの考えを他人に適切に伝えるために、文章にまとめること)
「聞く」(人の話を聞いて、その人の考えを理解すること)
「話す」(人に理解してもらうように話すこと)

というコミュニケーション力に限界があります。「Siri」や「りんな」、「シャオアイス(Xiaoice)」といったAIを利用した技術は、そのアルゴリズムによって会話が成立しているように見えるだけで、実際に人間の気持ちが通じているわけではありません。

さらにAIは、法的に責任主体にはなれません。仮にAIが人間の理解を超える作業をできるとしても、その責任はAI自身ではなく、そのAIを利用した人間が負うことになります。

 

3 会計・税務・監査とAI

一般に会計は「領収書・請求書」などの証憑書類に基づいて、これを仕訳として起票し、それらが集計して試算表を作成する業務です。また、税務では決算数値に基づいて課税所得・税額を算出し申告書を作成します。さらに監査では、重要な虚偽表示の有無の検証を通じて、一般に公表される財務諸表の適正性について意見を表明します。

こうした専門業務の中で、例えば、証憑を画像認識して自動で仕訳を起票することや、申告書の作成、不規則な入力の有無のチェック・異常な増減の把握等の作業は、既にAIの利用により格段に効率化されています。

一方で、例えば「タクシーの領収書」の入力作業であっても、単純に「交通費」となることもあれば、接待交際のためのタクシーであれば「交際費」とすべきこともあります。また画像を取り込んで自動起票された仕訳であっても、その入力の適切性の検証のためのチェックが必要です。

申告書の作成もある程度の自動化は可能ですが、特例の適用の可否など、機械的に特定の処理を選定できない場合も少なくありません。さらに監査では、経営者の主張が適切に財務諸表に反映されているかを実質的な見地から判断することが求められることもありますから、答が1つに絞られないような厄介な判断を伴うことも想定されます。

 

4 会計専門家の魅力とAIの限界

筆者は、「税理士」という資格は、経営者の右腕として、経営者に助言・勧告する役割を担った「参謀」だと考えます。孤高の経営者が特に「お金に関する問題」について、心を許して相談できる専門家こそが税理士の理想像だと考えます。

また、公認会計士は「保証人」です。「皆さん、ご安心ください。この経営者が財務諸表上で主張していることは正しいですから。」という保証です。この保証を行うには、公認会計士と経営者との間に強い信頼関係が必要です(監査人を騙そうとする経営者の主張の保証など、できるわけはないのです)。

「参謀」にしても「保証人」にしても、その役割を全うするには、経営者との密接なコミュニケーションが必要です。その結果、専門家としての判断について責任を負うことがその専門家の仕事であって、その対価として報酬が支払われるのです。
コミュニケーション力に限界があって、かつ責任主体にもなれないAIは、残念ながらこうした役割を担うことはできないのです。

 

5 AIの進化と会計専門家

「AIが進化すれば会計専門家はいらない」と考える人は、「会計を単純な作業にすぎない」と捉えているのかもしれません。高い報酬を払わずとも「決算書は機械的に作成できる」「申告書なんて誰が作っても同じだ」「監査判断は画一的だ」と考えれば、「AIが全部やってくれるから会計専門家は不要だ」と考えることもできるのでしょう。

もちろん、作業の効率化の観点から、AIが会計専門家の業務に大きな影響を与えることは必至です。
しかし、AIの限界からすれば、AIが会計専門家に完全に代替することはありえません。むしろ、AIが発達すればするほど、「AIに代替できない力」を有する会計専門家の優位性が際立っていくと筆者は考えています。

AIの進化は「作業の効率化」という意味で興味がありますが、それ以上に、「今後、AIの進化によって、会計専門家としていかなる能力が必要となるのか」を自問自答する良い機会とすべきだと考えます。

(連載了)

AI

士業変わるか?

【第20回】
(最終回)

「AIの進歩が会計専門家の業務に与える影響」

 

公認会計士・税理士 中里 拓哉

 

1 AIの目覚ましい進歩

最近の下記の事象を見ると、AIの進歩は目覚ましいことがわかります。

囲碁の世界チャンピオンや将棋の名人がAIに負けました。

放射線画像診断では、AIは人間の認識力を超越しています。

人間の手を借りつつも、AIが「星新一賞」の一次審査に合格しました。

東大合格は無理でも、AIは中堅の大学の合格レベルだそうです。

こうしたことから「シンギュラリティ(この用語は、一般にAIが人知を超える状況として使用されています)の到来」を予言する方もいるようです。しかし、下記のを理由として、「ここ数十年の間は、シンギュラリティは到来しない」というのが専門家の大方の意見のようです。

 

2 AIの限界

AIによる小説や絵画は、多くのデータから見出された規則性に基づく「模倣」であって、創造的なものではありません。画像認識や碁将棋についてもビッグデータを利用した限定した作業に特化した力であって、汎用性があるわけではありません。

またAIには、

「読む」(文書を読解して筆者の意図を把握すること)
「書く」(自らの考えを他人に適切に伝えるために、文章にまとめること)
「聞く」(人の話を聞いて、その人の考えを理解すること)
「話す」(人に理解してもらうように話すこと)

というコミュニケーション力に限界があります。「Siri」や「りんな」、「シャオアイス(Xiaoice)」といったAIを利用した技術は、そのアルゴリズムによって会話が成立しているように見えるだけで、実際に人間の気持ちが通じているわけではありません。

さらにAIは、法的に責任主体にはなれません。仮にAIが人間の理解を超える作業をできるとしても、その責任はAI自身ではなく、そのAIを利用した人間が負うことになります。

 

3 会計・税務・監査とAI

一般に会計は「領収書・請求書」などの証憑書類に基づいて、これを仕訳として起票し、それらが集計して試算表を作成する業務です。また、税務では決算数値に基づいて課税所得・税額を算出し申告書を作成します。さらに監査では、重要な虚偽表示の有無の検証を通じて、一般に公表される財務諸表の適正性について意見を表明します。

こうした専門業務の中で、例えば、証憑を画像認識して自動で仕訳を起票することや、申告書の作成、不規則な入力の有無のチェック・異常な増減の把握等の作業は、既にAIの利用により格段に効率化されています。

一方で、例えば「タクシーの領収書」の入力作業であっても、単純に「交通費」となることもあれば、接待交際のためのタクシーであれば「交際費」とすべきこともあります。また画像を取り込んで自動起票された仕訳であっても、その入力の適切性の検証のためのチェックが必要です。

申告書の作成もある程度の自動化は可能ですが、特例の適用の可否など、機械的に特定の処理を選定できない場合も少なくありません。さらに監査では、経営者の主張が適切に財務諸表に反映されているかを実質的な見地から判断することが求められることもありますから、答が1つに絞られないような厄介な判断を伴うことも想定されます。

 

4 会計専門家の魅力とAIの限界

筆者は、「税理士」という資格は、経営者の右腕として、経営者に助言・勧告する役割を担った「参謀」だと考えます。孤高の経営者が特に「お金に関する問題」について、心を許して相談できる専門家こそが税理士の理想像だと考えます。

また、公認会計士は「保証人」です。「皆さん、ご安心ください。この経営者が財務諸表上で主張していることは正しいですから。」という保証です。この保証を行うには、公認会計士と経営者との間に強い信頼関係が必要です(監査人を騙そうとする経営者の主張の保証など、できるわけはないのです)。

「参謀」にしても「保証人」にしても、その役割を全うするには、経営者との密接なコミュニケーションが必要です。その結果、専門家としての判断について責任を負うことがその専門家の仕事であって、その対価として報酬が支払われるのです。
コミュニケーション力に限界があって、かつ責任主体にもなれないAIは、残念ながらこうした役割を担うことはできないのです。

 

5 AIの進化と会計専門家

「AIが進化すれば会計専門家はいらない」と考える人は、「会計を単純な作業にすぎない」と捉えているのかもしれません。高い報酬を払わずとも「決算書は機械的に作成できる」「申告書なんて誰が作っても同じだ」「監査判断は画一的だ」と考えれば、「AIが全部やってくれるから会計専門家は不要だ」と考えることもできるのでしょう。

もちろん、作業の効率化の観点から、AIが会計専門家の業務に大きな影響を与えることは必至です。
しかし、AIの限界からすれば、AIが会計専門家に完全に代替することはありえません。むしろ、AIが発達すればするほど、「AIに代替できない力」を有する会計専門家の優位性が際立っていくと筆者は考えています。

AIの進化は「作業の効率化」という意味で興味がありますが、それ以上に、「今後、AIの進化によって、会計専門家としていかなる能力が必要となるのか」を自問自答する良い機会とすべきだと考えます。

(連載了)

連載目次

AIで士業は変わるか?
(全20回)

  • 【第7回】 デジタルで実現する未来の会計監査
    加藤信彦(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ 統括責任者、公認会計士)
    小形康博(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ、公認会計士)

筆者紹介

中里 拓哉

(なかざと・たくや)

公認会計士・税理士
中里会計事務所(http://nakazato-cpa.com/

1969年 東京都江戸川区生まれ
1988年 都立両国高校卒業
1992年 早稲田大学教育学部卒業、旧公認会計士2次試験合格
1996年 旧公認会計士三次試験合格、公認会計士登録

【職歴】
安田莊助税理士事務所(現、仰星税理士法人)にて法人・個人の税務業務に従事し、東京赤坂監査法人勤務(現、仰星監査法人)にて金融商品取引法、会社法等の法定監査業務、株式公開支援業務、内部統制構築支援業務に従事した後、中里会計事務所設立。2002年日本公認会計士協会東京会・経営委員会委員長。
現在、中里会計事務所にて、主に中堅・中小規模会社の監査関連業務、会計指導業務、税務業務等を行うと共に、不正事例研究会を主催し、不正の防止・発見策の提言を行う。TAC株式会社及びJAマスターコース、JA内部監査士講習会の他、種々の研修業務にも従事し、ユーモアのある講演で定評がある。

【著書】
「資格ガイドシリーズ 50.公認会計士」(経林書房、2004年9月)
「いまこそなりたい公認会計士」(中央経済社、2009年5月)
「公認会計士試験「監査論セレクト30題」」共著(著者代表)(中央経済社、2013年6月)
「中堅・中小組織の内部監査」共著(白桃書房、2014年10月)
「財務諸表監査の実務(第3版)」共著(著者代表)(中央経済社、2018年3月)
他、会計関連誌への出稿多数

関連書籍

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