AIで
士業は変わるか?
【第1回】
「ITイノベーションがもたらす専門職の役割の変化」
PwCあらた有限責任監査法人
PwCあらた基礎研究所 所長
公認会計士 山口 峰男
Ⅰ はじめに
皆様がお読みになっているこの税務・会計Web情報誌の名称にある「プロフェッション」は、「専門職」を意味する言葉です。人工知能(AI)の活用される今日の情報社会は、同時に知識社会でもあります。監査及び会計の専門家としての公認会計士を含むあらゆる専門職は、社会において知識の管理・活用を任されている「門番(gatekeeper)」と説明されることがあります。
人間は生きていくために必要なあらゆる知識を自分ひとりで頭に詰め込み、活用することはできません。このため、社会は「専門家」と呼ばれる人々に個々の専門領域における知識の管理を任せ、その役割に見合ったある種の特別な地位(たとえば公認会計士という資格)を与えます。
本稿では、時代を超えて必要となる「社会の中で専門知識を行き渡らせ、活用する仕組み」との観点から、社会における門番との専門職の伝統的な役割を念頭に、今後AIを中心とした情報技術(IT)におけるイノベーション、技術革新によりどんな点が変わるのか、また、変わらないのかについて、これから実務の世界に入られようとしている若い世代の方々に、お考えいただくうえでの視点をご提供したいと考えています。また、実務家の方々にもお考えいただくヒントとなればと思います。
なお、ここで記述した見解はあくまでも筆者個人のものであり、所属する組織とは関係がないことを申し添えます。
Ⅱ ITイノベーションにより変わる役割
飛躍的な進歩を遂げたITの活用により、「印刷を基盤とした産業社会」は「テクノロジーを基盤とした情報社会」へと変貌を遂げつつあり、知識の生産や流通のあり方が大きく変わっています。
新しい社会では、知識の門番たる専門家の役割も大きく変わります。
まず、仕事はこと細かなタスクに細分化されます。単独で会計から税務まで、また営利企業から非営利組織、個人まであらゆる専門分野をカバーする、“スーパーマンのような会計士”像は、今日ではほぼ考えられなくなりました。
次に、他の人々に任せることができるものは委託されることとなり、またその一部はより高度に進化した機械により置き換えられます。会計事務所や職業的な専門家団体では、ビッグデータの分析にITを活用するための検討を以前から進めてきています。
さらに、こうしたなかで、知識を生産、流通する新たな手法が生まれます。これまで職業として専門職に携わってきた人も、その中で新たな役割を見出すようになることが求められ、伝統的な手法を引きずっていくとすれば社会の要請にそぐわないこともありうると思います。
たとえば、監査の分野においても、これまでのような母集団から一部を抽出する、試査を前提としたアプローチに限定されず、母集団の全件調査が視野に入ってきています。また、監査の実施時期についても従来のような企業の決算期を繁忙期とし多くの手続を集中して行う考え方に代わり、期中から個別取引を日々監視し検証していく継続監査(continuous auditing)が研究、試行されています。
これらの変化はITイノベーションによって支えられるもので、その恩恵であるデータ分析の高度化は、これからが正念場です。特に監査の領域ではそれを実施する会計士のみによって成り立っているわけではなく、規制動向をも含めた外部環境により大きな影響を受けますので、監査基準の改訂などの対応も求められることとなります。
Ⅲ ITイノベーションによっても変わらない役割
こうした変化にもかかわらず、「社会の中で知識をどのように活用していくか?」「人は社会の中でどのようにして専門知識を伝達しているのか?」との問いは、技術が発展し時代が変われども普遍的なテーマであり、変わることはありません。
すべての専門家は、こうした問いに対する解決策を提供する者として存在します。
ITイノベーションの結果として性能が進化した機械は、思考力をもっていないとしても非常に高いパフォーマンスを備えています。こうした中で「あらゆるタスクを、人間の専門家と同じレベルで行えるようになるだろうか?」「必ず人間が行われなければならないタスクがあるだろうか?」が問題となります。「技術的失業」の可能性という問題です。
監査や会計の知識を具体的に社会でどのように利用していくのか、また、分野ごとに細分化され深度をもつ専門知識や新たな知見についてどのように専門家以外の人々(たとえば被監査企業や投資家等)との間でコミュニケーションしたらよいのかについて、機械が有効な答えを提供するのは難しいと考えられます。
ここに人としてのプロフェッションの意義が認められると考えています。
つまり、『いかにして高性能の機械を活用し、社会に役立つ専門知識や知見を還元していくのか』は、人間のみが解決できる高度な問いであると思います。
すなわち、会計や監査分野において最終的に行う人の判断を正確かつ迅速に行うため、データ分析の専門家としてもITイノベーションの成果を主体的に利用していくことが求められます。
Ⅳ 次の世代に向かって
もっとも、人間による問題解決を遂行するためには、機械についてあるいは技術や理論的背景についてもよく知っていなければなりません。
筆者は現在、監査法人の研究機関において、「次世代における会計及び監査」というテーマに取り組み、最近では特にデータサイエンスからの知見について、昨年日本初のデータサイエンス学部を設立した滋賀大学との基礎研究にも注力しています。
【参考】
◆国立大学法人滋賀大学・PwCあらた有限責任監査法人共同セミナー
「データサイエンスと次世代における会計監査」
今日「AI」という言葉が用いられる場合、統計的機械学習を指していることが多いと思われますが、それらを支える理論的な裏付けは公認会計士試験の選択科目でもある統計学であり、高校数学の知識です。さらにそれらを支えるのは、各科目の試験を通じて公認会計士試験でも試される論理的思考力です。
ITイノベーションの結果としてますます複雑化している資本市場において、公認会計士も新しい動きに対応できるよう、門番として従来からの会計学の領域にとどまらず、さらに広い視野で研鑽していくことが求められています。
【参考文献】
Susskind, R. and Susskind, D “The Future of the Professions How Technology Will Transform the Work of Human Experts” (Oxford University Press, 2015) リチャード・サスカインド、ダニエル・サスカインド(小林啓倫訳)『プロフェッショナルの未来 AI、IoT時代に専門家が生き残る方法』(朝日新聞出版、2017年)
本稿の執筆にあたっては、PwCあらた基礎研究所の専門研究員を委嘱している鳥羽至英先生(国際教養大学)、姚俊先生(明治大学)より懇切丁寧なコメントをいただきました。特に記してここに謝意を表します。
(了)
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