AIで
士業は変わるか?
【第9回】
「AI等のIT環境の変化が監査人・監査業務にもたらす影響」
有限責任監査法人トーマツ
公認会計士 小池 聖一・パウロ
■はじめに
研究機関の報告で、「人工知能やロボット等による代替可能性が高い100種の職業」に会計士が挙げられ、関連報道もあったことから現役の公認会計士の方々が将来に不安を感じているとか、職業の魅力が感じられず受験生が減ったりしないかというような懸念を述べられる方もいらっしゃると聞く。
確かにITの普及に伴う企業の業務変化の影響を我々の業務も受けており、既に手書の仕訳帳を見る機会も減少し、企業から提供される監査関連の資料も紙ではなく電子データになっていることも多い。
前述の情報に対しては既に日本公認会計士協会によるTVや雑誌の取材対応、Web記事やショートビデオの公開など、AIが公認会計士の業務にもたらす影響への説明は行われている。
ここでは、公認会計士の一人として、我々の特徴的な業務である監査業務にIT環境の変化がもたらす影響について考えてみたい。なお、本稿は執筆者の私見であり、所属組織の見解とは関係ないことをご理解頂きたい。
■IT環境の変化の監査への影響
AI関係の連載への寄稿ではあるが、AIを包含するIT環境から話を進めたい。
監査業務は企業の財務報告やそれに関連する内部統制など、企業が作成したものを保証するための業務である。そのため、会社の業務やそこで利用されている道具や媒体の変化とともに会計士の業務は変化を続けている。
現在はIT環境の進歩により、多くの企業が業務にITを導入している。そして大量のデータを高速かつ正確に処理するというITの特徴を活かし、定型データを反復継続して扱うような単純作業を人手から代替し、処理の信頼性と効率性を高めている。さらに、複数のデータや条件を総合し情報を絞り込むことにより、人間の判断業務の前工程作業の軽減が促進されている。
このような環境では、コンピュータを全く操作できない方だと企業との資料の授受すら障壁と感じられるかもしれないが、ITの導入は企業だけでなく監査人にも効率化や品質の高度化につながるメリットを感じる局面がある。ちょうどフードプロセッサを導入したレストランでは、下ごしらえの時間が短縮されシェフはより高度で重要な調理作業に時間を割くことが可能になった状況に似ているように思える。
このようなIT環境の変化や、監査への初期的なIT導入は、従前は会社が提供した資料や明細書を電卓で検算するような、必要だが手間のかかる作業をコンピュータで再計算したり、経験豊富な監査人が付箋片手に複数の書類を見ながら属人的な能力で異常取引を発見していたのが、データ全体のソートやフィルタリング、全体像の可視化といったコンピュータにより作業対象を大幅に絞り込むなどの、「下ごしらえ」には大いに役立っている。そして下ごしらえ的な監査手続から解放された時間を、顧客の年齢や好みに対応した味付けや焼き加減を微調整するような、より高度で専門的な判断や分析に費やすことが可能となる。
このような状況は、監査人の仕事がコンピュータに代替されたというよりも、環境の変化に適した監査手続とリソースの再配分の変化であろう。
■AI等の新技術の普及について
企業が反復継続する業務の単純な処理ロジックにITを利用している段階では、監査人は当該処理プログラムの仕様やパラメータの確認、他のコンピュータで同じ処理プログラムを構築して再実施するなどの方法により、企業の処理内容の正確性を検証することは可能であり、適切な監査証拠を入手するための監査手続は計画できる。
しかしながら、本格的にAIが導入された企業のIT環境では何が生じることになるのだろうか。AI(人工知能)、機械学習、ディープラーニング等、専門家が厳密な定義をしているが、いずれにせよ人間が予め設定した基準に従うのではなく、コンピュータが入手した情報を基礎に統計的な処理を行い、その処理結果に基づく判断・処理の基準を創り出すような利用方法が普及する可能性がある。
例えば売上債権に対する貸倒引当金の見積もり金額の計算は、自社の貸倒実績率のような内部データにとどまらず、与信先の信用調査情報やインターネットで公開されている業界の指標などの数値も用いて導き出すことも考えられる。このような状況では、AIの学習に使われるデータ自体の信頼性が確保されない場合、不適切な判断基準が設けられるリスクについても対応が必要となろう。
監査人が刻々と変化するビッグデータを参照したAIの判断結果を、監査証拠としてどのように検証するかは大きな課題となろう。その一方で、監査人も不正事例等のデータベースを構築し、不正の兆候をプログラムを利用して把握するようなアイディアもある。ただし、そのような分析に役立つ情報の収集には、守秘義務という監査の根幹に関わる観点からの慎重な議論が必要になるであろう。
■これからの監査人について
このように企業がITを活用している中での監査環境に対して、IAASB(国際監査・保証基準審議会)からは「データに焦点を当てた監査に、分析技術の探求」というテーマで、データ分析を監査手続としてどのように取り入れるかという議論が始まっている。
既に多くの監査業務で監査人は企業データを利用する機会が増えており、それらを統計的に分析し、適切な結論を導くために統計的な知識やロジカルシンキングなどが基礎的な素養として重要性を増しているし、監査に利用するデータが作成されるプロセスについてより深い知見が求められている。
特にIT環境下ではデータの正確な作成の阻害要因こそが大きなリスクとなるため、企業の情報システムに対して、プログラムのロジックの適切性や、情報セキュリティについてもプログラムの設定値や詳細なアクセスコントロールの検証も必須である。このようなITに関する分野でも適切な計画を策定し、専門家からの報告を理解するレベルの基礎知識は必要であろう。
このような状況では、AIの普及は監査人に求められる知見の変化や「働き方」には影響を持つものの、業務の代替が直ちに生じるかは疑問な部分があるし、「機械的に」監査が実施され、評価される状況が到来するとすれば、それは人がコンピュータに裁かれるような意味合いを持つことになるかもしれない。
また、企業が利用する情報が企業独自による作成・保管から、例えばブロックチェーンにシフトするような状況となった場合には、会計記録や監査に構造変革が生じる可能性がある。ブロックチェーンの情報を監査証拠として扱うための方法については喫緊の課題となるが、その反面、記録の偽造が困難になるため、監査人が会計情報の正確性を評価する必要性や監査の社会的意義に変化が生じるかもしれない。
■終わりに
日本に公認会計士制度が出来てから70年、我々の先人は企業の環境変化に常に対峙し、新たな知見と経験を蓄積するのと同時に学ばぬ者は淘汰されてきた。今回のIT環境の変化についても、AIという1つの技術に会計士が仕事を奪われるというよりも、ダーウィンの進化論的に監査環境に応じて変化する監査人だけが生き残るという状況なのかもしれない。
(了)
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