公開日: 2018/06/07 (掲載号:No.271)
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AIで士業は変わるか? 【第17回】「AIの実用化で公認会計士の財務諸表監査は消滅するのか」

筆者: 阿部 光成

カテゴリ:

AI

士業変わるか?

【第17回】

「AIの実用化で公認会計士の財務諸表監査は消滅するのか」

 

公認会計士 阿部 光成

 

Ⅰ はじめに

AIの開発には目覚ましいものがあり、近い将来、公認会計士による財務諸表監査にも大きな影響を及ぼすことが予想される。

果たしてAIが「不正会計」の発見に有用なものか、あるいは効率的・効果的に財務諸表監査を実施するに際しての救世主となるのか、今のところ予断を許さない。公認会計士も、M&Aなどを含む会計に関連する幅広い業務を行っていることから、AIの活用場面は何も財務諸表監査に限られるものではない。

本稿では、財務諸表監査が公認会計士に独占的に認められている基本的な業務であることに着目し、AIの実用化により(財務諸表監査を担う)公認会計士という職業が消滅するのではないかとする世間に流布する見解について、思いつくままに述べてみたい。

 

Ⅱ 財務諸表監査とAI

1 AIを用いた内部統制の構築

公認会計士の行う財務諸表監査は、会社が適切な内部統制を構築していることを前提として成り立っている。会社が構築する内部統制にAIを組み込むことにより、不正な報告あるいは資産の流用の隠蔽などに関する危険に対処することができ、また、領収書や請求書などの取引の証憑から、直接、コンピュータシステムによる画像処理によって会計上の仕訳を行うようにすれば、人間の手入力による入力ミスなどは起こらないようにできるであろうし、さらに会計上の仕訳入力の前段階で、AIによって、取引の異常性をチェックできるようにすれば、不正な取引を早期に発見することも可能であろう。

このように、会社側がAIを組み込んだ内部統制によってすべての取引に対してチェックできる体制を構築するとなれば、公認会計士の財務諸表監査におけるサンプリングは、ほとんど意味のないものとなるであろう。

こうした状況を迎えた場合、会社としては、AIを用いた内部統制の構築を実行できる人材を求めることになるであろう。その際、その人が公認会計士である必要はない。必要となるのは資格ではなく、能力である。

2 財務諸表の作成責任と監査

適切な財務諸表を作成する責任は、会社の経営者にある。公認会計士の行う財務諸表監査の目的は、経営者の作成した当該財務諸表に対して監査人が意見を表明することにあり、財務諸表の作成に対する経営者の責任と、当該財務諸表の適正表示に関する意見表明に対する監査人の責任とは区別される。これを二重責任の原則という(「監査基準の改訂について」(平成14年1月25日、企業会計審議会)三、1(1))。

AIが実用化され、会社において、財務諸表作成に関連する適切な会計基準等の調査・検討を十分に行える情報をもてば、公認会計士のそれと比較して遜色のないものとなるであろう。また、会社側でAIを活用し、事例検索を行えばよいので、あえて公認会計士に意見を求める必要もない。

では、会社が公認会計士に期待するものは何か。それは会計基準等に関する深い洞察や、会計学の観点からの「会計専門家」としての見解となろう。となれば、AIは、そのような「会計専門家」にとって有力なツールとなり、それを活用して的確なアドバイスを会社に行える公認会計士が生き残るのかもしれない。

ところで、過去を振り返ってみると、「監査基準の設定について」(昭和31年12月25日、大蔵省企業会計審議会中間報告)では、監査は、相当の専門的能力と実務上の経験とを備えた監査人にして初めて有効適切に行いうること、また、高度の人格を有し、公正なる判断を下しうる立場にある監査人にして初めて、依頼人は信頼してこれを委任することができると述べられている。

未来を語る前に、自身がこのような監査人であるかどうかを改めて問うてみてはどうか。

 

Ⅲ 財務諸表監査を担う公認会計士は残るだろう

前述のように、会社において、AIを活用した内部統制を構築し、また、財務諸表作成に関連する適切な会計基準等の情報をもつようになれば、財務諸表監査を行う公認会計士の役割は縮小し、巷間言われるように、公認会計士という職業が消滅することになるのだろうか。

結論からいうと、筆者は、AIが実用化されても公認会計士による財務諸表監査は残ると考えている。ただし、それは財務諸表監査が失敗したときに、責任を取るべき存在としてである。

確かに、財務諸表の作成責任は会社の経営者にあるし、不正な報告はあってはならないものであるが、それでも虚偽記載のある財務諸表が全くなくなるとは思えないし、また、会社が適切な会計基準等の適用を誤ってしまうことも考えられる。

誤った財務諸表が作成され公表されてしまったときに、誰かが責任を負わなければならない。責任を負うのは、AIを含む機械ではなく、人間である。

誤った財務諸表の作成・公表に関する責任は、第一義的には会社の経営者であるが、財務諸表監査を実施した公認会計士も、財務諸表の適正表示に関する意見表明に対する責任を負うのである。

AIがどれほど有用なツールであったとしても、財務諸表の適正表示に関して最終的に判断するのは人間であることに変わりない。そして、財務諸表監査においては公認会計士に責任が帰着する。

このように、公認会計士は、財務諸表監査に関する責任を取るために存在しなければならない以上、消滅しないということになる。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

AI

士業変わるか?

【第17回】

「AIの実用化で公認会計士の財務諸表監査は消滅するのか」

 

公認会計士 阿部 光成

 

Ⅰ はじめに

AIの開発には目覚ましいものがあり、近い将来、公認会計士による財務諸表監査にも大きな影響を及ぼすことが予想される。

果たしてAIが「不正会計」の発見に有用なものか、あるいは効率的・効果的に財務諸表監査を実施するに際しての救世主となるのか、今のところ予断を許さない。公認会計士も、M&Aなどを含む会計に関連する幅広い業務を行っていることから、AIの活用場面は何も財務諸表監査に限られるものではない。

本稿では、財務諸表監査が公認会計士に独占的に認められている基本的な業務であることに着目し、AIの実用化により(財務諸表監査を担う)公認会計士という職業が消滅するのではないかとする世間に流布する見解について、思いつくままに述べてみたい。

 

Ⅱ 財務諸表監査とAI

1 AIを用いた内部統制の構築

公認会計士の行う財務諸表監査は、会社が適切な内部統制を構築していることを前提として成り立っている。会社が構築する内部統制にAIを組み込むことにより、不正な報告あるいは資産の流用の隠蔽などに関する危険に対処することができ、また、領収書や請求書などの取引の証憑から、直接、コンピュータシステムによる画像処理によって会計上の仕訳を行うようにすれば、人間の手入力による入力ミスなどは起こらないようにできるであろうし、さらに会計上の仕訳入力の前段階で、AIによって、取引の異常性をチェックできるようにすれば、不正な取引を早期に発見することも可能であろう。

このように、会社側がAIを組み込んだ内部統制によってすべての取引に対してチェックできる体制を構築するとなれば、公認会計士の財務諸表監査におけるサンプリングは、ほとんど意味のないものとなるであろう。

こうした状況を迎えた場合、会社としては、AIを用いた内部統制の構築を実行できる人材を求めることになるであろう。その際、その人が公認会計士である必要はない。必要となるのは資格ではなく、能力である。

2 財務諸表の作成責任と監査

適切な財務諸表を作成する責任は、会社の経営者にある。公認会計士の行う財務諸表監査の目的は、経営者の作成した当該財務諸表に対して監査人が意見を表明することにあり、財務諸表の作成に対する経営者の責任と、当該財務諸表の適正表示に関する意見表明に対する監査人の責任とは区別される。これを二重責任の原則という(「監査基準の改訂について」(平成14年1月25日、企業会計審議会)三、1(1))。

AIが実用化され、会社において、財務諸表作成に関連する適切な会計基準等の調査・検討を十分に行える情報をもてば、公認会計士のそれと比較して遜色のないものとなるであろう。また、会社側でAIを活用し、事例検索を行えばよいので、あえて公認会計士に意見を求める必要もない。

では、会社が公認会計士に期待するものは何か。それは会計基準等に関する深い洞察や、会計学の観点からの「会計専門家」としての見解となろう。となれば、AIは、そのような「会計専門家」にとって有力なツールとなり、それを活用して的確なアドバイスを会社に行える公認会計士が生き残るのかもしれない。

ところで、過去を振り返ってみると、「監査基準の設定について」(昭和31年12月25日、大蔵省企業会計審議会中間報告)では、監査は、相当の専門的能力と実務上の経験とを備えた監査人にして初めて有効適切に行いうること、また、高度の人格を有し、公正なる判断を下しうる立場にある監査人にして初めて、依頼人は信頼してこれを委任することができると述べられている。

未来を語る前に、自身がこのような監査人であるかどうかを改めて問うてみてはどうか。

 

Ⅲ 財務諸表監査を担う公認会計士は残るだろう

前述のように、会社において、AIを活用した内部統制を構築し、また、財務諸表作成に関連する適切な会計基準等の情報をもつようになれば、財務諸表監査を行う公認会計士の役割は縮小し、巷間言われるように、公認会計士という職業が消滅することになるのだろうか。

結論からいうと、筆者は、AIが実用化されても公認会計士による財務諸表監査は残ると考えている。ただし、それは財務諸表監査が失敗したときに、責任を取るべき存在としてである。

確かに、財務諸表の作成責任は会社の経営者にあるし、不正な報告はあってはならないものであるが、それでも虚偽記載のある財務諸表が全くなくなるとは思えないし、また、会社が適切な会計基準等の適用を誤ってしまうことも考えられる。

誤った財務諸表が作成され公表されてしまったときに、誰かが責任を負わなければならない。責任を負うのは、AIを含む機械ではなく、人間である。

誤った財務諸表の作成・公表に関する責任は、第一義的には会社の経営者であるが、財務諸表監査を実施した公認会計士も、財務諸表の適正表示に関する意見表明に対する責任を負うのである。

AIがどれほど有用なツールであったとしても、財務諸表の適正表示に関して最終的に判断するのは人間であることに変わりない。そして、財務諸表監査においては公認会計士に責任が帰着する。

このように、公認会計士は、財務諸表監査に関する責任を取るために存在しなければならない以上、消滅しないということになる。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

連載目次

AIで士業は変わるか?
(全20回)

  • 【第7回】 デジタルで実現する未来の会計監査
    加藤信彦(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ 統括責任者、公認会計士)
    小形康博(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ、公認会計士)

筆者紹介

阿部 光成

(あべ・みつまさ)

公認会計士
中央大学商学部卒業。阿部公認会計士事務所。

現在、豊富な知識・情報力を活かし、コンサルティング業のほか各種実務セミナー講師を務める。
企業会計基準委員会会社法対応専門委員会専門委員、日本公認会計士協会連結範囲専門委員会専門委員長、比較情報検討専門委員会専門委員長を歴任。

主な著書に、『新会計基準の実務』(編著、中央経済社)、『企業会計における時価決定の実務』(共著、清文社)、『新しい事業報告・計算書類―経団連ひな型を参考に―〔全訂第2版〕』(編著、商事法務)がある。

関連書籍

「おかしな数字」をパッと見抜く会計術

公認会計士 山岡信一郎 著

生産性向上のための建設業バックオフィスDX

一般財団法人 建設産業経理研究機構 編

適時開示からみた監査法人の交代理由

公認会計士 鈴木広樹 著

CSVの “超” 活用術

税理士・中小企業診断士 上野一也 著

不正・誤謬を見抜く実証手続と監査実務

EY新日本有限責任監査法人 編

税理士との対話で導く 会社業務の電子化と電子帳簿保存法

税理士 上西左大信 監修 公認会計士・税理士 田淵正信 編著 公認会計士 藤田立雄 共著 税理士 山野展弘 共著 公認会計士・税理士 大谷泰史 共著 公認会計士・税理士 圓尾紀憲 共著 公認会計士・税理士 久保 亮 共著

令和4年 税理士法改正 徹底解説

日本税理士会連合会 監修近畿税理士会制度部 編著

不正会計リスクにどう立ち向かうか!

公認会計士・公認不正検査士 宇澤亜弓 著

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