Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第8回】 「〔第1表の1〕医療法人の出資の評価方法」 税理士 柴田 健次 Q 同族関係者でない甲と乙が下記の通り、医療法人(出資額限度法人以外の持分ありの医療法人)の出資をしている場合において、乙に相続が発生した場合には、乙の相続人が承継する医療法人の出資の評価金額はいくらになるのでしょうか。 乙の相続人は乙の長男のみであり、乙の長男は医療法人の出資者たる地位を承継するものとします。 【医療法人の株主と出資状況】 社員は上記の6名であり、乙の相続発生に伴い医療法人の社員は5名になります。 【医療法人の株式価額】 医療法人は、小会社に該当するものとします。仮に配当還元価額を適用した場合には1株当たりの価額は0円になります。 A 乙の相続人である長男が承継する医療法人の出資の評価は15,000,000円(@15円×1,000,000口)となります。 ◆ ◆ ◆ ① 株主判定 医療法人は配当がなく、配当還元方式による評価はなじまないため、原則的評価方式のみで評価されます(評価通達194-2)。 また、医療法人の議決権は、社員が1人1議決権を所有しており、相続後の乙の長男の議決権保有割合は20%(1/5)、反対に甲一族の議決権割合は80%(4/5)となりますが、医療法人は議決権割合に関係なく原則的評価方式が適用されることになりますので、下記の通り第1表の1における議決権数や議決権割合、株主判定の記載は不要となります。 【第1表の1の記載例】(抜粋) ※クリックすると別ページで拡大表示されます。 ② 第5表における80%の斟酌の適用の可否 納税義務者の属する同族関係者グループの議決権割合が50%以下である場合には、支配力の格差を考慮して80%の斟酌が認められています(評価通達185ただし書)。ただし、医療法人は上述の通り、1人1議決権とされており、支配力の格差を考慮する必要がないことから、80%の斟酌は不要とされています(評価通達194-2)。 したがって、1株当たりの純資産価額は16円(20円×80%)ではなく、20円となることに留意する必要があります。 ③ 株式価額 上記①及び②により医療法人の1株当たりの出資の価額は、15円(10円×0.5+20円×0.5)となります。 ☆実務上のポイント☆ 医療法人の場合には、常に原則的評価方式が採用されますので、株主判定は不要となります。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q58】 「航空機リース事業に係る投資損失の取扱い」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 航空機をリースした場合の所得区分 航空機の貸付けによる所得は、事業所得に該当する場合を除き、不動産所得に区分されます。 不動産所得の金額は、その年中の不動産所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とされ、具体的には、航空機のリースに係る賃貸料収入等の収入金額から、当該航空機に係る減価償却費や、これを取得する際の借入金の利子、損害保険料等の必要経費を控除して計算されます。 賃貸料収入等が減少し、不動産所得の金額の計算上損失の額が生じた場合には、事業所得、給与所得等の他の所得の金額から控除し(損益通算)、なお控除しきれない部分の金額(純損失の金額)は翌年以降3年間の繰越控除が認められています。 2 任意組合を通じて投資した場合の課税関係 任意組合を通じて航空機をリースする場合、税務上は当該任意組合の各組合員が直接航空機を保有し、これをリースするものとして取り扱われますので、当該各組合員が分配を受ける組合損益は、原則として、不動産所得として取り扱うこととなります。 ただし、任意組合を通じて稼得する所得が不動産所得であり、かつ、当該任意組合の事業から損失が生じた場合には、特例的な取扱いがあるため注意が必要です。つまり、任意組合の組合員が特定組合員に該当する場合、当該任意組合に係る事業から生じた不動産所得の損失の金額は、生じなかったものとみなされます。したがって、上記1の取扱いと異なり、損益通算の対象とはなりません。また、他の黒字の不動産所得から控除することもできません。 ここで、特定組合員とは、組合事業に係る重要な財産の処分若しくは譲受け又は組合事業に係る多額の借財に関する業務の執行の決定に関与し、かつ、当該業務のうち契約を締結するための交渉その他の重要な部分を自ら執行する組合員以外のものをいうこととされています。一般に、航空機リース事業を目的として組成される任意組合に出資する組合員は、これに該当するものと考えられます。 3 本件へのあてはめ 直接航空機を保有して賃貸する場合も、任意組合を通じて投資する場合も、航空機リースの賃貸に係る所得は、所得税法上、不動産所得として取り扱われる点については同様ですが、航空機リース事業から損失が生じた場合の取扱いには差異があります。 つまり、直接航空機を保有して賃貸する場合には損益通算や純損失の繰越控除の適用があるのに対して、任意組合を通じて投資する場合には、特定組合員に該当すると、損失は生じなかったものとみなされます。 任意組合を通じた投資は、出資金を拠出することで投資を小口化することを目的として組成されますが、組合員の組合事業に対する関与方法によっては、課税所得計算における損失の計上に制約がありますので、注意が必要です。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第62回】 「デラウェア州LPS事件」 ~最判平成27年7月17日(民集69巻5号1253頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第103回】 株式会社ジェイホールディングス 「第三者委員会調査報告書(2020年4月28日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【第三者委員会の概要】 【株式会社ジェイホールディングスの概要】 株式会社ジェイホールディングス(以下「JH社」と略称する)は、1993(平成5)年1月に「株式会社イザット」として設立。その後、数次の商号変更を経て、2011(平成23)年7月、現社名に変更したうえで、持株会社体制へ移行。「スポーツ事業」「不動産事業」及び「Web事業」を展開する連結子会社5社でグループを構成している。売上高1,501百万円、経常損失287百万円、従業員数29人(いずれも2019年12月期連結実績)。資本金1,000百万円(2019年5月減資)。JASDAQ(スタンダード)上場。本店所在地は東京都港区。会計監査人はHLB Meisei有限責任監査法人(2020年1月17日付で一時会計監査人就任)。前任の会計監査人はRSM清和監査法人。 売上計上の妥当性等が問題となった連結子会社、株式会社シナジー・コンサルティング(以下「SC社」と略称する)は、2011(平成23)年2月、株式会社ジェイコンストラクションとして設立され、2013年1月、現社名に商号変更。不動産を手段とした資産形成、資産運用のための不動産販売業務並びに不動産の有効活用、購入、売却のコンサルティング業務を行っている。 【調査報告書の概要】 第三者委員会が、調査対象取引を精査したところ、真正売買契約に全く関与していないもの、仲介手数料を収受することができない取引に売買契約書等を偽造するなどしたもの、真正売買を偽るため売買契約及び媒介契約を仮装したもの、見込み計上し事後的に実態と合致しなくなったもの等を確認した。 第三者委員会は、調査の結果、SC社は、JH社の連結子会社の中でも多額の収益を計上していたため、SC社代表取締役甲氏(以下「甲氏」と略称する)は、早期に売上を計上するため、また、中間省略登記において中間者への登記の省略が可能であることを利用し、架空の仲介手数料を計上させるため、契約当事者の偽造した印鑑をもって売買契約及び媒介契約等を仮装し売上計上させた上、甲氏又はJH社代表取締役社長上野真司氏(報告書上では「乙氏」。以下、上野社長という)と関係の深いb社やc社をして、振込名義人を同契約当事者に替えて、仲介手数料等の振込を行っていたものであることを確認した。 1 調査対象事実 第三者委員会は、不正の類型を4つに分け、指摘事項をまとめている。 2 原因(最終報告書31ページ以下) 第三者委員会は、本件不正は、株式会社の業務に関する裁判上及び裁判外の行為を する権限を一手に有する代表取締役自身(SC社の甲氏のことを意味しているものと思料する)によってなされたものであり、問題事象の大半は、架空の売買契約書や仲介契約書を作成して仲介手数料を取得し、もって収益があったように装ったもので、このような行為は露骨な違法行為を前提としたというべきである上、単なる粉飾決算に止まるものではなく、2年余と長期にわたっていることをも併せ考慮すれば、これが公開会社としての親会社の一般株主に与える信頼を喪失させるばかりか自社の存立の基盤すら揺るがしかねない事態と考えられると断罪したうえで、原因を以下のように分析している。 JH社の利益の大半はSC社に依存しているにもかかわらず、第三者委員会の調査によれば、役員には、SC社の取引の問題点を解明しようとの意識は極めて低かったということである。例えば、役員の中には、同一の仲介依頼会社が再三登場することや取引件数が多いことについて、SC社の取締役でかつJH社の代表取締役である上野社長に対し問い質すなどをしなかったと供述し、その理由につき明確な説明をしない者が存在し、第三者委員会は、こうした態度はいうまでもなく、会社に対する忠実義務違反ひいては取締役の相互監視義務違反の誹りを免れないと批判している。 3 再発防止に関する提言(最終報告書33ページ以下) 第三者委員会がまとめた再発防止に関する提言は大きく2点、(1)コンプライアンス意識の見直しと、(2)コーポレートガバナンスの強化、である。それぞれ概要をまとめておく。 (1) コンプライアンス意識の見直し 第三者委員会は、本件不正が、JH社が目指すコンプライアンス志向に真っ向から対立する事象であると評したうえで、競争の厳しい不動産業界にあって利益至上主義に支配されること自体は、咎められるものではないとしながら、追及すべき利益は正当なものでなければならず、このままでは、JH社は、このような取引通念に反する理念を是とする風潮があるのではないかと評されても致し方ないと断じた。 そのうえで、このような不名誉な烙印を押されるような事態を、今後、二度と起こさないようにするためには、役員はじめ使用人等は改めてJH社が制定したコンプライアンス・マニュアルを熟読玩味し自分自身のこととして考えなければならないとしている。 (2) コーポレートガバナンスの強化 第三者委員会は、SC社は、JH社の1子会社とはいえ、親会社にとってその収益の大半を占める重要な役割を果たしているにもかかわらず、その業務の実体について代表取締役以外親会社の役員の関心が極めて薄い感が拭えないと評価している。 そのうえで、企業の不祥事を防ぎ確固たる経営監視に資するべきコーポレートガバナンスとの観点に照らして、親会社の役員陣がこのような意識の低さに終始するのであれば、当該企業群の健全な発展は覚束ないといっても過言でないことから、この事件を機に、親会社自体はもとより、各子会社の業務の実情をガラス張りにして、それぞれにおける問題点を洗い出し、もって健全な企業運営に資すべきであると提言している。 最後に、第三者委員会は、「これを可能にするものは、各役員の積極的前向きな意欲である」として提言を締め括っている。 【調査報告書の特徴】 上場持株会社が債務超過による上場廃止を避けるために連結子会社で不正な売上計上を行うというパターンの会計不正は、古くから繰り返されてきた。本件では、訂正前の2018年12月期有価証券報告書を基に計算すると、連結売上高の約86%を占める不動産事業を営む中核子会社において4億円を超える架空売上が計上されており、子会社の取締役を兼務する親会社の代表取締役社長の関与もあったと、第三者委員会は認定した。 訂正前の2018年12月期有価証券報告書では、連結売上高は前年比60%の減少で、連結経常利益こそ25百万円を計上していたものの、連結営業キャッシュフローは296百万円のマイナスと明らかに異常点を感じさせる財務状態となっていた。 第三者委員会調査報告書には、JH社代表取締役及びSC社代表取締役が、どのような動機でこうした架空売上を計上したのか、架空売上を隠蔽するため、売掛債権の回収をどのように偽装していたのか、納得できる説明の記載がなく、中途半端な印象与える調査結果の公表となっている。 1 会計監査人の異動 JH社は、第三者委員会の設置を公表した同日、「会計監査人の異動及び一時会計監査人の選任に関するお知らせ」を公表し、RSM清和監査法人から辞任の申し出があったことを理由に、一時会計監査人としてHLB Meisei有限責任監査法人を選任したことを公表した。 会計不正事件において、調査結果が判明してから会計監査人が異動する例は少なくないが、第三者委員会が調査に取りかかるのと時を同じくして辞任に合意するという例はあまり見聞しない。 2 取締役の異動 JH社では、第三者委員会による調査が進行中の3月30日に定時株主総会が行われ、取締役の選任が行われている。また、株主総会後には取締役会も開催されて、代表取締役の異動も公表されているため、2018年12月期有価証券報告書提出後の取締役の変遷について、まとめておきたい。 〈株式会社ジェイホールディングス 取締役構成の変遷〉 〇2018年12月期有価証券報告書 (注) 取締役副社長Ronald Sidharta氏は、2020年3月3日辞任。 〇2020年定時株主総会による選任 (注) 取締役上野真司氏は、2020年5月12日辞任。 3 SC社の譲渡 5月19日、JH社は、「投資用不動産の販売事業、仲介事業からの撤退及び子会社株式の譲渡(子会社の異動)に関するお知らせ」を公表した。この中で、JH社は、調査報告書における指摘及び提言を踏まえた再発防止策の策定及び実施並びに事業内容の抜本的改革による当社事業の再生及び企業価値の向上を喫緊かつ最重要の経営課題として取り組んでいるとしたうえで、新たに代表取締役に就任した眞野定也が、長らく金融事業に従事してきたことから、限られた経営資源を金融関連事業に集中させ、他方、不動産事業については撤退することとしたとその理由を説明している。 なお、SC社の譲渡先は、JH社前代表取締役社長で、SC社の取締役である上野氏個人であり、譲渡価額は1円とされている。譲渡価額については、第三者委員会からの指摘を踏まえSC社の2017年12月期及び2018年12月期の決算を過年度修正した後は債務超過になることから、譲渡価額を1円と決定したと説明されている。 4 元代表取締役らに対する責任追及 過年度決算の訂正発表後の6月30日、JH社は、「当社元代表取締役らに対する責任の追及に関するお知らせ」を公表して、元代表取締役上野真司氏及びSC社元代表取締役の両氏について、第三者委員会より、今般の不祥事の発生にかかる責任があるという認定を受けたことから、法律顧問に相談、検討した結果、刑事民事の双方において必要な法律手続きを執り行うことが適当であると判断したことを説明している。 5 東京証券取引所による改善報告書の徴求及び公表措置 7月31日、東京証券取引所は、JH社に対して、「改善報告書の徴求及び公表措置」を公表した。以下に、公表された理由を引用する(一部省略)。 また、公表措置に先立つ6月16日、東京証券取引所は、同日、JH社が提出した有価証券報告書の連結貸借対照表において、事業年度の末日(2019年12月31日)に債務超過の状態であることが確認されたため、2020年1月1日から同年12月31日までの期間上場廃止に係る猶予期間とすることを公表している。 (了)
税効果会計を学ぶ 【第10回】 「将来の課税所得の見積り等の留意点」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、繰延税金資産の回収可能性の判断に関して、将来の課税所得の見積り、解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異の取扱いなどに関する留意点について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 将来の課税所得の見積り 1 将来の課税所得の見積方法 繰延税金資産の回収可能性の判断に際して、合理的な仮定に基づく業績予測によって、将来の課税所得又は税務上の欠損金を見積ることになる(回収可能性適用指針32項、96項)。 具体的な方法としては、適切な権限を有する機関の承認を得た業績予測の前提となった数値を、経営環境等の企業の外部要因に関する情報や企業が用いている内部の情報(過去における中長期計画の達成状況、予算やその修正資料、業績評価の基礎データ、売上見込み、取締役会資料を含む)と整合的に修正し、課税所得又は税務上の欠損金を見積ることになる。 従来、「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」(監査委員会報告第66号)では、将来の業績予測は、事業計画や経営計画又は予算編成の一部等その呼称は問わないが、原則として、取締役会や常務会等の承認を得たものが必要であると規定されていた(5、(3))。 企業会計基準適用指針公開草案第54号「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(案)」に対するコメントへの対応では、原則として、取締役会等の承認を得た業績予測であることを明記することが適当との意見があったが、回収可能性適用指針では、コメントを踏まえて、回収可能性適用指針32項及び34項の記載に、適切な権限を有する機関の承認が必要である旨を追加しているとしている(コメント対応(94))。 2 金融庁の有価証券報告書レビュー 「平成31年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項」(令和2年3月27日、金融庁企画市場局)では、次のように記載されているので、実務上、留意が必要である(37ページ)。 会計上の見積り項目の会計処理に用いる業績予測は、合理的で説明可能な仮定及び予測に基づいて見積る必要がある(固定資産の減損に係る会計基準二4.(1)等)。 その際、以下のとおり、事業計画等の前提となった数値を必要に応じて修正する点に留意する。 Ⅲ 解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異の取扱い 退職給付引当金や建物の減価償却超過額に係る将来減算一時差異のように、スケジューリングの結果、その解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異は、企業が継続する限り、長期にわたるが将来解消され、将来の税金負担額を軽減する効果を有することから、これらの将来減算一時差異に関しては、回収可能性適用指針15項から32項に従って判断した分類に応じて、次のように取り扱う(回収可能性適用指針35項、102項)。 Ⅳ 固定資産の減損損失に係る将来減算一時差異の取扱い 固定資産の減損損失に係る将来減算一時差異の解消見込年度のスケジューリングは、償却資産と非償却資産ではその性格が異なるため、次のように取り扱う(回収可能性適用指針36項、105項)。 Ⅴ 役員退職慰労引当金に係る将来減算一時差異の取扱い 役員退職慰労引当金に係る将来減算一時差異は、役員在任期間の実績や社内規程等に基づいて役員の退任時期を合理的に見込む方法等によりスケジューリングが行われている場合は、スケジューリングの結果に基づいて繰延税金資産の回収可能性を判断する(回収可能性適用指針37項。13項ただし書き)。 スケジューリングが行われていない場合は、役員退職慰労引当金に係る将来減算一時差異は、スケジューリング不能な将来減算一時差異として取り扱う。 なお、(分類2)に該当する企業においては、当該スケジューリング不能な将来減算一時差異に係る繰延税金資産について、回収可能性適用指針21項ただし書きに従って回収可能性を判断する(回収可能性適用指針37項、106項)。 (了)
賃金請求権の消滅時効変更に伴う 未払残業代等の企業対応 弁護士 鈴木 郁子 1 はじめに 2020年4月1日から、民法の改正にあわせ、賃金請求権の消滅時効が2年から5年(当分の間3年)に変更されたので、本稿では、法改正の内容を紹介し、企業が検討しなければならない実務的対応について論じたい。 2 法改正の経緯 2017年5月に成立した改正民法においては、短期消滅時効が廃止された。 旧民法においては、債権の消滅時効は原則として10年(旧民法167条1項)とされる一方、債権の種類によっては異なる時効が定められていた。そして、使用人の給料にかかる債権については、権利関係の早期確定の見地から、短期消滅時効として消滅時効が1年とされていたが、労働者保護の観点から、特別法である労働基準法の115条で、賃金・災害補償・その他の請求権の時効は2年、退職手当については5年とされていた。 しかしながら、改正民法においては、短期消滅時効が廃止され、債権の種類にかかわらず一律に、消滅時効は、①債権者が権利を行使できることを知った時(主観的起算点)から5年、②権利を行使しうるとき(客観的起算点)から10年、のいずれか早いほうとされることとなった(改正民法166条)。 そうすると、労働者保護の観点から時効期間を民法より長くした労働基準法(2年)より、改正民法(5年)の定める時効の方が時効期間が長くなってしまい、矛盾が生ずることになる。そこで、2020年4月の改正民法の施行にあわせ、労働基準法が改正されたのである。 3 改正労働基準法の内容 (1) 概要 改正労働基準法の内容は以下のとおりである。 賃金請求権、災害補償請求権、その他の請求権のうち、賃金請求権については、将来にわたり消滅時効を2年のまま維持する合理性は乏しく、民法改正にあわせ、他の債権と同様に時効期間が5年とされたが、企業に与える影響に鑑み、「当分の間」は3年とされた。「当分の間」とは、少なくとも改正法施行後5年間は続く予定である(令2労働基準法の一部を改正する法律附則3条)。 そして、賃金請求権の時効期間の延長にあわせ、付加金と記録保存期間も延長された。 付加金とは、解雇予告手当、休業手当、割増賃金、年次有給休暇中の賃金の支払義務違反に対する一種の制裁として、裁判所が使用者に対して最大で未払額と同額の支払を命じることができるものであり、裁判所が裁量により支払義務違反に至った状況等の一切の事情を考慮して、付加金の有無や額を決定することになる。 (2) 施行日 改正労働基準法の施行日は、改正民法と同じく2020年4月1日である。 新しい消滅時効期間は、雇用契約の締結時期を問わず、同日以降に支払期日が到来する賃金請求権に適用される。例えば、末日締め、翌月25日払いの時効の適用関係は以下のとおりとなる。 (3) 時効の中断 従来、時効を中断しようとすれば、使用者の債務の承認のない場合には、労働者は催告をし、使用者との協議が継続中であっても、催告後6ヶ月以内に訴訟や労働審判の提起等を行う必要があった。 改正民法では、当事者間において権利についての協議を行う旨の合意が書面又は電磁的記録によりされた場合には、時効の完成が猶予されるとされた点に留意が必要である(改正民法151条)。 4 企業に与える影響 (1) 未払賃金と未払残業代リスクの増大 時効期間延長が影響する場面としては、未払賃金・手当の請求、残業代請求、降格・降給等が無効である場合の賃金の差額請求などがあるが、この中で実務上の影響が一番大きいものが残業代請求である。なお、未払残業代のリスクは、単に企業の支払義務の存否だけでなく、M&Aのデューデリジェンスにおいても重要なチェック項目であるため、M&Aの成否にも結果的に影響を与えることにもなる。 そして、時効期間が2年から当分の間3年となることにより、企業としては、未払残業代のリスクを、最大、未払残業代と付加金各2年、計4年と見込めばよかったものに対し、各3年計6年を見込む必要がでてきた。 また、実務上、残業代紛争は長期化することが多いため、それ以外に発生する遅延損害金も無視できないが、時効期間が延長した分、遅延損害金も多額となる。なお、遅延損害金は、改正民法により、2020年4月1日以降は、年5%の商事法定利息が廃止され年3%(その後3年ごとの変動制)となったが(改正民法404条)、従来どおり、退職日以降の遅延損害金については、賃金の支払の確保等に関する法律6条1項が適用され、年14.6%(同法施行令1条)の請求が可能である点に留意が必要である。 (2) 時間管理の見直しの必要性 残業代を支給している企業であれば、今回の時効期間延長は一見無関係なように思える。しかしながら、実務上、残業代が完全に無支給である場合は少なく、むしろ、残業代の計算方法、労働時間の管理体制、残業代の支給の仕組みに不備があり、企業の自覚なく、結果的に未払残業代が発生することが多い。代表的なものは、以下のとおりである。 そうすると、企業としては、時効期間が延長となる中で、未払残業代のリスクを低減させるには、(ⅰ)そもそも残業をさせない方向に舵を切るか、(ⅱ)自社の労働時間管理体制を完全なものにするしかない。しかしながら、(ⅰ)には限度がある。 そして、(ⅱ)の労働時間管理体制に不備があるということは、未払残業代のリスクが1名だけではなく対象従業員の全員に及ぶことを意味する。時効期間が2年のもとでさえ、1名の未払残業代が数百万円単位、1,000万円を超えることも珍しくないのであって、時効期間が延長となる中での未払残業代は、数千万円単位、企業規模によっては億単位となることが容易に想定され、会社の経営に致命的な影響を与えかねない。そうであったとしても、未払残業代の支払義務は免責されるものではない。労働時間管理体制の不備による未払残業代リスクはあまりにも大きいのである。 筆者の感覚では、労働時間管理、残業代の支給状況について、問題がない会社の方が少ない。働き方改革に加え、今回の賃金請求の時効期間の延長の法改正を契機に、一度、会社の労働時間管理、残業代の支給状況について、コンプライアンス上問題がないか見直すことを強くお勧めしたい。 (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第5回】 「事実調査における証拠の収集と事情聴取の留意点」 弁護士 柳田 忍 ハラスメント事件のおそれが発覚した場合、会社として、まずは事実調査を行うべきである。 本稿においては、事実調査のポイントを解説する。 1 物的証拠の収集 ハラスメントの事実調査の方法には、物的証拠の収集と関係者の事情聴取を通じた人的証拠の収集とがある。 ハラスメントの物的証拠としては、被害を申告した者(以下「被害者」という)と加害者とされた者(以下「加害者」という)の間のやりとりを記したメールやLINE等のSNS、録音データ等が挙げられる。加害者から被害者宛のメール等に記載されたメッセージがハラスメントに該当する場合もあるし、被害者から加害者宛のメッセージが有力な物的証拠となる場合もある(例えば、社員間の性的関係がセクハラによるものか、単なる社内恋愛かを判断する際に、被害者から加害者へのメッセージも参考になる)。 2 事情聴取を通じた人的証拠の収集 (1) 一般的な留意点 まず、事情聴取の担当者(聴取者)につき、事案や当事者に関して利害関係を有しないことを確認すべきである。また、後に、聴取対象者から、「事情聴取における供述は圧迫的な状況において強要されたものであり真意に基づくものではない」などと言われることを避けるため、聴取者は2人以内とするのがよいと思われる。 例えばセクハラなど、一般的に被害者と同性の聴取者が対応することが望ましい場合があるが、マタハラに関しては女性同士であっても立場等により考え方が様々であるので、聴取者の選定は慎重に行うべきである。 事情聴取の対象については、被害者と加害者に加え、場合によっては目撃者等、ハラスメントの事実を知っている可能性のある者(以下「目撃者等」という)も対象とすべきである。目撃者等が複数いる場合、どこまでを事情聴取の対象にするかについては、聴取対象者が増えることにより事実認定の精度が上がるというメリットと当該ハラスメント事件にかかる情報漏えいのリスクの増加を比較衡量して判断すべきである。 また、事情聴取を実施する順番は、一般的には被害者 ⇒ 目撃者等 ⇒ 加害者の順番が妥当であるが、被害者と加害者の話を聞いて争点を整理したうえで目撃者等の話を聞いた方が事案の解明に資する場合もあるため、事情聴取を進めながら臨機応変に対応するのがよい。 (2) 事情聴取対象者ごとの留意点 ① 被害者に対する事情聴取 まず、被害者に対しては、ハラスメント行為が行われた日時、場所、態様等を確認すべきであるが、ハラスメント事件においては、具体的な発言内容、加害者の声のトーン、表情、被害者の反応等も重要な判断材料となるので、これらについても聴取すべきである。 被害者への事情聴取に際して最も重要なことは、聴取結果を加害者等に開示することについて被害者の承諾を得ることである。具体的には、被害者に対して大要以下のとおり説明したうえで、聴取結果を開示する可能性のある対象者を具体的に特定して、開示を承諾するか否かを確認すべきである。 なお、被害者が開示を承諾しないことのみをもって調査を打ち切った場合、当該ハラスメント事件につき会社の責任が問われる可能性がある(国立大学法人金沢大学元教授ほか事件・金沢地判平成29・3・30労判1165号21頁において、会社がハラスメントの被害者が会社による調査に協力しなかったことを理由に会社は当該ハラスメントにつき法的責任を負わないと主張したが、裁判所はこれを排斥した)。 よって、事情聴取結果の開示につき被害者の承諾が得られなくても、物的証拠による事実認定の可否を検証したり、加害者に対してオープンクエスチョン(※)の形で聴取を試みたりするなどして、可能な限り調査を実施すべきである。 (※) 二者択一の質問を避け、話し手に自由に回答できる聞き方をすること。 ② 目撃者等に対する事情聴取 目撃者等に対しても、被害者に対する事情聴取と同様、聴取結果の開示について承諾を得るべきである。また、目撃者等に対して当該ハラスメント事件や事情聴取の存在及び内容等を開示しないよう命ずるべきである。 目撃者等に対する事情聴取においては被害者に対する聴取結果の確認を行うことになるが、当該目撃者等の供述の信用性を確認することも重要である。当該目撃者等が被害者や加害者と利害関係を有する場合、当該目撃者等が被害者や加害者に有利又は不利な虚偽の供述を行わないとも限らない。よって、目撃者等に対する事情聴取においては、当該目撃者等自身と被害者や加害者との関係や、他の目撃者等と被害者や加害者との関係についても確認すべきである。 ③ 加害者に対する事情聴取 加害者に対しては、当該ハラスメント事件や事情聴取の存在及び内容等を開示しないよう命ずること、並びに、被害者や目撃者等に対する報復は厳に禁じられており、報復行為を行った場合は懲戒処分の対象となりうることを告げることが重要である。 加害者の供述と被害者の言い分が一致しない場合や、加害者が不合理・不誠実な供述を行った場合、加害者の「自白」を求めて聴取者が加害者を怒鳴りつけたり詰問したりするケースが見受けられるが、このような言動はそれ自体がパワハラに該当しうるのみならず、聴取者が感情的になることにより却って加害者に余裕を与えることになりかねない。よって、聴取者は冷静な対応を心がけるべきである。 3 事情聴取に関する実務上の問題点~録音の可否 事情聴取に関して実務上よく問題となるのは、①事情聴取対象者から事情聴取を録音をしたい旨の要請を受けた場合、これを承諾しなければならないか、及び、②会社側(事情聴取側)が聴取対象者に秘密で事情聴取を録音してよいか、である。 ①について、聴取者側はかかる要請を受け入れるか否かを自由に決めることができる。ハラスメント事件が発生したことは会社の信用にかかわる情報であることや事情聴取においては当該聴取対象者以外の従業員の個人情報やプライバシーに関する情報が話題になることを理由に録音等を禁止することも可能である。もっとも、仮に聴取対象者が録音を禁じる業務命令に違反して秘密裏に録音を行ったとしても、その目的に相当性が認められることもあろうことから、懲戒処分の軽重にもよるが、録音したことのみを理由に懲戒処分を行うことが難しい場合もあるのではないかと思われる。 一方、②については、録音内容の開示等がなされた場合は別として、録音を行ったに留まる場合は法的な問題にはならないのではないかと思われる。 (了)
〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第8回】 「電子契約のメリット・デメリットと導入時の注意点」 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 枝廣 恭子 〔質 問〕 新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、当社でも、テレワーク(在宅勤務)制度を採り入れて出社回数や出社人数を減らし、取引先との会議にもweb会議を導入しております。在宅で業務ができる体制も整いつつあり、業務の効率化が図られています。 一方で、契約を締結する業務は、契約書を印刷・押印して郵送する作業や、送られてきた契約書を受け取ったりする作業のために、社員がその都度出社する必要があり、不便さを感じます。 そこで、この機会に電子契約の導入を検討したいのですが、どのようなメリットやデメリットがあり、また、導入する際にどのような点に注意すればよいのでしょうか。 〔回 答〕 ➤メリットとしては、①原本のやり取りや押印が不要なので、契約締結手続を簡易迅速に進められること、②電子文書をサーバー上で保管するので、物理的な保管スペースが不要になり、管理も容易になること、③印紙税を節減できることがあげられます。 ➤デメリットとして、①電子契約を使用することに取引先の理解を得るのが困難な場合があること、②紙の契約書の保管が必要な場面もあり、また、過去の契約書も残るので、電子契約と書面契約が混在してかえって業務が煩雑になることが考えられます。したがって、導入後の業務フローを十分に検討し、対応可能な体制を構築した上で導入することが重要です。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 電子契約とは (1) 電子契約と書面契約 「電子契約」とは、電子ファイルをインターネットや専用回線を用いて交換して電子署名を施すことで契約を締結し、企業のサーバーやクラウドストレージなどに電子データを保管しておく契約の方式である。紙の契約書を作成して各当事者が押印した上で、各自が原本を保有する書面契約と対比される概念である。 (2) 電子署名及びタイムスタンプ 書面契約の場合、押印(又は署名及び押印)することで契約締結を証明する効力が生じるが、電子契約の場合は押印や署名に代わって、「電子署名」と「タイムスタンプ」を用いて契約締結の効力を証明する。 「電子署名」とは、コンピューターの暗号技術を用いた公開鍵暗号システムであり、電子署名及び認証業務に関する法律(電子署名法。平成13年4月1日施行)により、電子署名に手書きの署名や押印と同等の法的効力が認められる。 すなわち、電子署名は、当該電子文書が署名者本人によって作成されたこと、及び署名時点から電子文書が改ざんされていないことを証明する役割を持つ。電子署名が真正なものであることの証明は「電子証明書」により行う。これは、書面契約の場合の印鑑証明書の役割を果たす(電子署名や押印の効力の詳細については、次回以降に譲る)。 また、電子契約では、電子署名をした時刻が残るが、端末の設定を変えることでその時刻は自由に変え得るので、それだけでは契約成立の日時を証明するものとならない。そこで、「タイムスタンプ」を用いる。タイムスタンプとは、第三者機関により電子データに対して正確な日時情報を付与し、その時点での電子データの存在証明と非改ざん証明を行う仕組みあるいはその技術をいう。タイムスタンプにより、その時刻に当該電子文書が存在し、その時刻以降に改ざんされていないことを証明できる。 2 電子契約のメリット 電子契約の場合、締結する際に原本を郵送でやり取りしたり、あるいは対面で押印したりする作業が不要であり、オンラインでやりとりができるので、迅速かつ簡易に契約締結手続ができる。また、契約書は契約が有効な期間は原本を保管するのが一般的であり、一定の期間保管することを法令上義務付けられる契約書もある。 そうすると、保管するスペースの確保とその管理が必要となるが、電子契約の場合は電子文書をサーバーに保管しておくことから、物理的なスペースは必要ない。さらに、サーバーにある電子文書の中から容易に検索や閲覧をすることが可能であり、税務調査や監査などの契約の確認が必要な場面でも迅速に対応でき、契約の管理業務の手間を減らせるメリットがある。 また、書面契約の場合、原本をどこに保管しているのか、あるいは誰が使っているのか、個々の契約締結の状況がどうなっているのかを一元的に把握することは難しい。人的要因や自然災害等により契約書が紛失、毀損するリスクも避けられない。この点、電子契約の場合、電子文書をサーバー上で保管するので、一元的に管理できるし、セキュリティーを強化しておくことで、保管の際の滅失・毀損等のリスクは限りなくゼロにできるので、業務効率化に加えてコンプライアンスの強化にもつながる。 そして、紙の契約書は課税対象であり印紙を貼付する必要があるが、電子契約は課税対象とならないため、印紙税の節減効果がある。したがって、書面のやり取りにかかる時間やコストを減らせることと合わせて、契約締結のコストの削減に資するといえる。 3 電子契約を導入・運用する際のデメリット及び注意点 (1) 電子契約によることの理解を得る必要がある 電子契約は、関連する法律の整備により徐々に普及しており、今後、テレワークの広がりとともに急速に普及が進むことも考えられる。しかし、現状では依然として、書面契約が主流であり、電子契約が一般的に使用されているとまでは言えない。そうすると、取引先が電子契約を扱ったことがない場合、電子契約での契約締結を求めても、従前どおりに書面契約の方法によることを求められることが十分あり得る。 その際に、取引先にも電子契約のメリットや書面契約と同様の法的効果を有することを理解してもらえるよう、取引先が導入しやすいようなシステムを選び、かつ、仕組みや電子文書の保管・管理の方法について、説明できる準備をしておく必要がある。 (2) 紙の契約書の保管が義務付けられている場合 契約によっては、法文上で契約書面作成が明示的に義務付けられている場合があり、そのような場合は電子契約ではなく、書面の契約書を作成する必要があるのが原則である。 しかし、平成13年4月1日に、電子署名法とともに施行された「書面の交付等に関する情報通信の技術の利用のための関係法律の整備に関する法律」(いわゆる「IT書面一括法」)により、契約書面の交付義務が法律上定められていても、相手方の承諾があれば、書面に代えて電子メールなどの情報通信技術を利用する方法で提供することが認められているので、基本的にはどのような契約でも、電子契約の方法によることが可能である。 ただし、電子帳簿保存法上の要件を満たさないシステムを使って電子契約をした場合、税務上はデータのみの保存では足りず、電子文書を印刷して保管しておかなければならず、電子契約のメリットを享受できない。したがって、システムの導入の際にはその確認が必要である。 (3) 業務フローの転換期 電子契約を導入しても、当面の間、過去の書面契約はそのまま残る。また、新たな契約についても、相手の承諾が得られないこと等により書面契約の方法とせざるを得ない場面も生じうる。そうなると、全ての契約を電子契約に切り替えるには一定の時間を要し、電子契約と書面契約とが混在する状況が続くことが想定される。 そうすると、電子契約を導入することでかえって業務が煩雑化するおそれもあるので、電子契約を導入するか否かは、取引先に応じてもらえる可能性や、完全移行に要する時間、電子契約と書面契約が併存する場合の具体的な業務フローを想定しつつ、検討するべきである。 (了)
《速報解説》 経産省、事業ポートフォリオと組織の変革を後押しする「事業再編実務指針」を公表 ~事業の切出しを進めるための実務上の工夫などに係る具体的な方策を示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年7月31日、経済産業省は、「事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~(事業再編ガイドライン)」を公表した。 これは、「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(2019年6月28日)の事業ポートフォリオマネジメントに関する議論を前提に、特に事業再編に焦点を当て、事業の切出しを円滑に実行するための実務上の工夫などに関するベストプラクティスを示すものである。 また、合わせて次の資料も公表されている。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 事業ポートフォリオの組替えについて、必要性の認識は広がりつつあるものの、合併・買収(M&A)に比べて事業の「切出し」に対しては消極的な企業も多く、グローバル比較においても複数の事業セグメントを有する企業の比率が高くなっており、必ずしも十分に事業ポートフォリオの組替えが行われていない状況にあるとの問題意識がある(6ページ)。 事業環境の変化に対応し、持続的な成長を実現するために、スピンオフによる分離・独立や他社への事業売却等による「切出し」を決断、実行していくことが重要になると考えられている(7、8ページ)。 「事業の切出し」とは、最終的には資本関係の解消を含め完全分離させる方向で行うものであって、スキームとしては事業売却(事業譲渡、会社分割(吸収分割)、子会社株式売却)やスピンオフ等を想定している(20ページ)。 ガイドラインは、「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(2019年6月28日)の「第3章 事業ポートフォリオマネジメントの在り方」の内容を踏まえつつ、特に「事業の切出し」にフォーカスしたものであり、表紙を含めて109ページに及ぶ。 以下では、主に次の内容について解説する。 1 経営陣における課題と対応の方向性 次の内容について、アンケートや取組事例などをもとに、幅広く取り扱っている。 2 取締役会・社外取締役における課題と対応の方向性 次の内容について、アンケートや取組事例などをもとに、幅広く取り扱っている。 3 投資家との対話や情報開示における課題と対応の方向性 次の内容について、アンケートや取組事例などをもとに、幅広く取り扱っている。 4 実行段階における実務上の工夫 事業の切出しに関して、円滑に実行するために特に重要な要素となる「経営陣の姿勢」及び「労働組合や従業員との調整」について、先進企業の事例をもとに整理し、「適切なスキームの選択」のために主なスキームの特徴と意義について述べている。 (了)