公開日: 2018/03/15 (掲載号:No.260)
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AIで士業は変わるか? 【第6回】「AIにできること、ヒトだけができること」

筆者: 斎藤 博明

カテゴリ:

AI

士業変わるか?

【第6回】

「AIにできること、ヒトだけができること」

 

TAC株式会社
代表取締役社長 斎藤 博明

 

1 ネアンデルタール人とホモサピエンスの比較

ネアンデルタール人は、今から約20万年から3万年前くらいの間にヨーロッパと西アジアに住んでいた腕の良い賢い狩猟採集者で、石器を使い、火を使って食物を調理していました。

彼らは筋肉質の体格で、原牛やシマ馬や鹿などの大型動物を仕留め、生活していました。彼らもホモサピエンスと同様、氷河期の厳しい環境の中を生き延びました。

ホモサピエンスはネアンデルタール人よりも狩猟や運動能力の面で劣っていましたが、暗い洞窟の中で動物や星座の絵を描いたり、言語を創り出したり、神や死後の世界を想像し、虚構(フィクション)により、神と悪、国家、民族、貨幣、法律、企業、自由、民権、平等などの概念を生み出していました。

 

2 古代アンデス文明展とホモサピエンス

今年2月、私は上野の国立科学博物館で開催された「古代アンデス文明展」を見学しました。

古代アンデスの人々は、ジャガーを神として崇め、金製のジャガーのマスクを造っていました。森に住むジャガーのスピードや強さの中に神性を見出したのでしょう。

彼らは神と思ったものを金で表現しました。実に見事な芸術品でしたが、残念なことにスペイン人ピサロ一行の手によりインカ帝国は滅ぼされ、多くの金製品が溶かされヨーロッパへと運ばれたため、今はほとんど残っていません。

また、アンデスには「人は死後もミイラとして生き続ける」というミイラ信仰がありました。アンデスの人々はミイラを崇拝し、死者がミイラとして残っていれば、いつまでも子孫を守ってくれると信じていました。そのため、ミイラには服が着せられ、食事が与えられ、生きている家族の一員のように暮らしていました。同展では少女のミイラが三体展示されていました。

 

3 人の考える“善と悪”の戦い

一方で私は映画「スターウォーズ」を久しぶりに観て、その広大な世界観に感激しました。

邪悪な軍隊で銀河の完全な支配を目指す悪の台頭に立ち向かうレジスタンスの一軍の戦いが画面上で繰り広げられていました。

人間の考えた正義と悪の戦いが、映画の画面上でダイナミックに展開され、映画は、まさに人の創造性が機械によって拡張されていました。

 

4 美を求める心

また私は、国立近代美術館で熊谷守一の油絵に感動しました。彼は16歳の時に脳卒中で倒れてから、シンプルな線と色の絵を描くようになりました。

小林秀雄は昭和32年、54歳の時に小学生・中学生に向けて、「美を求める心」を次のように語りました。

すみれの花を黙って1分間眺めてみよう。
諸君は、どれほどたくさんのものが見えてくるかに驚くでしょう。

熊谷守一は自宅の庭で多くの美術作品を生み出しました。私は中でも「猫」や「蟻」の絵が好きです。どう考えてもロボットに絵は描けないし、ロボットは美術を見て感動することもありません。

 

5 士業に訪れようとする淘汰の波

これまで、会計事務所の仕事の大半は申告書や決算書の作成という「作業」でしたが、今後はそのような作業は人工知能に代替され、会計事務所は企業の財務アドバイスをするコンサル的な付加価値の高い仕事にシフトすると考えられます。

ただし、現在の会計事務所にはコンサルのできるコミュニケーション能力を持つ人材は少ないので、実際に士業に淘汰の波が訪れたとしても、コンサル的分野では圧倒的に人間の方が強いです。

一方で、疲れずに24時間働き、永遠に学習を続け、機械同士で対話ができるという驚くべき強さがAIにはあります。

 

6 論理的な説得ができないため、コンサルタントに不向きなAI

今は税理士と公認会計士が圧倒的に不足していて、人手不足が深刻化しています。

そのため、自動化は必然的に進み、申告書や決算書の作成といった「作業」はAIによって処理され、会計事務所は企業の財務アドバイザーのような、コンサル的な付加価値の高い仕事へシフトすると考えられます。

コンサル的分野ではクライアント企業の担当者とコミュニケーションをとり、説得する論理的な能力が求められます。ところが、AIには一般常識がないため、コミュニケーション能力が著しく低いのです。

また、論理的な説得力もAIには皆無です。AIは深層学習するため「なぜそういう答えになったのか」を論理的に説明することができないのです。

論理展開が不透明で答えだけのAI。通常のコンピュータプログラムは中身を調べると処理過程がわかります。それでも脳の働きを模した神経回路網を何層にも重ねた深層学習の場合は、そこから「論理」が読めないのです。

「AIがこう言っている」との結論だけでは、相手が納得してくれるアドバイスを贈ることはできません。

かくしてAIには、コンサルタントの仕事は難しいことになります。

AIは記憶力、計算力、分析力は強みですが、人の心を打つような説得力がありません。よってコンサルタントには人間の方が向いています。

会計事務所の「作業」はAIに代替されますが、付加価値の高いコンサルタントの仕事は、人間にしかできない仕事として残るのです。

 

7 ヒトとAI、どちらが安いか

最後に、ヒトとAIとの代替関係では、「どちらが安いか」という観点は相変わらず重要です。

特に、膨大な開発費が必要なAIの実用化においては、規模の経済の概念が重要です。このため「タスク分析」を十分に行う必要があります。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

AI

士業変わるか?

【第6回】

「AIにできること、ヒトだけができること」

 

TAC株式会社
代表取締役社長 斎藤 博明

 

1 ネアンデルタール人とホモサピエンスの比較

ネアンデルタール人は、今から約20万年から3万年前くらいの間にヨーロッパと西アジアに住んでいた腕の良い賢い狩猟採集者で、石器を使い、火を使って食物を調理していました。

彼らは筋肉質の体格で、原牛やシマ馬や鹿などの大型動物を仕留め、生活していました。彼らもホモサピエンスと同様、氷河期の厳しい環境の中を生き延びました。

ホモサピエンスはネアンデルタール人よりも狩猟や運動能力の面で劣っていましたが、暗い洞窟の中で動物や星座の絵を描いたり、言語を創り出したり、神や死後の世界を想像し、虚構(フィクション)により、神と悪、国家、民族、貨幣、法律、企業、自由、民権、平等などの概念を生み出していました。

 

2 古代アンデス文明展とホモサピエンス

今年2月、私は上野の国立科学博物館で開催された「古代アンデス文明展」を見学しました。

古代アンデスの人々は、ジャガーを神として崇め、金製のジャガーのマスクを造っていました。森に住むジャガーのスピードや強さの中に神性を見出したのでしょう。

彼らは神と思ったものを金で表現しました。実に見事な芸術品でしたが、残念なことにスペイン人ピサロ一行の手によりインカ帝国は滅ぼされ、多くの金製品が溶かされヨーロッパへと運ばれたため、今はほとんど残っていません。

また、アンデスには「人は死後もミイラとして生き続ける」というミイラ信仰がありました。アンデスの人々はミイラを崇拝し、死者がミイラとして残っていれば、いつまでも子孫を守ってくれると信じていました。そのため、ミイラには服が着せられ、食事が与えられ、生きている家族の一員のように暮らしていました。同展では少女のミイラが三体展示されていました。

 

3 人の考える“善と悪”の戦い

一方で私は映画「スターウォーズ」を久しぶりに観て、その広大な世界観に感激しました。

邪悪な軍隊で銀河の完全な支配を目指す悪の台頭に立ち向かうレジスタンスの一軍の戦いが画面上で繰り広げられていました。

人間の考えた正義と悪の戦いが、映画の画面上でダイナミックに展開され、映画は、まさに人の創造性が機械によって拡張されていました。

 

4 美を求める心

また私は、国立近代美術館で熊谷守一の油絵に感動しました。彼は16歳の時に脳卒中で倒れてから、シンプルな線と色の絵を描くようになりました。

小林秀雄は昭和32年、54歳の時に小学生・中学生に向けて、「美を求める心」を次のように語りました。

すみれの花を黙って1分間眺めてみよう。
諸君は、どれほどたくさんのものが見えてくるかに驚くでしょう。

熊谷守一は自宅の庭で多くの美術作品を生み出しました。私は中でも「猫」や「蟻」の絵が好きです。どう考えてもロボットに絵は描けないし、ロボットは美術を見て感動することもありません。

 

5 士業に訪れようとする淘汰の波

これまで、会計事務所の仕事の大半は申告書や決算書の作成という「作業」でしたが、今後はそのような作業は人工知能に代替され、会計事務所は企業の財務アドバイスをするコンサル的な付加価値の高い仕事にシフトすると考えられます。

ただし、現在の会計事務所にはコンサルのできるコミュニケーション能力を持つ人材は少ないので、実際に士業に淘汰の波が訪れたとしても、コンサル的分野では圧倒的に人間の方が強いです。

一方で、疲れずに24時間働き、永遠に学習を続け、機械同士で対話ができるという驚くべき強さがAIにはあります。

 

6 論理的な説得ができないため、コンサルタントに不向きなAI

今は税理士と公認会計士が圧倒的に不足していて、人手不足が深刻化しています。

そのため、自動化は必然的に進み、申告書や決算書の作成といった「作業」はAIによって処理され、会計事務所は企業の財務アドバイザーのような、コンサル的な付加価値の高い仕事へシフトすると考えられます。

コンサル的分野ではクライアント企業の担当者とコミュニケーションをとり、説得する論理的な能力が求められます。ところが、AIには一般常識がないため、コミュニケーション能力が著しく低いのです。

また、論理的な説得力もAIには皆無です。AIは深層学習するため「なぜそういう答えになったのか」を論理的に説明することができないのです。

論理展開が不透明で答えだけのAI。通常のコンピュータプログラムは中身を調べると処理過程がわかります。それでも脳の働きを模した神経回路網を何層にも重ねた深層学習の場合は、そこから「論理」が読めないのです。

「AIがこう言っている」との結論だけでは、相手が納得してくれるアドバイスを贈ることはできません。

かくしてAIには、コンサルタントの仕事は難しいことになります。

AIは記憶力、計算力、分析力は強みですが、人の心を打つような説得力がありません。よってコンサルタントには人間の方が向いています。

会計事務所の「作業」はAIに代替されますが、付加価値の高いコンサルタントの仕事は、人間にしかできない仕事として残るのです。

 

7 ヒトとAI、どちらが安いか

最後に、ヒトとAIとの代替関係では、「どちらが安いか」という観点は相変わらず重要です。

特に、膨大な開発費が必要なAIの実用化においては、規模の経済の概念が重要です。このため「タスク分析」を十分に行う必要があります。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

連載目次

AIで士業は変わるか?
(全20回)

  • 【第7回】 デジタルで実現する未来の会計監査
    加藤信彦(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ 統括責任者、公認会計士)
    小形康博(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ、公認会計士)

筆者紹介

斎藤 博明

(さいとう・ひろあき)

TAC株式会社 代表取締役社長(CEO)

1951年生まれ
1975年3月 東北大学経済学部経済学科卒業
1978年9月 公認会計士第2次試験合格
1980年12月 TAC株式会社を設立し、代表取締役社長に就任
      (社)経済同友会副代表幹事等を歴任
2020年8月 逝去

【主著】
「風の記憶」「風を追う」「風に出会う」「資格受験・合格する発想」「風の二重奏」「ビジネスの論理」。
「風に出会う」収録の「収容バスとの競争」が99年文藝春秋社のベストエッセイに選ばれる。

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