公開日: 2018/02/22 (掲載号:No.257)
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AIで士業は変わるか? 【第3回】「AIがもたらす租税専門家への脅威と税務行政の変革」

筆者: 酒井 克彦

カテゴリ:

AI

士業変わるか?

【第3回】

「AIがもたらす租税専門家への脅威と税務行政の変革」

 

中央大学商学部教授・法学博士
酒井 克彦

 

Ⅰ AIの影響-租税専門家としての生残り問題-

1 技術的失業

AIの出現は、いわゆるテクノロジー失業ともいわれるように、新しい技術の導入がもたらす失業というインパクトを伴っている。2015年10月6日付け週刊エコノミストは、様々な職業の技術的失業可能性につき、受付係を96%、会計士・会計監査役94%、弁護士助手94%、保険の販売代理店員を92%・・・と占っている。

租税専門家におけるAIの影響といえば、まずは、この技術的失業に関心が寄せられているといっても過言ではなかろう。

2 グレート・デカップリング(スキル偏向的技術革新)がもたらす二極化

エリック・ブリニョルフソン=アンドリュー・マカフィーの著した『機械との競争(Race Against the Machine )』は技術的失業が中間所得層に及んでいると分析した。そこでは、一般的な労働者は貧しくなっているが、高所得者層はそれを補って余りあるほど豊かになっていること、さらに低所得者はそれほど技術的失業の被害を受けていない点が指摘されている。これをグレート・デカップリングといい、その主要因がスキル偏向的技術革新であるというのだ。

職業を単純化し、低賃金の肉体労働と中間層の事務労働と高賃金の頭脳労働に分けた場合、コンピュータ化は、文書作成や計算、解析などの事務労働の人手を減らす一方、研究開発などの頭脳労働や、介護、建設労働といった肉体労働はその煽りを受けていないという分析結果である。

次に、このことは、中間所得層がより低賃金の肉体労働や高賃金の頭脳労働にシフトすることによって、中間所得層の労働が減少し、低賃金と高賃金の労働が増大するという二極化(ポラリゼーション:Polarization)が発生することにもなると指摘する。

3 ディフュージョン期間での頭脳労働への完全移行

もっとも、新しい技術や商品開発が社会に普及するまでにはディフュージョン(Diffusion)と呼ばれる期間が存在するため、ディフュージョンの期間にいかなる対応をすべきかを検討しておくことが肝要となる。しかし、このディフュージョンの期間は従来に比べて近時ますます短くなっていると指摘されている。

ましてや全人類の知性をコンピュータが超える技術的特異点、すなわちシンギュラリティ(Singularity)が2045年に到来するといわれている中において、それまでのディフュージョンの期間にそれぞれの専門家がいかなる準備をしておくべきなのかが重要となろう。

 

Ⅱ 税理士業務への影響

1 RPOの影響

税理士業務に焦点を絞れば、ロボティック・プロセス・オートメーション(RPO)により、その業務は大幅に減少すると予想される。これは正確な意味ではAIによるものではないが、帳簿書類や決算書の作成、年末調整事務は、RPOにより格段に容易になると思われる。すなわち、前述した事務労働領域であるこれらの業務は消失するであろうし、そのディフュージョンの期間は短いとみるべきであろう。


他方、税理士の業務は、本来納税者が行うべき作業を代行する部分に限られるものではなく、専門家としてコンサルティング等の助言業務がある。前者の代行部分の事務作業領域は不要となり、残されるのは、後者の頭脳労働であるコンサルティングや法律家としてのマネジメント専門領域ということになろう。これらの領域は、「AIに取って代わられる」のではなく、「AIを活用する」に値する領域とみることもできそうである。

2 財産評価に関する影響

政府が、国・地方・民間が保有するビッグデータの開放に乗り出す中(平成30年2月20日日本経済新聞(夕刊))、このビッグデータを取り込むことによって、AIによる自動的かつ正確な評価方法が確立され得ると思われる。膨大なデータの蓄積・解析により、評価の客観化と評価基準となる検討要素の精緻化が図られ、今日のような不安定かつ不透明な財産評価基本通達に従った処理を行う必要がなくなろう。

このことは、評価を巡る紛争の未然防止や評価手法を用いた過度な節税、恣意的な課税を排除することを意味するのではなかろうか。

3 不確定概念に関する解釈

不確定概念の解釈に関する大量のデータ解析をAIが行うことによって、解釈論における線引きが可能となるかもしれない。いわば、帰納法的作業が容易となり、例えば、現在、不動産所得が事業的規模か業務的規模かの判断に当たって用いられている5棟10室のような形式的基準が、膨大なデータ分析に基づく経験則から導かれることになろう。

このように、経験則の推論のような作業は大量データを基礎に構築することが可能なのではなかろうか。近い将来、役員給与・役員退職金の妥当額や範囲などはAI判断を参照することが可能となろう。

 

Ⅲ 税務行政への影響

利益率、粗利率のような解析がビッグデータを利用して的確になされ、客観的な係数による管理分析ができるようになる。すると、当局にとっては、ディープラーニング(深層学習)によって、人間の行う経理処理上の癖や傾向などを発見するなどして、非違事項や調査選定の機械的抽出が格段に容易となるであろう。

単純な例でいえば、未払金が多額に計上されているケースのうち特定の変数を刺激するデータ分析をAIが行い、株価を下げるための未払役員給与の計上事例を抽出するなどの活用が考えられる。当然ながら、より精緻で的確な分析が瞬時に行われることになろう。

最後に租税法領域に限ったことではないが、予期せぬ法条の空白域や誤謬、法条間の矛盾抵触を立法段階で発見することもできるようになるであろうことを指摘しておきたい。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

AI

士業変わるか?

【第3回】

「AIがもたらす租税専門家への脅威と税務行政の変革」

 

中央大学商学部教授・法学博士
酒井 克彦

 

Ⅰ AIの影響-租税専門家としての生残り問題-

1 技術的失業

AIの出現は、いわゆるテクノロジー失業ともいわれるように、新しい技術の導入がもたらす失業というインパクトを伴っている。2015年10月6日付け週刊エコノミストは、様々な職業の技術的失業可能性につき、受付係を96%、会計士・会計監査役94%、弁護士助手94%、保険の販売代理店員を92%・・・と占っている。

租税専門家におけるAIの影響といえば、まずは、この技術的失業に関心が寄せられているといっても過言ではなかろう。

2 グレート・デカップリング(スキル偏向的技術革新)がもたらす二極化

エリック・ブリニョルフソン=アンドリュー・マカフィーの著した『機械との競争(Race Against the Machine )』は技術的失業が中間所得層に及んでいると分析した。そこでは、一般的な労働者は貧しくなっているが、高所得者層はそれを補って余りあるほど豊かになっていること、さらに低所得者はそれほど技術的失業の被害を受けていない点が指摘されている。これをグレート・デカップリングといい、その主要因がスキル偏向的技術革新であるというのだ。

職業を単純化し、低賃金の肉体労働と中間層の事務労働と高賃金の頭脳労働に分けた場合、コンピュータ化は、文書作成や計算、解析などの事務労働の人手を減らす一方、研究開発などの頭脳労働や、介護、建設労働といった肉体労働はその煽りを受けていないという分析結果である。

次に、このことは、中間所得層がより低賃金の肉体労働や高賃金の頭脳労働にシフトすることによって、中間所得層の労働が減少し、低賃金と高賃金の労働が増大するという二極化(ポラリゼーション:Polarization)が発生することにもなると指摘する。

3 ディフュージョン期間での頭脳労働への完全移行

もっとも、新しい技術や商品開発が社会に普及するまでにはディフュージョン(Diffusion)と呼ばれる期間が存在するため、ディフュージョンの期間にいかなる対応をすべきかを検討しておくことが肝要となる。しかし、このディフュージョンの期間は従来に比べて近時ますます短くなっていると指摘されている。

ましてや全人類の知性をコンピュータが超える技術的特異点、すなわちシンギュラリティ(Singularity)が2045年に到来するといわれている中において、それまでのディフュージョンの期間にそれぞれの専門家がいかなる準備をしておくべきなのかが重要となろう。

 

Ⅱ 税理士業務への影響

1 RPOの影響

税理士業務に焦点を絞れば、ロボティック・プロセス・オートメーション(RPO)により、その業務は大幅に減少すると予想される。これは正確な意味ではAIによるものではないが、帳簿書類や決算書の作成、年末調整事務は、RPOにより格段に容易になると思われる。すなわち、前述した事務労働領域であるこれらの業務は消失するであろうし、そのディフュージョンの期間は短いとみるべきであろう。


他方、税理士の業務は、本来納税者が行うべき作業を代行する部分に限られるものではなく、専門家としてコンサルティング等の助言業務がある。前者の代行部分の事務作業領域は不要となり、残されるのは、後者の頭脳労働であるコンサルティングや法律家としてのマネジメント専門領域ということになろう。これらの領域は、「AIに取って代わられる」のではなく、「AIを活用する」に値する領域とみることもできそうである。

2 財産評価に関する影響

政府が、国・地方・民間が保有するビッグデータの開放に乗り出す中(平成30年2月20日日本経済新聞(夕刊))、このビッグデータを取り込むことによって、AIによる自動的かつ正確な評価方法が確立され得ると思われる。膨大なデータの蓄積・解析により、評価の客観化と評価基準となる検討要素の精緻化が図られ、今日のような不安定かつ不透明な財産評価基本通達に従った処理を行う必要がなくなろう。

このことは、評価を巡る紛争の未然防止や評価手法を用いた過度な節税、恣意的な課税を排除することを意味するのではなかろうか。

3 不確定概念に関する解釈

不確定概念の解釈に関する大量のデータ解析をAIが行うことによって、解釈論における線引きが可能となるかもしれない。いわば、帰納法的作業が容易となり、例えば、現在、不動産所得が事業的規模か業務的規模かの判断に当たって用いられている5棟10室のような形式的基準が、膨大なデータ分析に基づく経験則から導かれることになろう。

このように、経験則の推論のような作業は大量データを基礎に構築することが可能なのではなかろうか。近い将来、役員給与・役員退職金の妥当額や範囲などはAI判断を参照することが可能となろう。

 

Ⅲ 税務行政への影響

利益率、粗利率のような解析がビッグデータを利用して的確になされ、客観的な係数による管理分析ができるようになる。すると、当局にとっては、ディープラーニング(深層学習)によって、人間の行う経理処理上の癖や傾向などを発見するなどして、非違事項や調査選定の機械的抽出が格段に容易となるであろう。

単純な例でいえば、未払金が多額に計上されているケースのうち特定の変数を刺激するデータ分析をAIが行い、株価を下げるための未払役員給与の計上事例を抽出するなどの活用が考えられる。当然ながら、より精緻で的確な分析が瞬時に行われることになろう。

最後に租税法領域に限ったことではないが、予期せぬ法条の空白域や誤謬、法条間の矛盾抵触を立法段階で発見することもできるようになるであろうことを指摘しておきたい。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

連載目次

AIで士業は変わるか?
(全20回)

  • 【第7回】 デジタルで実現する未来の会計監査
    加藤信彦(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ 統括責任者、公認会計士)
    小形康博(新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション・ラボ、公認会計士)

筆者紹介

酒井 克彦

(さかい・かつひこ)

法学博士(中央大学)。
国税庁等での勤務を経て、現在、中央大学法科大学院教授として、法科大学院のほか税務大学校等でも教鞭をとる。
一般社団法人アコード租税総合研究所 所長、一般社団法人ファルクラム 代表理事。

一般社団法人ファルクラム https://fulcrumtax.net/
一般社団法人アコード租税総合研究所 http://accordtax.net/

【著書】
「正当な理由」をめぐる認定判断と税務解釈―判断に迷う《加算税免除規定》の解釈』(2015年、清文社)
「相当性」をめぐる認定判断と税務解釈―借地権課税における「相当の地代」を主たる論点として』(2013年、清文社)
『スタートアップ租税法〔第4版〕』(2021年)、『クローズアップ保険税務』(2016年)その他5冊のアップシリーズ(財経詳報社)
『裁判例からみる所得税法〔二訂版〕』(2021年)、『裁判例からみる法人税法〔三訂版〕』(2019年)、『裁判例からみる税務調査』(2020年)、『裁判例からみる保険税務』(2021年、大蔵財務協会)
『レクチャー租税法解釈入門』(2015年、弘文堂)
『プログレッシブ税務会計論Ⅰ〔第2版〕、Ⅱ〔第2版〕、Ⅲ、Ⅳ』(Ⅰ、Ⅱ 2018年、Ⅲ 2019年、Ⅳ 2020年、中央経済社)
『アクセス税務通達の読み方』(2016年)、『税理士業務に活かす!通達のチェックポイント -法人税裁判事例精選20』(2017年)、『同 -所得税裁判事例精選20』(2018年)、『同-相続税裁判事例精選20』(2019年、第一法規)
『30年分申告・31年度改正対応 キャッチアップ仮想通貨の最新税務』(2019年)、その他5冊のキャッチアップシリーズ(ぎょうせい)
その他書籍・論文多数

 

関連書籍

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