マスクと管理会計
~コロナ長期化で常識は変わるか?~
【第4回】
「在庫の管理、このままでいい?」
公認会計士 石王丸 香菜子
〔登場人物〕
PNザッカ社は、キッチン雑貨や生活雑貨の製造・販売を手がける会社です。経理部のサキちゃんが時差出勤で遅めに出社しました。
〈サキちゃん〉
朝活であんパンを作ったの。後でおやつにどうぞ!
〈アライくん〉
おいしそう!
〈サキちゃん〉
アライくん、うちの会社では食品用温度計も扱っているよね?
パン作りのために購入したいんだけど。
〈アライくん〉
温度を測って料理するとは几帳面だね!
〈サキちゃん〉
パン生地を発酵させる時だけ温度を知りたいの。普段の料理は見た目で判断よ。
〈アライくん〉
なるほど。料理はメリハリも大事ってことか!
食品用温度計はいろんなタイプを扱っているんだ。カタログがここにあるよ。
〈サキちゃん〉
・・・こんなにいろんなアイテムがあるとは知らなかったわ!
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「消費者ニーズの多様化」というキーワードを頻繁に見聞きしますが、新型コロナウイルス感染症の流行はこの流れを加速させたようです。
ライフスタイルや行動、意識などが大きく変化した人もいれば、従前と大きな変化のない人もいます。また、デジタル化やオンライン化が進展する一方で、リアルな体験や直接のコミュニケーションの重要性が再認識されるような場面もあります。
消費者のニーズは、こうした様々な違いを反映して一層多様化しています。消費者ニーズの多様化に合わせ、企業の扱う商品のアイテム数も増加する傾向があります。
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〈サキちゃん〉
業務用の特殊な温度計も多いのね。
〈アライくん〉
特殊なアイテムはめったに売れないものもあるけどね。滞留気味の在庫もあるよ。
〈サキちゃん〉
決算作業が終わってフルタ部長もほっとしているんだから、それはここだけの話ってことで・・・。
担当の第2事業部では、在庫の回転期間を把握しているのかしら?
〈アライくん〉
温度計を回すの?
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アイテム数が増えると、なかなか販売されずに滞留するアイテムが出てくることもあります。また、消費者ニーズが変化し、売れ筋商品から外れてしまうアイテムが生じることもあります。こうした状況では、在庫の滞留を防ぐ管理が重要です。
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〈サキちゃん〉
在庫回転期間は、在庫が計上されてから販売されるまでの期間のことよ。
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以前から利用されてきた在庫管理の指標の1つに、「在庫回転期間」があります。
在庫回転期間(日)= 在庫残高 ÷ 1日当たり売上原価
在庫回転期間が長いほど、在庫がなかなか販売されずに企業にとどまっていることを意味します。
アイテム数が多い状況では、在庫全体ではなくアイテムごとに在庫回転期間を把握し、早めに滞留を防ぐことが有効です。回転期間の単位に決まりはありませんが、日数や月数ベースにすると管理を担当する人がイメージしやすいようです。
また、滞留在庫に関する具体的なルールを設けて運用する方法も効果的です。「半年以上滞留しているアイテムは特売品として販売する」「3ヶ月以上注文がないアイテムは、今後は取り寄せ品扱いとする」などのルールがあれば、長期滞留を防ぎやすくなります。
ただし、補修のための在庫などは長期的に保有せざるを得ないので、アイテムの性質なども考慮するとよいですね。
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〈アライくん〉
アイテム数が多いから、第2事業部では在庫管理が大変なんだ。
〈サキちゃん〉
多くのアイテムを一律に管理するのは負担よね。
料理みたいにメリハリをつけて管理するのがいいかもしれないわ。
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アイテム数の多い在庫について、メリハリをつけて効率的に管理する方法として、「ABC分析」という方法が広く利用されています。ABC分析とは、データを重要度に基づいてA・B・Cの3グループに分類する方法です。
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〈アライくん〉
在庫金額の大半は、意外に限られたアイテムで占められているんだな。
〈サキちゃん〉
最重要のAグループは、在庫の発注や滞留について重点的に管理すべきね。
〈アライくん〉
重要性の低いCグループは、状況に応じて簡易な管理をすれば、手間を減らせそうだ。
早速第2事業部長に提案してみよう。
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上記の例では在庫金額を基準として重要度のグループ分けをしましたが、各アイテムの売上高や利益を基準としてグループ分けを行うことも考えられます。自社の状況に合わせて分析してみましょう。
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〈サキちゃん〉
あっ、フルタ部長! おはようございます。
〈フルタ部長〉
いやぁ、すっかり遅くなってしまった。
来る途中で回数券の束を落として、探したけれど見つからなかったんだ。
〈アライくん〉
え~っ! もったいない!
定期券じゃないんですか?
〈フルタ部長〉
最近リモートワークが多いから、定期券は買っていないんだよ。ICカードで乗るよりも得だから回数券を買っていたけれど、落とすリスクも考慮すれば、多少割高でもICカードで乗ればよかったな。
〈フルタ部長〉
・・・あれ? 食品用温度計のカタログじゃないか。
センサーの件、もう第2事業部長から聞いたのかい?
〈サキちゃん〉
何のことですか?
〈フルタ部長〉
昨日第2事業部長から連絡があって、食品用温度計の共通部品として海外メーカーに外注しているセンサーの納品が大幅に遅れるらしいんだよ。
〈アライくん〉
センサーは、以前は社内で自製していたけれど、数年前から外注しているんでしたね。
〈フルタ部長〉
自製する案よりも外注する案のほうが低コストだったから、外注に切り替えたんだが・・・。
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管理会計では、複数の案がある場合に各案の損益を比較して意思決定を行う方法が利用されています。部品を自製するか外注するかといった業務的意思決定は、その一例です(「ファーストステップ管理会計」【第12回】参照)。
意思決定会計の考え方は合理的ですが、損益面しか捕捉していないことが弱みとなる可能性があります。
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〈アライくん〉
センサーがないと、全アイテムの製造がストップしますよ。大変だ!
〈フルタ部長〉
外注に切り替えた当時はそのリスクを考えていなかったんだ。
・・・これは回数券と同じことが言えるかもしれないな。
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新型コロナウイルス感染症の流行によって、思いがけない様々な影響が多くの企業で生じました。その1つとして、部品や材料の入荷が大幅に遅延したり、それらが調達できなくなったりする事例が挙げられます。こうした事態が起こるリスクは、損益面のみを考える意思決定会計では取り込むことができません。
先行きが不透明な現状では、部品などの調達方針や保有方針を検討する際に、こうしたリスクも考慮する必要性が高まっています。意思決定会計で得られる情報に加えて、例えば、「部品が調達できなくなる可能性」と「その部品の自社における重要性」に着目してリスクに備える方針を取ることなどが想定できます。
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〈フルタ部長〉
ひとまず、センサーの件については、第2事業部長が別メーカーにアポイントを取っている。
私のほうでセンサーの必要量に関する資料を作成したから、アライくんは資料を持って第2事業部に手伝いに行ってくれるかな。
〈アライくん〉
わかりました!
〈サキちゃん〉
(さすがフルタ部長、ベテラン経理マンね!)
(了)
「マスクと管理会計」は、毎月第3週に掲載されます。